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皇くくり、父と母。

「はぁ、疲れた……」


 私は車の後部座席で深いため息を吐く。

 あくあ様がスターズに行ってから今日まで、事後処理やら何やらでジェットコースターのように忙しかった。


「だいぶ疲れているようだな」


 私は対面のシートに座っている女性へと視線を向ける。

 風見とおこ。風見りんの親戚で風見一族の1人、そして私のお母さんの侍女だった人……。


「あなたこそ、目の調子はどう?」

「悪くない。私が俗世から離れ隠遁生活を送ってる間に、かように世界は目まぐるしく進化していたのだな」


 風見とおこは新しく手に入れた機械の両目に満足するような素振りを見せる。

 機械の眼を実用化するにあたって課題になっていたのは、対象の質感を捉えるための技術です。

 ですが、この問題もハイパースペクトルイメージングと偏光イメージングで得たデータを、光学スペクトル物性のデータベースを組み合わせる事で実現できました。

 そんな無茶難題を実現化できたのは、20代でノブレス賞を受賞した天才、アルティメットハイパフォーマンスサーバーを開発した鯖兎こよみ先生と、医学の権威であるマリア先生の頭脳あってこそでしょう。


「しかし、まだ改善の余地はあるな。認識から脳への伝達までに若干のラグがある。生活するだけなら支障はないが、同じレベル同士の戦いになれば話は別だ。これならまだ目を閉じて戦った方が強いだろう」

「そう……」


 この技術を開発したのは、聖女エミリー……ううん、えみりお姉ちゃんの一言がきっかけだった。

 目が見えない子達にも、あくあ様の姿やダンスを見せたい。

 聖あくあ教の資金と人材を使えばどんな兵器でも作れるのに、えみりお姉ちゃんが望むのはいつもそんな事ばかりです。

 もし、これが良からぬ事を考えている人だったら、世界は混沌としていたでしょう。いや……そんな人じゃなくて、えみりお姉ちゃんだからこそ、これだけの人が集まって来たのかも知れませんね。

 どうやってスカウトしたのか知らないけど、鯖兎先生やマリア先生みたいな人は誰かに忠義を尽くしたり傘下に入ったりするタイプじゃないですもの。


「そこら辺も含めて、データを欲しがってる管理人にフィードバックしてくれると嬉しいわ」

「承知した」


 そういえば風見とおこは、くの一、りんとは会ったのかしら?

 私はその辺の事が気になって彼女の顔にチラリと視線を向ける。


「ふふ、りんとの事が気になるのか? ちなみにまだ会ってないぞ。私が白銀キングダムに潜伏して、どれくらいで気がつくか試している最中なんだ」


 何よそれ。素直に会えばいいじゃない。

 私のなんともいえない表情を見た風見とおこは軽く笑みを見せる。


「くくり様と話をしていると、きくり様との日々を思い出します」


 とおこはどこか遠い目をする。


「ねぇ……私のお母さん、まだ死んでないんだけど」

「はは、そうでしたね」


 俗世から離れて暮らしているだけで、私のお母さんは普通に生きてる。

 ただ、どこで何をしているのかは知らないのよね。私の側に控えているこの子達……お庭番もお母さんの消息を知らないみたいだし、この情報社会でどうやって身を隠しているのかしら。


「私もきくり様とはかなりの時間会っていないけど、椛なら居場所を知っているかもしれませんよ。まぁ、本人に聞いたわけじゃないから私の憶測に過ぎませんが」

「ふぅん」


 森川椛。森川楓のお母さん、羽生総理の元上官で自衛隊特殊部隊所属。

 表向きは普通の会社員って事になってるから、森川楓は何も知らないみたいだけど彼女も謎が多いのよね。

 私がしかめっ面で物思いに耽っていると、風見とおこはふっと笑った。


「それにしても、くくり様は我が主人と比べると随分と純粋ですね。貴女の母は……まさに魔性の女でした」


 へぇ、そうなんだ。

 揚羽お姉ちゃんの話によると、子供のえみりお姉ちゃんにいつも翻弄されてたって聞くけど、若い時は違ったのかな?


