白銀あくあ、九死に一生スペシャル。
「初めまして。白銀あくあ君。ステイツ大統領のアーニー・メイトリクスだ」
「初めまして。BERYLの白銀あくあです。お世話になります」
俺はメイトリクス大統領とガッツリ握手を交わす。
すごいな。ぱつぱつになったスーツの上からでも鍛えているのがわかる。
俺はキラキラした目でメイトリクス大統領を見上げた。
ほ、本物のアーニー・メイトリクスだ。
映画で見たシーンのように、メイトリクス大統領は真っ白な歯を見せつけてニカっと笑う。
「メイトリクス大統領、送迎を感謝します」
「気にするな。同じ鍋をつついた私と貴女の、ひいては日本とステイツの仲じゃないか」
メイトリクス大統領は羽生総理の肩をポンと叩く。
羽生総理は3日前に来日したメイトリクス大統領とプライベートで親交を温めたのだろう。
昨日の夜、2人で仲良くノーパンしゃぶしゃぶに行ってたところが聖白新聞に激写されていた。
『あくあ君、お願い〜。紗奈ちゃんが、お母さん不潔って言って口を聞いてくれないんだぁ〜』
って、朝イチに総理に泣きつかれたっけ。
俺はその時の事を思い出す。
『総理、ノーパンしゃぶしゃぶに行きたい気持ちは痛いくらいわかりますけど、なつきんぐ……娘さんへの言い訳くらいは自分でどうにかしてくださいよ……』
『あくあ君、黒蝶揚羽議員とノーパンしゃぶしゃぶしたくないか?』
揚羽さんとノーパンしゃぶしゃぶだってぇ!?
羽生総理と固い握手を交わした俺は秒で問題の解決を約束した。
「せっかくだから、詰めかけてきた報道陣の皆さんによく見えるように3人で握手をしようか」
「ええ、そうですね。あくあ君、真ん中に立って手をこっちに」
「わかりました」
こうやって近くに並ぶと、やっぱり2人ともでかいな。
今年の健康診断で185cmになった俺は193cmの羽生総理と、188cmのメイトリクス大統領に挟まれて写真を撮る。
「白銀あくあさん! 数日後には修学旅行でステイツに行くと聞きましたが、今の心境について一言お願いできますか?」
「楽しみです! 1人でお留守番してる天我先輩のために3人でお土産をたくさん買って帰りたいと思います!!」
みんなが修学旅行に行っている間、春香さんには、天我先輩をたくさん甘やかしてあげてとお願いした。
天我先輩は寂しがりやだから、俺達が居ない間は春香さんとたくさんイチャイチャして欲しい。
俺達3人は記者さん達からの質問に答えると、大統領専用車に乗り込んで羽田にある空港へと向かう。
「みんな、喉は乾いてないか?」
メイトリクス大統領は冷蔵庫を開ける。
それを見た羽生総理が慌てて手のひらを前に出した。
「メイトリクス大統領、お気持ちはありがたいですが、未成年の前でお酒はちょっと……」
「お酒? 心配するな治世子。ここには酒なんて一本も入ってないぞ。それともう報道陣は居ないんだ。堅苦しい言葉はやめようじゃないか。HAHAHA」
そう言って、メイトリクス大統領は俺達に飲み物の入った容器を手渡してきた。
ん? この色はバナナジュースか何かか?
「それは私が調合した特別なプロテインジュースだよ。バナナ味で子供でも飲みやすいようにしているから安心してくれ」
メイトリクス大統領はそう言うと、生卵がたくさん入った自分のプロテインを取り出す。
さすがは大統領になった後も鍛えているとインタビューで言っていただけの事はある。
俺と羽生総理、メイトリクス大統領の3人は旅の無事を祈って3人で乾杯した。
「あ、あの〜」
一息をついたところで、俺はバッグの中から一枚の色紙を取り出す。
「すみません。メイトリクス大統領、俺の大事な人のためにサインを貰ってもいいですか?」
「もちろんだとも!!」
俺はメイトリクス大統領に色紙を手渡すと、サインを書いてもらう。
あ、最後に天我先輩へって書いておいてください。
よしっ! まだステイツに辿り着いたわけじゃないけど、ステイツのアクション映画が好きな天我先輩へのお土産が一個できたぞ!
