白銀カノン、STARS MISSION。
今日は各国の首脳が集まって、世界連合についての採決がある日だ。
私は連れてきた侍女達に手伝ってもらって身支度を整える。
「ありがとう、完璧よ」
私は侍女を下がらせると鏡で自分の姿を確認する。
この日のために自分が一番大人びて見えるような威厳のあるドレスを選んだつもりだ。
「はぁ……」
子供の頃から何度もこういう場数は踏んできている。
それでも緊張しないわけじゃない。
「流石に世界の命運がかかってるなんて、ただの王女だった私には荷が重いよ」
今は頼りになるあくあやペゴニア、お姉様やお祖母様、検証班のみんなはいない。
だから、弱音を吐くのは誰もいないこの時間だけって決めてる。
「大丈夫、私ならやれる」
鏡に映った自分の顔を見つめる。
そうだ。私が誰だったのか思い出せ。
私の名前は白銀カノン、旧姓、カノン・スターズ・ゴッシェナイト。
運命に愛された女、約束された勝利の乙女、それがこの私だ。
「みんな、行ってくるね」
私は気合を入れると、気持ちを切り替えてホテルの部屋を後にする。
部屋の外で待っていた侍女を引き連れエレベーターホールに行くと、すでに準備を整えていた揚羽さんが待っていた。
「お待たせしてすみません」
「大丈夫よ。私も今さっき切り替えてきたところだから」
私と揚羽さんは顔を見合わせてニッと笑う。
はっきり言って、こちらの状況はあまり良くない。
誰が敵で誰が味方かわからない状況で、各国の首脳達は疑心暗鬼に陥ってる。
もちろんそれは国の代表や政治家に限った話じゃない。
加熱するニュースに加速するSNS、今はどこの国の国民も不安な毎日を送っている。
呑気に掲示板でかっこいいあくあの登場の仕方を予想して遊んでる国なんて日本くらいだ。
みんなは少しくらいあくあの無事を心配がりなさいよ。もう!!
エレベーターでホテルのロビーまで降りると、待ち構えていたSPが手で制止する。
「止まってください。先に安全を確認します」
数人のSPが私達より先にホテルを出ると、周囲の安全を確保する。
揚羽さんが日本から連れてきた秘書官やSP、私の護衛兼雑務を務めるメイド達も含めると今回はかなりの大所帯だ。
「安全が確保できました。かなりのメディアが駆けつけていますが、基本的に立ち止まらないでください」
私と揚羽さんは首を縦に振る。
「さぁ、行きましょう!」
先頭を歩くSPについてホテルをに出ると、信じられないほどのメディアが駆けつけていた。
報道陣達は私たちを見つけると、一斉にこちらにカメラとマイクを向ける。
「カノン元王女殿下、現在のご心境をお聞かせください!」
「黒蝶揚羽議員、世界連合の脱退と共にステイツとの同盟を破棄するとの情報が出ていますが本当なんですか?」
「カノン元王女殿下、未亡人になった今、スターズに戻られ王政を復活させるというお話は本当なんですか?」
「黒蝶揚羽議員、今回を機に聖女党から与党に移られるというのは本当の話なんですか〜?」
一体、どこから聞いた話なのよ! もう!!
これだから政治を扱うメディアは騒ぎに乗じて変な妄想ばかりして、みんながまとまらなきゃいけない時にどうしてそういうくだらない記事ばかり書くのよ。
その記者達を書き分け、1人の記者がSPの間からひょっこり顔を出す。
「日本の聖白新聞です! 黒蝶揚羽総理代行! 白銀カノンさん! 他のカストリ記者のクソみたいな質問なんてどうでもいいんで、今回の勝負パンツの色だけ教えてください!! 掲示……日本国民はみんなそれが気になって気になって夜も寝られないんですよ!!」
私と揚羽さんは聖白新聞の質問にずっこけそうになる。
全くもう! あそこはえみり先輩を記者にしている事といい、どういう基準で記者を雇用してるのよ!!
「やっぱり、勝負の赤ですか!? お姉さんのヴィクトリア元王女殿下も勝負ドレスは赤ですよね!?」
「赤じゃないわよ。もう!!」
めちゃくちゃ真面目な顔してメモるなばか!!
