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白銀あくあ、帰ってきた俺と帰って来れないあの人。

 俺達は無事修学旅行を終えて日本に帰国した。

 帰国の便で隣の席だったクレアさんが「テロリストにハイジャックされませんように!!」と祈っていたけど、そんな事もなく無事に帰れてよかったと思う。


 それから数日後、俺は朝早い時間帯に東京の街並みを眺めながら、りんちゃんやりのんさんと一緒にランニングしていた。


「はぁ、はぁ」


 ステイツへの修学旅行はスターズに行った時と同じくらい刺激的だった。

 伝統的なブロードウェイや先進的なミュージックホール。大きなスタジアムにレッドカーペット。

 今の世の中、世界的なトップアイドルになるには、歌やダンスだけじゃなくて、役者やモデルとしても世界で活躍しなければいけない。


「ふぅ」


 俺は自分の姿が大きく写った銀座にあるコロール直営店の前で少し立ち止まる。

 本来、俺が修学旅行前にスターズに行ったのはこれの撮影が目的だった。


「ごめん。ちょっと写真撮っていい?」

「はい、大丈夫です」

「もちろんで候」


 俺は新しく買い直したスマホで写真を撮って自分のSNSに投稿する。

 この最新のインスタレーションでは、モノトーンで撮影された俺の写真の上に、実際にコロールから販売されている服やアクセサリーを大きな写真のサイズに合わせて作ったものを立体的に被せているすごい大作だ。

 流石に宝石類はそのサイズで再現できないので、電飾を使っているらしい。だから夜に見るとすごく綺麗だよってコロールの人から教えてもらった。


「みんなにも送っておくで候」

「そうですね。みなさん喜ぶでしょう」


 りのんさんやりんちゃんも写真を撮る。

 2人とも、俺が居ない間に、みんなを守ってくれていたと聞いた。

 帰ってきてすぐに感謝の言葉を伝えたけど、またちゃんとお礼しなきゃな。


「それじゃあもうちょっとだけ走ろっか。りのんさんもりんちゃんも大丈夫? 2人ともキツくなったら言ってね」

「大丈夫で候、走るのは好きでござる」

「私も……。それにスナ……んんっ、警護は走れないとダメですから」


 俺達はランニングを再開する。

 より多くの事を成し遂げるためには、やはり体力作りが必須だ。

 単純にダンスを踊ったりするのもそうだが、自分がやりたいと思う仕事をこなしていくためにも、体力は全てのベースになる。

 人はよく才能という言葉に翻弄されるけど、努力と積み重ねた練習時間は絶対に嘘をつかない。それが俺の信条だ。


「りんちゃんもりのんさんも、お疲れ様。俺は少しトレーニングルームに籠るから」


 自宅に帰宅した俺は2人と別れると、白銀キングダム内に作ったトレーニングルームの中に入る。

 ダンスに必要な筋肉と、アクションシーンの撮影に必要な筋肉をつけるためだ。

 俺は天井からぶら下げられた紐を掴むと、それを片手で登ったり降りたりするトレーニングを繰り返す。

 はっきり言って、このトレーニングに意味があるかどうかはわからないけど、前世の師匠達が俺のために組んでくれたメニューなのでそれを必死にこなしていく。

 前世で俺が死んだ時の状態……とまではいかないものの、年齢を加味したら十分に体力と筋肉は戻ったと言えるだろう。それでもまだ前世の俺には及ばないので、更なるトレーニングが必要だ。


「はぁ、はぁ」


 俺は基本的にランニング、筋力トレーニング、趣味の料理や掃除をしている時に考えている事や計画をまとめる癖がある。

 その方が効率的だし、体を鍛えたり休めている時にも思考力は絶えず鍛え続けられるからだ。


「くっ……」


 アイドルとして俺に足りないものは何だ?

