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雪白えみり、100人居ても大丈夫!

「撤収だ。撤収!」


 私を人質に取った犯行グループが慌ただしく動く。

 どうやらあいつらの計画は失敗したみたいだ。

 きっと、カノンやあくあ様がうまくやってくれたんだろう。

 いつもの私ならここら辺で騒ぎに乗じてこっそりと逃げ出すんだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。

 全く、敵に捕まっちゃうし、今日は厄日だぜ。


「うう……怖いよぉ。えみりお姉ちゃん」

「大丈夫だよ。きっと助けが来るから。ね?」


 私は隣に居る小さな少女を抱きしめる。

 彼女の名前はマギー。何でも今回の首脳会談をまとめ上げる議長の娘さんだそうだ。

 全く、この私だけならまだしも、こんな小さい子まで人質に取るなんて酷い奴らだぜ。


「おい、お前ら何を喋ってる!」


 犯行グループの1人が私達に向かって銃を突きつける。


「別に、怖がってるこの子を抱きしめてあげてるだけですよ」


 私は何かあった時のために、銃口からマギーを庇うように彼女の体を抱きしめる。

 それを見た犯行グループのリーダーが、「待て!」と言ってからこちらにやってきた。


「ベネッラ大尉、人質は丁重に扱えと言っただろ!」

「アリアナ隊長。ですが……」


 アリアナと呼ばれたリーダーの女性が私達に銃口を向けたベネッラという女性の頬をビンタする。


「私の指示に口答えするんじゃない!」

「イエス、マム!」


 隊長とか大尉とか言ってるし、こいつらってやっぱり兵隊上がりか現役のどっちかか?

 くそっ! 相手が兵隊じゃなくて変態なら今の私にでもどうにかなるんだが、流石に兵隊さんは私の専門外だ。


「サリー! クッコロ! ディアナ! エリス! ヴェナ! 準備はできたな? 拠点に移動するぞ!!」

「「「「「イエスマム!!」」」」」


 さっきベネッラ大尉と言われていた女性を含めると全部で7人か……。

 この人数ならワンチャンあるかも知れねぇな。

 そんな事を考えていたらアリアナ隊長と呼ばれていた人物がニヤリと笑みを浮かべる。


「言っておくが拠点に帰れば我々の仲間がいる。ここにいる奴らを含めたら全部で100人だ。逃げるとか、助かるだなんて思うなよ」


 私とマギーちゃんは銃を突きつけられると、移動用の車に無理やり乗せられる。

 それから数十分後、私達は犯行グループが拠点している建設途中のビルへと連れて来られた。

 パトリシア工業か……。きっとこいつらがフロント企業に使っていたんだろう。

 私達が建物の中に入ると、マギーちゃんより少し年上の女の子が縛られていた。


「その女は?」

「メイトリクス大統領の娘のアリッサです。何かに役立つかもと思って、捕まえておきました」


 メイトリクス大統領の娘だって!?

