白銀あくあ、闇のゲームと亡国の爆裂閃光弾。
俺達はステイツの諜報機関が使っているワルシャワの臨時拠点にたどり着いたものの、すぐに何者かの襲撃を受けてしまう。
「治世子、あくあ君。こっちだ急げ!!」
俺と羽生総理は先頭を走るメイトリクス大統領の後についていく。
まるで映画のワンシーンのようだ。
『見つけたぞ! あそこだ!!』
『狙え狙え!!』
俺達はタイミング悪く、建物の中に入ってきた連中と遭遇してしまう。
「かわせ!」
うぉっ!? あっぶねぇ!!
俺と先頭を走っていたメイトリクス大統領は息を吸うかの如く銃弾を回避すると、近くにある壁に横っ飛びして咄嗟に身を隠す。
いついかなる時も銃弾が飛んできても回避できるようにイメージトレーニングしておいてよかった。
学校の授業を受けてる時に窓からテロリストが飛び込んできても、どうにかなるように普段から学校でイメージトレーニングしていたのが功を奏したのだろう。
そう、男子たるものみんながやっている事だ。
「治世子、これを使え!!」
メイトリクス大統領は近くの机に置いてあったジェラルミンケースを手に取ると、遅れてやってきた羽生総理に向かって放り投げる。
「うおおおおおお!?」
ジェラルミンケースを盾にした羽生総理は銃弾をガードして物陰に隠れる。
すげぇ。なんて頑丈な鞄なんだ。俺もあんな鞄が欲しい!!
「海馬製鞄のジェラルミンケースだ。銃弾を防いでヨシ! 人を殴ってヨシ! 大事にしているヘブンズソードカードをその中に入れておけば、傷一つつく事なく守ってくれるぞ!! 治世子、バッグを開けて中身を見ろ!!」
メイトリクス大統領の指示に従って、羽生総理がジェラルミンケースを開ける。
「「こっ、これは!?」」
ジェラルミンケースを開けた俺と羽生総理は声を出して驚く。
何故ならジェラルミンケースの中にATGのレアカード、ブルーアイズ・ホワイトドレス・カノンが3枚も入っていたからだ。
ちょっと待って。なんで、世界に3枚しか存在しないレアカードがここに!?
いや、そういう問題じゃない。このカードが一体なんの役に立つというのだ。
もしかして俺のやる気アップのためか? なるほど、確かにやる気が出てきた!!
「よく見ろ、あくあ君。これはカノンさんの方じゃなくて、パチモンのえみりちゃんの方だ!! そもそも実在する3枚はえみりちゃん、カノンさん、ヴィクトリア様の3人が持ってるじゃないか!」
そういえばそうだった……。
俺が持っていたブルーアイズ・ホワイトドレス・カノンのカードは、ヴィクトリア様との夜の……んんっ! 闇のゲームに負けて奪われたんだよな。
いやあ、あれは本当に死闘だった……。
「あくあ君、急にボーッとしてたけど、大丈夫か!?」
「あ、すみません」
ふぅ、俺とした事が軽い現実逃避をしそうになってしまった。
でも、このカードになんの意味があるというんだろう?
「そのカードの下にある我が国が開発した新型閃光弾。亡国の爆裂閃光弾を使え!」
すげぇ。なんかのスパイ映画に出てくる秘密の武器みたいだ。
羽生総理はカードの下から3つの閃光弾を取り出すと、そのうちの一つを襲撃してきた連中に向かって放り投げる。
『うぉっ!? まぶしっ!』
事前に閃光弾の使用がわかっていた俺たちは、咄嗟に目を閉じて閃光弾の眩しい光を回避した。
「今だ、走れ!! こっちだ!!」
俺と羽生総理の2人はメイトリクス大統領の後に続いて来た道を戻る。
って、こっちは行き止まりじゃないんですか!?
