白銀あくあ、収監。
事件がひと段落した俺達はお土産を買うためにデパートの中にある雑貨コーナーに来た。
「おっ、これなんか良さそうだな」
俺はヒエログリフが書かれた石板の置物を手に取る。
ん? なんだろう、この触り心地。グミみたいにグニャグニャしててなんとも言えない気持ちになってきた。
グニグニグニグニ……。
この癖になる触り心地、小雛先輩へのお土産はこのグニャグニャした手触りのやわらかヒエログリフちゃんでいいだろう。
俺が買い物カゴの中にポンとそれを放り込むと、両隣に居るとあとカノンから「えっ? 本当にそれ買うの?」って顔で見られた。
あれ? おかしいかな……。小雛先輩なら絶対に喜んでくれると思うんだけど……。
「うむ、春香へのお土産はこれでいいな。丸男やはじめ、孔雀達にもこれを買ってやろう」
ほら、天我先輩だって俺と同じのを買ってるじゃん!!
よし、せっかくだからアヤナへのお土産もこれにしよう。俺は同じ商品を2、3買い物カゴに放り込む。
それを見た慎太郎が同じアイテムを手に取る。
「ま、まさか千霧さんもこっちの方が喜んでくれるんじゃ……」
「慎太郎。あそこの2人に騙されちゃダメだよ。普通に紅茶とジャムのセットにしておいた方がいいって」
そう言ってとあは日持ちのする紅茶やジャムをかごの中に放り込んでいく。
「ああ、そうだな。でも……せっかくなら形に残る物にしてあげたいんだ」
形に残るものか……。
ヒエログリフちゃんがダメだとすると、他になんかあったかな?
俺は顔を振って周囲の棚を確認する。
おっ、あれなんかいいんじゃないか?
俺は手に取ったアイテムを慎太郎に見せる。
「ユニオンジャック柄のペアマグカップと、ロンドンバスの缶に入ったクッキーセット。それに、赤い電話ボックスの形をした紅茶缶のセットだ。これなら食べた後も入れ物として缶が残るし、ペアマグカップだって使えるだろ」
「なるほど、このセットはいいな。色んな柄があるみたいだから、ちょっと選んでみる。ありがとう、あくあ」
俺は慎太郎の言葉に無言で頷く。俺たちは親友だろ。気にするなって。
近くで俺の提案を聞いていたヴィクトリア様と阿古さんが驚いた顔をする。
「あなた……ちゃんとそういうのも選べるのじゃない。なんでそれが選べて、さっきの訳のわからないものに行こうとするのよ」
「あくあ君。ゆかりはともかくとして、アヤナちゃんもそっちの方が喜ぶと思うわよ」
えっ? そうかな? じゃあ、俺もこれ買うか。
俺はかごの中に違う柄の同じ商品を入れる。
どうせ買うならユニオンジャックよりクマの方がアヤナは喜んでくれそうだ。
「ん? 待てよ。これ、選ぶ柄によっては俺と慎太郎がペアカップになるんじゃ……」
「お揃いか。あくあ、友達同士でお揃いってなんかいいな」
俺と慎太郎の会話を聞いていた天我先輩が、指を咥えて悲しそうな顔でこちらを見つめてくる。
天我先輩、そんな顔で見なくてもわかってますって!
我も後輩とお揃いが欲しい……でしょ! ほら、とあもこっちこいよ!!
「じゃあ、これとは別に、4人でなんかお揃いのものを買おうぜ」
「「「おー!」」」
俺は近くの商品棚を見て回る。
うーん、カフスにタイピンとかは天我先輩にはいいけど、高校生組の俺達にはまだ早いよな。
それに、ハラー・ヘッターの杖も既に4人で買ったし、流石に2本も杖はいらない。
俺は杖を手に取ると、大阪で俺達に杖を売ってくれたお婆ちゃんの事を思い出す。
そういえばあのお婆ちゃん、今はちゃっかりとベリルインザワンダーランドで働いてるんだよな。
施設を管理してる藤林美園さんから、すごく人気があるキャストなんですよって話を聞いたっけ。
俺は杖を棚に戻すと、他の場所を見て回る。
んーーー、なかなかいいのがないな。俺は色々なところを見たが、ピンとくるものが見当たらなかった。
こうなったら、やっぱりお揃いのグニャグニャヒエログリフちゃんを買うしかないのか?
