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白銀あくあ、またベリベリか!!

 長野でのライブツアー初日が無事に終わった。

 俺達はホゲウェーブアリーナを出ると、スタッフの人が手配してくれたバンに乗って今晩お世話になる旅館に向かう。


「すみません! スタッフが旅館を間違えてしまったみたいです!!」


 いやいや、スタッフの腕章にベリル&ベリルって書いてあるし、そのニヤついた顔。確実にわざとでしょ。

 戸惑う天我先輩や慎太郎の隣で、ジト目になったとあが無言の圧でスタッフに説明を促す。


「はい! というわけで〜、BERYLの皆さんには今からこの廃ホテルで肝試しをやってもらいたいと思います!! あっ、もちろん現所有者さんから許可はとってあるので安心してください!」


 なるほどね。そういうわけか。

 俺達は目の前に建っている立派なホテルへと視線を向ける。


「ねぇねぇ、なんで肝試しなの?」

「私達が男の子4人の肝試しを見てみたかったからです!」


 プロデューサーが質問したとあに対して、キリッとしたいい顔で企画をゴリ押していく。

 くっ、俺も自分の欲望を曝け出す時に良く使ってる手だからなんとも言えねぇ。


「えー、それでは改めて企画の詳細についてご説明させていただきます!」


 プロデューサーさんの合図で、別のスタッフさんが説明用のフリップを持ってくる。


「今からBERYLの皆さんには、このホテルの中を散策して隠されたカードキーを探してもらいます。カードキーは全部で4枚あって、持ち帰ったカードキーの枚数によって今晩の部屋数が決まるので頑張って4枚探してくださいね!」


 俺達はフリップに書かれた詳細な内容に視線を向ける。

 ふむふむ、なるほどな。

 4枚のカードキー全てを持ち帰れたら、全員に個室の部屋が用意されてるわけか。

 3枚だと2人が個室、残り2人がツインの部屋。2枚だとダブルの部屋が2つ。1枚だと4人でツインの部屋に泊まらなきゃいけない。つまり、ツインのシングルベッドを男2人でむさ苦しく使わなければいけないというわけだ。


「後輩……」


 真剣な顔をした天我先輩が俺に近づいてくる。

 わかってますよ先輩。ここに居る全員のために4枚のカードキーをゲットしましょう!


「もしもの時は我と同じベッドで寝ような。我にはもうその覚悟ができてるぞ……!」


 俺は天我先輩の一言にずっこけそうになる。

 そういう覚悟はいいですって!!

 ていうか、190cm超えてる天我先輩と185cm近くある俺が2人でシングルベッドとか確実に地獄ですよ!!

 2人でツーリングしたついでにキャンプした時、天我先輩が買ってきたテントが小さすぎて男2人身を寄せ合って眠った時の事を忘れたわけじゃないですよね!?


「いやいや、天我先輩。ここは頑張ってカードキーを4枚取りに行きましょうよ!」

「そ……そうか? うむ! わかった!!」


 天我先輩は一瞬だけ悲しげな顔をする。


「ところで、みなさん、ライブが終わった後でとても疲れていますよね?」


 ええ、今日も完全燃焼したから、すごく疲れていますよ。

 プロデューサーさんは俺達の疲れた顔を見て、新しいフリップを手に取る。 


「そこで、我々ベリベリのスタッフから、みなさんにいくつかの特典ボーナスを用意しました!」


 特典ボーナスぅ? またその特典ボーナスを獲得するために、何かしろってやつじゃないの?

 ベリベリのスタッフが考えてる事なんて、こっちは全部まるっとお見通しなんですよ!


