千聖クレア、シンカスルアクア。
「すみませーん。生徒会ですー! 通してくださいー!」
邪神あくーあ様の玉音放送を聞いた私は、ジャージ姿で慌てて仮眠室へと向かう。
全くもう、サービス精神が旺盛なあくあ君が文化祭でハメを外すのはわかるけど、一体なんて放送をしてくれているんですかあああああああ!
くっ! 学校でストッパーとなっていたカノンさんやとあちゃんが居ないタイミングで、きっと何かやらかすとは思っていたけど、さすがに全員を性的な対象にしている発言はまずいです!!
あれ? もしかして、あくあ君って全員が恋愛対象なんじゃない?
3年生の卒業前、当時の1Aに結さんが来た事で、一部の勘のいい聡い生徒達が気がついてしまったのです。
その頃から一部の生徒達の間で、確証はないけどこういった噂が飛び交うようになりました。
くっ! まさかその噂が本人の口から肯定されるなんて!! さすがに私も想像していませんよ!!
「はぁ……はぁ……」
なんとかあくあ君の居る仮眠室の近くまで来れました。
でも、これ以上は進めそうになりません。
一体、この前はどうなっているのでしょう?
私は人と人の隙間から隠れて前の様子を伺う。
「ここより先は通行止めです。みなさん、一旦落ち着いてください」
規制線の前に仁王立ちした生徒会長のナタリア先輩が、風紀委員の手を借りて最終防波堤を築いていました。
厄介ですね。このまま私が顔を出すと、生徒会のメンバーとしてここを手伝わされる可能性があります。
仕方ありません。奥の手を使いますか。
私はポケットの中に手を突っ込むと、いつも使ってないスマホの方を弄る。
【監督官:女騎士、あと数秒後に千聖クレアがそこに来ます。彼女を通して奥に向かわせなさい】
私は聖あくあ教十二司教という自分の立場を使って、同じ聖あくあ教のナタリア先輩にダイレクトメッセージを送る。
【女騎士:千聖クレアをですか? 彼女は私の大切な後輩であり友人です。その理由を伺ってもよろしいでしょうか?】
スターズ解放戦線で活躍したナタリア先輩は、十二司教にいずれ欠番ができた時のために、次期候補として将軍様のような特別な名前が与えられました。その名も女騎士、またの名をクッキング・コロッセウム……名付け親のえみりさんは絶対にふざけてますよね? 本人は気がついてないけど、どう見ても「くっ、殺せ!」って当て字を使いたかっただけじゃないですか。
【監督官:彼女は2Aの生徒ですが、貴女も知っての通り白銀キングダム内にある教会で勤務する聖あくあ教のシスターです。2Aの生徒達は理性が強いから大丈夫でしょうが、もしも、あくあ様の御身に何かが起こりそうになった時、彼女ならうまく周囲を止めてくれるでしょう。全ては聖女様の密命です。わかりましたね?】
ナタリア先輩は私が聖あくあ教の幹部だとは知りません。
だって、顔見知りに私がおかしな集団の幹部だって知られたら恥ずかしいじゃないですか……。
【女騎士:わかりました。そういう事なら……。ですが、クレアにもしもの事があった場合は私もそちらに向かいます!】
ナタリア先輩ごめんなさいいいいいいいいいい!
私は後ろめたい気持ちを抱えながら、道を通してくれたナタリア先輩の隣を通り過ぎていく。
「こ、ここね」
私はうっすら開いた扉の隙間から中の様子を伺う。
ワンチャン、あくあ様ならもうこの時点でクラスメイトの7、8人くらい昇天させていてもおかしくありません。
そうなっていた場合、この私ではもうどうにもなりません。
「ほーら。もみもみ……もみもみ」
「お加減はどうかな〜?」
里子ちゃんと清香ちゃんに挟まれてマッサージされているあくあ君が幸せそうな顔で寝そべる姿が見えた。
ほっ、どうやら邪神あくーあ様が主催する謝肉祭はまだ開催していなかったようですね。
「あれれ? あくあ君?」
「もしかして、寝ちゃったのかな?」
どうやら、流石のあくあ君も疲れていたみたいですね。
あくあ君を疲れさせるために、朝早くから手作りあんころ餅を進言していたくくりちゃんは、こうなる事を見通していたのかもしれません。
やっぱり、私なんかよりもくくりちゃんがナンバー1をやった方がいいと思うんだよね。
大人すぎるメアリー様やキテラ様は私の把握できないところで色々やってるからまだ信じきれないけど、えみりさんやあくあ君の事を大事にしているくくりちゃんなら安心して任せられます。
ううっ、えみりさん。やっぱり何度考えても、そこら辺にいるごく普通の女子高生の私には、この立場は荷が重いですよ。
「ど、どうしよっか?」
「えっと、そりゃあ……ねぇ」
仮眠室に居た全員の視線があくあ君の体へと注がれる。
まずい流れになってきました。
「と、とりあえず、ベッドの上に綺麗に寝かせようか」
「そうね。そうしましょう」
バスケ部の悠子ちゃんと野球部のミサキちゃんの2人があくあ君の体を里子ちゃんと清香ちゃんから離して、優しくベッドの上に寝かせる。
「ご、ごくり……。ど、どうする?」
重度の掲示板民と知られているいくちゃんが声をあげる。
いくちゃん、こんな時に余計な事を言わないで!!
