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月街アヤナ、高校の文化祭ってレベルじゃない。

 去年、演劇部に所属しているあくあとリサちゃんが主演したピンクのバラはすごく良かった。

 今年の演劇部は何をやるかは明らかにされていないし、あくあが出るかどうかの告知もない。

 それでも、きっと何かあると踏んだ私は、演劇部の発表を見るために体育館に向かった。


「後少しで開演します」


 少しだけ騒がしかった体育館の中が、その一言でシーンと静かになる。

 それから暫くして、開演を告げるブザーの音と共に体育館の照明が落とされ、緞帳の幕が上がった。


『気がついた時から私は、ずっと独りだった』


 私はハッとする。この声は……音さん?

 舞台の上に一筋のスポットライトが落ちると、胸元で握り拳を作り困惑した表情で周囲をキョロキョロとする音さんの姿がステージの上に現れる。

 くくりちゃんが茶華道部に入っていたのも驚いたけど、音さんって演劇部に入ったんだ。

 これって多分、あいつの、あくあの仕業よね。ふふっ、私は少しだけ口元を緩める。


『誰か。誰かいませんか?』


 ワンピース姿の音さんはスポットライトの動きと連動して、ステージの上を右往左往する。

 少し震えた声と不安そうな表情、微かに揺れる瞳と細い身体。普段はクール系か明るいギャル系とかを演じる事が多かった音さんだけど、こういう儚げなタイプの女性も演じていたのは私も見た事がない。


『ぉ、おーい……本当に誰も居ないの?』


 やっぱり、音さんは演技上手いな。観客席に座っている人達が既に彼女に惹かれ始めているのがわかる。

 誰も居ない暗闇の中を一筋のスポットライトに照らされた音さんが、ゆっくりとどこかに向かって歩き出す。

 いや、正確には歩いているように見えるけど、スポットライトの上からは全く動いてなかった。

 しかも音さんは、そこからムーンウォークで進行方向とは後ろに下がっていく。

 音さんの姿とスポットライトの光がズレたとところで音さんの声が聞こえてきた。


『いたっ』


 スポットライトが声のした場所へと移動すると、地面に真正面から転けた音さんが両腕に力を入れ立ちあがろうとする姿が現れた。

 ここまで話の内容は全くわからないけど、音さんの演技のうまさだけで十分に引き込まれる。

 誰の脚本か知らないけど、絶対に役者畑の人が書いた脚本でしょ。こんな序盤のスタートから演技が下手な人には演じられないシーンばかり盛ってくるなんてプロだって普通はしない。

 音さんは自分が足を滑らせるきっかけとなった紙を拾う。


『何、これ……?』


 一体、何が書いてあるんだろう。ここからはよく見えないな。

 ゆっくりと立ち上がった音さんが観客席とは逆方向に顔を見上げると、そこでスポットライトの光が広がる。


『あ……』


 目の前に聳え立つ大きな鉄板で作られた無機質な扉。

 四肢に力を入れて立ち上がった音さんは、大きな扉にそっと触れる。


『ここから、外に出れるのかな? ……出なきゃ、ダメだよね』


 音さんは細い腕に力を込める。

 それに合わせて左右の扉がゆっくりと開いていく。

 スポットライトの光が落とされ、少しの暗転の後に、後ろにかけられた大きなスクリーンに自然に溢れた美しい光景が映し出される。


『綺麗……』


 本当に綺麗。映像を撮った人のセンスが窺える。

 もしかしたら本郷監督が協力したのかな? あくあが関係してるなら、ありえるよね。


「これは……本郷監督じゃない。本郷監督ならもう少しダークな感じにしてるだろうし、CGで加工して空をより綺麗に見せたりなんてしない。なんていうか、画面の色使いが本郷監督とは違う」


 ん? 私は一瞬だけ隣でぶつぶつ呟いている人に視線を向ける。

 カ、カノンさん? ヲタモード全開のカノンさんがぶつぶつと呟きながら、真剣な顔で瞬きせずにスクリーンを見入っていた。

 ……とりあえず、他人のフリしておこうかな。

 私はカノンさんの隣に居たくくりちゃんのように、少しだけカノンさんから距離を空ける。


【1/4 はじめての旅路】


 扉の外の世界に出た音さんはゆっくりと歩き出す。

 本当にこの脚本書いたの誰なのよ。物語が始まったのに、物語の目的も主人公の名前すらわからない。それでも音さんの演技力も相まって、引き込まれる何かがある。

 プロの先生とか演劇部に所属していて脚本を書いているような子が、こんなにも不親切な脚本を書くとは思えない。あくあの事だから、白龍先生や司先生、八雲先生、村井先生が関与しているのかもと思ったけど、プロが絡んでたらそこら辺は修正されるだろうからそうじゃなさそう。

