白銀あくあ、親友のやらかし。
木の板、改めキングあくあ号に乗船した俺と小雛先輩は、出港直後数分で漂流した。
誰か助けてくれる人がいればいいんだけど、残念な事にチームメイトのインコさんとラーメン捗るさんの2人はさっき寝たばかりだし、美洲お母さんはまだスヤスヤと気持ちよく寝ている。
というわけで、美洲お母さんが起きてくるまでの間、俺と小雛先輩の2人は突発的にラジオの続きをする事になった。
「それじゃあ、誰か話せそうな人を探してきます」
「うん、わかった」
急遽、海の上で前回のラジオの続きをする事になった俺は。音声コミュニケーションアプリに表示された大会のために用意された各チームの部屋にログインしているメンバーの名前を確認する。
んー……どの人がいいかな。
俺の頭の中に、最後に会話した慎太郎の顔が横切る。
あの後、慎太郎がどうなったか気になるな。
ログインしているメンバーを見ると慎太郎はログアウトしているが、淡島さんはログインしている。
よし! 俺は淡島さんを呼び出す事を決めると、慎太郎のチームにログインした。
「こんにちは〜」
「あ、あくあ君!?」
「あくあ様?」
俺の声を聞いた淡島さんとゆうちゃんの2人がびっくりする。
おっ、どうやら慎太郎以外の全員が揃ってるようだな。
「あらあら、あくあ君ってばどうしたの? もしかして小雛ゆかりと2人が辛くなっちゃったの?」
「はは、そうなんですよ」
睦夜星珠さんの言葉に俺がニヤニヤしてると、誰かがチャット欄にログインした音が聞こえてきた。
「誰が誰と一緒にいるのが辛いって?」
「ひぃっ!」
俺は思わずログアウトしそうになったが、本来の目的を思い出して何とか堪える。
「あらぁ、久しぶりじゃない。昨日なんか炎上したって本当?」
「はあ? こっちはずっと炎上してるから、いつ炎上したかなんてわかるわけないでしょ!」
すげぇ、返しだ。
とてもじゃないけど、俺にはこの返し方はできない。
【常時炎上してるからいつ炎上してるかわからないとか初めて聞いたわw】
【こいつ、やっぱ終わってるw】
【本人が常に薪をくべてるからな】
【小雛ゆかり、捗る、森川の炎上界隈】
【↑嗜みちゃん大勝利さんも入れてあげて】
【本人は燃やしてるつもりないんだよ。周りが勝手に燃やしてるだけ】
【↑そう考えると私達にも悪いところがある】
【確かに】
界隈といえば女優睦夜星珠さんは、役者界隈で女帝と呼ばれている。
これは役者として長くトップレベルで活躍している睦夜さんに対しての敬称みたいなものだ。
また、過去に幾人もの男性との間に浮き名を流し、プレイガールとしても名を馳せている睦夜さんは恋多き女性としても知られている。
男性俳優と喧嘩ばっかりしてた小雛先輩とは対照的だが、この2人の仲はそんなに悪くないらしい。
「そういえば今朝は大活躍だったみたいじゃない?」
「ふ、ふん! 何のことかしら。いつも活躍してるから言ってる意味がわかんないわ」
あれ? 小雛先輩どうしたんですか?
なんかいきなりキレが悪くなったような気がするけど俺の気のせいかな……。
俺はコメント欄に視線を向ける。
【ひゅ〜】
【あー、忙しい忙しい】
【さってとぉ、ちょっと机周り掃除しようかな】
【おい、お前らw】
【急にみんな挙動不審になっててウケる】
【アクアクン、ナンモナカッタヨ】
【ソウダヨ】
【お前らチジョーかよw】
【そうそうなんもなかった】
【あくあ君。そんな事より女の子のこと考えよ?】
【うんうん、お姉さんも結構大きいけど、あくあ君は大きなお姉さんは好きかな?】
もちろん好きです! 大好きです!!
「私たち、日本の女優四天王も負けるわけにはいかないわね」
「何よそれ。私、知らないんだけど!?」
俺はカメラに視線を向けると素知らぬフリをして急に口笛を吹く。
「あら、あなた知らないの? 女帝、睦夜星珠。女狐、妖千トモヱ。女豹、永久之永遠。そして大怪獣先輩こと小雛ゆかりの4人の事をそう呼んでるらしいわよ」
「ちょっと待ちなさい! 大怪獣先輩……? それつけたの絶対にあくあでしょ!!」
ソンナコト、アルワケナイジャナイデスカー。
俺は小雛先輩に見られている事を察して、カメラからスッと視線を背ける。
【あくあ君、わかりやすすぎでしょ……】
【大怪獣先輩wwwww】
【こーれ、怒られます!】
【あくたん、もうちょっとかっこいい名前つけてあげてよ】
【なんか大怪獣先輩だけしょぼいな】
【他は女○とかなのに、1人だけ仲間はずれで草w】
【↑やっぱりぼっちなんじゃなぇか!】
【小雛ゆかり、こんなところでもぼっちなのかよ。優しくしたろ】
【↑数分後、やっぱりやめよ。になると予想】
だって、急に聖白新聞の人から女帝、女豹、女狐と釣り合うようなビッグな名前はないですかって聞かれて、咄嗟に出たのが大怪獣先輩だったんですよ!!
