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ベルナール、ミッション・アクア・インポッシブル。

 聖あくあ教に入信した俺は、男性信者の多い特殊工作員のグループに配属された。


「ようこそ、Impossible Aqua Forceへ。私はIAF作戦隊長のイーサンだ」


 豪華絢爛なドレスを着た美しい女性が俺を出迎える。

 ん? イーサン? 待てよ。こいつ喉仏があるし、もしかして男か……?


「ベルナール・アイルワードです。ここは一体、何をする部署なのでしょうか?」

「アイルワード君。いい質問だ。ついてきたまえ」


 イーサンと名乗る人物が後ろにある棚の本を一冊分だけ引き抜くと、本棚が左右に分かれて鋼鉄でできた分厚い扉が現れる。

 俺が目の前の光景に呆気に取られていると、彼は扉の横に取り付けられている認証装置の上に手を置く。


『エージェント、イーサンの認証を確認しました。中にお入りください』


 目の前にある扉が開くと、小さな部屋が現れた。

 先に小部屋に入ったイーサンは、俺に対して一緒に中に入るように促す。

 一体、なんなんだこりゃあ?

 言われるがままに小部屋の中に入ると、さっき入ってきたばかりの扉がすぐに閉まる。


「うぉっ!?」


 ガタンという大きな音と共に、小さな小部屋が下に向かって動き出す。

 なるほど、扉の向こう側にあった小部屋がエレベーターになっているのか。

 それにしても俺は一体どこに連れて行かれるんだ?

 俺は少しだけ警戒心を覗かせる。


「いい警戒心だ。アイルワード君。君は面接の時に、あくあお姉様……コホン。白銀あくあ様が為される事をサポートしたい。そして彼と、彼の為に動いている人達の平和を守りたいと言ったね?」

「あ、ああ」


 聖あくあ教に入るだけなら誰でもできるが、入った後に教団の中で何か特別な役割をもらおうとしたら、性別、年齢、権力、資金に関係なく配属試験を受ける必要がある。

 入信と同時に試験を受けた俺は体力テストではギリギリだったものの、他のテストの点数が良かったのか、なんとか試験をパスして何をするのかよくわからない部署へと配属された。


「私達IAFは、世間一般では不可能と言われているあくあ様の為される事を実現させるために、それを本人に察知される事なく秘密裏に陰日向からサポートする為に組織された部隊である」


 なるほどな。

 言葉尻だけを聞くと別に悪くないように聞こえてくるが、本人に無許可で勝手に動いてるのは、普通に意思疎通の面とかで良くないんじゃないかと思った。

 なんなら、本人の言葉を自分なりに解釈して勝手に行動を開始する事も可能だからだ。


「もし、そのやり方を本人が望んでいなかったら?」


 俺は真剣な表情で、イーサンに対して突っ込んだ質問をする。


「いい質問だ。アイルワード君。君はテストで、あくあ様のためなら、聖女様や幹部の十ニ司教の命令に従わないと答えたそうだね。私も同じだ。そういう人間だけがここに集められている」


 おい、それってつまり、部署という形があるだけで、ここに居るそれぞれが別の解釈、解釈違いで自由に行動してるやべー部署だって事じゃねぇか!!

 どうやら聖あくあ教は俺が思っていた以上にヤバい組織のようだ。

 そんな事を考えていたらエレベーターが目的地に到着したのか、さっき閉じた扉がもう一度開く。

 俺はイーサンの後に続いてエレベーターから降りると、目の前に広がる光景に驚愕した。


「アイルワード君。改めてようこそ。IAFは君を歓迎しよう」


 なんだこの部屋、いや、空間は?

