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白銀キングダムの守護者達。

前半:小雛先輩視点。

後半:りんちゃん視点。

 あくあ達の乗った大統領専用機が落下してから3日が経った。

 いつもは賑やかな白銀キングダムも、ここ数日はお通夜のように静まり返ってる。


「全く、あのバカ、生きてるならさっさと出てきなさいよ! もう!」


 私は地団駄を踏みながら白銀キングダムの通路を歩いていると、結さんの部屋の前にアヤナちゃんとインコが立っていた。

 何しているんだろう? 私は柱の影に隠れて2人の様子を伺う。


「アヤナです。結さん、居る? ご飯、持ってきたよ」

「結さん、辛くてもご飯はちゃんと食べなあかんで」


 なるほど、そういう事か……。

 後宮の事で手一杯だったから私も気が回ってなかったけど、そういえば最近、結さんをリビングで見かけてない気がする。

 それに気がついたアヤナちゃんとインコが心配して、結さんの部屋に様子を見にきたってところか。


「それに、結さんがご飯を抜いてその胸が縮んだら、あくあ君が一番悲しむんやで!」


 私はインコの言葉にずっこけそうになる。

 確かにそう。間違いなくそうだけど! もっと他に良い言い方ってものがあるでしょ!!

 全く、これだから私以外の悪夢の世代はノンデリなんだから。

 私の頭の中に棲みついてるイマジナリーあくあが急に出てきてジト目で私を見つめる。

 何よ! 何か言いたい事があるわけ!? 言いたい事があるなら、私の目の前に出てきてはっきり言いなさいよ!!


「結さん……はっきり言って、ニュースを聞いた時、私、すごく辛かったよ」


 私は柱の影からスーッと顔を出すと耳を大きくしてアヤナちゃんの話を聞く。


「でもね。同時にこう思ったの。こんな事で負けてられるかって」


 アヤナちゃんは小さな手をギュッと握りしめると、力の籠った目でまっすぐと結さんの部屋の扉を見つめる。


「だって、こんなの絶対におかしいよ。私はまだ高校生だし、そんなに頭も良くないから、政治の事とか国同士の事とかそういうのは良くわかんないけど……それでも、こんなやり方だけはずるい。卑怯だ。って、断言できるもん」


 私はアヤナちゃんの言葉に無言で頷く。


「だからね。私はそんな事をした人達の思惑に乗っかって、落ち込んでやるかって思ったの。あくあのためにも、みんなのためにも、私は自分の出来る事をするわ。泣くのはその後でいい。それも悲しくて泣くんじゃないよ。あくあが帰ってきたら抱きしめて、嬉しくて泣くの」


 アヤナちゃん……強くなったわね。

 さすがは私が育てただけの事はあるわと、私は腕を組んで無言で頷く。

 どこかのポンコツなもう1人の弟子に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわね。


「アヤナちゃんの言う通りやで、な。ゆかりもそう思うやろ?」

「うんうん……ってぇ!」


 あんた、普通に私の存在に気がついてるんじゃないわよ!!

 私はバツの悪そうな顔をしながら、2人の前に出てくる。


「やっぱりな。乙女ゲーに出てくる野良の小雛ゆかりも大体その辺に隠れてるで」

「あんた、あのクソゲーまだやってんの……」


 多分、アプデ前のそのゲームやってるの世界中であんた1人だけよ。

 私は恥ずかしそうに顔を赤くしたアヤナちゃんの頭を撫でる。

 やっぱりあのアホには勿体無いくらい今日もアヤナちゃんは最高に可愛いわね。

 結さんの部屋の扉の前に立った私は、アヤナちゃんに続いて中に居る結さんに声をかける。


「結さん、聞こえる? 小雛ゆかりよ。あんなニュースが急に入ってきたら私だってびっくりしたし、結さんが落ち込んじゃう気持ちもわかるわ。でもね……アヤナちゃんの言う通り、ここでへこたれたら負けよ! 私は何よりも負けたり、何かに屈したりするのが一番嫌いなの。それが自分の事でも、周りの事でもね。だから、結さんも絶対に負けちゃダメ!!」


 自分でも無茶苦茶な事を言ってるのはわかる。

 でも、結さんがあいつの、あくあの嫁なら強くならなきゃダメだ。

 きっとこれからも命を狙われたりとか、あいつの人生は色々とあると思う。

 だから、あいつの側に居る人達は、あいつを支える女の子達には強くあってほしいと思った。

 それこそ、すぐに行動に移したカノンさんのように。


「それに、結さんの……私達の愛した男はこんなことで死ぬような奴じゃないでしょ?」


 私の隣で話を聞いていたインコは気持ちの悪いニヤけた顔をする。

 何よ! 別に私はおかしい事入ってないじゃない! 私は普段からあいつの事を嫌いとは言ってるけど、好きじゃないとは言ってないでしょ!!

