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幕間、月街アヤナ、夏の思い出。

※次回も幕間になります。

『夏は唇で勝負する』


 駅前の大型電光掲示板に映し出された自分の出演するリップのCMを見て、私は顔を赤くする。

 芸能界に入ってしばらく経つけど、自分が出てるCMだけはいつがきても慣れない。

 ゆかり先輩はそういうの気にしなさそうだけど、あくあはそういうの気にならないのかな?

 私はストローで氷を弄りながら、自分が出演するCMの次に流れたあくあのCMへと視線を向ける。


『限界を越えたのその先に手を伸ばせ!』


 鍛えられたあくあの上半身に、その場にいた全員が釘付けになる。

 うんうん、もうこのCMも見慣れてきたけど、みんなやっぱり普通に立ち止まって見ちゃうよね。

 男の子がCMに出てるってだけでも珍しいのに、あくあの場合、上半身裸だもん……。

 その日、女子の鼻血で日本が赤く染まったとかなんとかって記事にもなってた。撮影したスタッフさん達、誰が撮ったのか知らないけど、すごいなって思う。


「さぁ、そろそろ行きましょう」

「うん」


 休憩を終えた私とお母さんはあくあのCMを見終わった後にカフェを出る。


「おかしいわね。手配したタクシーが来ないわ……って、予約がキャンセルされてる!? どうして!?」

「お母さん、すぐそこに駅があるし、タクシー乗り場に行けばすぐに捕まるんじゃない?」

「そ、そうね」


 駅に向かって歩き出してすぐに私とお母さんは違和感に気がつく。大通りに全くと言っていいほどタクシーが走ってない。

 それに駅前に人が多いのはいつもの事だけど、それにしたって人が多すぎる気がする。


「ねぇ、なんかトラブルで電車止まってるんだって」

「えっ? マジ?」


 電車が止まってる!?

 私とお母さんはすぐにネットで情報を確認する。

 架線トラブル、運行再開未定……。まずいかも。

 今日は夕方から夏祭りのイベントに出演しなきゃ行けない。

 eau de Cologneは今でこそ売れっ子だけど、下積みの期間がかなり長かった。

 今日出演する夏祭りも、どこからも呼んでもらえなかったeau de Cologneを出演させてくれたりとか、初期からすごくお世話になっているイベントだ。

 私はすぐにまろん先輩に電話をかける。


『そういう事なら仕方ないわ。でも、一応こっちに向かってきてくれる? eau de Cologneの出番はトリだから、今なら、なんとかギリギリ間に合うかもしれないもの』

「はい、もちろんです」

『アヤナ先輩、ふらん、良い事思いつきました! まろん先輩、後でスマホ貸してください!』

『えっ? ちょ、ふらん、何するの!?』


 通話がプツリと切れる。だ、大丈夫かな? ふらんが変な事を考えてなきゃいいけど……。

 私とお母さんは少し走ってなんとかタクシーを拾うも、見事に渋滞にのまれてしまった。


「はい、はい……。今、向かってます!」


 お母さんは向こうのスタッフの人に電話で謝る。

 撮影の仕事が終わった後に、休憩せずにすぐにタクシーに乗っておけばよかった。

 幸いにも現地にはまろん先輩やふらんがいるから、私が居なくても2人でeau de Cologneをやり切ってくれるはずだけど……私の出演を楽しみにしてくれているファンの人達には申し訳ないな。

 何とか間に合えばいいけど……。

 そんな事を考えていたら、誰かが渋滞で止まったタクシーの窓をコンコンと叩いた。


「よ、アヤナ」

「あ、あくあ!?」


 バイクに乗っていたあくあが私に向かってヘルメットを差し出す。


「乗れよ、アヤナ。事情はふらんちゃんから小雛先輩を通して聞いてる。俺のバイクならギリギリで間に合うぞ」


 あ……そっか、まろん先輩とゆかり先輩って同じ悪夢の世代って言われてる友達? だもんね。

 連絡先くらい交換してるか。ふらんはそれを通して、あくあに私の状況を伝えてくれたんだ。


「あくあ君。ごめんね。アヤナをお願いします」

「お母さん、アヤナの事ならこの俺に任せてください」


 あくあはキリッとしたかっこいい顔で胸をドンと叩く。

 むぅ、私のお母さんが綺麗だからってちょっとカッコつけてない?