「ホテルの中には旅館のカードキーとは別に、特典ボーナスが書かれたカードが隠されています。その特典内容に関してはこちらをご確認ください」


 俺達は次に提示されたフリップに顔を近づけて、書かれた特典についてチェックする。



 ——————————————————


 ・新鮮な長野のお野菜や信州のプレミアムな牛肉がモリモリ使われた豪華バーベキューセット。

 ・長野の美味しいフルーツを使った豪華スイーツの盛りだくさん。

 ・天然温泉の大浴場と露天風呂をBERYLの4人で貸切。

 ・最新型マッサージチェアによる疲れを癒すマッサージ。

 ・宴会場を貸し切ってスタッフのみんなとドンチャン騒ぎ。


 ——————————————————



 ふーん、なるほどな。

 この中でも最後の宴会場を貸し切ってスタッフのみんなとドンチャン騒ぎできる権利は欲しいなと思った。

 後はバーベキューセットか。今日のライブを盛り上げてくれたスタッフのみんなにも美味しいお肉を振る舞えたら最高だ。


「ちなみにマッサージチェアの権利が当たった場合、白銀あくあさん限定でセラピストのお姉さんがマッサージをしてくれるそうです」


 なん……だと? その話……詳しく聞こうじゃないか。

 俺の隣に立っていたとあがジト目で俺を見つめる。


「後でカノンさんにあくあが心の中で鼻の下伸ばしてったって報告しとこっと。それとも小雛ゆかりさん辺りに言った方がいいのかな?」


 おい、ちょっと待て、とあ。

 カノンはなんだかんだで許してくれるからいいけど、小雛先輩だけは本当にやめてくれ。

 後でスタッフさんからその時の俺の様子を聞いて、みんなの前で暴露して俺を弄ぶんだから!!


「というわけでみなさん。頑張ってくださいね。制限時間は1時間! 今からスタートです!!」


 プロデューサーさんは説明を終えるとそそくさと横にはけていく。

 正直、プロデューサーというヘイトを買いやすい立場で、顔出しまでして他のスタッフさん達を守るために矢面に立っているこの人の事を俺は少し尊敬してる。

 俺は初めてプロデューサーさんに会った日の事を思い出した。


『あくあさん、本当にいいんですか?』

『はい。事務所がNG出してくるような企画をバンバン上げてください。俺はこの番組で、限界ギリギリまで攻めていきたいんです』


 最初の段階では、ベリベリはBERYLの4人による普通のトーク番組になる予定だった。

 でも俺はBERYLというグループに、そんな置きに行くような企画の番組はやってほしくないと思ったんだ。

 俺だけじゃなく天我先輩も、慎太郎も、とあもキャラが立ってる。

 だからこそ俺達の個性がファンのみんなに見えるような番組になって欲しいと思った。


『俺達は【Beautiful right?】の楽曲を発表したあの日から、常にこの世界を変えていきたいと思って活動をしています。そのためにはプロデューサーさんと藤には、常識の枠に囚われない自由な発想で番組を作ってもらいたい。それこそがBERYLの名に、その名前を冠する番組に相応しい番組になるんじゃないかと期待しています』

『わかりました。私も覚悟を決めます。あくあさんの期待に応えられるように、今までの男性がやってこなかった事、ううん、女性ですらやった事のないハードな企画をやっていきましょう! なーに、もしもの時は私の首が飛ぶだけです。その時は2人目の私が出てきますから、よろしくお願いしますね。ははは!』


 プロデューサーさんはあの日に交わした俺との約束をずっと守ってくれている。

 毎回、会うたびに「まだギリギリ首の皮一枚で繋がってます!」なんて、チャーミングなシャレを言ってくる人だが、この人がベリベリのプロデューサーで本当に良かった。

 俺がとあ、慎太郎、天我先輩の3人に顔を向けると、自然と4人でいつものように円陣を組む。


「よし! みんな疲れているだろうけど。スタッフさん達との宴会のために頑張ろう!」

「あと、あくあのマッサージのためにもね」

「「おーっ!」」


 とあは余計な事を言わなくていいから!!

 ……まぁ、マッサージして欲しくないか欲しいかで言ったら、普通にして欲しいけどな。

 だって、セラピストのお姉さんだぞ! くっ、さすがはベリベリのプロデューサーさんだ。

 的確に俺の需要に合わせて餌を供給してくる!!

 もし、この人が番組をクビになったら、俺が個人的に雇おうかな。面白そうだし……。

 ただ、そうならないように俺は蘭子おばあちゃんに会うたびに、あのプロデューサーさんは首にしないでねと、自称プロのゴマスリ師であるえみりと一緒にゴマを擦りまくってる。


「よしっ、じゃあ、みんな行こうぜ!」


 俺は意気揚々とスタートを切る。

 あれ? みんな動きが遅いぞー?