「ありがとうございます!! 天我先輩もきっと喜んでくれると思います!!」
「HAHAHA! サインなら、1枚でも10枚でも好きなだけ書いてあげるよ。それはそうと……白銀あくあ君。私もサインをもらってもいいかな?」
「もちろんですとも」
俺がサインを書こうと手を伸ばすと、メイトリクス大統領は申し訳なさそうな顔をした。
「いや、その、すまない。サインと言っても、あくあ君のサインじゃないんだ」
「えっ?」
もしかして、天我先輩ですか? それともとあ? いや、俺の一押し黛慎太郎のサインですか!?
同じ事務所の丸男や孔雀、はじめの可能性もあるかと考える。
すると、メイトリクス大統領は意外な人物の名前をあげた。
「その……だな。森川楓さんのサインが欲しいんだ」
「楓!?」
「楓ちゃん!?」
なんで楓なの!? びっくりした俺と羽生総理は2人で顔を見合わせる。
それを見たメイトリクス大統領はプロテインの容器に書かれたゴリラの顔を指差す。
こ、このホゲった顔のゴリラは間違いない! パワー教のシンボル、ホゲゴリラだ!!
くっ、俺とした事が同じボトルを愛用しているのに、なんで今までこのマークに気が付かなかったんだ!!
もしかしたら、今日はホゲラー波がたくさん出てるのかもしれない。
「実は私もパワー教でね」
「大統領、俺もパワー教です!」
「アーニー、もちろん私もパワー教です!!」
俺達3人は顔を見合わせると、さっきよりも固い握手を結ぶ。
こう、ぐっと3人の距離が縮んだ気がする。
「なるほど、だからパワー教のシンボルでもある楓ちゃんのサインが欲しかったんですね。って、あれ? アーニー、この前、私と一緒に国営放送のニュースに出たでしょ? その時に直接、本人にサインをお願いできなかったんですか?」
「できるわけないだろ! 相手はあの森川楓さんだぞ!! 私なんか、どもりながら挨拶して握手するのが一杯一杯だったろ」
メイトリクス大統領は限界ヲタクのような初々しい反応をする。
やっぱり楓はすごいな。俺が楓にそう言うと、小雛先輩からあんたは楓を甘やかしすぎなのよ! って言われるけど、ガチのアクションスターでステイツの有名人、あのアーニー・メイトリクスにこんな乙女な顔をさせられる楓はやっぱりすごいなと思う。
「あ、あくあ君。それでその……サイン、いいかな? あっ、その、森川楓さんも妊娠中だし無理にとは言わないんだ。出産が終わって落ち着いた後からでもいいから」
「はは、大丈夫ですよ。なんなら、来年ワールドツアーでそっちに行く時に、直接俺が大統領のところにサイン持って行きますよ」
「ほ、本当か!? それなら大統領執務室のあるホワイトホームに来てくれ。喜んでBERYLの皆さんを招待するよ!」
それは天我先輩が喜んでくれそうだなと思った。
4人で修学旅行に行く事はできなかったけど、ワールドツアーなら4人で遊べる時間もあるだろう。
その時に改めて4人の修学旅行を楽しめばいいと思った。
「ほら、プロテインに良く合うチキンも用意してあるんだ。みんなでこれをつまみながら筋肉について談笑しようじゃないか」
車に乗ること20分あまり、俺達3人が乗る大統領専用車は羽田にある空港に到着した。
「すげぇ、これが大統領専用機か……」
大統領専用車から降りた俺は滑走路から大統領専用機を見上げる。
既に待機していた日本とステイツの報道陣が俺にカメラを向けて何度もシャッターを押す。
「ここは立ち止まらなくていいから。とりあえず適当に3人で会話しながら飛行機に乗り込もう」
「その代わり、タラップを上がって入り口の前で手を振ってくれ」
「わかりました」
俺は言われた通りに、タラップの一番上で報道陣の皆さんに向かって手を振る。
流石にこれだけじゃ味気がないから、俺はカメラを通して見ているであろうファンのために「行ってきます!」と大きな声で挨拶をした。
それを聞いた両隣のメイトリクス大統領と羽生総理がにこやかな笑みを浮かべる。
「お疲れ様、あとはもうゆっくりしてくれていいから」
「あ、はい」
メイトリクス大統領は自分の秘書官と一緒に執務室に入ると、羽生総理は先に乗り込んでいた秘書官達と今後の事について隅っこで話し合う。
2人とも一国のトップだけあって、やっぱり忙しそうだな。
事前に羽生総理からメイトリクス大統領にサインをお願いするなら、飛行機に乗った後よりも時間的に余裕のある車の中にしておいた方がいいと聞いておいて良かった。
俺は用意された席に座ると、タブレットを広げて今後の予定を確認する。
何も仕事があるのは2人だけじゃない。スターズへと仕事に行くのも俺も一緒だ。
それから何時間が過ぎただろうか。
「……ん?」
どうやら俺はいつの間にか眠っていたみたいだ。
目を覚ました俺は席から立ち上がって背伸びをする。
「なんだか周りが騒がしいな?」
俺が扉を開けると、スーツを着たやたらスタイルの良いお姉さんと目が合う。
さすがはステイツだ。胸の谷間が見えるくらいまでシャツを開いている。
って、おかしいだろ!!