 見た事もない最新の機械に加え、スパイ映画に出てきそうな洒落たデザイン。

 しかもここで働いているのは、やたらと男が多い。

 というか、よく見たら、さっき目の前を横切ったスーツの女にも喉仏がある。

 つまり、ここに居る女は全員、女装した男だってことだ。


「アイルワード君、ここが君のデスクだ。テストで高い社交性や常識力が認められた君には、現場で働く私達の仲間をサポートして欲しい。なにぶん、ここは元引きこもりだった男性や、更生した男性が働いているから、そういうところには少し疎いところがあるんだ」

「え、ええ。わかりました」


 こうして俺の聖あくあ教での活動が始まった。

 俺は初日の仕事を終えると、その帰りに前に行ったジャズバーへと向かう。


「いらっしゃいませ」

「ブラック。濃い目で頼む」


 うーん。この女、やっぱり女優の音ルリカだよな。

 俺は心地の良い音楽を聴きながら、コーヒーを楽しむ。

 確かこいつも俺が元居たスターライツのリストに入ってる1人だったな。

 飲酒、喫煙疑惑でテレビに出れなくなってるんだっけか?

 俺は目を細めると3人の娘の1人、次女のレティシアが泣きながら学校から帰ってきた日のことを思い出す。


『パパ、私、学校、停学になっちゃうかも……』


 男親を持っていて男親と同居している娘がいじめのターゲットにされるのは良くある話だ。

 長女のベアトリスはそういうのに屈さず立ち向かうタイプだったし、三女のセラフィーナはマイペースだから何を言われても聞かないタイプだが、内向的な次女のレティは違う。だからきっと、狙われたんだと思った。

 俺は泣いているレティを優しく慰めると、どうしてレティが停学しなきゃいけない話になっているのかを詳しく聞く。


『帰ろうとしたら仲の良い子から掃除を頼まれたの。そこに行ったらタバコの吸い殻や飲んだ後のビール瓶とかが捨ててあって、それを片付けてたら先生が来て生徒から通報があったって……』


 くそっ! 裁判でどうにかなったものの、思い出しただけでムカムカしてきたぜ。

 あの時、学校に乗り込もうとしたが、家族みんなに止められて後悔したのを思い出す。

 白銀あくあを知った後の今の俺だったら、間違いなく車で学校のゲートに突っ込んでた。

 俺はコーヒーを飲むと会計を済ませる。


「ありがとうございました」


 確かこの子の飲酒、喫煙疑惑の写真をゴシップ誌にリークしたのは同級生だったか。

 音ルリカの無機質な表情が、友達だと思っていた子に裏切られたレティの顔と重なる。

 しゃーねぇ。元職場がこの子にちょっかいかけて何かあるといけないし、当面はここに通うか。

 俺はジャズバーを出ると、愛する家族が待っている家へと帰宅する。


「おかえり、パパ。ママから聞いたけど、就職先が決まったんだって? おめでとう! セイジョー商事だっけ? すごいね。日本でできた友達がすごく大きい所だって言ってたよ」

「あ、ああ」


 俺は帰りを出迎えてくれたレティにバッグを手渡す。

 秘密部隊に配属された俺は、愛する妻や娘達に自分の職業や職場、任務や仕事について話すわけにはいかない。

 だからそれぞれのメンバーには、偽の就職先と役職が与えらえる。つまり、聖あくあ教のフロント企業ってやつだ。


「しかも、いろんな子会社の教育を任されてるマネージャーだなんてすごいね」

「はは、パパの仕事なんて只の便利屋みたいなもんさ。白銀キングダムに務めてるお前の方がすごいよ」


 次女のレティは、俺達を助けてくれた聖あくあ教の偉い人の紹介で、白銀キングダムへの就職が決まった。

 今は引っ越したばかりだから自宅から白銀キングダムに通っているが、そのうちお休みがある日以外は向こうの社員寮で寝泊まりするようになるらしい。親としては寂しくなるが、これも仕方のない事だろう。

