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白銀あくあ、グッバイ親友また会う日まで。

「はあ……」


 俺がリビングに入ると、慎太郎の母、貴代子さんが深いため息を吐いていた。

 どうしたんだろう。何か悩み事でもあるのかな? 俺はすかさずキリッとした顔で貴代子さんに近づく。


「どうしたんですか? 俺でよかったら、話聞きましょうか?」

「あくあ君……ありがとう。でも、大丈夫だから」


 貴代子さんは、誤魔化すような笑みを見せる。

 くっ! 貴代子さんは何かに苦しんでいるのに、俺はなんの力にもなれないのかよ!!

 いくら俺が男でも、まだ子供だ。貴代子さんから見ると、まだまだ頼りなく見えているのかもしれない。


「あっ、それじゃあ私はもう帰るわね。慎ちゃんも帰ってくるし、色々としなきゃいけない事があるから」


 貴代子さんはソファから立ち上がると、母さんと揚羽さんの2人に声をかけてから帰路についた。

 お節介かもしれないけど、貴代子さんの手助けになるなら俺も何か力になりたい。


「よしっ! やるか!」


 俺は気合いを入れると、まずは探りを入れるために1人になった母さんに近づく。

 なんとなくだけど、母さんなら何かしらの事情を知っていると思ったからだ。


「母さん、少し話があるんだけど……」

「あーちゃん、どうしたの?」


 俺は軽く咳払いすると、ごく自然に質問を投げかける。


「貴代子さんが元気ないように見えたんだけど、何かあったのかな?」

「ああ。貴代子さんね。私も同じママだからわかるけど、子供と離れるのってすごく辛いわよね」


 えっ? 俺は母さんの言葉を聞いて固まる。

 子供と離れる? 子供って……慎太郎の事だよな?

 それって、もしかして慎太郎が淡島さんと同棲するとか、そういう感じの事か!?

 ……いや、違うな。それなら、貴代子さんはもう少し明るい顔をしていたはずだ。

 俺は三度の飯より女の子の顔しか見てないからわかるけど、貴代子さんの性格上、たとえ慎太郎と離れるとしても、慎太郎にとってそれが幸せな事ならきっと周りの人に悲しげな顔なんて見せたりはしない。


「あっ、ごめんね。あーちゃん、ママ、ちょっと用事が入ってるから行くね」

「あ、ああ、うん。母さん、気をつけてね」


 俺は母さんとハグすると、仕事に行く母さんを笑顔で見送った。

 これはもう少し事情を探る必要があるな。

 俺はもう1人、事情を知っていそうな揚羽さんに近づく。


「揚羽さん。慎太郎がどっかに行くって聞いたんだけど……」

「慎太郎君? ええ、そうね。今日もその手続きのために、さっきまで貴代子さんと留学の話をしていたの」


 留学!? い、今、留学って言いましたか!?

 俺は口を大きく開くとびっくりした顔をする。


「あっ、ごめんなさい。私ったら、知っているものだと思ってつい……ごめんね。あくあ君。悪いけど、私からはこれ以上は喋れないから! それじゃ、私も仕事あるから!!」


 揚羽さんは慌てた素振りを見せると、母さんの後を追うようにリビングから出ていった。

 今さっき、留学って言ったよな? そんな話、慎太郎からミリも聞いてないんだけど!?

 俺は白銀キングダムを飛び出ると、バイクに乗って杉田先生の家に向かう。


 ピンポンピンポンピンポン!


 俺がピンポンを連打すると、玄関の向こうからドタバタという足音が聞こえてきた。

 その足音が玄関の前でピタリと止まると、杉田先生が髪を掻きながら少しだけ鬱陶しそうな顔で玄関から顔を出してくる。


「はぁ、何度も言っているが聖あ……ん? し、白銀!?」


 俺は胸元が大きく開いた寝巻き代わりのTシャツを無防備に着た杉田先生の寝起き姿を、これでもかというくらい目に焼き付ける。

 って、先生……今、昼過ぎだけど、もしかしてこんな時間まで寝てたんですか?


