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小雛ゆかり、頭フットーしてるんじゃない?

「全く! あいつってば、泊まるなら泊まるでちゃんと私に連絡を入れておきなさいよね! 心配してあげて損したじゃない!!」


 私は電話を切ると、乱れた髪のままあいつのベッドの中に潜り込む。

 もう自分の部屋に帰るのも面倒だし、ここでいいわ。

 あれ? そもそも、私はなんでここで寝ていたんだっけ?

 まぁ、いっか……。寝る前の事なんて何も覚えてないし、細かい事なんか気にしてたって仕方ないわよね。


「ぐぅ……」


 むにゃむにゃ……。

 あいつがいつも使っているお布団にくるまった私は秒で眠りにつく。


『……輩!』


 何よ……?


『……先輩!!』


 もう! さっき寝たばかりなのにうるさいわよ!


『小雛先輩!!』


 あー! もう!! だから、聞こえてるって言ってるでしょ!!

 私がベッドから体を起こすと、なんかやたらとキラキラしたあくあが出てきた。

 えっ? あんまり人に対してこういう事は言いたくないけど、なんか今日のあんた気持ちわるいわよ……。


『小雛先輩……』


 無駄にキラキラしたあくあの手がゆっくりと私に伸びてくる。

 な、何よ? 私がプイッと顔を背けると、あくあの手が私の髪にそっと触れた。

 ふ、ふぅん。私の乱れた髪を整えてくれようってわけ? あんたにしては気が利いてるじゃない。

 まぁ、そもそも、あんたが素直に帰ってきていたら、私も生乾きのままあんたのお布団に潜り込んで髪を乾かそうとなんてしなかったんだけどね!

 あくあは私の髪をサッと撫でると、無駄に量の多いまつげをパチパチしながら優しく微笑む。


『小雛先輩……髪に食べかけの大学芋がついてましたよ』


 はあ!? そんなのついてるわけないでしょ! って、ついてたぁ!?

 美味しいからって夜ご飯にパクパク食べすぎたかしら。私は顔を赤くして恥ずかしがる。

 それを見た無駄キラあくあが勿体ぶるような動きでファッサァと髪を掻き上げた。

 ちょっと、今日のあんた、本当に動きまで気持ち悪くなってるわよ!

 そういうのを自然にできるからあんたはかっこいいのに、わざとらしくやると只のおバカみたいじゃない!!


『小雛先輩、そんなに好きなら俺がだいてやりますよ』


 は、はあ!? 誰が誰を抱くって!?

 そ……そもそも、私は好きともなんとも言ってないじゃない!


『隠していても俺はちゃんとわかってますよ。本当は好きなんでしょ』


 あくあは長い腕を伸ばすと私の後ろにあった壁をドンと叩く。

 って、あんた、腕ながぁ!! 何これぇ!? あんたの身長と同じくらい腕があるじゃない!

 これ、腕が複雑骨折してぐにゃぐにゃになってるんじゃないの!? 早く病院に行った方がいいわよ!


『素直になって、小雛先輩。小雛先輩が素直に好きだと認めたら、俺がだいてやるから』


 私は近づいてくるあくあから再び顔を背ける。

 くっ、なんで今日に限って、こいつの言葉に言い返せないのよ!

 あんた、もしかして口から変なホゲラー波を出してるんじゃないでしょうね!?

 あくあは私の耳元に顔を近づけると、今日食べた大学芋の蜜のように甘く囁く。


『好きなんでしょ。大学芋?』


 そっちぃ!? え? 大学芋!? 私があんたの事を好きとかそういうのじゃなくって!?

 そもそも、抱いてやるって何よ!? 意味がわからないんだけど……。


『あれ? 小雛先輩、知らないんですか? だいてやるって、富山県の方言で奢ってやるって事なんですよ』


 そんなの富山の人以外は知ってるわけないでしょ。ばかーーーーー!!

 むしろなんであんたはそんなの知ってるのよ!!