とはいえ、少しは和んだから許してあげてもいいわ。でも、私とか揚羽さんみたいにわかってる人ならいいけど、それ以外にやったらアウトだから絶対にやらないでよね。
聖白新聞が潰れたら、お財布が心許ないえみり先輩の収入源の一つがなくなっちゃうんだから。
って……もうニュースのトップ記事に上がってるじゃない!
他にもっとあげる記事があるでしょ……。
貴女も貴女で何がうちはスピードが命ですからみたいなやり切った顔してるのよ。もおおおおおおお! 絶対に掲示板民でしょ!!
やっぱり聖白新聞だけは接見禁止にしようかな〜。
私はそんな事を考えながら用意された車に乗り込む。
「お待ちしておりました。黒蝶揚羽総理代行、そして白銀カノンさん」
「えっ?」
「貴女は……!」
私と揚羽さんは対面に座っていたヴェールで顔を覆い隠したシスターを見てびっくりする。
このシスター服は間違いなく聖あくあ教のものだ。それに加えこの白銀の装飾は、幹部と呼ばれている十二司教のみに許されたものです。
「十二司教が1人、監督官のワーカー・ホリックね。どうして貴女がここに……?」
「理由はお二人と同じですよ」
ワーカー・ホリック? って事は確か……。
彼女の正体に気がついた私は警戒を解く。
「と、2人をびっくりさせるのはここまでにしましょうか。カノンさんは私の正体を知ってるみたいですしね」
クレアさんは顔を隠していたヴェールを脱ぐ。
えみり先輩から話は聞いていたけど、まさか本当にあの真面目なクレアさんがあの宗教の幹部だったなんてね……。
今でもちょっと信じられない私がいる。ん……? でも、文化祭のミスコンで見せた高度なプレイを思い出したら納得できるような気もします。
「貴女……確か、えみりちゃんの友達で白銀キングダムの教会でシスターをやってる……」
「改めて初めまして。黒蝶揚羽さん。聖あくあ教、十二司教がトップ、No.1の監督官ことワーカー・ホリックとはこの私、千聖クレアのもう一つの顔です」
聖あくあ教のトップがクレアさんだと知った揚羽さんが驚いた顔をする。
そっか、揚羽さんはワーカー・ホリックの正体について知らなかったんだ。
まぁ、普通の女子高生があのイカれた集団の幹部をやってるなんてだれも思わないよね。
「カノンさん、ペゴニアさんは連れてこなかったんですね」
「ええ」
息子のかのあと娘のあのんをスターズに連れてくるわけにはいかない。
そんな事をしたら、スターズに居る今だに王政にこだわってる人達によからぬ考えを抱かせてしまう可能性があるからだ。
だから、私が一番安心して自分の子供達を預けられるペゴニアにかのあとあのんの事を任せた。
「その判断は正解です。おそらくこの隙に乗じて日本でもアクションが起こるでしょう。故に私達もペゴニアさんと連携の取れる観測手と、十二司教最強のくの一を日本に残しました」
クレアさんが言うのだから、きっと聖あくあ教でそういう情報を掴んでいるんだろう。
はっきり言って、その可能性は予測していなかったわけじゃなかったけど、実際に襲撃されると聞いたら不安と心配で心が押し潰されそうになる。
「すでに白銀キングダムの皆さんと日本に残っている藤堂紫苑代表、皇くくり様には連絡しているので安心してください」
クレアさんの言葉を聞いて少しだけ安心する。
でも、だからといって100%大丈夫だって確信はない。物事に絶対はないからだ。
私は大丈夫……絶対に大丈夫だからと何度も自分に言い聞かせる。
「その上で2人にお願いがあります。世界連合の解体だけは絶対に止めてください」
揚羽さんは少し考えるようなそぶりを見せると、クレアさんに質問を投げかける。
「聖あくあ教としても、やはり世界連合の維持を望んでいると……?」
「いいえ。世界連合があろうがなかろうが、私達にとってはそんなのどうでもいいんですよ。どうせ、世界はいつかあくあ様のものになるのですから。私がお二人にそうお願いしたのは、単にあいつらの思惑通りになるのが癪だからです」
平常心でそう喋るクレアさんを見て、私と揚羽さんは顔を見合わせる。
クレアさんってまともだと思ってたけど、やっぱり聖あくあ教なんだ。
それに、今さらっとすごい事を言ったよね。世界はいつかあくあのものになる?