むしろ大怪獣ゆかりゴンと言いかけたところを踏みとどまって、なんとか途中で先輩に戻しただけ頑張ったと褒めて欲しい。
「ふーん、あんたにしては中々やるじゃない!」
えっ? 想像していた反応と違って、カメラに視線を戻した俺は目を見開く。
「所詮は人の女帝や動物の女狐、女豹より大怪獣の方が強そうだし、何より唯一無比の先輩がついてるのがいいじゃない! このビッグな私に相応しい名前ね!」
「そうですよ。小雛先輩! いや、大怪獣先輩!! 俺はね、小雛先輩にはこれくらいビッグな名前じゃないとダメだと思ったんですよ。ほら、文字数だって二文字じゃなくて五文字もあるじゃないですか!!」
自分でも無理めの事を言ってるなというのはわかってる。
それでも男なら乗らなきゃ、このビッグな大怪獣先輩、小雛ゆかりの作り出した勘違いウェーブに!!
「そうよね! やっぱり文字数が多い方が強そうだもん!! つまり私がこの軍団のトップってことよね! 先輩なんだし!!」
「絶対にそうですよ!!」
やはりパワー。ゴマスリもパワーという勢いだけでゴリ押せばどうにかなる。
俺は今日もパワー教に入っていてよかったと思った。
【やっぱり成功する人って普通の感性じゃないんだな】
【文字数←そこ!?】
【文字数で競ってるの最高に小学生レベルで好き】
【↑最近の小学生は普通に頭いいよ】
【ふらんちゃんとかハーちゃんとか小学生だけど、文字数の多さで競ったりなんかしないよ】
【小学生ディスるのやめてもらえますか?】
【睦夜星珠大爆笑してるw】
【私、この2人のこういうとこ好き】
【↑わかる】
そういえば日本の女優四天王に美洲お母さんとレイラさんが入ってないけど、2人は活動の場をステイツを中心とした海外に移してるから除外されているのだろう。
……あれ? それはそうとして、俺は何しにここにきたんだっけ?
「って、、いったいなんの話してんのよ! あんたも、黛君の話を聞くためにここにきたんじゃないの?」
「あっ、そうでした」
当初の目的を思い出した俺は軽く咳払いする。
「淡島さん、どう、俺の親友は? なんか不満があったら、こっそり俺にだけ教えてくれていいよ。俺がさりげなくフォローするからさ」
「そんな、不満だなんて……」
……これは確実にあるな!
俺の女の子センサーがそう言っている。
「不満とまではいかなくても、気になってる事とかあるんじゃないの?」
「あ……」
ほらね。ビンゴ!
これは少なからず何か気になる事があるって反応だ。
「えっと……気になるっていうか。この前、慎太郎君と一緒にドラマを見てたらそのいい雰囲気になって……」
「い、いい雰囲気……」
なるほどなるほど、そこで慎太郎から突然キスされちゃってびっくりしたんだな。
俺にはちゃんわかってますよ。
あと、お子様のゆうちゃんには少し早かったかな。
「私がチラチラ慎太郎君の事を見てたら、トイレに行きたいのか? 一時停止しようって……」
俺は淡島さんへの申し訳なさで頭を抱える。
慎太郎、お前、ゆうちゃんよりわかってねぇじゃねぇか!!
「ふふふ、でしょうね。ちなみにあくあ君はそういう時、どうしてるの?」
「俺ならもうそういうシーンになりそうな雰囲気が出てきたところから、隣に居るカノンの肩に手を回して意識させます」
大体はこの時点で、それに気がついたカノンがドキドキして俺を意識し出します。
「で、いい雰囲気になったところで、隣のカノンにずっと視線を向けてアピールします。あとは向こうがこっちを向くの待って、軽くちゅっとするのが鉄板ですね」
大体の場合、みんなは喜んでくれる。
さらにその後、見ているドラマや映画が退屈な場合や、2人の部屋で見てる時はそのままイチャイチャする流れだ。
【ふぁ〜っ】
【やっぱりあくあ様なんだよね】
【誰かこれクリップ、先生のとこに貼っておいて】
【↑先生はもうされてる側だから、これはノーダメじゃない?】
【むしろカノン様のところに貼ってきてほしい】
【↑起きてるからダメージ大きそうw】
【淡島さん顔まっか、睦夜さん大喜び】
【小雛ゆかりが若干ジト目になってるw】
【女の子同士だけど、今度やってみます!!】
【↑私も!!】
【男子だけど勉強になります!!】
【↑うおおおおおおおおお!】
イチャイチャしすぎると恥ずかしがりすぎたカノンに「あくあのばか」と言われるが、それもまたご褒美だ。
なんならそれが見たくてやってるすらある。
「後、この前も慎太郎君と公園でお話ししたんだけど、周りに誰もいなくて、2時間ずっとドキドキした後にじゃあ、またって言われて……」
慎太郎うううううううううううう!
