雪白えみり、私も今日から一国一城の主!!
私は白銀キングダム内にできた“自分のお店”を見て涙を流す。
「ついに、ついにっ、ここまで来た……! みんな……! 本当にありがとな!!」
私が後ろに振り返ると、カノン、楓パイセン、姐さんの3人が暖かな拍手を送ってくれた。
みんな、私に出資してくれただけじゃなく、開店作業まで手伝ってくれて本当にありがとう!!
貧困生活からバイトに明け暮れていた私も、今日からは一国一城の主、自分のお店を持つオーナーだ!
「えみりさん、改めておめでとうございます」
「姐さん……!」
私は姐さんと軽くハグをする。
あれ……? もしかして妊娠で大きくなりました?
私がぐへった顔をすると、姐さんの視線が鋭くなったので秒でキリッとする。
「えみり、まさかとは思うが、1日でお店を潰すんじゃねぇぞ」
「それってロケ中にお店の扉を開けたら店が壊れた楓パイセンの事ですか?」
楓パイセンはそんなこともあったなと笑ってくれた。
私が知る限り、先輩界隈で一番器がでかいのは楓パイセンだ。
調子に乗った私がどんな事を言っても、楓パイセンは怒ったりしないし、そもそも怒ったところを見た事がない。
「えみり先輩はまだ妊娠中なんだから、無理したらだめですよ」
「わーってるって。ちゃんとバイトの募集もやってるし大丈夫だよ」
お前こそ、出産直後なんだから無理しちゃだめだぞ。
ほら、そこにネオンがピカピカ光ってる休憩所があるから私と一緒に2時間ほど休憩しようぜ。
私がそういう素振りを見せると、カノンの目がジト目になったので口笛を吹いて誤魔化した。
「そっか、今からバイトの面接だっけ? えみり先輩、頑張ってね」
「それじゃあうちらは戻るか。お前、本当に無茶するなよ」
「えみりさんが無理してないか、みんな定期的に様子見に来ますからね」
3人の優しさに私はまた涙が出てくる。
「みんな、本当にありがとな〜!」
大きく手を振って3人を見送った私は、改めて1人でお店にかかった看板を見上げる。
【お食事処えみり】
最初はラーメンえみりか雪白ラーメンって名前でラーメン屋にしようと思ったけど、今までのバイト経験を活かすためにいろんな料理が作れる普通の定食屋にした。
私はここをみんなが気軽に集まってホッとできるお店にしたい。
「となると、やっぱりバイトで雇う子は癒し系がいいな」
お店の中に入った私はキリッとした顔でバイトの面接にくる女の子を妄想する。
やっぱり癒しというと、デカくて優しいお姉さんがいい。
お客さんも癒されるし、雇い主の私も癒されるからだ。
ぐへへ、ちょっとくらいスキンシップしても許してくれるような子がいいなあなんて考えていると、玄関の外から誰かの気配を感じる。
あ、もしかしてバイトの面接で来た子かな?
私はまだみぬ優しいお姉さんに胸を踊らせると、元気よくお店の玄関を開ける。
「ふ〜ん。ここがあんたのお店? 邪魔するわよ」
「ちょ」
暇を持て余した大女優、小雛ゆかりパイセンが強引にお店の中に入ってくる。
もちろんこちらに拒否権などない。邪魔だから帰ってなんて言えるのはあくあ様だけだ。
「あの〜……小雛パイセン、何しに来たんですか? 今から、そのぉ、面接があってですね。えへへ……」
私は手で胡麻を擦りながら小雛パイセンの様子を伺う。
「何って、面接に決まってるじゃない。バイト、募集してるんでしょ?」
嘘……だろ?
私の頭の中に居た優しいお姉さんが一瞬で崩れ去っていく。
「え? それって何かの嫌がらせとか……」
「そんなわけないでしょ! あんたが妊娠してて大変だろうから、手伝ってあげようとしただけじゃない! 後、暇だし……」
なるほど、そういう事でしたか……。
つまり暇だから冷やかしに来たんですね。わかります。
「えー、志望動機はただの冷やかしと……」
「ちょっと! 誰が冷やかしよ!!」
あっ、冷やかしで思い出した。
試作品の冷やしトマトの和風カプレーゼが冷蔵庫に入りっぱなしになってる。
「よかったら、どぞ〜」
「ん」
私と小雛パイセンは、冷やしトマトの和風カプレーゼを摘んでいく。
普通、トマトのカプレーゼにはモッツァレラチーズやバジル、オリーブオイルを使うが、和風カプレーゼではキンキンに冷やしたトマトをスライスして、バジルの代わりに紫蘇の葉、モッツァレラチーズの代わりにスライスしたお豆腐を挟んでいる。しかも、オリーブオイルの代わりに使っているのは大根おろしとポン酢だ。
「ふぅん、さっぱりしてて美味しいじゃない。ビールや日本酒に合いそう」
うん、裏山で取ってきた紫蘇の葉が上手く効いてると思う。
この時期のメニューじゃないけど、まだ日中はそれなりに暑いので、仕事帰りのお姉さん達にキンキンに冷えたビールのおつまみとしておすすめしたいなと思った。
「ねぇ、他にもっとないの? 私、お腹空いてるんだけど」
「ちょっと待っててくださいね」
私は冷蔵庫の蓋を開けてピタリと止まる。
あれ? 私は一体、何をしてたんだっけ?
