メアリー、私の騎士様。
先頭車両の屋根上に移動した私と治世子はハンドサインで合図を送り合う。
【先生、私は右の窓から行きます】
【OK、それじゃあ私は左の扉から行くわね】
私はスマートフォンを取り出すと、3510と接続して扉のロックを解除する。
よし、これで準備完了だ。
私は治世子に向かって指でカウントダウンをする。
3……2……1……。
私は治世子が窓をぶち破るタイミングに合わせて、扉を開けて中に侵入する。
「なっ!?」
反応が遅いわ。プロならいかなる時もぼーっとしてちゃあダメでしょ。
私は手に持っていた折りたたみ式の杖をまっすぐ伸ばすと、近くにいた賊の胸を突いて手元のボタンを押す。
「ぐわっ!?」
気絶した賊の1人が身体を痙攣させて後ろに倒れる。
あら、ごめんなさいね。電流の調整をミスったかしら。
「メアリー・スターズ・ゴッシェナイトだと!?」
「ごめんあそばせ」
こちらを振り向いた賊の銃を杖で引っ掛けて飛ばすと、再び電流を流して気絶させる。
私はどこかのパワー教の人達と違ってただのか弱い女子だ。
だからこういう小狡い道具を使っても許されるわよね。
「ふんぬっ!」
「ぐわぁっ!」
治世子に正拳突きで胸を突かれた賊の1人が運転室の扉ごと吹っ飛んでいく。
その勢いで運転室に居た賊も巻き込まれて倒れる。
あらあら、相変わらずパワー教の人はやる事が派手ね。
私は治世子に倒されて起き上がってこようとした賊の足を杖で突いて電流を流すボタンを押す。
ただ、ちょっと詰めが甘いみたいだけど。
「先生、運転室を確保しました!! 操縦は私に任せてください!!」
治世子は目をキラキラと輝かせる。
はいはい、列車を操縦してみたかったのね。言わなくても、わかってるわよ。
「それじゃあ治世子。ここをよろしくね。私はあくあ様達と合流するわ」
「はい、先生! やったー、リアルで列車でGOがやれるぞ!! ふぅ……帰ったら藤井議員に自慢したろ!」
全くもう緊張感がないんだから。
日本で心配してる奥さんや紗奈ちゃんが知ったらジト目になるわよ。
私は運転室から後ろの車両に向かう時に、うめき声を上げていた賊の1人に電流を流して気絶させる。
念には念を押して行くのが本当の乙女の嗜みよ。
「こっちだ!」
「急げ!!」
隣の車両の声を聞いた私はすぐに扉の影に隠れる。
全くもう、こっちはか弱い乙女が1人だっていうのに、少しは遠慮したらどうかしら。
私は落ちてる拳銃を拾うと、扉が開いた瞬間に杖で最初の1人を気絶させる。
「止まれ! 敵だ!!」
だから判断が遅いって言ってるのよ。
私は気絶した賊の1人を盾にして、構えた銃で2人目と3人目の手足を撃って無力化させる。
「嘘……だろ……」
あら、嘘じゃないわよ?
もしかして私が強いのはゲームの中だけだと思ったのかしら。
そうだったとしたらとても残念ね。
スターズの王族は未成年のカノンやハーミーを除いて全員従軍経験があるからそれなりに強いわよ。
まぁ、私はその中でも特別だけどね。
「うぅっ……痛い。痛いよ。ママ」
「頼む。殺さないでくれ!」
ろくにクリアリングもできてない兵士が居るところを見ると、兵士一人一人の質はそんなに高くないわね。
作戦の規模を大きくしすぎて自滅するなんて、まさに策士策に溺れるってやつかしら。私も気をつけないとね。
私は痛がってる連中を杖で気絶させる。
「さぁ、次の車両に向かいましょうか」
私は一歩前に足を踏み出す。
その瞬間、大きなブレーキ音と共に車両が揺れる。
『こちら運転室の羽生治世子だ。プログラムで制御されているのか、勝手にブレーキがかかった! 解除できません!!』
治世子の声に私はハッとする。
しまった! ここで車両の速度を落とすという事は、あいつらユーロスターズを廃棄して逃げるつもりね。
