白銀あくあ、みんなの家に帰ろう。
長野県でのツアーもついに最終日を迎えた。
「みんな、今日は本当に来てくれてありがとう!!」
3日間あったライブも、次の曲で最後だ。
俺は手を振ってステージをぐるりと回る。
ここで慎太郎と天我先輩、とあの3人が予定していたステージ衣装とは違う普段着で出てきた。
「え? 待って? どういう事?」
戸惑う俺をみて、マイクを持った慎太郎が近づいてくる。
「親友。俺たちが出会ってから……あのヘブンズソードの撮影から、BERYLを結成してから1年が経ったな」
「ああ、そうだな」
ステージの上でグータッチをする俺と慎太郎を見て、観客席が大きく沸く。
次にマイクを手に持ったとあが近づいてくる。
「あの日、あの時、あくあが僕達に声をかけてくれてから、僕達の日常は変わったんだ」
「みんなには本当に感謝してる」
ステージの上でハイタッチするとあと俺を見て、観客席に居たファンの何人かがふらつく。
おい、大丈夫か!?
近くに居た人達が視線をこちらに固定したまま、すぐに隣の人を支え合う。す、すごいな。
ベリルのファンは鍛えられてるから大丈夫ってカノンが言っていたのは、こういう事か……。
心配そうに観客席を見つめていた俺の肩を天我先輩が叩く。
「後輩。今日は我らから後輩に向けて、この曲を贈らせて欲しい」
「えっ? なになに? どういう事!?」
天我先輩がステージのすぐ近くにある座席を指差す。
正面のど真ん中。ライブ中になんでこんな良い席がずっと空いてるのか気になってたんだ。
「きゃーっ!」
「ごめんね。前通るよ」
俺はまだ頭の中で状況が整理できないまま、スタッフの誘導でファンの前を通って指定された席に向かう。
「あくあくあくあ様が私の隣にぃ!」
「よろしく」
俺は前後左右に座ってるファンのみんなと握手を交わす。
「親友、準備はいいか?」
「ああ!」
聞いた事のない曲のイントロが流れる。
まさか……俺のために曲を作ったのか!?
「僕の尊敬する親友へ。今日はファンのみんなを代表して、僕達からお前にこの曲を贈らせてくれ」
慎太郎の言葉に観客席が大きく沸く。
うお、うおおおおおおお!
観客席から見る3人のステージは新鮮で、俺は普通にファンのみんなと同じように興奮した。
『親愛なる僕の初めての友へ。初めてお前が僕に声をかけてくれた日から、僕の毎日は変わり映えのしない退屈な日々じゃなくなった。なあ親友、カノンさんを一緒に攫いに行った時の事は覚えてるか?』
ああ、昨日の事のように覚えてるとも。
あの時、お前達が俺の背中を押してくれたから、俺は今すごく幸せだ。
『あの大聖堂でお前の姿を見て僕は思ったんだ。お前なら、この世界を変える事ができるかもしれないって。でも、そうじゃないんだ。僕にだって変えられる。それを僕に教えてくれのはお前だった』
ああ、そうだ! 周りを見ろよ親友。ここにいるのは俺に救われたファンだけじゃない。
お前に救われたファンだっているはずだ。
『親友よ。僕と友達になってくれてありがとう。いつか今日の青臭い出来事が思い出になるまでお互いに歳を重ねたら、この日の事を思い出して一緒に語り合おう』
ああ、もちろんだとも親友。
例えベリルエンターテイメントが無くなったとしても、俺たちは一生親友で、一生BERYLだ!!
慎太郎からマイクを受け取ったとあがステージの中央に出てくる。
『照れくさいけど今日だけは本音で話すよ。僕のディアフレンド』
とあは少し顔を赤くして恥ずかしがる素振りを見せる。
俺はそれに応えるように無言で頷く。
『家の中、扉越しのディスコミュニケーション。僕達の関係はボタンを掛け違えたところからスタートしたんだよね』
ああ、そうだな。
俺達のスタートは少しすれ違ってたかもしれないけど、そんなのは大した問題じゃなかった。
だって、仲良くなるのに性別なんて関係ないだろ?
『久しぶりに出た外の世界は僕には眩しすぎて目が痛かったけど、その痛みも感じなくなるくらい毎日が楽しかった。失った日を取り戻すように、くだらない話で盛り上がって、バカみたいな事をして、そんな日が日常になって、僕は……』
とあは少しだけ歌声を詰まらせる。
頑張れ、とあ! 周りのファン達からも温かな声援が飛ぶ。
『一度しか言わないからよく聞いてよ』
俺はとあの言葉に無言で頷く。
『親愛なる友よ。僕の手を取って外に連れ出してくれてありがとう。お互いに歳を重ねて、今日のアオハルな出来事が良い思い出になったらまた話そうよ。だから、いつまでも僕と一緒に居てね』
もちろんだとも!