 心配そうな顔をしたレティが俺の顔を覗き込む。


「パパ、私が居ない間にあんまり無理しちゃダメだからね」

「ああ、わかってるって」


 俺はやはり幸せ者だ。愛する妻に、俺を気遣ってくれる娘達。

 ステイツから日本に引っ越してきた時は不安もあったが、家族が一緒ならどんな事でも乗り越えられると思った。

 それから数日後、仕事に慣れてきた俺の元に1人の男がやってくる。


「よぉ、隣の席いいか?」

「ああ、もちろんだとも」


 俺が1人で愛する妻の手作りお弁当を食べていると、小太りの若い男が同席してきた。

 ここに来て、色々な人と話したが、この男と話すは初めてだな。

 俺は変な解釈持ちじゃねぇかと警戒しながらも、こいつの思想を確かめるために会話を振る。


「見ない顔だが、現場担当のエージェントか?」

「いや、あんたと同じサポート班だよ。ただ、あんたみたいな大層な役割じゃねぇけどな」


 IAFは大きくわけて2つの役割がある。

 その中でも部隊の肝とされているのが実際に現場で働く実行部隊だ。

 うちの隊長を務めるイーサンも現場担当のエージェントで、スターズ解放戦線に参加した他、多くのミッションを成功に導いた実績がある。

 最初はあの見た目でと疑ったが、他のエージェントから聞いた話によると、イーサンは豪華絢爛なドレスで自分の体を隠しているが、信奉する白銀あくあと同じようにかなり体を鍛えているらしい。

 そしてその現場で働くエージェントを支えるために存在しているのが、俺達サポート班だ。ただ、サポート班と言っても役割は一つじゃない。現場に出てサポートを担当する人も居れば、完全にデスクワークな人も居る。また、エージェントの装備を手配したり、移動をサポートしたり、アリバイを作ったりと、サポート担当と言っても働く内容もまた様々だ。


「俺の役目は、現場で不測の事態が起こった時にエージェントや、エージェントを現場でサポートしている人間に情報を伝える連絡員だよ」


 なるほど、だからこの男は、俺がサポート班だとわかってて話しかけてきたのか。

 連絡員なら、エージェントやサポート班の顔がわかってても不思議じゃないからな。

 俺は少しでも情報を得ようと、さらに踏み込んだ質問をする。


「へぇ、そんな仕事もあるんだな。どうして、あんたは連絡員になったんだ?」


 俺の質問に対して男は目を背ける。

 何か答えづらい理由でもあるのだろうか。

 男は少しだけ罰が悪い顔をすると、靴を脱いで自分の足の甲を見せる。


「……これさ」


 なんだこりゃあ? 男の足の甲にチップのようなものが装着されているのが見えた。


「俺は前に悪い事をして、ここの奴らに捕まってな。その時に、将軍様って名前の司教に捕まって炭鉱送りにされたんだ」


 ……つまり、元犯罪者。いや、犯罪に準じる事をしたけど、それが表に出る前に被害者と加害者との間で内々に処理をして、その代わりに聖あくあ教が罰した1人って事だ。

 まぁ、わかりやすく言うと、女性に対して酷い事をして聖あくあ教にお仕置きしたか、白銀あくあや、その周りに手を出して捕まった1人って所だろう。


「俺達は常にGPSで管理されてて、住所やら家族構成も含めて全てのデータが保管されている。さらには、国の犯罪者データベースにも名前が残ってるから、裏切っても簡単にばれちまうし捕まっちまうんだよ。だからこそ、エージェントやサポート班の顔がわかっている連絡員をやらされている」


 へぇ、なるほどな。

 俺が聞いた噂によると、炭鉱はイーサンですら震えるレベルの地獄みたいな所らしい。

 それもあってか、炭鉱送りにされて厚生した人間の再犯率は今のところ0%だそうだ。


「あんたは一体、何をやったんだ?」

「女の人にひどい事をした。んで、白銀あくあの女にちょっかい出して、白銀あくあに喧嘩を売って返り討ちにされた」


 考えられる限りのこの教団じゃやっちゃいけねぇ事のフルコースじゃねぇか!