まぁ、こまけー事はいいか。私は細かい事は気にしない女なのだ。
冷蔵庫から材料を取り出した私はキッチンの前に立つ。
「ちゃちゃっと料理するから待っててくださいね」
糸のように細切りにした香川県産の金時人参、甘く炊いた青森県の黒土で育ったごほう、長崎県の壱岐島から取り寄せたジャガイモ、旬のエリンギや茗荷に自家製の天ぷら粉を薄くつけて揚げていく。
「野菜天での盛り合わせです。どぞー」
「ふーん、本格的にお酒が欲しくなってくるわね」
だと思ってました。
私は冷やしたコップを取り出すと、セイジョービールの蓋を開けて注いでいく。
国内製造のホップのみを使った癖のない飲みやすいクラフトビールだ。
「ん、この飴細工みたいな人参おいしいわね。口の中でとろけるみたい。それとごぼうの味付けがいいわ。後、これってさつまいもじゃないの? このジャガイモ、ホクホクしてて甘くて美味しい。いやー、ビールが進むわ!」
うちは産地や素材にも拘ってるけど、素材の下拵えにも手間をかけていますからね。
例えばジャガイモはちゃんと湯掻いて皮を剥いたものを使う事でホクホク感を強くしてるし、甘く炊いた牛蒡はしっかりと味を芯をまで浸透させてから揚げている。
もちろん産地や品種、生産してくれている農家さんも重要だ。野菜はそれくらい産地や品種、農家さんで味が全然違う。特に味や食感にでやすいジャガイモなんかは分かりやすいと思う。
っと、そろそろこっちも焼けたかな?
「後、今は秋刀魚が旬なんで、三陸沖で獲れた秋刀魚を七輪で塩焼きしました」
これもまたビールが進む逸品だ。
お店が開店したら、この時期限定のランチで秋刀魚定食を提供しようと思っている。
「ん〜っ、脂が乗ってて塩加減も丁度いい。なんかご飯が欲しくなってきたわ」
「ちょっと待ってください」
そうだろうなと思って、ちゃんと土鍋でお米を炊いて準備しているんですよ。
ぐへへ、気がきく女、雪白えみりとは私の事です。
「山形県の庄内地方から取り寄せたブランド米です。ここのお米は、米だけで米が食べられくらい美味しいんですよ。つまり米をおかずにして米を食ってください」
「えみりちゃんが言ってる事は意味わかんないけど、普通に美味しいわ」
そうかな?
試食してくれたあくあ様なんて、涙を流しながら三杯もおかわりしてたけど……。
しかもおかずなしのお米だけで三杯も食べてました。
こればかりは普段から料理をしない人には、あまりわからない感覚なのかもしれない。
「ふぅ、デザートは?」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
私は冷蔵庫から自家製のわらび餅を取り出すと氷水で洗う。
市販のわらび餅もそうだけど、わらび餅はきな粉や黒蜜をかける前に氷水でしっかり洗うと美味しくなる。
元から既にきな粉がかかってるわらび餅はダメだけど、粉がかかってない状態のものを氷水で洗うと食感が滑らかになるし、口当たりが抜群に良くなるのでできれば洗った方がいい。
「んっ、冷たくてとろっとしていて美味しいわね」
「うちのは口当たりを重視していますからね。だからお箸の口当たりもすごくいいでしょ?」
良いお箸を使うと食事がものすごく美味しくなる。
小雛パイセンは怪訝な顔をしていたが、これも本当の話だ。
「ふぅ……お腹いっぱいになったわ。ご馳走様」
小雛パイセンは満足したのか、お店を後にする。
ふぅ、やっと帰ってくれた……。
「ありあとございやっしたぁ!!」
おっと、これも直さなきゃな。
ラーメン竹子でのバイト期間が長かったせいか、油断してたら勝手にラーメン屋のえみりが出てきちまう。
「ん?」
そういえば、小雛パイセンって何しにきてたんだっけ?
私は首を傾ける。
……。
…………。
………………まぁ、いっか!
