白銀カノン、謎の美術館。
『よぉ、カノン。朝からちゃんとムラついてるか〜? いいか? 夢の中だけで満足してる奴はタダのムッツリ、現実で実行するのが本物だ。お前も溜め込んでばかりじゃなくて発散しろよ! なんてな!』
午前6時30分、私はえみり先輩に電話をかけた事をとてもとても後悔した。
私は携帯を耳元から離すと、そのまま無言で通話を切ろうとする。
『ちょ、待てよ! お前、今、普通に電話切ろうとしてるだろ!!』
「だって、えみり先輩が朝一からしょうもない事を言うからじゃないですか」
私は電話越しにジト目になる。
『えっ? パンイチ!? お前……すごいな。もう完全に朝から整ってるじゃないか』
「パンイチじゃなくて朝イチ!! 次にまたしょうもない事を言ったら本気で電話切りますからね!!」
ちゃんとカップ付きのキャミソール着てるもん!!
そりゃ、私だってあくあが来たら……って、私に何を言わせようとしてるんですか、もう!!
『お前……朝からむっつりはやめろよ。私まで赤面しそうになったじゃないか。後、そういうのはちゃんと全部、声に出していけ! 後で私が掲示板のネタに使うから』
「出さないもん! むっつりだってしてないもん!!」
って、これじゃあ、いつまで経っても話が進まないじゃん!!
もおおおおおおおおお!
「ところで、そっちはどうなんですか? えみり先輩、妊婦なんだからあんまり無茶な事はしないでくださいよ」
『それがだがな。小雛パイセンが逃走に失敗してよ……。まだ、終わりそうにないんだ』
それ、絶対に悪手でしょ。
杜撰なやり口のテロリストと違って、綿密な計画を立てられるベリベリのスタッフが立てた計画にミスなんか絶対にありない。
多分、床を掘って穴から脱出とか、排水溝を使って脱出とかまで、全部が想定済みだと思う。
ベリベリのスタッフが喜んでいる顔が、私の目に浮かんでくる。
『おっと、そろそろ地下にチンチロをやりに行かなきゃな。電話かけてきてもらって悪りぃけど、また今度な。ちょっといって、また小雛パイセンからお金すってくるわ。小雛パイセンってば、役者なのに、ギャンブルする時だけは全部顔に出てるから、胴元の私からすると絶好のカモなんだよな……』
そ、そうなんだ……。
私は白銀キングダムのカードゲームでいつもドベを競い合うあくあと小雛ゆかりさんの事を思いだした。
あくあといい、2人ともギャンブルとかすごく苦手だよな。
「うん、わかった。それと、お腹に赤ちゃんがいるんだから、えみり先輩もあんまり無茶しちゃダメだよ」
『わーってるって! それじゃあ、またな、カノン。お前も修学旅行を楽しめよ!』
私はえみり先輩との通話を切る。
さてと、そろそろおっぱいの時間かな?
そんな事を考えていると、娘のあのんの泣き声が聞こえてきた。
「はいはい、ちょっと待ってね」
私はあのんの面倒を見つつ、ベッドでスヤスヤ寝ている息子のかのあに視線を向ける。
娘のあのんは必要な時には泣いてサインを出してくれるけど、かのあはあまり泣かないんだよね。
「お嬢様、おはようございます」
「ペゴニア、おはよう」
さてと、私もお風呂に入って朝の支度をしますか。
私はペゴニアと一緒に脱衣所で服を脱ぐと、軽くシャワーを浴びてお互いに髪と体を洗いっこしあう。
「お嬢様、すみません」
「いいのいいの。えみり先輩とはよくやってるしね」
私はペゴニアの綺麗な髪を手櫛で整える。
うん、完璧ね。
「それではお嬢様、次は私の番です。覚悟してくださいね」
「もう、何を覚悟するのよ」
私は朝摘みの薔薇の花を浮かべた猫足のバスタブにゆっくりと浸かる。
う〜〜〜ん、良い香り! 私は薔薇の良い匂いを全身に馴染ませていく。
その日のあくあと初めて出会った時に、良い匂いだって思わせたいもん。
お風呂から出た私は服を着替えると、熟睡している双子をるーな先輩と玉藻先生に預けて朝食を食べにいく。
「おっ、カノン、ペゴニアさん、おはよう」
「おはようございます。旦那様」
レストランのあるフロアに降りると、あくあが両腕をぐるぐる回したり、腕を伸ばしたりしながらやってきた。
「おはよう、あくあ。どうしたの?」
「いやあ、今朝まで床で寝ててさ、身体中がバキバキなんだよ」
えっ? あくあの泊まってるペントハウスって、確かベッドルームだけで12部屋とかあったよね?