絶対に本人はそんな事を望んでないと思うよ。
後でクレアさんに、あくあは世界地図を見てニヤニヤするより、世界のお姉さん達のおっぱいを見てニヤニヤする方が好きだよって教えてあげないと。
「とはいえ、私たちにできる事は限られています」
「わかっています。だからお二人は日本が得意としている牛歩戦術でできる限り時間を稼いでください」
クレアさんはニヤリと笑う。
なんだろう。すごく悪い顔をしている。
「とりあえず今回の事で私達の利害は一致しています。ふふふ……今回の首謀者達にはみんな生きて捕まってもらって、この世には地獄よりも更に下があるって事を思い知らせてやりましょう。ええ、楽に死なせて地獄なんてぬるいところには行かせたりしませんよ」
クレアさんは目を見開くと瞬きせずに笑顔を見せる。
今、初めてえみり先輩が「最近、クレアが怖いんだよ……」って言ってた意味が少しだけわかりました。
でも、その後で「誰がクレアをこうしちまったんだ……」とも言ってたけど、それは絶対にえみり先輩の責任なので、自分でどうにかしてくださいね。
「そろそろ会場に到着します」
運転手さんの言葉を聞いたクレアさんは車のシートを開けると、その中に隠れようとする。
「それでは私はここまでです。ああ、心配しなくても運転手もSPも侍女も、全員聖女親衛隊ですから安心してくださいね」
いやいや、それを聞いてますます安心できなくなったんですけど!?
運転手やSP、それに侍女も全部、聖あくあ教の人達なの!?
えっ? ちょっと待って、もしかして聖あくあ教に入ってない私だけがおかしいのかな……。
絶対に気の迷いなのに、そんな気がしてくる。
「到着しました。安全を確保します」
私と揚羽さんはSPの人達が安全を確保した後に車から出る。
ホテルの前と同じように、ここにもかなりのメディアが待ち構えていた。
しかもそれに混じって多くの政治団体まで詰めかけてきている。
「世界連合反対! 世界連合反対!」
「カノン女王陛下万歳! カノン女王陛下万歳!」
「ステイツの支配を許すな!!」
「スターズ復活万歳! スターズ復活万歳!!」
ああ、本当にうんざりするわ。
メディアも政治団体も無責任に主張して、民衆を煽動して、それで余計に悪くなったら誰が責任を取るっていうのよ。
私達の子供や孫なのよ。まだ10代の私にそんなことを思わせないでよ。
「政治団体の方達、こちらで各主張用の無料Tシャツやプラカード配ってます。どうぞ!!」
ん? 私は日本語の書かれたTシャツやプラカードを配ってる人達へと視線を向ける。
【白銀あくあ最強! 白銀あくあ最強! 聖あくあ教聖女エミリー】
【みんなで胸部を解放しよう! 白銀あくあ教授】
【やはりパワー、パワーは全てを解決する! パワー教教祖森川楓】
【人類みな掲示板民!! 世界掲示板連合有志の民より】
私はそれを見て吹き出しそうになった。
いくら日本語がわかってないとはいえ、何やってんのよ。もう!!
どうせまた聖あくあ教でしょ! 私にはちゃんとわかってるんだから!!