メイトリクス大統領は一体どうするつもりなんだろう。
さっきの部屋に戻ったメイトリクス大統領は、本棚の中に入ってる本を一冊ずつ引き抜いていく。
「あくあ君、手伝ってくれ! きっと、どれかが秘密扉の鍵になってるはずだ! それと、治世子は足止めを頼む!!」
「わかりました!!」
「任せておいてください。アーニー!!」
羽生総理は追って来た連中に2個目の閃光弾を放り投げると、棚を倒したり机を移動させたりして部屋の入り口でバリケードを作る。
俺はメイトリクス大統領を手伝うために、本棚の本へと視線を向けた。
【あいどるのおしごと、1/著者:白龍アイコ】
【御神体の正しい磨き方講座/著者:ワーカー・ホリック】
【新・保健体育/著者:白銀あくあ教授、翻訳:黛慎太郎】
【新訳聖書/著者:聖女エミリー】
【世界に通じる正しい土下座の仕方/著者:羽生治世子】
あっ、俺の書いた教科書があるじゃん!
俺はなんも考えずにその本を引き抜いた。
すると、本棚が音を立てて左右に開いていく。
すげぇ。これもスパイ映画とかで何度も見た光景だ。
天我先輩にこの光景を見せたらすごく喜ぶだろうなと思った。
「あくあ君。よくやった! さぁ、これに乗ろう!」
「は、はい。わかりました!」
俺とメイトリクス大統領の2人は本棚の中に入る。
なるほど、昇降ボタンがあるって事は中がエレベーターになっているのか。
「治世子、早く!!」
「わかってます。アーニー!」
羽生総理はエレベーターに乗り込むと、バリケードを爆弾で吹っ飛ばしてきた襲撃犯達に向かって閃光弾を放り投げる。
良いタイミングだ。
その隙にエレベーターの扉を閉じて昇降ボタンを押すと、乗っていたエレベーターが下に向かって動き出す。
「ふぅ。危機一髪だったな」
「ええ……って、このエレベーター、なんか狭くないですか?」
俺は狭い空間の中で羽生総理とメイトリクス大統領に挟まれる。
「す、すまない。しかしこれは不可抗力なんだ」
「ご、ごめんね。あくあ君。でも、わざとじゃないから」
「いえ、大丈夫です」
俺はキリッとした顔で、頭の中の小羊先輩の数を数えてこの気まずい時間をやり過ごす。
そんなしょうもない事をしていたら、乗っていたエレベーターが出口に到着した。
「こっちだ!」
俺達はちょうど近くに止まった路面電車に乗り込んでその場を後にする。
それからしばらくして路面電車を降りた俺達は、古いステイツの映画に出てくるような安いモーテルを借りた。
「アーニー、これからどうするんですか?」
「ワルシャワから更に西に向かう。世界連合の解体が目的なら、まずはそれを阻止したい。そしてその間に私達はどこの誰が裏切り者なのかを見つける必要がある。大統領専用機の航路がバレていた事、中に襲撃犯の一味が紛れていた事を考えたら、やはりステイツ側に裏切り者がいるのは確かだ」
メイトリクス大統領の話を聞いていた羽生総理が少し考えるような素振りをした後に口を開く。
「いや、アーニー。それも相手の手の内かもしれません」
「治世子、それはどういう事だ?」
「ここまでの情報を整理する限り、相手の目的は世界連合の解体というよりも各国に疑心暗鬼を募らせるのが本当の目的のような気がします。故に内部に裏切り者が居ると私達に悟らせるのも今回の犯人の手の一つなのではないでしょうか? となると……次の一手は私達、日本が標的の可能性がありますね」
羽生総理が俺の顔に視線を向ける。
えっ? 俺? 俺がまたなんかやっちゃってるって事、流石にないよね?
「もしかして……AI3510の事か?」
「はい。私の計算では、墜落して24時間以上が経過した今でも、彼女達があくあ君を見つけきれてない事に強い違和感を感じてます」
AI3510って……確かAIの事だよな?
それに彼女達って、誰の事だ?
俺は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
羽生総理はテーブルの上に置いたあったリモコンを手に取ると、テレビの電源を入れた。
『臨時ニュースです。現在、東スターズ共和国はスターズに対して、ネット上を騒がしている自国内でのスパイ活動の有無について確認をとっています。また、極東連邦がステイツに対して、ネット上に公開された秘密作戦が実際に行われていたかのどうかについて正式に問い合わせを申し入れをしました。そしてこちらもまたネット上に公開された東アラビア半島連邦と日本の化石燃料取引に関する密約の有無について、北欧スターズ共同体は事実関係を調査するとの表明があり、首脳会談が行われるここ、スターズのロンドンは大きく揺れています』
くそっ、現地の言葉だから何言ってんのかわかんねぇ!!