わざわざ床で寝なくてもベッドなんていくらでもあるはずだ。
「それがさ、結局、みんなで同じ部屋に寝る事になってさ……」
「へぇ、そうなんだ」
ふふっ、4人とも本当に仲良しなんだから。
えっ? 寝ぼけたとあちゃんが間違ってあくあのベッドを使った!?
その話を聞いていた他クラスの女子たちが何人かふらつく。
「そういえば私もみんなで旅行した時、えみり先輩が私のベッドに潜り込んできたっけ」
「カノン……その話、詳しく」
さっきまで欠伸をしていたあくあが急にキリッとした顔をする。
うーん、確か私が寝てたら……って、あんなの話せるわけじゃない!!
「ひ……ひみつ」
「わかった。あとで、えみりに聞く」
そんな事したら、今日1日……はデートするからダメだけど、明日になったら1時間口聞いてあげないんだから!!
私があくあの事をジト目で見つめていると、側に居たペゴニアが私の耳元に顔を近づけてくる。
「お嬢様、明日は旦那様と別行動ですよ。1時間くらい旦那様と口を聞かなくても意味ないです。せめて明日1日、いや……12時間くらいは我慢しましょう」
も〜〜〜〜〜っ! ペゴニアはなんで私の考えてる事を先読みするのよ!
私がほっぺたを膨らませると、ペゴニアはすごいドヤ顔で「それが侍女の仕事ですから」と言った。
あと、12時間もあくあと会話できないなんて私が耐えられないから無理に決まってるでしょ!!
「あれ? ところで、かのあ達は?」
「みんな部屋でスヤスヤ寝てるよ」
「るーなさんと宮餅先生が面倒見てくれています」
正直、子育てってもっと大変だと思ってたんだけど、2人ともあんまり泣かないし、基本ずっと寝てるんだよね。
ペゴニアとあくあの子供の明乃ちゃんもあんまり泣かないみたいだし、逆に私やペゴニア、あくあの3人がかまいたくてうずうずしてる構図になる事が多い。
「そっか。朝食が終わったら、そっちの部屋に行くわ。3人を起こさないようにな」
「うん」
「はい」
あくあはそう言うと、寝起きのうるはちゃんに向かってダッシュでイタズラしに行った。
もー、あくあってば、昨日、アヤナちゃんにちょっかいかけて怒られたばかりでしょ! もう!
あんまりやんちゃしてると、あとで小雛ゆかりさんとか、お姉さまに告げ口するんだからね!!
「おはよう、うるは。今日の下着は?」
「ん……黒の……って、あくあ君?」
ふーん、そうなんだ。
「お嬢様、旦那様はどうせ後で脱がして確認するから聞かなかっただけですから。だから、旦那様に聞かれなかったくらいで拗ねちゃダメですよ。ちなみに私は紫です」
「わかってる……って! そんな事しないもん! 普通に楽しくデートするだけだって!!」
……そりゃ、ちょっとは2人だけの時間とか期待しないわけじゃないけど!
今は修学旅行中だし、子供達もいるんだからしないってば!
私はほっぺたを膨らませると、自分の席に座って朝食を食べる。
「チーズステーキサンドウィッチうめぇ! おい、慎太郎、お前もこれ食えよ!」
「あくあ、よく朝からそんなガッツリしたの食べられるよね……。僕はそれを見てるだけでお腹いっぱいだよ。朝はりんごサラダだけにしとこっと。それと、慎太郎もあくあや天我先輩に付き合って無理に食べなくて良いからね」
私はあくあのテーブルから聞こえてきたとあちゃんの言葉に頷く。
多分、あくあの事だから、朝からランニングしたりジムに行って運動してきた後なんだろうな。
私は軽くスープとサラダ、フルーツを食べると、あくあの食事が終わるのを待って3人で一緒に自分の部屋に帰った。
「かのあ、あのん、明乃、パパだぞぉ」
あくあの言葉に子供達がキャッキャと喜ぶ。
ふふっ、みんな普段は大人しい子達だけど、あくあが来る時はなぜかいつも起きてるんだよね。
あれ……? もしかして、あくあパパと会った時に長く起きていられるために、子供たちは私と一緒に居る時間に寝だめしちゃってる……?