 私とマギーちゃんは、アリッサちゃんと同じところに連れて行かれる。


「よくやった。ところで、全員揃ってるか?」

「はい……と言いたいところですが、議長の口封じに向かったスナイパーが任務に失敗して確保されました」


 その言葉を聞いたマギーちゃんやアリッサちゃんの顔が明るくなる。

 私は直接現場を見たわけじゃないが、きっとあくあ様があくあ様をしたんだろう。なんとなくわかる。


「それとスナイパーを回収する運転手とも連絡がつきません。おそらく捕まったのではないでしょうか?」

「くそっ!」


 確か隊長が自分を含めて犯行グループは全部で100人だって言ってたよな。

 となると、すでに仲間を2人失って犯行グループは98人しか残ってないわけだ。

 3桁も居るって聞いた時は絶望したが、2桁になると何といけそうな気がしてくる。

 そう、私はすごくポジティブなんだ。


「ベネッラ! 何人かに部隊を分けて警戒しろ!」

「イエス、マム!」


 アリアナは部下のベネッラに指示を出すと、多数のモニターやパソコンがあるところへと向かう。


「ドローン部隊の準備はできてるか?」

「イエス、マム! 現在はそれぞれのドローンに対象のデータをダウンロードさせています」


 目を凝らしてモニターの画面を見ると、羽生総理やメアリーお婆ちゃん、カノンやメイトリクス大統領の顔が映し出された。

 それを見たアリッサちゃんの顔が青くなる。


「こいつらはインプットした対象を取り付けたカメラで判別して、自動で追尾して抹殺するようにプログラムされています」

「素晴らしい!! だから私は最初に言ったんだ。回りくどい手を使うよりも、こちらの方がはるかに楽だと!!」


 アリアナはニヤリと笑う。

 くっ、なんとかしてあのドローン部隊の使用だけは止めないと……。

 私は兵士の1人が腰にぶら下げてる手榴弾を見つめる。

 最悪、自爆してでも止めなきゃな……。


「起動までの時間は?」

「ドローン兵器が格納された射出装置を持った部隊がビルの屋上に設置するために向かってます。それが終わり次第なので十数分ほどもあれば十分でしょう」


 くそっ! 思ったより時間がねぇな。

 アリアナは私に視線を向けると、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

 そしてにやけた顔で私の目の前にある椅子に座った。


「雪白えみり、君には特別に特等席から友人の白銀カノンが死ぬところを見せてやろう」

「へっ、悪趣味な奴め。でもな……私が心配しなくても、うちのカノンの隣には最強の王子様がいるんだ。お前らの思っているような事になるかよ! むしろお前らこそ自分達の事を心配した方がいいんじゃないか?」


 私の挑発を聞いたアリアナと兵士たちは顔を見合わせて笑い合う。


「おい、今の言葉を聞いたか? 自分達の事を心配しろだってさ」

「ははは、ここには100人の兵士がいるんだ。それも訓練された愛国者ばかりだぞ」


 笑え。こういう時に強がってこそ、煽ってこそのオナニー捗るだろ!

