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幕間、白銀あくあお姉様、私、アイドルデビューします!!

「ん?」


 いつものように近所を散歩していたら、スーツを着てオロオロしている女性を見つけた。

 見た感じ困ってるみたいだが、どうかしたのだろうか?

 俺の目に映った彼女の姿が、あの時の阿古さんと重なって見える。


「お姉さん、どうかしたの?」

「あ……あくあ様!?」


 お姉さんは驚いた顔をして固まる。

 おーい、大丈夫かー? 戻ってこーい!

 何とかフリーズから復活したお姉さんは、俺に自分の名刺を差し出す。


「あ、私、ベリルエンタープライズの黒夜天倖子(こくあんてんさちこ)と申します」

「ベリルエンタープライズ!?」


 え? そんなベリルのパチモンみたいな会社があるの!?


「一応、ベリルの子会社になりました。えへへ」

「嘘だろ!?」


 本当じゃん……。

 ベリルの公式HPで確認したら、隅っこの隅っこにグループ会社として紹介されていた。

 しかも設立がベリルより先なのか。すまん、パチモンはうちの方だったわ……。


「それで、黒夜天さんはどうしたの? 何か困ってたみたいだけど……」

「実はうちから今日、新人アイドルがデビューするはずだったんだけど、今朝、その子の家に迎えに行ったらこういう書き置きがあって……」


 俺は黒夜天さんからメモ書きのようなものを受け取る。

 なになに? 俺はそのメモ書きへと視線を落とした。


【この前は騙されちゃったけど、今度こそ男の子と結婚します☆ 探さないでください♡】


 ちょっと、待てよ! おい、ふざけるんじゃねぇぞ!!

 この人は、アイドルを何だと思ってるんだ!!

 俺は怒りが抑えきれずに手に持っていたメモ書きを握り潰してしまう。


「この後、イベントなんですけど、うちのエースでもある小猫ちゃんも工事現場のバイトが入ってて……」

「小猫ちゃんって、もしかしてネットで話題になった白苺小猫さんのこと!?」


 俺の問いかけに黒夜天さんはドヤ顔で頷く。

 嘘だろ……。あの小猫さんが、こんな身近に居たなんて信じられないぜ。

 しかも工事現場のバイトだなんてすごく苦労してるんだな。俺が個人的に養ってあげたいくらいだ。

 さっきHP見たらグッズ出るって書いてあったし、ファンとして全部5個くらいずつかお……。

 いや、今はそんな事よりも、ドタキャンした奴が開けた穴が問題だ。

 1人のアイドルとして、この状況を見過ごせるわけがない。


「わかりました。そういう事なら、代わりに俺が出ます!!」

「本当ですか!? じゃあ、こっちに来てください!!」


 黒夜天さんの案内で、俺達は専用の控え室に入る。

 俺としては、女子達がお着替えしている大部屋でも全然問題なかったが、流石に騒ぎになるというので別の部屋を用意してもらった。


「それじゃあ、これに着替えてください!」

「へっ!?」


 ニーソに超ミニの着物だと!?

 いやいやいやいや、完全に女の子の衣装じゃん!!

 しかも、これじゃあ男として1番大事な部分が見えちゃうよ!!


「だからスパッツを買ってきました」

「いやいや、このスパッツ、裾がレースだしリボンついてるし、完全に女の子用じゃないですか!!」


 黒夜天さんは問題なしとばかりに親指を突き立てる。

 くそっ、やるしかないのか!

 女装する事が満更でもなくなっている俺は、スタッフのお姉さん達に姿を整えてもらう。


「こ、これが、お……いえ、私!?」


 俺は鏡に映った自分の姿をガン見する。

 最近、出演しているドラマの役に合わせて筋肉を落としていた事もあって、ミニスカの着物からスラリと伸びた足のラインは自分でいうのもなんだが悪くない。何よりちょっとだけ見えるスパッツのレースがすごくいいな。