こんなセクシーなお姉さんの外交官が出てくるのは、ステイツのアクション映画くらいだ。
「チッ!」
あっぶね! 俺は咄嗟に手を出すと、手に抱えていたクリップボードの後ろからナイフを取り出したお姉さんの手首を掴む。
「お姉さん、念の為に聞くけど、ハニートラップと間違えてないよね? そっちの方ならいくらでも歓迎するんだけど」
おっと、暴れちゃダメでしょ。
俺はお姉さんの手を捻りあげてナイフを落とさせる。
「ごめん。もう一つ聞いておかないといけないんだけど、まさか日本のベリベリっていう頭のおかしい番組から依頼されたりとか……」
お姉さんは無言で俺の顔に向かって片足を蹴り上げる。
あっぶねぇ! パンプスの先から隠しナイフが出てくるとか、どこのスパイだよ!!
「それじゃあ悪いけど、ちょっと拘束させて……」
俺がそこまで口にしたところで、乗っていた大統領専用機が大きく揺れる。
なんだなんだ!? 今、なんかすごく大きな爆発音が聞こえてきたぞ!?
音のした窓の外を見ると、左翼に取り付けられたエンジンがが燃えていた。
嘘だろ。おい!? 一体、空の上で何が起こっていると言うんだ。
「あくあ君、無事か!?」
「羽生総理!!」
羽生総理の姿を見たセクシーなお姉さんは、ターゲットを俺から羽生総理に切り替える。
「あくあ君、窓から外を見ろ!!」
俺は羽生総理に言われた通りに窓から外を見つめる。
って、なんだありゃ!? 俺達が乗る大統領専用機の前に、格納庫の入り口を大きく広げた大型輸送機が飛んでいた。しかも、格納庫の中に入ってるのって、自衛隊に見学しに行った時に見た多連装ロケット砲じゃないか。
「あくあ君。こいつは私がどうにかする! 君は他の乗客と共に格納庫に入ってる緊急脱出用の大型ポッドに乗り込むんだ!!」
「わかりました。でも、羽生総理は……」
「私の事は大丈夫だ! 後でそちらに行く!」
背後から来た総理のSPが俺の腕を掴む。
「さぁ、早くこちらに! 天鳥社長との約束で、私達には貴方を守る義務があります!!」
それを言われたら俺は何も言えない。
俺はSPの人と一緒に、機体の後方へと向かう。
「羽生総理とメイトリクス大統領以外のみなさんはもう避難を完了しています! あ、残った2人は直前まで機体をコントロールした後にパラシュートで脱出するので安心してください!」
俺達が脱出ポッドがある格納庫にたどり着くと、そこでもう一度大きな揺れが起こって機体がぐるりと回転する。
あっぶねぇ! 俺はなんとか近くの出っ張りを掴んで回転の衝撃に耐えた。
って、今度は逆回転かよ!! 機体への何度かの衝撃で荷物を固定していたベルトが外れたんだろう。
俺の目の前に空中に浮き上がったいくつものスーツケースが無重力状態から落ちてくる。
一個や二個ならまだしも、流石にこの数は俺でも回避不可能だ。
俺は衝撃に耐えるためにはを食いしばる。
「危ない!」
咄嗟に俺を突き飛ばしたSPさんの背中にスーツケースが勢いよく当たる。
それと同時に何かが折れる鈍い音がした。
「くっ……早く、早く行ってください。私はもうダメです。最後に、あなたを守る事ができて良かった。できたら羽生総理に、最後まで貴方にお仕えできて良かったとお伝えください……!」
「まだ諦めないでください! 後、そういうのは自分で言ったほうがいいですよ!!」
車の中でプロテインをたらふく飲んでいて良かった。
やはりパワー。どんな事でもパワーが全てを解決してくれる。
俺はスーツケースの山に埋もれたSPさんを救出すると、そのまま脱出ポッドの中に押し込む。
「ダメです。あくあ様。誰かが外で格納庫の開閉ボタンを押して脱出レバーを引かないと!!」
「それなら俺がするから大丈夫です!」
俺は強引に脱出ポッドの扉を閉めると、格納庫の開閉ボタンを押して脱出ポッドを固定させていた留め具を外すレバーを引く。
すると乗客を乗せた大型脱出ポッドがそのまま格納庫から滑って落ちていった。
俺は脱出ポッドの四隅についていたパラシュートが起動するのを目視でちゃんと確認する。
よし、これで乗客のみんなは無事に脱出する事ができたぞ!!