 お前、よくそれで死刑にならなかったな……。

 俺はこの教団なら私刑にしていてもおかしくないと思ったが、そんな人物だろうと更生させて仕事を与えると知って少しだけ考え方を改めてる。

 もしかしたら、俺が思っていたよりかは聖あくあ教はマシなのかもしれない。


「でも、今は反省してる。何も見えない狭い暗闇の中でひたすら穴を掘り続けて、俺は今まで自分のしてきた事を見つめ直したんだ。俺がここで働いているのも、ほんの少しでも俺が傷つけた女性達への償いになればと思ったからさ」


 詳しく話を聞くと、彼は弁護士を通じて悪い事をしてしまった女性達に謝罪の手紙を送ったり、現実的な補償についても交渉したそうだ。

 俺には娘が3人にいるからよくわかるが、もし自分の娘が男に酷い事をされたらブチ切れるだろう。

 だが、こいつと被害者との間でちゃんと話がついてるのなら俺が口を出す話じゃない。


「すまねぇ。俺の話なんかに付き合わせて」

「気にするな。これから一緒に仕事をするんだから」


 俺は男に向けて左手を伸ばす。


「自己紹介が遅れたな。俺の名前はベルナール・アイルワードだ。とは言っても、連絡員の君は俺の名前を知っているだろうがな」

「ああ、そうだな」


 男が初めて笑みを見せる。

 随分と申し訳なさそうに笑う男だ。

 今まで自分が女性の笑顔を奪ってきたらこそ、自分は笑っちゃいけねぇと思ってるんだろうな。

 男は俺の伸ばした左手を掴む。


「俺の名前は……ケン。苗字はない。今は只のケンと呼んでくれ。白銀あくあに敗れたおかげで、自分のしてきた事を気付かされた愚かな男の名前だ」

「ああ、よろしくな。ケン」

 

 俺はケンと固い握手を交わす。

 その日の帰り、俺は日課となっている音ルリカの働いているジャズバーに向かう。

 幸いにも変装した白銀あくあがここに通っている事から、俺も任務の一環としてここに通いやすくなった。

 しかも、ただジャズを聴きながらコーヒーや紅茶を飲んでるだけで給料が出る。深夜にも関わらずしょうもないクレームで叩き起こされていた前職を思えば、素晴らしい職場だ。


「いらっしゃいませ」


 ん? 心なしか、音ルリカの言葉と表情がいつもより柔らかい気がする。

 俺が普通の男だったら間違いなく気が付かなかっただろうが、俺は白銀あくあのように自分の妻や娘を愛しているから、女性の感情の機微にはすぐ気がつくタイプだ。


「嬉しそうだが、どうかしたのかい?」


 いつもなら俺だって話しかけたりしない。

 だが、今日に限っては、話しかけてくるなオーラがあまり出ていなかったように見えたからだ。


「えっと、その……学校の文化祭が、すごく楽しみだからです」

「そうかい。それは良かったな」

「は、はい」


 学校の文化祭か。また、白銀あくあが何かをやらかしたのかも、いや、何かをやらかそうとしているのかもしれない。

 まだ、俺のところには情報が上がってきてないが、イーサンあたりを突いてみるか。あいつなら、なんか知ってそうだしな。

 翌日、俺はIAF本部に出社するとイーサンの居る部屋を訪ねる。


「さすがはアイルワード君だ。よく気がついたね。実は今度の文化祭で、あくあ様が音ルリカさんをこの状況から救うために行動をしているそうだ」


 やっぱり、白銀あくあだ。この仕事に俺の人生を全て賭けてもいいと思うのに相応しい男だと思った。


「だが、文化祭には一つ懸念点がある」


 俺はイーサンの真面目な顔を見て真剣な顔つきになる。

 すると後ろの扉が開いて、この前、話した連絡員のケンを含めた数人が入ってきた。


「全員が揃ったところだし、これを聞いてくれ」


 イーサンは、引き出しから取り出したカセットテープを机の上に置く。

 おいおい。このご時世にカセットテープか? 懐かしいな。

 ケンはカセットを見た事がないのか首を傾ける。

 って、イーサン、お前も使った事ねぇのかよ!