 偽物の胸部を包み込む胸元だって谷間が見えるくらいすごく開いているのに、菫色と紫色で彩られた着物がすごく上品だからあまり下品には見えない仕上がりになっている。

 メイクもそれに合わせて無垢な少女らしさを残しつつ上品で大人びた感じで仕上げているが、目元の泣き黒子がセクシーなのが憎いな。

 帯留のところに雷のマークが書かれたでんでん太鼓が使われていたり、忍者や侍が使っているような指貫きグローブだったり、兜の鍬形や扇子がイメージされた髪飾りとか、小物にもすごく拘ってるのがよくわかる。

 それに加えて着物の色に合わせた大きな三つ編みのウィッグがこの衣装によく似合ってると思う。

 くっ、これが自分じゃなかったらなぁ。完璧に俺の好みなんだが……うーん、残念!!


「ふぁ〜! やはりあくあ様は男だからとか関係ないんだよ」

「私、こんなお姉様と結婚したかった……!」

「むしろこれで男の子なんてお得なのでは?」

「くっ、新しい扉が向こうから迫ってくる!!」


 俺は黒夜天さんから渡された映像データを見て歌詞とダンスを覚える。

 どんな状況であれど完璧を追求するのが白銀あくあスタイルだ。


「あ……あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜、あ、ん、あ〜、あ〜、ん、これで大丈夫かしら?」

「しゅ、しゅごい〜」

「はい、完璧です!」

「やばい。声がお姉様すぎて震える」

「こんなお姉様が居たらそこら辺の男子じゃ絶対に勝てないよ!!」


 ふふふ、女声の出し方についてちゃんと勉強しておいてよかったぜ。

 これが得意な奴はボイチェンなんて小細工を使わなくても簡単に女声が出せるからな。

 俺は自分の声を少し落ち着いた感じのセクシーなお姉さん声に調整する。

 これで完璧に準備は整った。そう思ってたら、黒夜天さんが慌てた顔をして控え室に入ってきた。

 え? まさか、また、何かトラブルですか?


「音響トラブルで機材が壊れちゃったみたいで、音源が使えないみたいなんです!!」


 お、おぅ……こうなったらもうアカペラでやるしかないのか。

 それでも何とかやれない事はないが……せっかくの綺麗な和風曲が勿体無いなと思った。

 俺が少し残念に思っていると、1人の女性が控え室に入ってきた。


「あ……! え……小猫ちゃん!!」


 あのストロベリー・プリンセスの白苺小猫だと!?

 くっ、あの巫女服みたいな衣装に包まれた胸部、絶対にどこかで見た事があるけど、何か頭にモヤがかかったみたいに全くと言って思い出せねぇ!!

 小猫さんは俺の事をジッと見つめる。ん? もしかして俺の事を見てるのか?

 それなら俺が小猫さんをガン見しても許されるよな? 俺達はお互いにガン見しあう。

 って、今はそんな事をしてる場合じゃないだろ!!

 小猫さんも我に帰ったのか、手に持っていたスケッチブックに何かを書いてこちらに向ける。


【話は聞かせてもらった! 今、助っ人に来てもらってるから!!】


 え? 白苺さんがやってた工事現場のバイトってここのショッピングモールの改修工事だったの!?

 そのバイトをしていたら、音響トラブルの話がたまたま耳に入ったのと、自分の事務所がここでライブやると聞いて慌てて駆けつけてきたって!?

 すげぇな。そんな偶然があるんだ。


【どうも助っ人です】

【よろしくお願いします】

【ほ、ほげ〜】


 あれ? なんで3人ともスケッチブックで会話してるの?

 うーん、小猫さんが連れてきた3人もどこかで見た事がある気がするんだけどなぁ……。俺の気のせいか?

 お面をつけてて顔がよくわからないけど、あの胸部はどこかで見覚えがあるような気がしている。くっ、それなのに今日はホゲラー波が活発なのか何もわからない!

