白銀あくあ、熱を出す。
本日は2度更新します。
次の日、俺は普通に風邪をひいて寝込んでしまった。
なんとなくこうなる予感はしていたが、嫌な予感が当たっちゃったなぁ。
たまたま今日が休みだったからよかったものの、下手をすると撮影やお仕事のスケジュールに穴をあけてしまうところだった。
時計を見ると時刻は12時前、腹も減ってきたし起きてなんか食うか。
そんなことを考えていたら、誰かが俺の部屋の扉をゆっくりと開く。
「兄様、起きてますか?」
ほんの少し開いた扉から、らぴすが部屋の中の様子を窺う。
ノックをしなかったのは、俺が寝てたら起こすかもしれないと気を遣ってくれたからだろうな。
「起きてるよ」
俺がそう言うと、らぴすはゆっくりと部屋の扉を開いて部屋の中に入ってくる。
ラフな部屋着に身を包んだらぴすは、ショートパンツから惜しげもなく真っ白な細い足を曝け出していた。
あぁ、ダメだよ、らぴす。女の子がそんな無防備な格好をしたら、変な奴が寄ってきちゃう。
「兄様、体調はどうですか? お昼は食べられますか?」
「おかげさまで少しはマシになったと思う。お昼は……あぁ、そうか。今日は母さんもしとりお姉ちゃんも外せない用事があったから、家にいないんだっけか」
俺はぼんやりとした頭で、朝のドタバタとした様子を思い出す。
少し熱を出しただけなのに、母さんは救急車を呼ぼうとするし、しとりお姉ちゃんに至っては、平気でお医者さんを自宅に呼ぼうとしていた。俺が慌てて阿古さんに助けを求めると、なぜか阿古さんは普通にドクターヘリを呼ぼうとしたりするし……風邪をひいたことよりも、3人を止める事の方で余計に体温が上がってしまったような気がする。
「それじゃあ、なんか作るよ。ついでにらぴすのも……」
俺が立ちあがろうとすると、らぴすは俺がベッドから出ようとするのを押しとどめた。
「待ってください、兄様。お昼なら私が作ります。だから兄様はここで待っていてください」
「え?」
らぴすが料理か……。そういえばらぴすの料理は食べたことがない気がするな。
ちなみに俺は前世の経験のおかげで、ある程度の家事はできるから、気分転換にたまに家族のご飯を作ったりしている。家事って毎日やるとなるとすごく大変だけど、気分転換になる時もあるからたまにやるにはいいんだよね。
そう考えると、毎日無償でやってくれるお母さんってのはこんなにありがたいものなのだと、今世で初めて気がつかせられた事かもしれない。
「わかった。それじゃあ、らぴす、お願い出来るかな?」
「はい!」
俺はらぴすが料理を作ってくれている間に熱を測る。朝は38度を超えていた体温が37度台に戻ってきていた。
これなら夕方くらいにはだいぶ良くなるかな。明日はなんとか仕事をできそうだと俺はホッと息を吐く。
そうこうしていると、らぴすがお昼ご飯をトレーに乗せて部屋に戻ってきた。
「兄様、おうどんですけど食べられますか?」
「ありがとう、らぴす」
らぴすが作ってくれたのは、ネギの入ったあったかい素うどんだった。
こういう時は大体、おかゆかうどんのどちらかのパターンだと相場は決まっている。
ちなみに俺はどちらかと言うと、おうどんの方が喉越しが良くて好きだ。
俺は箸を手に持つと、いただきますの挨拶をする。
『あくあくんは、相手の女の子のことちゃんと考えたことがあるのかな?』
うどんを啜ろうとした瞬間、ふと小雛さんの言葉が頭をよぎった。
俺は箸でおうどんを持ち上げた状態のまま、隣にいたらぴすの方へと視線を向ける。
「兄様? どうかされましたか?」
らぴすは、俺の事を心配そうな表情で窺う。
そういえば俺がうどん好きだって事を、らぴすは知っていたのだろうか。
一旦麺を戻した俺は、らぴすに思い切って尋ねてみる。
「らぴすはさ……俺がうどんが好きだって事を知っていて、うどんにしてくれたのか?」
「はい。兄様はどちらかと言うとコッテリとしたものより、あっさりとしたものが好きですよね。あとおうどんの出汁も煮干しが入っている方が好きだとか……それがどうかしましたか? も、もしかして、らぴすの勘違いだったのでしょうか?」
「あ、いや、らぴすの言う通りだよ」
らぴすは俺の事をよく見ているんだな……。それに比べて俺はちゃんとらぴすの事を見ているのだろうか?
