白銀あくあ、2人の目標。
慎太郎の提案で俺達は飯を食うことになった。
「で、でけぇ……!」
俺は肉汁が滴るような凄い厚みのハンバーガーに圧倒される。
ハンバーガーを売ってたお姉さんの胸部もビッグだったが、ハンバーガーも負けないくらいビッグだ。
「一度でいいから、こういうジャンクで大きいのを周りの目を気にせずにかぶりついてみたかったんだ」
慎太郎は大きく口を開くと、ハンバーガーにかぶりつく。
それを見た俺と天我先輩もビッグなハンバーガーにかぶりついた。
「「「う、うまい!!」」」
肉の押し売りがシンプルに俺の脳を破壊してくる。
はっきり言ってハンバーガー自体は塩胡椒とバーベキューソースだけの至ってシンプルな味付けだ。
だが、果たしてハンバーガーに複雑な味付けなんているだろうか?
これを調理した人から、お前はこういうのが好きなんだろ!
ハンバーガーはこういうのがいいんだよな!!
お前がここで食べたかったハンバーガーはこれだよな!?
このハンバーガーを通じて、そう言われている気がした。
「んっ、チーズが溢れちゃう……」
隣でハンバーガーを頬張っていたとあが口の端からチーズを溢しそうになっていた。
俺はペーパーナプキンを手に取ると、とあの口の端についたチーズを拭き取る。
「ありがと、あくあ」
「おう」
俺たちの周りにいた女の人たちが一斉にふらつき始める。
みなさん、大丈夫ですか!?
えっ? こっちは大丈夫だから壁だと思ってください?
ああ、はい。わかりました。
俺達はハンバーガーやポテトを平らげると、お店を出て専用のタクシーに乗り込む。
「それじゃあ、次は僕の行きたいところね!」
俺達はタクシーでロサンゼルスの街を一望できる天文台に向かう。
タクシーの窓に顔を張り付けた俺達は、普段とは違うロサンゼルスの街並みを楽しみながら会話に花を咲かせる。
その途中で俺は教会に入っていくクレアさんの姿を見かけた。
俺は車が止まったタイミングで窓を開ける。
「おーい! クレアさん、何してんのー!?」
「あ、あくあ君!?」
クレアさんは少しだけ慌てるようなそぶりを見せる。
もしかしたら、話しかけちゃいけなったのかな?
「え、えっとぉ……その、ちょっとお祈りに、ですね……」
へぇ、修学旅行中にもお祈りに行くなんて、クレアさんは信心深いんだな。
その教会の前にあるプレートを見ると【St.Aqua Los Angels Church】と書かれていた。
「うぉっ!? 俺と同じ名前の教会じゃん!!」
「え? あはは、そう……ですね。ほら、この辺っていっぱい教会あるし、たまたまですよ。うん……」
ふーん、そっか。
どこの宗教の教会か知らないけど、すごくでかい教会だった。
そういえばその昔、養成所の先輩がアイドルって宗教みたいなもんなんだぜって言ってたっけ。
俺もこんな自分の名前がついたでかい教会ができるくらい、ビッグなアイドルになりたいなと思った。
「おっと、信号が変わったからもう行くわ。クレアさんまたね!」
「あっ、はい。また……」
クレアさんはニコリと微笑むと、俺に向かって手を振った。
こんなどっからどうみても清楚で大人しい感じにしか見えない子が、エッチの時だけはあんなにドスケベになるなんていまだに信じられないよ。
「あくあって、いつも頭の中が幸せそうでいいよね」
「ん? なんか言ったか。とあ?」
俺は隣に座っているとあへと視線を向ける。
「ううん。別に、あくあにはずっと僕が好きなあくあのままで居てほしいなって思っただけだよ」
キキーッ! という大きな音と共にタクシーに急ブレーキがかかる。
もしかして事故か!? 俺は運転席にいるお姉さんへと視線を向けた。
「すみません。子供が飛び出してきそうだったので急ブレーキを踏みました。でも、大丈夫だったみたいです」
そっか、それなら良かった。
ところでお姉さん、さっきハンバーガーショップに居たお客さん達みたいに目が血走ってますけど大丈夫ですか?
