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白銀あくあ、俺のネーミングセンス。

 旅館にチェックインした俺達は、街に繰り出すよりも先にお風呂に入る事にした。

 というのも、この時間なら利用者がいないから貸切にして撮影ができるからだ。


「さすがはあくあ様、松山について初手からお風呂サービスですか。女子の需要をわかっていらっしゃる」

「ぷ、プロデューサー、本当に大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だから、天鳥社長が文句言うまで撮影し続けろ! なーに、何かあっても私の首が飛んで、2人目の私がやってくるだけだ!!」


 ん? 後ろで頭を抱える阿古さんの隣でベリベリのスタッフ達がヒソヒソと何かを話していた。

 まさかまた、なんかやらかすつもりじゃないですよね。警戒心が尻尾を巻いて逃げ出した事に定評のある俺が珍しく警戒する。


「あくあ、何ぼーっとしてるんだ? 天我先輩がスキップで先に行ったぞ」

「ああ、ごめん。慎太郎、今、行くわ」


 俺はスタッフから視線を外すと、露天温泉のある場所へと向かう。


「とりあえず水着を用意しろ、今すぐに……!」

「合点承知です! プロデューサー!」

「いやいや、みなさん。こんなこともあろうかともう準備していますよ」

「くっ、さすがはチーフディレクター。胸部装甲が厚いだけあって気が利いてやがる」

「チーフ。今、あくあ君の水着だけ違うところから出しませんでしたか?」


 胸部装甲!? 今、誰か楽しそうな話してませんでしたか!?

 動きを止めた俺が慌てて視線を戻すと、みんなが一斉に視線を逸らして口笛を吹く。

 おかしいな。俺の気のせいだったか。


「それじゃあ、これが水着になります。カメラを設置してくるので少し待っててください」

「「「はーい」」」


 あれ? よく見たらとあがいない。どこに行ったんだろう。

 トイレでもしに行ったのかな?

 まぁ、いいや。俺は先に着替えておこう。


「ん?」


 この水着、やたらとほかほかしてるな。

 しかも、なんかすごくいい匂いがする。

 いい柔軟剤でも使ったのだろうか? すごく女の子の匂いがする。

 後で水着を渡してくれたチーフディレクターに、どこの柔軟剤を使ったか聞いておこう。

 俺は水着を着ると、隣で着替えていた天我先輩の方へと視線を向ける。


「天我先輩、だいぶ筋肉ついてきましたね」

「だろう?」


 細マッチョ……とは言わないけど、以前のひょろひょろ具合から比べるとだいぶ筋肉がついてきた気がする。

 ニコさんとのトレーニングが順調に進んでいるんだろう。

 天我先輩は俺の体を見ると、羨ましそうな顔で俺の腹斜筋をじーっと見つめてきた。


「うーむ。どうやったらここに筋肉がつくんだ?」


 俺は天我先輩にここの筋肉の付け方を教える。

 腹斜筋は鍛えすぎるとウェストが太く見えるから普通はやめた方がいいけど、天我先輩は身長があるから鍛えた方がカッコよく見えるかもな。

 それこそここの筋肉を鍛えまくってる女子サッカー選手のクリティーナ・ロニーニャも身長187cmあるがウェストが太くは見えない。


「僕も少しは鍛えた方がいいんだろうか?」


 水着姿になった慎太郎が、天我先輩と俺の身体を交互に見る。


「まぁ、それは人それぞれじゃないか。あっ、でも、なんかあった時のために淡島さんを抱き抱えて逃げられるだけの筋肉はあった方がいいかもしれないな」


 ちなみに俺は有事の際に、4人までなら抱えて全力で走れるところまでは検証済みだ。

 これもほぼ毎日、紐をつなげただけの10トントラックを引っ張っているおかげだろう。

 そのトレーニング風景を見た楓やイリアさんはキラキラした目で俺を見てくれたが、アヤナが若干引いていたように見えたのは俺の気のせいだろうか。あと、隣にいた小雛先輩は全力で呆れた顔をしていた。


「流石に僕が千霧さんを抱き抱えて逃げるのは難しいと思うが……」


 慎太郎はメガネをクイっとさせると、少しだけ顔を赤らめる。


「お姫様抱っこくらいはできるようになりたい。その……彼女がそう言うのが好きそうだからな」


 慎太郎うううううううう!