そこはもっとこう……なんというか、せめてハグくらいしろよと言いたくなった。
俺なんかこの前、公園のベンチで雨宿りしてた時にアヤナとイチャイチャしてたら、聖白新聞に写真撮られて、翌日の一面に乗っちゃったんだぞ!
「2人でお買い物してた時もこっちが近道だからって細い道に入ったら、人気のないところに入って私もそういう気持ちになっちゃってたんだけど、何事もなくスルーしたりとか……これは、期待しすぎちゃった私が悪いんですよね」
「いやいや、そんな事ないよ。俺だって女の子と歩いたら、期待しちゃうもん」
俺だって、この前、リサやうるは、ココナの3人と……いや、それはいい。
今は自分の事よりも慎太郎と淡島さんのことだ。
「それとね。私の部屋に来た時も、ベッドに腰掛けて喋ってたけど特に何もなくって……。その、慎太郎君とお付き合い? するようになってから私も頑張ってるつもりなんだけど、私ってあんまり魅力ないのかなぁって……む、むしろ嫌われちゃったのかなって不安に……」
……慎太郎、お前、付き合ってるんだよな?
淡島さんも付き合ってる事が信じられなくなってきたのか、言葉にクエスチョンマークがついてるじゃねぇか……。
俺もお前と淡島さんが付き合ってるのか、怪しい気持ちになってきたぞ。
「よしよし、あなたも苦労してるのねぇ」
「千霧お姉さん元気出して」
涙目になった淡島さんをゆうちゃんと睦夜さんが慰める。
どうやら少しだけ3人の距離感が近づいたようだ。
慎太郎、もしかしてお前、ここまでが計算済みだったのか?
いや、流石にそれはないな。
俺は親友をフォローするために、淡島さんに優しく語りかける。
「淡島さん、そんな事ないよ。この前だって、慎太郎と一緒に話をした時に、淡島さんのお尻について小一時間ほど語り合ったばかりだから」
「えぇっ!?」
これは作り話でもなく、本当の話だ。
若干、誇張した表現も入ってるかもしれないが、それも全ては親友のため!!
俺はこっちをジッとみている小雛先輩が操作するキャラの視線をかわすために、自分のキャラを操作して体ごと背ける。
「だから淡島さん、次、あいつとデートする時はスキニーかタイトめのスカートを穿いたらどうかな?」
「な、なるほど。女の子らしいのが好きかなって思って、ふんわりしてたスカートとかワンピースとか穿いてたんだけど、そっちじゃなかったんだ……」
ふぅ、我ながら完璧なアドバイスだ。
俺はわざとらしく腕で額の汗を拭う。
【なるほどなるほど】
【とても参考になります!!】
【黛君は淡島さんのお尻が好きと】
【マユシン君のファン、明日からスキニーとタイトスカート増えそうだな】
【藤百貨店ネキ:今頃各支店の販売員が震えてそう。特に新宿店のみんな……】
【↑今まさに震えてます】
【藤百貨店ネキは白銀キングダム店に移籍しててよかったなw】
【あくあ君、大丈夫? 後で黛くんに怒られたりしない?】
【↑黛君はむしろありがとうっていいそう。黛君は私達以上にあくあ君全肯定だから】
【↑それはあるw】
配信を見る限り、淡島さんの表情は悪くない。
問題は慎太郎の方だ。後でしっかりと言っておかないとな。
「後、慎太郎は奥手なだけで、結構むっつりだから。なんかあっても、嫌われてるとか思わないで」
「そ……そうなんですか?」
俺は力強く頷く。
慎太郎は基本的に誰かを嫌ったりするような奴じゃない。
優しくて思慮の深い俺の大事な、自慢の親友だ。
「あんた、また適当言ってるんじゃないんでしょうね?」
小雛先輩……なんでゲーム越しなのにそんなに圧が強いんですか。
俺の操作するキャラの後ろにピッタリとくっつかないでくださいよ。
えっ? 板が狭いんだからくっつくのは仕方ないって? それもそうか……。
「じゃ、じゃあ嘘じゃないって証明しますよ。ちょっと待ってくださいね」
俺は慌ててとあに電話する。
『とあ、起きてるか?』
『んん……何、あくあ?』
これはまだ寝てたかもしれないな。
俺はとあに「すまねぇ」と謝罪の言葉を伝える。
【寝起きのとあちゃんきたー!!】
【寝起きボイス、助かります!!】
【寝起きとあちゃん、かわいい!!】
【声が少し低くてセクシーとあちゃんだ……】
【ごめん。ドキドキしてきた】
【お花摘みに行ってきまぁーす】
【あれ、寝息の音が】
【うおおおおおおおおお!】
【とあちゃんおやすみ!】
おーい、とあ、まだ寝るな!
