白銀あくあ、リアルラストサバイバー。
大統領専用車のエンジンをかけようとしたメイトリクス大統領はハンドルを勢いよく叩く。
「くそっ! だから私は言ったんだ!! ただ図体がでかくて燃費が悪くて小回りが効かないけど、見た目だけは最高にイカしてるステ車を大統領専用車に採用するなと!! 日本の治世子が乗ってるカリヤ製のリムジンなら崖から落ちても爆発炎上してもエンジンがかかるのに、雪山の寒さくらいでエンジンがかからないなんてこのポンコツめ!! さすがは愛おしきステ車だ!! ちくしょう!! 私はそんなステ車が大好きだ!!」
貶してるのか褒めてるのか、一体、どっちなんだろう?
俺は大艦巨砲主義みたいなステ車は見た目がカッコいいしデカくて好きだけど、確かに火炎放射器で燃やした後に氷の海に沈めてもエンジンがかかるカリヤ製の車の方が安心感がある。
そういえばアキオさんはステ車と日本車、両方のピックアップトラックに乗ってたっけ。
『白銀。ピックアップトラックはいいぞ。車体も頑丈だし、何より馬力がある。ある日突然テロリストに遭遇しても、そのままアクセルをベタ踏みして轢き殺せるからな』
師匠、映画じゃなかったら普通に犯罪です。
いくら相手がテロリストでも轢いちゃダメですよ。ちゃんと車から降りてグーで殴りましょう。
それが一番平和的な解決方法です。
俺がアキオ師匠の事を思い出していると、メイトリクス大統領が車から降りてくる。
「2人ともすまない。ここからは歩きで行こう」
「アーニー、気にしないでください。私達なら歩きでも車でもそんなに速度は変わりません」
「そうですよ。そのために毎日鍛えてるんですから!」
俺達に温かい言葉をかけられたメイトリクス大統領は涙ぐむ。
「2人とも、ありがとう!!」
俺達は気温0度に近い雪山を軽装で歩く。
やっぱり筋肉を鍛えておいてよかった。おかげで寒くても寒くないような気がしてくる。
これも筋肉を鍛える事によって得られるパワーバリア、またの名をやせ我慢のおかげだろう。
「くっ! 治世子、どうやら私はここまでのようだ……」
「死ぬなアーニーーーーーー!」
メイトリクス大統領を抱き抱えた羽生総理が目に涙を浮かべる。
あのー、2人とも景色が変わらずに退屈だからってさっきから定期的にふざけるのやめませんか?
「起きろ、アーニー! せっかく雪山で遭難したのに、あくあ君と山奥のロッジで身体を温め合うイベントを起こさないまま死んでいいのか!?」
「なんだってぇ!? そんな美味しいイベントがあるのか!?」
メイトリクス大統領がむくりと起き上がる。
それを見た俺はにこやかに微笑む。
雪山で遭難してから数時間が経ったけど2人ともコントができるくらい元気一杯でよかった。
すると起き上がったメイトリクス大統領が目を見開いて奥の方を指差す。
「おい、見ろ。治世子! あくあ君! 本当にロッジがあるぞ!!」
「「なんだってぇ〜!?」」
俺と羽生総理はメイトリクス大統領が指差した方へと視線を向けると目を細める。
ものすごく遠い位置にあるが、確かにあれはロッジだ。
俺達、パワー教の信者は視力が2.5以上あるので米粒みたいな距離にあるロッジでもはっきりと見える。
「本当だ!」
「みんな、あそこを目指すぞ!!」
「「おーっ!」」
元気の出た俺たちは走って雪山にあるロッジに向かう。
道中、熊の親子に遭遇したが、俺たちを見た途端に慌てて逃げ出して行った。
多分ここにくるまでに3人で100匹くらい熊を投げ飛ばしてるから、その情報が熊の中で共有されているのだろう。
熊といえば、うちで飼ってる小熊先輩は元気にしてるかなぁ。
