皇くくり、私とあくあ様。
スターズから来ている友人に出会うために、変装した私は護衛の目を掻い潜り1人で自宅を出る。
全く、なんで今日に限って雨が降るのよ!
私は地図アプリを見て待ち合わせ場所として指定された古びた喫茶店に到着する。
「ここが、そうね」
華族六家、皇家の当主であり、華族を統べる長でもある私は周囲を警戒する。
どうやら誰もつけてきていないみたいね。
これから会う人は特別な人だから、カス取り記者に変な切り取り方をされて下手な憶測を書かれたくない。
傘を畳んだ私が喫茶店に入ると、奥からお婆さんの声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ。ごめんなさいね、今、手が離せなくて。空いてるお席にどうぞ」
私は喫茶店の奥に視線を向ける。
すると、窓際にある端っこの席に座っていた友人の背中を見つけました。
待ち合わせ時間には間に合うつもりで来たけど、少し遅れちゃったのかもしれない。
私は慌てて変装した彼女に駆け寄る。
「もしかして、待たせちゃったかしら?」
「いいえ、私もさっきお店について席に座ったばかりよ」
私は喫茶店の中をぐるりと見渡す。
趣のあるインテリアに暖かな灯り、コーヒーの香りとホッとするような空間。
歴史を感じるけど、隅々まで手入れが行き届いていてすごく好感が持てる。
それなのに、このお店の中には私達だけしかいない。
私の表情を見たメアリーがクスリと笑う。
「どう、いいお店でしょ?」
「そうね。これだけお客さんが居ないのなら、私がお忍びで使ってあげてもいいかしら」
私の答えにメアリーは笑みを見せる。
何よ。何か言いたいならはっきり言いなさいよね。
「貴女も相変わらずねぇ。もう少し肩肘張らずに生きなさいな。せめて友人と一緒に居る時くらいはね」
「そういうわけにも行かないわ。既に女王の座を返還して隠遁生活を送っている貴女と違って、私はまだ現役ですもの」
私は触り心地の良いベロアのソファに腰掛ける。
「久しぶり……と言ったほうがいいのかしら」
「ふふっ、昨日も電話したし、三日前だってオンラインで一緒にゲームしたじゃない」
メアリー・スターズ・ゴッシェナイト、大国スターズの元女王。
娘であるフューリア・スターズ・ゴッシェナイトにその座を譲り隠居したものの、いまだに彼女を推す声がスターズ国内でも多いと聞いている。
一見するとただのお婆ちゃん……なんてことはなく、私の目の前にいる彼女からは溢れんばかりの高貴なオーラが外へと漏れ出ていた。
それを隠すつもりはないのでしょうか? いえ、彼女はこれでも天然なところがありますから、きっとこれでも隠しているつもりなんでしょうね。
「そっちは暇そうで羨ましい限りね」
「暇そうじゃなくて実際に暇なのよ。昨日、治世子にも言ったけど、貴女も早く隠遁なさいな。この生活は楽でいいわよ〜」
私は彼女の隣に置いてある薄い本が入った紙袋をじっとりとした目で見つめる。
そんなにも俗世にまみれておきながら隠遁? むしろ俗世を謳歌しているの間違いなんじゃないかしら。
私は軽くため息を吐く。
「そうできたらいいのですけどね。念の為に聞いておきますが、私の年齢をお忘れになってないかしら?」
「あぁ! そういえばくくりさんも来年で中学3年生ね。おめでとう! 貴女といい、孫娘達といい本当に優秀だから、ついつい歳を忘れそうになるわ。ふふっ、それにしても大変なのはこれからね」
さっきから気兼ねなく話しているけど、私と友人は50歳近くも離れている。
それでもこうやって気兼ねなく会話ができるのは、お互いにままならない立場にあるからかもしれない。
「ところで、今回はなんのために来日したのかしら。羽生総理とも会っていたみたいだけど……」
私はさりげなく探りを入れる。
いくら友人同士とはいえ、私はこの国を守護する皇の当主だ。
日本と日本国民に対して不利益を被るような件が進行しているなら、把握しておく必要がある。
メアリーは私の質問を軽くかわすように、隣に置いてある紙袋へと視線を向けた。
「ふふっ、実は八雲いつき先生の画集を買いにね。ほら、みて! 今回は夕迅様が表紙なの! 残念ながらラブロマンスの女王、白龍アイコ先生の新作はまだだったけど、これだけでも手に入って本当に良かったわ〜」
貴女が女王って呼ぶのは多少洒落にならない気がするのだけど……まぁいいでしょう。
メアリーは抱えた画集を幸せそうな顔で抱きしめる。
もう、そんな顔をされたら、探りを入れようとした私がバカみたいじゃない。
自然と私の肩から力が抜けていく。
「ねぇ、ところで、のうりんの続きは一体いつになったら出るのかしら? 俵抱きのシーンなんてもう何度読み返したことか……。貴女この国でも偉いんでしょ? ちょっと出版社から探りを入れたりできないの?」
もう! そういう事に権力を使っちゃダメなのは、同じ為政者の貴女ならわかってるでしょ!!
