表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

656/704

白銀あくあ、夜の文化祭が始まった。

 文化祭を実行している期間に限り、生徒達は学校で寝泊まりをする事が許されている。

 カノンやアヤナ、とあや慎太郎達は自分の家に帰ったが、俺はこの制度を利用して学校に泊まる事を決めた。


「はい、みんな。クリームシチューができたぞー!」

「やったー!」

「待ってました!」


 学校に残ったみんなのためにクリームシチューを作った俺は、一人一人の容器におたまでシチューを装っていく。

 本当は定番のカレーにするつもりで準備していたけど、買い出しに行ってくれた女の子達によるとカレーのルーが空前のカレーブームで売り切れていて、クリームシチューのルーしか残っていなかったらしい。


「こ、これが、あくあ君特製のクリームシチュー……」

「買い出しに行ってくれた子達のファインプレーに拍手を送りたい」

「ふふっ、カレーのルーが売り切れるわけなんてないのにね」

「し、しーっ! それは言っちゃダメでしょ」


 ふぅ。もうみんなに行き渡ったな?

 俺もお腹すいたし、どっかに座って食べるか。

 自分で食べるシチューを容器に装った俺は、席が空いていたクレアさんの前に座る。


「はふ、はふ……んっ、美味しいです」


 クレアさんは唇についたシチューをティッシュで拭き取る。

 えっ、えっ……!?

 口を半開きにした俺は、シチューを掬ったスプーンを手に持った状態のままで固まる。

 普段から高貴なヴィクトリア様や、清楚を代表しているクレアさんやえみりのふとしたこういうシーンには、男としてグッとくるものがあるんだよな。

 俺は目の前のクレアさんをしっかりと目に焼き付けて堪能しながら、自ら作ったクリームシチューをじっくりと味わう。


「ご馳走様でした!」


 俺は食べ終わった容器を洗い物をしてくれる女の子達が居る場所へと持っていく。

 さーてと、腹ごしらえも終わったし、展示している衣装のチェックをして軽く運動した後に早めに寝るとするか。

 そんな事を考えながら学校の通路を歩いていると、放送部の部員に声をかけられた。


「あくあ君。ちょっといいかな?」

「もちろん、大丈夫ですよ」


 俺は放送部の女の子から話を聞く。


「実は、夜に学校に残った生徒向けの放送がある予定だったんだけど、MCを務める子が美術部の展示を見て体調を崩して帰っちゃったんだよね。それでその……良かったら、あくあ君がやってくれたら、みんな喜ぶかなぁと思って……。あっ、でも、無理にとは言わないから!」

「全然、いいですよ!」


 俺は普通に配信とかラジオとか好きだし、トーク番組は得意な方だと思ってる。

 前世ではアイドルという不可侵の領域を取るために、ファンとの距離は空けておいた方がいい。プライベートはあまり切り売りせずに、手の届かない憧れの位置をキープした方がいいと言われた事がある。

 だが、この世界の現状を考えたらそうも言っていられない。

 男性アイドル界隈を引っ張っていく俺がそのスタンスでは、この世界の男女の溝は深まったままだし、縮まる事は永遠にないだろう。

 だから俺はみんなとの距離が縮まるような仕事をこれまでも受けてきたつもりだ。

 女優小雛ゆかりがドラマや映画で魅せてくれる演技のように、アイドルとしての俺が誰かに憧れるような姿はステージの上でだけ見せればいい。

 でも、それ以外の場面では俺はみんなの隣に寄り添えるようなアイドルでいたいと思った。


「あくあ君、ありがとう」

「すごく助かるよ」


 放送部の中に入った俺は用意された席に座って、放送の内容について書かれた用紙を読み込む。

 この時点で気がついた事があれば、俺の方でアドバイスして色々と修正できるからだ。

 そうこうしていると、校内放送の時間になった。


「どうも皆さん、こんばんは。今日のMCを務める2年A組の白銀あくあです! みなさん、文化祭を楽しんでいますか? 俺はすごく楽しんでいます!!」


 軽く自己紹介と挨拶をした俺は、あまり雑談を挟まずに質問の募集内容について説明する。

 募集の内容を説明する前にフリートークを挟むよりも、募集の内容を説明してレスポンスを待っている間にフリートークを挟んだ方がスムーズな進行ができるからだ。


「実は今日、ショーと演劇の間にえみりとデートしたんだけど、明日もお世話になったもう1人の人とデートする予定なんだよね。そこで皆さんに質問です。皆さんのおすすめの部活やクラスがあったら、放送部のお便りコーナーからこっそり俺に教えてください!」


