雪白えみり、青天の霹靂。
私がお店を開店してから1週間が過ぎた。
いつも私がいじり倒している楓パイセンに、日頃のお返しでお店倒産RTAでも始めたのか言われてたけど、1週間も持ったなら私にしては十分に頑張ったと言えると思う。
むしろ私自身、3日持てばいいなと思ってたから、こんなに長く持つなんて想定外だ。自分でもびっくりして手が震えてる。
大抵ならその日のうちに、楓パイセンが扉を閉めた衝撃で建物が崩れ壊れたりとか、バイトで雇った小雛パイセンがテロを起こしてお店を爆発させたりとか、3日目あたりで路頭に迷った料理人の家族にエンカウントしたりしてお店を手放す流れになるんだけど、今回はそういうイベントも一切なかった。
「もしかしたら、ついに私もツキが巡ってきたのかも知れねぇな」
私はキリッとした顔をする。
明日からは私もカノンみたいに、幸運に愛された女、大勝利が約束されたチジョー、その名もえみりとかカッコつけて言っても大丈夫だろうか。
「えみり先輩、またアホな事を考えてるでしょ」
カウンターに座ったカノンがジト目で私を見つめる。
こいつ、私がちゃんと真面目にやれているか監視するとか言って、毎日お店に来るんだよな。
そのせいで私がヴィクトリア様にぐへへできないだろ!! 空気読んでたまにくるのを休めよ!!
って言ったら、大真面目な顔をして「それをさせないために来てるんでしょ!」って言われた。
この捗るさんがぐうの音も出せないほどの完璧な反論だったね。
「ほら、またアホみたいな事を考えてるでしょ。えみり先輩がキリッとしてる時って、大体アホみたいな事を考えてる時だよね」
「雪白の遺伝じゃない? あくぽんたんもアホな事を考えてる時は、大体おんなじ顔してるわよ」
私はカノンの隣で普通に座って居る小雛パイセンをジト目で見る。
ここに掲示板民が居たら、お分かりだろうか? と私は言っただろう。
バイトの制服を着ている小雛パイセンが普通に客側に座っているのは、小雛パイセンが何も手伝わせないのが一番いいという事が最初の1日で判断できたからだ。
この私の素晴らしい判断が、今日までお店を長持ちさせられた秘訣だと思う。
「それにしても、このにんにくましましの雪潮ぽんこつラーメンうまいわ」
「ね」
カノンは美味しそうに私の作ったラーメンを啜る。
こいつ、あくあ様が旅立った途端、キスしなくていいからとにんにくマシマシにしやがって。
いや、それは他のみんなもそうか。
姐さんと結さんなんか、あくあ様を見送った朝イチににんにくましまし雪潮ラーメン食いにきてたからな。
やっぱりみんな結婚しても、あくあ様と一緒に居る時は常に可愛い女の子でいたいんだなと思った。
へへ、どいつもこいつも可愛いやつめ。よーし、今日は特別にお姉さんが色々とサービスしちゃうぞ。
「へい。卵黄の醤油漬け乗せご飯、お待ち! ラーメンの出汁を上からぶっかけて食べると美味しいですよ!!」
捗るといえばぶっかけ。捗るといえば潮という安直な考えから生まれたすごくジャンクなメニューだ。
雪潮ポンこつラーメンを注文したお客様限定で提供しようかと思ってる。
「ねぇ、ところでこれって、なんでとんこつじゃなくてぽんこつなの?」
「ああ、それは隠し味にほんの少しだけすっぽんのエキスが入ってるんですよ。ぐへへ」
やる気増強、スタミナ増強。このすっぽんエキス入りの雪潮ぽんこつラーメンを食べた日のあくあ様はすごいですよ。
この前なんて、ビーストモードになったあくあ様と対峙した白龍先生と揚羽お姉ちゃんが、地べたに這いずりながら誰かに助けを求めちゃうくらいでしたからね。
あとで録画していた映像を、当事者2人を呼び出してメアリーお婆ちゃんや蘭子お婆ちゃん達と一緒に鑑賞するのがすごく楽しみです。はい!!
