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ベルナール、パパの孤独な戦争。

 聖あくあ教の助けを借りてなんとか妻と娘を救出した俺は、ステイツから逃れ再び日本へとやってきた。


「貴方、ここが私達の新しい家になるのね」

「ああ、そうだ」


 愛車を残して財産の大半を処分してきた俺達は、持ってきたお金で聖あくあ教に紹介された不動産屋で立派な庭付きの戸建てを購入した。

 本当は賃貸を借りようと思ったが、想定よりもかなり安い金額で一戸建てを購入できてかなり満足している。

 なんでこんなにも安いのかと訝しんだが、どうやらこの家の裏にある祠が原因で長年売れ残っていたのが理由らしい。


『この祠だけは絶対に壊さないでくださいね』


 不動産の購入をサポートしてくれた店員さんが、かなり強めの言葉で何度も釘を刺していた事を思い出す。

 それにしてもあの対応してくれた店員、雪白えみりに良く似ていたな。まぁ、あんな有名人がそこらへんでバイトしてるわけないし、きっと他人の空似だろう。世の中には自分に似た人間が3人くらい居るらしいしな。

 俺は腰を下ろすと、祠の前で手を合わせる。


「今日からここに住むベルナール・アイルワードだ。よろしく頼む」


 俺は妻や3人の娘達にも、これから同居する隣人に挨拶をするように促す。

 確かこういう家についてる祠は、その家に住んでいる人達を守ってくれると聞く。

 俺は心の中でもう一度手を合わせると、俺が居ない時はどうか俺の代わりに家族を守ってくれよとお願いした。


「よし、みんな、さっき買ってきた肉でバーベキューをしよう」


 祝い事があればバーベキュー、別れの時にもバーベキュー、何かあればバーベキュー、それがステイツ式だ。

 たとえ日本に来てもそこだけは変わらない。寿司や天ぷらも美味しいが、やはりバーベキュー、ステイツ人の大半の悩みはバーベキューが全てを解決してくれる。

 そして、何を隠そう、この俺、ベルナール・アイルワードは三度の飯よりバーベキューが好きだ。

 幸いにもこの家の近所にはお肉屋さんがあったから、オールウェイズバーベキューが楽しめる。

 俺は手慣れた手つきでバーベキューの準備を始めると、奮発して買ってきた和牛をダイレクトで焼いていく。

 言っておくが初手から野菜を焼くやつは素人だ。ステイツ人は肉から行く。そして、肉から始まり肉で終わる。野菜なんてものは存在しない。オール肉だ。


「ダディ、クール……」


 ふっ、この時とばかりは、普段、俺の丸くなった顔と膨れたお腹を見てパパ可愛いなどと言ってる娘達も、キラキラした尊敬の眼差しで俺を見つめてくる。

 そうだ。パパは可愛いんじゃなくて、カッコいんだぞ!


「ふふっ、日本のお肉は美味しいわね」

「そうね、ママ。たくさん食べすぎて太っちゃいそう」


 何を言ってるんだ。私と違って妻も娘もむしろ細すぎる。

 だが、女性とは男性よりも体重を気にするものだ。

 だから俺はこんな時のためにアレを用意している。


「大丈夫。こんな時のために、パパがダイエットコークを買ってあるから、それを飲みなさい」


 ダイエットコークはゼロカロリーだ。いくら飲んだって太らない。そうだろ?

 この気遣いこそが俺がスターライツで重宝された一番の理由だ。

 やたらと問題を起こす男性芸能人達の尻ぬぐいを30年近くやってきたパパのクレーム処理能力を、あまり舐めるなよ。俺は妻や娘達にキリッとした顔を見せる。

 俺は肉の一番良いところを小皿に取り分けると、祠の前に置く。

 日本の文化でいうところの、良き隣人へのお近づきの印ってやつだ。


「ん?」


 心なしか、さっきまでのジメジメとした空気感がなくなった気がする。

 俺が空を見上げると、どんよりとした曇り空が晴れて、俺達の新しい新居に一筋の光が差し込んでいた。


「パパ、お肉まだー?」

「お、おお、待ってろ。パパがじゃんじゃん焼いてやるからな!」


 よーし、パパ頑張っちゃうぞー!