私達が権力を持っているのは、そういう時のためじゃないもの。
2人で他愛もない会話をしていると、誰かが奥の部屋から出てきた気配がしました。
ゆっくりと私達の方に近づいてくる気配、誰かはわからないけどその強烈な存在感に、私の視線がそちらへと向いてしまう。
「あ……」
目があった瞬間、私は驚きで声を失ってしまう。
男の人がウェイター? それにこの人……すごく、かっこいい。
男性に対してある程度の耐性がある私から見ても、見惚れてしまうくらい顔の造形が取れている。
でも、それだけじゃない。姿勢の良さに、気品すら感じられる所作の美しさ。内面から溢れ出てくるオーラ。そのどれを取っても、この男性が一眼で魅力的だとわかります。
「すみません。お待たせしました」
「い……いえ……大丈夫です」
彼は神々しいほどの笑顔を私達に見せると、私たちの目の前に水が入ったコップメニュー表を置く。
私はメニュー表を広げて顔を隠しつつ、男性の方へとチラチラと視線を向ける。
「あの……貴方は?」
働く男性に対して、はしたない質問をしてしまった自分が恥ずかして顔を赤くする。
私のバカ、バカ! 働いている男性なんて貴重なのに、初対面で相手を探るような質問をしちゃダメでしょ!
「あ、自分、白銀あくあって言います。実は今日から、ここ【トマリギ】のバイトに入らせてもらっているんですよ。良かったら贔屓にしてください。よろしくお願いします」
「こ……こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げる。
って、不束者って何よ! これじゃあ、まるで私がお嫁さんに行くみたいじゃないですか!!
いや、そうじゃなくて。そもそも私のような立場の人間が軽々しく頭を下げちゃダメじゃない。
何やってるのよ。もう! もう!
「それとすみませんが、飲食物のご提供は自分が調理を担当する事になるんですが、それでも大丈夫でしょうか? 実は、オーナーがぎっくり腰になっちゃって、さっき奥の部屋で休憩するようにお願いしてきたんです。一応、お店のレシピは勉強させてもらっているのですが……それでもいいのなら自分が作らせていただきます」
「だ、大丈夫です!」
私は食い気味に反応してしまう。
ううっ、私ってこんなにも男性に対して免疫がなかったのかしら。
いいえ、そうじゃないわ。彼が特別なの。
これまでの何人か男性を見てきたけど、そこいら辺に落ちているゴミにしか見えなかったもの。
「えっと、それじゃあ私はコーヒーとオムライスで。コーヒーは食後でお願いします」
「私も彼女と同じのにするわ。もちろん、コーヒーは食後でお願いね」
「かしこまりました。少々お待ちください」
彼はメニュー表を回収すると、カウンターの後ろにあるキッチンへと向かった。
ちょっと待って、男性の手料理なんて生まれてこの方、一度も食べた事なんてないわ。
て、ていうか、そんなのもうほとんど夫婦じゃない!!