私がぐへった顔をしていると、ゴミ出しを終えたヴィクトリア様がなつきんぐ達を連れて戻ってきた。
「らっしゃっせぇ〜! お好きなお席にお座りください!!」
おっと、ついついラーメン屋でバイトしてた時の癖が出ちゃうな。
私はなつキングと軽く挨拶を交わす。
「あ、那月会長。お久しぶりです」
「カノンさん、久しぶり〜。それと、今は元会長ね」
「えへへ、そうでした」
何がえへへだ。女ならぐへへだろ!!
この女、無秩序に可愛いを振り撒きやがって。私があくあ様なら秒でキスしてたぞ。
「えみりさん。私もニンニクましましの雪潮ぽんこつで!」
「あいよ!」
あ、ヴィクトリア様、お水を出してくれてありがとうございます!
バイトなんてした事がないって言ってたから不安だったけど、今のところ大きなミスもなく、ヴィクトリア様は一度教えた事はきっちりやってくれるのですごく助かってる。
「ニンニク、今日は多分この量じゃ足りないから、すりおろしのストック追加しておくわね」
「助かります!」
やっぱりヴィクトリア様は気がきく。
今日はにんにくましましを注文する人が多そうだから、すりおろしたニンニクのストックが少し心許ないと思っていた。
こういう細かいところまで見て動いてくれるがヴィクトリア様のいいところだ。
私は目の前で普通にラーメンを啜ってるもう1人の店員へと視線を向ける。
「何よ。なんか言いたい事でもあるわけ?」
「いえ、別に……」
まぁ、この人はこの人でお店に住み着いてる座敷童子、守り神みたいなもんだと思っておこう。
もしかしたら、うちの店が潰れないのも小雛パイセンのおかげかもしれないし……。
外が暗くなってきた事もあり、一気にお客さんの量が増えてくる。
「邪魔するで〜」
「邪魔するんなら帰って〜」
暖簾をくぐったインコさんが千鳥足でお店に入ってくる。
もしかして、もう飲んでるんですか……?
インコさんは小雛パイセンの隣に座るとおしぼりで顔をゴシゴシと拭く。
「この店、まだやってたんかいな。もう潰れたかと思てたで」
「私も自分でびっくりして、今朝、お店を見た時に手の震えが止まらなかったんですよ」
「それなんか大きな病気ちゃうか? 店閉めて病院に行った方がええで」
「それで病院に行ったら、頭のネジが飛んでる事以外は正常ですってお医者さんに言われたんですわ」
「「ははははは!」」
これは別に悪口じゃない。私とインコさんに取っては日常の挨拶のようなものだ。
私とインコさんは、ラストサバイバーで3日間も同じ飯をかっくらった仲間だからな。
「あんたって本当にノリがいいわよね」
「えみりちゃんは本当ええ子やで。ゆかりなんて邪魔するでって言ったら、邪魔するんなら帰れって本気で怒るもん。あっ、うちもニンニクマシマシの雪潮ぽんこつな!