 俺と天我先輩は慎太郎の体を抱きしめる。

 男同士で抱き合っていると、入り口から入ってきた水着姿のとあが呆れた顔をしていた。


「あれ? とあ、もう着替えてたのか」

「うん、部屋に荷物置きに行ったついでに着替えてきた」


 ふーん。とあはタンクトップとショートパンツタイプの水着か。

 よく見ると天我先輩や慎太郎もTシャツを着てるし、もしかしてこの世界じゃ男も上を着るものなのか? まぁ、俺は見せていくスタイルだけどな。

 なんなら、いつだって全てを曝け出してもいいと思ってる。

 アイドルになると決めたあの日から、俺はファンに隠し事はしないって決めてるからな。

 一切の事を隠さずに、全てを曝け出していく進化系アイドル。それが白銀あくあだ!!

 でも、前に風呂に入る時の撮影で全てを出していこうとしたら、ベリベリのプロデューサーさんに全力で止められたんだよな。


『お願いだからやめてください〜。スタッフ達を病院送りにしないでくださいよぉ〜』


 ベリベリのプロデューサーさんは大抵の事はOKしてくれるけど、あの時だけは体にしがみつかれて泣かれたのをよく覚えている。


「みなさん、準備できましたー」

「「「「はーい」」」」


 扉越しに準備が整ったという事を確認した俺は、先頭を切って露天風呂に出る。

 天我先輩も最初に出るのは少し恥ずかしいみたいだ。


「おおー。やっぱり露天風呂はいいな」

「良い景色だね」

「うむ、絶景かな」

「ああ、これだけでも来て良かったって思うよ」


 俺達は横並びになって外の景色を見る。

 そういえば去年もベリベリで旅行に行った時、みんなで露天風呂に入ったよな。

 俺だけじゃなくて、みんなその時のことを思い出したのか少しだけ感傷的な顔になる。


「おい、みんな。体が冷える前に風呂入ろうぜ。ここまできて風邪ひいたら洒落にならないからな」

「あ、ああ、そうだな!」

「うん、早くお風呂にはいろ」

「そうしよう。僕も少し寒くなってきた」


 俺は掛け湯をしてから露天風呂の中に浸かる。

 本当は体を洗ってからの方がいいんだけど、先に体を温めたかったのと、どうせ俺達が出た後にお風呂を掃除するからだ。


「ふぅ……」


 運転で疲れていたのか、天我先輩は自分で体を揉んで筋肉をほぐしていた。

 天我先輩、本当にお疲れ様です。


「本当、良いお湯だねぇ」


 俺はとあの言葉に頷く。

 温泉が五臓六腑に染み渡るようだ。


「ライブが終わった後にもみんなで入りたいな」


 俺達は慎太郎の言葉に頷く。

 そういえば、部屋に専用の露天風呂がついてるって言ってたような気がする。

 ライブが終わった後に、みんなでまた入るのも悪くないなと思った。


「「「「はぁ……」」」」


 温泉でほっと息をついた俺たちはお風呂を出て服を着替える。

 あれ? とあは、いつの間に着替えたんだ?

 ああ、みんなより先に出て着替えていたのか……。なるほどな。


「お風呂に入ったら、お腹空いてきたな」

「うん。みんなでご飯食べに行こ」


 そうと決まったら、話が早い。

 俺達は再び天我先輩の運転する車に乗って松山の中心街に繰り出す。

 愛媛は旅館から市街地が近いのは良いなと思った。


「で、お昼どうする?」


 俺の言葉に後ろの席に座っていた慎太郎がいそいそとガイドブックを取り出す。

 お前、その付箋の数……めっちゃ楽しみにしてたんだな! わかるよ、その気持ち。


「慎太郎、おすすめはあるか?」

「鯛めしとかどうだ? こことか良さげじゃないか?」


 おお〜。うまそうだ。雑誌の写真を見ていただけなのにとあと俺のお腹が鳴る。


「よし、じゃあ、慎太郎がおすすめしてくれたお店にしようぜ」

「後輩、ナビを頼む!」


 俺は慎太郎から雑誌を借りると、助手席から隣にいる天我先輩にナビゲーションをする。

 ナビを入力した方がより正確に案内できそうだけど、せっかくの旅なのでこういうのも良いんじゃないかと思った。


「着いたぞ!」

「飯だ飯!」

「ごっはん〜。ごっはん〜」

「僕もお腹がぺこぺこだ」


 俺は先にお店に入ると、例の如く取材許可を取る。

 もちろんその後に、スタッフさんが来てくれて正式な同意書にサインしてもらう。

 ごめんね。今、本当に面倒くさくて……。


「それではお部屋にご案内しますね」


 個室に通された俺達は、4人で鯛めしランチを注文する。

 ここまで来て他の選択肢はないからだ。


「「「「おお〜!」」」」


 すげぇ! 鯛の身がちゃんと入ってる。

 これをしゃもじで崩して混ぜてお茶碗によそうのか。

 うわっ! おこげのところめちゃくちゃうまそう!!