 それ以上、変な顔でこっちを見てたらあんたの足を地団駄で踏むわよ!


「百歩譲ってもし、あいつが死にかけていたとしても私が三途の川をビート板で渡って、地獄の閻魔様にも噛みついてでも茹で上がった地獄の釜の中からあいつの身体を引き摺り出して、針の山で心臓マッサージして、蜘蛛の糸で全員蹴り飛ばしてでもこの世に戻ってきてやるから安心しなさい!!」


 私の隣で「お〜、こわ」と呟いたインコを睨みつける。

 あんたとえみりちゃんと楓とあくあは、いつも余計な一言が多いのよ!!

 こんなの冗談に決まってるじゃない!!

 私の頭の中のイマジナリーあくあが「冗談に聞こえませんって」と、すかさず真顔でツッコミを入れてくる。

 うっさい! いいから、あんたも早く出てきなさいよ。このおバカ!!

 私は腕を組むと、無言で結さんの部屋の扉を見つめる。


「仕方ないわね。こうなったら無理にでも……」


 私が扉のノブへと手を伸ばそうとすると、右から誰かの足音が聞こえてきた。


「皆さん、私の部屋の前でどうしたんですか?」

「「「結さん!?」」」


 結さんの顔を見た私達は、お互いに顔を見合わせる。

 ちょっと!! 部屋に閉じこもってたんじゃないの!?

 聞いてた話と違うんですけど!!

 私は余計な事を喋っちゃったさっきまでの自分を思い出して少しだけ顔を赤くする。


「えーと、その……」


 私と同じ思いをしているであろうアヤナちゃんがしどろもどろになる。

 ほら、インコ。こういう時はあんたの出番でしょ!!


「あー、最近その、結さん、あんまりリビングに来てなかったやろ? それで、みんな心配して、結さんの様子を見にきたんや」

「そうでしたか。インコさん、アヤナさん、ゆかりさん、ありがとうございます」


 結さんはぺこりと頭を下げると、目を細くして優しげな笑みを見せる。

 お化粧でうまく誤魔化してるけど、良く見ると目元が腫れてるわね。

 部屋に閉じこもってはいなかったけど、結さんが泣いたのは間違いなかったようだ。


「でも、私はもう大丈夫です。このままじゃ……弱い自分のままじゃダメだって気がついたから。だから私は、私ができる範囲で自分ができる事をしようと思いました」

「結さん……」


 私は結さんの身体をギュッと抱きしめる。

 彼女が無理しているのがわかったからだ。


「結さん、ありがとう。でも、辛くなった時は泣いていいのよ」

「ありがとう……ございます」


 結さんは私の体を抱きしめ返す。

 それを見ていたアヤナちゃんとインコの2人も無言で私達の体をギュッと抱きしめる。

 全く、あのバカ。こんなにも素敵な女の子達に心配をかけさてるんじゃないわよ。

 あんたなら空中から落下しても、人の形をした穴から出てきて擦りむいたくらいでしょ!

 この私が特別に唾つけて直してあげるから、さっさと出てきなさいよね!!


【ビーっ、ビーっ!】


 私は白銀キングダム内のスピーカーから流れてきた警報音に反応する。


【後宮に侵入者あり!! 後宮に侵入者あり!!】


 後宮ですって!?

 私は慌てて走り出そうとしたところで、後ろに振り向いて3人の顔を見る。


「インコ! 結さんとアヤナちゃんをシェルターに! 私はカノンさんに後宮も任されてるから、そっちに行かなきゃいけないから!!」

「わ、わかった。こっちは任せとき!」

「ゆかり先輩、どうかお気をつけて!」


 私はアヤナちゃんの言葉に力強く頷くと、走って後宮へと向かう。

 って、結さん!? なんでついてきてるの!?