「あいよ! にんにくましまし雪潮ぽんこつ一丁入りました〜。あざっす!!」
私は手慣れた手つきで麺をゆがく。
「今日の白銀キングダムはみんなニンニク臭いで〜」
「ふんっ、あいつなら女の子がニンニク食べても気にしないでしょ。普段から普通に食べればいいじゃない」
小雛パイセンは女心がわかってないなぁ。
私とインコさんは小雛パイセンに向かって呆れた顔をする。
「いやいや、そりゃ、あくあ君は優しいから気にせぇへんかもしれんけど、うちらは気になるやろ!? やっぱりキスする時に自分がにんにく臭いの嫌やん。いや、うちはまだキスすらした事ないんやけど……ほら、いつキスされてもいいようにしときたいって乙女心があるんちゃうか?」
私とカノンの2人は、インコさんの発言にうんうんと頷く。
「ふーん。私なら気にせずに食べたいもの食べるけど、あんた達はあんた達で色々と大変ね」
「まぁまぁ、そのうちゆかりちゃんも大人になったら乙女心っていうのがわかるんちゃうか?」
「ちょっと! 私をガキ扱いすんな!!」
私とインコさんはプンスカする小雛パイセンを見て笑顔になる。
そうか、まだ中身が小学生、いや、幼稚園児の小雛パイセンに、女心をわかれっていう方が無理だよな。
うんうん。
「何よその気持ち悪い顔。言っておくけど、私がもしあいつと付き合ってもそんなの絶対に気にしないんだから!!」
私とインコさんは顔を見合わせると、お互いに口笛を吹くような驚いた表情になる。
「インコさん、今の聞きましたか?」
「もちろんや。ちゃんとうちの脳内レコーダーで録音・録画しておいたで!」
私とインコさんはニヤニヤした顔をする。
小雛パイセン、もしって可能性を考えてる時点でもう貴女はこの沼に、白銀あくあ沼に片足を突っ込んでるんですよ。
ぐへへ、これは小雛パイセンが落城した時が楽しみですなぁ。
「ふふっ、相変わらずここは賑やかで楽しいね」
「うんうん」
なつきんぐとカノンは私達の会話を聞きながら、楽しそうにラーメンを啜る。
ラーメンを食べる時はお静かにってお店もあるけど、うちはラーメン屋でもなければ街中にある庶民的なお店だ。
会話ばっかしてラーメンがのびすぎるのは味の観点からおすすめしないが、適度に会話を楽しみながら楽しそうにラーメンを食べてほしい。
「っと、失礼します。ちょっと、テレビのチャンネル変えますね」
私は時間になったからテレビのチャンネルを国営放送に切り替える。
そろそろ楓パイセンが出演してるホゲニュースの時間だ。
『森川楓と!』
『鬼塚響子の!』
『『週間パワーニュース!!』』
さぁ、今日もこの時間がやってきました。
夕方の時間はどこも真面目なニュース番組をやってるのに、その裏でバラエティ番組をやってるのなんて国営放送くらいだろう。
やっぱり、楓パイセンを雇用しているだけあって、国営放送の攻め方は次元がちげぇな。
『もう皆さんも何度も見たと思いますが、最初のニュースはこの映像からです』
大統領専用機に乗り込む羽生総理やあくあ様が手を振る映像が映し出される。
すげぇな。この2人が並ぶと、何かの映画が始まったみたいだ。
しかも今日はその2人に加えて本当の映画スターも居る。
『本日、白銀あくあさんと羽生治世子総理が乗る大統領専用機が羽田の空港を出発して、首脳会談が行われるスターズのロンドンへと飛び立ちました。森川さん、やっぱりこれは選挙で勝ったばかりのアーニー・メイトリクス大統領が日本との協調路線をアピールするためのものでしょうか?』
アーニー・メイトリクス。美洲おばちゃんと並ぶガチの映画スターだ。
私もいくつか映画を見た事があるけど、アクションができるだけじゃなくてコメディから恋愛まで幅広く出れるだけの器用さがある。
選挙では「私をこの国の本物のヒーローにさせてくれ!」「日本を救うヒーローがヘブンズソードなら、ステイツを救うヒーローは私だ!」「今のステイツにはヒーローが必要だ」「強かった頃のステイツに戻ろう」というワードと共に、ステイツ強国主義を掲げて見事に当選した。
メイトリクス大統領は前任のローゼンベルグ大統領とは違って、もう一度世界各国に呼びかけてこの平和を維持していこうという協調路線をとっている。
私は彼女の人となりまでは知らないけど、世界での諍いに対して我関せずを貫きつつも、しっかりと口だけは出してきていた第三者ポジのローゼンベルグ大統領よりかは、お付き合いしやすそうなタイプだと思った。
『私の想像では違いますね』
『ち、違うんですか!?』
楓パイセンの返しに鬼塚アナは驚く。
それに対して楓パイセンは真剣な表情で応える。
『はい。私の想像では、メイトリクス大統領といえど、あくあ君と一緒に飛行機に乗りたかったのではないでしょうか!? 今ごろきっと、サインしてもらったり一緒に写真を撮ってもらったりしてるはずです!!』
『あ……はい』
私は楓パイセンの見解に頷く。
いくら有名人や大統領でも良い男の前では只の女なんですよ!!
