ヴィクトリア、私が審査員!?
どうしてこうなったのかしら?
審査員席に座らされた私は、楓とナタリアの間で優雅に扇子を扇いで平常心を保つ。
「いやいや、さっきまで迷子になっていた私が審査員で本当に大丈夫なんですか?」
珍しく真剣な顔をした楓が至極真っ当なコメントをする。
そのセリフ、右に同じですわ。
楓は両手で頭を抱えると、目の前の台に頭を突っ伏す。
「やべぇ。ファッションの事なんて、何もわからねぇ……」
わたくしもですわ。
だって、わたくしの場合、侍女達が自動で服を選んでくれますもの。
自分で服を選んで買った事もありません。
そんな私に何を語れと言うのでしょうか?
「見た目です。ヴィクトリア様。私達は見た目だけでここに座らせているのです」
反対側に座ったナタリアが遠い目をする。
日本、スターズ、ステイツの世界三大ファッションショーの中で、最も格式が高いとされているのがスターズのスタコレです。
渋谷で開催されたショーで現地実況をした楓に加え、私とナタリアの2人が審査員に選ばれたのは、この、いかにもな見た目が全てでしょう。
私達がなんとも言えない顔をしていると、マイクを持った乙女咲の生徒がショーの開幕を告げる。
え……? まだ私達は心の準備も何もできてないのに、もう始まるんですの?
「あっ、1Aの皆さんが出てきましたよ」
私は手元に置いてあった書類に目を通す。
えぇっと、1Aのショーのテーマは【日常の私達】ね。
一体、どんなショーになるのかしら。
「あっ、ヒスイちゃんだ!」
「くくり様ぁ!?」
「音さんきたー!」
「イリアッー!」
いきなり1Aの目玉である4人が出てきましたわね。
って、あの衣装は、いえ、あの制服は一体、何なんですの!?
ものすごいミニスカートに加え、胸の谷間が見えるほどシャツのボタンを開けていますわ。
時代が時代なら絶対に許されなかった衣装だと思います。
「こういう着こなしって、一昔前なら男子が嫌がるからやめなさいって言われてたよなぁ」
「そうですね。……にしても、音さんと祈さんはさすがですね」
ピンク色のツインテールにしたウィッグを装着した音さんは、さっきまでの劇と違って表情豊かな笑顔を見せる。ふふっ、手に抱えているぬいぐるみは、白銀あくあがプロデュースした小熊ゆかりかしら?
こうみると、ツインテールを留めてある小熊ゆかりのぬいぐるみヘアピンもかわいいわね。
ジャケットに取り付けられた小熊ゆかりの缶バッジもポイントが高いです。
対して祈さんの制服姿は、あの女、雪白えみりが貸してくれた漫画のキャラクターにそっくりですわね。
ええっと、ヲタクに優しいレイヤーギャルのアリサちゃんでしたっけ?
金髪で元気溌剌な祈さんにとっても似合ってますわ。
それに、肌が小麦色なのは焼いたのかしら? それともファンデーションを使っているのかしら? これも祈さんの雰囲気に合って素敵ですわね。
「って、イリアの奴。今日はどうした!?」
驚いた顔の楓が前から乗り出す。
ちょっと、あなた。妊婦なんだから、そんなに勢いよく前に出たらダメでしょ!
とはいえ、楓が驚くのも無理はありません。
加藤さんはギャルファッションですが、黒髪のロングストレートでいつもに比べてかなりのお淑やかモードです。でも、よく見ると使っているバッグやアクセサリー、小物がギャル感を出していますわ。
きっと普段はそういうファッションをしない子が、小物でもアレンジできるようなお手本として見せているのでしょう
「それにしても、まさかくくり様がここまでするとは……」
私はナタリアの言葉に頷く。
ふわふわの巻き巻きにした茶髪のポニーテールだなんて、彼女らしくありませんわ。
でも……すごく楽しそう。表情がなかった頃の彼女を知っている身としては、今の彼女はすごくいいと思いますわ。
あと、前髪にぱっつんの名残が残ってるのが地味にかわいいです。でも、あれってウイッグですわよね?