とあ、俺達はいつまでも一緒だ!!
とあは少し恥ずかしくなったのか幼い笑顔を見せながら、無言で天我先輩にマイクを押し付ける。
『青い春と書いて青春。今日は白歴史でも、いつかは黒歴史、それでもいいじゃないか。だっていつかは全ていい思い出になるんだから』
天我先輩、その通りです。
多分、恥ずかしくてこの時の映像は俺もみんなも後で見れないと思う。
『今日だけじゃない。4人で一緒に出たヘブンズソード、後輩と2人で出た陰陽師、そして今日のライブツアー、BERYL村、全てが我にとってのかけがえのない思い出だ』
ちょっと、天我先輩、泣かせに来ないでくださいよ。
『普段は言えない事を言おう。この前はベッドから突き落として本当にすまない!』
いやいや、天我先輩、もういいって!!
なんだかんだであれも良い思い出だよ。
そもそも体のでかい俺と天我先輩が同じベッドって時点で無理があるんだから!!
『大好きな後輩よ。我をBERYLに誘ってくれてありがとう。いつか全員が大人になって、一緒にみんなであのお酒を飲める日を楽しみにしている』
はい、俺もその時を楽しみにしています。
ここで新しいマイクを手に持ったとあと慎太郎も前に出てくる。
『あくあ、もし、お前が躓いた時は』
『その時は僕達が手を差し伸べるから』
『我らの間で遠慮なんかするなよ』
この大きなステージの中で、3人が俺にだけ向かって歌う。
いやいや、こんな贅沢ダメでしょ!
『あくあが僕たちにそうしてくれた時のように』
『我らも後輩に寄り添いたい』
『だって僕達は一生BERYLだろ?』
ああ、そうだ。俺達は一生BERYLだ!!
慎太郎の言葉に、会場が大きな歓声に包まれる。
『あくあ。今日から、長野からまたみんなと一緒にライブツアーを始めよう! ほら、誰よりもかっこいいあくあをみんなに見せてよ!!』
ああ、もちろんだとも!
俺はみんなの協力で観客席をすり抜けると、再びステージの上に立った。
観客席からみんなを見るのも悪くなかったけど、やっぱり俺はここだよな!!
『後輩。観客席を見ろよ。ここにいる全員が、我らBERYLのファンなんだ。ありがとう、みんな! 今日も我らを応援してくれて!!』
俺達は両手を挙げると、観客席に向かって大きく手を振る。
それに応えるようにファンのみんなからも、俺たちに対して感謝の言葉が返ってきた。
『親友、僕達をここに連れてきてくれてありがとう! いつか僕達もファンのみんなも歳を取ったら、今日の日の事を思い出して語り合おう! この楽しかった日の事を!!』
ああ、そうだな!!
俺達が肩を組んでメロディーに合わせて体を揺らせると、それを見たファンの人達もお互いに肩を組んで体を揺らる。
会場の熱と俺達の熱が一緒になった瞬間だった。
「ちょっと、流石にこのサプライズは聞いてないって!」
俺が驚いた笑顔を見せると、とあ、慎太郎、天我先輩の3人がハイタッチする。
3人ともしてやったりという顔をしているが、何もサプライズを用意していたのはお前達だけじゃないんだぞ。
「モジャさん、お願いできますか?」
俺は舞台袖に向かって声をかける。
するとそれを見た観客席が再び沸く。
「とあ、さっきはかっこいい俺を見せてくれって言ったよな」
観客席から聞こえてきたファンの声のボルテージが一オクターブ上がる。
3人がこんなにも頑張ったんだ。だから俺もその期待に応えなきゃな。
俺はステージの中央に出ると下から迫り上がってきたピアノの椅子に座る。
「この曲を、俺についてきてくれた仲間達に、そしてファンのみんなに贈る」
ノスタルジックなピアノのイントロを俺はすごくすごく優しいタッチで弾く。
『みんなと出会ってからまだ1年と少しなのに、あの日からもう随分経った気がする。そう錯覚してしまうくらい、俺達は濃密な日々を走り続けてきたよな』
さっきのみんなの歌で少し感傷的な気持ちになった俺は、涙ぐんだ目を誤魔化すように優しい笑みを浮かべる。
『本当はみんなに伝えたい事があるんだ。でも少し恥ずかしいから、今日じゃなくて次に会った時に伝える事にするよ。そうしたら、この日々がずっと永遠に続いていくんじゃないかって思うから』
おい、慎太郎。涙ぐむには早いぞ!