『えー、これはあくまでもベリルエンターテイメントに所属する森川楓さんの意見であって、当局、国営放送の意見ではありません』
さすがは鬼塚アナだ。
瞬時にベリルの名前を出して、国際問題になった時にうちは関係ない事をアピールしている。
「こいつ、相変わらず適当言ってるわね」
「いやいや、うちは楓の意見を推すで。スターかて、そりゃあくあ君と一緒にいちゃこきたいやろ」
私はインコさんの言葉に頷く。
飛行機、空の旅、12時間の航路、そしてあのあくあ様が居て何もないわけがなくと期待してしまう。
「みんな楽しそうね」
「こんばんは〜」
「席空いてますかぁ〜?」
「らっしゃい! お好きなお席にお座りください!!」
おっ、eau de Cologneの3人がきたか。
まろんさんはインコさんの隣に座ると、アヤナちゃんとふらんちゃんはなつきんぐの隣に座る。
はいはい、みんな雪潮ぽんこつのにんにくましましね。
『えー、ここでですね。番組視聴者のラーメン捗るさんからの映像提供で、白銀あくあさんが家から出る時の見送りのハグをする妻達の映像が入ってきました』
「ちょっとぉ!?」
おい、カノン。飲食店で大声出しながら立ちあがっちゃダメだろ。
うちは会話OKのアットホームな小料理屋だけど、そこら辺のマナーはちゃんと守ってくれよな。
『微笑ましい光景ですね』
『きゃっ!? 私、あくあ君とハグしている時、こんな顔してるんだ……恥ずかしい』
楓パイセンは自分のキスシーンを見て恥ずかしがる。
いやいや、楓パイセン。見るのはそこじゃないでしょ。
映像を見た鬼塚アナは微笑ましいと言ってるけど、楓パイセンにハグされてたあくあ様の身体から骨が軋む音がしてたんだよな。
楓パイセンはもう少し優しくハグしてあげてほしい。
「そういえば、もうそろそろあくあ達がスターズに到着するんじゃない?」
「ああ。だから国営放送でやると思うんだよな」
そんな事を考えていると、スタジオの中が少しだけ騒がしくなる。
ん? どうした? 機材トラブルか何かか?
楓パイセンと鬼塚アナが周囲を確認するような視線を向けると、スタッフの1人が慌てて何かが書かれた紙を持ってきた。
これは只事じゃないな。うちの小料理屋に居たみんなも食事する手を止めて、全員がテレビの画面に釘付けになった。
『えっ、えっ?』
用紙に視線を落とした楓パイセンの視線が揺らぐ。
それを見た鬼塚アナが代わりに飛び込んできたニュースを読み上げようとしたけど、楓パイセンは手を出してそれを拒否した。
『たった今、緊急のニュースが入ってきました。テレビの前に居る皆さんは、落ち着いてニュースを聞いてください』
いつものふざけた顔じゃない。
楓パイセン、いや、楓先輩はカメラに向かって凛とした顔を見せる。
『先ほどステイツ、日本政府の両者から極東連邦の上空を飛行していた大統領専用機が墜落したとの情報が入りました』
楓先輩の口からその言葉を聞いた時、全員の呼吸する音が止まった気がした。
テレビからはニュース速報を伝える緊急速報の音と共に、画面の上部にテロップが流される。
『くり返します。先ほど、極東連邦の上空を飛行していた大統領専用機が墜落したとの情報が入りました』
嘘……だよな? いつもみたいに嘘だと言ってくれよ。
それか映画の撮影とか、あぁ、わかった。また、ベリベリだろ!!
私にはちゃんとわかってるんだよ。なぁ、そうだよな!?
誰でもいいから、何か、なんか、言ってくれよ!!