 いや、そりゃそうだよな。お前も普通にわけぇもん。


「ほら、貸してみろ」


 俺はイーサンからカセットを受け取ると、普通に再生ボタンを押す。

 ふぅ、間違えてイーサンが録音ボタンを押して、テープの内容を上書きしてなくて良かったぜ。


『やあ、IAFの諸君。早速だが、君達に頼みたい事がある』


 男の声だが変声機を使ってるな。つまり、元は女の声か。

 しかも少し年齢を感じる。

 こいつらを指揮できる立場で女、年齢を考えると……図書館、十二司教のNo.2か?


『我々は文化祭に乗じて、白銀あくあを殺そうとしている組織の情報を掴んだ。そこで君達には、この暗殺を何としても食い止めて欲しい』


 くそっ! どこの誰かしらねぇけど、凝りねぇ奴らだ!!


『なお、今回の件で君達が警察組織に捕まったとしても我々は一切関知しない。故に脱出経路を確保した上で、任務が終了次第、速やかに現場から離脱する事をお勧めする。なお、このテープは自動的に消滅……する方法も考えていたが、このご時世にカセットテープはとても貴重なので、後でちゃんと返却するように!』


 俺は最後の言葉にずっこけそうになった。

 普通は機密を守るためにテープが爆発したりするんじゃねぇのか……。


「というわけだ。すでにうちの情報部から、当日のあくあ様の行動予定表が上がってる。しかし、知っての通り、あくあ様は行程表通りに行動するとは限らない。ふふっ、あくあお姉様のそういうフリーダムなところがチャーミングでいらっしゃる。……じゃなかった。コホン! 君達にはどういう状況になったとしても、対処できるように準備しておいてくれたまえ。それと、アイルワード君。君も当日には現場に入ってもらう、いいね」


 俺はイーサンの言葉に頷く。

 IAFの本部を出た俺は、いつものようにジャズバーで音ルリカの顔を見てから自宅に帰る。


「パパったら、お気に入りのカフェでもできた?」

「えっ? あ、ああ、ちょっとな」


 三女のセラフィーナの言葉にドキッとする。

 別に悪い事をしてるわけじゃねぇけど、任務が関わってる事だから余計な事はしゃべれねぇ。


「ふぅん。良かったね、パパ」

「ああ、そうだな」


 セラがあまり追求してくるような子じゃなくて良かった。

 俺はホッとするとリビングに向かう。

 するとレティが、妻や長女のベアトリスと笑顔を見せて会話をしていた。


「どうしたんだ?」

「あ、聞いてよパパ。実は白銀キングダム内のくじ引きで、乙女咲の文化祭のチケットが当たったんだ!」


 レティが文化祭に来るだと?

 俺はレティから詳しい話を聞く。


「くくり様が持っていたチケットを本当はえみり様にプレゼントするつもりだったんだけど、えみり様がチケットに当選したらしくてその枠が余ったからって、持っていたチケットを白銀キングダムで働いている子達に回してくれたの。でも、まだ働き始めたばかりの私なんかが当たって良かったのかな……」


 レティは虐められた時の事を思い出して笑顔に影が差す。


「いいんじゃない。だって、みんな祝福してくれたんでしょ?」

「うん。白銀キングダムで働いてる人って、みんな、すごくいい人たちばかりなの」


 そりゃそうだ。なんたって、あの白銀あくあの周りで働いてる子達だからな。

 白銀カノンやメアリー・スターズ・ゴッシェナイト、皇くくりの3人が居て、変な奴を入れるとは思えない。

 逆によく考えたら、うちのレティがこの国に亡命してよくすぐに白銀キングダムに採用されたなと思う。推薦した人が藤蘭子か、いや、もしかしたら、それ以上の人物かもしれないな。


「そういえば、レティは誰が推薦してくれたんだ?」

「えっと。なんか周りの人から聖女様って呼ばれてた人」


 俺は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。

 藤蘭子どころじゃねぇ。1番の大物じゃねぇか。

 なんで、聖女がここに出てくる!?