 草原を歩いていた音さんが、何かに気がついたのか急に歩くのを止める。


『あ……』


 音さんの視線の先に目を向けると、幾つものお墓の前で蹲るようにお祈りを捧げるシスターさんの姿が見えた。

 誰だろう。クレアさん? 違う。私はシスターさんが立ち上がった瞬間に、シスター服を着ているのがリサちゃんだと気がつく。

 シスターさんは音さんの存在に気が付かず、その場を立ち去ろうとする。

 どうしようかと戸惑っていた素振りを見せていた音さんは、勇気を振り絞ってシスターさんに声をかけた。


『あの……』


 音さんのか細い声に気がついたシスターさんが、彼女の方へと体を向ける。

 良い……。向き合う2人の衣装が風で微かに揺れた。もはや一枚の絵画のように美しいその光景に観客席にいた全員が瞬きもせずに息を呑む。

 それに合わせて、私たちのところにも風が吹く。外からの漏れ出た光が2人の姿をより幻想的に演出する。

 なるほど、体育館の窓を少しだけ開けたのね。演出が上手い。ていうか、学生がして良い演出のレベルじゃないでしょ。


「あくあか、えみり先輩か、小雛ゆかりさんか……こういう事しそうなのは前2人かな」


 私は隣で呟いていた人の言葉に首を縦に振る。


『貴女は誰?』


 シスターさんは少しびっくりした顔をした後に、優しく微笑みかける。

 表情だけでわかったけど、リサちゃん、去年より格段に演技が上達してる。


『わからない。何も……』


 なるほど、見ている観客だけじゃなくて、そもそも彼女自身も自分が何者なのかわかっていないのね。

 シスターさんは少しだけ苦笑すると、ゆっくりと音さんに近づいていく。


『そっか。じゃあ、貴女が何者なのかがわかるまで、私と一緒にくる?』


 母性に溢れる良い表情だ。やっぱり、去年と比べてリサちゃんの演技力は格段に高くなっている。

 リサちゃんは、こういう柔らかい表情をする役はどちらかというと苦手なはずだったのに、一体誰が指導したんだろう。私の中に、あの人の顔が少しだけちらつく。


『あ、あの……よろしくお願いします』

『こちらこそ』


 2人は軽く握手を交わす。後ろのスクリーンに映った日が沈んでいく映像と相まって、2人の出会いが素晴らしいシーンへと昇華される。

 どうやらシスターさんは巡礼者として、各地に祈りを捧げて回っているらしい。

 その巡礼の旅に同行する事になった音さんは、シスターさんと一緒に次の巡礼地へと向かう事になった。


『ここが、そう……?』

『いいえ、もう少し先よ』


 草木に根を張られた朽ちた遊具や、シダのついた鉄棒、半壊された滑り台に囲まれた場所を2人で歩く。

 ここは、公園だった場所なのだろうか?

 音さんは、何気なく遊具の一つに手を触れる。

 その瞬間、舞台を照らすスポットライトが消え、後ろの美しい映像にノイズが入った。

 遊具で遊ぶ小さな少女、その少女を遠くから見つめる白衣を着た1人の男性が居た。


『……どうして、うまくいかないんだ。何もかも』


 あくあきたああああああああああああああ!

 と、私と私の隣に居た人と、さらにその隣に居た人と、会場の中に居た全員が息を殺して心の中で叫んだ。

 ほぅら、やっぱり。告知なんかなくても絶対に出てくると思ったんですよ!!

 それに今日のあくあは大人バージョンのあくあだ。

 いつものえっちなあくあとか、子供っぽいあくあもそれはそれで悪くないしむしろいいんだけど、このバージョンのあくあからしか摂取できない何かがあるんだよね。


『くそっ! 俺の計算は何一つ間違っていなかったはずだ!! それなのに! どうして!?』


 白衣を着たあくあは、机の上に乗っていたものを手で払い落として地面に叩きつける。

 悔しさの滲む表情を見せたあくあの姿を映したカメラがゆっくりと引いていく。

 難しそうな数式が書かれたホワイトボード、何かの研究器具。積み上げられた大量の本と、地面に撒き散らされた何かのデータやグラフが書かれた書類。ここはきっと、どこかの研究室なんだろう。