 なんでもお友達はここで行われているコスプレのイベントに参加していたらしく、持ってきていたコスプレ衣装をアレンジして駆けつけてくれたみたいだ。

 いやー、本当にありがたい事です。やっぱり友達は大切にしなきゃいけないなと思った。

 俺はせっかくだから親友の慎太郎に自分の写メを撮って送る。何となくだけど、この雰囲気は慎太郎好みな気がしたからだ。


【私、三味線しまぁす!!】

【じゃあ私は二胡で。流石に芸達者のえ……小猫先輩もできないだろうし、多分、私しかできないよね?】

【じ、実は恥ずかしながら、名前の関係でお箏をちょっとだけ嗜んでました】

【和太鼓なら何とか……。パワーで壊さないように気をつけるホゲ!】


 完璧じゃん……!

 黒夜天さんは楽譜と映像を見せて、みんなに曲を覚えてもらう。

 その間に俺は、楽器店に行ってなんとか楽器を貸してもらえないか交渉しにいった。


「すみません。楽器を貸してもらえないかしら?」

「あ、もう全部持ってってください!!」


 は!?

 顔を真っ赤にした店員さんが俺の事をじっと見つめる。

 あれぇ? なんか俺が男の時より反応良くない!?

 よく見ると通行人の人たちがみんな口を半開きにしながらこっちを見ていた。


「どうしよう……。あそこに理想のお姉様がいる」

「私もあんなお姉様とちぎりたかった」

「踏んでほしい!!」

「足を舐めたい!!」

「お前ら自重しろ! ショッピングモールには子供もいるんだぞ!」


 モードを切り替えた私は笑顔で手を振ると、この後のライブに見にきてねとお願いした。

 あ、そういえば私の名前、なんていうんだろ?