 久しぶりに娘達が全員揃ってる事もあって、肉を焼く俺にも力が入る。

 色々あったが、こうやって久しぶりに家族全員で過ごせると思ったら悪くないと思った。

 聖あくあ教の人が渡してくれた、白銀あくあの聖言が書き留められた聖書にも、何事もポジティブにとらえろって書いてあったしな。

 俺はバーベキューが終わると、片付けのついでに祠を磨く。


「パパ、手伝おうか?」

「ああ、頼む」

「じゃあ、パパ。私、バケツの水を新しくしてくるね」


 やっぱり俺の娘達は良い子達ばかりだな。

 親バカだと言われるかもしれないが、あの白銀あくあと結婚したっておかしくない立派な娘に育てたつもりだ。

 そういえば、白銀あくあは大きな女性が好きだと聞く。

 俺も大きな女性が好きだ。だから俺の妻もでかい。

 長女のベアトリス、次女のレティシア、三女のセラフィーナは妻の遺伝子を引き継いだおかげか、全員100cmを超えている。

 白銀あくあが俺と同じ趣味きなら、何かの機会に誰か1人でもお手つきしてくれるといいんだがな。

 祠を綺麗に磨き終わった後に空を見上げると、さっきまでの曇天が嘘みたいに快晴になっていた。


「これからの話をしよう。まずは俺のせいで、お前達まで巻き込んでしまってすまない」

「パパ、顔をあげてよ。だって、今回の件でパパは悪くないじゃん」

「ええ、そうよ。貴方。むしろ私たちのせいで大好きだった仕事を辞める事になってしまってごめんなさいね」


 私は妻の言葉に首を左右に振る。


「いや、良いんだ。愛する妻や大事な娘達を人質に取るような会社、こっちから願い下げだよ」


 無論、暴走したのは一部のグループだ。

 だから社長も一部のグループを解雇し、聖あくあ教に引き渡した後に私達に謝罪と補償をしてくれた。

 でも、完全に社長が今回の件を知らなかったかといえばグレーだろう。

 あえて見逃していた可能性があるし、引き抜きに関しては証拠がないが関与していた可能性は残っている。

 ただ、引き抜き自体はこの業界ではよくある事だ。問題はその引き抜きに対して、俺の家族を人質に取った事である。

 社長からは見返りとしてそれなりのポストで俺を出迎える案を提示されたが、俺はそれを突っぱねた。


「それに、あの会社で俺がやれる事はやったつもりだ。だから、これから俺はこの国で心機一転して、自分の夢に向かって改めてチャレンジしようと思う。とは言っても、まだ具体的に何をどうしようっていうのはないんだがな……」


 そもそも俺がこの業界に入った理由は、この業界を盛り上げたいという熱い思いがあったからだ。

 決して誰かの尻拭いをするためじゃない。

 そのために俺はこの国で一からやり直そうと思う。

 ただ、これはあくまでも自分の夢だ。

 俺にとって重要なのは、自分の夢を追うことよりも妻や娘達が幸せに生きれるかどうかである。

 だから俺の夢のせいで、家族を不幸にしたくないと思った。


「良いと思うわ。家を買ってもまだお金は十分に余ってるし、私もさっき仲良くなったご近所さんが畑仕事に人手が足りないらしくて、明日からそれを手伝う事になったの。だから貴方は、気にせず自分の夢を追ってくださいな」