「お嬢様、流石です。旦那様に子供をNTRれるなんて、私も驚きました」
「そういうペゴニアだって、明乃ちゃんが喜んでる時点で同じなんだからね! もう!!」
そ、それに、うちの旦那様は世界で1番かっこいいんだから仕方ないでしょ!!
私が子供でもそうしたもん。きっと!!
「なぁ、子供達も起きてる事だし、せっかくだからみんなでホテルの公園に行こうぜ」
「うん、いいよ」
「それではお出かけの準備を整えますね」
1ヶ月検診でも20分くらいは公園に行っても大丈夫だって言われてたし、外気浴も必要だしね。
私はその間に、面倒を見てくれていた玉藻先生とるーな先輩に食事を取るようにお願いする。
「風が気持ちいいな」
「うん」
「そうですね」
公園に出た私達は3人で横に並んでベビーカーを押す。
例の飛行機墜落事故があって、しばらくバタバタしてたから、こういうまったりした時間は久しぶりだ。
私とあくあは他愛もない会話に花を咲かせる。
「えっ? 小雛先輩って、まだ刑務所の中にいるの? 嘘でしょ……。ベリベリのスタッフのみんな、小雛先輩のせいでバラせられないから永遠に帰れないじゃん……」
私が小雛ゆかりさんの現状について教えると、あくあはものすごい渋い顔で頭を抱えていた。
それを見た子供達がまたキャッキャと喜ぶ。
ねぇ、やっぱり、あのんもかのあも、ママと一緒にいる時と反応違うくない!?
あまり感情を出さないかのあも、あくあが何か行動したりコロコロと表情を変える度に嬉しそうな顔を見せる。
「ちょっと暑くなってきたな。予定より少し早いけど、急に気温が変わると子供達にとっても良くないから、そろそろ戻ろうか」
「うん!」
「はい」
部屋に戻って3人をベビーベッドに寝かせると、スヤスヤと眠り始めた。
「るーな先輩や玉藻先生が戻ってきたら、3人で少し出かけようか」
私達は2人が休憩時間を終えるのを待って交代する。
2Aのみんなはもう出かけたのか、ホテルのロビーは閑散としていた。
「子供たちに何かあるといけないから、近くの美術館か博物館くらいにしとこうか」
「うん、そうだね」
「はい、私もそれがいいと思います」
私とあくあ、ペゴニアの3人はタクシーに乗って近くにある大きな博物館へと向かう。
すると、すごい人だかりで外の通りをぐるりと回るように列ができていた。
「すごいな。何やってるんだろう?」
「だね」
私はタクシーの窓から立てかけてある看板に視線を向ける。
えーと、なになに……。
【スターズ・ウォー&フォーミュラ・レーシング展】
ちょっと待って、そんなのしてるの!?
えっ、行きたーい! 私もあくあが実際に映画で使った小道具とか台本とか見たい!!
でも……これって入るまでに何時間も待たなきゃダメだよね?
しかもその上、物販なんか行ったら確実に昼までには帰って来れない。
「諦めよっか」
「お嬢様、いいんですか?」
私はペゴニアの言葉に頷く。
限定グッズも欲しいけど、私にとっては子供の方が大事だもん。
「おっ、なんかそこの小道にちらっと見えた建物の看板に美術館って書いてあったぞ。並んでないみたいだし、ちょっと行ってみようぜ」
「うん!」
「はい!」
私達はタクシーから降りると、あくあが見かけた裏道っぽい通りにある美術館へと向かう。
へぇ、こんなところにも美術館があるんだ。地図には乗ってなかったけど、最近できたのかな?
え? しかも無料ガイド付き? へぇ、そうなんだ。
私達が美術館の中に足を踏み入れると、奥からスーツを着たお姉さんがずっこけそうになりながらやってくる。
「いらっしゃいませ〜って、カノン様にあくあ様!?」
スーツを着たお姉さんは驚いたリアクションのままで固まる。
「すみません。中を見学してもいいですか?」
「どうぞどうぞ!」
私達は奥の部屋に案内されると、最初の絵の前で立ち止まる。
んー、なんだろう。この絵……どっかで見た事あるような。
「えーとですね。これは、皆さんが良く使ってるSNSの青い鳥さんの絵です」
あっ、そっか。そういえばそんな絵だったわ。
でも、今のデザインとは少し違うような……。
「これは、最初期にエーロイ・マスクさんがデザインした原案なんですよ。ほら、ここにエーロイ・マスクさんの直筆サインが入ってるでしょ」
私はお姉さんの説明にずっこけそうになる。
ちょっと! なんで日本から遠く離れたステイツにまできて、えみり先輩の書いた絵を見なきゃいけないのよ!!