「あ」


 杉田先生は顔を真っ赤にして無防備な胸元を腕で隠す。

 すると今度は頭の上に寝癖のアホ毛がピョンと立って、それに気がついた杉田先生が耳まで顔を赤くする。

 杉田先生、そういうのは今じゃなくて、もっとオフモードになっている時の俺に見せてくださいよ。


「コホン! し……白銀。休日にどうした? もしかして何か悩み事か?」

「あ、いや……その、悩み事って訳じゃないんですけど、慎太郎が留学するって噂を聞いて……」


 杉田先生は俺から視線を逸らす。


「ああ、その事か。噂を聞いたって事は、本人からは何も聞いてないんだな?」

「はい」


 嘘をついて慎太郎から聞いたって言えばいいのに、俺はクソが付くほど真面目だから素直に答える。

 世の中、やっぱり素直が一番いいって事を俺は知っているからな。


「悪いけど、いくら相手が黛と仲がいい白銀とはいえ、黛個人の情報に関わる事だから私からは何も言えないんだ。だから白銀も理解してくれ。生徒一人一人を守るのが先生の役割だからな」

「杉田先生、俺と結婚してください!」


 慎太郎すまん。おまえの一大事なのに、流れるようにプロポーズの言葉が出てしまった。

 おまえが留学するって聞いて、俺もかなり動揺しているんだと思う。

 杉田先生は俺のプロポーズに一瞬だけ頭に疑問符を浮かべると、すぐに顔を真っ赤にする。


「すみません。俺も自分で言ってて驚いたけど、杉田先生がカッコ良すぎて普通にプロポーズしちゃいました」

「そ……そうか」


 杉田先生は少しだけ満更でもないような顔を見せると、何度も軽く咳払いをして表情を誤魔化す。

 相手が杉田先生みたいなしっかりした大人の女性で良かった。

 もし、ここで相手を間違えてたら、勢いでとんでも無い事になっていたかも知れない。


「白銀……黛の事について先生からは言える事は何もないが、いくらでも誤魔化しようがあったのに、さっきは嘘をつかずに素直に答えたのは、先生はすごく偉いと想うぞ」

「本当ですか!? それじゃあ、褒めてください!!」


 杉田先生は素直が一番だと言っていた。

 もし、慎太郎が留学するなら、俺は慎太郎のために何かをしてあげたい。

 そのために、杉田先生からエネルギーをチャージしてもらおうと思ったからだ。 


「仕方ないな」


 杉田先生は苦笑すると、俺の頭を優しく撫でてくれた。


「ほら、えらいえらい。白銀はそのまま素直に真っ直ぐでいてくれよ」

「はい! ありがとうございました!!」


 おかげでなんか頭の中もクリアになった気がする。

 慎太郎が留学するのはまず間違い無いんだろう。

 そのために、俺ができる事は一つしかない。

 俺は杉田先生にもう一度お礼を言うと、踵を返してその場を立ち去ろうとする。


「あっ、それと、自首するのは良い事だが、あまり警察の皆さんには迷惑かけるなよ!! ちゃんと、小雛ゆかりさんから私のところにも連絡が来てるからな!!」

「はい! わかりました!!」


 俺は杉田先生の住んでいるマンションの1階にある駐輪場に向かうと、阿古さんにメッセージを送る。



 白銀あくあ

 慎太郎が留学するかもって話を聞きました。

 阿古さんは知っていたんですか?


 天鳥阿古

 ええ、知ってるわよ。

 悪いけど、今はその調整で少し忙しいの。ほら、もう留学まで一週間切ってるじゃない?

 だから、ごめんね。それじゃあ、また。



 一週間切ってるぅぅぅぅぅうううううううううう!?

 えっ? 冬休みからとか春休みからとかじゃなくて、もうそんな直近の話なの!?

 俺は慌ててクラスのみんなに緊急招集メッセージを送る。


「ついでに淡島さんと天我先輩とかにも声かけとくか……」


 俺は白銀キングダムに帰ると、みんなが話せるような広い会議室を借りる。

 それから暫くして、俺が招集した全員が部屋の中に集まった。


「ねぇ、あくあ。全員集まったけど、慎太郎にだけ内緒でってどういう事?」


 とあの言葉にみんなが頷く。

 俺はみんなの顔をぐるりと見渡すと、真剣な顔でゆっくりと口を開いた。


「どうやら、慎太郎が留学するらしい」

「「「「「「「「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」」」」」」


 みんなが驚いた顔で固まる。

 俺は一呼吸置くと、また口を開いた。


「しかも、もう留学まで一週間切ってるんだって」

「「「「「「「「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」」」」」」


 って、そうだよな! みんな、そういう反応になるよな!!