「あまりにも神々しすぎて、ついにお迎えが来たか、一瞬だけ死後の世界かと思ったわ」
「ちょっと、私まで勝手に殺さないでよ」
私とメアリーは顔を見合わせると、お互いの面倒臭い立場を忘れてはしゃぐ。
「彼、相当手慣れてるわね。料理の手際がいいわ」
「ええ、そうね」
私はキッチンで料理するあくあ様の背中を目で追う。
素敵。こんなのいつまででも見ていられるわ。
私とメアリーは、ただの1人の少女のように彼の話で会話に花を咲かせる。
「お待たせしました。どうぞ」
彼は私達の目の前に綺麗な形をしたオムライスをテーブルの上に置く。
料理が上手とかそういうレベルじゃない。普通に高級ホテルで出てくるようなオムライスだ。
「それでは、どうぞごゆっくり」
あくあ様は会計伝票を留めたクリップボードをテーブルの端っこに置くと、その場から離れてカウンターの向こう側へと戻っていく。
私は、はしたないとわかっていても、クリップボードを手に取って彼の書いた字に視線を向ける。
まぁ、字まで綺麗なのね……。でも、この端っこに書かれたモンスターみたいな絵はなんでしょう?
「もしかして、猫ちゃんかしら? ほら、ゆっくりしていってにゃーって吹き出しがついてるし」
「嘘。大怪獣にしか見えないんだけど……」
もしかて絵を描くのが苦手なのかしら?
でも、そういう欠点すら愛おしく思えます。ううん、むしろ絵に独創性があると考えたら、長所だと言えるでしょう。あくあ様全肯定モードに入った私の目が若干曇り始める。
「ほら、冷めないうちに食べましょ」
「ええ、そうね」
私はナイフで綺麗なオムレツに切れ目を入れる。
するとオムレツが左右に開いて、とろとろの中身がお皿の中いっぱいに広がっていきます。
えっ? 本当にこの料理の腕で、今日からバイトに入ったばかりなんですか?
こんなに上手にオムライスを作れるなんて、遠く離れた親戚のえみりお姉ちゃんくらいしか知りません。
「美味しいわぁ。ここのオーナーである八千代さんのオムライスも美味しいんだけど、彼のオムライスも負けてないくらい美味しいわね。差があるとしたら、焼き加減くらいかしら? 八千代さんのオムライスはもう少しだけオムレツが硬めなのよね」
「へぇ、そうなんだ」
私は一口一口を味わって食べる。
本当に美味しい。私が今までに食べたどんな料理よりも……。それにすごく温かい。
料理に人の温もりを感じるのはいつ以来でしょうか。
私とメアリーがオムライスを綺麗に完食すると、お皿を下げに来てくれた。
「ご馳走様でした。とってもおいしかったです」
「本当ですか!?」
あくあ様は私の言葉に満面の笑みを見せる。
私はその表裏のない笑顔に一瞬で心を鷲掴みにされた。
「俺が料理をお出しする初めてのお客さんだったので、やらかしたらどうしようって緊張してたんですよ。だから、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです」
私はあくあ様の笑みに釣られて、自然と笑顔が溢れる。
彼と、あくあ様と一緒にいると、自分を守るためのガードが自然と緩くなってしまう。
こんな人とお付き合いできたら、結婚できたらどんなに幸せなのだろうか。
まだ出会って数十分も経っていないのに、こんな気持ちになる私がおかしいのかな?
「良かったら、ゆっくりしていってくださいね」
あくあ様は私達のテーブルに淹れたてのいい香りがするコーヒーを置くと、洗い物をするためにキッチンへと帰っていきました。
私がポーッとした顔でそれを目で追っていると、目の前にいるメアリーがクスリと笑った。
「ふふ、そんなに気に入ったら彼と結婚すればいいじゃない。あなたの立場なら、できなくないでしょ?」
そうね。私が皇くくりだと明かして、皇の威光を振り翳せば、私は簡単に彼を手に入れる事ができると思う。
でも、そんな事をして彼の心が、今の屈託のない笑顔が手に入るとは思えない。
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」
私がニヤリと笑うと、メアリーは舌を出してお茶目な一面を見せる。
憧れの夕迅様によく似ているあくあ様を、貴女が気に入らないわけないもの。
「でも、貴女はそういう事をしないでしょ?」
「ええ、そうね。私達はそういう事にこの権威を振りかざすために、高貴な立場に生まれたんじゃないですもの」
私とメアリーは顔を見合わせると、お互いに無言で頷き合う。
日本とスターズ、私たちがこの地位にいられるのは自分達の先祖が、その権力を国民とその国に使ってきたからだ。それは決して自分勝手な事に使うためじゃない。
「ふふ、貴女と友人になれてよかったわ。くくり」
「私もよ。だからできるだけ長生きしなさいよね。メアリー」
キッチンからはあくあ様が洗い物をする心地のいい音が聞こえてくる。
私とメアリーの2人は顔を見合わせると、お互いに素の表情で笑い合った。
でも、そんな楽しい時間にも限りがある。
身を引いたメアリーと違って、私にはまだしなければいけない事がたくさんあるからだ。
「ありがとうございました! また、来てくださいね」
「はい、必ず!」
「もちろんですわ!」
トマリギの外に出ると、さっきまでの雨が嘘のように止んでいた。
私とメアリーは手を振ると、お互いに反対側に向かって歩き出そうとする。
「ねぇ、くくり」
メアリーの言葉に私はぴたりと動きを止める。
「もし……もしも、私が選択を間違えそうになった時は全力で私を止めてね。本気になった私を止められるのは、貴女しかいないから」
私はメアリーの言葉を聞いて現実に引き戻される。
彼女が言った言葉の真相はわからないけど、やはり羽生総理との間で何か日本に関係するような大きな取引をしたのでしょうか?