俺は運転手をしてくれているお姉さんに、無理せずにきつかったら休んでくださいねと言った。
「ふっ、こういう時のために、我も国際免許を取得したから安心してくれ」
そういって、天我先輩はジャケットのポケットから国際免許を取り出して見せる。
「「さすがです。天我先輩!!」」
うわー、俺も国際免許欲しいなー。
俺と慎太郎が国際免許に目を輝かせると、天我先輩がドヤ顔を決めていた。
そうこうしていると、タクシーが目的地に到着する。
タクシーを降りた俺たちは、天文台からロサンゼルスの街並みを見下ろした。
「いい時間帯だな」
「うん」
俺達は4人で横に並ぶと、夕陽に包まれた街並みを見つめる。
最初、天我先輩が修学旅行についてくるって聞いた時はびっくりしたけど、こうやって4人で同じ景色を見れて本当によかったと思った。
これからも俺はこの4人で、こういう思い出をたくさん作っていきたいな。
「それじゃあ、ホテルまでお願いします」
「はい」
3人ともはしゃぎすぎて疲れていたのか、帰りのタクシーは泥のように眠っていた。
俺はみんなを起こさないように小さな声で運転手のお姉さんに話しかける。
「すみません。俺だけ途中で降ろしてもらえませんか? 行きたいところがあるんです」
「わかりました。それじゃあ3人の事は私達に任せてください」
俺は最初に行ったハリウッド・スター・ロードの側にあるハリウッド・シアターの前で降ろしてもらう。
すると見覚えのある人物が、目の前にあるシアターを見つめていた。
「よっ!」
「あ、あくあ!?」
俺が後ろから声をかけると、アヤナはびっくりした顔をする。
やっぱり、お前もここにきてたんだな。
「どうした? 中を見学しないのか?」
俺の言葉にアヤナは首を左右にふる。
「ううん。私が初めてここを歩くのは、観光客としてじゃなくて役者としてだって決めてるから」
「そっか」
俺とアヤナは横に並ぶと、目の前に広がる赤い絨毯を見つめる。
ここは役者をやってる人間なら誰しもが憧れる場所だ。
美洲お母さんやレイラさんのような、限られた役者だけが到達できる唯一の場所。
全ステイツ・アカデミー賞の授賞式が執り行われる会場でもある。
「ま、そのためにはまずはうちの小雛先輩を倒さなきゃな」
「ふふっ、小雛先輩、まだ刑務所の中にいるけどね」
嘘だろ!? 真面目に働けば2日か3日くらいで出れるのに、あの人は何やってるんだ!?