『ほら、美味しい大学芋を食べるのを想像しただけで、小雛先輩の心がちむどんどんしてきたでしょ』


 しないわよ!! そもそもちむどんどんって何!?

 あくあはそのまま私の肩に頭をもたせかける。

 こ、今度は何よ!? 甘えたい時は素直になりなさいって言ったけど、きゅ、急にするのはダメだって言ったでしょ!!


『小雛先輩……俺、かっこいい事に疲れちゃいました』


 だから言ったでしょ。常にかっこいいままじゃ疲れるだけだって。

 そもそも、そのために白銀キングダムがあるんじゃない。

 ここはあんたの家なんだから、みんなと一緒に居る時くらいは肩肘はらなくてもいいのって言ってるでしょ。

 ていうか、あんたは年齢の割にワガママを言わなさすぎるのよね。

 むしろあんたはもっともっとワガママを言いなさい。そうしたら、私のワガママも相対的に増やせるんだから!! って、そうじゃないでしょ! 私が首を左右にぶんぶんと振ると、防災ヘルメットを被った現場監督風の格好をしたえみりちゃんがひょっこりと顔を出した。


『その白銀キングダムは、私が1日で建てちゃいました』


 ごめん。今はこっちで忙しいから、えみりちゃんは引っ込んでてくれるかな? 後で相手してあげるから。ね?

 でも、1日で白銀キングダム……?

 まぁ、器用で何でも出来るえみりちゃんならって思ったけど、流石に白銀キングダムの建築は1日じゃ無理でしょ!

 私がえみりちゃんの顔をぐいっと横に退かせると、あくあがゆっくりと顔を上げる。


『小雛先輩、モテなくなった俺でも受け入れてくれますか?』


 別にあんたがモテようがモテなかろうが、そんなのどっちでもいいでしょ。

 私もカノンさんも、他のみんなもそんな事であんたの事を好きになったわけじゃないんだから。

 みんな、あんたに救われたからあんたの事が好きになったんじゃない。

 あくあはキリッとした顔をすると、急に夕迅モードに切り替わった。


『小雛パイセン……俺のナオンになてクダハイ』


 ちょっと、あんた! 肝心のセリフを噛んでカタコトの謎の外国人みたいになっているじゃない!! 何やってるのよ、もう!!

 そもそも、あんたも夕迅もそんなセリフ言わないでしょ!! どうなってるのよこれ!

 こんな初歩的なミスをするなんて、もしかしたら私の指導が悪かったんじゃないのかと思って頭を抱える。


『小雛先輩、おちんついてください』


 私は十分落ち着いてるわよ!!

 って、そこは落ち込まないでくださいでしょ!

 もう少しで放送禁止用語になってたじゃない!!


『あ、小雛先輩。俺、もうそろそろ行かなきゃ』


 ちょ、ちょっと待ちなさい! 私を置いて一体、どこに行くっていうのよ!!

 あくあは私から離れると、乙女咲の校舎に向かって走り出す。


『ヒャッハー! そのかっこいい顔をぐちゃぐちゃにしてやんよ!』


 あ、あぶなーい! 学校の屋上に居る誰かが、あくあの顔にスナイパーライフルの銃口を向ける。

 しかしあくあは炒飯を炒める時に見せる謎のカンフーアクションでその銃撃を器用に躱していく。

 なんなのよもう! 屋上に居たやつは、どこからか飛んできた手裏剣が刺さって倒された。


『やべっ! 昨日、楓が破壊した校門がぐちゃぐちゃだ。早く直さなきゃ』


 あいつはあいつで文化祭に何やらかしてるのよ!!

 楓は後でカノンさんや琴乃さん、鬼塚アナに怒られて一緒に謝っておきなさい。

 そもそも、あくあが何でもできると言っても素人が校門なんて直せないでしょ! そういうのは素直に業者を呼びなさいよ業者を!!


『ちわーっす! 聖女組から派遣されたバイトの雪白えみりでぇす!!』


 だから、えみりちゃんは一旦出てこないでって言ったでしょ!!