 それに天我先輩、慎太郎の後ろに隠れてどうしたんですか?


「我は1番後ろでいい」


 なるほど……だから最初から天我先輩はゲットするカードキーが1枚ありきで話してたんですね。

 俺がなんともいえない顔で突っ立っていると、とあが俺の腕に抱きついてきた。


「きゃー! あくあ、僕、怖いー!」

「嘘つけ。とあはホラーゲーム好きだろ。配信でやってるのを俺はちゃんと見てるからな。そう言って俺1人にカードを取らせに行かすつもりだろ」


 とあはイタズラがバレた時の子供みたいに舌を少しだけ出してウィンクする。


「てへっ、バレちゃった。でも、あくあなら1人で回収できるでしょ。小雛ゆかりさんと一緒にホラーゲームしてた時も1人で幽霊屋敷の扉という扉を開けまくって、クローゼットを何度も開け閉めして、目についた壺や樽を某RPGゲーム並みに床に投げつけて叩き割ってたの僕見たもん。あのゲームで幽霊の方から頼むから出て行ってくれって顔してたの、僕、初めて見たよ……」


 あれ? そうだったっけ?

 俺の記憶じゃ、幽霊さんはすごく嬉しそうな顔をしていたような気がするんだけど……俺の気のせいだったかな? ただ、ゲームを開発した人がコメント欄で「OH MY GOSH!」って叫んでいたのは良く覚えている。


「で、どうするの?」

「とりあえず、そこに案内図があるから見てみようぜ」


 俺は後ろにいる慎太郎と天我先輩に視線を向けると、両手を大きく振る。


「おーい。早く早くー!」

「後輩! そんなに大きな声を出したら、幽霊が起き……近隣住民に迷惑がかかるだろ!?」


 いやいや、ここら辺に人なんか住んでないでしょ。

 明らかに人が住んでる気配もないし、バンに乗ってた時に外を見てたけど付近に住宅なんて一軒もなかった。

 天我先輩は近隣住民への迷惑よりも、背中に隠れてる慎太郎への迷惑を考えてくださいよ。


「ところで、慎太郎は幽霊とか大丈夫なのか?」

「ああ。ただの廃ホテルだろう? スタッフさんも別にお化けが出るとも言わなかったしな」


 確かにお化けが出るとは言わなかったよな。

 そう考えると天我先輩はビビりすぎなんですよ。

 そもそもこの世界に未練があって幽霊になってる女の子なんて確定で巨乳だと思う。

 うん、そう考えたらむしろ幽霊に会いたくなってくる。


「幽霊さんどこですかー!?」

「おい、後輩! 幽霊さんを呼ぶんじゃない!! 寝てるかもしれないだろ!!」


 俺達は案内図が書いてある場所に移動すると、フロアマップを見て行き先を決める。


「プールは絶対に怪しいだろ。屋外には絶対になんか一個はあるはず」

「いやいや、ここはやっぱりキッチンか隣の宴会場じゃない? 両方漁れるし、どっちかに絶対ありそう」

「客室にもありそうだが……部屋数が多いから探すのが大変そうだな。ロビーとかフロント、スタッフルームを調べた方がいいかもしれないな」

「我はここに残る事を提案する!」


 天我先輩の提案は普通に無視するとして、ロビーやフロントは入ってすぐだから最初に探索するにはもってこいな気がするな。

 それにいくらベリベリのスタッフといえど、最初付近のフロアに重要なアイテムを配置するという鉄板的な要素は外さないと思いたい。


「じゃあ、まずは慎太郎の提案でフロントとロビーから漁ってみるか。スタッフルームもロビーの後ろっぽいし、4人で手分けしたらなんか見つかると思う」

「OK!」

「ああ、僕もそれがいいと思う」

「う、うむ。みんなと一緒なら我もなんとか……」


 4人の意見が揃ったところで、俺達はホテルの入り口に向かう。


「お邪魔しまーす!」


 俺は元気よく挨拶をしながら建物の中に入っていく。

 何事も挨拶は重要だ。もし、幽霊さんがいるのなら、そのお宅にお邪魔するのだから、ちゃんと挨拶しておかないとな。人間だろうと幽霊だろうと、マナーは重要だ。


「じゃあ、僕はフロントを調べるね」

「なら俺はその奥のスタッフルームを調べるわ」

「それなら僕はロビーかな……。天我先輩と一緒に」

「うむ!」


 天我先輩、そろそろ慎太郎の上着のジャケットから手を離してやってくださいよ。

 慎太郎が着ているジャケットの袖がビロビロに伸びちゃいますよ!