そんな事を考えていたら、自信満々の顔をした天我先輩がとあと慎太郎を連れて俺のところに戻ってきた。
「後輩、下の階に行くぞ!」
俺はとあや慎太郎と一緒に天我先輩の後ろに続いてエスカレーターに乗る。
それを見た一般のお客さん達が俺の写真を撮っていたので、笑顔で手を振って応えていく。
本当は安全性を考えてデパート貸切にする事も提案されたけど、このデパートの中には俺と総理、大統領の3人がいるからある日突然テロリストが突撃してきても大丈夫だって言ったら、スターズ政府から「ああ、うん」と二つ返事で簡単に許可が降りた。
「ここだ!」
俺達は天我先輩の案内で、すごくハイソな雰囲気の場所に連れてこられる。
えっと……ここは靴屋さんかな?
俺と慎太郎、とあの3人は顔を見合わせる。
「さっき店員さんに聞いたけど、ここは100年以上歴史のある靴屋さんらしい」
へぇ、そうなんだ。俺はお店の中をぐるりと見渡す。
そういえば、この靴のロゴ……どこかで見覚えがあると思ったら、メアリーお婆ちゃんやカノン、ヴィクトリア様が履いてたローファーやブーツの内側に書かれていたロゴと一緒だ。
よく見ると壁にスターズ王家の紋章が入ってるし、王族御用達ってところか。
「我の驕りだ。今からオーダーメイドでお揃いの靴を作ってもらうぞ!」
俺は天我先輩に近づくと、ひそひそ声で話しかける。
「天我先輩いいんですか? 値段なんか書いてないけど、確実に結構しますよ」
「うむ! 問題ない。我に任せろ!!」
そう言って天我先輩はマジックテープのお財布をバリバリさせた。
先輩、バリバリさせすぎてマジックテープがバカになってますよ!!
俺は後で靴のお礼として、天我先輩に代わりのお財布をプレゼントしようと思った。
「ねぇ、4人でお揃いって事は形も一緒にするんだよね? それならオーソドックスなこれなんかいいんじゃない?」
「なるほど、これならデートやイベント、ビジネスや冠婚葬祭まで幅広く使えそうだな」
俺はとあが選んだ靴の見本を手に取る。
これはすごいな。
たった一枚の皮を用いて作られたその靴は、表面に縫い目が見えないように作られている。
素人の自分が見ても、相当な技術がいるんだろうなと思った。
「うむ! これにしよう!!」
靴のデザインが決まった後は採寸だ。
俺達は店員のお兄さんに靴のサイズを測ってもらう。
やっぱりスターズは日本よりも働いている男性が多いな。
俺達はお兄さんと少しの間の談笑を楽しむ。
「それでは、お会計をお願いします」
「うむ、任せろ!」
うおっ!? 一足が日本円で47万3000円か……。
さすがはオーダーメイド、さすがは王族御用達と言うべきか。
俺と慎太郎、とあの3人は総額200万近く払ってくれた天我先輩に感謝の言葉を伝える。
「天我先輩、ありがとうございます!」
「気にするな。後輩! それよりも、来年の授賞式にはみんなでこの靴を履いて参加するぞ!」
なるほど、天我先輩はそこまで考えてこの靴に決めたんですね。
俺は天我先輩が店員さんと話している隙に慎太郎やとあに話しかける。
「さっき店員さんに聞いたらお財布も売ってるって言ってたから、俺、お礼として天我先輩に新しい靴とお揃いのお財布を買ってくるわ」
「うん、じゃあ僕はベルトにしようかな」
「僕は天我先輩が大学に持っていく革製のバッグを買うよ」
俺は店員さんの1人に耳打ちをすると、お財布とかキーケースとかの一式をお願いする。
せっかくなら財布に合わせた方がいいかなと思ったからだ。
「「「天我先輩、これ、俺達からのお礼です!!」」」
「お、お前達〜!」
トイレから帰ってきた天我先輩にさっき買ったプレゼントを渡すとすごく喜んでくれた。
ふぅ、天我先輩がお揃いの財布買おうかなって自分で言い出した時は焦ったけど、なんとかうまくいって良かったと胸を撫で下ろす。
「それじゃあ俺ちょっと、カノン達の様子を見てきますから」
「うむ! 気をつけてな。後輩」
「僕達は少し疲れたから下のティールームで休憩してくるよ」
「あくあ〜。小雛ゆかりさんが言ってたけど、おっぱいの大きいお姉さんについて言っちゃダメだよ〜!」
俺はとあの言葉にずっこけそうになる。
全く、小雛先輩はうちのとあに変な事を吹き込まないでくださいよ。
俺は気を取り直してエスカレーターに乗ると、上の売り場に行く。
すると買い物をするカノンとえみりの姿が目に入った。
「おい、カノン。これなんかいいんじゃないか?」
真剣な顔をしたえみりが、ユニオンジャックの水着を着たトルソーを指差す。
それを見た俺は遠くからガッツポーズでエールを送った。
「もちろん、えみり先輩が着るんですよね?」
「何言ってるんだ? もちろん、お前達姉妹が着るのに決まってるだろ!! ほら、ここにハーちゃん用のちっちゃいサイズもあるし!!」
両腕を組んだ俺は、キリッとした顔で何度も頷く。
きっと、スターズの元王女様3人が着るユニオンジャックのビキニはとてつもなく神々しいだろう。
さすがはえみりだ。センスがずば抜けている。
「は、はあ!? なんで私と姉様、ハーが着なきゃいけないのよ!」
「ばっか、お前。あくあ様は清楚なワンピースタイプの水着も好きだけど、こういうビッチみたいな水着も好きなんだって!! ほら、ついでにナタリアさんのも買っておこうぜ」
俺は心の中でえみりに大きな拍手を送る。
ただ、一つ残念なのがそこにフューリア様とメアリーお婆ちゃんが含まれていない事だ。
俺がそんな事を考えていると、こっちに気がついたえみりが親指をグッと突き立てて口をぱくぱくさせる。
あくあ様、ちゃんと2人のも買っておきますから安心してください!