 ま、まさか、この俺が組織に入る事を先読みしていたとでも言うのか!?

 ありえる。たった1年であの組織を作り上げた女だ。そんな女が考えなしに行動しているわけがねぇ。100%有りえねぇ!! 間違いなく俺の行動を読んだ上で先にレティをスカウトしたんだ。


「パパ、どうしたの?」

「いや、なんでもない。ちょっと疲れてただけさ」


 俺は聖あくあ教の恐ろしさを再確認すると、改めて気合を入れ直す。

 たとえそうであっても、俺は俺の家族と白銀あくあ達の事は絶対に守ってみせる。

 そうだ。やる事は何も変わらない。


「さぁ、みんな晩御飯にしよう。パパはもうお腹ぺこぺこだよ」


 家族団欒の食事でもう一度やる気スイッチを入れた俺は、文化祭当日に向けて色々な準備を整える。

 そして、ついに白銀あくあ暗殺計画が実行される文化祭当日を迎えた。


『チッ、白銀あくあが予想外の行動に出た!』


 ケンからの連絡に俺達は最初から慌てる。

 焦る俺とは違って、イーサン達はどこか楽しそうだ。


『さすがはあくあお姉様だ。その行動的なところが情熱的で素晴らしい』


 イーサンは自らの両手で自分の体を抱きしめると恍惚とした表情を見せる。

 とりあえず俺の所属する部隊でダントツやべーのはこいつだな。


『こちらB班。松葉杖のとあちゃんとあくあ様が支えているのを見た協力員が倒れました』

『チッ! だから今回の協力員にはアクトア派は入れるなと言ったんだ!! ポイントCには俺が行く!』

『こちらポイントD。あくあ様が胸部の大きな生徒に釣られてコースを変えました! あっ! すみません。近くに居た月街アヤナに睨まれて秒で元のコースに戻りました!!』

『こちらF班、白銀あくあの動きが屋台の前でピタリと止まりした。どうやら店員の女の子が大きかった模様です!』


 くっ、やはり最初から白銀あくあの行動を予測するなんて不可能に近かったのか。

 俺は全エージェントに向けて無線で連絡する。


「全エージェントは、用意していた行程予測表を捨てろ! ここからはアドリブで行く!!」


 俺はパソコンを開くと、ハッキングした監視カメラの映像を見ながらみんなに指示を出す。

 とりあえず白銀あくあの事で一つだけわかった事がある。

 おっぱいが大きい女には一旦釣られるなら、それを元にして行動を先読みすればいい。

 俺のアドリブもあって、順調良く警備作業が進む。


「次は演劇部だ。事前に手に入れた脚本によると、ここから白銀あくあはカーテンコールまでの間、舞台袖で待機する。体育館内の警備には俺が付くから、他のエージェントは休憩しつつ体育館周辺を警戒しろ。それとアイルワード君は食事しながらでいいから、監視カメラをチェックしてくれ」

「了解した」


 俺はイーサンに返事をしながら、食事を買って持ってきてくれたケンに礼を言う。


「何事もなければいいんだがな」

「ああ」


 俺とケンは飯を食いながら監視カメラの映像をチェックする。

 ん? あれはレティか……。

 俺は食べていたパンを喉に押し込むと、最前列に座っているレティの顔をアップにする。

 どうやら、文化祭を楽しんでるみたいだな。愛娘の顔を見てつい俺の顔が緩む。

 っと、いけねぇいけねぇ。仕事中だった。

 俺はカメラの視点を元に戻す。ん? 今、なんか映らなかったか?