「そしてこっちが世界初の電子決済サービス、Pai-Panのロゴです。PaiはPaid、PanはPandoraが語源となっているように、ここに斜めに描かれた丸みを帯びた箱に、カードをスキャンする縦筋があるでしょ。それがモチーフになったと聞いています」
違うよ。私も最初はそう思ってたけど、えみり先輩から聞いたらすごくしょうもない理由だったもん。
「そしてこれが革新的宇宙開発企業、Space Experience X社のロゴです! いやぁ、何度見ても美しい!! これもあの天才エーロイ・マスクさんのデザインなんですよ。エーロイさんは企業経営の手腕だけじゃなく、そのデザインセンスも優れているんですよね」
うん、もうなにも言わないよ。
だって突っ込むのも面倒くさいもん。
「へぇ、すごいな。どう見えてもSなんてシッ……んんっ!」
あくあ、合ってるよ。それで!!
私も最初、その話を聞くまでは素敵なデザインだなって思ってたけど、やっぱりえみり先輩とあくあって謎に通じる部分があるんだね。
私達3人は奥の部屋に案内される。
そこに飾られていたものを見て私はまた悶絶しそうになった。
「これは今、ステいつでもじわじわ人気が出てるカードゲーム、AQUA The Guardians、通称ATGのレアカード、オトメ・ノ・タシナミーです!」
これもえみり先輩が作ったやつじゃないですか! もう! もう!
「うおおお! 俺の持ってないベリルレアのカードだ!! しかも、このカードに書かれた女の子、どことなくカノンに似てるんだよなぁ」
うん、私だもん。似てるとかじゃなくて、完全に私だもん。
私とあくあの一歩後ろから見ているペゴニアが肩を小刻みに震わせる。
「そしてこちらがその公式パチモンカードとされている、チジョ・ノ・タシナミーです」
もおおおおおおおおおおおおおおおお!
えみり先輩は、私の知らない間に変なものを作らないでくださいよ!!
「すげぇ、見れば見るほどカノンに……」
だからこのるキャラクターのイラストは私がモチーフなんだってば!!
えみり先輩のばかあああああああああああああ!
私はカードをじっくりと見つめるあくあの服の裾を掴むと、くいくいと引っ張って先に行こうという合図を送る。
「えーと、次の部屋に飾られているのはですね。神出鬼没、正体不明、謎のアイドルと呼ばれている白苺小猫さんの……」
だからそれもえみり先輩なんだってばぁぁぁあああああああああ!
私は叫びたくなるのを必死に我慢する。
もう! 空いてるからってこんなところにくるんじゃなかった!!
私はここに来た事をすごく後悔する。
「いやあ、なんか色々あって楽しかったな!」
「うん、そうだね」
喜ぶあくあの隣で私は虚無みたいな顔をして美術館を出る。
お姉さんは外の張り紙にすぐ、白銀あくあ様、白銀カノン様ご来店と書いていた。
ちょっと、お姉さん、もしかしてじゃないけど、なんとかあくあ教の一味じゃないわよね?
最後なんかよくわかんないグッズとか押し売りされたけど、あくあが喜んで買いまくってた。
「あれ? お嬢様、どうかしたんですか? 少し元気がないように見えます。もしかして疲れましたか?」
わかってるくせに!! 私はニヤニヤした顔のペゴニアをジトーッとした目で見つめる。
「よし、ちょうどいい時間だし、もう帰ろうか。せっかくだから、そこでるーな先輩や玉藻先生達と一緒に食べるお昼ご飯も買って行こう」
「うん、そうしよ」
「それではそこのお店はどうでしょう? ホテルの人がおすすめだと言っていました」
私達はみんなで食べるお昼ご飯を買うとホテルに帰った。
午後からは、部屋の中で起きてきた子供達と遊んだり、一緒にお昼寝したりゆっくりした時間を過ごす。
思ったよりデートの時間は短かったけど、その分、家族でゆっくりできてすごく楽しかった。
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