逃げ出す子熊を見て、俺は少しだけノスタルジックな気分になる。
「あ、羽生総理、メイトリクス大統領、ありました! ロッジはあそこです!!」
俺はロッジがある方を指差す。
すると羽生総理とメイトリクス大統領の2人が手をとって喜び合った。
「やったー、ロッジだ。これは、イベント待ったなし!」
「ばか、待て! ……治世子。まだ慌てる時間じゃない。すぐに慌てるのは、私達、乙女の悪い癖だぞ!」
何を言ってるかよくわからないけど、2人とも本当に仲が良さそうで何よりだ。
世界のトップがどこもこんな感じだと、世の中には戦争なんて起こらないしきっとすごく平和な世の中になるだろう。
「すみません。誰かいますかー!?」
俺はロッジの扉をバンバンと叩いて声をかける。
もし、ロッジの中に悪人や敵対組織が潜んでいたとしても、日本人としてはやはり礼節を大事にしたい。
おはようございます。こんにちは。ありがとうございます。
たとえどこの国に行ったとしても、俺は日本人として挨拶とマナーだけはちゃんとしていきたい。
「いませんかー? 入りますよー!」
うーん、返事がないし人の気配もしない。
どうやらロッジの中には誰も居ないようだ。
さて、どうしたものか……。
俺が扉の前で悩んでいると、メイトリクス大統領が俺の前に割り込んできた。
「ここは私に任せろ。ふんっ!」
メイトリクス大統領は持ち前のパワーでロッジの扉についていた錠前を捻り切る。
いいんですか、それ!?
今は非常事態だし、後で外務省を通じて弁償するから問題ない?
なるほど、それならいいのかな……?
俺と羽生総理はメイトリクス大統領の後に続いてロッジの中に入る。
「よしっ、電気は通っているようだな。とりあえず火をつけよう」
俺達は、火をつけられるものを探すために小屋の中を家探しする。
家主さんすみません。でも、俺達も緊急事態なんです。
このお礼は後できっちりしますから。
「あっ、あそこに暖炉があります」
「こっちには乾燥した薪がありますよ!」
「2人ともナイスだ! 私が火をつけよう」
メイトリクス大統領は手慣れた手つきで暖炉に火を灯す。
俺達は暖炉の前で身を寄せ合って体を温める。
「ふぅ……服が濡れてるから乾かさないとな」
「ええ、そうですね。私もそれがいいと思います」
2人が血走った目で俺の事を見つめる。
なるほど、俺に服を脱いで筋肉を見せつけろってわけですね。
パワー教の信者なら、誰だって筋肉が気になるよな。
俺は2人に自分の筋肉を見せつけるために、上着を脱いで紐で吊って乾かせる。
「治世子……私はこの前、大統領に就任したばかりだが、もう退任したっていい」
「私も同じ気持ちです。アーニー。ですが、退任する必要はありません。共に土下座しましょう。この光景を目に焼き付けて」
2人とも土下座しなくていいし好きなだけ見ていいから、そっちも濡れた服のままじゃ風邪をひいちゃいますよ
ん。急に鼻の奥がむずむずしてくる。
「へっくしょん!」
あれ? 風邪ひいちゃったかな?
俺は人差し指で鼻先を擦る。
それを見た2人が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「あくあ君、寒いんじゃないか?」
「ほら、もっとくっつこう」
羽生総理とメイトリクス大統領の2人が俺の方へとそっと体を寄せてくる。
「総理……大統領……」
「「あ、あくあ君……」」
俺たちの間に良い雰囲気が漂ってきたところで、ロッジの扉がバーンと開いた。
『手を上げろ!!』
散弾銃を手に持った女性がロッジの中に入ってくる。
まさかこのタイミングで敵襲か!?