 私は自分を鼓舞して奮い立たせると、ニヤリと笑い返した。


「100人? 98人の間違いじゃないのか? だって、スナイパーと運転手はもうやられたんだからな」


 こちとら幼稚園児の頃から掲示板に入り浸ってるんだ。

 煽り合いとレスバだけなら誰にも負けない自信があるぜ。


「てめぇ!!」

「やめろ。ベネッラ」


 アリアナは私の胸ぐらを掴もうとしたベネッラを手で制止する。 


「それよりも周辺を警戒してる部隊はどうなってる?」

「……確認します」


 ベネッラはいくつかに分けた部隊の点呼をとる。


「アリアナ隊長。ビルの外を警戒していた第15部隊のヴェナと連絡がつきません。でも、通信が乱れてる可能性も……」


 アリアナは真顔で椅子から立ち上がる。


「ベネッラ、手が空いてるやつはいるか?」


 ベネッラは奥に居た1人の兵士に視線を向ける。


「カルローネ! お前、様子を見て来い!!」

「はい、大尉!」


 おいおい、たった1人で大丈夫なのか? 敵なのに思わず心配しそうになった。

 それとも外国には、ミイラ取りがミイラになるってことわざを知らないのだろうか。

 私が隊長ならこの時点で全員でそこに向かう。

 それでも助けに来てくれたのがあくあ様なら勝ち目なんてなさそうだけどな。


「ドローン設置部隊に指示を出して作業を急がせろ! それと念の為にエリスの部隊も向かわせるんだ!!」

「「「「「イエス、マム!」」」」」


 アリアナは近くにいた兵士の1人に声をかける。

 確かこの女はサリーって呼ばれてた女だ。


「サリー、この3人を見てろ」

「イエス、マム!」


 アリアナは私の側から離れるとパソコンを弄ってる兵士に声をかける。


「監視カメラはどうだ?」

「それが外を監視していたカメラには、何にも映ってなくて……」


 兵士はキーボードのボタンをカチャカチャさせると、モニターに映った監視カメラの映像を切り替える。


「ん? 映像を戻せ。さっきのモニターに何か落ちてたぞ!!」

「イエス、マム!」


 監視カメラの映像を戻した兵士は、床に落ちていた紙切れをクローズアップさせる。


「なんだこれは? なんて書いてある?」

「さ、さぁ?」


 私はそこに書かれた奇妙な絵を見てニヤリと笑う。

 世界広しと言えど、私はあんな珍妙な絵を描ける人物なんて1人しかいない。

 あくあ様が来てる……! つまり、カノンやマギーのお母さんの議長、羽生総理やメイトリクス大統領達は無事だって事だ。


「カルローネ、そちらの様子はどうなってる?」


 アリアナはカルローネからの返答を待つが、何も返ってこない。

 あーあ、1人なんかで向かわせるから……。


「カルローネ。応答しろ! ……くそっ! エリス! カルローネがやられた! 急いで現場へ向かえ!」

「イエス、マ……」


 ん? 今、応答に出たエリスが最後まで言い切る前に、途中で通信が切れたような音が聞こえた。


「おい、エリス! エリス、応答しろ!!」


 ベネッラが慌てたようにインカムで声をかける。

 しかし、こちらもカルローネと同様に返答が返ってくる事はなかった。


「アリアナ隊長! ベネッラ大尉!! あそこにエリスが!!」


 全員の視線がモニターへと注がれる。

 すると柱にぐったりともたれかかった兵士の姿が映し出された。

 どうやらこいつが、エリスって呼ばれているやつみたいだな。

 一瞬死んでるのかと思ったが、多分気絶しているのだろう。

 これをやったのがあくあ様だとしたら、あくあ様が誰かを殺したりするとは思えないからな。


『あーあー、テステス。悪いが君たちの仲間のエリスは物凄く疲れてるみたいだ。だから、このまま全てが終わるまで、ここで寝かせておいてあげてよ』


 あ、あ、あ、あくあ様の声だ!!

 私が365日、夜の日課、寝る前に聞いてる二重奏が制作したあくあ様のASMRで聴いてるあくあ様本人の声を間違えるはずがない!!


「クソッタレ! 白銀あくあだ!! お前ら警戒しろ!!」


 隊長であるアリアナの声で、全員が銃を構えて周囲を警戒する。

 ヘイヘーイ、まだ90人近く兵士がいるんだろ?

 さっきまで自信たっぷりに笑っていたのは何だったんですかと、煽りたくなる。


「アリアナ隊長、雪白えみりを人質にしてあいつの行動を制限しましょう!」


 くそっ、人質になってあくあ様の手を煩わせるくらいならいっそ……。


「ダメです。通信にジャミングがかかりました!!」

「クソが!!」


 さすがです。あくあ様。

 こめかみに青筋を浮き立たせたアリアナは戻ってきた兵士達に声をかける。


「ベネッラ! クッコロ! ディアナ! お前らは白銀あくあを探せ!! サリー、ここは任せたぞ! 私はこいつを連れて設置部隊のところに行く!!」

「「「「イエス、マム!」」」」


 そう言って、アリアナはアリッサちゃんを連れて、数人の兵士と共に上に向かう。


「いいか、良く聞け。お前達。白銀あくあを殺した奴には、私が隊長に掛け合って特別に10万ドルの報酬をポンと上乗せしてやる!」

「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」


 ベネッラの言葉に兵士達は湧き立つ。

 くっそ〜。私にお金があったら、この場で私を助けてくれたら100万ドルやるからって言えるのに!!

 みろよ私の財布の中身を。皺も捩れもない綺麗な形をしてるだろ? だって、1ドルどころか1セントすら入ってないんだぜ……。

 私が1人で遠い目をしていると、この場を任せられたサリーって女が私に近づいてくる。


「へへっ、見れば見るほどいい女だな。雪白えみり」


 おい、私の見てくれに騙されるな!

 ガワは良くても、中身はただのオナニー捗るだぞ!!


「私はな。男なんかより女の方が好きなんだ」


 どうせそんな事だろうと思ってた。

 サリーは卑しい視線を私に向ける。

 くっそ、私の身体は誰にでも触らせるほど安くねぇぞ!!

 サリーの手が私に伸びてきた瞬間、パソコンを弄っていた兵士が声を上げる。


「監視カメラの一つに動きがありました!」


 その言葉を聞いたサリーはわかりやすく舌打ちする。


「ちっ! 変化のあった監視カメラの映像を映せ!」

「はい!」


 モニターの映像が切り替わると、74という数字が書かれた紙が貼られていた。

 一瞬、理解が遅れたものの、全員がその数字の意味に気がつく。


「74……私達の残りが74人って事か!? くそっ! あいつ、またやりやがったな!!」


 あくあ様が侵入してから数分余り、その間にあくあ様は26人、敵の勢力のおよそ4分の1を削ったことになる。

 時間にして一人当たり数秒単位ってところか……。

 しかも監視カメラに映らず、撃ち合ったような銃声すらも聞こえない。

 えっと……あくあ様ってアイドルなんだっけ? 自衛隊や警察の特殊部隊所属とか、実は日本政府が裏で養成していた影のエージェントとかじゃないですよね?


