白銀あくあ、熱い仲間たち。
本日3話更新です。
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どうしてこうなった?
最初はただのエキストラだと聞かされていたのに、とあちゃんも黛も天我先輩も……気がつけば3人ともレギュラーとしてほとんどの回に出演している。
そして今、俺の目の前にいる天我先輩はノリノリだった。
「俺……最強!」
手にハチの形のロボットを持った天我先輩こと神代始は、前髪をサラリと左から右に流すとキレのある動きで変身ポーズを取る。はっきり言って、変身シーンの天我先輩のかっこよさは俺以上だ。それなのにワンパターンにならず毎回違うポーズで変身するのだから天我先輩はすごい。
「はい、カァァァット! いいよいいよー、今日も最高だったよ天我くん!!」
「ふん……当然だ。我にかかればこの程度のこと、造作もないことよ! ハーハッハッハッ!」
天我先輩が演じるキャラクター、神代始は貴族の血を引いているが、今は家が没落して貧乏生活をしているという設定だ。
神代始がチジョーと戦う理由はまだ詳しいところまでは明らかにされていないが、序盤ではチジョーは容赦なく全員殺すべきと考えている神代は、チジョーにも救いがあるべきだと考えている剣崎総司とは対立した思考の持ち主であると表現されている。
もとより人と馴れ合うことのなかった神代に変化があったのは、自分を助けてくれた喫茶店を経営するオーナーとその娘さんとのふれあいだ。それによって神代は徐々に剣崎に対しても心を開いていく。決定的だったのは、剣崎がピンチに陥った神代を救ったシーンだ。
剣崎に助けられた事をきっかけに、神代の中にでも心情の変化があったのか、チジョーに対しても情を見せるようになっていく……。とまぁ、今の段階ではこんな立ち位置のキャラクターだ。
口数が少ないキャラクターということもあるだろうけど、天我先輩は初めての役者とは思えないほどに役にハマりにハマっている。俺も負けていられないと気合が入ったほどだ。
その一方で、意外にも苦戦している人物がいる。
「ケンジャキ! オンドゥルルラギッタンディスカー」
お分かりいただけるだろうか? この台詞、剣崎! 本当に裏切ったんですか!? という台詞だ。それまで対抗していた神代と一緒に戦う剣崎を見て、ずっと一緒に戦ってきた剣崎の仲間、橘斬鬼が言う台詞である。
橘斬鬼は、真面目な青年ゆえに曲がったことが嫌いだ。チジョーを全滅させると言う点においては神代と目的は同じだが、協調性もなく必要以上にチジョーを追い詰める神代とは基本的にソリが合わない。
生真面目な橘に変化が訪れたのは、記憶を無くしただの人間に戻ってしまったチジョーとの交流だ。結局、彼女はチジョーに戻ってしまうのだが、そのチジョーを自ら倒さなければいけない橘のシーンは涙無くしては見れない。
その橘斬鬼を演じるのは、俺の同級生であり友人の黛慎太郎だ。黛は配信の時は普通だったが、撮影になると緊張してしまうのか、最初から結構な頻度で台詞を噛んでしまう。
「すみません! もう一度お願いします!!」
「いいよいいよ! 気にしないで! さっき噛んだのもそこだけだったし、どんどんよくなってるから!!」
でも最初は不慣れだった黛も、その真面目な性格と勤勉さから何度も撮り直しを重ねるごとにどんどんよくなってきている。本郷監督を中心としたスタッフの人たちや他の役者さん達もよりいい作品にしようと、撮り直しが何度もあっても嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。こんな素晴らしい人達と一緒に一つの作品を作り上げられる事を、俺は誇らしく思う。
黛はいつも自分が新しい事にチャレンジできるのは、俺がいるからだと嬉しい事を言ってくれるけど、むしろ黛のその前向きなチャレンジ精神に背中を押されているのは俺の方だ。そして俺に勇気を与えてくれている友人は、黛だけではない。
「あくあ君、ちょっといいかな? ここの台詞だけど……」
「ああ、ここの台詞だと少し抑えめのほうがいかもしれないな」
とあちゃんが演じるキャラクターはSYUKUJYOの隊員、加賀美夏希だ。他の二人とは違ってドライバーではないがレギュラーとして活躍している。そういえば明日の撮影では、とあちゃんが演じる加賀美夏希がメインの回らしいが、なぜかまだ脚本をもらってないんだよな。後で監督に聞いておかないとな。
ちなみにとあちゃんは配信で場慣れしていたせいか台詞も噛まないし、演技も結構普通にできる方だ。最初は緊張していたみたいだけど、撮影を重ねるうちに役者としての雰囲気が出てきているのはすごいと思う。