 だめ、さっきから色々と起こりすぎて、今にも頭がフットーしちゃいそう。

 って、あれ? 目の前で目まぐるしく起こる出来事に整合性が取れなくなってきた事に違和感を感じた私は、これが夢だと気がつく。


「んん……せっかく良い気持ちで寝てたのに、夢の中にまで出てくるんじゃないわよ。ばかぁ……」


 寝返りを打った私は、寝ぼけ眼を手で擦る。ん……もしかして、もう朝ぁ……?

 私はあくあの布団を体に巻きつけたままベッドから降りる。

 なんだろう。ぼんやりとしか覚えてないけど、とんでもない悪夢を見ていた気がする。


「うわ」


 あいつの布団、私の汗でベトベトにしちゃった。

 まぁ、いっか。どうせ誰かが洗濯してくれるでしょ。

 私は体を包んでいた布団を地面に落とすと、鏡を見ながらめくれたキャミのずり落ちたフリルの肩紐を元の位置に戻した。


「くしゅん」


 ん。私は寝る時に薄着が好きだから冬でも部屋をあったかくして夏用のパジャマを着るタイプだけど、流石にそろそろ長袖に切り替えようかな。

 そんなことを考えながら、私はあいつの部屋にかけてある時計へと視線を向ける。


「って、もうこんな時間!?」


 そういえば、今日はあいつと文化祭を一緒に回る約束をしてたんだった。

 えっと、確かこの辺のどっかに……。

 私はあいつのウォークインクローゼットの中に入ると、あいつの服と服の間に隠してある自分の服を探す。

 ふっふっふ、あいつと一緒にゲームをして、そのままここで疲れて寝ちゃう時があるのよね。

 だから、こういうもしもの時のために、私は自分の部屋に帰らなくても着替えられるように準備していた。


「んっと、これでいいかな?」


 私は鏡の前でくるりと一回転する。

 文化祭で色々と遊ばなきゃいけないかもしれないから、今回は動きやすさを重視して、白のニットとベルトのところがリボンになっているハイウエストのガウチョパンツの組み合わせにした。

 昨日、えみりちゃんから野球したって話も聞いたし、下も動きやすさ重視でスニーカーでいいかな。この服装なら、あいつがプレゼントしてくれた花柄の可愛いやつが似合うはずよね。

 問題はこの爆発した髪か。もう面倒臭いしシュシュかヘアゴムでまとめちゃおっと。私は自分の服を探している時に見つけた誰かがあいつの部屋に忘れていったであろうシュシュを借りて、長い髪をポニーテールにする。


「一応、念のためにメガネくらいかけておこっかな」


 昔は、素で歩いていても声なんかかけられた事なかったけど、最近はあいつと絡んでるせいか、たまーに声かけてくるやつがいるのよね。

 別に嫌じゃないけど、待ち合わせに遅れてもダメだし、文化祭の途中で声かけられても面倒だし、少しくらいは変装しておくか。


「ん。これで完璧よね」


 バッグはいいや。お財布も……クレカとスマホがあれば十分でしょ。

 私はあいつの部屋をコソコソと出ると、朝ごはんを食べずに白銀キングダムからタクシーに乗って乙女咲に向かう。


「乙女咲ですか? この時間だと、ちょっと周辺が混んでるかもしれませんね」

「ええ、わかってるわ。ダメなら途中から歩いていくから。できるだけ近くまでお願い」


 乙女咲の文化祭を実行している時に、駅前の商店街も連動したイベントを開催しているって聞いた。

 文化祭のチケットが外れた人でも楽しめるようにと、あくあが色々と協力して街全体が盛り上がるようなイベントをたくさん企画したらしい。あいつは本当に頑張りすぎなのよ。

 ん? ちょっと待って。

 私は聞き覚えのある声に、慌てて前を向く。


「お客さん、どうかしましたか?」

「どうかしたもなにも、なんでえみりちゃんが運転してるのよ!?」


 あれ? 私ってば、もしかしてまだ夢の中なの!?