「マイハニー……」


 俺は妻の体をギュッと抱きしめる。

 やはり彼女は俺には勿体無いすごく良い女だ。


「パパ、私も大丈夫。日本に居る友人に連絡したら知り合いの人が人手を探してるらしくって、私もそこで働ける事になってるから」

「私も聖あくあ教の人が紹介してくれた仕事があるから安心して、パパ」

「パパ、私も転学できる事になったし、不動産屋さんのお姉さんからバイト先を紹介して貰える事になってるから安心して」


 3人ともいつの間に……。

 くっ、子供の成長を感じて目頭が熱くなる。

 本当に俺には勿体無いほどの良い娘達だ。


「みんな、ありがとう。パパも頑張るよ」


 俺は決意を新たにする。

 その日の夜は雲のない月がよく見える綺麗な夜だったが、俺は燃えたぎるような自分の熱で中々眠りにつけなかった。


「あ……パパ、おはよう」


 朝早くに起きて洗面台に向かうと、シャワーから出てきた次女のレティシアが髪を乾かしていた。

 しっかりしているが少し抜けてるところのある長女のベアトリス、優しくておっとりしている三女のセラフィーナと比べて、次女のレティシアは物静かで少し内向的だ。


「こんなに早くにどうしたの?」

「ああ、これからの事を考えたら居ても立っても居られなくてな。とりあえず街に出て、色々と自分のやれる事について探してみようと思うんだ」


 これほどまでに活力に満ち溢れているのは、いつぶりだろうか。

 それほどまでに自分が激っているのがわかる。


「そっか、パパ、頑張ってね」

「ああ!」


 俺はネクタイを締めると、昨日焼いた肉を挟んで作ったビーフサンドイッチを手に家を後にした。

 っと、家を出る前にあっちにも挨拶しとかないとな。

 俺は祠で家族を守ってくれとを祈った後に、真っ赤なスポーツカーに乗って街に繰り出す。


「まだ少し時間があるな」


 俺は車を駐車場に停めると、コンビニに入って目についた新聞や芸能雑誌を購入する。

 そのまま近くのカフェに立ち寄った俺は、濃いめの紅茶を注文してテラス席で購入した新聞を広げた。


【聖白新聞】


 日本で新聞を買うなら聖白か帝スポの二択だろう。

 ゴシップが多いがたまに当ててくる帝スポより、キレのある記者が多い聖白は当たりが多い。


【白銀あくあさん、真夜中の大運動会開催か。白銀王国に侵入した捗る記者がその真相に迫る】

【今日のカノン様と赤ちゃん。弊社の捗る記者だからこそ撮影できる秘蔵のショット満載】

【黛慎太郎さんのメガネ、購入直後に不慮の事故で粉砕。最短記録更新で世界レコード認定へ】

【捗る記者独占潜入取材、白銀キングダムの日常に迫る。写真多数】

【天我アキラさんの貴重な大学生ショット。白衣姿もあるよ。※本人からの許諾済み】

【弊社特別記者、森川楓が選ぶ今見るべき番組とこれから面白くなりそうな番組】

【聖白新聞限定。とあちゃんのロングインタビュー。配信活動や学校での生活について語る】

【捗る記者が潜入、白銀キングダムの中で行われている桐花琴乃92塾の真実に迫る】


 やはり聖白新聞は見出しからしてキレが違うな。

 特に捗るって記者の記事は面白い。こいつには間違いなく記者としての才能がある。

 今回はしかもそいつの記事が多い。間違いなく当たりの回だろう。


「おっ、そろそろ時間か……」


 俺は時間が来たので、カフェを出て今日の目的地に向かう。

 えーと、確かこの辺だったかな。

 俺はそれらしい建物の表札に目を向ける。


【越プロダクション】


 おお、多分ここだここ。

 越プロは日本の女優、小雛ゆかりが所属している事務所だ。

 今日はここで中途採用者向けの会社説明会があるらしい。

 俺はそれを聞くためにここに来た。


「はあ? 何よあんた、そんな言葉でこの私をスカウトしようってわけ?」


 ん? 何か声が聞こえるな。

 俺は越プロに入らずに、声の聞こえる横の通りに向かう。

 すると女優小雛ゆかりが、外国人の女性と何か言い争っていた。


「それとも何、あんた、この私が事務所にサポートして貰わないと海外の仕事も受けられないと思ってるの?」

「えっ、いや、そういうわけじゃ……」


 そういえば、BERYLで動いていた俺とは別に、日本法人の立ち上げのためにメインとなる看板女優を引き抜くために動いてるグループがあると言ってたな。