細かい事は気にするなだ。
そんな時間があったらお店の事について考えたい。
おっと、そういえばそろそろバイトの面接がある時間だな。
あれ? 思ったより時間が進んでるな。どうしてだろう……。
そんな事を考えていると玄関の引き戸がゆっくりと開いていく。
「お邪魔しますわ」
「あ、ヴィクトリア様」
ヴィクトリア様は後ろで手を結ぶと、少し恥ずかしそうにする。
んん? ヴィクトリア様がモジモジするなんて珍しいな……。
はっ!? も、もももももしかして私への告白とか!?
『えみりさん、実は私、あなたの事が……』
『ヴィ、ヴィクトリア様!? い、いいんですか!?』
光輝く私とヴィクトリア様が百合の花に包まれていく。
鼻息を荒くした私を見たヴィクトリア様がいつの間にかジト目になっていた。
おっと……私とした事が少しだけ顔に出てしまったようですね。
私はヴィクトリア様からの告白を期待して、キリッとした顔をする。
「あの、私……実は」
むっほー! あのヴィクトリア様が恥ずかしがってるだって!?
こ、これは、本当にその流れなのでは……?
妄想が現実になり始めた私が逆に慌てる。
「ここで、バイトしたくて来たんだけど、まだ募集してるのかしら?」
「もちろんです! 雪白えみり、彼氏はあくあ様だけですが、彼女は無限に募集中です!!」
ん? バイト? 彼女の募集じゃなくて?
「えっ?」
「えっ?」
私とヴィクトリア様はお互いの顔を見つめあったままの状態で固まる。
すぅ……私は気を取り直すと、ヴィクトリア様に向かって優しげな笑みを浮かべた。
「あっ、バイトの募集ですね。まだ受け付けてますよ」
「じーっ……」
ちょっと、ヴィクトリア様!?
そのジト目はカノンの持ちネタですよ!!
「あなたが変な勘違いするからじゃない!」
「すみませんでしたぁっ!」
だってね。恥ずかしがるヴィクトリア様を見て、私の理性が吹っ飛びそうになったんだもん。
全くこの姉妹はたまに似てるところを出して私をドキドキさせるんだから。
「でも、ヴィクトリア様。なんでまたバイトなんて……?」
「蝶よ花よの後宮生活も少し飽きてきたからよ。私達、後宮の姫は外交問題になるから外でバイトしたりとかできないけど、白銀キングダム内ならバイトできるでしょ。だから、貴女がお店を出すって聞いてチャンスだと思ったのよね。他の人だと気を遣わせそうだけど、貴女、私に気を遣わないでしょ」
あー、なるほどね。
あくあ様も忙しくて、そんなしょっちゅう後宮に行けるわけじゃないし、うちで日中ゴロゴロしてる人なんてなんとか先輩と執筆作業から逃げてるなんとか先生だけだ。
「それに他のお姫様達もバイトに興味あるみたいだし、私が先にすると他の人たちもやりやすいだろうなあって」
「なるほど、そういう事なら後宮の侍女としてバイトしている私が協力するもやぶさかではありません」
そういえば私が良くバイトの話をするせいか、前にスウちゃんもバイトしてみたいって言ってた気がする。
これは後で後宮長の小雛パイセンに相談しないとな。
「えーと、それじゃあこの服に着替えてもらえますか?」
「従業員の服かしら。いいわよ」
ヴィクトリア様は衣装を持って従業員用の休憩室に入る。
もちろん私は薄く開いた扉の隙間からヴィクトリア様の着替えの様子を覗く。
おっほ〜! 今日は情熱の赤ですかぁ。たまりませんなぁ。
「これでどうかしら?」
「バッチリです!!」
豪華絢爛なヴィクトリア様のドリルヘアに和服なんて似合うのだろうかと思ったけど、アップにしたらよく似合ってると思う。
「この和服、柄が可愛くていいわね」
「そうでしょうそうでしょう」
なんと言っても、カノンと2人で選びましたからね。
その事をヴィクトリア様に教えると、嬉しそうな顔で微笑んだ。
あくあ様じゃないけど、この笑顔だけで米が食える。
「それじゃあ、ちょっとだけ接客やってみましょうか」
「わかったわ」
ぐへへ、ここから先は私のターンだ!!
私が調子に乗ってセクハラ客を演じると、タイミング良く様子を見に来たカノンに睨まれる。
「全く、私が様子を見に来たからいいものの、私の姉に何やってるんですか!」
「いやいや、これも指導みたいなもんでして……すみませんでしたぁっ!!」
私はヴィクトリア様とカノンに平謝りする。
とりあえずこれでバイトを一名確保できた。
後はクレアやインコさんにも手伝ってもらえる事になってるし、バイトの数はこれで十分だろう。
「ん?」
そういえば、誰かもう1人くらいバイトの面接できていたような……。
まぁ、いっか! 気のせいだ。うん、気のせいに違いない!
細かい事を気にしない私は頭の中から小雛パイセンを抹消した。
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