俺たちの親友のために、もうちょいだけ頑張ってくれ!!
『なぁ、とあ。慎太郎って結構むっつりだよな?』
『んん……むっつり? 誰……あくあの事?』
お、俺じゃねーよ。
『あくあはむっつりじゃないか。普通にすけべなだけだもんね。学校でもよく杉田先生とかカノンさんとか、月街さんとかにちょっかいかけてるもん』
そうだよそう! って、それじゃあ、俺がただのダメな男みたいじゃないか!!
いや、まぁ、百歩譲らなくても事実なんだが、そこは親友としてもう少しオブラートに包んで欲しかった。
『……それとも、僕がむっつりだってバレちゃった?』
『えっ?』
流れ……変わったな。
俺はスマホを耳に押し付けると、息を呑む。
『だって、僕、この前……』
こ、この前……?
……。
…………。
………………?
とあ?
今、みんな、その続きを待ってるんだぞ。
ほら、俺のコメ欄を見ろよ。いつもはすごいスピードで流れてるのに、今なんかもうピタリと止まってるもん。
『すぅすぅ……』
そこで、寝るんかい!!
俺はツッコミを入れたかったが、とあを起こしたくなかったので我慢する。
『あ……おにぃ、こんなところで寝て! って、あれ? 電話?』
ん? この声はスバルたんか?
電話の向こうからガタガタという音が聞こえてくる。
『もしもし、あくあ様ですか?』
『うん、そうだよ』
『ごめんなさい。うちのおにぃが途中で寝ちゃったみたいで』
『いやいや、俺の方こそ大会中に起こしちゃってごめんって後でとあに謝っといて』
あれ? そういえばスバルたんもこの大会に参加してなかったっけ?
もしかして休憩中だったのかな?
『スバルちゃんこそ忙しい時にごめんね。それと、スバルちゃんはどこのチーム入ったの?』
『いえいえ、私はちょっと前に起きてましたから。それと私はらぴすと一緒にアヤナ先輩のチームにお邪魔してます!』
えっ? アヤナのチーム?
いいなぁ。俺もそっちに行きてぇよ。
『そっか、じゃあ俺も小雛チーム裏切ったらそっちに行くから。後で一緒にたくさんゲームしようね』
『は、はい……でも、その、裏切るって言って大丈夫なんですか?』
大丈夫大丈夫! 後で俺が上手く誤魔化しておくから。
そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
このドスドスとした振動は間違いない。大怪獣先輩だ!!
「ちょっと、あんたねぇ。何が裏切るよ!!」
「た、ただの冗談みたいなもんじゃないですかぁ。小雛先輩、とりあえず一旦落ち着きましょう」
俺は地団駄を踏む大怪獣先輩をなんとか宥めようと試みる。
しかし、それはあっさりと失敗の終わった。
「決めた。あんたが裏切らないように、私ここで寝るから。誰かが助けに来たら起こして」
「ちょ、待ってくださいよ。小雛先輩、この画角だと後ろで寝てる小雛先輩が映っちゃうんだって」
「あんたがカメラずらせばいいだけの話じゃない。それより、私が寝てる間にチーム抜けたらわかってるんでしょうね?」
「だ、だから大丈夫ですって」
俺はなんとか小雛先輩を寝かせると、後ろが映らないようにカメラをずらす。
「この人、よくこれで炎上しないわね。あくあ君、困った事があったらいつでも相談してね」
「あ、はい。ありがとうございます」
睦夜さんの優しさに、俺は本当に裏切ろうかなという気分になってくる。
とはいえ、この人の面倒を見られるのはこの世界で俺だけだ。
それに、一応は世話になってるし、ちゃんと義理は返しておかないとな。
って、言ってる側から小雛先輩が飛ばした布団が俺の頭に覆い被さってくる。
もう! 本当に仕方のない人だなぁ!
「ほら、小雛先輩、お布団飛ばしちゃってますよ」
俺は小雛先輩が飛ばした俺の布団をかけると、再びゲームに戻った。
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