え? 天我先輩はもう号泣してるって!?
先輩……いくらなんでも早すぎでしょ。
『今日のこの景色を、今日のこの思い出を、4人で歩いたこの道を、みんなと過ごしたこの時間を俺はずっと覚えているだろう。でも、物事には始まりがあるように、いつか終わりが来るそうだ。この世界には永遠なんてものはない。誰かがそう言った』
俺の歌をきいて会場全体が大きな悲鳴に包まれる。
『本当にそうだろうか? 俺は終わりのない永遠があってもいいと思う。もし、誰かが走るのに疲れてしまったら、その時は俺が手を引くよ。背中を押して、それでもダメだったら俺がお前達を背負ってでも行くよ』
さっきまでの悲鳴が嘘かのように、一転して大きな歓声に包まれる。
『みんなと出会ってから1年と少し、俺だってこんな未来は想像していなかった。だから俺はまだみんなには伝えない事にするよ。だってまだ、素直になるには早すぎるだろう? だって俺達はここからまたスタートするんだから』
俺はピアノの椅子から立ち上がると、マイクを手に持って慎太郎に近寄る。
ここからは少しアドリブだ。俺は用意していた歌詞を変えて、3人に対してさっきの曲を返す。
『慎太郎。お前は根性のある奴だ。それと、友達だったらこんな事で礼なんか言うなよ。だって俺達は親友だろ?』
俺はグータッチをした慎太郎から離れると、次はとあに近づく。
『とあ。お前はすごく勇気がある。だって、俺はお前の扉を開けただけなんだよ。そこから出てきたのは他の誰でもない。お前だ』
ハイタッチしたとあから離れた俺は天我先輩に近寄る。
『天我先輩。いつだってかっこいい俺の先輩。できれば、ずっとそのままでいてください。でも、ベッドから突き落とされた時の事はもうしばらく覚えてますから』
俺は苦笑する天我先輩と軽くハグをした後に、観客席に向かって近づいていく。
『俺達は家族だ。だから、ここは家なんだよ。太陽が落ちて、月のない夜空に浮かぶ星の煌めきが例え雲に隠されていても、俺はこの家の灯りを灯し続ける。だからみんなもこの光を目指して、みんなの家に俺たち家族の元に帰ってきてくれよ。みんなの歩いている道はこの家に続いてるから』
永久BERYL宣言とも取れる歌詞の意味を理解したファンの子達が様々な反応を見せる。
泣く子もいれば、声をあげて叫ぶ子もいるし、そのまま固まってしまう子もいた。
でも、みんなその数秒後には明るい笑顔を見せてくれる。
『みんなと出会ってからまだ1年と少し。そう、俺達はまだ始まったばかりなんだよ。だから俺はまだみんなには1番大事な事を伝えない事にするよ。この感謝の気持ちは次に会った時に伝えよう。そうすれば、この永遠がずっと続くような気がするから。だから、また会おう。SEE YOU AGAIN!』
俺が歌い終わると、観客席や舞台袖にいたスタッフ、そしてとあや慎太郎、天我先輩からも大きな拍手が送られた。
「なんかしんみりしちゃったな」
「あくあのせいじゃん! もうちょっと明るい曲調の歌にしてよ!」
ノータイムのとあのツッコミに俺はニヤつく。
観客席に座っているファン達からも笑い声が漏れる。
「じゃあ、最後に明るい曲でも歌って終わりにするか」
「ああ、そうだな!!」
「うむ!」
お互いにサプライズがあったものの、これで最後の曲だ。
最後はファンのみんなとも一緒に歌える四季折々を一緒に歌う事にした。
その日その日の流れで柔軟に構成を変える事ができるのもライブのいいところだと思う。
「みんな、今日も良かったわよ!」
ライブが終わって舞台裏に戻ってきた俺達は、阿古さんとハイタッチを交わす。
もちろん、他のスタッフさん達もこの3日間の成功をお互いに労いあった。
「それじゃあみんな、来月もみんなでまたこの家に帰ってきましょう!!」
「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」
1日目は俺、2日目は天我先輩が締めの言葉を担当したので、最後の3日目は阿古さんにうまく締めてもらった。
俺は帰りの新幹線でスマホのチャットアプリを開くと、カノンから送られてきた双子の写真を見て顔をにやけさせる。
その写真を見ながら、俺は少しばかりの仮眠を取った。
ありがとう長野県、また来るからな!!
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