 私は慌てて自分のほっぺたをつねる。ちょっと! 痛いじゃない!!

 夢じゃないなら、どうなってるのよ!!


「ぐへへ……実は、演劇に使う小道具やショーに使う小物を作るのに思ったより予算がかかりまして、白銀キングダムに住んでいる人達を送って日銭を稼いでいるんですよ」


 もう! そういう時は私に相談すればいいじゃない!!

 なんのために大人がいると思ってのよ。こういう時のためでしょ。

 全く……誰に似たんだか知らないけど、あくあといいえみりちゃんといい、もっと私達をちゃんと頼りなさいよね!!

 私はえみりちゃんの運転するタクシーに乗って、乙女咲高校の近くまで送ってもらう。


「やっぱりすごい人ですね。めちゃくちゃ人だかりができてますよ」

「うわ、誘導の警備員まで出てるじゃない」


 昨日は早くに出て遅くに帰ったからわからなかったけど、想像していたよりもすごい人ね。

 えみりちゃんが車の窓を開けると、警備員さんが笑顔で近づいてきた。


「すみません。ここから先は関係者以外……って、えみり様!? それに小雛ゆかりも!? あっ、どうぞ〜。こちらの道を使ってください〜」


 どうやら、顔パスで関係者だと認知されたようね。

 って、それならわざわざメガネをかけて変装していても意味ないじゃない。もう!!


「お客さん、着きましたよ〜」

「はいはい。えみりちゃん、ありがとね」


 私はスマホを差し出す。

 すると、えみりちゃんは困った顔をする。


「すみません。うちはペイ使えないんですよ」


 仕方ないわね。私はクレジットカードを差し出す。

 ほら、これなら大丈夫でしょ。

 すると、えみりちゃんはもっと困った顔をした。


「すみません。うち、現金以外は対応してないんですよね」


 もおおおおおおお! いちいち現金なんて持ってきてないわよ!!

 私の反応を見て、えみりちゃんがキリッとした顔をする。


「あれ? お客さん、もしかして無賃乗車ですか!?」

「あんたんのところが色々と対応してないのが悪いんじゃない!!」


 それに、あんただってこれ、よく見たらちゃんとしたタクシーじゃない普通の車じゃん!!

 もおおおおおお! 紛らわしい黒塗りのセダンだから騙されたじゃない!

 私とえみりちゃんが無駄な押し問答で意味のない時間を繰り広げていると、看板を持った見覚えのある人物が近づいてきた。


【歓迎! ようこそ私立乙女咲学園高校文化祭へ。白銀あくあツアーにご応募の小雛ゆかりさん御一行はこちらです】


 そんな胡散臭そうなツアーに応募した覚えないんだけど!?

 あんたもあんたで、朝早くからくだらないネタするためにしょうもない小道具作ってるんじゃないわよ!!


「2人ともどうしたの? えっ? 小雛先輩が無賃乗車!?」


 あんたはあんたで嬉しそうな顔をするな!

 もおおおおおおおおお!


「それじゃあ、えみり、これで……」

「ありがとうございましたー!!」


 くっ! どうでもいい事でこいつに借りを作っちゃったじゃない。もう!

 私はタクシーを出ると、なんともいえない顔でえみりちゃんを見送る。


「それじゃあ、小雛先輩。行きましょうか」


 私に微笑みかけてきたあくあを見て、私はプイッと顔を逸らす。

 なんなのよもう。急にそういう顔されると、どうしていいかわからないじゃない。


「別にいいけど、その看板恥ずかしいから先にどっかに置いてきなさいよ。あんただって、それ持ったままだと邪魔でしょ」

「うぃーっす」


 あくあはそう言って、看板を近くの運営の人に預けに行った。

 ふぅ、夢で出てきた無駄にキラキラしたあくあを見たせいで、なんか少し調子狂うわ。

 それもこれも、全部、あんたが悪いんだから、ちゃんと責任取りなさいよね!!

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