4人はステージの先端まで出ると、音さんがスマホをポケットから取りだして4人で仲良く記念撮影する。
へぇ、で、その写真をリアルタイムで投稿するわけね。演出も完璧じゃない。
ショーを見た観客席から大きな歓声があがる。
「音さん、まじやばい。小熊ゆかりアイテムがあそこまで可愛くなるなんて」
「もしかして、あくあ君はそこまで見通していたんじゃ!?」
それは絶対にないわね。断言してもいいわ。
「ヒスイちゃん可愛すぎ問題。これは沼る」
「わかる。こういう子に優しくされたら、同性でもコロっといっちゃう」
「イリアさん、こっちの方がいいじゃん」
「ね。あくあ様の好みを考えたら、どっちかというとこっちの方が可能性ある」
「くくりちゃん様が意外すぎてフリーズした」
「しかも結構似合ってるし、普通に可愛くて憧れる!!」
ふふっ、格式の高いスタコレもそれはそれでいいんでしょうけど、日本のこういう感じもいいですわね。
そもそもファッションの可能性は無限にあるのですから、ショーの形式だって、格式ばった形式に囚われない日本の方が、ファッションを心から楽しんでいると言えるのかもしれません。
4人は写真を撮ったあと、周りに手を振りながら来た道を引き返して行く。
観客達は4人が奥に引っ込んだのを見ると、反対側のステージへと体の向きを変える。
ああ、そういえば交互に出るんでしたっけ。
私は隣でホゲーっとしてた楓の顔を無言で掴んで向こう側に向ける。
「あくあしゃまきたあああああああああ!」
「うわあああああああああああああ!」
相変わらずすごい歓声ですわね。
トップバッターで出てきたあくあは、いつものように学生服で出てくる。
1Aと比べるとあまりインパクトはありませんわね。
えっと、2Aのテーマは【デッド・オア・アライブ・ア・デート】でしたっけ?
どうしてデートで生きるか死ぬかの話になるのでしょう……。
白銀あくあが入り口で待っていると、次のモデルが舞台袖から出てきました。
「アヤナちゃんきたー!!」
「初手からアヤナちゃんとか、2Aのキャスト豪華スギィ!」
月街さんのファッションは、ミニスカートにタイツか。いかにもあの男が好きそうなファッションね。
クリーム色をしたふわもこのカーディガンもすごくかわいいわ。
月街さんにしては随分と甘めに仕上げてきましたわね。やはり、デートがコンセプトだからかしら?
2人が手を繋いでランウェイを始めると、悲鳴のような歓声に包まれる。
芸能人同士、それもこの国を代表するトップアイドルのデート風景なんてまず見れないですものね。
2人はステージの先端で手を振って別れると、白銀あくあだけをその場に残して月街さんは来た道を帰っていく。そして、月街さんと入れ替わるように他の女子達が出てきた。
「2Aは全員モデル挑戦だっけ? ランウェイの上とはいえ、あくあ君と模擬デートできていいなぁ〜」
「そうだよ。それに対抗して1Aも全員モデルするみたい」
「なんでも、えみり様が劇の映像と並行して、私が衣装制作を頑張るからみんなもやってみようと、提案されたとか」
「さすがはえみり様ね! 自らの欲望で動いている何とか捗るとは違うわ!」
あの女は、一体、いつ寝てるのかしら……。それと、最後の貴方。その2人は同一人物よ。
全く、少し考えればわかりそうなものなのに、どうして誰も気がつこうともしないのかしら。
この国の人達は、白銀あくあのせいで脳の機能をだいぶやられちゃったのかもしれませんわね。
それか、例のホゲなんとかってやつの影響かしら。私は隣にいる楓の顔を横目でジッと見つめる。
「うーん……恥ずかしがり屋のアヤナちゃんが、観客の前であくあ君と腕を絡ませてイチャイチャしてくれたので、その勇気に免じて2Aに1ポイント!!」
「私は1Aかな。写真を撮って学校の公式SNSにあげてくれたりしたのとか、実行委員会としてはトップバッターとして盛り上げてくれたところを評価したいです」
へぇ、楓とナタリアで見事に別れたわね。
確かに白銀あくあとのランウェイデートは魅力的だったけど、2Aの学生服デートは、ファッションよりも白銀あくあ本人にかなりのウェートがあったと思います。
このターンに限って言えば、意外性のある1Aの方が良かったと思いますわ。
ファッションの事は良くわかりませんが、勝つために、いえ、クラスのためにギャルファッションに挑戦した皇くくりさんのチャレンジ精神を評価して、私は1Aに一票を入れる。
ここで再びカードゲームのようにターンが切り替わると、ジャージ服姿の祈さんをトップバッターに複数の女子達が出てきました。
なるほど、今回のコンセプトは、放課後の部活動でいかにジャージを可愛く着こなすかですわね。
日常の私達というテーマに沿って、1Aは上手に構成されていると思いました。
今回のプロデューサーを務める小雛ゆかりが、女優しかかけてないような顔の半分が隠れるほどレンズが大きいサングラスを身につけて、椅子の上で踏ん反り返っていた姿を見た私はなんとも言えない顔をする。
やはりあの男の師匠になるには、これくらいメンタルが図太くないと無理なのかしら。
「ジャージのインナー、分かりづらいけどあくあ君カラーじゃない? 白だけどちょっと黄色が入ってるんだよね」
「ああ、そういえば運動部の子達から、インナーに推しのカラーを着るのが流行っていると聞きましたよ」
へぇ、推しインナーか……。これなら恥ずかしがらずに推し活をできたりもできそうですわね。
私は心の中でこっそりとメモを取る。
他にもリストバンドやヘアゴムの色などでも可と……なるほど、みなさん、学校の規則の中でおしゃれを楽しんでいるのね。素晴らしいわ。
祈さんを先頭にしたグループが引っ込むと、反対側のステージから再び白銀あくあが出てきた。
「うわああああああああああああ!」
「野球部のあくあ様だあああああああ!」
あら、高校球児の格好も似合ってますわね。
スターズにはあまりの馴染みのないスポーツですが、ステイツや日本ではすごく人気のスポーツです。
後ろからメガホンを手に持った胡桃さんが出てくる。
ああ、なるほど。これは試合に出ている彼氏の応援をしている彼女という事かしら?