「言葉や格好からして、どうやら現地民のようですね」
「ああ、あれは狩猟用の散弾銃だ」
ゴーグルをつけたお姉さんの後ろから、別のお姉さんが顔を出す。
どうやらここに来たのは山小屋に入ってきたお姉さん1人じゃないようだ。
最初に入ってきたお姉さんに続いて、山小屋の中に次々と女の人が入ってくる。
全部で10人くらいか。
『お前ら、ここで何をしている?』
現地の言葉だ。
スターズ語は理解できる俺でも、お姉さんが何を言っているのか全く理解できない。
「アーニー、ここは私が」
「ああ、任せる」
羽生総理が俺達を代表して前に出る。
おお、流石です。総理。
外交でレスバするために複数の語学を喋れると聞いたけど、本当だったんですね。
『すまない。私達は雪山で遭難して服を乾かしていたんだ』
『遭難? 奥にいる女はともかくとして、お前はどう見ても外国人だろ!!』
お姉さんは警戒心を増したような顔をする。
羽生総理、本当に任せて大丈夫なんですか!?
『ん? お前、その後ろにいる奴! 前に出ろ!!』
『待ってください!!』
お姉さんの1人が俺に視線を向けると、羽生総理が慌てて制止しようとする。
どうやら交渉は失敗に終わってしまったようだ。
仕方がない。ここは俺が、白銀あくあがどうにかするしかないな。
「2人とも、ここは俺に任せてください」
俺はキリッとした顔をする。
2人とも、俺がアイドルだって事を忘れてませんか?
アイドルなら、初対面の相手でも魅了してメロメロにしてますよ。
「初めまして。白銀あくあです」
俺は1人前に出ると、にこやかな笑みを見せる。
相手は銃口を向けているが、どうってことはない。
『おい、これって男じゃないのか?』
『お……男?』
『間違いない。男だ!』
『本物の男だ!!』
『私、男なんて初めて見たぞ!』
お姉さん達は俺を見て、動揺したような素振りを見せる。
何を言っているのかはわからないけど、今のところは大丈夫そうだ。
『おい、私達を見て優しげな笑みを浮かべているぞ』
『えっ? 男っていうのは女に対して軽蔑するような視線を向けてくるんじゃないのか?』
『私もそう聞いた。しかもこいつ……すごく良い筋肉をしてる』
『ああ、しかもやたらと顔がいい』
『わかる。この顔を見てるだけで全てを許したくなってくるな』
お姉さん達は熱っぽい顔で俺を見つめる。
よし、ここでキメ顔だな。
俺はいつもようなキリッとした顔を見せる。
『はぅあっ! 急に体が熱く……』
『私も汗かいてきたかも』
『こんな厚い上着、着ていられるか』
『みんな、上着を脱ごう。私はもう無理だ』
『私もこれ以上は耐えられそうにない』
お姉さん達は俺の目の前で帽子を取るとゴーグルを外してスキーウェアみたいな服を脱いでいく。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
すごい。金髪のでかい美人なお姉さんばかりだ。もしかしてここは俺にとっての天国か!?
「2人とも、もしかしたら俺は落下した衝撃で本当は死んでて、ここは天国かもしれません」
「あくあ君!? 急にどうしたんだ!?」
「大丈夫、あくあ君にとってはいつもの事だからそっとしておいてあげてくれ」
慌てるメイトリクス大統領を羽生総理が嗜める。
『本当に見れば見るほどいい男』
『君、寒くない? お姉さんと身体を温め合お』
『誰かスターズ語が喋れる人いないの?』
『ねぇ、君の腹筋、少しだけ触ってもいい?』
『何これ、すごくどきどきしゅる……』
姉さん達は熱っぽい顔や潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
サービス精神が旺盛な俺は、いろんなポーズを取ったりにこやかに笑って見せた。
『この子……すごくかっこいいのに、今すごく可愛い顔してる』
『わかるわ。しかもこの子、私達のことジッと見てるよね?』
『もしかして私達に興味があるのかしら?』
『きっとそうよ。だからほら、女の人達と一緒にいたのよ』
『そ、それじゃあ私たちも大丈夫かな?』
うぇっ!? お姉さん達は俺を取り囲むように近づいてくる。
ありがとう。どうしてそういう事になったのか意味わからないけど、本当にありがとう!!