でも、そのおかげで彼らの主張が何も入ってこないから許します。
「聖白新聞です! カノンさん、揚羽さん、最後に何色かだけでもおおおおおお!!」
うん、やっぱり聖あくあ教は許さないかな。
私は少しだけピクピクする。
「おい、そこのばか。私達まともな政治記者の邪魔するな!」
「うるせえ!! こっちはお前らジャーナリスト気取りの政治ごっこのおままごととは違って、自分の記者生命全部ベットしてんだよ! 世界の命運? そんなのよりあくあ様にとってはこっちの方が重要だろ!! お前も記者なら私みたいに覚悟決めてからこい!!」
絶対に記者生命を賭けるところを間違えてる。
でも、ありがと。日本から遠く離れたスターズに来ても掲示板民がそばにいるみたいな感じがして、少しだけ気持ちが楽になった気がする。
私と揚羽さんは真顔のままで議会が行われる会場へと入っていく。
「幾つかの代表団の到着が遅れているみたいです。議会の開始が少しだけ遅れると連絡がありました」
「わかったわ。ありがとう」
私は空き時間を利用して今のうちにトイレを済ませようと思った。
長くなるかもしれないし、出せる物は出しておいた方がいいしね。
私は用を足すと、洗面台の前でスマホの電源を入れる。
「あくあ……」
私は画面に映ったあくあの顔を見つめる。
「私、頑張るね」
私は画面に映ったあくあにキスしようとする。
しかし、その直前で私のスマホが振動すると、画面があくあからえみり先輩に切り替わった。
「もおおおおお! 間違ってあくあじゃなくてえみり先輩の画面にキスしちゃったじゃないですか!!」
私は電話に出る。
「ちょっと、えみり先輩。今、どこに居るんですか?」
『白銀カノンだな? 雪白えみりなら私のすぐ隣に居るぞ』
えっ? えみり先輩と違う声に私は一瞬だけ戸惑う。
どうして、えみり先輩の電話なのにえみり先輩じゃない人の声がするの?
最悪の事態を想定した私の心が急速に冷たくなる。
『頭のいい君なら一瞬で理解しただろうが、雪白えみりは人質に取った』
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
私は自分に何度もそう言い聞かせる。
「えみり先輩の声を聞くまで信用できません」
『いいだろう。少し待て』
私は胸の上で握り拳を作ると、不安で押しつぶされそうになる気持ちを強く持つ。
『カノン。わりぃ、捕まっちまった』
「えみり先輩。無事なんですか?」
『ああ、私は無事だ。お腹の赤ちゃんも大丈夫だから安心しろ』
私はえみり先輩の声と言葉を聞いて少しだけ安心する。
でも状況は最悪だ。考えろ、私。少しでも相手を情報を引き出せ。
「貴女達の望みはなに?」
『さすがは白銀カノンだ。話が早い。やはり政治家の黒蝶揚羽ではなく、一般市民に降嫁した君に電話をかけてよかった』
つまり、えみり先輩を誘拐した犯人達は揚羽さんには交渉してないって事か。
いくら揚羽さんがえみり先輩と仲良くても、政治家の、ましてや国家代表代理の黒蝶揚羽議員はきっと彼らの交渉には応じない。
でも、ただの一般人で今回は特別に帯同している私であれば話は違ってくる。
実際に私はえみり先輩を見捨てられないのだから、相手の選択は間違ってなかったのだろう。
「言っておくが私に決定権はないわ。今回は日本の代表団に特別に組み込んでもらっているだけだから」
『知っている。だが、メアリー様の名代として来ている君には採決の前に発言する事が許されているだろう? そこで好き勝手されると何か予定が狂ってしまうかもしれないからね。だから、君はあくまでも当たり障りのない事に終始して欲しいんだ。ああ、もちろん世界連合の解体に向けてアピールしてくれるならそれでもいいんだよ』
誰がそんな事……。
でも、えみり先輩を人質に取られている以上、私に選択肢はない。
「わかったわ」
『やはり君は話が早い。君とお話をするために各国の代表団の到着を遅らせて良かったよ』
なるほど、それもこいつらの仕業だったって事ね。
遅れている代表団は確かステイツと極東連邦か。
となるとやはり……いや、決めつけは良くないわ。
そう思わせるのもこいつらの手かもしれない。
「でも、えみり先輩は無事に返してくれるんでしょうね?」
『それは君の態度次第だ』
私はスマホを握る手に力を入れる。
何か……何か一つでもいい。えみり先輩の所在地に繋がる手がかりがないの?
『待て、何をする!』
電話の向こう側から揉み合うような音が聞こえてくる。
私は痛いくらい耳にスマホを押し付ける。
『カノン聞け!』
「えみり先輩! 今、どこに居るか……」
少しでもヒントになりそうな事を教えてください。
私がそれを言うよりも先に、えみり先輩が喋る。
『あくあ様が絶対にどうにかしてくれる! 世界に愛されたお前とこの私が愛した唯一の男、私達のあくあ様を信じろ!!』
そんなの言われなくてもわかってるって!!
今はそんな事よりもえみり先輩の所在地をですね。ああ、もう!!