ニュースを見たメイトリクス大統領は目を見開くと、隣に居た羽生総理を見つめる。
「まさか、AI3510がハッキングされたのか? やはりAI3510は各国の情報を……」
「そう思わせるのも相手の思う壺だという事ですよ。単純な話、データ通信を行ってる時点で衛星には通信のログが残っています。ハッキングなんてしなくても、もっと簡単に情報を盗み出す事ができる人達がいる。つまりはそういう事です」
「なるほど、軍事産業はもちろんこと、通信会社などのインフラに関係する基幹産業の企業の大半は旧婦人互助会の創設メンバーが創業主だ。ああ……だから大統領専用機の航路がわかったのか。メンテナンスを担当しているのは大統領専用機を設計、製造した我が国の軍事産業の一つだ。技術作業員として乗り込まれていたらさすがにどうしようもない。となると、やはりまことしやかに囁かれていたあの噂は本当なのか……。くそっ!」
婦人互助会って歴史の教科書で習ったあの婦人互助会の事だろうか?
確か、男性が少なくなって婦人互助会ができた事で世界は平和になっていって、その教えを世界各国に広めるためにスターズ正教ができたって習った気がする。
うーん、ただの男子校生である俺には話の筋があまり見えてこないが、難しい事は大人の2人に任せておこう。
俺のミッションはあくまでも、2人を連れて3人で無事に帰る事だ。
「アーニー、首脳会談のあるロンドンに向かいましょう。婦人互助会が相手なら、今の我々にできる事はありません。末端の構成員が捕まえられたとしても、彼女達が関わっているという証拠も見つからないでしょう。そもそも婦人互助会は表向きには形骸化された組織が残っているだけですしね」
「そうだな。婦人互助会が残っているというのはただの噂でしかない。となると、今の私達ができる事は各国の首脳が参加する首脳会談に参加して、世界を引っ張るリーダーとして私たちの確固たる意思と団結を示す事だけだ」
羽生総理はメイトリクス大統領が差し出した手を掴む。
「アーニー……いいのですか? 今回の件に限らず、AI3510が実際にそちらの秘密情報をハッキングしている可能性もゼロじゃない。それに私達政府はAI3510に一切関与してないが、AI3510を保持しているのは日本だ」
「気にするな。日本が我々の動向を監視しているように、私達もまた日本の動向を監視している。こういうのはお互い様だ。重要なのはそれで得た情報を悪意を以って扱うかどうかだと私は思う。知り得た情報でお互いの国が正義や道理に反した行動を取らない限り、私たちは良き隣人であり、貴女と私はただの友達だ」
メイトリクス大統領は手を引くと、羽生総理と熱いハグをする。
是非とも今回の犯人達に見せたいシーンだ。
本当に世界を良くするっていうのはこういう事だぞと。
「それにAI3510……いや、彼女達には個人的に感謝している。婦人互助会の息がかかっているであろうスターズ正教の影響が衰えたおかげで私は当選できたようなものだからな。そうじゃなかったら選挙で勝っていたのも私じゃなくてローゼンベルグ前大統領だった」
「全く、貴女という人は……では、できる限り、貴女が長くやれるように私も神に祈ってますよ。ああ、もちろんスターズ正教が崇めてる神じゃなくて、こっちの神様をね」
何を言っているのかは聞き取れなかったが、メイトリクス大統領は羽生総理の耳元で何かを呟いた後にお茶目なウインクする。
その後に俺を見た羽生総理が、俺に対してウインクをしてきた。
俺もその流れでメイトリクス大統領にウインクをする。
「うちの国もスターズ正教なんてやめて、こっちの神様にしようかな。やっぱり時代は会いに行けない神様より、会いに行けて握手できる神様よな」
「なんならハグもできて、お話もできますからね」
2人は俺を見てニヤニヤしながら、小さな声で何かを囁き合う。
あれ? もしかして俺に内緒で2人でコソコソ話ですか!?
仲間外れにされた俺は、ほんの少しだけ小雛先輩の気持ちが理解する。
しゃーない。帰ったら小雛先輩に、ほんの少し今よりも優しくしてあげようかなと思った。
って、騙されるな、俺! 普段から普通に優しくしてるし、それどころかもう完全に介護してるじゃねぇか!!
これ以上、小雛先輩にどう優しくしろっていうんだと自分にツッコミを入れた。
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