俺がほっと一息を吐くと、飛行畿内に設置されたスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『当機体は完全にコントロール不可となった。繰り返す。当機体は完全にコントロール不可になった。繰り返す……』
この声はメイトリクス大統領か? 嘘だろ、まさか大統領自らがこの飛行機を操縦していたのか。
いや、そう言えば前にニュースで自分で操縦してるって言っていたような気がするな。
俺は脱出用のパラシュートを取るために一つ前の部屋に戻る。
すると、扉を開けて今まさに脱出しようとしたセクシーなお姉さんと遭遇した。
お姉さんは手に持った銃を俺の方向へと向ける。
あぶね! 俺が慌てて顔を引っ込めるも、お姉さんは手に持っていた銃でパラシュートボックスの中を撃つ。
「さようなら。白銀あくあ」
お姉さんはそう言うと、笑みを浮かべながら空から飛び降りた。
嘘だろ!? 俺はパラシュートボックスの中にあるパラシュートを確認する。
くっ、ダメだ。表にあるのは、どれも使い物にならねぇ。
俺はパラシュートを全部引っ張り出すと、なんとか無傷のパラシュートを二つ確保した。
「あくあ君、どうしてまだ残って……いや、そんな事よりも無事か!?」
「逃げたあの女と遭遇しなかったか?」
羽生総理とメイトリクス大統領の2人が、俺のところへとやってくる。
どうやらさっきのセクシーなお姉さんは羽生総理に負けて手錠で拘束されていたけど、さっきの爆発の衝撃を利用してうまく逃げ出したところで俺と遭遇したみたいだ。
俺は2人に無事だったパラシュートを二つ渡す。
「待て。これは君がつけるんだ。私なら生身で降下しても大丈夫だ。多分な」
「ダメだ。メイトリクス大統領。あくあ君。私のパラシュートを使って。大丈夫大丈夫、私なら地面にうつ伏せで落ちても多分どうにかなるから」
いやいや、全然大丈夫じゃないでしょ。
そもそも2人は一国の大統領と総理となんだから、自分の命を最優先にしてくださいよ!!
「俺の方こそ大丈夫ですって。多分ちょっと頭打って、小雛先輩にあんたちょっとアホになったんじゃないって言われるくらいですから」
俺の師匠であるアキオさんは、ハイジャックされた飛行機を奪還するためにチームを送り込んだ時に、ステルス戦闘機と飛行機を繋げるダクトがぶっ壊れて生身で空中に放り出された時も無傷で生還した。
だから弟子の俺もきっと大丈夫だと思う。95%くらいしか自信ないけど。
普段は即断即決が持ち味の俺達はお互いにパラシュートを押し付けあってモタモタする。
お分かりだろうか。この空間、誰1人としてパラシュートなしの生身で降下しても本当に無事だと思っている人間しかいないのである。
そんな事をしていると、再び爆発音がした機体が大きく傾く。
「「「あっ……」」」
押し付けあったパラシュートが空中に投げ出される。
それを見た俺達は無言で顔を見合わせた。
やはり争いからは何も生まれないんだという教訓を得る。
って、今はそれどころじゃねぇ。流石に冗談を言い合ってる場合じゃなくなってきたぞ!!