「あくあ君!」
俺は前に出てこようとしていた羽生総理を手で制止する。
確かに俺は彼女達の言っている言葉は1ミリも理解できない。
でもな。男と女、言葉なんてなくたっていいと思う。
そう俺達人間にはもう一つの言語、肉体言語、またの名をパワー言語があるんだ。
俺は羽生総理とメイトリクス大統領に向かって3本の指を突き立てる。
「3!? まさか1人30分で片付けるというのか!?」
メイトリクス大統領の隣に居る羽生総理が首を左右に振る。
「いいえ、大統領。これは3分です。あくあ様なら1人3分あれば十分です!!」
「3分だと!? そんな事が可能なのか!?」
メイトリクス大統領は羽生総理の言葉に驚く。
俺はそんな2人に向かって、優しい顔を見せる。
「3秒です。1人3秒あれば十分だ」
「「3秒!? それはいくらなんでも早すぎでしょ!?」」
俺は2人に自信満々な顔を見せる。
だからここは俺に、アイドル白銀あくあに任せてくださいよ
「さぁ、お姉さん達、もう覚悟はできてるよな」
俺は一番近くに居たお姉さんを抱き寄せると、至近距離からアイドルの神スマイルを見せる。
『『『『『きゃああああああああああ』』』』』
周りで見ていたお姉さん達から黄色い悲鳴が飛ぶ。
『はうあっ! こんなのもう耐えられない』
笑顔だけで昇天したお姉さんが床に倒れ込む。
まずは1人。俺は次のお姉さんの手を取ると、そのままお姫様抱っこで抱き抱えた
『そ、そんな。だめ。無理無理無理!』
お姉さんは腰を抜かせて倒れ込む。
俺は次のお姉さんの手を掴むと、そのまま壁際に追い詰めて渾身の壁ドンを決めた。
『あ、う……あ……』
俺に壁ドンされたお姉さんは膝から崩れ落ちる。
そこからの展開は早かった。
流石に1人3秒は無理だったけど、1時間ほどで100人近いお姉さんを鬼のようなファンサでうっとりとさせていく。
最初は10人いないくらいだったのに、途中で誰かが村に人を呼びに行ったらしく、気がついたらその人数になっていた。
「あ……後で紗奈ちゃんになんて言おう」
あれ? 羽生総理、なんでそんなに顔が赤いんですか?
「我が人生に悔いなし……!」
メイトリクス大統領は涙をドバドバと流す。
どうやら俺は無意識のうちに2人もついでにファンサしてしまっていたようだ。
『しゅ、しゅごい……』
『こんなの知ったら、普通に好きになっちゃう』
『そういえば、村の大お婆ちゃんが山奥には私達が手を出しちゃいけない獣が住んでるって言ってたよね?』
『私も聞いた事がある。前村長が獣の中でも一番やばいのが聖獣様だって』
『じゃあこの男性が伝説の聖獣様だっていうの!?』
急に膝をついた女性達が俺に向かって拝み出す。
あれ? 俺、またなんかやっちゃいましたか?
『聖獣様、良かったら私達の村に来てください』
『ほら、そこの貴女達も。村で歓迎会を開くわ』
なんかよくわからないけど上手く行ったみたいだ。
急に仲良くなった俺たちは近くにあるお姉さん達の村に招待される。
「うま。久しぶりに食う飯うめぇ! お姉さん達、本当にありがとう! 食事すごく美味しいよ」
俺の言葉は通じていなかったが、言葉に込めた気持ちが通じたのだろう。
お姉さん達は俺の言葉を聞いて嬉しそうな顔をする。
「もぐもぐ、良質なタンパク質だ。パワーのためにしっかりと飯を食っておかないとな」
って、呑気に飯なんて食ってる場合じゃねぇ!
今は一刻も早く都市部に出ないと!!