「ねぇ、あくあ。それってまたベリベリの仕業じゃないの?」


 とあの言葉に全員がうんうんと頷く。

 はっきり言って、俺もその線は考えたよ。

 でも、ベリベリのスタッフの仕業じゃないのはプロデューサーに確認済みだ。

 プロデューサーはベリベリにおける全ての企画を把握していて、俺が本気で聞いた時は嘘つかないって約束の下でやっている。そもそも、そういう信頼関係がなかったら、あの番組は成り立たたない。

 信頼できるプロデューサーだからこそ俺や阿古さんも、ベリベリにおける全てをプロデューサーさんに一任している。


「残念だけどそれはないそうだ。俺が直接プロデューサーさんに確認をとってあるから、そこは俺の顔を立てて信頼してくれると嬉しい」


 俺の言葉に会議室の中がシーンとする。

 みんなは顔を見合わせると、慎太郎が居なくなる事に対してすごく悲しげな顔をしていた。

 とあは軽く息を吐くと、冷静に俺の顔を見つめ返してくる。


「……それで、あくあはなんでみんなを集めたのさ? 何か目的があって、みんなを集めたんだよね?」

「ああ!」


 俺は後ろにあるホワイトボードにでかい文字を書く。

 遠くに行ってしまう慎太郎に俺ができる事……。

 それを考えた時に、自然と俺の中に浮かんできたのはこれだった。


「やるぞ。みんなでまた【四季折々】を!!」


 はっきり言ってこれしかないって思った。

 クラスの全員が俺の言葉に前を向く。


「うん、みんなでやろう! ココナの時も、みんなが歌ってくれてすごく嬉しかったもん!」


 ココナの言葉に、リサやうるはも頷く。


「ええ、そうですわね。きっと黛さんも喜んでくれるはずですわ」

「うん、みんなでやろう! また、あの時みたいに!」


 それに続いて他のクラスメイト達も次々に声を上げる。

 ……みんな、本当にありがとう!!

 俺達は慎太郎に内緒にしつつ、急ピッチで四季折々を仕上げる。


 そして数日後……。


「慎太郎、話があるんだ。少しだけ俺に時間をくれないか?」

「あ、ああ。丁度、僕もあくあに少し話したい事があったんだ。いいぞ」


 俺は慎太郎を連れて体育館に行く。

 慎太郎は体育館の中に入った途端、驚いたような顔をする。

 壇上に登ったクラスメイトにみんな。そして集まった学校中の生徒達と先生達。

 そこには貴代子さんはもちろんの事、天我先輩や淡島さんも呼んでいた。


「慎太郎……聞いたよ。お前、留学するんだってな」

「あ……ああ……」


 俺は慎太郎から離れると壇上に登ってマイクを手に取る。


「慎太郎……留学先でもし辛くなったら、この曲を思い出してくれ。四季折々、行くぞ!」


 俺の掛け声で四季折々のイントロが流れる。

 もちろん、ココナに歌ったのと同じオーケストラバージョンの四季折々だ。

 2Aのみんなは涙を堪えながら、天我先輩の指揮の下で四季折々を歌い上げる。

 俺もリードボーカルとして、震えそうになる感情を歌詞に載せて歌った。

 それを聞いていた貴代子さんや淡島さんの目がキラリと光る。

 俺達2A+天我先輩が最後まで四季折々を歌い上げると、大きな大歓声と拍手が起こった。


「慎太郎……」


 俺は自分で作った花束を手に取る。

 お花のプロである母さんからこの一週間、みっちり鍛えられて慎太郎のために作った世界に唯一の花束だ。


「向こうに行っても元気でな」

「あくあ……」


 涙を堪えて笑顔で見送る。そう決めていたのに、俺の両目からは涙が溢れ出していた。

 くそぉっ! 最後の最後くらいかっこつけろよ。俺!!

 男が泣いていいのは家族が死んだ時と財布を落とした時だけだろ!?