 俺は放送部のHPアドレスやメールアドレスが書かれた用紙を読み上げると、HPから質問コーナーへの投稿の仕方をレクチャーする。


「ちなみに俺がえみりとデートした時に、野球部がやっていたエンドレス野球に参加したんだけど、あれの途中結果ってどうなってるの? え? 100点ゲームで1点差!? あっつぅ……。みんな、休憩時間とか空き時間に暇があったら、ぜひ参加してあげてね!」


 俺がカラオケで歌った話を交えつつトークをしていると、質問コーナーや直接送られてきたメールを次々と受信する。

 その中から、目についたメールを俺はいくつかピックアップして読み上げていく。


「えーと……あくあ君、こんばんは! もしかして、明日、デートする相手って小雛ゆかりさんですか? って、えぇっ!? なんで、わかったの!?」


 俺は驚いた顔をすると、放送部のみんなが座ってる方向へと顔を向ける。

 すると放送部の人達は、俺に向けて苦笑いを浮かべた。

 あ、あれ? そんなにバレバレでした?


「小雛ゆかりさんとデートするなら、ぜひ、ウチのクラスに来てカップル限定メニューを注文して宣伝してください。おすすめはパフェです。いやいや、小雛先輩とカップル限定メニューなんて頼んだら、俺がはっ倒されますよ! だって、あの人、棒状のお菓子を両端から食べていくゲームで俺の唇を噛みちぎろうとしたんですから。そんな人と一緒にカップル限定パフェを食べたら、底に残ってるフレーク以外を全部食べて残りを俺に渡す地味な嫌がらせをしてきますよ」


 想像しただけで喉が渇く。

 俺は机の上に置いてあったペットボトルの水で喉を潤す。


「カップルメニューはともかくとして、時間がある時に休憩しに行きたいと思います。あ、いや、待てよ。別に小雛先輩じゃなくて、カノンとかアヤナとかといけばいいのか」


 2人に疲れてないか。休憩しようって言って、わざと喫茶店に行ってカップルメニューを頼む手もあるな。

 ただ、それだと2人が恥ずかしがる可能性がある。


「えーと、お便りを送ってくれた3Cの皆さん。もし、俺が誰かと喫茶店にやってきたら、メニューを聞き間違えたフリをしてカップルメニューを持ってきてくれると助かります!!」


 幸いにも2人とも帰宅済みだ。

 今頃、のほほんとお風呂に入っている2人は、この俺の完璧な犯行計画に気がつく事もないだろう。

 俺は勝利を確信した笑みを見せる。


「あくあ君があの顔をしている時って、大抵何かの負けフラグだよね」

「しーっ! 策士策に溺れるところまであくあ君のいいところなんだから、そっとしておこ」

「明後日には新聞部に事の顛末が書かれるだろうし、今からすごく楽しみ」


 ん? 放送部のみんなー? 今、何か俺に隠れてコソコソと話してなかった?

 あれ、おかしいな。俺の気のせいか……。

 俺は気を取り直して、次のメールを読み上げる。


「あくあ君、今年もお化け屋敷をやってるので来てください。なんと今回は、前回より大きなお化けさんを用意して待っていますぅぅぅううううう!?」


 感情を乱された俺は慌ててキリッとした顔をする。

 よしっ、放送委員の子は……誰もこっちを観てないな。バレてない。セーフだ!!