「「「「いただきまーす!」」」」


 まずは一口。俺はお箸でご飯を少し取って食べる。

 んっ! 鯛の旨みがしっかりと感じられるな。

 しかもこれは鯛の味だけじゃない。昆布から取った出汁の旨みも感じる。

 それに加えて鯛の魚臭さを醤油と三つ葉の香りでうまく消していて、匂いだけでも腹が膨れてきそうだ。


「あくあ、お刺身も美味しいよ」

「おっ、本当だ」


 俺はとあに勧められて鯛のお刺身を食べる。

 うん、とろけるような舌触りと甘い味がしてすごくうまい!

 これと鯛めしを交互に食べると、鯛めしの塩辛さとちょうどいい塩梅になる。


「鯛出汁の卵焼きも美味しいな」

「うむ! 我はこれが気に入った」


 慎太郎と天我先輩に勧められた卵焼きを食べる。

 んんっ! やっぱり魚で出汁を取ってる卵焼きはダントツでうまいな。

 このなんともいえない複雑で奥行きのある感じは、魚屋さんで買う卵焼きか、こういう海鮮がメインでやってるお店の卵焼きじゃないと味わえない。

 俺たちはあまりのおいしさに無言で飯を食う。


「「「「ごちそうさまでした!」」」」


 満足満足!

 俺達はお店の人においしかったよとお礼の言葉を伝えに行く。

 すると料理を作ったお姉さんが泣くほど喜んでくれた。


「さてと、それじゃあ少し街をぶらつきますか」

「うん、僕もお土産買いたいしね」


 俺はみんなに頼まれていたお嬢ちゃん団子やタオルを買ったりする。

 そうこうしていると、何かに気がついた天我先輩が大きな声をあげて俺の肩を叩いた。


「後輩!」

「天我先輩、どうかしましたか?」


 俺は隣に居た天我先輩の方に顔を向ける。


「あ、あああああの看板、そうじゃないのか!?」


 あの看板? 俺は天我先輩が指差した看板を見つめる。


【捻るとみかんジュースが出る蛇口があります!!】


 うおおおおおおおおおお!

 こっ、ここだぁ!!

 童心に帰った俺と天我先輩はお店に向かって一目散に走る。


「ちょっと、あくあも天我先輩も待ってよー」


 俺たちの動きに気がついたとあと慎太郎が慌てて後ろから着いてくる。


「失礼しまーす!」

「はい。って、あくあ様ぁ!?」


 俺は奥から出てきた店長さんと交渉して撮影許可を取る。


「あくあ、こっちこっち! 本当に蛇口あるよ!」


 わかってるって。まぁまぁ、ちょっと落ち着いて待ってな。

 俺は店長さんに説明を受ける。


「このジュースは、新しい品種、果試473号を使ったジュースになります」

「へぇ」


 いつもは日替わりでいろんな品種のみかんジュースを出してるらしいけど、今日は特別に新しいみかんジュースを提供しているそうだ。

 実際にその品種を生産した生産者のお姉さんが来てるらしく、俺はその人にも挨拶する。


「あ、あのゼリーみたいにすごく甘くて美味しいジュースなので、ぜひ飲んでみてください」

「ありがとうございます」


 ほらほら、そんなに緊張しないで。

 俺はカップを手に取ると蛇口をゆっくりと捻る。


「うぉっ!? 本当に出てきた」


 間違いない。この色はみかんだ。

 一瞬、後ろにいるベリベリのプロデューサーのにやけた顔が見えたせいで、中身がうどんの出汁に変えられていたらどうしようかと思ったが、流石にベリベリのスタッフもそこまで酷い事はしないよな。うん。