私はいつでも飛び出せるように準備を整える。
でも同じ2Aの生徒として、毎日を耐え忍んでいる彼女達に少しくらいはご褒美があっていいはず。
私は一歩手前までならと思いその場に踏みとどまる。
「なんか、汗かいてるし、このままだと風邪ひいちゃうんじゃない? 着替えさせてあげた方がいいんじゃないかな?」
「う、うん。濡れてるし……とりあえず上着を脱がせてあげた方がいいかも」
バレー部でお調子者の一花ちゃんの提案に、学級委員長を務めた事もある真面目な朱鷺子ちゃんが乗っかる。
2人は顔を見合わせると無言で頷いた後に、あくあ君が着ていたジャージの上着を脱がせた。
「えっ!?」
「しーっ! 大きな声を出したら、あくあ君が起きちゃうよ」
三つ編みで眼鏡をかけている瑠花ちゃんが、大きな声を出そうとしたムードメーカーの七海ちゃんの口を慌てて押さえる。他の子達は汗で透けたあくあ君の筋肉を見て、驚いた顔のまま無言で固まっていました。
「す、すごい……」
「一度でいいから、この胸板に抱きしめられたい」
「はわわわわ!」
「やっぱり、あくあ君は良い体してんねー」
あかりちゃんと佳穂ちゃん、萌ちゃんとみのりちゃんの4人がコソコソと話し合う。
「ねぇ、なんか匂わない?」
鼻の良い美桜ちゃんが、匂いを辿るように邪神あくーあ様の御神体へと引き寄せられていく。
「ふぁっ!?」
汗ばんだ邪神あくーあ様の御神体から放たれる芳しいオスの濃い匂いを直嗅ぎした美桜ちゃんは、びっくりした顔をする。
ふふっ、いくら女の子好きの美桜ちゃんが表情と言葉をとり繕ったところで、ピンク色に染まったほっぺたの緩みはごまかせていませんよ。
「あっ、やばぁ」
「私……この匂い。好きかも」
「わかる。これだけで恋に落ちちゃうよね」
そらねちゃん、涼子ちゃん、夏子ちゃんの3人が続け様にあくあ様の匂いを嗅いで、香りだけで脳みそをやられていく。
実はこれまであくあ様の体を守っている最後の砦がこの匂いなのです。
たとえどんな女性でも、この御神体から解き放たれるオスの匂いに脳みそがやられてしまうから、もうどうしようもありません。
「ふぁっ……ここ、一番やばいかも……」
一番匂いの濃い場所を嗅いでしまった月乃ちゃんが倒れそうになる。
他のクラスメイト達も、それに釣られて次々とその場所に鼻先を埋めて匂いを嗅いでいく。
それを見た私は、今朝、白銀キングダムの女の子しか歩かない場所に張り出されていた聖白新聞、白銀キングダム出張号に書かれていた内容を思い出しました。
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あくあ様のお嫁さんや恋人達に聞きました!!
あくあ様の匂いで好きなところベスト5!!