「後宮に関しては私の管轄でもありますよ。後宮長」


 ああ、そうだった。

 結さんはまりんさん、阿古っちやカノンさんと同じで、私が後宮長をやっているのを知っていた事を思い出す。

 私達がダッシュで後宮に向かうと、見覚えのある子達が後宮侍女達に囲まれていた。


「……黛君。それにとあちゃん、天我君も、自分達が何をしてるのかわかっている?」


 私は軽く呼吸を整えると、持ち前の演技力を最大限に活かして凄んで見せた。


「白銀キングダムの後宮に入れる男性は白銀あくあ、ただ1人……その意味がわかってないわけじゃないでしょう」


 警備的な問題、外交的な問題。

 いくらBERYLの3人だからと言って、あくあ以外の男性は後宮の中には入れないという不文律がある。

 私の言葉に、後宮侍女達も額に冷や汗を流す。


「うん、だから僕達は後宮に入ろうとしただけで、後宮内に入ってないよ」


 とあちゃんの言葉を聞いた私は周りの状況と3人の場所を確認する。

 確かに、屁理屈かもしれないけどここはギリギリ後宮の外側だ。


「だからと言って、潜入しようとしていい理由にはならないんだけどね」


 私の言葉に黛君が反応する。


「わかっています! それでも僕は……僕達には成さなければいけない事がある!!」


 黛君は私に向かって力強い眼差しを向けてくる。

 ほんと、とあちゃんといい、黛君といい、変わったわね。

 本気で凄んだこの私に堂々と言い返せる男なんてあんまいないわよ。あの例外バカを除いて。

 天我君は黛君の体の前に手を出して制止すると、私の前にゆっくりと歩いてくる。


「お願いします。小雛ゆかりさん、後宮に居るスウ・シェンリュ皇帝陛下とシャムス女王陛下の2人と話をさせてもらえないでしょうか?」


 目的はスウちゃんとシャムスさんか。

 でも、なんでその2人なんだろう?


「ダメよ。墜落事故のニュースの後に、アラビア半島連邦政府から大使館を通じて国家元首であるシャムス女王陛下を保護を最大限にして欲しいとお願いされているわ。それに亡命中のスウ・シェンリュ皇帝陛下は、日本政府からも外に出さないようにと依頼されているもの」


 だからこの2人を外に出す事はできない。

 それがたとえ白銀あくあでもあっても、この二つの命令を覆す事は不可能だ。

 ただ……この3人は、あくあと違って考えなしで動く3人じゃない。

 だから何か大きな理由があると思った。


「そもそも、どうしてその2人なの? 何か理由があるのかしら?」


 これが私から出せる唯一の助け舟だ。

 だからここに居る全員を納得させなさい。


「ああ。だって、国家元首である2人が首脳会談にいないのに、世界連合の存続について採決をさせるなんて明らかにおかしいとは思わないか? だから我らに、2人と話をさせてほしい」


 なるほど……一理あるわね。

 亡命中のスウちゃんはともかくとして、シャムスさんの対応については疑問符が残る。

 いくら白銀キングダムの後宮が安全な場所だからと言って、普通なら自国に引き返させる事を提案させてくるはずだ。

 でも、アラビア半島連邦は大使館を通じてすぐにシャムスさんの保護を求めてきた。

 最初は飛行機の墜落事故が起こったから、飛行機での移動を懸念した事かと思ったけど、もしかしたらそれ以外の思惑があるのかもしれない。


「なるほどね。2人の言い分はわかったわ。でも、残念ながらアポイントメイトがないお客様はお断りよ。これも後宮のルール。私がここのルールを破るわけには行かないわ」

「いいや。貴女なら、小雛ゆかりさんならできるはずだ。たった1人、後輩のあくあを除けば貴女だけがその権利を持っている」


 天我君はニヤリと笑う。

 ……この子、もしかして私が後宮長だって知ってる?