臆病者の私は、カノンは勿論のこと、誰の顔を見る事もできなかった。
『墜落した現場を管理する極東連邦の発表によると、飛行機の墜落状況から生存者は絶望的だとの事です。現地の映像をご覧ください』
ニュースの原稿を手に持つ楓先輩の手が震える。
楓先輩……誰よりも辛いのに、無理してニュースを読まなくていいよ。泣いてくれよと思った。
それでも、ちゃんと仕事を全うする楓先輩の姿を見て、取り乱せない楓先輩の分だけ私が辛くなる。
テレビの映像が切り替わると、墜落して爆発炎上する大統領専用機の現地映像が流れてきた。
「嘘……だよね?」
最初に口を開いたのはアヤナちゃんだった。
「ねぇ。誰か嘘だって言ってよ」
いつもはここで、冗談を言って場を和ませてくれるインコさんや、なんでもないって言ってくれる小雛先輩の2人も黙ったままだ。
再びテレビの映像が番組のスタジオに戻ると、鬼塚アナと話し合う楓先輩の姿が映し出される。
『森川、辛いなら後ろに下がっていいから。無理しないで』
『いえ。大丈夫です。この仕事をやる前から、こういう事もあるってわかった上でアナウンサーの仕事を選びましたから。鬼塚先輩、ちゃんとこのニュースを届け終わるまで私をここに居させてください』
スタッフからニュースの原稿を受け取った楓先輩が再びカメラに向かって凛とした姿を見せる。
『さらに追加で情報が入りました。与党は臨時集会を開き、野党第一党である聖女党党首である黒蝶揚羽議員に臨時大臣を要請するようです。あっ、はい、はい……ここで党本部から出てきた藤堂紫苑幹事長の映像に切り替わりますのでそちらをご覧ください』
映像が切り替わると、党本部から出てきたばかりの藤堂の婆さんが大勢の取材陣に囲まれていた。
『まずは国民の皆さんには、冷静な行動をしてくれる事をお願いします。どうか皆さん、今日は誰かと一緒にいてください。仕事や勉強が手につかない人はしばらく学校や会社を休んでもいいと思います。でも、決して1人にならないでください。友人やご家族、会社の同僚でも誰でもいいです。近くに誰も寄り添える人が居ない人は近くの公民館に集まってください。とにかく絶対に1人に苦しまないで欲しいです』
詰めかけた報道陣が藤堂の婆さんに詰め寄る。
『この情報は本当なのでしょうか?』
『何かの誤情報だったり、映画のキャンペーンだったりとかしないんですか!?』
藤堂の婆さんはみんなからの質問に首を横に振る。
『藤堂議員。黒蝶揚羽議員を臨時の総理代行にすると言うのは本当ですか?』
『どうして総理代行が第一席に座している副大臣の藤井議員ではないのでしょうか?』
藤堂の婆さんは手を出して報道陣の言葉を制すると、自分の間でゆっくりと力強い声で語りかける。
『我々、政治家はこの過去に比類なき困難を乗り越えるために、与野党が一体となって苦難に立ち向かうべきだと思いました。今は与党も野党も関係ない。我々は同じ日本人で、この日本で暮らし、この日本を良くするという目的の下に集った戦友で仲間なのです。だからこそ野党第一党である聖女党党首の黒蝶揚羽代表に私の方から臨時代行をお願いしました。我々議員は時に意見が対立し、議論が加熱する事はあれど、我々議員とて同じ日本人なんです。そしてこの国の議員として見ている方向はいつだって一つ。どうか、国民の皆さんも我々のように一致団結して、この困難を共に乗り越えましょう!! そして、希望を捨てないでください!! 確かに墜落事故は起こりました。ですが、我々はまだ誰1人として希望を捨てていません!!』
やっぱりこの婆さんは食えねぇな。
30代、40代の議員が9割を占める日本の政界、中には藤井議員のように20代で次期総理と言われる臨時代理の第一席に座っている猛者もいる中で、60超えて政界に残ってるような婆さん議員はこういう時の立ち回り方が上手いし、何よりも若い議員に負けないだけのエネルギーと経験がある。
藤堂の婆さんなんて、いまだに1日4時間しか寝ないし、朝の5時から毎日10キロも走ってて、ベンチブレス100kg持ち上げて、一日5食も食べてて、朝食から肉汁たっぷり脂身まみれのステーキを平らげ、この前もトライアスロンの大会で10代の選手を抜いてメアリー様と優勝を競っていたからな。
「みんな、ちょっといいかな?」