 俺はとあと一緒にフロントに入ると、とあをそこに残して1人で奥のスタッフルームに足を踏み入れる。


「とりあえずロッカーから漁ってみるか」


 うーん、荷物を置きっぱなしにしてる人もいないし、特に何かがあるわけじゃなさそうだな。

 俺はロッカーの蓋を開け閉めしていると、その中で一つだけロッカーが開かない扉を見つけた。

 もしかして鍵を見つけろってことか? 俺はここで悪い事を思いつく。

 事前にプロデューサーさんが、オーナーさんから許可をとってるから自由にしていいって言ってたよな。

 俺は遠くからついてきていたスタッフさんに改めて確認してから、ジャケットの袖をまくって腕をグルグルと回す。


「ふんぬらばっ!!」


 やはりパワー。パワーは全てを解決する。うん、パワー教の教えは正しかったんだ。

 俺は強引に筋肉だけでこじ開けたロッカーの中を確認する。

 するとそこには放置されたポーチがあった。


「こ……これは!?」


 俺はポーチの中を開けて目を見開く。


「どうした後輩!?」


 幽霊が怖いにも関わらず、1番遠くに居た天我先輩が俺の声を聞いて真っ先に駆けつける。

 その後に続くように、とあと慎太郎の2人が部屋の中に入ってきた。


「あくあ、なんか見つかったー?」

「もしかして、カードを見つけたのか」


 俺は可愛いフリルのポーチの中に入っていた物を広げてみんなに見せる。


「これはもしかして、とても重要なアイテムなんじゃないか?」

「そんなわけないでしょ! もーっ! あくあってば、それ、普通にスタッフの女の子がロッカーに忘れていったやつじゃん!!」


 白か……。一応忘れ物として俺が預かっておこう。

 うーむ。周りを見るが他にそれらしいものはない。

 どうやらスタッフルームはハズレだったみたいだ。


「みんなはなんかあったか?」

「うん、フロントにこれがあったよ」


 とあは手に持った懐中電灯をみんな見せる。

 おお〜! って、電気つかないじゃん。


「うん、電池がないみたいなんだよね」

「電池なら我がロビーで見つけたぞ」


 うおおおおおおおお!

 天我先輩ナイス! やっぱり先輩は先輩でも、うちのポン雛先輩とは違う!!


「慎太郎は?」

「僕もあくあと一緒で何も見つからなかったよ」


 失敬な! 慎太郎。俺はちゃんと重要なアイテムっぽいものを見つけたぞ!!

 俺は手に持ったものを強く握りしめる。


「それじゃあ、次行こ次。次はあくあの言ってたプールが近いから、そっちに行こうか」

「ああ、そうだな」


 俺達は4人でプールに向かう。

 おー、すごい豪華なプールだ。時代を感じるなぁ。

 さっきのロビーだってすごく大きなシャンデリアが残ったままだったし、これだけお金をかけていい物を作ったのに使われずに廃れていくなんて勿体無いなと思った。


「あ、あそこになんかあるんじゃないか!?」


 プールの中央に何かを見つけた慎太郎は指を差す。

 あっ! あの形は間違いない。確定でカードキーか何かのカードだ!!