車両の窓から外を見ると、ヘリが真上に居るのが見えた。
私はインカムでみんなに指示を出す。
『みんな、相手はもう車両の中に爆弾を仕掛け終わってるはずよ! 全員で手分けして探して!! 私は逃げるあいつらを追う!!』
扉を開けた私は急いで屋根裏に乗る。
くっ、配役を間違えたかしら。私は全力で走ると、ヘリから垂れ落ちる梯子に飛びつく。
全く、もう! 私はユーロスターズから離れていく梯子を登る。
ブレーキが解除されたのか、私達の乗っていたユーロスターズが再び速度を上げていくのが見えた。
「はぁ……はぁ……」
私は警戒しつつヘリに乗り込む。
「って、誰もいない?」
私の位置から操縦席の操縦桿が自動で動いているのが見える。
まさか、自動操作って事!? ヘリの中に取り付けられたスピーカーから誰かの声が聞こえてくる。
『初めまして。メアリー前女王陛下』
初めて聞く声ね。おそらく婦人互助会の誰かでしょう。
私はインカムのボタンを押すと、インカムを繋いでいる全員にこの音声が聞こえるようにする。
『早速だが、これはさようならの挨拶だ。君はこのヘリと共にこの世から消えてもらう』
私はヘリから顔を出すと周囲の状況や高度を確認する。
ダメね。とてもじゃないけど飛び降りてどうにかなる高度じゃない。
『おっと、言っておくが飛び降りてなんとか助かろうだなんて考えるなよ。このヘリには爆薬を仕掛けてある。後ろを見たまえ』
私はヘリの後部に視線を向ける。この量の爆弾が市街地で爆発したら確実に死人が出るだろう。
なるほど、最初から誰でもいいから1人を確実に殺すつもりで爆弾を仕掛けていたわね。
『こんな市街地で爆発したらどうなるか、君なら簡単に想像できるだろ? だから、君にはチャンスをやろう』
嫌な予感がした私は後ろの座席から操縦席へと移る。
『今から君はこのヘリを操縦して、誰も巻き添えにしない場所を探して墜落するんだ。おっと、普通に助かろうとしても無駄だぞ。このヘリは着地した瞬間に爆発するようになっているし、爆弾にはタイムリミットがある。おまけに一定の高度以上に機体をあげると自動で爆発するようになっているから気をつけた方がいいぞ』
ほら、やっぱりね。
スターズ海軍でヘリの操縦を覚えておいて良かったわ。
私は昔の知識を思い出しながら、ヘリの操縦桿を握る。
『さらばだ。メアリー・スターズ・ゴッシェナイト。君はよく頑張った。あとは大人しくあの世から私達の作る旧き良き時代の世界を見守ってくれたまえ』
「何が旧き良き時代よ……」
そんなのクソッタレじゃない。
時計の針が進むように世界もまた進んでいる。
確かに私達人間は不完全だから途中で立ち止まったり、振り返ったり、戻ったりする事もあるかもしれない。
でもね。人間は前に進んでこそなのよ。進化を止めた先にあるのは退化じゃなくて滅亡なの。
あくあ様のおかげで、間違いなく日本や世界の男の子達は変わろうとしている。
ううん、男の子だけじゃない。
男の子達が変わった事で、女の子達だって変わろうとしている。
それなのに、苦しい時代を、昔を知ってる人達が変わらなくてどうするのよ。
私は、白銀あくあが作り出すこの未来にこそ光があると信じている。
だから……!
「あなた達の好きにはさせない!!」
ヘリの自動操縦プログラムが切れる。
操縦桿を握った私は、なんとか機体をコントロールしつつ、自動で爆弾が爆発しないように高度を下げていく。
どうする。どこなら被害を最小限に抑えられる?
私は視線を左右に動かすと、高速道路のそばにある丘陵を見つけた。
「あそこなら多分、被害が出ない。でも……」
確実に私は死ぬわ。でも、選択肢はそれしかない。
私がそちらに操縦桿を切ろうとした瞬間に耳につけたインカムから声が入る。
『メアリーお婆ちゃん、下を見て!!』
この声は……あくあ様!?