「あくあ君、嬉しかったんだね」

「ふぅ、なんか暑くなってきたかも」

「私も……」


 俺はなんとか上手い言い訳を考えて、なんとしてでもお化け屋敷に向かおうとする。


「えーと、ですね。別に変な気持ちとかじゃなくて、風紀的な意味合いで調査が必要だと思うので、一旦、そう、一旦ね。風紀委員さんの手を煩わせる前に、俺の方でこっそりと調査に向かわせてもらいたいと思います!!」


 よし、これで誰も俺が邪な気持ちで行こうとは思わないよな。

 間違っても小雛先輩と一緒に居る時は近づかないようにしておこう。

 俺は次々に来たメールを読み上げて、それに対してコメントしていく。


「それじゃあ最後に、フリーな質問コーナーってことで、何か俺に質問がある人は送ってくれると嬉しいです。ちなみにNGはありません!!」


 俺の一言に室内に居た放送部員達がざわつく。

 学校内の閉じた放送だし、これも高校時代のいい思い出になるだろう。

 もしかしたら途中で先生に止められるかもしれないので、俺は最初に来たメールをすぐに読み上げる。


「えーと、1年生です。ここだけの話、学校内で気になってる人はいますか? それと、奥さんや彼女以外に好みの人が居たら、こっそりみんなに教えてください!! なるほどね。一言で言うと、俺は全員の事が気になっているかな。もちろん生徒だけじゃなくて、先生もです!!」


 うおっ!? 急に放送部の子達が上着のジャージを脱ぎ始めた。

 暑いなら冷房入れてもいいんだよ。


「次の質問はと……3年生です。あくあ君は女の子の方から触られたり、アピールされる事についてはどう思いますか? もちろん、オッケーに決まってるじゃないですか。他の男子生徒はダメだけど、俺にはいくらしてもらっても大丈夫ですから。むしろみんな、俺の前ではもっと自分を解放してほしい」


 俺はさらにいくつもの質問にハイスピードで答えていく。すると、誰かが走って近づいてくる音が聞こえてきた。


「白銀、お前の放送は刺激が強すぎる! すぐに放送を止めるんだ!!」


 扉越しに杉田先生が扉を叩く音が聞こえてくる。

 やべぇ。流石に羽目を外しすぎたか。

 俺は放送部のみんなに視線を送ると、最後の質問を読み上げる。


「ごめん、みんな。杉田先生が来たから、次で最後ね。えっと……2年生です。あくあ君は、女の子からアピールされる事に忌避感がないと聞きました。本当ですか? 本当です!! 他の男の子はダメだけど、俺に関してはいつでも受け止める覚悟はできてますから!! むしろ、誰か俺を襲ってくれ!!」


 俺はこの世界で知り合った男子達とチャットアプリを通じてグループを作ってる。

 そこでよくみんな「女子はのアピールがすごい」「女子の貞操観念はどうにかしてる」「女子に襲われそうになった事がある」と書いていた子達がいた。

 それなのに、なんで俺の周りにはそういうイベントが起こらないんですか!?

 俺なら体調の悪い日以外は、いつだってウェルカム、オールオッケーなのに!!


「白銀、お前は何を言ってるんだ!?」


 放送部に入ってきた杉田先生がすぐに放送を止める。

 それを見た放送部の部員達が慌ててシャツを着た。


「白銀はもっと自分の体を大事にしろ! 白銀だって望まない相手から迫られたくなんてないだろう?」


 杉田先生、俺の事をそこまで思ってくれて……俺、本当に嬉しいです!!

 でも、俺が、もう1人の俺が、この世界にお前のハグできない女の子はいないって言うんですよ!!