 はっきり言って歌唱力には自信がある。前世の事務所でも、俺はダンスよりも歌唱力が評価されていた。

 容姿にもちゃんと気を遣ってるし、ファンやスタッフとのコミュニケーションも問題ない。体力はもちろんのこと、メンタルも自信がある。

 となると、やはり伸ばせる要素はダンスくらいしかないだろう。

 ダンスに関してはリズム感やライブをこなすだけの体力もあるし、激しいダンスに必要な筋力も十分についている。

 更にここから伸ばせるポイントがあるとしたらダンスに必要な表現力くらいか。

 小雛先輩のおかげで役者としての経験がダンスの表現力にも生きているが、そこをもっと伸ばしたい。


「きっつ……!」


 あとはやはり前世とのギャップか。

 前世との身長差、筋肉量の違い、身長や体重の違いで思ったようにできてない部分があった。

 ただ、ここ1年と半年で身長は同じサイズに伸びてきたし、それに合わせた筋力量や体重も戻ってきている。

 ここからは、ギャップの差を埋めるためにつけた変な癖を戻す作業が必要になるだろう。


「ふぅ」


 俺は鏡の前に立つと、鏡を見ながら一個一個のダンスや振り付けを止めて確認していく。

 地道な作業だが、野球のピッチャーがシャドーで自分のフォームをチェックするように、こうやって自分のフォームを一つ一つチェックしていくしか修正方法がない。

 ただ、この修正にとって最も厄介な点は、この世界には“前世の”俺のダンスが映像として残ってない事だ。

 つまり、記憶を辿りながら、自分のダンスを思い出して模索していく必要がある。


「今日はこんなもんにしておくか。長くやっても集中力が落ちて効率が悪くなるだけだし……」


 俺は時間いっぱいまで汗を流すと、トレーニングを切り上げてシャワーを浴びる。

 この修正作業には長い期間が必要になるだろう。俺としては、1年くらいの長いスパンを見ている。

 来年のワールドツアー中にステイツでやるのは全部で2回。1回目のライブには無理だとしてもツアーファイナルに近い2回目のライブには完璧に間に合わせたいな。

 もちろんそういう理由があるにしろ1回目のライブを捨てるわけじゃない。ライブは一期一会、その時に来てくれたファンのためにも、その時にできる最高のパフォーマンスを披露するつもりだ。


「ふぅ……」


 俺はシャワールームを出るとタオルで体を拭く。

 いや、今はそんな先の事よりも全国ライブツアーに集中しなければいけない。

 残るところは後2回、11月の熊本と12月の沖縄ライブだけだ。

 それにその前にはハロウィン、12月にはクリスマスのイベントもある。

 服を着替えた俺は、鏡の前で頬をペチペチと叩いた。


「気合い入れていくか」


 俺は少しだけ俯くと、本番と同じような気持ちを作っていく。

 もちろん、ここからハロウィンまでずっとこの状態をキープし続ける事はできない。

 でも、短時間で毎日こうやって気持ちを作っておくと、本番のライブがある日も上手に気持ちを持って行く事ができる。

 ライブで重要なのは、いかに最初から自分の気持ちを昂らせるかだ。

 本当に細かいところだけど、俺はメンタルさえもこういうトレーニングや、日々の練習の積み重ねによる自信でどうにかできると思っている。


「さぁ、行こう!」


 俺はそう言って洗面台に顔を向けると、にこりと微笑んだ。

 よし、今日はこんなもんでいいだろう。

 俺はトレーニングルームを出ると、朝食を食べるためにリビングへと向かった。


「おはようございます!」

「おはよう、みことちゃん。ってぇ!?」


 俺は朝からランドセルを背負っていたみことちゃんを見て困惑する。

 そ、そのランドセル、どうしたの……?


「これはお姉ちゃんが作ってくれた3510専用モバイルバッテ……んんっ! みことも修学旅行に行きたいってこよみお姉ちゃんに言ったら、これを作ってくれたんです! ちゃんと、似合ってますか?」


 なんで修学旅行でランドセルなんだろう?

 って、疑問がどうでもよくなるくらい可愛い。

 見た目年上のお姉さんが背負うランドセルに、俺は新しい扉を開かれそうになった。


「みことちゃん、すごく似合ってるよ」

「本当ですか? わ〜い、嬉しいです!!」


 みことちゃんの喜び具合に俺も自然と笑みを溢す。

 なんだろうな。みことちゃんは俺より年上なはずなんだけど、ちゃん付けしちゃうくらい年下っぽく見える時があるというか、みことちゃんと話していると、らぴすより下の子を相手にしているのと同じ気持ちになるんだよな。


「みんな、おはよう」


 俺は一人一人に声をかけていく。

 なんて清々しい朝なんだ。

 それもこれも、朝から背中に乗ってぐで〜っとへばりついてくる朝に弱い小雛先輩がいないからだろう。


「なぁ、えみり。小雛先輩ってまだ向こうにいるの?」

「うん。インコさんと、まろんさんと、美洲おばちゃんと、レイラさんも巻き込まれてまだ向こうにいるんだってさ。あっ、でもまろんさんは仕事、インコさんは乙女ゲークリアのために、もう飛行機に乗って帰ってきてる最中らしいですよ」


 みんな、本当にごめん。

 俺は真顔になると、ベリベリのスタッフさんにもう諦めた方が良くないですか? とメッセージを送った。

 時には諦めも大事ですからね。

 それと、インコさん。まだあのクソゲーやってたんだ……。

 俺がなんとも言えない顔をしていると、誰かが俺の肩をポンと叩く。


「ぁく……ぁ……くん……ぉは……ょ……」


 うわっ、びっくりしたぁ!