電話の向こうから揉み合う音が聞こえる。
『ええい。早く返せ! 待て、どこを揉んでる! くそぉっ!!』
『ぐへへ! こっちは生まれた時から母ちゃんのを揉みしだいてるんだ。舐めんなよ!』
相手の通話が切れる。
でも、その前、ほんの少しだけど鐘の音が聞こえた。
私はその時、えみり先輩の所在地を確信する。
間違いない。電話をかけてきた奴らも犯人達もこの近くにいる……。
議会になった場所の隣には教会があったのを見た。
つまりえみり先輩を攫った人達は近くで様子を見ている。
だから私がここに入ったのが見えて電話をかけてきたんだ。
「ふぅ……」
私は軽く息を吐く。
やれる。私ならやれる。
私は自分にそう言い聞かせると、トイレから出て外で待っていた侍女にふらついて寄りかかる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
私は侍女の手にえみり先輩が捕まった事と、この付近にいる事を伝えるメモ書きを握らせる。
さっき、クレアさんは侍女も全員、聖あくあ教だって言ってた。
だったら彼女を通じてクレアさんに連絡が取れるはずだ。
「お願いできるかしら」
「もちろんです。お任せください」
優秀な子ね。メモを見てないのに私が言いたい事を1発で理解してくれた。
私は揚羽さんと合流すると、一緒に議会のある議場に入る。
「それでは世界連合の存続と解散についての議会を始める。各国代表団の代表者は前に出て主張を」
ステイツ、スターズ、極東連邦、アラビア半島連邦、日本……全ての代表団の主張が終わると最後に私の番が回ってくる。
「それでは最後に世界連合に多大なる貢献をしてくれたスターズの元女王陛下、メアリー・スターズ・ゴッシェナイト殿下の名代として白銀カノン、スターズ元王女殿下に採決の挨拶をお願いします」
私はゆっくりと立ち上がると壇上に登る。
「採決を取る前に、これまで世界連合の存続に対して長年貢献してくださった各国の皆様に多大なる感謝の気持ちをお伝えさせてください」
私はそう言って、一つずつの国に感謝の言葉をかけてはお辞儀をしていく。
大丈夫。えみり先輩には人質としての価値がある。
だからこんな引き伸ばしで殺されたりはしないはずだ。
「それでは採決の宣言をお願いします」
「いえ、その前にもう一言だけ宜しいでしょうか?」
私は議長を手で制すると、まっすぐと前を向く。
「世界は今、大きく揺れています。市民の中には、きっと不安に思う方もいるでしょう。ですから、どうか今、自分の隣に居る人の顔を見てください。1人の人は部屋や家から出たり、家族や友人に電話をかけるのもいいでしょう。神様は確かに心の拠り所になるかもしれません。しかし、いつだって人を助けてくれるのは人なのです。ですから、どうか貴方と貴方の隣人が今後も良き関係でありますように私から祈らせてください」
私は手を合わせて祈りを捧げる。
こういう時、自分の顔が良くて良かったなって思う。
誰にも有無を言わせない神聖な雰囲気で私は遅延行為に対する周囲の雑音を黙らせる。
みんな私が誰だか忘れてない?
こちとら終身名誉乙女の乙女の嗜み様よ。
どこぞの淫らな性女様の邪なお祈りと違って、私のお祈りの方が神聖でしょ?
「白銀カノン、これ以上の引き伸ばしは議場からの退場を求めます。それでもいいんですか?」
ここまでか。時間は十分に稼いだけど、あくあも総理も、メイトリクス大統領も間に合わなかった。
ううん、ここで私が諦めてどうするのよ!
私は少しでも粘るために、壇上で祈りを捧げ続ける。
「わ、私も共に祈りを捧げます!!」
スターズの代表団に居たお母様が席から離れ私の隣に座る。
お母様……ありがとうございます。
「私もスターズ正教の主教として祈りを捧げさせてください」
「私もアラビア半島連邦代表団の一員として祈らせてください」
スターズの代表団に混じっていたキテラとアラビア半島連邦に帯同していたマナート王女殿下が私達の両隣で片膝をつく。
みんな、ごめん。でも、絶対に、絶対にあくあ達は来るから!!