もしかして怪しげなギャンブルでもやってるんじゃないだろうな……。
「なんか今、脱獄のために美洲さんやレイラさんと一緒に3人で必死に穴を掘ってるらしいよ」
俺はアヤナの言葉に頭を抱える。
小雛先輩、努力するベクトルが違うんすよ……。
「ねぇ。あくあはこの後どうするの?」
「ああ、実はもう一個行っておきたい場所があって、次はそっちに行こうと思うんだ」
アヤナは少し残念そうな顔で「そっか」と呟く。
本当は俺もアヤナと少しだけ夜の街をぶらつきたかったけど、ホテルには門限がある。
「それじゃあ私は先にホテルに帰ってるね。あくあとデートする日、楽しみにしてるから」
「おう!」
俺はアヤナをタクシーに乗せると、自分も別のタクシーに乗って目的の場所へと向かう。
「ここか……」
俺はロサンゼルスを本拠地して戦うバスケットチームが使っているアリーナがある場所へと降り立つ。
ここは、バスケットの試合会場でもあり、その年で最も優れた楽曲とアーティストを選ぶ、全ステイツ・グラムフォン賞を選ぶ場所でもある。
「あ、あくあ君!?」
「ん?」
俺は聞き覚えのある声に反応する。
すると、そこには驚いた顔をした阿古さんが立っていた。
「阿古さん、どうしてここに?」
俺の言葉に阿古さんは笑顔を見せる。
「あくあ君と一緒の理由だよ。いずれみんながくる場所を確認しようと思ってね」
そう言って阿古さんは、アリーナの方へと体を向ける。
「もちろん、あくあ君は私をここに連れてきてくれるんでしょ?」
「当然。主要4部門全部受賞するつもりだから楽しみにしててください」
全ステイツ・グラムフォン賞の主要4部門は、最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞の4部門だ。
この中でもある意味で1番受賞が難しいのは、最優秀新人賞だろう。
新人賞はステイツでCDを発売してから5年以内のアーティストだけが受賞できる賞だ。
そういう制限がある上に、日本と音楽が売れるシステムが違うステイツでは、最高のアルバムを出して、それをシングルカットにしにして、一年に何曲もヒットを飛ばさないと全ステイツ・グラムフォン賞はまず受賞できない。
「そのために、いいアルバムとMVを作らなきゃね」
「はい!」
俺と阿古さんは2人で横に並んで夜の街に輝く綺麗なアリーナを見つめる。
「絶対に……連れて来てね。私を、私達を」
「はい。絶対に連れてきます。俺が、俺達が絶対に!」
俺は阿古さんが伸ばしてきた右手の握り拳に自分の握り拳をぶつける。
「阿古さん、せっかくだから修学旅行の自由時間中に2人でどっかに行きましょうよ」
「あら? いいわよ。その代わり、ステイツで使うコンサート会場の下見に付き合ってくれる?」
俺は阿古さんの返答に頭を掻く。
全くこの人は……。
少しは休んでくださいよ。と言いたくてこっちはデートに誘ったのに、どうやら阿古さんに俺の考えは伝わらなかったようだ。
「わかりました。いいですよ」
「ふふっ、ありがと」
俺は阿古さんの方へともう一度体を向けると、手のひらを差し出した。
「暗くなってきたし、もう帰りませんか? 1人の男として、女の子を1人、夜の街に残しては帰れませんから、どうかこの手を取ってくれると嬉しいです」
そうでも言わないと、阿古さんはいつまでも仕事をしちゃいそうだからね。
俺の言葉に阿古さんはお腹を抱えて笑う。
「もう、あくあ君ってば。普通は逆でしょ? 男の子が1人で夜を歩くのは危険だけど、女の子が1人で出歩いてたって何もないわよ。ましてや私なんか普通だし、もう女の子って歳じゃないもの」
阿古さんはそう言って俺の手を取る。
「そんなことないですよ。阿古さんは十分魅力的です」
「ありがと。あくあ君みたいなかっこいい男の子からそう言われるなんて、お世辞でもすごく嬉しいわ」
俺たちは手を繋いで夜の喧騒をかき分けると、大通りに出てタクシーを捕まえた。
帰りの車の中、俺と阿古さんは手を繋いだまま、ネオンが煌めく夜の街並みを無言で眺める。
阿古さんは魅力的な女性だけど、仕事上の関係を優先するために距離を置く阿古さんに対して、俺も阿古さんの事を異性とは意識しないようにしてきた。
だからこそ、阿古さんの気持ちを知りたい。彼女は、天鳥阿古はアイドル白銀あくあじゃなくて、ただの白銀あくあの事をどう思っているんだろうと……。
そんな事を考えているうちにタクシーがホテルに到着した。
「エスコート、ありがとう」
「いえ、当然の事ですから」
自然と繋いでいた俺と阿古さんの手が離れる。
阿古さんは自分の部屋に戻ると、俺も自分の部屋に戻ってみんなと合流した。
「後輩、どこに行ってたんだ?」
「夕食まで時間あるんで、ちょっと外をぶらぶらしてました」
どうやら慎太郎やとあも起きてるみたいだな。
俺達は服を着替えて下の階にあるレストランに向かう。
1日目のディナーは全員揃ってホテルで食べることが決まってるからだ。
レストランに入ると、入り口に立っていた杉田先生が俺の顔をジッと見つめる。
「白銀……もし、街で何かやったらすぐに言えよ」
「だ、大丈夫ですって」
多分、何もやらかしてないはずですよ。多分……。
えっ? 行動予定表に書いていたハンバーガーショップに救急車が来てた?
