白銀あくあ、熱い夜。
本日2度目の更新です。
どれくらいの長い時間、俺たちは見つめ合っていたのだろうか。
時間にして僅かに10数秒くらいだったのかもしれないけど、そう感じてしまうほどに、俺たち二人の空間だけが周囲の時の流れから置き去りにされてしまったようだった。
二人の息遣いが混じり合うような距離感で、触れ合った場所からお互いの熱が行き交う。
俺は無意識に、人差し指を伸ばして月街さんの髪に隠れた耳の輪郭を指先でゆっくりとなぞっていく。
確か小雛さんはこういうところを触られるの好きだって言っていたような……。
すると月街さんは少しムッとした表情を見せる。
もしかして、そこを触られるのはあまり好きじゃないのだろうか?
俺は指先を曲げると今度は親指と人差し指で耳たぶを軽く挟む。
すると月街さんは頬を膨らませてむくれた表情を見せる。
「白銀くん……私は小雛さんじゃないんだけど」
「あっ……ご、ごめん」
小雛さんが耳を触られるのが好きでも、月街さんがそこを触られるのが好きかどうかは違う。
無意識とはいえ、俺は月街さんに最低な事をしてしまったと反省する。
「そこじゃなくて、違うところも触ってみて」
「あ、あぁ」
俺は指先を滑らせて、首筋の方へと下ろしていく。
「あ……」
漏れた月街さんの声が俺の首筋にかかる。
俺は手のひらを広げて、月街さんのうなじの部分に指先をかけた。
「そこ……は、いや……じゃない……かも」
濡れた前髪が横に流れて、水滴のついた月街さんの綺麗なおでこがあらわになる。
今思えば、こうやって至近距離でじっくりと女の子の顔を見るのは初めてのことかもしれない。美少女って生え際まで綺麗なんだなと、俺は少し感心した。
落ちた水滴が、月街さんの長いまつ毛に引っかかる。その重みで月街さんは小さな瞬きを繰り返す。俺はもう片方の手の指先でその水滴を掬いあげる。
「ありがとう……後、睫毛を触られるのも嫌いじゃないかも」
薪ストーブの淡い光が、月街さんのほんのりと赤く染めた頬を優しく照らす。
普段の月街さんらしくない女の子らしい反応に、俺の胸の奥が自然と熱くなる。
「ね、ねぇ、よかったらだけど……私も、貴方の体、触ってみてもいい?」
「あぁ、別にいいけど……」
月街さんはおっかなびっくりと言った感じで、ツンツンと俺の腹筋をシャツの上から人差し指で優しく突っつく。
そして覚悟を決めたのか、えいっと小さな掛け声と共に俺の腹筋を両手で触った。
「す、すごっ、貴方の体すごくカチカチじゃない。女の子のお腹周りとこんなにも違うのね。言っておくけど、本格的に部活やってる子でも、こんなに腹筋割れてないわよ。どうやったらこんな風になるのよ」
勢いがついたのか、月街さんは俺の胸部や肩、腕の部分などの筋肉を確認するように、上半身の至る所に優しい手つきで触れていく。
「……ランウェイの時の貴方のウォーキングとか、服を着た時の姿勢がいいのって、鍛えてるからなのかしら?」
「あー、あとは体幹バランスとか、俺、ダンスもやってるから、多分そっちの方が重要だと思う。一応、コロールと契約してからはウォーキングの基礎練習もやってるよ」
「ふーん、そうなんだ。私もライブでダンスやってるから体幹バランスやってるけど……ねぇ、今度よかったら一緒に練習しない?」
「いいよ。俺も月街さんがどういう練習してるのか気になるし」
「わかったわ……でも、練習の時、私、結構薄着だから、あんま見ちゃダメだからね。そういう目で見られたら、わ、私だって少しは意識するんだから」
「極力善処します……」
「ふふっ」
自然と笑みをこぼした月街さんに釣られて、俺も笑顔を返す。
さっきまでの雰囲気が嘘みたいに、緊張感が解けたのか穏やかな空気が俺たち二人の間に流れる。
気がつけば、窓ガラスを揺らしていた雨音が聞こえなくなっていた。
それすらも気がつかないほど、俺は目の前の月街さんに夢中になっていたのだろう。
薪ストーブの火が弱まって消えかけている。雨が止んで、雲の隙間からこぼれ落ちる月の光が、月街さんの顔を照らす。その姿はとても幻想的で、彼女の美しさに見惚れてしまう。
そんな俺を見た月街さんは俺の方へと顔を近づける。
月街さんは唇を開くと、俺の耳元で小さな声で囁いた。
「でも……少しなら見てもいいよ」
「え?」
月街さんはそっと体を起こすと、お互いの呼吸音が聞こえるくらいの距離感で押し止まる。
一見すると最初の時と同じ状況に戻ったように思うが、俺たちの間に流れる空気感には多少なりとも変化があった。
「月街さん……」
正直、一人の男としては我慢の限界を迎えていた。
俺だって男だから、女の子に興味がないかと言われたら、そんな事はない。
でもそれでいいのか? いいわけないよな。ここから先は、付き合ってるもの同士がすることだ。
「あ……」
俺は月街さんの体を引き剥がそうとしたが、その瞬間、何か違和感のようなものを感じる。
冷えた俺の体に対して、月街さんの体はとても熱い……熱、すぎないか?