「なんなんだよこいつは! ただのアイドルだろ!? どこかの国のエージェントか?」

「わかりません。我々の情報網では日本の軍隊や、他国の養成期間にいた履歴は出てこなかったです。組織でもわかっている事といえばこれくらいの情報しか……」


 私はモニターに映ったあくあ様の情報を見つめる。


【判明しているプロフィール:女性、152cm、髪は茶、細身に見えるけど実は筋肉モリモリのマッチョで変態】


 あくあ様じゃなくてどこかで見た楓パイセンのプロフィールじゃねぇか!!

 そのパソコン、ほげってるんじゃないか。


「すみません。これはソム……森川楓のデータでした。それと、本部がAIを使って過去の白銀あくあの戦い方を分析したところ、複数の人物の戦闘スタイルが浮かんできたそうです」


 モニターに複数の人物映し出される。

 それを見た兵士たちが一斉に動揺し始めた。


「アキコ・ライバックにイコライザーと呼ばれたマコール・ワシントン、仕立て屋のコリーナ・ハート・ガラハッドだと!?」

「それにコードネームヤンマーニ・マトリックスことイリーナ・モリカワ・ウイックもいやがる!」

「元CIAのリアーナ・ミルズ・ニールソンに、ワイルドトランスポーターのジェンナー・マーティン・ショウの名前もあるぞ!!」

「おいおいおい! どれもこの世界じゃ見かけたら逃げろ、一生関わるなで有名な奴らじゃねぇか!!」

「おい、ちょっと待てよ! こいつは……白銀あくあの戦闘スタイルは! こいつらのハイブリッドだって言うのかよ!?」

「お、オワタ……」


 サリーは手に持っていた銃を天井に乱射して慌てふためく兵士達を静かにさせる。


「落ち着け、お前達! まだこっちには70人以上も残っているんだ!!」


 サリーの一言で冷静になった女達はお互いの顔を見合わせる。

 その時、何人かの兵士は精神を落ち着けるためか葉巻を吸い出した。

 あっ、あの葉巻は!? 私は見覚えのある葉巻に頭を抱える。

 確かリラックスする裏山の草を使って作ったうちの製品だ……。


「そ、そうだよな」

「ああ、いくら強くても相手は1人だ」

「ど、どうにかなるって」


 いやいや、もう26人もやられてるんだぜ。

 それにこの間にも何人かやられてるはずだ。


「くっ、モニターを見てください」


 兵士の1人がパソコンをカチャカチャさせると、また張り紙の貼られたモニターが映し出される。


【58】


 それはまるで滅亡までのカウントダウンのようで、味方のはずの私までなぜか恐ろしくなってくる。

 ていうか、今の会話の間でもう16人もやられたの!?

 私がこいつらの立場なら秒で降伏するわ。あくあ様は優しいから降伏したら受け入れてくれそうだもん。


「おい、見ろ。3番の監視カメラにクッコロがいるぞ!」


 モニターの映像を見ると、クッコロと呼ばれた女性が仰向けで痙攣していた。


「くそっ! スターズの元近衛騎士だっていうから雇ってやったのに、これだから女騎士はすぐにやられるからダメだって言ったんだ。私は!!」


 サリーは机をドンと叩く。

 その奥で通信装置を弄っていた兵士の1人が声を上げた。


「通信が回復しました! こちらを使ってください!!」

「よしっ!」


 トランシーバーを受け取ったサリーは、モニターを睨みつける。


「白銀あくあ、聞こえるか。お前の愛する妻の1人を人質に取っている。雪白えみりを殺されたくなかったら通信に出ろ」


 あくあ様、私の事なんか気にせずにこいつらを全員倒してください!!