 小雛ゆかりに詰められた元同僚がタジタジになる。


「ふーん、そう。この私とこの国も舐められたもんね」


 小雛ゆかりは更に一歩相手に詰め寄る。

 体は小さいのに、すごい迫力だ。

 さすがは大怪獣と呼ばれるだけの事はある。


「あんたんとこの社長に伝えなさい。この私を舐めてたら、冷えてしなしなになったポテトを食べる事になるわよ!」

「は、はいぃ〜」


 小雛ゆかりに詰められた元同僚は尻尾を巻いて逃げ出す。

 おいおい、この会社に入ったら、あの女と一緒に仕事をしなきゃいけない可能性があるのか。

 そういえば心なしかHPで見た越プロの社長がげっそりとした顔をしていたな。

 長年クレーム処理をしてきた俺の中の第六感が告げる。この会社は危険だと。

 俺は越プロの会社説明会に参加するのを辞めると、他の芸能事務所の会社説明会へと向かう。


「ふぅ、疲れたな」


 色々な事務所で会社説明会を受けたが、ピンとくるような会社はなかった。

 俺は休憩がてら、ジャズの流れる喫茶店を訪ねる。


「いらっしゃいませ」

「コーヒーを頼む」


 ん? あの店員、女優の音ルリカか?

 いや、新人女優賞を取るような女がこんなところでバイトしてるわけがない。

 不動産屋で見かけた雪白えみりのそっくりさんみたいなもんだろう。


「ありがとう美味しかったよ」

「あ、はい。ありがとうございました」


 俺は喫茶店を出ると家に帰る前に、聖あくあ教の本部へと向かった。

 助けてくれたお礼を言いに行くためだ。


「わざわざ、ご丁寧にありがとうございます。よかったら、色々と見学していってくださいね」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 俺は聖遺物展と書かれたところに向かう。

 するとそこには驚くべきものが展示されていた。


「白銀あくあが捨てたティッシュだと……!?」


 おい、ちょっと待て。そんなものを勝手に展示していいのか!?

 普通に考えてアウトだろ!!

 聖遺物などと書かれているが、やっている事は只のストーカーがゴミ漁りして手に入れた戦利品を展示してるだけじゃねぇか!!

 眩暈がした俺は展示会場を後にすると、次の場所に向かう。


「こちらは聖あくあ教の歴史史料館になります」


 まだできて1年そこらの宗教に歴史も何もねぇだろ。

 って、この事件やこの事件も聖あくあ教が裏で関与してたのか!?

 俺は資料を見て顔を青くする。

 おいおい、お前らの神は本当にそれを望んだのか!?

 もしかして、勝手に動いてるんじゃねぇだろうな。


「いいですか。言葉を聞いて動くのは二流、察して動くのが一流です」


 俺はそれを聞いて頭を抱える。完全にコントロールを失ってやがる。

 目の前の光景に俺が絶句していると、どこからともなく音が聞こえてきた。


 カチッ、カチッ、カチッ。


 一体、何の音だ。

 壁にかけられた終末時計と書かれた時計を見ながら、笑顔で謎のボタンを連打している若いシスターが居た。

 あれは一体何をしているんだろうか。とてもじゃないが怖くて聞けねぇ……。

 息を殺した俺は気配を消してその場をそっと離れる。

 

「聖あくあ教はどうでしたか? よかったら入信してくださいね」


 この時、俺は気がついてしまった。

 あれ? この組織、やばくね? と……。

 神である白銀あくあを讃えつつも、本人の意思とは関係なく動いてる上に、トップである聖女も普段は不在だと言う。おまけにさっきのネジが外に突き出てるレベルでとち狂ってるシスターはその聖女の代行らしい。

 俺は受付の女性から手渡された入信書に名前を記入する。


 お、俺がこの狂った組織をなんとかしなきゃダメだ!!


 そう覚悟した俺は、ペンを握った拳に自然と力を込める。

 聖あくあ教という狂った組織の中で、白銀あくあを守るために立ち上がった俺の孤独な戦いが幕を切って落とされた。

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https://x.com/yuuritohoney

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