「お母さんに会いたいですか?」

「……別に」


 私は風見とおこから視線を外して、車の窓から外を見つめる。

 揚羽お姉ちゃんやえみりお姉ちゃんが居るから、お母さんが居なくても寂しくなんてないもん。


「でも、会えるなら会ってみたいわね。お母さんなら、婦人互助会についてもっと詳しい情報を知っているでしょうしね」

「ふむ」


 あんな大きな事をして、あれだけ多くの人数が動いて、それでも尻尾を掴めなかった。


「婦人互助会か……。白銀あくあとくくり様達は今の所うまくやっているようですが、彼女達の動きには気をつけた方がいい。くくり様のお父さんを殺したのもあいつらですから」

「……は?」


 風見とおこの言葉に私は固まる。

 父が居る事は知っていたけど、私は、母から誰が父親かだったかを聞いた事がない。

 てっきり、提供生殖細胞か何かだと思ってた。


「どうして、私の父は殺されたの?」

「婦人互助会の存在に気がついた。それも……かなり深いところまで。だから彼は何も言わなかった。私にも、椛にも、きくり様にも。そう……誰1人として巻き込まないために」


 私は、膝の上に置いてあった拳を強く握り締める。

 今まで父の事を意識した事なんてなかった。

 でも、誰も巻き込まないように自分だけが犠牲になった気高さには敬意を表したい。


「誇ってあげてください。くくり様の父は白銀あくあに負けないくらい良い男だったと、この私が保証します。なぜならその命と引き換えに、この日本に巣食っていた病巣の大部分を取り除いたのだから。ただ……志半ばだったが故に、一部は残ってしまったみたいですけどね」


 なるほど、そういう事だったのね。

 その残党を統率していたのが黒蝶家で、そいつらを一網打尽にしたのは揚羽お姉ちゃんの作戦だった……って事ね。


「例の事件は調べました。黒蝶揚羽、羽生治世子、雪白えみり……そして、白銀あくあとくくり様、誰か1人でも欠けていたら、完全に駆逐する事など不可能だったでしょう。くくり様達はそれをやり遂げたんです。きっときくり様も喜んでいるはずだと思いますよ」

「そうだと良いわね」


 お母さんは、例の事件があった時も表に出てこなかった。

 だから華族を解散する時に羽生総理と連携して、警察、政府、聖あくあ教、旧華族、お庭番、その全ての情報網を使ってお母さんの所在地を掴もうとしたけど、全くと言って良いほどわからなかったのよね。


「出てきたくても、出てこれない状況にいるかもしれませんよ? そう、例えば婦人互助会に捕まっているとか……ね」

「だとしても情報どころか痕跡すら掴めない以上、どうしようもないもの」


 婦人互助会の小さな拠点はいくつか見つかった事がある。

 でも、そこから先に全くと言って良いほど繋がらないのよね。


「……私が何故極東連邦に居たか知っていますか?」


 風見とおこの言葉に私は首を左右に振る。

 聖あくあ教の情報網を使っても、なぜ風見とおこがあそこに居たのかわからなかった。


「婦人互助会の本部があるとしたら、南極の地下深くか、グリーンランドの山中……北極圏のどこかが怪しいと私は睨んでいます」


 そうか……この人はずっと探し続けているんだ。

 私の父の仇を……。


「多分、きくり様の目的も私と同じです」

「なるほどね……」


 風見とおこだけじゃない、私の母も過去に囚われているんだ。

 父を救えなかった事に……。


「さてと、どうやら目的地に到着したみたいですよ。それでは、私はここで」


 風見とおこは車の扉を開けると、走行中の車から飛んでどこかへと消えていった。

 もう! 逃げずに、普通にりんと会えば良いじゃない!

 りんは素直で良い子だから、きっと喜んでくれるわよ!!