 って言いたいけど、あくあ様はきっと私なんかの命も気にしてくれちゃうんだろうな。


『白銀あくあだ。お前の名前は?』

「サリーだ。雪白えみりを殺されたくなかったら早く出てこい。お前が出てくるまでの間、私が雪白えみりの事を可愛がってやるよ」


 サリーは私の顔を一瞬だけ見るとニヤリと笑う。


『俺は大抵の女性の話なら笑って聞けるけど、君の話は全く面白くないな。サリーだっけ? 君は最後に倒す。だからそれまでの間、俺のえみりを大事にしておいてくれないかな? そうしたら優しくしてあげるから』


 次の瞬間、部屋の中の照明が一斉に落ちる。


「全員、警戒しろ! 白銀あくあだ!! 技術班は電源の復旧を急げ!!」


 ごめんな。お前らはあくあ様に翻弄されて必死になってるんだろうけど、私はさっきからあくあ様の「俺のえみり」が耳から離れねぇんだわ。

 今すぐにでも家に帰って検証班の4人でこのフレーズだけを無限再生して、みんなでキャッキャうふふしたい。


「電源、復旧します!!」


 部屋が暗くなって数十秒後、電源が復旧して部屋の中がまた明るくなる。


「ふぅ、驚かせやがって……何ともないじゃないか」

「HAHAHA……」


 何人かが安堵したように笑みを浮かべる。

 すると、パソコンの前に居た兵士が声を上げた。

 

「ベネッラです! ベネッラのチームがやられました!!」


 私は監視カメラの映像が映し出されたモニターへと視線を向ける。

 するとそこには【45】と書かれた紙切れが映っていた。

 おー……100人もいた兵士達がついに半分以下になっちゃったよ……。

 もし、掲示板にアクセスできるなら、お分かりだろうか? この間わずかに数分、たった1人の犯行である。と書き込みたい。


「くそ! 私たちも行くぞ!!」


 サリーが声を出すも反応が返ってこない。

 あれ? 違和感を感じた私はモニターから視線を逸らして周囲の様子を確認する。


「なっ、いつの間に!?」


 次の瞬間、サリーの後ろに人影が現れる。


「サリーって言ったっけ? ごめんね。さっき、最後に倒すって言ったけど、あれは嘘だから」


 あくあ様はそう言うと手慣れた手つきでサリーを気絶させて意識を落とす。

 かっけぇ。こんなの私が捗るじゃなくても秒で濡れ濡れですわ。

 あくあ様は手慣れた手つきでサリーを拘束すると、紐で繋いだ彼女の体を窓から放り出して宙吊りにさせた。


「えみり、来るのが遅くなってごめん。怖かっただろ?」

「あくあ様……。私は大丈夫です!」


 あくあ様は強がらなくていいよって言ってたけど、怖くないって言うのは本当ですから。

 むしろこいつらからしたら、あくあ様の方が遥かに怖かったと思いますよ。


「君がマギーちゃんだね。お母さんは無事だから安心して」

「わ〜。ケンジャキだ。ありがとう、ケンジャキ!」


 あくあ様はマギーちゃんの体を抱きしめると優しく背中を撫でる。

 さすがはあくあ様だ。サリーの意識を落とすのも秒だったけど、マギーちゃんの心も秒で落としちゃったね。

 って、そんな事を言ってる場合じゃねぇ!!

 私はあくあ様にドローン兵器のことを説明しようとする。

 しかし、その前にあくあ様の手に持っていたトランシーバーから誰かの声が聞こえてきた。


『白銀あくあか? 私は世界連合のフランクリナ・ガーヴィーナス将軍だ』

「白銀あくあです。どうかしましたか?」


 ガーヴィーナス将軍は私の代わりにあくあ様にドローン部隊のことを説明する。

 なるほど、テロリストの手に余る兵器だと思ってたけど、世界連合から奪われたものだったのか……。


「もし、それの発動を阻止できなかった時、どうなるんですか?」

『世界戦争だ。間違いなく世界戦争が起こる。それに君の大事な人たちも死んでしまう。すぐに助っ人を送るつもりだが、どうやら間に合いそうにない。頼む! 世界をこの危機から救ってくれ!!』


 あくあ様はガーヴィーナス将軍との通信を切ると、私もよく知っている3510に通信を繋ぐ。


「3510、聞こえる? ここにあるパソコンを押さえておけばドローン兵器を止める事は可能かな?」

『不可能です。先ほど電源が消失した時に、ドローンとのネットワークが完全に遮断していることを確認しました。また、敵のリーダーは直接の操作でドローン兵器を発射して、ドローン兵器にプログラムされた自動プロトコルでターゲットを狙う可能性が高いと判断しています。すぐに阻止してください!』