 俺から背後を取れるなんて、どこの手練れかと思ったら声が死んでる楓じゃないか……。


「楓、本当に声、大丈夫?」


 近くに居たえみりが気を利かせて、楓にペンとメモ帳を手渡す。

 えみりって、なんでこんなにも気が利くんだろう。


【うん。お医者さん曰く、安静にしてたら一週間くらいで治るからって】

「そっか。よかったね」


 それもあって楓は今、国営放送から強制的に一週間お休みを取らされている。

 賢明な判断をしてくれた鬼塚アナには深く感謝したい。


【でも、体は普通に健康だから、ずっと家に居ると暇で……】

「あれ? でも、鬼塚アナからはお休みしてる間にコンプラについて勉強するようにって、分厚い教科書みたいなのをもらってなかったっけ?」


 楓は俺から視線をスッと逸らす。

 あっ、これ確実に勉強してないやつだ。


「楓、今度俺と一緒にコンプラ勉強しよっか」

【あくあ君と一緒なら……】


 楓は照れた顔をする。

 可愛いな。キスしちゃおうかなって思ってた時にはキスしてた。


【えへへ、嬉しい】


 なんかこう、言葉に書いて伝えられると照れるな。

 恥ずかしくなった俺は、楓から顔を背けてしまう。


「これ、読み終わった後にベリベリのプロデューサーに貸そうかな」


 俺がそう言うと、周りに居たみんなが一斉に噴き出した。


「あくあさん、私もそれがいいと思います」

「ええ、私もそれがいいと思うわ」


 琴乃、阿古さん、2人ともそれガチの顔じゃん……。

 カノンも隣で何度も頷かないで!


「旦那様、スマホが鳴ってるみたいですよ」

「ん?」


 ポケットの中に入れていたスマホが振動する。

 誰からの電話だろう?

 非通知、それも海外からだと?

 もしかして今流行りの国際ロマンス詐欺ってやつかもしれないな。

 俺は詐欺を疑いつつも、念の為に電話を取る。


「はい、もしもし」

『私よ。ゆかりよ! あんた、今、どこに居るのよ!? 脱獄したんだけど、今すぐに車で迎えにきてくれない!?』


 俺は一旦、スマホを耳から離すと、周りに居るみんなの顔をぐるりと見渡す。


「国際ゆかりゴン詐欺でした」

『ちょっと! 誰が詐欺よ!! あんた、それ、全部こっちに聞こえてるんだからね!!』


 はぁ、せっかくの清々しい朝が、急に騒々しくなってきた。

 俺はもう一度スマホを耳に当てる。


「すみません。俺、もう帰国してます。なんならインコさんとかまろんさんも撤収したそうですよ」

『はあ!? そんなの聞いてないんだけど!!』


 俺の気のせいかもしれないけど、スマホの向こう側から地団駄を踏む音が聞こえてきた。


「小雛先輩、もうこれ以上は迷惑なんでそろそろ帰ってきてくださいよ」

『ちょ、待って。オレンジの服着てたら、巡回してたパトカーに本当に脱獄した人と間違われて、あっ……ツー、ツー』


 あっ、通話が切れた。

 これ以上は問題が大きくならないように、メイトリクス大統領にも連絡しておいた方がいいかな……。

 俺は羽生総理を経由して、メイトリクス大統領に小雛先輩達の件をお願いする。


「というわけで、小雛先輩達も帰ってくるみたいです」

「「「「「おぉ〜」」」」」


 みんなが苦笑しながら拍手を送る。

 全くもう。小雛先輩が素直に布団畳んだり、牢獄の中を散らかしたりしなきゃ、直ぐに出れたんですからね!

 俺はみんなで飯を食うと、自分の部屋で制服に着替える。今日は学校のある日だ。


「それじゃあ、行ってきます!」

「行ってきます!」


 俺とカノンに続いてアヤナも玄関にやってくる。


「あっ、待って。私も出るから」


 アヤナに続いて、制服に着替えたうるは、リサ、ココナの3人も玄関にやってきた。


「ふふっ、行ってきます」

「行ってきますわ」

「あっ、待って。私、教科書忘れてきたかも!!」


 ココナが慌てて教科書を取りに戻る。

 はは、慌てなくていいから、ゆっくりな。

 俺達が玄関で待っていると、ココナが戻ってくるのと同時にクレアさんが戻ってきた。


「イッてきます」


 ん? 今、若干、言葉のニュアンスが違ったような。

 まぁ、俺の気のせいか。

 俺は同じように首を傾けていたえみりと顔を見合わすと、お互いにニッコリと微笑んだ。

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