 いや、そんなはずはない。私が後宮長だと知っているのは限られた人間だけだ。

 普通に情報が漏れたとは考えづらい。


「すまない。言葉を少し端折ってしまったな。正確には、貴女はその許可を出せる権利を持っている人に連絡が取れるはずだ」


 なるほど、やっぱり天我君は私が後宮長だって気がついてるみたいね。

 私は一切表情には出さずに天我君に近づくと、2人しか聞こえない距離感でそっと囁くように問いかける。


「どうして天我君はそう思ったの?」

「消去法だ。カノンさんでも天鳥社長でもないなら、こんな大事なところを任せられる女性は1人しか思い浮かばなかった」


 ふふっ、天我君、流石ね。

 どこかのあくぽんたんより、よっぽど女の子の事がわかってるじゃない。


「でも、2人に会えたところでどうするの? 2人は出ていけないわよ」

「いいや。できるさ。だって2人ともその国のトップなのだから。それとも、もしかして、彼女達2人に命令できる偉い人がいるのか?」


 居ないわ。完璧よ。

 スウちゃんやシャムスさんが自分から出ていくと言ってもそれを止められる人は誰も居ない。

 つまり天我君は、2人に会えた時点で出ていけると踏んでいるんだ。


「わかったわ。私から面会の許可を出してもらうように後宮長に連絡を入れましょう。でも、説得できるかしら?」

「するさ。絶対に、貴女と我の大事な後輩が守ろうとしているこの世界のためにな」


 そういえばあくあが前に私に言っていた事があるわね。


『小雛先輩、ドライバーは終わっても俺たちは死ぬまでドライバーなんですよ』


 その言葉の理由が少しだけどわかったような気がした。

 良かったわね。あくあ。どうやら、そう思ってるのはあんた1人じゃないみたいよ。

 その後、スウちゃんとシャムスさんと面会した3人は2人を説得して後宮から連れ出した。

 私は後宮から本宅に戻るまでの帰り道、隣を歩いている結さんの顔を覗き込む。


「で、作戦が成功した気分はどうかしら? 結さん」

「やはり、気がついてましたか……」


 当然でしょ。

 あの3人があそこまで来れたのは、侵入経路を知ってる人物の犯行だ。

 私とカノンさん……後、えみりちゃんを除いたら、それができるのは結さんだけしかない。


「いかなる理由があろうと私のした事は許される事ではありません。ですから、どうか気になさらず私を罰してください」


 全く、結さんは真面目ね。

 少しくらい、あのちゃらんぽらんなえみりちゃんとか、うちの楓とかの事を見習った方がいいわよ。


「どうして? 私は只の小雛ゆかりよ。今は後宮長じゃないし、真相は永遠に闇の中……でしょ?」

「……ありがとうございます。でも、それでは自分が許せそうにないので、自主的に1ヶ月の職務停止をお願いしようかと思います」


 職務停止!? そんな事をしたら、余計にあくあが悲しむわよ!!

 私は結さんを必死に説得すると、なんとか職務停止から侍女になってお掃除とかしたらどうかという案を認めさせた。

 ふぅ、これならあいつも喜ぶでしょ。あいつ、メイドさんとか好きそうだし!!


「ふぁ〜。今日は本当に疲れたぁ」


 私は自分の部屋に戻ると、少し早いけど服も着替えずにそのまま眠りこける。

 それから数時間後、目が覚めた私は周囲をキョロキョロと見つめる。

 ううん、まだ夜か。時計を見ると深夜3時を過ぎていた。

 私は自分の部屋を出ると、飲み物のあるリビングへと向かう。

 すると、隣の窓に人影が見えた気がした。


「ちょ、今の何? まさかお化けじゃないでしょうね!?」


 私は周囲をキョロキョロと見る。

 何よ。誰もいないじゃない!

 この私をびっくりさせるんじゃないわよ!!