さすがはえみりだ!
えみり最高!
えみり万歳!
えみりが俺の嫁で良かった!!
俺はえみりに対して口をぱくぱくさせる。
俺のお小遣いで全額支払うから、えみりやみんなのも買っておきなさい。
これが男気というものである。
俺の言いたい事が伝わったえみりが感動で涙を流した。
「2人して、何やってんのよ……」
俺の存在に気がついたカノンがジト目になる。
「えみり、水着だけじゃなくて他にもいいのがあったら好きなだけ買っておきなさい」
「お任せください、あくあ様!」
俺がキリッとした顔でクレジットカードを渡すと、えみりが嬉しそうな顔で下着売り場へと向かう。
それを見たカノンが慌てた顔で追いかけていった。
「もー! えみり先輩待ってくださいよ! 妊婦なのに走ったら姐さんやのえるさんに怒られますよ!!」
「えへへ、めんごめんご!」
相変わらずあの2人は実の姉妹のように仲が良くて微笑ましいな。
俺はほっこりした顔で2人の向かった方と視線を向ける。
するとそこには羽生総理とメイトリクス大統領が真剣な顔で何かを話し合っていた。
もしかしたら、重要な外交案件について話し合ってるのかもしれない。俺は2人の会話に耳を澄ませる。
「アーニー。流石にこれは紗奈ちゃんに早すぎますよ。だって、うちの紗奈ちゃんは、いまだにクマさんプリントとかを穿いてるんですから!」
「何を言ってるんだ、治世子。紗奈ちゃんだって年頃の女の子なんだ。こういうのを1枚くらいは持たせておくべきだ。クマさんプリントじゃあくあ君は落とせないぞ!」
俺は2人の会話の内容にずっこけそうになる。
2人とも、後でなつきんぐに怒られますよ。この様子は全国中継されているんですから!!
俺は何も知らなかったフリをして、口笛を吹きながらエスカレーターに乗って上の階に行く。
それから数時間ほどお買い物を楽しんだ俺たちはデパートを出てホテルに戻った。
「ん〜、もう朝か……」
翌日、早朝に目が覚めた俺はすぐに準備を整えてホテルを後にする。
ステイツへと修学旅行に向かうためだ。
飛行場に行くと多くのスターズ民達が俺達を見送りに来てくれていたので手を振って歓声に応える。
「みんな、まだ早いから、しーっ、ね」
俺は人差し指を唇に当ててウインクする。
すると一番近くの真正面から俺を見ていた女性が倒れそうになった。
おっと、危ない! 俺はその人の体を抱き止める。
「大丈夫?」
「はひぃ……」
俺の隣にいたとあがジト目になる。し、仕方ないだろ。
俺だって騒動を起こしたくてやってるわけじゃないんだから!
その後、何事もなく空港でチェックインを済ませた俺たちは飛行機に乗ってステイツに到着した。
「VIP用の入国審査は……あっちか」
俺はいくつかあるVIP用の窓口の一つに並ぶ。
「ほな、パスポートを見せてもらえまっか」
「はい」
俺はパスポートを差し出した後にハッとする。
ん? 今のって関西弁じゃなかったか?
俺は顔を挙げると、目の前に居るお姉さんを見つめる。
「い、インコさん!?」
「ちゃう! うちはインコさんやないで!!」
いやいやいやいや!
サングラスやマスクで変装してるけど、その特徴的な緑色の髪と関西弁は間違いなくインコさんでしょ!
