音ルリカ、仮面の人。
前夜祭を入れて3日間の文化祭が終わりました。
文化祭の後片付けでゴミ出しをしていた私は、空のゴミ箱を持って教室に戻る。
すると、教室に戻る道すがらにすれ違った人たちが気さくに声をかけてきました。
「音さん、お疲れー。劇、すごく良かったよ!」
「あ、ありがとう」
「あ! 音さん。ファッションショー対決は惜しかったね〜。私も投票したんだけど、やっぱりあくあ君は強かったね。でも、1Aのショーすごく良かったよ!」
「ありがとう。クラスメイトの子達にも後で伝えておくね」
私は話しかけてくれた人達に笑顔を返す。
この数週間で私を取り巻く環境は変わりつつある……というか、変わりました。
他の生徒達から話しかけられるようになったし、私もあの人に、仮面の人に会ってから、少しは前向きになれたような気がします。
私が空になったゴミ箱を持って教室の中に入ると、入り口に居た生徒達が私に気が付いて声をかけてきました。
「音さんお疲れー」
「ゴミ出しありがとう。それで最後だから、もうあがっていいよー」
「わかりました。お疲れ様です」
ゴミ箱を元あった位置に置いた私は、自分の机に戻って帰るための準備を整えます。
「ねぇねぇ、文化祭の打ち上げって19時からだっけ?」
「そうだよ。白銀キングダムの中にある迎賓館の宴会場でやるんだって」
「すごいよね。先生も生徒も用務員さんや事務員さん、給食のおばちゃん達も全員呼んで打ち上げとか」
「私、1000人以上が入れる宴会場なんて初めて行くんだけど……」
「いや、私だってそうだよ」
「白銀キングダムに行くの楽しみ〜」
「ね。本邸とか後宮とか見学できたりしないかな?」
「流石にそれは難しいんじゃない?」
どうやらみんな、打ち上げの話で大きく盛り上がっている見たいです。
私は帰宅するための準備を整えながら、みんなの話に耳を傾ける。
「私、生まれて初めてちゃんとしたパーティー用の服買ったわ……」
「どうせ2年後にプロムで使ったりするんだから、買っておいていいよ」
「2年後は体型が合わなくなってるんだよな。これが」
「それを言っちゃダメでしょ!」
「ていうか2年もすぎたら流行なんて変わっちゃうんだし、今似合う服を着ておけばいーの」
「それはそう。でも、カノン様とかあんまり流行とか気にしないよね」
「いや、カノン先輩はむしろ流行を作り出す人だから。カノン先輩が着た物が流行になる……みたいな」
「確かに。それこそメンズのファッションなんて、もう完全にあくあ君が中心だしね、私のお姉ちゃん藤で働いてるけど、やっぱり男性のお客さんとか、あくあ君が雑誌で着てるのとかないですかー? って買いに来るらしいよ〜」
へぇ、そうなんだ。
あくあ様とは劇の時くらいしか話した事ないけど、学生の文化祭でも全くと言っていいほど手を抜かない人だった。
ヘブンズソードで共演した時もそうだったけど、あくあ様との共演は1人の役者としてすごく勉強になります。
現場に入ってきた時から普段とは全然違うっていうか、すごく存在感があって、そう、スターってこういう人なんだなって感覚だけでわからせられたし、そういう意味ではやっぱり美洲様と親子なんだなって思ったし、その遺伝子を色濃く受け継いでいるんだと感じた。
かと思えば役への理解度を高めるための落とし込み方はすごく細かくて、スター特有の個性ゴリ押しをしている感じはあまり感じられません。そこは、作品や人物に対してすごく繊細に扱ってくれる小雛ゆかりさんとすごく似ているというか影響が強いんだと思う。
私はアイドルの事についてはあまりよくわからないけど、白銀あくあという役者は、小雛ゆかりさんが役者としての土台を固めるために土を耕して、天鳥社長が種を蒔くように適切な仕事を持ってきて、彼を支える人達やファンが水を撒いて、本郷監督がヘブンズソードという太陽で照らして国民的な俳優に押し上げられたことで完成したと考えています。
そう考えると、世間からの評価であくあ様を只の2世、雪白美洲の息子にしなかったのは、最初にせっせと土を耕してスコップでぺんぺんした小雛ゆかりさんはすごいなと思った。
とてもじゃないけど、私は誰かに教えられるほど役者として器用じゃないしね……。
「ねぇ、打ち上げは黛先輩達もくるんだっけ?」
「そうだって。とあちゃん先輩がビンゴゲームの準備があるからって、ウキウキで帰って行ったって部活の先輩が言ってた」
「どうせまたあくあ先輩が絡んでるビンゴゲームでしょ。覚悟しておかないと……」
「だね。ところでみんなはもうお泊まりセット準備した?」
「もち。でも、よく打ち上げからのお泊まりの許可なんて降りたよね」
「生徒指導の山本先生が杉田先生に熱弁したらしいよ。学生は過ちを犯してこそでしょ!! って」