 私はタクシーの運転手さんにお礼を言うと、ヘルメットを被ってあくあのバイクの後ろに乗る。


「しっかり捕まってろよ。アヤナ」

「うん。ありがとう、あくあ」


 私はあくあの背中に抱きつく。

 大きい……。私はさっきのCMに出ていたあくあの上半身を思い出して顔を赤くする。

 もう! もう! 私ってば、こんな時に何考えてるのよ!!

 私を乗せたあくあのバイクがゆっくりと渋滞を抜けて小道に入る。


「ショートカットするぞ」

「うん、任せる」


 あくあは手慣れた感じでバイクを操作する。

 かっこいいな。バイクに乗ってる男の人……いいかも。

 なんて思っちゃうのは単純かな?


「少し飛ばすけどいい?」

「う、うん。大丈夫!」


 バイクのエンジンの音が高くなると、それに合わせて周りの景色が加速する。

 Gを感じた体がバイクと密着して、後ろに乗っててもまるでバイクと一つになったみたいな感覚になった。

 いいな。私もバイクの免許取りに行こうかな……。芸能界バイク部部長の玖珂レイラさんとかもバイク乗ってて、すごくかっこいよね。

 私はドキドキする心臓の鼓動を抑えながら、あくあに聞かれてませんようにと祈る。


「あっ、あそこ!」


 私は目的地が見えたところで指を指す。


「あくあ様!?」

「ママー! あくあ様だよ!!」

「あくあ様がうちの夏祭りに!?」

「け、掲示板民に教えてあげなきゃ!!」

「って、後ろ乗ってるの誰!?」

「あくあ君が、バイクに女の子乗せてる!?」

「いいなー……って、あれ、アヤナちゃんじゃない!?」

「あああああ!」

「まさか、デート!?」


 みんなが私達の存在に気がついて振り返る。

 ちょ、ちょっと、あんまりこっち見ないでよね!

 それに、私だってあくあと一緒に夏祭りに行きたいけど、これは、デートじゃないんだから!!


「間に合ったか!?」

「うん! ありがとう!!」


 私は先に降ろしてもらうと、あくあに再度お礼を言って、イベントの運営さんが用意してくれている待機場所に向かう。


「あ、アヤナ先輩! 策士ふらんちゃんの計略はどうでしたか?」

「ありがとう。ふらん。おかげで間に合ったよ!」


 私はふらんをギュッと抱きしめると頭を沢山撫でる。


「アヤナ先輩、アヤナ先輩、髪のセットが乱れちゃう!」

「あっ、ごめん。じゃあ、私も着替えてくるね」


 私は衣装を着替えると、すぐにセットとメイクをしてもらう。

 なんとか間に合いそうで良かった。そう思ってたのに、トラブルはまだ終わらない。


「えっ? バックバンドの人が渋滞に巻き込まれた?」

「そうみたい。幸いにも楽器はあるんだけど、弾ける人達がいなくて……あ、誰か弾ける人がいるなら、楽器は使ってくれていいって許可はもらってるんだけど、2人は何か楽器とかできたりしない?」


 私とふらんは顔を見合わせると首を左右に振る。


「だよね。私もキーボードならできるけど……」


 こればかりは仕方ない。誰しもがそう思ってた瞬間、関係者入り口が開く。


「ちわーっす! 特製W目玉焼き焼きそばの出前できました! って、あれ? なんか空気重くない?」

「え、えみりさん!?」


 なんで、えみりさんがこんなところに居るの?

 バイト!? 売れっ子の女優さんなのに、普通に地方の夏のお祭りでテキ屋さんやってるって、どういう事!?


「あの……えみりさんって、何か楽器できたりとかしない?」

「楽器? ライブハウスでバイトした事あるから普通になんでもできるけど、それがどうかした?」


 えみりさんって、なんでこんなにもなんでもできるんだろう? やっぱりバイトのおかげなのかな? それとも、えみりさんが特別なだけ?