「大統領専用車だ! そうだ、思い出したぞ! 大統領専用車にはパラシュート機能がある! 後ろに行くぞ!!」
え? そんな機能があるんですか?
俺達は格納庫に移動すると、脱出ポッドの手前に置いてあった大統領専用車両に乗り込む。
「あれ? 動かないぞ?」
「しっかりしてください! 今はコントなんかしてる場合じゃないでしょ!」
って、もしかして、これも下を留め具で固定してるからレバー引かないとダメなんじゃね?
それに気がついた俺は1人車を降りて扉を閉める。
「今から留め具を外します!」
「待て、あくあ君それなら私が……」
今はそんな事を言ってる場合じゃない。
俺は手当たり次第に全てのレバーを引く。
すると留め具で固定されていた大統領専用車両やコンテナの留め具が外れて、飛行機の格納庫から外へと放り出されていこうとする。
「あくあ君、早く!」
「こっちだ。急げ!!」
俺は走って大統領専用車量に飛び乗ろうとする。
しかし、再びここで爆発が起こると、大きく機体が傾き出した。
「うおおおおおおおお!」
「あくあくぅぅぅぅぅん」
俺は大統領専用車両と一緒に、完全に飛行機の外へと放り出される。
やべぇ。流石にこれは想定外だ。奇しくもアキオ師匠と同じように生身で空中に放り出された俺は、両手両足を広げてなんとか自分の体勢をコントロールする。
考えろ。考えるんだあくあ。流石にこのまま生身でダイブは無しだ。
俺は周囲を確認すると、一緒に放り出されたコンテナにパラシュートが取り付けられているのを見つける。
あれだ。あれを使うしかない。俺は両手両足を折りたたんでまっすぐになると、垂直に落下してコンテナに追いつく。
「くっ!」
俺はなんとか速度を合わせてコンテナにしがみつくと、パラシュートの紐を引っ張る。
するとコンテナに取り付けられたパラシュートが展開されてコンテナの挙動と速度が安定した。
はぁはぁ、はぁはぁ、流石に死ぬかと思ったぜ。
空中を見上げると、パラシュートを開いた大統領専用車両が見えた。
どうやらあっちも無事みたいだな。良かった。
「ってぇぇぇええええええ!?」
俺の目の前でコンテナについていたパラシュートの紐が千切れる。
嘘だろ!? コンテナの上で仰向けになって体勢を維持していた俺は再び空中に放り出された。
もうこうなったら覚悟を決めるしかない。
生身でダイブする覚悟を!!
「いける。俺ならいける!!」
俺は自分にそう言い聞かせる。
パラシュートで十分に速度は落ちた。後は鍛えた筋肉を信じるのみだ。
俺が決死の覚悟を決めると、空の上から羽生総理の声が聞こえてきた。
「あくあ君。これを使ってええええええ!」
メイトリクス大統領が大統領専用車両の扉をグーで殴ってもぎ取ると、それを受け取った羽生総理が全力で俺に向かって車の扉を放り投げる。
……そうだ! 思い出せ。俺が声優を演じたザンダムのあのOPを!!
もしかしたらあのシーンが使えるんじゃないか?
コンテナから飛び降りた俺は、羽生総理が放り投げた大統領専用車両の扉を掴む。
俺はそのまま大統領専用車両の扉をそりのようにして着地した雪山の斜面を滑る。
その後ろに着地した大統領専用車両が同じように雪山を滑ってきた。
って、やばい!! 目の前は崖だ!!
俺は波乗りするように扉の上に立つと、並走していた大統領専用車両に向かって飛ぶ。
それを見た羽生総理とメイトリクス大統領が、車体から身を乗り出して俺の両手を掴んでくれた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
「パワあああああああああああ!」
「いっぱぁぁぁぁあああああつ!」
もちろん掛け声はうちの楓とイリアさんが出演している栄養ドリンクのCMに出てくるアレだ。
俺はなんとか車に飛び乗ると、メイトリクス大統領がフルブレーキを踏む。
「はぁ……はぁ……」
流石に2回目は本気で死ぬかと思った。
崖の手前で止まった俺たちはお互いに顔を見合わせる。
「大丈夫か、あくあ君?」
「あくあ君。無事か!?」
「大丈夫です。2人とも、ありがとうございました」
俺達3人は白い歯を見せ合う。
やはりパワー、パワーは全てを解決してくれた。
しかし、ホッとするのも束の間だ。何やらうるさい音が聞こえてくる。
「何です。この音は?」
「メイトリクス大統領、オナラしたならちゃんと言ってくださいよ」
「バカ! 私のパワー屁こきもこんな音はしないぞ! 見ろ! 雪崩だ!!」
やべえええええええええええええええええ!