 あくあ様は私の顔を見つめる。


「えみり、行ってくる!」

「わかりました。あくあ様、どうかご無事で!! それとメイトリクス大統領の娘のアリッサちゃんの事もお願いします!!」


 あくあ様は無言で頷くと、1人で屋上に向かって走り出した。

 私はマギーちゃんの手を掴むと、下で待っているらしいAI3510が搭載された車の元へと向かう。

 すると、その途中で私は不幸にも犯行グループの一員であるベネッラに遭遇してしまう。


「はぁはぁ、見つけたぞ。雪白えみり」


 こいつ、あくあ様に倒されたんじゃなかったのかよ!!

 私の驚いた顔を見たベネッラがほくそ笑む。


「トリックだよ。残念だったな。私は気絶したフリが得意なんだ」


 別に自慢するような事じゃないだろ。

 どのみち、やられた事には変わらないんだから。


「おっと動くなよ。雪白えみり」


 ベネッラは私の手を掴んでいたマギーちゃんを引き離す。


「待て。人質なら私が……」

「黙れ! お前は妊婦だし足取りが重い。それに人質にするなら軽くて扱いやすい方がいいに決まってるだろ」


 ベネッラはマギーちゃんを連れて屋上へと向かう。

 くそ! 私はトランシーバーで3510に連絡を入れる。


「3510、マギーちゃんが捕まった。私も上に向かう!」

『それなら唯一稼働できるエレベーターに今から電源を供給します。それを使ってください!』


 さすがは3510だ。普段はポンコツだけど、こういう時には頼りになる。

 私はゆっくりとした足取りでエレベーターホールに向かう。

 3510が指示したエレベーターはこれか。

 私はエレベーターに乗ると、屋上へと向かう。


「ここか……」


 私が屋上でエレベーターを降りると、ちょうど、あくあ様が隊長のアリアナと対峙していた。

 アリッサちゃんは……あそこに居るのか。良かった。あの位置なら銃撃戦に巻き込まれる事はない。


「くそぉっ! なんでたった1人に100人の部隊が壊滅状態にさせられるんだ!!」


 本当にな。って相手に同情してる場合じゃねぇ。

 私は周囲を確認する。するとディアナと呼ばれていた部隊が反対側から駆け上がってくるのが見えた。

 いくらあくあ様とはいえ、蜂の巣にされたら一貫の終わりだ。

 私は周囲をキョロキョロすると、見た事もない銃を見つめる。


『それは聖あくあ教が開発した少し強力なテーザーガンです。おそらく相手と揉み合った時にあくあ様が落としたんでしょう』


 よりにもよってうちが開発した兵器かよ!

 もしかして、また変なのじゃないだろうな!?

 でも、何もないよりかはましだ。

 私は照準を相手から思いっきりずらすと、威嚇のつもりで空に向かって発砲する。

 次の瞬間、銃口から放たれた稲妻が空へと駆け上がって行った。


「は?」


 おいちょっと待て!!

 何がちょっとだけ強力なテーザーガンだ!!

 超小型化されたレールガンの間違いねぇか!!

 このテロリスト達よりも、お前らの方がよっぽど危険だわ。私はそう確信する。

 わかった。あくあ様も試しに使って使えないってわかったから、落としたんじゃなくてこれをここに捨ててたんだ……。


「ひぇ〜っ!」


 レールガンの射撃を見たディアナ達が震え上がる。


「おい! こいつに撃たれたくなかったら抵抗するのを止めろ!!」

「あ、あの銃は……わ、わわわわかった! だから、撃つな。OK?」

「オーケー、オーケー!」


 私はそう言いながら、空に向かってレールガンをズドンとぶっ放した。

 ほら、モタモタするな! さっさと武器を置け!

 そうだ。それでいい!!


「くそぉ、こうなったら最後にドローンの射出だけでも!!」


 隊長のアリアナは最後の足掻きでドローンを射出する装置に飛びついてボタンを押す。

 しかし、その瞬間。ビルの下から浮き上がってきた戦闘機がドローンの発射装置を銃撃でぶち壊した。

 なんだあれは!?