 尊敬……できるはずなのに、なぜか尊敬しちゃいけないと心の中のゆかり先輩が私に囁き続ける。


「それは器用貧乏ですから。いやー、貧乏なのに器用ってね。もう、この私のためにあるワードですよ」


 えみりさんは屈託のない笑顔でそう言い切る。

 なぜか私達の方が悲しくなってしまうのは、どうしてなのでしょうか。


「話は全て聞かせてもらった!」

「うわっ!? またなんか来た……って、天我先輩!?」


 顔はお祭りに売ってあったポイズンチャリスの仮面で隠れてわからなかったけど、190cmある大男がポイズンチャリスの仮面をつけてる時点で答えは一つしかない。

 幼稚園児ですらわかる簡単な謎解き問題です。


「天我先輩? 違うぞ。我はさすらいのギターサムラ……」

「天我先輩ストップ。なんとなくそれはちょっとまずい気がする」

「「「「「あ、あくあ君!?」」」」」


 控え室に入ってきたあくあが天我先輩を制止する。

 驚いたスタッフさん達が完全にフリーズした。


「それに、構成上、まろんさんがキーボードならギターは俺だから、天我先輩はベースですよ」

「むぅ。それならば、流浪のベースサムライ天我アキラとは我の事だ!!」


 どうしてさすらいが流浪に変わったのとか、多分、聞いちゃいけないんだろうな。

 その場に居た全員が空気を読む。

 天我先輩は奥さんと一緒に夏祭りに遊びにきていた所を、事情を知って楽器ができる人を探していたあくあに見つかって捕まったみたいだ。


「えっと……ところで私は何をしたらいいのかな?」

「「「ドラム、お願いします!」」」


 あくあは、買ってきたミダラーのお面をえみりさんに手渡す。

 すごい。もうミダラーのお面も出てるんだ!