俺達は扉の吹き飛んだ車から降りると、全員で丈夫そうな木にしがみついた。
「はぁはぁ。みんな、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。みんなも怪我はないか?」
「こっちは大丈夫です。良かった。みんな無事で」
俺達は空を見上げる。
すると爆発炎上した大統領専用機が遥か遠くに落下していくのが見えた。
一体、どこの誰が、何の思惑があってこんな事をしたんだろう。
「えっと、その……色々と疑問はあるけど、これからどうしますか?」
俺の質問に対して、羽生総理とメイトリクス大統領は顔を見合わせる。
「とりあえず携帯は使えないな。連絡を取ったら今回の首謀者に逆探知される可能性がある。それに加えて我々の使っている携帯機器は特別性だ。私と羽生総理はもちろんのこと、白銀あくあ君が使っている携帯も、おそらく電源がオフになった状態でも予備電源でGPSが起動し、居場所を教えてくれるシステムになっていると思う」
マジかよ……。
ベリルから支給されたこのスマホにそんな機能が搭載されているなんて、思ってもいなかった。
「だから、誰が犯人かわからない状況では、ここに捨てていくのがベストだと思う」
「私もその意見に賛成します。ところで、メイトリクス大統領、今回の襲撃犯達に何か心当たりはありますか?」
メイトリクス大統領は首を縦に振った。
「心当たりならたくさんある。君だってそうだろ?」
「確かに。そう考えると、我々の側近のうち、誰が敵で誰が味方か判断できるまでは安全を確保するまで慎重になる必要がありますね。あくあ君。申し訳ないけど、その間は私達に付き合ってもらえるかな?」
俺は羽生総理の言葉に頷く。
心当たりか……。
そういえばあのセクシーなお姉さん、俺の事を完全に殺そうとしていたな。
もしかしたら目的は俺か? それなら俺のせいで2人が巻き込まれた可能性もある。
「すみません。ちなみに俺は全くと言っていいほど心当たりがないんですけど、もしかしたら俺のせいかもしれません」
白銀あくあ、少なくとも誰かに恨まれるような生き方はしてないはずだ。
頭の中にぼんやりとフューリア様の顔が浮かんできたけど、それはきっと俺の気のせいだろう。
「いや。そうだとしても気にする必要はない。むしろ大統領専用機に乗っていた間の事故、事件であれば私の責任だ。それに……あの襲ってきた女はうちのパスを持っていた。主犯かどうかまでは結論を出せないが、少なくともうちの上層部、それも結構上の辺に裏切り者がいるのは間違いないだろう」
「と考えると、まずはその裏切り者をまず炙り出す必要がありますね」
羽生総理の言葉にメイトリクス大統領が頷く。
つまり今は俺達3人以外、政府関係者の誰が敵で誰が味方かもわからずに、相手の本当の目的もわかってないわけだ。
俺達3人は腕を組んで考え込む。
「とりあえず、ここってどこなんですか?」
「飛行時間からして東スターズ、ベラルーシ州の近辺だろう。少なくともここに居たのでは何の解決にもならない。情報を得るために都市部に行く事を提案するが、どうか?」
「私もそれがいいと思います。この事故がどう報道されているかも知りたい。それでわかる事も見えてくるはずです」
俺もメイトリクス大統領の言葉に頷く。
3人の意見が一致した。
俺達はポケットからスマホを取り出すと、雪の上に放り捨てる。
みんな、きっとニュースを見て心配するんだろうな……。
でも、ごめん。今は誰にも連絡を取るわけにはいかないんだ。
だから、少しだけ待っていてくれ。
俺は必ず無事にみんなの元に帰るからな!!
そう決意を固めた俺は、自らのスマホを踏み潰した。
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