「それじゃあ、あくあ君、次のシーン行ける?」
「はい! 大丈夫です!!」
俺は自らが演じるドライバー、ヘブンズソードのヘルメットを被る。
「3.2.1……」
0……俺は、カメラが回ると同時にポーズをとる。
「シニタイ……」
ピンク色の少し可愛らしい感じのチジョーの名前は、メン・ヘラー。
その正体は、過去に愛されなかったことが原因で精神的に不安定になってしまった女の子だ。
彼女は誰かに自分を殺して欲しくて毎晩、夜の街を一人彷徨っているが、チジョーである本能が死ぬ事を簡単には許してくれない。
「メン・ヘラー……今、楽にしてやる」
俺はメン・ヘラーに対して攻撃を仕掛ける。しかし悠々と攻撃をかわされてしまう。それどころか相手の重い一撃に、装着した装甲パーツにダメージが蓄積していく。戦闘を長引かせたくなかった俺は、ベルトに装着されたカブトムシ型ロボットのツノに手をかけた。
「アーマーパージっ!」
アーマーパージとはその名前の如く、ドライバーがその身に纏った装甲のパーツを外へと弾き飛ばすアクションだ。装甲がなくなることで防御力は落ちるが、それ以上に動きを身軽にすることが可能だ。
そこで一旦カットが入ると、俺は身に纏った装甲パーツを全て取り外して再び同じ位置に立つ。
「オーバークロックっ!」
オーバークロックとは、アーマーパージをした状態でのみ使える必殺技のひとつだ。ドライバーのシステムの性能を最大限に引き出す代わりに、使った後の体への反動がすごいという諸刃の剣である。
勝負をかけようとする俺に対して、見た目に反して結構打たれ強いメン・ヘラーは中々倒れない。
刻々と近づくオーバークロックのリミットタイム、焦った俺は1枚のカードを腕に装着されたパーツから取り出して手に持つ。
「ラウンズフュージョン、ロ・シュツ・マー!」
カブトムシの角の部分がカパっと割れて、カードリーダーのようにカードを滑らせる場所ができる。
俺はすかさずそこにカードを滑らせた。
『チェンジ・ド・フォーム! ロ・シュツ・マー』
これはSYUKUJYOが新たに開発したアイテムで、オーバークロックを発動した時だけ、倒したチジョーの力をカードに封じ込めて使うことができる。
ちなみにカブトムシから発せられる声は、なんと急遽音楽監督の一人を務める事になったモジャさんの声だ。
モジャさんの声、結構渋いんだよな。監督がいい声のおじさん知らないかなと言うから、それならと俺がモジャさんに頼み込んだのだ。
ここで再び撮影をストップさせると、ロ・シュツ・マーが装備していたトレンチコートと同じものを身につける。
「ドウセ、ワタシ、ナンテ……!」
俺はヘルメットの下の表情を歪ませる。カメラの向こう側に伝わらない演技だが、それでも剣崎の気持ちになりきって、心の中を葛藤をちらつかせるように台詞の間や空気感で苦しさを表現した。
「くっ……すまない!」
俺はトレンチコートを広げて、ロ・シュツ・マーが使っていたようなビーム攻撃を仕掛ける。もちろん、これは後でエフェクト加工がされるので、この場でビームが出ることはない。
ヘブンズソードが放ったビームはメン・ヘラーを捉える。しかし、一瞬の迷いが命取りになったのか、攻撃がほんの少し外れてしまう。そのせいで、メン・ヘラーを倒し損なってしまった。
『オーバー・ザ・タイム、クロックアウト!』
ちょうどそのタイミングで、無情にもオーバークロックの時間が終わりを迎える。
「くっ……」
俺はオーバークロックの反動で地面に膝をつく。
目の前には傷が回復しつつあるメン・ヘラーだけではなく、どこからともなくチジョーの一般怪人たちが現れる。
もはやこれまでかと、そう思ったところで剣を持った男がチジョーの攻撃を受け止めた。天我先輩が演じる神代始である。
「はじめっ!」
俺は叫ぶように神代の下の名前を呼ぶ。
「剣崎……立てるか?」
「あっ、ああっ!!」
俺はよれよれになりながらも何とか立ち上がる。
「周りのチジョーは俺に任せてくれ」
神代は手に持っていた剣を俺に渡す。
この剣の名前はカリバーン。神代の家に代々伝わる剣で、なぜかドライバーの攻撃しかあまり効かないチジョーに対してダメージを与えることができる。一時は質に流されていたが、バイトで貯めたお金と、涙ぐましい努力の末に買い戻したという設定だ。
「どうせ見ているんだろう? こいっ!!!」
どこからともなく現れるハチ型のロボット。それを掴んだ神代がベルトに装着する。
「変っ! 身っっっ!!」