「そんなの骨が折れるからいやよ。だから、私に止められないように間違わないようにしなさいね」
「ふふっ、わかったわ。その言葉、肝に銘じておきます。それじゃあ、またね」
メアリーはこちらに手を振って笑顔を見せると、まだ曇り空が残っている向こう側へと歩いていく。
私はその後ろ姿を見送ると、太陽の光が差し込む明るい道へとむかて歩き出した。
「そうだ。せっかくだから、掲示板にでも情報を載せておこうかしら。人気店になるのは惜しいけど、お店が潰れてあくあ様の笑顔見れなくなるのは悲しいもの」
私はえみりお姉ちゃんがよく出入りしている街プリスレを開くと、トマリギの情報を書き込む。
えみりお姉ちゃんは、私の書き込みに食いついてくれるかな? たとえ、私があくあ様と添い遂げられなくても、えみりお姉ちゃんならあくあ様と結ばれる可能性があるかもしれない。
それに、メアリーの孫娘であるカノン・スターズ・ゴッシェナイトもこのスレで出入りしているという情報を掴んでいます。
メアリーが何を考えているのか知らないけど、孫娘があくあ様と結ばれたら、変な気を起こすこともなくなるんじゃないかな?
そう、その時はそんな事を考えていたっけ。
私は二つの目論見を無事に達成させる。
そして、今……。私はえみりお姉ちゃんや白銀カノンを幸せにしてくれた大好きな人の目の前に座っています。
「トマリギのオムライスは、やっぱり美味しいな」
「はい、そうですね」
私は目の前でオムライスを食べるあくあ様に笑顔を見せる。
ふふっ、あくあ様とこうやってトマリギでオムライスを食べるなんて思ってもいなかったな。
あの頃の私に言ったら信じてくれるかしら?
「こうやって、くくりちゃんと一緒にトマリギでオムライスを食べられて嬉しいよ」
「私もです。あくあ先輩」
私は笑顔でオムライスをパクりと食べる。
自分からお願いしたあくあ様とのデート……。
私はここで自分の思いにケリをつける。
皇家当主、皇くくり。例え華族が無くなっても、私から皇を消す事はできない。
旧華族の中には私とあくあ様の結婚を望む声は多く、私とあくあ様の間に生まれた子供を担いで華族復活を企む輩もいると聞きます。
だから、このデートを最後に、私はあくあ様への恋心に蓋をする。
そうするのが、この日本にとっても、あくあ様にとっても、カノンさんやえみりお姉ちゃん達にとっても、きっと一番いい選択だから。
だから、1分、1秒でもこの時間を噛み締める。この幸せな時間があれば、私のその思い出だけで、これから先の長い時間も皇くくりとしていられるから。
そう……考えていたのに……。
「ほら、くくりちゃんってば、最初の一回くらいしかお店の中に入ってくれなかっただろ?」
「……えっ?」
私はあくあ様の言葉にスプーンを落としそうになる。
嘘!? なんで……なんで私だってわかったの? 私もメアリーも変装していた…
もしかして、メアリーがバラしたのかしら?