そんな事を考えていると、羽生総理と最初に銃を向けてきたお姉さんが何かを話し合っている姿が目に入る。
どうやら俺とメイトリクス大統領がご飯を食べてる間に、羽生総理は移動用の車を借りるためにお姉さんと交渉してくれていたみたいだ。
『私達が国境まで連れて行こう。外国人の君達だけじゃ国境を越えられないだろ?』
「ありがとう。ありがとう。本当にありがとう!!」
どうやらお姉さん達の1人が俺達を国境まで運んでくれる事になったらしい。
さすがは羽生総理だ。交渉ごとならうちの総理に全部任せておけば大丈夫だろう。
俺達は羊を運ぶ運搬車に乗ると、ぎゅうぎゅうに敷き詰められた羊の隙間に身を隠して国境を突破する。
「くっ、羊に押しつぶされそうだ」
「やめろお前、私の顔を舐めるんじゃない!」
2人とも何が起こってるのわからないけど、大丈夫ですか!?
後少しで国境だから、もう少しの間だけ耐えてください!!
羽生総理やメイトリクス大統領だけじゃなく、俺も羊達に舐められて顔面がデロデロになった。
『聖獣様、国境を抜けました!』
お姉さんが何かを喋ってる。どうやら国境を抜けたようだ。
俺達はリアルメリーさん達の隙間から顔を出す。
もし、この瞬間を写真に撮られていたら、すごくシュールだろう。
ベラルーシ州を抜けて、ポーランド州に辿り着いた俺達はここまで運んでくれたお姉さんに向かってお礼を言った。
「ありがとう。変装用の服も助かったよ。それと、みんなにもよろしく伝えておいて」
『聖獣様、いつでも良いからまた遊びに来てくださいね』
俺はお姉さんに向かって手を振る。
一時期はどうなる事かと思ったけど、無事に街らしい街にたどり着けて本当に良かった。
「で、ここからどうするんですか?」
「とりあえず足を手に入れて、ワルシャワに向かおう」
足を手に入れるってどうするんだろう?
「なぁに、こういう時はいい方法がある」
そう言ってメイトリクス大統領はいかにも悪い人が居そうな人気のない通りへと向かう。
「ほら、居たぞ。あそこだ」
「なるほど、そういう事ですか……」
「そういう事ってどういう事ですか?」
アレ? もしかして分かってないのって俺だけですか?
メイトリクス大統領はガラの悪そうなお姉さん達がいるところへとまっすぐ歩く。
『そこのお姉さん。いいアロマあるよ。買わないかい?』
『ほう。それはどんなアロマだ?』
『はっ、どんな薬かだって? そりゃ、ハッピーになれるアロマさ。なぁ、お前達』
メイトリクス大統領が話しかけたお姉さんは、近くに居たお仲間のお姉さん達に声をかける。
すると周りに居たガラの悪そうなお姉さん達がニヤニヤと笑った。
『ほう、じゃあ君はその胡散臭いアロマを売って、そこにある立派な車を買ってハッピーになったのかい?』
『へぇ、よく分かったな。そうだよ。これはそうやってアコギな商売で稼いで買った車さ』
その言葉を聞いたメイトリクス大統領がニヤリと笑う。
『そうか。よかった。盗難車だったら持ち主に返さなきゃいけないなと思ったけど、君の所有物なら遠慮せずに車を奪えそうだ』
『なんだと!?』
うぉっ!? メイトリクス大統領が話しかけたお姉さんはポケットからナイフとを取り出そうとする。
しかし、メイトリクス大統領が先に手を掴むと、そのまま捻って放り投げた。
『くそっ! お前ら、こいつをやれ!!』
周りに居たお姉さん達がメイトリクス大統領に襲いかかる。
しかし、さっきまで1人で熊を数十匹とっては投げ、捻っては投げしていた人からしたらただの人間なんて発泡スチロールを投げているようなものだ。
俺達が手助けする暇もなく、メイトリクス大統領は5人を相手に1人で簡単に制圧する。
『いいかお前ら。2度とこんな事するんじゃないぞ。分かったか?』
『『『『『は、はい……』』』』』
かっけぇ……!