「山本先生つぇー。杉田先生がたじたじになっているのが目に浮かぶ」
「うちの学校くらいだよ。生徒指導の先生が過ちを推奨してるのって……」
へ、へぇ。そうなんだ……。
スクールバッグを肩にかけた私は、教室を出て帰路につく。
まずは一旦帰って準備してから、打ち上げの参加希望者は再集合する手筈だ。
「ただいま」
「おかえり、ルリねぇ」
「ルリねぇ、おかえち」
「だからおかえちじゃなくておかえりだって」
「ルリねぇ。ミスコンどうだった? あくあ様となんかあった?」
「もしかして付き合う事になったりとか!?」
「えーっ! 私もあくあ様と付き合うー!!」
「みんな落ち着いて。あくあ様とそんな事になってないってば」
私はあくあ様のためにも慌てて否定する。
ミスコンでは色々あったけど、あれは事故みたいなもんだし……私はその時の事を思い出して顔を赤くした。
「あー、ルリねぇ。顔真っ赤か」
「こーれ、絶対に何かったね」
「ルリねぇ。わかりやすすぎだよ」
「ね。ポーカーフェイスとか言われてるけど、ルリねぇおうちじゃ何も隠せてないもん」
うう、なんで私の妹達はこんなにもませているんだろう。
私は囃し立てる妹達を無視して自分の部屋に戻ると、あらかじめ準備していたスーツケースをクローゼットの中から取り出す。
「えっと……替えの下着もちゃんと入ってるよね」
やっぱり可愛いのがいいのかな? 私はタンスの一番上の引き出しを開けると、高校に入る時にませた妹達からプレゼントされた下着を取り出す。うっ……横の部分がリボンになってる。これって簡単に解けたりしないよね?
私は服を着替えようと裾を掴んだタイミングで、扉から視線のようなものを感じる。
「じーっ」
「ルリねぇ。着替えないの?」
「早く早く!」
もう!! 薄く開いた扉の向こうからこっちを見てくる妹達の視線に気がついた私は、部屋の扉をバタンと閉めてしっかりと鍵をかけた。
本当にあの子達はませてるんだから。いっつも掲示板なんか見てるから、えっと……なんとか捗るって人の影響を受けすぎてるんじゃない? お母さんも言ってたけど、全国の小中学校のPTAで掲示板にいる検証班って人達が青少女達の教育に良くないって話が出ていると聞いた。
「はぁ……」
私は軽くため息を吐くとクローゼットの中から授賞式の時に着たパーティードレスを取り出す。
まさか、またこれを着る事になるなんてね。
『ルリちゃん、今度授賞式に出るんだろ?』
『ほら、これ。常連客と商店街のみんなでお金を出し合って買ったんだ』
『これならどこに着て行っても、恥ずかしくないよ』
『ほらほら、着てみてよ』
自分に疑惑が出ている真っ最中だったから、プレゼントでこのパーティードレスを貰った時は泣いちゃったんだっけ。
私はパーティードレスを着るとお母さんから貰ったお下がりの真珠のイヤリングとネックレスをつける。
うん、これでよしと。私はキャリーケースの中に制服や教科書を入れたスクールバックを詰め込むと、お母さんの居る1階に降りる。
「ルリカ。相変わらずよく似合ってるわね。ほら、髪をセットしてあげるから、こっちにおいで」
お母さんは私を椅子に座らせると、長い髪をアップにしてくれた。
「今日は泊まってくるんだろ?」
「う、うん。クラスのみんなが泊まるみたいだし、私もそうしようかなって……」
お母さんは後ろから私をギュッと抱きしめると、嬉しそうな顔で笑った。
「そっか。良かったね。ルリカ。ルリカは優しいからクラスメイトの子達を巻き込まないように、学校でもみんなと距離を置いてるんじゃないかって心配してたけど……最近、毎日楽しそうに学校に行ってるルリカの姿をみて嬉しくなったのよ」
「お母さん……」
そっか……私、お母さんにもすごく心配をかけてたんだ。
ごめんね。おかあさん……。
私が俯き気味になると、それに気がついたお母さんが今度は満面の笑顔を見せる。
「ほら、ルリカ。鏡で自分の髪を良くみてみて」
「えっ?」
私は少し首を傾けると、自分の髪にパールのバレッタが付いているのを見つける。
あ……すごく綺麗。私はあまりブランド物に詳しくないけど、一眼見て凄く質がいい物だと気がついた。
「お母さん、これ……」
「ふふっ、最近よくここにピアノを弾きに来ている仮面の人から、ルリカへのプレゼントだって。はい」
仮面の人の? 私はお母さんから、1通の手紙を受け取る。
【音ルリカさんへ。文化祭の打ち上げに参加すると聞いたので、授賞式の素敵な衣装によく似合うこのバレッタを贈ります。どうか同級生とのひと時を楽しんできて】
私は読み終わった手紙を閉じると、大事そうに自分の胸に抱き抱える。
……素敵。もし、この仮面のお姉さんが男の人ならきっとモテるだろうなと思った。
って、そうじゃないでしょ! いくらなんでもこんな高価そうなもの貰えないよ!