 再び映像にノイズが入ると、スポットライトの灯りと共に2人のシーンに戻る。


【2/4 自分を知る旅】


 巡礼を再開した2人は、色んな場所へと向かう。

 険しい山の中、海の見える断崖絶壁、数百メートルもある大きな木が立ち並ぶ森の中。そして時には人が住んでいる街に2人は降り立った。


『安いよ安いよ』

『お嬢さん達、うちの店の品も見て行ってよ!』

『今日を逃せば明日にはもう残って無いよ』

『本物の遺物が残っているのはうちの店だけだよ』


 露天商に囲まれた通り道を2人が歩いていく。

 リサちゃんだけじゃない。ここで私は一つの違和感に気がつく。

 露天商や通り道を歩く人々を演じているのは演劇部の部員さん達だ。

 その多くはセリフもないエキストラでしか無いが、歩き方や表情、所作などの動きが格段に良くなっている。

 ……やっぱり、あの人の影がちらつく。まぁ、あくあから頼まれたら断れないか。なんだかんだ、一番あくあに甘いのもあの人だしね。


『遺物……?』


 音さんは頭の上に疑問符を浮かべるように首を傾ける。


『ええ、巡礼している時に見た事ないようなものが道端にあったりしたでしょう? 遺物とは、それの事よ。遺物は基本的に価値がないけど、たまに価値があるものが掘り起こされたりするの。でも、こういう露店で売りに出されている遺物のほとんどは価値がないものよ。当たりがあっても一個あればいい方ね』


 それってさっき見た遊具とかだよね。

 この通りを歩く人々や露天商の姿と、さっきの映像に映ったあくあが着ている服装を見ると少し時代が逆行しているように思える。つまり、一度、世界は滅んでいて、その遺物がこの世界に残っているってこと?

 段々とこのお話の世界観が見えてきたような気がした。

 おそらくこの世界は、さっきの映像に映ったあくあが死んでから数十年後か、数百年後の世界なんだろう。

 その時に生き残った人たちの子孫がシスターさんや、ここにいる露天商、通行人なんじゃないかな。

 でも、そうなると音さんだけが説明つかないのよね。

 2人の話を聞いていた露天商の1人が、音さんに声をかけてきた。


『いやいや、お嬢さん方。これを見てくださいよ。ほら! これなんてキラキラ輝いてて綺麗だろう』


 露天商の1人がフレームのぐちゃぐちゃになったレンズの入ってないメガネを手渡す。

 あ、あれって、黛君が購入した直後にサイクロンレベルの強風で吹き飛ばされてトラックに踏み潰されたメガネだよね?

 それをあくあが回収して小道具に使ってる事を気がついてるのは、私と隣でブツブツ言ってる人くらいだと思う。


『確かに綺麗だけど、何に使うのよ。これ。アクセサリーにもならないじゃない』

『い、いやぁ、それはその……』


 シスターさんに睨まれた露天商は両手を前に出して、たじたじになった表情を見せる。

 その一方で何かに気がついた音さんは、フレームがぐちゃぐちゃになったメガネをなんとか耳にかけた。

 次の瞬間、またスポットライトが消え、後ろのスクリーンが暗転する。

 あくあが来るのをすでに予測している私達は、その破壊力にやられないように身構えた。


『はぁ……』


 椅子に座ったあくあが手で顔を覆い隠しながら、背もたれに寄りかかる。

 あ、あれ……? なんか少し、ううん、間違いなくさっきよりも大人びているような気がした。


『やはり、無理なのか……』


 嘘……でしょ? 私の隣でぶつぶつ呟いていた人が一瞬でフリーズした。

 特殊メイクで少し歳をとったあくあの年齢は、40歳前後だろうか。

 年老いてなおもかっこいい。ううん、むしろアダルトで色気のある大人なあくあに数人の女性達が耐えきれなくなってそのまま意識を失ってしまう。

 演技も所作も表情もそれに合わせてくるあくあも凄いけど、それ以上に見た目が反則だ。

 身も蓋もない話になってくるけど、ゆかり先輩が言ってるようにあくあとか美洲様とかえみりさんとかはルックスの時点でもう勝ち確なんだよね。単純にかっこいいとかの次元を突破してて、カット一つで、どこから見ても絵になるレベルなんだよ。

 これがゆかり先輩のいうところのスター性ってやつなんだと思う。

 机の上に置いてあったメガネをかけたあくあは、窓から空を見上げる。

 あっ、もしかして、あの新品のメガネって、メガネが壊れてしょんぼりしてた黛君のために、天我先輩と一緒にバイクを走らせて、地方の眼鏡店に同じのを買いに行ってプレゼントしたやつだよね。