白いタキシードに身を包んだ神代がドライバー、ポイズンチャリスに変身する。もちろんここで一旦撮影はカットされ、服を着替えた天我先輩は再び同じ立ち位置でポーズをとる。
ポイズンチャリスの武器は全部で二つ、俺に手渡したこの剣とは別に弓を武器として使う。
「アァァアマァァァア! パァァァジィッ!!」
装甲を弾け飛ばしたポイズンチャリスは、弓でメン・ヘラーの周りのチジョーを牽制する。
「今だ! 行け! 剣崎!!」
俺はその隙に、メン・ヘラーと再び相見える。しかし、未だ体力の戻らない俺は、メン・ヘラーの攻撃を防ぐだけで手一杯だ。そんな時、俺にもう一人の助っ人が現れる。
「剣崎!」
大事なシーンだが黛は何度も失敗を繰り返すやつじゃない。今回のシーンの黛は噛まなかった。
「橘さぁんっ!」
橘は始との一件以来、剣崎と一時は距離をおいて時には対立することがあった。そもそもチジョーに甘い態度を見せる剣崎には思うところがあったのか、序盤の頃も、お前はチジョーに対して甘すぎると何度も口すっぱく言われた。
それでも橘は一人のチジョーとの心の交遊をきっかけにして、蟠りを無くした剣崎や始と共闘する道を選ぶ。
ちなみに剣崎が橘のことを橘さんと呼ぶのは、役柄上、橘の方が年上だからである。
「ヘンシンっ!」
橘が変身するライトニングホッパーは、バッタをモチーフとしたドライバーだ。
ライトニングホッパーも続くようにアーマーパージすると、俺とメン・ヘラーの間に入って攻撃を凌ぐ。
「剣崎! 攻撃は俺が全部防ぐ! だから、だからっ! メン・ヘラーを救ってくれ! チジョーを救えるのは、最初からチジョーを救おうとしていたお前だけだ!!」
橘の言葉に始は無言で頷く。少し長めの台詞にも関わらず、黛は噛まなかった。
ちなみにこのシーン本日2回目の撮り直しである。それにも関わらず回を重ねるごとにかっこよさに磨きがかかる天我先輩、それに加えて一度のリテイクでちゃんとやり切った黛。俺は剣崎としても、白銀あくあとしてもこの思いに応えなければいけない。
「頼む……! ロ・シュツ・マー、メン・ヘラーを救うために、お前の力を貸してくれ!!」
本来であればオーバークロックの時間でしか使えないロ・シュツ・マーのカード。クロックアウトした俺が使うことのできないカードだ。しかし、俺の気持ちに……いや! みんなの気持ちに応えるように、ロ・シュツ・マーのカードが淡く優しい光に包まれていく。
「力を……貸してくれるって言うのか!?」
俺の言葉を肯定するようにカードは再び淡い光に包まれる。
「わかった!!」
俺は再びロ・シュツ・マーのカードを手に取る。
「ラウンズフュージョン、ロ・シュツ・マー!」
ドライバーシステムも俺たちの思いに応えるように、カブトムシの角の部分がカパっと割れて、カードリーダーのようにカードを滑らせる場所ができる。俺は再びそこにカードを滑らせた。
『チェンジ・ド・フォーム! ロ・シュツ・マー』
ヘブンズソードは再びロ・シュツ・マーのトレンチコートのような外套を身に纏う。
「頼む! 剣崎!!」
「行け! 剣崎!!」
始と橘の声が、それぞれの思いに合わせて重なる。
「メン・ヘラー……ずっと一人で苦しかったよな」
俺はゆっくりとメン・ヘラーに近づく。
それを阻止しようと他のチジョーが妨害するが、それをポイズンチャリスがアローで牽制する。
「こんな暗いところで、たった一人、寂しかったよな……」
俺の言葉に一瞬たじろいだメン・ヘラーをライトニンググラスホッパーが拘束する。
「遅くなってごめん……でも、今、助けるから!!」
俺はトレンチコートを開くと、ロ・シュツ・マーが使った技と同じ技を放つ。
しかしそのビームの光は、今までの強烈な光とは違って、どこか慈愛に満ち溢れた優しくて暖かな光だった。
「グァァァアアアアア!」
光に包まれたメン・ヘラーがゆっくりと浄化されていく。
それと同時に、人間だった頃の可愛らしい女性の姿へと戻る。
「メン・ヘラー!」
俺は、地面に崩れ落ちる人間だった頃のメン・ヘラーを抱き抱える。
「ワ、ワタし……見向きもされなくて、それで……」
ロ・シュツ・マーのカードが小さく光る。ロ・シュツ・マーもまた、空気のように扱われた事がきっかけで自分の存在を知って欲しくて怪人になったのだ。そういう部分で、メン・ヘラーに共感するところがあったから、俺たちに手を貸してくれたのかもしれない。
「だ、誰からも、愛、されて……ないのかな、私?」
俺はメンヘラーのぎゅっと握りしめた拳の上に掌を重ねる。その上から、橘と始もゆっくりと手を重ねた。
そんな事はない!