「お母さん、これ、いいのかな……?」
「いいんじゃない? お母さんも流石にこんな高価そうなものは頂けないって思って、最初は断ろうと思ったんだけどねぇ……。ふふっ、まぁ、ここは素直に受け取ってあげるのがいいんじゃないかしら。きっと喜んでくれるわよ」
お母さんの少しにやけた笑顔に私は首を傾ける。
絶対に断るであろうお母さんがOKするなんて、よっぽど何か特別な理由があるはずだ。
私はそこで一つの仮定に辿り着く。
「も、もしかして、お母さん、仮面の人の正体を知ってるとか?」
「さぁ、何の事だろうねぇ。歳を取ると耳が遠くて行けないよ」
あっ、誤魔化した!
お母さんは「忙しい忙しい」と言うと、仕込みの準備のためにバックヤードに逃げる。
もう! 帰ったらその辺、絶対に追求するんだから!!
「ルリねぇ。綺麗」
「わー、いいなぁ。私も早くルリねぇみたいなお姉さんになりたいな」
「ね。私もそんなパーティードレス着てパーティーに行ってみたい!」
「ルリねぇ。それならあくあ様だってイチコロだよ」
「ふふっ、みんなありがとう」
私は妹達をギュッと抱きしめると、アプリでタクシーを呼んだ。
「白銀キングダムまでお願いします」
タクシーに乗って数十分、白銀キングダムに到着すると既に多くのタクシーが列をなしていた。
うわぁ、凄い人。授賞式の時みたい。
「オーライオーライ! オーライオーライ!」
やたら元気な誘導員さんがいるなと思ったら雪白えみりさんだった。
私の気のせいかな? なんかすごく手慣れているように見えます。
「運転手さん、お疲れ様でーす。これ、あくあ様からのサービスで缶コーヒーとお茶ね。あ、会計はこっちでまとめてするんで、タクシーチケット使えますか? アザース!」
なんで妊婦の雪白えみりさんがこんな事をしてるんだろう……。
私に気がついたえみりさんが笑顔を見せる。
「あっ、音さん。ようこそ、白銀キングダムへ」
「わぁ……」
タクシーから出ると、映画の中でしか見ないような、ううん。映画で使うセットやロケ地の洋館とは比べ物にならないくらいの豪華な迎賓館が建っていました。
凄い。白銀キングダムの中ってこんな事になってるんだ。
私は雪白えみりさんの案内で迎賓館の中に入る。
「1年A組の音ルリカさんですね。本人確認のために生徒手帳を見せていただけますか?」
えーと、確かキャリーケースの取り出しやすいところに入れてたはず。
私はミニポケットのファスナーを開けると、中から取り出した生徒手帳をカウンターのお姉さんに見せる。
「はい、ありがとうございます。ご確認させてもらいますね」
それにしてもこのお姉さん、すごく綺麗……。白銀キングダムで働いてる人はすごく綺麗な人が多いって聞いてたけど、カウンターに立ってるお姉さん達を見ていたらその噂も納得できます。
「ありがとうございました。それでは、生徒手帳をお返しいたしますね。キャリーケースはこちらでお預かりしてお部屋の方に運んでおきますので、こちらのリストバンドをどうぞ」
真っ黒なリストバンド?
周りの人を見ると、衣装に合わせた色のリストバンドをもらってるみたいだけど、これは一体何に使うんだろう?
「リストバンドの中には薄い板状の折り曲げられるICチップが入ってまして、そのリストバンドで本人確認やお部屋のキーとして使う事ができます。もし、破損した時はお手数ですが、カウンターの方に来てください。代わりに物をすぐにご用意いたしますので。それでは打ち上げパーティーの方をお楽しみくださいませ」
そういえばうちのお店の常連さんが言ってたけど、フェスとかクラブも今、そういうのになってるんだっけ。凄いなぁ。
私はリストバンドを腕につけると、打ち上げ会場の入り口へと向かう。
「リストバンドをつけて入場ゲートにお入りください」
うわ、授賞式の時に使った会場より広いし天井が高い。
えーっと、私のクラスの子達はどの辺に居るんだろう?