いやぁ、ハンバーガーショップじゃ何もしてないはずだし、俺は関係ないですよ。
「そんなに心配なら、杉田先生が俺の自由行動の時間についてきたらいいじゃないですか」
「えっ!?」
杉田先生は俺の言葉に顔を赤くする。
「ま、待て。それだと只のデートじゃないか……先生と生徒が、そんなの許されるわけがないだろ。いや、しかし、それが1番安全……なのか?」
俺は戸惑う杉田先生の頭をポンポンと叩くと、至って普通の顔をして自分の席に向かった。
しめしめ……これでお堅い杉田先生を合法的にデートに誘う事ができたぞ。
計画通り。俺の心の中のダークな黒銀あくあがほくそ笑む。
「もう、あくあってば、またやってる」
隣の席のカノンが俺の事をジトーッとした目で見てくる。
き、気のせいだって……。
俺は誤魔化すように、起きていたあのんを抱き上げる。
「ほら、食事中は俺が子供達を見てるから、カノンはみんなと食事を楽しめよ」
「うん、ありがと」
もし、俺にミルクが出せたら、俺が一日中見てたっていいんだけどな。
俺はどうにかしてミルクが出せないか、ちょっとだけ乳首に力を入れてみる。
でも鍛え上げた大胸筋がピクピクするだけでミルクは出てこなかった。
くそっ! どんなに頑張っても男が出せるのは、女の子用の赤ちゃんミルクだけかよ!!
パワーさえあればパワーでミルクも出ると思ったのに!!
「あくあって僕よりテストの点はいいけど、本当は僕よりバカでしょ」
「えぇっ!?」
とあは俺がやろうとしていた事がわかったのか、お腹を抱えて笑い出した。
おい、慎太郎、お前もメガネを震わせて笑うんじゃない!!
こっちはパワーミルクを出そうと本気だったんだぞ!!
楽しくも騒がしい食事の時間を終えた俺たちは、風呂に入ってそれぞれの部屋に戻った。
「おい、慎太郎。部屋で話そうぜ!」
「ああ!」
俺は慎太郎と話をするフリをして、淡島さんとのことを探る。
この世界の常識的には慎太郎の方が正解なんだろうけど、そのペースに合わせてたら淡島さんがかわいそうだ。
だからこうやって俺がたまに慎太郎の話を聞く事で、淡島さんとの関係をサポートしている。
「慎太郎……? 寝たか……」
慎太郎は自分の部屋に戻らずにソファでそのまま寝てしまう。
俺もベッドでうとうとしていると、部屋の扉がうっすらと開いた。
「こ、後輩……」
はいはい、わかってますよ。天我先輩。
どうせ暗くて寂しくて1人で寝られなかったんでしょ。
ほら、もう一個のベッドが空いてますから、そっちで寝てくださいよ。
えっ? 2人で寝たい? やめてくださいよ、天我先輩。
いくらステイツサイズのビッグなベッドでも190cmと185cmの男が2人で寝るのはきついですって!!
俺は天我先輩を隣のベッドで寝かしつけると、自分のベッドに潜り込む。
って、とあ!? こいつ、トイレに行った時に間違えて俺の部屋に入ってきたな!!
「しゃーない。こうなったら床で寝るか……」
なぜか俺たちはいっぱい部屋があるにも関わらず、全員で一つの部屋を使う。
次の日の朝、1人床で寝てた俺の体はバキバキになった。
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