素敵ですわね。2人は試合が終わった後をイメージするように、手を繋いで帰っていく。
しかし、その直後に白銀あくあは衣装を早着替えしてステージに戻ってきた。
「サッカー部のあくあ様きたああああああ!」
「短パン! 半袖! 短パン! 半袖!」
なるほど、そういう事か。
白銀あくあは次々といろんな部活のユニフォームを披露していく。
その度に大きな歓声がわく。その中でも1番の歓声が沸いたのは水泳部としてブーメランパンツを穿いて出てきた時でした。
「し、刺激が強すぎる……」
「高校生の文化祭でいいんですか!?」
「お前ら、煩悩に囚われすぎ。おちけつ!!」
「今、ケツの話をするんじゃない!!」
私の隣にいるナタリアが真剣な顔つきで真正面を向きながら、無言で2Aにポイントを入れる。
あなた、いくらなんでも自らの欲望に素直すぎましてよ?
「とか言って、ヴィクトリア様も今、無言で2Aに入れましたよね?」
な、なんの事かしら。
私は手に持っていた扇子で口元を隠しつつ、ナタリアの追求に視線を泳がせる。
「1Aかな。ジャージってすごく芋臭くなるんだよね。それを可愛くするのは運動部をやってた全女子の願望だと思う。それと、私も高校生の時にジャージで推し活したかった……」
な、なんですって……!?
この欲望に負けず、普通に1Aにポイントを入れた楓を見た私とナタリアが目を丸くする。
あなた、本当はすごいのね……。私とナタリアの中で、楓の評価がぐっと上がる。
2Aのターンが終わると、1Aのステージに加藤さんを先頭に1Aの生徒達が出てきました。
あら? また制服姿ですの? って、よく見たらストレートの黒髪だったのが毛先を緩く巻いて、ハーフアップにしてますのね。よく見ると、制服のアレンジもさっきと少し違う気がします。
「これは友達と一緒に放課後を遊ぶ時のファッションですね。じ、実は私も、放課後、友達と遊ぶときはみんなにバレないようにアレンジとか変えてます……。だって、生徒会長が放課後遊んでるのを見られるのはまずいですし」
「私も良く、学校の帰りにコロッケとか買い食いしてたなぁ。タピる? 何それ……? 女子高生の放課後は油でガツンと一択でしょ。中間テストで午前中で学校終わった時とか、友達と一緒に良くラーメン屋さんに行ってたもん」
へぇ……。当然、私にはそんな経験なんてありません。
ふ、ふん。別に全然、羨ましくなんかないのですわ! ……少しは、その、うん、ちょっとだけ、やって見たかったなとか思ったりはするけど。って、違うでしょ! もう! この私に心の中とはいえ、何を言わせているのかしら!!
私は平常心を取り戻すと、ターンが変わって反対側のステージへと視線を向ける。
「あくあ様の私服デートきたああああああああ!」
「やったああああああああああああああ!」
可愛いワンピースを着た黒上さんと、シンプルなシャツ姿のあくあが一緒に出てくる。
ふふっ、黒上さんったらすごく恥ずかしそうね。ああいうのを普段に着ているのを見た事がないから、こんな大観衆の前で見られるのはきっと恥ずかしいでしょう。私なら絶対に無理です。
私は心の中で黒上さんに同情する。
それはそうと、この男……シンプルな白シャツ一枚でかっこいいとか、ちょっと調子に乗っているんじゃないですの!? ふん! 私はそういうので騙されませんからね!!
あっ! 間違えて2Aに入れちゃったじゃない!! もう! 全部、あなたのせいなんだから!!
「1Aかな。高校時代を思い出して懐かしくなったわ。私達も同い年だったら、えみりや姐さん、カノンと昼からニンニク背脂マシマシのラーメンを汗だくだくになりながら放課後に制服着て一緒に食いたかったなぁ」
「私も1Aで。楓さんの話を聞いてたら、この後、生徒会のみんなでラーメン屋さんに行きたくなっちゃいました」
私は2人から視線を逸らして真正面を向く。
ふ、2人とも、もうちょっとファッション面を考慮した方がいいんじゃないかしら?
私はちゃんとファッション面を考慮して投票しましたからね!!
心の中で言い訳を完了させた私は、奥に引っ込んでいく白銀あくあの後ろ姿を見つめながら、扇子で覆い隠したほっぺたを膨らませた。
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