俺は改めて自分が、妹のらぴすの事を見ていなかったことに気付かされる。
いや……らぴすだけじゃない。母さんやしとりお姉ちゃんの事だって、俺は何も知らないんじゃないだろうか。
俺は女の子の接し方以前に、自分が家族の事すらも実はよくわかってない事に気がつく。
「らぴす……ありがとうな」
俺は改めてらぴすに心からの感謝の言葉を送る。
そしてらぴすの作ってくれたおうどんの味を噛み締めるように味わう。
らぴすは、俺が箸で持ち上げたネギがうまく切れずに端っこがつながっている事を恥ずかしがっていたが、包丁の扱いに不慣れなのに頑張って作ってくれたのだと思うと嬉しくなった。
『あくあちゃん、大丈夫? 最近、お仕事が忙しいみたいだけど……あまり無理はしないでね』
おうどんを食べている最中に、つい先日、遅く帰ってきた時に心配そうに声をかけてきた母さんの表情がチラつく。
『あーちゃん。ちゃんと休む時は休まないとダメよ。阿古さんに内緒で、休みの日も練習してたりするでしょ?』
しとりお姉ちゃんに優しく嗜められた後も、俺は変わらずに休みの日も練習を続けた。そのあと、阿古さんからもちゃんと休日は休んでるかと聞かれたが、俺は何かをやって居ないことが不安で、つい嘘をついて誤魔化してしまった事を思い出す。
俺はアイドルになって、一人でも多くの人を笑顔にしたい。
偉そうにそんな事を言っているくせに、俺はこんなにも周りの人たちを不安にさせてしまっていたのか……。
「ご馳走様でした。おいしかったよ、らぴす」
「えへへ」
俺はうどんを食べ終わると箸を置いて、らぴすにお礼を述べた。
らぴすはそれに対して屈託のない笑顔を返す。その表情が、俺が熱を出したのを見て青ざめたらぴすと重なった。
「らぴすはさ……最近の俺を見てどう思う?」
俺は思い切ってらぴすに尋ねてみる。
本当は自分で気が付かないといけない事なのだろうけど、どうやら俺は俺が思っている以上に他人の感情に対して鈍感なのかもしれない。それなら素直に聞いてみた方がいい気がした。
「最近の兄様は……とってもお優しくて、らぴすはすごく嬉しいです。でも……前と比べると、あまりお家にもいないし、夜、遅く帰ってくるのを見ると、らぴすは兄様の事がとっても心配になります」
らぴすは眉尻を下げると、少し言いづらそうに言葉を返してくれた。
妹のらぴすに、そんな表情をさせてしまっている事に申し訳なく思う。
「そっか……ごめんな、らぴす。らぴすは、俺にどうしてほしい?」
俺がそう尋ねると、らぴすは動揺した表情を見せる。
「え? ど、どどどどうして欲しい……あっ、そっか……えっと、兄様、らぴすはその、ちゃんと休日は兄様におやすみしてほしいです。それと……できればですけど、もっと兄様といっぱい遊びたいです」
俺の夏休みは、ほとんどを仕事かレッスン、休日も個人的な練習に費やしてたりした。
現場が一緒のとあや黛とは休憩時間に遊んだりすることもあるが、それ以外では誰かと遊びに出かけたり、家族とどこかに行った記憶は特にない。こんなにも家族に支えられていたのに、俺はそんな家族のことを蔑ろにしていたのかと思うと胸が痛かった。
「そっか、らぴすの言うように、休日はしっかりと休むようにするよ。それと……夏休みが終わる前には、家族みんなでどこかに出かけようか」
「は、はい! 兄様、らぴすはとっても嬉しいです!!」
嬉しそうならぴすの表情を見ると、これでよかったのだと改めて思う。
その一方で、まだ根本的な解決をしていないことに、焦りを覚えている自分がいた。
らぴすが部屋を出ると、俺は眠たくなってきたので再びベッドの中へと潜る。
やはり家族が指摘するように、疲れが溜まっていたのか、目を閉じると俺はすぐに眠ってしまった。
それからどれだけの時間を寝ていたのだろうか。俺はゆっくりと覚醒していく。
よく眠っていたおかげか、だいぶ熱は下がったようだ。多少の気だるさを除けば、ほぼ全快したのではないだろうか。これなら明日にはもう大丈夫だろう。そんな事を考えていたら、想定もしていなかった人物から声をかけられた。
「あくあ様、お目覚めになられましたか?」
「へ?」
俺はびっくりして、慌ててベッドから体を起こす。
「きゃっ」
さっきまでの寝ぼけ眼だった視界がはっきりとする……。
「カ……ノ……ン?」
「はい、カノンはここにいますよ、あくあ様」
なんでここにカノンが?
俺は慌てて周囲をキョロキョロと見渡すが、どっからどう見ても俺の部屋だ。
つまりは、カノンが俺の部屋に来ていることになる。
「え……なんで?」
普通に考えて、何故カノンが俺の部屋にいるのか理解ができなかった。
よく見たら、カノンの近くにはペゴニアさんまでいる。
「ふふっ、いつまで経ってもあくあ様からご連絡がないので、会いにきちゃいました!」
カノンは穢れのない清らかな笑顔で俺に微笑む。
俺はいまだに状況がうまく飲み込めずに、固まってしまった。