何よりもこの俺がインコさんのデカすぎる膨らみを見間違うはずがない。
俺は周囲をキョロキョロする。
「これ、絶対にベリベリでしょ!」
よくよく考えたら、2台目の大統領専用機に乗って入国してきた俺たちに入国審査なんてないはずだ。
俺はもう一度周囲を確認する。
あれ? 今、気がついたけど、とあや慎太郎、天我先輩がどこにもいない。
「マジかよ……」
こんな手の込んだ事をするのはベリベリのスタッフくらいだろう。
完全に目が覚めた俺は、もう一度視線をインコさんへと戻す。
「入国の目的は?」
「えっと……修学旅行です」
俺の言葉に対して、インコさんがカウンターを台パンする。
「嘘やろ! 本当は日本が送り込んだエージェントとして、ステイツにいるテロリストをボコボコにしにきたんちゃうか! 白状せえ!!」
「いやいや、本当ですって!!」
そもそも俺だってテロリストに遭遇したくて行動してるわけじゃない。
あいつらの方から俺の周りにちょっかいかけてくるのが悪いんであって、俺の責任じゃないはずだ。
大人しく家で俺のライブを見てくれていたら、俺だって何もしない。
「警備員、国家騒乱罪で逮捕や!」
「ええっ!?」
奥から出てきた警備員のお姉さんが俺を捕まえる。
って、このパワー! 間違いなくイリアさんでしょ!!
くっそ〜、イリアさんが俺の腕をガッチリとホールドしてるせいで全く腕に力が入らねぇぜ。
護送車のようなものに乗せられた俺は、どこかの裁判所みたいなところに連れて行かれる。
いやいやいや! いくらなんでもこれはやりすぎでしょ!!
別室でオレンジの服に着替えさせれた俺は両手に手錠をはめられて法廷に入る。
「って、フューリア様!?」
裁判官のフューリア様が俺の顔を見てニヤニヤする。
よく見ると陪審員の席にヴィクトリア様やメアリーお婆ちゃん、メイトリクス大統領や羽生総理が座っていた。
さっきのイリアさんやインコさんといい。絶対にありえないでしょ!!
俺は確定でベリベリのソレだと確信する。
「有罪! 有罪! ゆうざーい!」
「「「「異義なーし!」」」」
こんなのどう考えてもヤラセでしょ!!
フューリア様はニヤニヤした顔でガベルをカンカンと叩く。
「被告、白銀あくあを、プラチナリバー刑務所に収監します!!」
マジかよ……。ていうか、修学旅行は!? せっかく楽しみにしてたのに!!
そんな事を考えていたら、刑務官の格好をした阿古さんが俺の耳元に顔を近づけてくる。
えっ? 実は学校が俺にだけ嘘の日程を教えていたから、修学旅行はもう少し後だって!?
嘘でしょ……。俺1人をハメるために、乙女咲高校まで巻き込んでどれだけ緻密に計画を立てているんだ……。
この前、テロを起こした連中より、ベリベリのスタッフの方が優秀なんじゃないか?
むしろ、この世で唯一、この俺をハメれるのはベリベリのスタッフだけかもしれねぇ……。
なんともいえない気持ちになった俺は護送車に乗せられてプラチナリバー刑務所に連れて来られる。
「いやいや、看板のプラチナリバーって、めちゃくちゃカタカナじゃん! ここにもちゃんとこだわってくださいよ」
「無駄口を叩くな。予算の関係だ!!」
世知辛れぇ……。
俺が刑務所の中に入ると、ものすごく見覚えのある人が騒いでいた。
「ちょっと! なんでこの私が収監されなきゃいけないのよ!」
いやいや、俺から言わしたら、なんであなたがこんなところにいるんですかって話ですよ!
入り口で受付を済ませた俺は、小雛先輩に近づく。
「小雛先輩こそ、こんなところで何してるんですか……」
「ん? なんであんたがここにいるのよ!」
普通、そこは無事だったの!? って、ギュッとハグするシーンじゃないんですか?
俺は広げた両手をスッと引っ込める。
なんでも小雛先輩は、仕事でステイツに呼ばれたら空港で俺と同じように捕まったらしい。
ほらね。どっかのテロ組織より、ベリベリのスタッフの方が遥かに優秀だ。
俺は、エキストラだと思わしき他の収監者へと視線を向ける。
するとそこにはステイツの美女達が列を作っていた。
すげぇ。これがステイツの本気か……。俺はお姉さん達の胸部をガン見する。
「小雛先輩、俺の天国はここにあったみたいです……」
「バカ言ってるんじゃないわよ! こんなところ、さっさと脱獄するわよ!!」
いやいや、もういっそ企画をぶち壊すために、俺は修学旅行が始まるまでここに居座りますよ!
俺はお姉さん達のビッグバンな胸部を見ながら、そう決意を固めた。
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