 俺はベストだと思うタイミングを見計らって蛇口を閉める。


「わっ、わっ、本当にオレンジジュースだ」

「みかんのいい匂いがするな」

「我、感無量」


 俺たちは4人揃ったのを見て乾杯する。


「それじゃあ、いただきまーす!」

「「「いただきまーす!」」」


 横並びになった俺達は腰に手を当ててジュースを一気に飲み干す。

 うっめぇ。本当にゼリーみたいに甘い。

 だけど鼻に抜けるみかんの香りの爽やかさとさっぱりとした酸味が控えめに言って最高だ。

 俺は無言で蛇口を捻ってお代わりをする。


「おいしー。僕、これ好きー」

「うむ。何杯でも飲めるな!」

「母さんにお土産で買って帰ろうかな」


 3人もすごく美味しそうな顔をしてジュースをごくごくと飲む。

 慎太郎。どうせ買うなら貴代子さんだけじゃなくて、淡島さんのも買って帰ってあげろよ。

 淡島さんみたいなクールな女の子ほど甘いものには弱いんだ。そこから攻めてけと、カメラが回ってないところでこっそりとアドバイスを送る。


「あくあ様、よかったらこのジュースに名前をつけてくれませんか?」


 そうだな……。俺の頭の中でイマジナリー大怪獣ゆかりゴンが右往左往する。

 ちょっと、小雛先輩のネーミングセンスは俺と同じレート帯なんだから、あまり脳内でドスドス歩いてチラつかないでくださいよ。俺は小雛先輩から目を逸らすように顔を背ける。

 するとその視線の先にポンカンの入った籠が見えた。

 ポンカンか。ポンカン……ポンカ……ポン、ポン、ポン!

 頭の中に突如として閃きが降りてきた俺はカッと目を見開く。


「ポンジュー……いや、これはカノポンジュースだ!!」

「「「「「「「「「「おぉ〜」」」」」」」」」」


 俺の愛する人、カノン。

 そして俺達が愛する国、日本のポン。

 それら全てを合わせてカノポンジュースだ!!

 俺はみんなに名前の由来を説明して納得してもらう。


「それではこのジュースの材料となったこの蜜柑の名前ですが、どうしますか!?」


 生産者であるお姉さんが目をキラキラと輝かせる。


「そうだな……」


 やはりカノンに相応しい高貴な名前をつけないとな。

 そうなると、このやはりこの名前しかないだろう。


「姫……いや、愛媛の媛と、俺の中での永遠のお姫様、カノンを組み合わせた媛かのんだ!!」

「「「「「「「「「「おぉ〜」」」」」」」」」」


 とあ、慎太郎、天我先輩、店員さん、生産者さん、周りに居たお客さん、スタッフのみんなが一斉に拍手をする。

 どうやら俺がつけた名前は好評だったみたいだ。


「あ、あくあ様、良かったらこの飲み終わったコップに命名した名前とサイン、日付を書いてくれませんか!?」

「もちろん」


 俺は空になったカップにマジックでサインと名前を書く。

 その後ろの見えないところでは、阿古さんが店長さんや生産者さん達と何か小難しい話をしていた。

 一体、何の話をしているんだろう。

 そんなことを考えていたら、阿古さんが俺のところに戻ってきて耳打ちをする。


「あくあ君。帰ってから販促用のポスターやPOP、のぼり旗に使う写真の撮影をするから、そのつもりで」

「あ、はい。了解です」


 え? もう、そんなところまで話が進んでるんですか?

 しかも俺とカノンとえみりの3パターン展開で、CMの撮影も!?

 いやいや、流石に展開が早すぎでしょ……。

 えっ? 心配しなくてもすぐに売れるからぼんやりしてる時間なんかない?

 あっ、はい。そうですか……。


「それじゃあ、みんな。そろそろリハーサルの時間だから戻りましょう」

「「「「はーい!」」」」


 俺達は商店街を後にすると、ライブ会場でもあるお城の公園へと向かう。

 今回は野外コンサートだから、音や光が外に漏れないように遮光を兼ねた防音壁を設置しているそうだ。

 毎回、俺たちのために2週間以上前から先乗りして会場の準備をして、ライブが終わった後に残って撤収もしてくれている設営のスタッフさん達には頭が下がる。


「よし、着いたぞ!」

「天我先輩、運転ありがとうございます」

「ありがとうー!」

「ありがとうございます。天我先輩」


 俺はみんなの顔を見る。

 どうやらとあも、慎太郎も、天我先輩も、気持ちはもう十分にできているみたいだな。

 気合の入った顔をした俺達は車から降りると、ステージのある場所に向かって歩き始めた。

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