本当ならここでそう答えるのが正しい事なのかもしれない。
台本にもそう書いてある。
でも、そんな事を安易な気持ちで答えちゃダメな気がした。
「誰からも愛されないって辛いよな……」
俺も前世では、両親がいなかった。
だからこそメン・ヘラーの、誰からも愛されていないのではないかという気持ちが、ほんの少しだけかもしれないけど理解できる。
「でも……でもな、誰からも愛されなくったって、誰かを愛した気持ちだけは本物だから! だからお前の、その愛は本物だって俺が保証する!!」
メン・ヘラーはずっと、誰かに自分を止めてもらおうとした。
それはなぜかというと、自分以外の人を傷つけたくないという愛があったからじゃないだろうか。
愛の形は決して一つじゃない。俺はその事をこの世界に来て知った。
決して愛は男女だけのものではない。家族が家族を想うのも愛だし、友達が友達を思う事も愛なのだ。
それならば誰かを愛する事ができたメン・ヘラーの行動は、誰かに愛されたことよりも誇るべきことなのだと想う。
「そっ……か。私、誰か、を、愛する……ことが、できた、んだね。私……そっか、弱く、なかった……んだ」
涙を流すメン・ヘラー。俺のアドリブにもうまく対応し、元の本筋へと戻していく。
プロの女優の演技に心が震えた。
「ああ! そうだとも! お前はよく戦った!! 俺が保証する!」
声を張り上げる天我先輩。少し涙ぐんだ声だ。すごい演技に俺も負けてはいられない。
「そうだ! チジョーに乗っとられた後も、お前は誰かを傷つけたくないと自分から倒されようとした。そんな優しい人間が弱いわけないじゃないか……」
黛は2度目の長い台詞も、言葉を震わせつつもはっきりと言い切った。
「あり……が、とう」
優しげな愛のある笑顔を見せるメン・ヘラー。
でも、マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードはハッピーエンドで終わる番組じゃない。
彼女はゆっくりと目を閉じると、俺に体を預けるように体から力が抜けていく。
もしかしたら、最後の最後に彼女の心は救われたのかもしれないけど、俺たちに残ったのはやりきれない思いだった。
「クソォォォ!!」
始は強く握りしめた拳で、地面を殴りつける。
「くっ……」
顔を背けて悔しさを滲ませる橘。
俺は、地面に残ったメン・ヘラーの一部、頭につけてあったピンク色のリボンを拾い上げた。
そしてその場に立ち上がると、天に向けて顔を上げる。
本来であればそこにセリフが入るのだが、俺はあえて何も喋らなかった。
やりきれない思いを抱え込むように、手に持ったリボンを強く握りしめる。
「はいカットー! 最高! 最高! 最高だったよー!!」
振り向くと本郷監督は涙をドバドバと流していた。周りを見ると他のスタッフも同様に涙を流している。どうやらいい演技ができたみたいだ。
天我先輩なんか、完全に神代始になりきってるのか、演技が終わった後も涙を流し何度も地面を殴りつけている。すごいな、完全に憑依しきってるんじゃないだろうか。まるで神代始、本人のようだ。
「それじゃあ、今日の撮影はここまでにしようか」
「はい! お疲れ様でした!!」
俺は撮影を終えると監督から明日の台本をもらう。
帰ってから読み込もうと明日の台本をバッグの中に詰めると、バイクを止めてある駐輪場へと向かった。
「お待たせ、さぁ、帰ろうか」
「うん」
とあちゃんは、バイクに寄りかかってヘルメットを手に持っていた。
ちなみにとあちゃんと黛もバイクの免許を取るらしく、二人とも忙しいのに空いている時間に教習所に通っているらしい。
「あくあ君……少し、二人で話したいことがあるんだけど、良いかな?」
とあちゃんは思い詰めた顔で、俺の顔を見つめる。クリッとした大きな瞳からは、決意や迷い……そして恐怖に近い怯えのようなものが感じられた。俺は少し緊張をほぐしてあげようと、いつものようにニコッと微笑む。
「わかった。それじゃあ近くの海岸に行こうか。あそこなら人も少ないだろうし、ゆっくりと話せるだろうから」
あそこは遊泳する場所でもなかったし、撮影の帰りにこの時間帯にバイクで通った時、人があまりいなかったのを覚えている。だから二人で落ち着いて話をするにはちょうど良いんじゃないだろうか。
俺はとあちゃんを後ろに乗せると、街灯に照らされた薄暗い夜の道をバイクでゆっくりと走り出した。