「おい、今の見えたか?」

「何かあったのか?」


 どうやらケンは周囲を警戒していて、気が付かなかったみたいだ。

 俺は念の為に中にいるイーサンに連絡を取ろうとする。


「くそっ、繋がらねぇ!」

「もしかして、ジャミングか?」


 くそっ、迷ってる時間はねぇ。

 もしかしたら中で何かが起こるかもしれない。

 ケンは連絡用のインカムに手を当てようとる。


「待ってくれ」


 俺はケンの手を掴んで止める。

 ケンは緊急時に用意した、全員で体育館の中に傾れ込んで無茶苦茶にするプランを使おうとしたのだろう。


「なぜ止める?」

「ここで止めたら、白銀あくあのプランが無茶苦茶になる。それじゃあ、音ルリカは救えねぇ。それに……」


 ケンは俺の顔をまっすぐな目で見つめる。


「俺の娘があそこにいる。俺のせいで、娘は過去に音ルリカのような嫌疑をかけられた事があるんだ。だから、そんな娘の前で見せてやりてぇ。白銀あくあが1人の女の子を救うところを」


 わかってる。これは俺のエゴだ。

 そんなを今更見せたところで何の意味もない。

 あの頃のレティは救えないし、その悲しみが消える事はないと思う。

 俺は掴んだ手を離す。


「すまない。続けてくれ」

「どうして謝る? そういう事なら俺も協力する。それに俺も……白銀あくあが何をするか見たいからな」


 まさか協力してくれるとは思わなくて、俺はびっくりした顔をする。


「いいか。俺が騒ぎを起こして入り口の警備員を引きつける。お前はその隙に中に入れ」

「わ、わかった。感謝する」


 ケンは裏口に居る警備員の前でわざとらしく転げて、保健室に運んでもらう。

 俺はその隙に裏口から体育館に入る。俺はそこからなんとかして2階にいくと、重たい腹を抱えながらハシゴを登る。

 すると俺は一番上に登ったところで、スポットライトのところで蹲っている人物を見つけた。

 まさか、カーテンコールの時にスポットライトを落として、事故に見せかけて白銀あくあを殺すつもりなのか?

 俺は音を立てずにそろりそろりと背後から近づこうとする。

 しかし、床に落ちてあった物を足で蹴ってしまい、音を出してしまう。


「……男か?」


 この声、男か?

 振り返った人物を見ると女に見えるが、声からして間違いなく男だ。

 今、思えばうちの女装連中は声までちゃんと女に変えてるからすげぇなと思った。


「お前、何をしてる。まさか、スポットライトを落として、白銀あくあを殺すつもりじゃないだろうな?」

「ああ、そうだと言ったらどうする?」


 目の前の男はニヤリと片端の口角を上げる。


「あいつのせいで黒蝶家は無茶苦茶になった! この国はあいつが出てくるまで、俺たちのパラダイスだったのに!!」


 なるほど、そういう事か。黒蝶家との事は聖あくあ教に入ってから調べた。

 ケンのように変わった人間が居る一方で、変わらなかった人間も居る。

 そして、おそらくこいつは利用されている側の人間なんだろう。背後に居るのはステイツかもしれねぇし、他の国かもしれねぇ。


「関係ねぇよ。お前がやってきた事に対して、でかいしっぺ返しが来ただけだ。白銀あくあでも誰のせいでもねぇ。そんな事をやって来たテメェ自身のせいだろ!!」

「うるさい!! 黙れ!!」


 男は手に持ったナイフを俺の方へと突き出す。

 こうなったら、やるっきゃねぇ。俺は照明を支えるトラスの上で男と揉み合う。

 幸いにも舞台はクライマックスだ。音響の音のせいでこっちの音はかき消されてるし、誰もこっちに気がついてなんかいねぇ。


「お前も男なら、何で邪魔をする!?」

「男だからだよ!」


 俺は白銀あくあが白銀カノンや妻たちを愛しているように、俺は妻を愛している。

 もちろん娘達の事も、妻に向ける感情とは違うが親子として愛している。


「今まさに1人の若者が、白銀あくあが1人の女性を、いや、多くの女性達の心を救おうとしているんだ。お前みたいなのに邪魔されてたまるかよ!! 男ならそれを邪魔するんじゃなくて、黙って後ろで両腕しっかり組んでその姿を見守っとけ!!」