「あっ、ルリカちゃんこっちこっち!」
私が周囲をキョロキョロとしていると、ヒスイちゃんが私に気がついてくれた。
「こんばんは。ここ、凄いね」
「ねー。私もびっくり」
ヒスイちゃんはグリーンのパーティードレスなんだ。すごく綺麗だし、よく似合ってる。
ステージを見ると、サスペンダーのついたショートパンツにタイツ、白シャツに蝶ネクタイをつけて小さなシルクハットを被った猫山とあさんが、マジシャンみたいな格好をさせられた黛慎太郎さんと一緒にビンゴゲームの準備をしていた。
「あ、そろそろ始まるみたいだよ」
「えっ?」
ヒスイちゃんが手を出した方向へと視線を向ける。
すると大きな歓声と共にあくあ様が会場に入ってきました。
「みんな、改めて文化祭お疲れ様! 今日は美味しい料理も用意してあるし、とあや慎太郎がビンゴゲームとか用意してくれているみたいだから楽しんでいってくれよな!」
あくあ君はジュースの入ったグラスを受け取ると、みんなの顔をぐるりと見渡す。
私とヒスイちゃんも、慌てて近くに居たお姉さんから葡萄ジュースの入ったグラスを受け取る。
「よし、それじゃあみんな準備はいいな? かんぱーーーい!」
「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」
ん。この葡萄ジュース美味しい。
「じゃあ、俺ちょっと子供の顔を見てくるからみんな楽しんでて、またカノンと入れ替わりで戻ってくるから」
凄いな。あくあ様ってあんなに忙しいのに、ちゃんと子育てとかもやってるんだ。
でも、そうか。そうじゃないと、カノンさんだって楽しめないもんね。
「ルリカちゃん、お腹空いてない? ほら、あっちにビュッフェがあるから一緒に取りに行こ」
「は、はい」
私とヒスイちゃんがビュッフェのあるテーブルに到着すると、デザートをプレートいっぱいに乗せたイリアさんとすれ違った。
す、凄い量だったけど、あれ、1人で食べられるのかな?
私とヒスイちゃんが食事を取っていると、クラスの子達が近づいてきた。
「ねね、2人ともビンゴゲームの景品って何か知ってる?」
「さぁ、私は聞いてないけど……」
「私も……」
クラスの子達が周囲をキョロキョロすると、私達に顔を近づけてヒソヒソ声で喋りかけてくる。
「さっき、チラ見しちゃった3年の先輩達が噂してたけど、あくあ先輩とお話しする権利とか、あくあ先輩とデートする権利とか入ってるらしいよ」
「えぇっ……んぐっ」
大きな声を出そうとしたヒスイちゃんの口をみんなが手で塞ぐ。
「ヒスイちゃん、しーっ! でね。それを聞いた生活指導の山本先生が精神統一してくるってトイレに行ってたし、私たちもある程度覚悟決めておいた方がいいかもよ」
「そ、そうなんだ……」
……もし、私が当たったらどうしよう。
あくあ様は素敵な人だけど、異性としてどうかって言われたらまだピンとこない。
役者としても尊敬できるし、優しくて明るくてきっと一緒にいたら楽しいんだろうけど、好きとか嫌いとかまだよくわかんないよ。
そんなボーッとした気持ちで居たら、猫山とあ先輩の声でハッとなる。
「音ルリカさん、ビンゴおめでとう。4等賞のあくあとお話しする権利だよ。この後、あくあが戻ってきたら2人でゆっくり話してね」
「あ、はい……ありがとうございます」
ど、どどどどどどどうしよう!?
まさか本当に当たるなんて思っていなかったから、全くと言っていいほど準備ができてませんでした。
「あ、音さん。ごめん、待たせちゃった?」
「い、いえ……」
私がバルコニーでドキドキしながら待っていると、子育てから戻ってきたあくあ様が私の髪を見て優しい笑みを浮かべる。
「その、バレッタ。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
あくあ様にバレッタの事を褒められて嬉しくなった。
でも、なんだろう。私はバレッタを見ていた時のあくあ様の顔に、少しだけ引っかかるところを感じました。
純粋に褒めてくれたのはわかるけど、なんかこう、愛おしそうな、そんな感じの目をしていたような気がします。
その理由まではわからないけど、私はその表情と目が嫌いじゃないって事だけはわかっています。
「音さん。冷えるといけないし、中で話そうか」
「あ、はい」
あくあ様は私の肩に自分が着ていたジャケットをかけてくれると、手を伸ばして私を優しくエスコートしてくれた。
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