「って、あれ? あくあはヘブンズソードのお面じゃないの?」

「人気すぎて売り切れてたんだよ……」


 あくあはお面屋さんで在庫がだぶついていたらしいボッチ・ザ・ワールドのお面を被る。

 ふふっ、結構、似合ってるじゃない。


「ほら、じっとしてて。写真に撮ってゆかり先輩に送るから」

「うげげ」

「ほら、恥ずかしがらないの!」


 私はお面を被ったあくあの写真をゆかり先輩とカノンさんに送る。


「それじゃあ、行こっか」


 まろん先輩を中心として全員で円陣を組んだ私達は、用意してくれたステージに出る。


「きゃー! アヤナちゃーん!」

「アヤナちゃん可愛いい!」

「アヤナちゃん好きー!!」

「まろんさーん!」

「え? まろんさんキーボード弾くの!?」

「まろん先輩、昔ピアノやってたよ」

「ふらんちゃんきたー!」

「メスガキふらんちゃんだ!」

「最近、ふらんちゃんが私の中で熱いんだよね」

「って、あのベース天我先輩じゃない!?」

「しーっ! 一発でわかるけど、気が付かないフリしてあげなきゃ!」

「TENGA…… TENGA……TENGA……」

「控えめなちっちゃい声のTENGAコールきたー」

「おい、あのドラム。すげぇ、セイジョ・ミダラーみたいな体してるぞ!!」

「本当だ!!」

「まるで本物のセイジョ・ミダラーみたいだ……」

「ぷぷっ、不人気キャラのボッチのお面のなんかつけてる人いるんだけど」

「って、あれ、あくあ様じゃない!?」

「本当だ……」

「掲示板に書き込んだろ!!」

「聖あくあ教に急いで連絡しなきゃ」


 やっぱり普通に秒でバレるよね。

 えみりさんは何故かバレてなかったけど、天我先輩とあくあがわかりやすすぎて、逆にわかりづらかったのかな? 誰1人としてえみりさんだとは気がついてないみたいだった。


「さぁ、みんな行くよ!」


 私達が歌う曲は全3曲。

 最初にこの夏祭りでもずっと歌い続けている定番の曲を披露した後に、2曲目はeau de Cologneの中でも1番人気の曲を歌う。

 そして最後の三曲目はベリル所属のアイドルバンド、kinetik STARのボーカル、星川澪さんに作詞作曲してもらった新曲を披露する。


『失った光の灯火。途切れた道筋。何も見えない暗闇の中、take the first step』


 夏に向けてテンションがあがるアップテンポな曲が欲しいとリクエストしたら、すぐにこの曲を作ってくれた。

 eau de Cologneらしくないバンドみのある楽曲だけど、ちゃんとeau de Cologneらしい部分も感じられる楽曲に仕上がっている。


『進む未来はどこにある? 運命を掴むために声を張り上げる。がんじがらめになった体で、自由を奪われても、この歌声だけは止められない』


 ふらんが観客席を煽る仕草を見せる。

 天我先輩のベースはもちろんのこと、まろん先輩のキーボードやえみりさんのドラムが安定してるから、すごく歌いやすい。


『Action』

『『Thinking! Thinking!!』』

『Fight on』

『『Moving! Moving!!』』


 私の歌声に合わせて2人が声を重ねる。


『Shout a battle cry、ハートに火を点けろ』

『『Touch the soul! Touch the soul!』』

『Going』

『『Let's go together! Let's go together!』』

『さぁ、行こう!!』


 一瞬の空白、あくあの奏でるギターの音が会場に響く。

 さぁ、サビだ!


『どんなに辛くても』

『苦しくても』

『『『みんなの声が聞こえてくる限り私達は歌い続けるよ!! 』』』


 まろん先輩、ふらんと繋いで3人で声を張り上げる。

 会場のボルテージはマックス。そのままの勢いで私達は2番、3番と最後まで完璧に歌い切った。


「やったー! みんな、ありがとー!!」


 私達はスタッフさんやえみりさんと抱き合って喜ぶ。


「あくあ君もありがとね」

「い、いやぁ、たいした事なんて何もしてないですよ」


 じーっ。私はまろん先輩に抱きつかれてデレデレするあくあを無表情で見つめる。

 幾ら何でもまろん先輩のおっぱいガン見しすぎでしょ。押し付けられてるとはいえ……!

 さっきまでずっとかっこよかったのにな。でも……あくあらしくていいなとも思った。


「おっ、花火の時間だ。我は春香を待たせてるので失礼する!」

「って、私も店を放り出しっぱなしだった! 行ってきます!!」


 天我先輩とえみりさんの2人が慌てて祭りに戻る。

 2人とも本当にありがとう。あとでまたお礼言っておかなきゃって思った。


「せっかくだし、俺らも花火見ようぜ?」

「えー!? あくあ様、いいんですかー?」

「あくあ君、私達までいいのかな? その……」


 ふらんとまろん先輩が私の方をチラチラ見る。


「いいに決まってるじゃない! みんなで見よ!」

「やったー! アヤナ先輩のそういうとこ好き!」

「じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」


 私達はコソコソと裏口から出ると、あまり人の居ないスタッフ用の通路から花火を眺める。

 どうなることかと思ったけど、あくあ達のおかげで間に合って良かった。

 私は隣にいるあくあに肩をそっと寄せる。


「あくあ、今日は本当にありがとね」

「気にするなよ。アヤナ、だって俺にとってアヤナは……」


 大きな花火がドーンと大きな音を出して綺麗に華開く。

 ちょ、ちょ、ちょ!

 今の、俺にとってアヤナは……の……のところ、なんて言ったの!?

 もーーーーーっ! なんで肝心なところが聞き取れてないのよ!!

 私はあくあにさり気なく、もう一回言ってくれないかなーってアピールしたのに、意地悪なあくあは「また今度な」って言って誤魔化した。

 もうもう! 私のばかばかばーーーか! なんでそこをちゃんと聞いてないのよ!

 あくあは私がしょぼんとしたのを見て、りんご飴を買ってくれた。それで機嫌が良くなる私って結構単純なのかな? 私はりんご飴を舐めながら、少し離れたところから、浴衣のお姉さん達にデレデレするあくあを見つめる。

 絶対にいつか私の方に振り向かせてあげるんだから。覚悟しなさいよね!

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捗る世界から認識阻害受けてねえ?(゜д゜) 或いは異世界チジョーワールドから来たチジョークィーン(゜д゜)
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