 私はプンスカして地団駄を踏むと、大人しくリビングへと向かった。




◆◇◆◇◆一方その頃、りんちゃん視点◆◇◆◇◆




 やっぱり、メアリー様が予測した通りだったでござる。

 深夜、人気のない時間帯に呼んでもない人達が白銀キングダムを訪ねてきたで候。

 それに誰よりも早く気がついた拙者……いや、拙者達は、城下町で敵の侵入を食い止める。


「2人とも中々やるで候」

「ふふ、お褒めに預かりありがとうございます」

「全く、私は近距離戦を専門にしてないんだがな」


 同じ十二司教であり観測手の神狩りのん殿とペゴニア殿の協力もあって、拙者達は襲撃班を圧倒していた。


「そろそろ決着をつけてくるで候」


 拙者はこの場を2人に任せると、1人で大将の居るところに向かう。

 建物の屋根から屋根をジャンプした拙者は、外壁に設置された通路まで一気に駆け上がった。

 すると想定通りの人物が拙者を待ち構えて居たで候。


「くっ……なんで、ここに私が居るってわかったのよ!!」

「お主の性格を考えたら当然の事で候」


 風見らんせ。拙者の従姉妹で風見の分家。

 なぶり殺しにするのが趣味のらんせの性格からして、全体が見える位置から拙者達の事を監視していると思ったで候。


「本家の出来損ないが!!」


 拙者はらんせのクナイを指先2本で受け止める。

 とおこの一撃の鋭さに比べると全然で候。


「少しくらい強くなったからといって、調子に乗るんじゃないわよ。この出来損ない!!」


 拙者はらんせの攻撃を簡単にかわしていく。

 らんせは感情を乱されると攻撃が単調になるから本当に楽でござる。


「しずの映像を見て学習しなかったでござるか? 風見家最強と言われた長女のいちでも最強の拙者には勝てないで候」

「出来損ないが最強とか調子に乗るなああああああああああああああ」


 拙者はらんせの持っていたクナイを弾き飛ばす。

 武器を失ったらんせは後ろに飛ぶと拙者から距離を取った。

 その判断は間違いで候。

 武器を失った時点で、拙者なら距離を取らずにすぐに相手の腕につかみかかって相手の武器も叩き落としていたでござる。


「調子には乗ってないでござる。拙者にとって最強は自らの戒めで候。それとも、らんせにはその覚悟が、最強を名乗る自信がないでござるか?」

「くっ」


 月のない闇夜に目を光らせた拙者は、ゆっくりとらんせに近づいていく。

 一歩、また一歩と、らんせに近づいていく途中で拙者は喉元にひんやりとした感触を感じる。

 その刹那、拙者は躊躇わず後ろに飛んだ。いや、この判断は失敗で候。

 拙者は背中に日本刀の切先を感じるよりも早く、前に倒れ込むようにして足で日本刀を蹴飛ばして距離を取る。


「ほぅ……本当に強くなったんだな。りん。私が想像した以上だ」


 らんせとは反対側に視線を向けると、風見家の長女、私の姉、いちが見覚えのある日本刀を手に持って立っていた。


「その……刀は……」

「ああ、これか? 一族の裏切り者を斬った時に奪ったものだ」


 落ち着くで候。拙者は自分にそう何度も言い聞かせる。

 あの日本刀は間違いなくとおこのものだ。でも、とおこがいちに負けるとは思えないで候。


「ああ、どうやって私があの女をやったか気になるのか? 簡単さ。そこら辺を歩いていた餓鬼を人質に取っただけさ。これだからあの女は弱いんだ。どんなに才能があっても、その無駄な感情が強さの邪魔をする」