私は操縦席の横にある扉を開けると、そこから顔を出して下の様子を確認する。
すると見覚えのあるバイクが高速道路を逆走してた。
『ヘリをギリギリまでコントロールして、こっちに飛び降りるんだ!! 俺が絶対にキャッチするから!!』
いくらなんでも危険すぎるわ。
でも、私がいくら説得したところであくあ様は絶対に首を縦に振らないんでしょうね。
白銀あくあはそういう人だ。そう、私が初めて会った、あの日から。
『信じて……いいかしら?』
『もちろんだ。たとえ世界の全てが貴女の敵になっても、神様が貴女を殺そうとしても、運命や世界がそれを赦さなくても、俺が絶対に貴女を殺させたりはしない!!』
全くもう……。
私はニコリと微笑むと、心の中で少しだけ白龍先生達に同情する。
貴女達が勝とうとしてる男の子はとんでもなく強いわよ。
でも、貴女達が燃えちゃうくらい熱い男の子だっていうのはこの私が保証するわ。
『それじゃあいくわよ。だから、絶対に受け止めてね。あくあ様……ううん、あくあ』
『ああ!』
私はコースを決めると、操縦桿をワイヤーで固定させる。
これでいいわ。後ろの座席に移動した私は顔を突き出して目標のポイントを見る。
2本の高速道路橋、そのうちの1つにあくあ様が逆走していた。
『メアリーお婆ちゃん……いや』
あくあ様はヘルメットを脱ぎ捨てる。
そして私を安心させるように、自信に満ち溢れた頼り甲斐のある顔でこう言った。
「飛べ! メアリー! 俺を、白銀あくあを信じろ!!」
その瞬間、自分でも覚悟が決まった。
私は勇気を出してヘリから飛び降りようとする。
でも、その瞬間、ヘリが気流に乱されて少しだけ機体がふらつく。
「あっ」
足を滑らせた私は予定より早く落下する。
ダメ。これじゃあ高速道路橋の上じゃなくて、2本の高速道路橋の何もない空中に落ちるだけだ。
私の脳裏に走馬灯が走る。
あくあ……。
大丈夫。貴方ならきっとやれるわ。だから、あとはお願いね。
全てを諦めて死を覚悟した瞬間、バイクをウィリーさせたあくあの姿が目に入る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一体……何をしてるの? ううん、何をしたの!?
バイクで高速道路橋を飛び出たあくあは、バイクの上に乗るとそこからさらにジャンプする。
「俺を! 白銀あくあを! 舐めるな! 死神やろおおおおおおおおおおおお!」
あくあ様はそのまま私をキャッチして抱きしめる。
スローモーションになった世界で、私とあくあ様が空中をくるくると回転していく。
あくあ様が運転していたバイクとは反対側にある高速道路橋。つまり、私達が今まさに上を飛んでいる高速道路橋を走っている車が視界に入る。
あっ、だめ。ボンネットにぶつかっちゃう!!
そう思った瞬間、ボンネットに取り付けていたエアバッグのようなものがポンっと音を立てて開く。
あくあ様はボンネット側に背中を向けると、私とあくあ様の体が包み込まれるようにそこに落ちた。
「メアリー、大丈夫か!?」
「う、うん。私は大丈夫よ」
ぶつかったのは自分なのに、まず最初に私の事を心配するなんて……。
私は握り拳をギュッと握ると、ドキドキする心を抑える。
って、それどころじゃない。私の飛び降りたヘリは!?
あくあ様と一緒に空を見上げると、直進したヘリが丘陵にぶつかって爆発炎上した。
幸いにもヘリが墜落した先の周囲には何もなく、被害が出ずに済んで良かったと胸を撫で下ろす。
「ふぅ、なんとか間に合ったぜ……。イーサンのやつめ。無茶言いやがって」
車の中から1人の男が降りてくる。
その顔を見たあくあ様は固まった。
「白銀あくあ……こうやって会うのは、久しぶりだな」
「お前……」
カノンに無礼を働こうとした男、ケンはあくあ様に向かって手を伸ばす。
あくあ様はその手を掴むと体を起こして貰う。
「どうしてここに……って思うだろ? 俺にも色々あったんだよ」
聖あくあ教が管轄しているIAFに所属している構成員のケンはバツの悪そうな顔をする。
自分の身分を明かすわけにもいかないから、きっと説明しづらいのだろう。
「詳しい事情は話せないが、ともかく、俺はお前とそこにいるメアリー様を助けに来た。それでいいな?」
「あ……ああ」
ケンは私の顔を見ると頭を下げる。
「ご存知ないかもしれませんが、昔、俺は貴女の孫娘に対して酷い事をしようとしたんです。あの時は本当にすみませんでした」
「え、ええ、知ってるわ。そして罰を受けた後は、頑張ってるってことも」
確か、カノンや秋山幸さん、過去に被害にあった女性達にも手紙や直接での謝罪をして、ちゃんとした賠償を行なっていると聞く。
ケンはもう一度、私に対して深く頭を下げるとあくあ様へと体を向ける。
「お前にも酷い事をしようとした。あの時の事は、本当に悪かったと思っている。反省したと言っても信じてくれないかもしれないが……すまない。謝罪して心が軽くなるのは俺の方なのに、お前に対しても、誰に対して謝罪する以外の言葉が出てこないんだ……」
謝罪に意味はない。形だけ謝罪しても罪は消えない。
確かにその通りなのかもしれないけど、彼は言葉だけじゃなくて深く反省しているように見えた。
「本当は今日だってお前に会うつもりはなかったんだ。でも、仕方ないだろ……飛ぶだなんて思ってなかったんだから」
私は自分の口元に手を当てて笑いそうになるのを堪える。
そうよね。私も飛ぶなんて思っていなかったわ。
「ケン……」
あくあ様はそう呟くと、何も言わずに彼の体を抱きしめた。
その行動にはケンだけじゃなくて、私もびっくりする。
「ありがとう。お前のおかげで俺の大事な人が怪我せずに済んだ」
だ、大事な人って!?