私はカノンの声にハッとする。
「今、この少ない情報の中でわかっているのは飛行機が墜落したって事と、羽生総理やあくあ、皆さんの遺体は確認されてないって事だけだから、みんな一旦、落ち着こう」
カノンは泣いているなつキングの目をハンカチで優しく拭うと、いつもと同じ優しい笑顔をみんなに向ける。
「もしかしたら食欲がないって子がいるかもしれないけど、今はしっかりとご飯を食べましょう。そうじゃないと、何かあった時に動けないでしょ?」
カノン……お前、強くなったな……。
いや、元からこいつは芯の通った強くてかっこいい女だった。
このニュースが流れた時、お前の顔が見れなかった臆病な私とは大違いだ。
「小雛ゆかりさん」
「……何?」
カノンは今すぐにでも飛び出していきそうな小雛先輩に頭を下げる。
「本当は小雛ゆかりさんが今すぐにでも飛び出して、現地に行きたいって言うのはわかってるんです。それでも……私が不在の間、白銀キングダムを、みんなの事を任せてもいいでしょうか?」
「……わかったわ。カノンさん、あなた……あいつの事を信じてるのね?」
カノンは笑顔で頷く。
「はい。おそらくこのままだと世界各国の首脳が集まる首脳会談は荒れます。乗っていた飛行機はステイツですが、墜落した場所は極東連邦、スターズやアラビア半島連邦からも手を出せない事がない区域です。論理的に考えて、何かできるかもしれない私がスターズに行った方がいいと判断しました」
こいつは……カノンは、あくあ様や羽生総理達が生きてるって事を信じてるだけじゃない。
その3人が生きて帰ってくる事を大前提にして、その後の事まで考えている。
やっぱり、私が惚れた女は一味も二味も違う。
「わかった。ここは私に任せておきなさい。でも、無理しちゃダメよ」
「はい、わかっています」
カノンは私とヴィクトリア様の居るカウンターへと視線を向ける。
「ヴィクトリアお姉様、後宮を頼みます。あと、バイトもがんばってね」
「……任せておきなさい。このお店も後宮も。だからちゃんと全員で帰ってくるのよ」
「はい!」
ヴィクトリア様の全員でという言葉にグッと込み上げてくるものがある。
そうだよ。私達が諦めてどうするんだ!!
あの羽生総理が一緒にいるんだから、絶対にあくあ様は無事だと自分に言い聞かせる。
「えみり先輩、ごちそうさま。ラーメン美味しかったわ。お代、ここに置いておくね」
「あ、ああ……」
カノンはテーブルの上にお金を置くと、そのままお店から出て行こうとする。
すると隣に居たヴィクトリア様が私の背中を押した。
行ってらっしゃいと言われた気がした私は無言で頷くと、店を出たカノンを追いかける。
「カノン!」
私が声をかけると、カノンはぴたりと足を止める。
「……お前、無理してんじゃねぇか?」
「うん、無理してる……んだと思う。最悪な事は考えないようにしてるから」
私は後ろからカノンの体をギュッと抱きしめる。
「えみり先輩、少しだけ、ほんの少しだけこのままで居させてもらっても……いいですか? そうしたら、そのあとはまた……強い私に戻りますから」
「ああ、もちろんだとも」
カノンの小さな体が小刻みに震える。
堪えて涙を流すカノンの声が聞こえてきたが、私は何も言わずにその小さな体を力強く抱きしめた。
「えみり先輩、背中を押してくれますか?」
私は無言でカノンの背中を押す。
「ありがとうございます。えみり先輩。これでしばらくの間、頑張れそうです。えみり先輩、姐さんと楓先輩の事、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せておけ、カノン」
「それじゃあ……行ってきます!」
「行ってこい、カノン!! 絶対に、絶対にあくあ様や羽生総理と一緒に帰ってくるんだぞ!!」
カノンを見送った私は拳を強く握りしめる。
「カノン……私も動くからな。だから待ってろ」
カノンに比べて私は無力だ。
でも、こんな私でもできる事はある。
爆発炎上した機体の様子から見て普通の事故じゃないと思った。
どこの組織か国か知らねぇけど、私達、聖あくあ教を敵に回した事を後悔させてやる!!
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