白銀あくあ、男性に課せられた義務について知る。
高校への入学を控えた俺は、政府の通知により、とある施設を訪れていた。
「白銀あくあ様でございますね。本日は希少なお時間を割いて、当施設までお越し頂いたことを感謝申し上げます」
黒塗りの車に乗せられて連れてこられた施設の入り口。そこで何人かの女性達が規律の取れた直立不動で俺の事を出迎えてくれた。中央にいた女性は軍服を着て顔を晒しているが、その周りにいる人間は、フルフェイスの完全武装で銃火器を所持して物々しい雰囲気を醸し出している。
真っ白な建物自体にも凹凸がなく、外には高い塀があり易々と外からは侵入できない作りだ。
「本日より白銀様の担当を務めさせて頂く、国家機密局、衛生保安課の深雪・ヘリオドール・結と申します」
名前からしてどこかの国とのハーフの人かな?
蠱惑的なストロベリーブロンドの髪と、それに相反するような透明感のある青色の目が特徴的な女性だ。
華やかな軍服の正装をその身に纏い敬礼する姿は美しく、ついつい見惚れてしまいそうになる。
また、ヒールの高いブーツを履いているせいかもしれないが、他の女性よりも目線が近いのにもびっくりした。
ちなみに俺の身長は178cmだったが、最近180cmに近づいている。つまり深雪さんは、ヒールの高さを考慮すると165から170cmくらいの身長はあるだろう。女性にしては普通に身長がお高い方ではないだろうか。
「白銀あくあです。こちらこそよろしくお願いします」
俺が手を差し出すと深雪さんはほんの少し目を見開いた。
「失礼しました。男性の方から握手を求められるとは思っていなかったので反応が遅れてしまいました」
深雪さんは白い手袋を外すと、俺の差し出した手を握り返してくれた。綺麗に切り揃えられた薄ピンク色の爪先と、白くて細い指先に息を呑む。
まるでお人形さんみたいだ。
らぴすもそういう雰囲気があるけど、それとはまた違ったベクトルのお人形さん感がある。そこに実在しているのかどうかさえ危ういような儚さに、大人の魅力が足されるとこうなるのか。
将来らぴすもこうなる可能性があるのかもしれないと思うと感慨深かった。
「それでは施設の中をご案内致しますので、こちらへどうぞ」
窓のない真っ白な建物、その中へと案内される。
まず最初に俺たちが足を踏み入れたのは、天井の高い開放的なロビーだった。
心をリラックスさせるようなBGMが流れており、受付にいた女性たちは物音をあまり立てないようにお仕事をしている。
周囲を見渡してみたがロビーに用意されたソファに座っている人はいなかった。
残念だな。別に深い意味はないが、この世界の男って本当にあんなのしかいないのかっていう興味本位が半分。残りの半分の理由は、普通にくだらない会話とか男同士で相談ができる友達とか知り合いが欲しかったからだ。
「今日はこのまま受付をせずに先に進みます。しかし次回のご来館の際からは、お手数ですが受付で国民証を提出してください」
国民証とは、この国の国民全員に割り振られた存在証明のような証だ。
受付のカウンターの方に視線を向けると、カウンターは全部で5つある。俺がその中の一つに視線を向けると、偶然にも席に座っていた一人の受付の女の人と視線があってしまった。流石にこのまま視線を逸らすのは失礼だと思った俺は、慌てて笑みを返す。
「今日はお世話になります。お仕事頑張ってくださいね」
俺の言葉に、受付の女の人はあからさまにフリーズしてしまった。
あれ? もしかして話しかけちゃいけなかったのか?