 戦闘機のコクピットのカバーがパカりと開くと、見覚えのある人物が出てきた。


「私が来た! アリッサ! あくあ君! えみりちゃん! 助けに来たぞ!!」

「「メイトリクス大統領!!」」

「お母さん!!」


 私とあくあ様の声が重なる。

 さすがはメイトリクス大統領だ。美味しいところを持っていく。


「あっ」


 壊れたドローンの発車台の発射口から数機のドローン兵器が空に向かって飛んでいく。

 ダメだ。完全に壊れてなかったんだ。

 無人ドローンの一つがメイトリクス大統領へと装着された機銃の銃口を向ける。


『大丈夫だ。私も来た!!』


 空から拡声器に乗った聞き覚えのあるどこかの総理の声が聞こえてくる。

 次の瞬間、空からパラシュートで降ってきた戦車がドローンを砲撃で撃ち落とした。

 嘘だろ……?


『さすがは総理です。日本から戦車を持ってきて良かった』

『ふぉっふぉっふぉっ、さすがは藤井議員ですね。この状況を予測していたのでしょう』

『お前ら次のドローンだ。撃ち落とすぞ!』

『ヒャッハー! ここが地獄の一丁目だ!!』


 あ、あのBBAどもだ。

 空中の戦車から見覚えのある3人が降下してくる。


「各自戦闘開始!」

「「「「了解!!」」」」


 粉狂い、楓先輩のお母さん、風見とおこさん、鬼軍曹と将軍様の5人が、あっという間に屋上を占拠する。

 風見とおこさん以外はみんな一応、顔は隠してるのか……。


「あくあ様!」

「えみり!? どうしてここに?」


 私はあくあ様に駆け寄ると、マギーちゃんがベネッラと呼ばれている女性に人質に取られてしまった事を知らせる。

 それを聞いたあくあ様は、静かに、そして表情を変えずに怒っているように見えた。


『白銀あくあ、聞こえるか?』


 ビルの中に設置されたスピーカーから入った声に全員が警戒する。


『私は、ベネッラ大尉だ。人質の命が惜しかったら、1人で下の階に来い』


 あくあ様はトランシーバーを手に取ると、3510に頼んで音声をスピーカーに接続する。


「いいだろう。その代わり、お前も銃を捨ててかかってこい。俺も素手で行く。タイマンの勝負だ。まさかこの勝負から逃げるつもりじゃないだろうな?」

『野郎、調子に乗りやがって! 私達の崇高なる計画をぶち壊したお前だけはぶっ殺す!!』


 正直、この時点で結果が見えてるのは私だけだろうか?

 戦闘機のコクピットから顔を出したメイトリクス大統領や、空中に着地した戦車の砲台から顔を出した羽生総理も急に真顔になる。


「えみり、行ってくるよ」

「あ、はい。あくあ様、どうかお気をつけて」


 あくあ様が行ったのを見て、風見とおこさんが私に近づいてくる。


「1人で行かせていいのか?」

「あ、うん。多分、大丈夫だと思うから。その……気になるなら後ろからこっそり見に行ってもバレないと思うよ」

「わかった。そうさせてもらおう」


 数分とかからずに下の階から悲鳴が聞こえてくると、あくあ様がマギーちゃんを連れて戻ってきた。

 うん、わかってた。

 そこからさらに数十秒後、紐で縛り上げたベネッラを引きずって風見とおこさんが嬉しそうな表情で戻ってきた。


「おい。あの男、めちゃくちゃ強いな! 久しぶりにワクワクしたぞ!!」

「あっ、はい。そうっすね……」


 何があったかは聞かないでおこう。

 だって、素人の私が聞いても何が強いのかとかわかんないもん。

 あくあ様の強さはその次元だ。


「えみり……」

「あくあ様」


 あくあ様はメイトリクス大統領達と話すと、私に駆け寄ってギュッと抱きしめてくれた後にキスしてくれた。

 はぁ〜。やっと緊張の糸が解けた気分だ。願わくばしばらくこのままでいたい。


「さぁ、戻ろう。カノンやメアリーお婆ちゃん達がえみりを待ってる」

「はい!」


 そっか、2人やみんなにもだいぶ心配かけさせちゃったな。

 私はあくあ様にお姫様抱っこされると、そのまま迎えにきたヘリに乗ってカノン達が待っている場所へと向かった。

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