私は年甲斐もなく動揺する。
全くもう、本当に貴方って人は!!
「お前……こんな俺にも感謝してくれるのかよ……」
ケンは拳を強く握りしめると、瞳を激しく揺らせる。
「確かにお前が過去にやった事は消えない。その罪だって一生背負っていかなきゃいけないものだ。それでもな、罰を受けてできる限りの罪を償って、前を向いてやり直そうとしてる奴に、頑張れって声をかけるのは間違ってるとは思わない」
ああ、やっぱり私は、心の底からこの人の事が好きだなぁと思った。
ケンは目を閉じると涙を流しそうになるのを必死に堪える。
「ありがとう……」
ケンは手に持っていた車のキーをあくあ様に放り投げる。
「受け取れ。白銀あくあ」
「えっ? いや、でも。俺、バイクはともかく車なんて、映画の撮影の時に練習しただけで無免だし……」
ケンは後ろのコンテナに向かうとボタンを押してハッチを開ける。
するとそこには真っ赤なスーパーカーが格納されていた。
「こんな目立つ車、どうかと思ったんだがよ。でも、ベルナールのおっさんが、議会に突撃するならステイツの映画に出てくるような派手な車の方がいいだろって」
コンテナからゆっくりと車が降りてくる。
「いいか、よく聞け、白銀あくあ。スターズは王政から民主制に変わった。しかし、それでもお前がメアリー・スターズ・ゴッシェナイト前女王陛下の騎士である事には変わらない。言っておくが、元王族にしろ王族の騎士ってのは只の名誉職や形骸化された称号じゃねぇ。この国における自由のライセンス、いかなる法律や規則にも縛られない免罪符を与えられたって事だ。つまりお前はこの国で何しても大丈夫ってことなんだよ!!」
「な、なんだってー!?」
取ってつけたような嘘だけど、きっと後で本当の事になるんでしょうね。
どうやら彼がここに来た事といい、スターズの現代表であるオードリー・ブラッドレーは裏から聖あくあ教にコンタクトを取って連携しているみたいだ。へぇ、中々やるじゃないの。
私達の目の前に降りてきたスーパーカーのガルウィングがパカっと開く。
『早く乗ってください。マスター』
「って、その声は3510!?」
そういえば、あくあ様はフォーミュラの映画で3510と認識があったのよね。
私とあくあ様の2人はガルウィングをパカパカさせて搭乗を急かすスーパーカーに乗り込む。
『お久しぶりですマスター。AI3510が安全で快適なドライブをマスターに御約束いたします』
私はコンソールに取り付けられた制御タブレットの画面へと視線を向ける。
あくあ様はわかってないみたいだけど、こいつ、今、スターズが持っている道路監視衛星と信号機を制御するプログラムと、一般自動車に取り付けられたGPSを管理する衛星を当たり前みたいにハッキングしたわね。
「白銀あくあ……お前はクソみたいなこの俺を救ってくれた。だから、行け! 白銀あくあ。この世界を変えられるのも、俺みたいなクソッタレ共を止められるのも、お前だけだ!!」
「……わかった。あとは俺に任せろ、ケン!」
あくあ様はそう言うと、窓を閉めてアクセルを踏み込んだ。
私はミラーに映ったケンの姿が小さくなっていくのを見て目を細める。
人は変わっていく。彼の罪は一生残り続けるのかもしれないけど、それでも変わることに意味があると思った。
私は隣に座るあくあ様へと視線を向ける。
その視線に気がついたあくあ様が心配そうな顔で私を見つめ返した。
「メアリーお婆ちゃん、どうかした? もしかして、やっぱりどこか怪我してたりとか!?」
「ううん、大丈夫。なんでもないの」
いつだって人が変わる瞬間には彼が、白銀あくあが居る。
だから私は彼に賭けたんだ。この人なら、きっとこの世界の悪いところを全部変えてくれるって。
ほんの少しだけ私たちはお互いの顔を見つめ合う。
『ピーッ! ピーッ! 警告、警告! マスター、前を向いてください。わき見運転は罰則の対象になります!』
全く、このポンコツAIは気が利かないんだから!
どうせ何かあっても貴女が自動運転するんだから、絶対に事故なんて起こらないでしょ! もう!!
私はあくあ様が視線を前に戻したのを見て、もう一度だけ隣に座るあくあ様の顔を見つめる。
白銀あくあ、私の騎士。大好きよ。貴方の事が。誰よりもね。
私は笑みを浮かべると、気を引き締め直して前を向いた。
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