「皆さん、お戯を。さぁ、これ以上は時間の無駄です」
警備員の1人が私の腕を掴もうとする。
しかしその瞬間、議会の扉が大きな音を立てて開いた。
来た……!
誰しもがそう思った。でも、議場の入り口には私達が予想していなかった人物達が立っていた。
「はぁっ、はぁっ……まだ議決は終わってないよな?」
「ああ、なんとか間に合ったな」
「ああ、もう疲れた。でも、なんとかギリギリセーフみたいだね」
黛君、天我先輩、とあちゃん、どうしてみんなが!?
私は状況を理解できずに固まる。
「BERYLの諸君、ここは君たちのライブ会場ではないのだよ」
議会の議長が立ち上がると手を挙げる。
「悪いが今は神聖な議会の採決だ。ご退場頂こうか」
武装した警備隊が3人を取り囲む。
それを見たとあちゃんがニヤリと笑う。
「あーあ、いいのかな〜? これでも僕達は代表団の一員なんだけどなぁ〜」
「なんだと? 日本の代表団に君達の名前はなかったはずだが……」
議長は揚羽さんへと視線を向ける。
私も日本代表団のリストを確認したけど3人の名前はなかった。
念の為にリストを確認した揚羽さんも首を振る。
「ふっ。誰が日本の代表団だと言った」
「何!?」
天我先輩は指をパチンと鳴らす。
すると、奥の扉から見覚えのある2人の女性が姿を現した。
「アラビア半島連邦の真の代表シャムス女王陛下と極東連邦の真の代表スウ・シェンリュ皇帝陛下だ。この2人の議決参加に文句がある方は?」
黛君はメガネをクイっとさせると、ニヤリと笑う。
こ、これは、夜ドラで身につけた悪い演技をしている時の黛君だ。
「ところで僕が思うに、たった今合流したばかりのアラビア半島連邦と極東連邦は、採決の前にもう一度代表団で話し合う時間が必要なんじゃないか?」
黛君の言葉に周囲がざわつき始める。
確かにその手なら一応筋は通ってると思う。
議長は手に持った小槌でカンカンと音を鳴らせると、周囲に静粛にするようにと指示を出した。
「2人の参加は認める! しかし、議会の進行が遅れているために話し合う時間は取れない!! 今すぐに採決を開始する!!」
なんだろう。議長がすごく焦ってるように見える。
そう思っているのは私だけだろうか?
「それでは各代表団は……」
議長がそこまで言ったところで、横の大きな窓から大統領専用車が議場に突っ込んできた。
「HAHAHA! いいか、治世子。ステ車はこうやって使うんだ! 車体は重いし、装甲だけは頑丈にできてるだろ?」
「さすがです。アーニー。私も今度から車で突っ込む時はステ車にします!!」
車から降りてきた2人を見て何人かが顔を青くする。
ふーん、今、顔を青くした人達の顔はよく覚えておこうっと。
「ところで、ステイツの大統領と私の盟友である日本の総理大臣を抜きで採決なんてしてないだろうな?」
「あ、もしかして、これっていじめですか!? 国同士でいじめとか絶対に許しませんよ!!」
日本、ステイツ、アラビア半島連邦、極東連邦のトップが横に並ぶ。
もはや誰も何も言えない。でも、まだ最後のピースは完成していなかった。
大統領専用車がこじ開けた穴に真っ赤なスーパーカーが突っ込んでくる。
「へぇ、こんなところに議会の入り口があるなんてスターズってオシャレだな。これって芸術ってやつですか?」
ごめん、思わず吹き出しちゃった。だって、とあちゃんとかが普通に笑っちゃうんだもん。
もう、絶対に再会は感動的になるって思ってたのに。
真っ赤なスーパーカーから降りてきたあくあは助手席の扉を開いて、私のよく知っている女性をエスコートして4人の代表の間に立つ。
って、これじゃあお婆ちゃんが主役かあくあのヒロインみたいじゃん! もう!!
メアリーお婆ちゃんは私を見てニヤニヤした顔をする。ぐぬぬぬぬ!!
「さぁ、主役が全員揃ったみたいだし、もう一回採決を取ろうじゃないか」
メイトリクス大統領がニヤリと笑う。
さぁ、覚悟しなさい。ここからが私達の反撃開始よ!!
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