【3/4 始まりの場所へ】


 再び2人のシーンに戻ると、これまで一緒に旅を続けてきたシスターさんが体調を崩したのか、ベッドで横になっていました。


『ゴホッ、ゴホッ……ごめんなさい。どうやら私はここまでみたい……』

『ダメ。まだ他にもいかなきゃいけないところは残ってる』


 上体を起こしたシスターさんは口元を手で押さえると、指の隙間から血のような赤い雫を滴らせる。

 多分、シスターさんがかかった病気は結核かな。

 結核は治療法が確立するまでは死の病だった。

 この世界の文明レベルじゃ、おそらくだが治療する事は無理だろう。


『待ってて。私が必ずどうにかするから!』


 音さんは自分のリュックを開けると、奥の方に入れていた小さく折りたたまれていた紙を開く。

 そこに書かれているものが後ろにあるスクリーンにアップで映し出された。

 結核の症状が分かりやすく図解で書かれているのを見た私は、そういう事かと納得する。

 確かあの紙って、最初に音さんが足を滑らせた紙だよね。

 って事は、あの最初の場所に戻れば、結核を治す薬があるのかもしれない。

 私はぶつぶつ言ってた隣の人と手を取り合って喜ぶ。


『彼女を、よろしくお願いします』


 そう言って彼女は2人で歩いてきた今までの旅路を独りで戻っていく。

 その後ろのスクリーンでは、2人の旅の思い出が映し出されていた。

 あくまでも文化祭でやる演劇部の枠の関係で仕方ないとはいえ、限られた時間の中でお話を完結させるためにうまく補完してきたと思う。

 最初はゆっくりと徐々に早く、そして全力疾走で、最後はへとへとになって、ボロボロになって、それでもシスターさんを救うために最初の場所へと戻ろうとする音さんの演技は圧巻だった。

 なんで、なんでこんなにも演技の上手い子が自粛してるのよ。何も悪い事なんてしてないのに。勿体無いにも程がある。

 私は私よりもあくあの隣に立っても不思議じゃない彼女の演技力を賞賛しつつも、心の奥底で死ぬほど悔しがった。


【4/4 旅の終わり】

 

 目的地にたどり着いた音さんは、初めて目覚めた時には暗闇の中を恐る恐る歩いていた研究所を探索する。

 彼女が特定の何かに触れる度に、後ろにあるスクリーンに過去の映像が映し出されていく。

 例えば、ランドセルに触れたシーンでは、子供と手を繋ぐ大人な音さんが映し出された。

 ああ、きっと彼女がこの音さんが演じる彼女の母親なんだろう。

 母と子、両方を自らが別物として演じ切る音さんに演技力の高さを見せつけられる。

 そして、薬を探す音さんの指先が、机の上に置いてあった時計に微かに触れた。

 後ろのスクリーンに映し出される少女と手を繋ぐ男性の映像、もちろんその腕にはさっき触れた時計がつけられている。


凛音(りんね)


 音さんが演じる主人公の名前がここで明らかになる。

 あくあは彼女に向かって優しく微笑みかけた。

 くぅっ! ぐううううっ!

 大人びたあくあの包み込むような優しい笑顔が素敵すぎて、私と隣でぶつぶつ言ってる人と、会場に居たお客さん達が一斉に悶え出す。声を出さずに耐えているだけでも、ここには鍛えられた人しかいないのだろう。