「……お母さんも、死んだ父より私の事を少しは心配して会いにきなさいよ」


 そんなのは無理だってわかってる。

 もし、私が同じ立場だったら、生まれてきた子供よりもあくあ様の仇を討つ事を最優先するだろう。

 私とお母さんはよく似ているって、羽生総理も言っていたもの。


「ありがとう」


 私は運転手にそう言うと、車から降りて白銀キングダムの中に入る。

 すると、玄関で見覚えのある人物が待っていた。


「ぐへへ! トリック・オア・トリート!」


 カボチャ頭を被ってるけど、間違いなくえみりお姉ちゃんだ。

 私は無の表情になると、えみりお姉ちゃんに向かって手のひらを差し出す。


「お菓子ください。イタズラはいらないので」

「ええっ!? そんなぁ〜」


 えみりお姉ちゃんは、渋々と言った感じでカゴの中に入っていたビスケットを私に手渡す。

 わっ、ねねちょさんがデザインしたデフォルメあくあ様の形をしたビスケットだ。


「私の手作りだけど、変な蜜とか毛とかは入ってないから、そこは安心してくれ」


 逆にそう言われると心配になるんだけど!?


「ほら、お前、疲れた顔してるからもう一枚やるよ」


 あっ、メリーさんデザインのビスケットだ。

 えみりお姉ちゃんって本当に器用だよね。


「それでも食って、元気だせ。な?」

「うん、ありがとう。えみりお姉ちゃん」


 やっぱりえみりお姉ちゃんは優しいな。

 お母さんなんかより、ずっと私の事を見てくれているもん。

 私は袋に入った2枚の手作りビスケットを愛おしそうに見つめる。


「おっと、次のターゲットが帰ってきたぜ。ちょっくら行ってくるわ!」

「うん、えみりお姉ちゃんもあんまり無理しないでね。妊婦さんなんだから」


 私は大きな玄関を抜けて階段を上がると、2階になるリビングを目指す。

 その途中で魔女のコスプレをした揚羽お姉ちゃんと遭遇した。


「あっ、くくりちゃん……」


 揚羽お姉ちゃんは顔を赤くすると、ミニスカートの裾を少しでも伸ばそうと右手で引っ張り、胸の谷間を隠すように左手を置いた。

 へぇ、この前は黒猫のコスプレをしてたけど、今日は魔女コスプレなんだ。


「ち、違うの。これは自分で選んだんじゃなくて、ヴィクトリア様がまたみんなでしようって……」

「へぇ、そうなんだ」


 ベリルのハロウィンフェスが始まった土日から本番の31日まで、白銀キングダムの中では毎日ハロウィンパーティーをやっている。

 私もハロウィンの期間中、えみりお姉ちゃんと衣装合わせをしたり、らぴす達と衣装合わせをしたりして楽しんだ。


「ごめんね。似合ってないでしょ? 年甲斐もなくこんな若い子が着るような格好して……」

「ううん。似合ってるよ。揚羽お姉ちゃん可愛いし、きっとあくあ先輩も喜んでくれるんじゃないかな?」


 私の言葉を聞いた揚羽お姉ちゃんは照れた顔を見せる。


「あ、ありがと。でも、恥ずかしいから、自分の部屋に戻ってるね」


 そう言って部屋に帰ろうとした揚羽お姉ちゃんが本物の魔女……まりんさん達、ママーズに捕まってしまう。

 ふふっ、揚羽お姉ちゃん、頑張って。

 私がそのまま1人で広いリビングの中に入ると、メリーさんの着ぐるみを着たあくあ様が大怪獣の着ぐるみを着た小雛ゆかりさんと完全に組み合っていた。


「ちょっと、あんた。イタズラさせなさいよ!!」

「それなら小雛先輩もこのミニスカ衣装着てくださいよ!!」

「着るわけないでしょ。ばーか!」

「じゃあ、俺もイタズラなんてさせませんよ!!」


 ふふ、本当にここは騒がしくて退屈しませんね。

 私はこたつに入ると、みかんを食べながら、その様子を楽しく眺めていました。

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