何を言ってるのか全くわからないけど、俺と羽生総理は真顔でメイトリクス大統領に拍手を送る。
「よし、これで車を手に入れたぞ。ワルシャワにステイツの諜報員が使ってる臨時拠点がある。まずはそこに行こう」
メイトリクス大統領がどういう交渉をしたのかはわからないけど、俺はお姉さん達に車を貸してくれた事についてお礼を言う。
『私、もう悪いことやめる』
『私も』
『ごめんなさい!』
俺達はメイトリクス大統領の運転でステイツが使っているワルシャワの臨時拠点へと向かう。
へぇ、こんな普通の雑居ビルの中に臨時拠点があるのか。
映画みたいでワクワクするな。
「ここだ」
扉の所にはパスワードを打ち込むテンキーが埋め込まれていた。
って、テンキー!? カードキーとか、網膜認証とか指紋認証とかじゃなくて、テンキー!?
「大統領、パスワードは知ってるんですか?」
「知らん。だけど大丈夫だ」
そう言ってメイトリクス大統領は、テンキーの1のボタンをプッシュする。
すると目の前の扉にかかっていた鍵が開く音した。
「何故わかったかって? ステイツファーストといえば1番だからだ。いいか、パスワードに4桁も2桁もいらないんだよ。それに肝心な時に開かない扉より、すぐに開く扉の方がいい。ほら、女の股と扉はすぐに開く方がいいって言うだろ? HAHAHA!」
「アーニー、その通りです。私なんて首相官邸の扉に鍵かけてないですもん。フリーですよフリー」
「さすがは治世子だ。やっぱり貴女はわかってる」
なるほど、俺はこれをパワーパスワードと命名する。
確かに1だと覚えるのも楽だし、一見するとアホのように見えて効率的で超論理的思考から導かれた最適解のように見えてくるから不思議だ。
よしっ! 俺も日本に帰ったら全てのアカウントのパスワードを1にするぞ!!
『あんたバカ言ってんじゃないわよ! そんな事をしたら、またアホみたいな事になるに決まってるじゃない!!』
心の中のイマジナリーパイセンが話しかけてきたが俺は素知らぬ顔をする。
小雛パイセン、旅先にまで出てこないでくださいよ。
「ニュースを見る限り、やはり私達は全員墜落で死亡した事になっているようだな」
俺はモニターに映った映像を見つめる。
すると飛行機から降りてきたばかりのカノンの姿が映った。
カノン、俺を心配してスターズまで来てくれのか……。ごめんな。ありがとう。
1人で泣いてたかもしれないカノン達を想像すると胸が締め付けられるようだ。
「あくあ君やカノンさん達には申し訳ないけど、もうしばらく私達は潜伏する必要がある。この状況じゃ身内の政治家や側近、またはなんらかの組織が敵なのか、それとも他国のした事なのかも判断ができない。誰が狙われたのかもわからないし、私達は2度と同じ事が起こらないように敵の実態を掴み、その目的を明らかにする必要がある」
「ええ、わかっています」
俺は羽生総理の言葉に頷く。
すると別のモニターに目を向けたメイトリクス大統領が視線を固定したままの状態で俺達に話しかけてくる。
「どうやら、私の国に裏切り者がいるのは確かなようだ」
俺と羽生総理はメイトリクス大統領が見ていたモニターへと視線を向ける。
すると、この建物の外に複数の車が止まったのが見えた。
嘘だろ!? さっきここに来たばかりなのに、もうバレたのかよ。
「味方だったりしませんか?」
「ないな。完全に武装してる」
「私達もここから早くずらかりましょう」
俺は部屋を出る時に、もう一度カノンの映ったニュースが流れるモニターへと視線を向ける。
カノン、みんな、絶対に生きて帰るからな!! それまで待っていてくれ!!
俺は決意を新たにすると、2人の後に続いて部屋を出た。
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