 みんなの心は一つだ。この素晴らしい演劇の邪魔をしたくない。


『パ……パ……』


 まるでそのスピードすらもコントロールされたかのように、音さんの目からゆっくりと、見せつけるように涙がこぼれ落ちていく。

 そうか、音さんも今まさに思い出してるんだね。それでも彼女は薬を探す手を止めようとはしない。

 神演技すぎて鳥肌が立った。音さんからこのシーンをこれを引き出した脚本も演出も最高すぎる。


『あった。あったよ……パパ』


 記憶の欠片を繋いで全ての記憶を取り戻した彼女は、結核の治療薬を手に握りしめる。

 彼女はその薬を手に持ってもう一度、歩き始めた。結核を患った彼女に薬を渡すために。

 その旅路の途中に、凛音は研究所に残されていた機械を起動させた時の記憶に想いを馳せる。


『見てください。今、まさにこの地球に大きな隕石が落ちてこようとしています!』


 マイクを手に持ったアナウンサーが空を見上げる。

 すると巨大な隕石から弾けた欠片が地上へと幾つも降り注いできていた。

 私は空に舞い散る新聞紙へと視線を向ける。


【全ての国が、落ちてくる隕石に対して保有している全ての核ミサイルを使用する事に同意】

【抽選で選ばれた人達のシェルターへの避難始まる。生き残れる確率は?】

【一部の人類が種子と共にスペースシャトルで宇宙へ離脱】

【火星への移住計画が前倒しで始まる】

【白銀あくあとBERYLは、全ての人のために最後まで地球に残って歌を届ける事を約束する】

【羽生総理、最後の所信表明で全ての日本人に感謝と、最後まで日本人らしくあろうと呼びかける】


 ふふっ、あくあらしいなと思った。

 誰がこの記事作ったのかわからないけど、羽生総理もそんな感じだろうと思う。


『凛音。もうこの世界は終わりだ』

『嫌だ。嫌だよ。パパ。痛い! 離して!!』


 高校生になった凛音をあくあの演じる父親が引きずっていく。

 凛音の抵抗虚しく、彼女はあくあの手によって無理やり何かの機械の中へと押し込まれてしまった。


『いいか。凛音。今からお前の時を止める』


 閉じ込められた場所の中に何かの煙が充満していく。

 その機械には[COLD SLEEP]という文字が書かれていた。


『やだ、それならパパも一緒に!』

『無理だ。このシャトルに取り付けられた太陽光パネルの供給エネルギーで生命を維持できるのは1人しかいない』


 一瞬だけ、画面に少女を抱いた大人な音さんの写真が映る。

 ああ、なるほど。お母さんは死んじゃったんだ。その一瞬の映像で全てが伝わってくる。


『いいか。このスペースシャトルの中には全てが揃ってる。今から凛音は、このシャトルに乗って宇宙へと旅立つんだ。そしていつか、いつの日か、人が住める大地を見つけた時、そこに自動で降り立ってコールドスリープが解除される仕組みになっている』

『いやだよ。パパ。そんなの耐えられない!!』


 ああ、なるほど。ここは研究所じゃなくて、シャトルの中にあったブロックの一角なのか。

 激しく嗚咽を漏らす凛音に、白髪混じりのあくあが優しく声をかける。


『大丈夫、そうならないように、次に目覚めた時、凛音が全てを忘れらるように機械を細工してある。だって、凛音は寂しがりやだろ。大丈夫。凛音、独りになってもパパとママがついてる』

『嫌! パパのバカ! 私、忘れたくない! パパの事も、ママの事も!!』


 もはや演技力の殴り合いだ。

 あくあも凄いが、音さんが全然負けてない。

 私じゃできない音さんの演技に嫉妬し、憧れ、悔しがり、奮起した。

 誰しもが私のように目の前の映像に釘付けになる。


『パパ、私、パパの事、忘れたくない……よ』

『ごめん、凛音……』


 コールドスリープの機械の中に入れられた凛音は完全に意識を手放す。

 それを確認したあくあが、泣きそうな顔で自分の額を機械に擦り付けた。


【数億光年先の懺悔】


 ここで初めて、この演劇のタイトルが明らかになる。

 画面を切り替わると、カメラを固定させているあくあの姿が映し出された。


『凛音。この映像を見ているという事は、きっと君は全ての記憶を取り戻してしまったのだろう』


 あくあは、カメラに向こう側に居る凛音の事を思って優しい笑みを見せる。


『怒っているかい? それとも悲しんでいるのかな。ごめんな。どんなに願っても、このカメラを超えてお前を抱きしめてあげられない自分を不甲斐なく思うよ』


 白髪混じりの乱れた髪に、皺の入った白衣。

 ただ、自分の娘に生きていて欲しい。

 それだけのためにずっとずっと研究して、このシャトルを作ったのだろう。

 溢れんばかりの親心と愛を感じて涙が出そうになる。


『僕は……親としては最低なのかもしれないな。それでも、凛音にそう思われてもいいから、パパは、凛音に生きていて欲しい。辛くても、苦しくても、寂しくても……これが親のエゴだってわかってる。でも、自分の娘が助けられる力があって、それで諦めるなんて事が親である人間にできるだろうか? はは……地球が終わろうとしているのに、人間はなんでこんなにも欲どしい生き物なのだろうな。ごめん、凛音。これは僕の欲だ。ごめん……愛してる』


 懺悔のようなラブレターに胸が苦しくなる。

 独り残された凛音の気持ちも、あくあの演じる父親の気持ちもわかってしまうだけになんとも言えない気持ちになった。

 私ですらそう思うのだから、実際に子供のいるカノンさんはもっとだと思う。


【5/4 新しい旅路】


 数字がオーバーフローした?