1位 あくあ様の汗。
ソムリエさん「全女子が秒で屈服する匂い。100年に1人レベルの最上級クラスのオスフェロモン」
男性担当官Yさん「一番オスみが感じられて好きです」
2位 あくあ様の首筋。
乙女の嗜みさん「ハグした時になんか安心するから、って、何を言わせるのよもう!」
淑女の姉なみさん「抱きしめられた時に心が落ち着くからですわ……って、この私に何を言わせるのよ!!」
3位 あくあ様の腋。
姐さん「トレーニングで一緒に汗をかいた後の濃い匂いはたまりませんでした」
月とスッポンさん「ドキドキしませんか? えっ? 私だけ? もしかして私っておかしいのかな……」
4位 あくあ様のつむじ。
お嬢様のメイド様「ふふふ、旦那様を抱きしめた状態で無防備なつむじの匂いを嗅ぐのが好きです」
悪夢のサキュバスさん「ヨシヨシのついでに匂いを嗅いだら癖になりました」
5位 あくあ様が使用した枕。
黒蝶揚羽さん「私の枕に匂いが残ってたらすごくドキドキします」
白龍アイコ先生「あれ? 次の日とかに2人で使った枕に突っ伏してるのって私だけ?」
調査・記者/ラーメン捗る。
※一部の人だけ名前がそのままの状態になっていますが、印刷の関係上、修正が間に合いませんでした。ご了承くださいませ!!
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ところでえみりさんは、あの新聞でインタビューをした人達に許可を取っていたのでしょうか?
後で怒られてなきゃいいけど。
っと、今はえみりさんの安否を心配するよりも、あくあ君の貞操を守る事の方が大事ですね。
私は目の前の状況を注視する。
「ね、ねぇ。誰がこの汗ばんだTシャツを脱がすの?」
薙刀部の美玖ちゃんの言葉に、クラスのみんなが顔を見合わせる。
「だ、誰かがやるしかないよね」
小柄なりっちゃんの言葉に私は強く頷く。
「だよね。でも、私達が着替えさせて大丈夫かな?」
「かといってこのままじゃ風邪をひいちゃう……」
引き締まった体をしているスレンダー系の景子ちゃんとダウナー系美女のうららちゃんの言葉に、クラスのみんなも冷静になる。
さすがは邪神あくーあ様と1年と半年近くも共に過ごしただけの事はあります。
この状態でも冷静なのは、並大抵の精神力ではありません。
やはり鍛えられた歴戦の戦士達は、精神的な余裕が一般の女子とは次元が違います。
「そ、それじゃあ、私が……」
「待って。ここは一旦、じっくりと話し合うべき」
クラスメイトの椿ちゃんとのどかちゃんが顔を見合わせる。
さすがにこれ以上は、見ているだけというわけにはいけませんね。
私は呼吸を整えると、休憩室の扉をガラリと開ける。
「あっ、クレアさん」
「クレアちゃん、その、これは……」
私の顔を見たみんなが慌てふためく。
「みなさん、落ち着いてください。大丈夫ですよ。私はそろそろみんなが困っているだろうなと思って、ここに来ただけですから」
よいしょっと。私は無防備に熟睡しているあくあ君のTシャツを脱がせる。
「流石にこのままで放置すると、風邪をひいて次の日に支障をきたしてしまうかもしれません。まずはTシャツを脱がして汗を拭きましょう」
私はタオルを手に取ると、あくあ君の体の汗を拭いていく。
それを見たクラスメイトの女子達が、目を見開いたまま固まる。
「みんなも慣れるために、今のうちに体を拭いてあげるといいですよ」
私の言葉にみんなは顔を見合わせる。
最初はお互いに恥ずかしがるような素振りを見せていたものの、バレー部の響香ちゃんが私からタオルを受け取りました。
「あくあ君。お疲れ様。今日はいっぱい頑張ったね」
響香ちゃんは、ポニーテールで眼鏡っ子の渚ちゃんにタオルを渡す。
「今年の文化祭も、学校みんなのために頑張ってくれてありがとう」
次にタオルを受け取った沙耶香ちゃんが、あくあ君の体についた汗を拭いてあげる。
「あくあ君のおかげで、みんなすごく毎日が楽しいよ。本当にありがとう」
タオルを回された2Aのみんなが、あくあ君に労いと感謝の言葉をかけながら汗を拭いてあげる。
あくあ君。いつの日か、ううん、卒業前にクラスのみんなをあくあ君の彼女か愛人にしてあげてね。
みんな、すごくいい子達だから。安心して。
私はあくあ君の体に新しいTシャツを着せると、次はナタリア先輩を助けるために仮眠室を出ていった。
これはセーフだよね?
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