 俺は杉田先生の問いかけに首を左右に振る。


「杉田先生、俺の事を考えてくれてありがとうございます。でも、俺……もう全員をコンプリートしちゃったんです」

「は?」


 俺が乙女咲に入学してから約1年半、クラスメイトはもちろんのこと、去年卒業した3年生から、今年入ってきたばかりの1年生まで、俺にとって恋愛対象外な女の子は誰1人としていない。


「し、白銀、お前、それって……」


 俺は顔を真っ赤にした杉田先生の両肩にポンと自分の両手を乗せると、いい顔で微笑む。


「もちろん先生方もです。食堂のお姉さんから校長先生まで、俺はいつでも大丈夫ですから」


 おっと! 俺は泡を吹いて倒れそうになった杉田先生を抱き抱える。

 俺は杉田先生を支えたママの姿勢で少し前屈みになると、マイクに向かって喋りかける。


「みんな、今日の放送を聞いてくれてありがとう。俺は倒れた杉田先生を保健室に預けてくるわ」


 俺は杉田先生をお姫様抱っこすると、とりあえず休める場所のある保健室に向かった。

 あれ? 根本先生、顔が真っ赤ですけど、どうかしましたか?

 俺は保健室のベッドに杉田先生を寝かせると、根本先生に杉田先生の事を任せて自分のために学校が用意しれくれた仮眠室に向かう。

 すると、仮眠室のある通りにすごい人だかりができていた。


「うわっ、みんなどうしたの!?」


 俺は仮眠室の入り口のそばに居たクラスメイトの子達に声をかける。


「あくあ君が疲れてると思って、その……」

「えっと、だから。マッサージとか必要かなと思って」


 クラスメイトの津島さんと二階堂さんが顔を赤くする。

 そこにうちのクラスのセクシーお姉さん担当、小野寺さんと安心院さんが助け舟を出す。


「ね。あくあ君、お姉さん達といい事しない?」

「疲れなんてすぐになくなっちゃうよ」


 しまーす。お願いしまーす!!

 俺は無言でみんなを仮眠室に招き入れる。


「あくあ君。今日もご苦労様」

「文化祭が終わった後も、みんなのためにたくさん頑張ってえらいね」


 俺は小野寺さんに肩と背中を念入りにマッサージしてもらう。

 その一方で安心院さんは屈むような姿勢で俺の足を念入りにマッサージしてくれた。

 こ、これってもしかしてワンチャンあるんじゃ!? そんな淡い期待を抱いていた俺に強烈な眠気が襲う。

 くっ! 朝からあんころ餅を作るために4時から起きていた疲れが、今になって出てきやがった!!


「もしかして、おねむの時間かな?」

「眠たくなったら、いつでも寝ていいんだよ」

「ねぇ、あくあ君。私たちも一緒に寝ていいかな?」

「今日は添い寝するだけでいいから、ね?」

「は、はぁい……」


 女子達の甘い囁きと吐息に挟まれながら俺の意識は夢の世界へと飛び立っていく。


 翌日、みんなより早くに目が覚めたらそこは天国だった。

 俺は近くで眠る同級生達を見て、ドキドキした気持ちになる。

 すると、夢から一瞬で目が覚めるような小雛先輩の鬼電がかかってきた。


『ちょっと、あんたどこにいるのよ! 今、起きたら、あんたがいなくて驚いたんだけど、何かトラブルに巻き込まれてないでしょうね!? 大丈夫? 迷子になってたりしない?』


 うん、心配してくれるのは嬉しいけど、俺、昨日、泊まるって言ったじゃん……。いや、小雛先輩には言ったかな? あ……そういえば、小雛先輩には言ってなかったような気がする。

 俺は謎に過保護な小雛先輩に事情を説明して宥めると、電話を切ってみんなが寝転がる仮眠室へと視線を向けた。


「んん」

「あ……」


 何人かの女子が俺の電話で目が覚めたのか、さり気なく寝返りをうって俺にアピールしてくる。

 みんな、ありがとう。でも、ごめん。

 俺は今日来るお客さん達のために、今からもう準備を始めないといけないんだ。

 時計の時間を見た俺は仮眠室を後にすると、涙を流しながら調理室で早朝から今日の分のあんころ餅を作り始める。

 今日来るみんな。俺の涙のせいで塩味になっていたら、ごめんな!!

Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。


https://x.com/yuuritohoney

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