 スクリーンに再び美しい映像が映し出されると、舞台の上にシスター服を着て歩く女性が現れる。


『はぁはぁ……』


 山頂にたどり着いたシスターさんは顔を上げる。

 しかしそこに現れたのはリサちゃんじゃなくて、音さんだった。

 ああ、間に合わなかったのか。誰しもが胸の奥をキュッと締め付けられる。

 その瞬間、シスター服を着たもう1人の女性が舞台袖から現れた。


『待って。もう……早すぎるんだって』


 ああ! 生きてた! 生きてたんだ。

 音さんはリサちゃんが演じるシスターの声に反応して、観客席の方へと顔を向ける。

 次の瞬間、愛に溢れた音さんの最高の笑顔に、会場に居た全員が持っていかれた。

 ああ……凛音は全てを乗り越えたんだね。

 その上で、大好きなパパの願いを叶えるために、ううん、自分を愛してくれた両親との思い出のために、地球から数億光年離れたこの惑星で生きていくと、そう覚悟を決めたんだとわかった。

 ステージを照らしていたスポットライトが落ちると、後ろのスクリーンにスタッフロールが流れる。

 それに合わせてみんなから大きな拍手が鳴り響いた。


【演技指導:小雛ゆかり/友情協力】


 やっぱりね。絶対にそうだと思ってたのよ。ていうか、友情協力って何!?

 演劇部の皆さんの苦労は察するに余りあるけど、あのゆかり先輩の扱きに耐えられたなんて普通に誇っていいと思う。

 ていうか、これもう文化祭でやっていいレベルの作品じゃないよ……。


【音響・音楽/猫山とあ】


 そう言えば、とあちゃんも演劇部か。

 今回は表に出ずに裏方に回ったんだね。


【映像撮影・動画制作・CG・大道具・小道具・照明その他もろもろ細かいところは全部私がやりました:雪白えみり/友情協力】


 は? 私の目が点になる。


「何かやってたどころじゃないじゃない……もう、確実に私より文化祭を楽しんでるでしょ」


 隣で頭を抱えるカノンさんの言葉に私も思わず頷いてしまう。

 なるほど、琴乃さんに怒られてたけど、夜更かししてたのはこれが原因だったんだね。

 それにしても、えみりさんはすごいな。

 正直、映像の美しさといい、小道具や大道具の完成度の高さ、本場ステイツにも負けないCGと言い、どれもプロでご飯食べていけるレベルだと思う。

 器用貧乏なんですよって本人は言ってたけど、器用貧乏のラインが違う。


【アナウンス指導:森川楓/友情協力】


 あ、うん。そこはどうでもいいかな……。

 なぜかほんの少しだけ感動が薄れたのは、私の気のせいだろうか。

 最後に主要キャストを務めた3人のキャストが流れる。


【主演/凛音、凛音の母:音ルリカ】

【助演/凛音の父:白銀あくあ】

【助演/シスター:鷲宮リサ】

【助演/幼少期の凛音:桜羽しぃ/友情協力】


 ああ、幼少期の凛音って、ゆかり先輩の後輩のしぃちゃんだったんだ。

 うまく顔が隠れてたからわからなかったんだよね。

 って、あれ? ところでこの脚本って誰が書いたの?

 誰しもがそう思った瞬間、最後の最後にとんでも無い爆弾が仕込まれていた。


【脚本・演出・監督:白銀あくあ】


 嘘でしょおおおおおおおおおおおおおお!?

 私と隣にいたカノンさんが心の中で叫び声を上げる。

 いやいや、あくあもえみりさんに負けず劣らず器用だけど、流石にこれは予想外だった。

 最後のエンドロールが終わると、体育館の中が明るくなる。

 そのままステージの上に視線を向けたら、えみりさんとゆかり先輩、しぃちゃんを除く全員が横並びで立っていた。


「皆さん、私達、演劇部の作品を見てくれてありがとうございました!!」


 演劇部の新部長が決定しているリサちゃんの言葉に合わせて全員が頭を下げる。

 本当の本当に良い作品だったと思う。

 最後のあくあに多少持っていかれた感があるけど、みんなが笑顔で涙を流しながらもう一度大きな拍手を送った。

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