周囲を見ると、ロビーで仕事していた他のみなさんの視線も何故か俺の方向に集まっていた。
隣にいた深雪さんもその美しい瞳を大きく見開いて俺の方を見つめている。
え? 本格的にまずい事をしでかしたのかと思って焦る俺。すると、俺が言葉を投げかけた女性が慌てたように席から立ち上げる。
「ひゃっ、は、はい! 本日は、こちらこそありがとうございました!!」
ちゃんと対応してくれてありがとうお姉さん、お仕事中に余計な事をしてお邪魔して本当にすみませんでした……。
「報告書では聞いていましたが……まさか、本当に……」
「私、ここに勤務して5年ですが、男性に舌打ち以外を返されたのを見たのはこれが初めてかもしれません」
「よかった……報われた……」
さっきまで静かだったロビーが少しざわめく。
何を言っているのかまでは聞こえなかったが、中には目を潤ませている人もいた。
女の人を泣かしてしまったみたいで俄然、居心地が悪くなる。
あー……本当にごめんなさい! 俺が余計な事をしてしまったがためにこんな事になるなんて。
慌てふためいていた俺をみて、隣の深雪さんが助け舟を出してくれる。
「白銀様、こちらへどうぞ」
深雪さんは、何事もなかったかのように通路の方へと俺を案内する。
これは助かったと、俺は促された方向へと深雪さんの後ろをついていった。
深雪さんとは会ってまだ数分だけど、彼女のキリリとした表情を見ていると妙な安心感がある。
いかにも仕事ができる人って感じだ。
「それでは、こちらのお部屋にお入りください」
「あっ、はい、失礼します」
待合室のような場所に通された俺は、深雪さんに指定されたシンプルな作りのソファにゆっくりと腰掛ける。すると直ぐに職員の人がカートを押して、待合室の中に入ってきた。
「飲み物のオーダーを承っております。よろしければ何なりとどうぞ」
「あっ……じゃあ冷たいお水で」
「はい」
職員のお姉さんはカートの上の水差しを手に取ると、ガラスのコップにトクトクと水を注いでいく。そしてそれを俺の目の前のローテーブルの上に置くと、深くお辞儀をして部屋から退室しようとする。
「ありがとうございました」
俺がお礼を返すと、この女性もまた他の人と同じように驚いていた。
深雪さんは女性の退室を確認すると、俺に対して深く頭を下げる。
「改めまして、本日は白銀様の貴重なお時間を割いて頂いた上に、当施設にご足労頂きましたことを感謝申し上げます。既にご存知かもしれませんが、記憶喪失になられたということをお聞きしておりますので、簡単ではございますが当施設のご説明をさせていただきたいと思いますが大丈夫でしょうか?」
「はい」
深雪さんはコホンと軽く咳払いすると、少し緊張した面持ちで俺の目をジッと見つめる。
「まずこの国の男性には、生殖細胞の提出義務がある事をご存知でしょうか?」
「はい」
この世界の男子は、高校に入学する段階の年齢を境に、国に対して生殖細胞を提出しなければならない。1月に対して1度の義務が発生し、高校入学以降は60歳になるまでの期間、施設に行って実際に生殖細胞を提出する義務がある。これは世界条例で定められた世界共通のルールであり、生殖細胞の取引は国家間のビジネスや政治的な取引の一つにもなっているそうだ。
「当施設は男性の生殖細胞の提出をサポートするために建てられた施設であり、同県内で採取された生殖細胞の保管保存をする施設にもなっています」
深雪さんは、テーブルに置いてあった箱の蓋をあけて中身を手に取る。円柱状の赤い筒のようなものだが、それが何に使うものなのかは、流石に察しの悪い俺にでも安易に予想がついた。
「これは男性の生殖細胞の提出をスムーズに取り行うための器具であるのと同時に、鮮度を持ったまま保存する容器が装着されております」
うん……なるほどね。
「また、生殖細胞の提出にお困りの際は、職員の方がサポートいたしますので、その場合はお声がけの方よろしくお願いいたします」
え……それってつまり……。
深雪さんは器具の使い方を丁寧に説明してくれているが、俺はドキドキしすぎてそれどころじゃなかった。
「以上がこの器具の使用方法になります。それでは……ご不快かも知れませんがこの器具を使って、私の方で実際に使用方法の方をレクチャーさせて頂きたいと思います。こちらへどうぞ」
再び別室へと俺を案内する深雪さん。その後ろをついていく俺は、ドキドキしすぎた心臓の鼓動を抑えつけるので一杯一杯だった。
どうしてもね、このお話の詳しい部分が読みたい人は、ノクターンへどうぞ。