 これが今生の別ってやつじゃないんだ。一年もすれば慎太郎は留学から帰ってくる。

 それでも、俺は悲しなかった。慎太郎が俺の側から居なくなる事が……。

 左隣に居たとあも流れる涙を片手で拭いなら、もう片方の震える手で俺の裾を掴む。

 右隣に居た天我先輩は腕で目を擦ることもなく、直立不動で滝のような男泣きをしていた。


「えっと、その……みんな、ありがとう……」


 気にするなよ親友! 俺達とお前の仲だろ!!

 せめてこれくらいの事をさせてくれよ。


「すごく嬉しいよ。でも、今、すごくびっくりしてる」


 俺は泣きながら頷く。

 そのために、ここまでお前にバレずに準備してきたからな。

 お前だって俺に留学を隠していたんだ。だからこれくらいのサプライズ、許してくれよな。


「あー……良くは知らないが、一週間の短期留学でもこんな盛大に見送ってもらえるものなんだな」


 はは、一週間か……って、ん? 今、なんて言った?

 イッシュウカン? それって、新しいチジョーか何か?

 俺は前世で温泉に行きまくって解雇された県議会議員のように手を耳に当てる。


「慎太郎。今、なんて言った? 盛大に見送って貰えるの前に」

「一週間の短期留学の事か?」


 おかしいな。もしかしたら急に難聴になったのかもしれない。

 俺は完全に涙が引っ込むと、嘘のように真顔になる。

 とてもじゃないけど、隣にいるとあの顔や後ろにいるみんなの顔が見れない。


「いやいやいや! ちゃうですやん!」

「あくあ、急にインコさんみたいな関西弁になってどうした?」


 お、俺は悪くないでしょ!

 だって、貴代子さんの顔とか、母さんの反応とか、杉田先生の表情とか、そんな一週間とかいうレベルじゃなかったじゃん!

 俺の反応を見た貴代子さんが申し訳なさそうな顔をする。


「ご、ごめんなさい。いい歳をして、慎ちゃんと一週間も離れるのが寂しいなんて、こんなの母親失格よね」

「いや、それが普通です。黛さん。男子の子供、それも未成年と一週間も離れ離れ、それも遠く離れた異国の地となると、それくらい心配して当然の事です。だから私達学校側も黒蝶議員や羽生総理、天鳥阿古社長と綿密に連携して、ちゃんと黛くんの安全を確保した上で留学を行なっていますから、安心してください」


 あっ、そっかぁ……。この世界って俺の居た世界と、違うんだぁ……。

 俺もだいぶこの世界に慣れたかなって思ったけど、その考えが甘かったわ。

 そうか、そうだよな……。男子の留学ならたった一週間でも、この世界ならかなりの大ごとになるのか……。

 クラスメイトのみんなも貴代子さんに声をかける。


「私たちは子供いないけど、その気持ちすごくわかります!」

「黛くん、気をつけてね。本当に外は危険だから」

「そうそう。日本だと掲示……んんっ! 親切なお姉さん達が陰から守ってくれるけど、海外だとそういうのもいなから」

「ね。黛くんは中学時代に留学してたけど、それでも危険なことには変わりがないから気をつけてね」


 俺はジト目で袖を引っ張り続けるとあを無視して首が痛くなるくらい反対方向を向く。

 天我先輩……まだ泣いてるんですか? たった一週間ですよ!?


「もー! あくあが一年くらい留学するかもって言うから、びっくりしちゃったんじゃんか! でも、普通に考えたら、そんなに長期で留学するなら慎太郎だって僕達に何か言うし、真面目な慎太郎がBERYLのファンに何も言わず長期の留学なんてするわけないよね。ごめん、僕もあくあから留学って聞いて動揺しちゃってたかも」


 た、確かに〜。

 そうだよな。普通に考えたら、慎太郎がBERYLのファンに挨拶せずに長期でどっかに行ったりしないよな!!

 はぁ〜〜〜、なんで俺はそんな単純な事にも気が付かなかったんだ。

 それくらい俺も慎太郎が留学だって聞いて動揺していたんだろう。

 俺は全身の力が抜けたのか、その場にへたり込む。


「親友、ありがとな。僕は普通に嬉しかったよ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 俺は慎太郎の手を掴んで体を起こしてもらう。

 全ては俺が早とちりしたせいだが、慎太郎も喜んでくれたし、留学も短かったし、まぁ、いっか!!

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