「言っておくけど、メアリーお婆ちゃんじゃないよ。ほら、くくりちゃんってば、お店の中には入ってこなかったけど、何度かお店の外から変装してここを見てたでしょ? もしかして、自分の立場を考えて遠慮していたのかなって」
私が時たま……ううん、しょっちゅう外からここを見てたのに気がついてくれていたんだ……。
「もしかして、私の変装……バレバレでした?」
「いや、変装は完璧だったよ。でも、くくりちゃんは目に力があるからわかっちゃったんだ」
そう……なんだ。
私は正体がバレていた事に恥ずかしさを感じつつも、あくあ様に気がついてもらえていた事に嬉しくなる。
でも、この時間は今日でおしまいです。
「だから今日はお互いに変装せず、こうやってデートしたら食事できたりしてすごく良かったよ。デートに付き合ってくれて、それとここに誘ってくれてありがとね、くくりちゃん」
「いえ……」
私は手に持っていたスプーンを置くと、俯き気味になる。
だめ。最後のデートなのに、こんな気持ちになっちゃうなんて。
ほら、最後は笑顔で良い思い出にするって決めてるでしょ。
「今日で、それも終わりですから」
「くくりちゃん……それはどういう意味かな?」
私は目をぎゅっと閉じると、なんとか笑顔を作って顔を上げる。
「私、後宮を出ようと思うんです。私が後宮に残っていたら、また良からぬ事を考える人がいるから」
「……それって、皇の家に関係する事?」
あくあ様の問いかけに私は小さく頷く。
「そっか。くくりちゃんに嫌われたわけじゃなくて良かったよ」
「と、当然です。私があくあ先輩の事をより好きになる事はあっても、嫌いになるわけないですから!」
私はあくあ様の事を嫌いになるなんて絶対にない。
むしろ、初めて会ったあの日から今日までもっと好きになっている。
「くくりちゃんに好きって言ってもらえてすごく嬉しいよ。それに、俺の事が好きなら、白銀キングダムを出る必要なんてないんじゃないかな?」
「でも……」
私が言葉を詰まらせると、あくあ様は私の手を握って首を左右に振った。
「くくりちゃん。君は皇くくりでもあるけど、ただのくくりでもあるんだ。だから自分の家の事で自分を犠牲にしたりしないで欲しい。くくりちゃんがみんなの事を考えているように、みんなもくくりちゃんの幸せを考えているんだから」
あくあ様の言葉を聞いて、さっきまで息を殺して壁になっていたお客さん達が一斉に立ち上がる。
「そうだ! あくあ様のいうとおりです!!」
「くくりちゃん様、私達のことを考えてくれるのは嬉しいけど、自分も幸せになって!」
「すみません。私達はすぐに壁に戻るけど、これだけは言わせて! くくり様は自分の幸せの事も考えて!」
「私達はくくりちゃん様の幸せを心から願っています!」
みんなのあたたかな言葉に私の心が揺れる。
ありがとう。みんな……。
「……あくあ先輩、私、あくあ先輩の事が好きです。カノンさんに負けないくらい私も面倒臭い立場の女の子だけど、あくあ先輩の事が好きでもいいですか?」
「くくりちゃん、良い事を教えてあげるよ」
あくあ様は私の目をジッと見つめる。
「好きって気持ちは誰にも止められないんだ。それがたとえ世界であれ、理性であれ、周りの誰かであれ、そう、自分自身でさえも。だから君の本当の気持ちを聞かせてほしい。くくりちゃん、君はどうしたい?」
「あくあ先輩……」
私はあくあ様が好き。大好き。
その気持ちがブレた事なんて一度もありません。
この初恋を諦めたくなんてない。距離を置きたくなんてない。あくあ様と一緒に居たい。
だから……。
「くくりちゃん、良かったら、この俺と付き合ってくれないか?」
ずるいよ……あくあ様。こっちは告白する気満々だったのに、あくあ様の方から告白するなんて。
「はい、喜んで! あくあ先輩、私、あくあ先輩に、もっと私の事を知って欲しいです」
「ああ、もちろんだとも。だから、今日みたいにいっぱいデートしよう」
嬉しい。嬉しい。嬉しい。本当にあくあ様と付き合えるなんて。
はっきり言って、私の選択が間違っているのかどうかなんてわからない。
でも、この走り出した恋心はもう止められないですから!!
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://x.com/yuuritohoney