 拙者は感情を乱さないように静かに呼吸を整える。


「……その人質に取った子供はどうなったで候?」

「ああ、一瞬の隙をついて私から餓鬼を奪うと、餓鬼ごと奈落の底に落ちていったよ。はは、私に目を斬られて見えてなかったからだろうが、あれは傑作だったな!!」


 いちの笑い声に呼応するようにらんせも声をあげて笑う。

 そうだ。笑え。拙者は2人に向けてニヤリと笑う。


「なるほど、それじゃあとおこは勝ったのでござるな」

「は?」

「あんた、頭がおかしいんじゃないの!?」


 あのとおこが奈落の底に落ちたからと言って死ぬわけないで候。

 きっとその子供も、とおこも無事に生きてるでござる。


「今、なんて言った? あの女が勝っただと?」

「そうでござる。いち、死体も見てないのに勝利を確信してるお主は二流、いや、三流でござるよ」


 拙者の挑発に乗ったいちが斬りかかってくる。

 やれやれで候。冷静じゃないこの女をぶちのめすのは簡単でござる。

 でもそれじゃあ意味がない。


「なっ」


 拙者はいちの間合いの内側に入ると、手に持っていた日本刀を奪う。

 間違いない。とおこが使ってたものの一刀でござる。

 いちに使わせるのは癪だけど、それでもあの女には言い訳をさせたくなかった。

 拙者はいちの前に日本刀を転がすと、反対側のらんせの手前にクナイを投げる。


「いち、らんせ、武器を取るで候」

「なんの真似だ?」


 察しが悪い女は良くないって聖女様が言ってたで候。

 拙者はわかりやすいように相手を挑発するような素振りを見せる。


「言わなきゃわからないでござるか? 隠れて居ても拙者にはわかっているでござるよ。それとも怖くて出て来れないでござるか?」


 拙者の安い挑発で、しずや他の風見一族が顔を出す。

 聖女様の著書「必勝掲示板攻略法」に書かれていたもしもの時に使える煽り構文を読んでいて良かったで候。


「拙者1人対全員でござる。それなら、人質を取らなきゃ勝てないビビリのいちも怖くないで候?」

「は?」


 ニヤリと笑った拙者はいちの顔を指差す。


「いち、しず、らんせ……」


 拙者は1人ずつ一族の顔を指差して順番に名前を呼んで行く。


「……お前ら全員雑魚で拙者の相手にならないから、実力差を解らせるためにまとめてかかってこいって言ってるでござる」

「「「「「「「「「「きっ、貴様あああああああああああああああああああ!」」」」」」」」」」


 流石に拙者1人で10人以上はきつい。

 それでも拙者が弱音を吐く事はないで候。


『りん。最強になれ。誰にも負けない力を手に入れろ。そうしたら、もうお前は誰も失わなくて済む。私や椛すらも超えて、この日ノ本で最強の女になれ。相手がスターズだろうが、ステイツだろうが、婦人互助会だろうが関係ない。己が大事なモノを守るために、全てを純粋な力で薙ぎ倒せ』


 とおこが言ってくれた言葉が拙者を強くしてくれる。

 聖女様やあくあ様、守らなければいけない存在が拙者を最強にしてくれた。


「ここは白銀キングダムでござる。拙者の主人の居城に! 土足で踏み込むな!! この賊どもがああああああああああ!!」


 音速よりも早く、光の瞬きよりも早く、一筋の雷鳴になった拙者は包囲された一点を突破する。


「ぐわっ!」


 完全にリミッターを外した拙者の体に流れる血管が弾けて血が吹き出す。

 人間の肉体の許容力を超えたスピードとパワー。

 一部の人間だけが到達できる肉体の限界を超えたその先の極致。


「がっ」

「うっ」


 これで3人、拙者は意識を落とした2人をぶん投げてさらに2人を気絶させる。

 前に、ただひたすら前に、拙者は猛獣のように同胞の一族達を狩っていく。


「つ、強すぎる……」

「そんな、出来損ないじゃなかったのか!?」


 拙者の岩をも砕き電柱をもへし折る頭突きで3人ほどのした後、6人ほどの人間の手足を再起不能になるまでボロ雑巾のように捻りあげる。

 決して殺したりはしない。でも、誰に喧嘩を売ったか、誰を敵に回したかをその体に解らせていく。


「痛い痛い痛い!」

「わ、私の手がああああ!」


 らんせとしずの2人が痛みに耐えられなくて声を上げる。

 残るのは後1人、拙者は長女のいちに向かってゆっくりと歩いていく。


「あ、あ……助け……」


 地面に水溜りを作ったいちが血だらけになった拙者の体を見て恐怖に怯える。


「いち……とおこが生きていて感謝するでござる。だから死よりも恐ろしい恐怖で許してやるでござるよ」

「あ……やめ、あああああああ」


 拙者はいちの長い髪を掴むと闇夜の影へと引き摺っていく。

 おっと、忘れてたで候。

 拙者はこちらを見ていたドローンに視線を向ける。


「前回は拙者の発言が甘かったで候。だからこう言うでござる。首を洗って待っていろ。風見一族は拙者が全員潰す。そこで見てる奴らも、見てない奴らも、全員、今から拙者が行って1人ずつ、確実に解らせてから仕留めるでござる」


 拙者はそう言うとドローンを完全に破壊した。

 流石にやりすぎたでござるか?

 でも、こいつらが悪いので自業自得でござるな。

 拙者はいちに向かって笑顔を向ける。

 まだ、夜は始まったばかりでござるよ。


「ひっ」


 いちは、恐怖のあまりに目をぐるりと回して気絶をすると、地面の水溜りを大きく広げる。

 ばっちいで候。掃除する拙者の気持ちにもなってほしいでござる。

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