「え? 名前? 紫電千影(しでんちかげ)ちゃんです!!」


 あ、そんな名前なんだ。了解。


【私達はバックバンドなのでお気になさらず!】

【そう、壁か背景だと思ってください!!】

【が、頑張ります!!】

【一生懸命、頑張るホゲ!!】


 私達は円陣を組む。

 なんだろう。このグループは心なしか実家のような安心感がある。


「きゃあ!」

「あの時のお姉様よ!」

「周りの人達も素敵!」

「小猫ちゃん!?」

「ん? あのコスプレもどき、嗜……いや、なんでもありません」

「姐……ゲフンゲフン。乙です……」

「くっ、チ……あの人がパワーで楽器を破壊しないか心配です」


 ふぅ。初めてデビューした時の事を思い出すな。

 今日は白銀あくあじゃなくて、紫電千影として初心に返ったつもりで頑張ろう。


「歌います。紫電千影で、浮生夢の如し」


 私が目を閉じて軽く息を吸い込むと、会場が一瞬の静寂に包まれた。

 例えどんなに騒がしいショッピングモールのステージであろうと、一流のアイドルであればその空間ごと全てを支配するのは容易い事である。


『月夜に揺蕩う紫の蝶は儚く散りけり』


 私はうっすらと目を開くと、観客席に向かって手のひらを伸ばす。

 自分の指先に蝶々が止まっているかの如く繊細に、そして艶かしく、たおやかに全神経をその一点に集中させる。


『どこを探しても永遠なんてないのに、影の中を這いずる愚かなる私』


 この曲は小雛先輩が出演をした腹を切るからインスピレーションを受けた曲だ。

 決して一つにはなれない2人の女性。その儚さを睦夜星珠さん演じる執刀医の楠野ギンカ視点から歌った曲である。


『水面が揺れる。覚悟が揺らぐ』


 私は小道具の扇子を使って、迷いと儚さを演出する。

 アイドルのダンスに使えるかもと思って、母さんから日舞を習っておいてよかった。


『春の霞、冬の千鳥、霞に千鳥などありえぬのに、決意の鋒が震える』


 少し耳を澄ませると歌を邪魔しない心地の良い三味線と二胡の音が聞こえる。

 他の2人もかなり頑張ってくれてるが、この2人はダントツで上手いな。

 もはやプロの犯行と言っても差し支えがないレベルだ。


『心を押し殺して、平然を装う。厚化粧で誤魔化した、目下の隈』


 普通ならここで心の苦しさを表情で表現するのがセオリーだろう。

 だが、小雛ゆかりマニアの私は何度も何度も腹を切るを見て勉強した。

 あの時、そうやって心の苦しさを表情に表せる女性なら、ギンカは厚化粧をして小雛先輩演じる斎藤ひとはへの想いを誤魔化したりはしない。

 だからこそ私は薄く笑みを浮かべた。

 それを見た観客席の子達がぽぅっと頬をピンク色に染める。


『私の心と体に落ちた雷は今もビリビリと震えている』


 まだ、私は恋をしている。

 そうよ。だから、みんなも私に恋をしなさい。


『弧を描いた想いがただ馳せるだけ。この願いに、環の端無きが如し』


 ギンカは巡り巡って終わりのないこの終わりを抱えたまま独りで生きていこうとした。

 私はあくまでもアイドル紫電千影として、彼女の心を映す。


『花開く、華やかな君の白無垢姿。笑顔の裏で花を散らした貴女は涙した』


 最後のサビに入ったところで私は嵐の吹き荒れるギンカの心情を込めて声を振り絞る。

 それに合わせてみんなの演奏もノリにノッてきた。いいね!


『無力、非力、過去を悔やむ事すらも何もできなかった私には赦されない』


 私はぐるりと回り、通路の先にいる人達や2階や3階からこちらを見ている人達に視線を送る。

 さぁ、みんな、私だけを見るのよ。


『揺れる覚悟、震える決意を隠すための笑顔と厚化粧』


 もうこちらを見ている誰もがこの私から目を逸らせない。そう、まるで蛇に睨まれたみたいに。

 1度でも目が合ったが最後、私は蛇のように彼女達の心と脳裏に巻きつき、私無しでは生きられない様にしていく。


『私は今日も今日とて、いつもと変わらぬ凛とした顔で君と向き合う』


 完璧だった。自分でもすごくやりきった感がある。

 歌いきってほんの一拍、ショッピングモールは割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。


「お姉様、結婚して!!」

「ちょっと! 抜け駆けずるいわよ!!」

「私がお姉様のポッカリと空いた心を癒します!!」

「私も私も!!」

「お姉様、抱いて!!」

「もう男の子なんてどうでもいい! お姉様ー!!」

「月街アヤナ、加藤イリア、白苺小猫……そして紫電千影! どうやらこの四天王によるアイドル戦国時代が始まってしまった様ですね!!」


 あれ? なんか思ってた以上の熱狂というか、女の子達がこっちを見る目がすごくギラついてて怖い。

 心なしか、後ろにいる小猫さんも、ぐへった顔でこっちを見ていた気がする。

 規制線を掻い潜って、何人かの女性が飛び出てきた。いや、女性じゃない。よく見ると男だ!!


「お姉様、結婚してください!!」

「いえ、僕とお友達からお願いします!!」

「自分、足置き台でいいんで!!」

「あ、ずるいぞ! じゃあ、僕は椅子で!!」


 嘘だろ……。私の目の前で男達が私をめぐって喧嘩してるだと!?

 私は男性達に向かってそんな趣味はないぞと冷ややかな視線を送る。


「ぐはっ!」

「その蔑む目線、たまりません!」

「なるほど、これがあくあ君が教科書に書いていた事か!」

「千影お姉様、踏んでください!!」


 おい、やめろ! お前、私の事を好きになったら性癖がねじちぎれて修復不可能になるぞ!!

 これ以上は危険だと思った私は、その場から慌てて逃げ出した。


「あ、あくあ様? 天鳥社長から許可取ったので、紫電千影ちゃんとして、また、よろしくお願いします!!」

「嘘……だろ……」


 翌日、俺は夕方のニュースで謎のお姉様として番組に取り上げられていた自分を見て飲んでたお茶を噴き出した。

 ゴホッ! ゴホッ! なんで昨日の今日でこんな大ニュースになってるんだよ!!

 俺はこっちをじーっと見ていた小雛先輩からそっと視線を逸らした。

※この話は【ともよん】さんからのオファーで書いた話です。


Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。


https://x.com/yuuritohoney

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― 新着の感想 ―
やっぱ捗る認識阻害効果のあるE.M.M.I.粒子(仮)散布しとるやろ(゜д゜)
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