ハッとした俺は、月街さんの体を引き剥がすと、彼女の額に手のひらを当てる。
人によって体温は違うだろうけど、月街さんは明らかに通常よりも体温が高かった。
「月街さん、これ……いつから?」
「くしゅん」
小さくくしゃみをした月街さんは、とろけたような表情で俺の体にぎゅーっと抱きついた。
「白銀くんの体って……ひんやりしてて気持ちいいのね」
俺は慌てて近くに置いてあった毛布を手に取ると、抱き合った俺と月街さんの体の上からぐるりと巻くようにかける。そのまま俺は月街さんを抱き抱えて、消えかかった薪ストーブの炎を再び点火させた。
「月街さん、風邪薬とか持ってる?」
「んー? 常備薬ならポーチの中に入ってると思うけど?」
俺は近くにあった小さなポーチを開ける。
中がぎっしりと詰まっていたので、申し訳ないと思ったが暗くて中が探しづらいので、ひっくり返して中身を外に放り出した。
「ごめんね。あとでちゃんと片付けるから」
月街さんの使ってる風邪薬は、俺が使ってるのと同じ錠剤タイプの常備薬だったからすぐに見つかった。
「月街さん、お薬飲める?」
俺は風邪薬の蓋を開ける。
「……アヤナ」
「え……?」
月街さんは甘えたような声を出すと、子供のように口先を尖らせた。
「優しい声で、アヤナって呼んでくれなきゃやだ」
「あー……それじゃあアヤナ、お薬飲める?」
俺は錠剤を3粒取り出すと、手のひらに乗せてペットボトルと一緒にアヤナの前に差し出す。
「ん……」
ごっくんと、喉を鳴らす音が聞こえる。
「ありがと……」
薬を飲んでホッとしたのか、アヤナは俺の体の上に頭をもたしかける……。
おい、嘘だろ……流石の俺もこの状態で一夜を過ごすのはきついって!
でも月街さんは疲れていたのか、俺の体の上でスースーと寝息を立てる。
俺は月街さんを抱き抱えたまま、薪ストーブの前にもう一度座ると毛布にくるまって静かに夜を明かす。
もちろんこの間、たったの一睡もできなかった。誓っていうが何もしていない。
正直、いくら相手が弱っていて手を出す状況ではなかったとはいえ、こんな美少女を一晩抱き抱えたままで、一切手を出さなかった俺の理性を褒めてほしい。
「白銀くん、大丈夫!?」
「あ、あはは……まぁ、何とか」
翌日、スタッフの人たちと阿古さんが朝一番に迎えにきてくれた。
俺はエンジン音が聞こえた段階で服を着替えて、アヤナを起こす。
「あ、ご、ごめん……」
「こ、こっちこそ、あ、ありがとう……」
目が覚めたアヤナは顔を赤くする。お互いの間に妙なギクシャクとした空気感が漂う。結局手を出そうが出すまいが、ギクシャクした状態には変わらなかった。
「あ、それじゃあ、また」
「う、うん……」
アヤナの熱は下がっていたけど、向こうの事務所の人は、一応念のために病院に連れていくと言っていた。俺は緊張の糸が途切れて頭がぼーっとしてくる。なんだかここまでくると、昨日のあれは夢だったのじゃないかとさえ思えてきた。そんな俺をみて、アヤナはそっと顔を近づける。
「あくあ……またね」
アヤナに下の名前を呼ばれた事で、俺は昨晩のことが夢でも幻でもなかった事を再確認させられる。
結局、その日の撮影はお休みになってしまったのだが、俺は疲れのせいか夜には熱を出して翌日の撮影もお休みになってしまった。
顔触って、腹筋触ってるだけでアウトとかないよな?
だいぶ削って半分くらいになった……。