 はぁはぁ、ぜぇぜぇ、これまで運動をサボっていたせいか体がいう事をきかねぇ。

 少しはダイエットしたはずなんだがな。

 今までなんとか男を押さえつけていた俺と相手の男の間で体勢が入れ替わる。

 やべぇ。偉そうな口を叩いておいたのに、このままじゃ……。

 俺がそんな事を考えていると、誰かの声が聞こえてきた。


「あそこだ! りん。行け!」

「承知!」


 りん……? ナンバー2、くの一か!?

 男の背後に現れた風見りんは一瞬で相手を気絶させる。

 ふぅ、助かったぜ……。ってぇ!?

 危ねぇ!! 俺はグラグラと揺れ出したスポットライトをなんとかしがみついて固定する。

 もう少しでステージの上に落ちるところだったぞ。


「あ……」


 外れたネジがスローモーションでポトリと落ちていく。

 それが白銀あくあの前に転がる。

 俺はすぐにスポットライト固定させると、その場を離れた。

 助けてくれた風見りんと指示を出していた女性にお礼を言いたかったが、人影を見られてしまった以上、俺がここに居続けるはダメだからな。


「よくやった。話はケンから聞いた。まさか会場から見えないところで、そんな事が起こっていたなんてな」

「ああ、なんとかうまく阻止できてよかった。これも協力してくれたケンのおかげだ」


 俺とイーサンは回収用のバンに犯人を投げ込むとIAFの本部に帰投する。

 一通りの報告を終えた俺は、少し早いがそのまま仕事を上って家に帰宅した。

 それから暫くして、次女のレティが文化祭を見て帰宅する。


「レティ、文化祭はどうだった?」

「すごくよかったよ。パパ。特に演劇部の話がすごく良くてね……」


 俺は嬉しそうに劇の話を説明するレティを愛おしい目で見つめる。

 ありがとうな。白銀あくあ。お前は気がついてないだろうけど、音ルリカだけじゃなくて俺の娘の事も笑顔にしてくれて。


「もう、パパったら聞いてる?」


 レティが少しほっぺたを膨らませる。


「ああ、聞いてるよ。生の白銀あくあがかっこよかったんだろ?」

「うん! 確かに生のあくあ様はかっこ良かったけど、劇に出てくるパパ役のあくあ様より、パパの方がかっこいいと思うよ!」


 くっ、俺は娘の言葉に泣きそうになった。と言うか、泣いた。


「ぱ、パパ、どうしたの?」

「いや、ちょっと、目にゴミが入ってな……」

「パパ、大丈夫?」

「目薬持ってこようか?」


 心配した娘達が俺の事を取り囲む。

 やっぱり俺の娘は良い子達ばかりだ。だからこそ、下手な男には嫁にやりたくない。

 だが、白銀あくあになら俺の娘を3人とも任せてもいいと思った。

 なぁに、お前が今日つられたどの子のよりも、うちの娘達のはデカいぞ。

 きっとひと目見たら気に入ってくれるはずだ!! 俺は心の中で親バカを最大限に発揮した。

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― 新着の感想 ―
なんかの記事で見ましたが、アナログブームかなんかで、イギリスでは2012年のカセット販売数が4000弱だったのが、2022年は19万本に増えたらしいですw ということは爆発テープの復活も?でも近年の…
やっぱアホウが暗躍してやがったか しかしこれもうスパイ映画じゃん映画化しろ(゜д゜)
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