「ちょっと待って、プールに水を張ってるけど、これ、どうやって取るのさ!?」

「確かに……何か、棒みたいな物を探せって事か?」

「いや、あの長さじゃ棒は届かないだろ」


 制限時間は1時間しかない。

 判断力の速さに定評がある俺はすぐに服をポンポンと脱ぎ捨てるとプールに迷わず飛び込む。それを遠くから見ていたスタッフ達がまじかよって顔をするが気にしない。

 うちのプロデューサーが体張ってるんだから、俺も体を張ってその期待に応えるだけだ。

 そしてやはりパワー、パワーは絶対に裏切らない。

 俺は1番音の煩いバタフライ泳法で幽霊さんを起こしつつカードを取りに行く。


「カード、ゲットォ!」

「うおおおおおお!」


 俺はカードを手に取ると、帰りは楓直伝のゴリラクロールで急いでみんなところに戻る。


「さっぶ!」

「そりゃそうだよ。もう! あくあってば、考えなしに飛び込むんだから。後でまた小雛ゆかりさんに怒られるよ。少しは考えてから行動しなさいって!」


 とあがスタッフさんから借りたバスタオルで俺の体を拭いてくれる。

 さすがはベリベリのプロデューサーさんだ。

 俺が泳ぐ可能性を考えて、事前に1人で下見に来た時にプールを掃除して綺麗な水を張ってバスタオルを用意してくれていたらしい。

 カードを俺から受け取った慎太郎は、ひっくり返したカードの裏側を見て何かに気がつく。


「ん? これは普通のカードキーじゃないな。裏に何か文字が書いてあるぞ」

「うむ。どうやら後輩が取ってきたのはルームキーの方じゃなくて、特典の方みたいだ」


 嘘だろ……。あんなに苦労したのに、特典の方だったか。

 司会の隅っこでプロデューサーさんがニヤニヤした顔をする。

 くっ! せめて、マッサー……宴会場の貸切が当たってくれ!

 俺は祈るように手を合わせると、慎太郎がカードの内容を読み上げる声に耳を傾ける。


「体を冷やしてカードを取りに行ったであろう白銀あくあさんのために、大浴場と露天風呂の貸切をプレゼントしますだって」

「うおおおおおおお!」


 思っていたのが当たらなかったが、これはこれで素直に嬉しかった。

 よーし、この調子で他のカードもゲットするぞ!!

 俺は急いで服を着ると、みんなと一緒に上にある宴会場とキッチンに向かう。

 その途中で俺は違和感に気がついた。


「あれ? 慎太郎は?」


 ふと、後ろを振り返ると、ついてきていたはずの慎太郎が姿を消していた。

 俺は背中に隠れていた天我先輩と顔を合わせて、お互いに目をパチクリさせる。


「うわああああああああああ!」


 俺の背中にひっついていた天我先輩が大声をあげてどこかに向かって走り出す。

 天我せんぱーい! 制限時間は後40分切ってますよー! それまでに帰ってきてくださいねー!!


「ん? 叫び声が聞こえたが、どうかしたのか?」


 うぉっ!? 天我先輩が姿を消した後に、慎太郎が下から顔を出す。

 お前、どこに居たんだよ!?


「ああ、靴紐が解けたから、しゃがんで紐を結び直していたんだよ」


 なるほど……ちょうどそこが物陰になっていて、俺たちから姿が見えなかったわけか。

 嘘だろ。ミラクルにも程があるだろ。


「あくあ、天我先輩放置でいいの? 流石に可哀想じゃない?」

「じゃあ俺が天我先輩を探しにいくわ。とあと慎太郎は1人でも大丈夫だよな?」


 俺の言葉に2人は頷く。


「じゃあ、2人でキッチンと宴会場を調べた後は、二手に分かれて別々にカードを探してくれないか? 多分、そうしないと全員分のカードキーに特典のカードキーも見つからないだろ」

「だね。そうしよう」

「わかった。そっちは僕たちに任せてくれ」


 俺は2人にカードキーの捜索を託すと、1人で天我先輩を探しに行く。

 もちろん、扉という扉をバタバタと大きい音を立てながら開け閉めをして、大きな声で天我先輩の名前を呼んだ。

 うーん……反応がない。どうやらここら辺には居ないみたいだな。

 天我先輩は一体どこまで走って行ったんだろう?

 方向からすると確実にこっちだと思うが……ん? あそこの扉が開いてるな。

 俺は扉に近づくと、その先にあった階段を見上げる。


「へぇ、ここから屋上に行けるのか」


 俺は階段を上げると建物の屋上に向かう。

 すると隅っこで体育座りをして蹲っている天我先輩を見つけた。


「天我先輩、ここにいたんですか。迎えにきましたよ」

「こ、こうはい〜!」


 天我先輩は俺の腰に両手を回して、しがみつく。

 ほらほら、俺がきたからには大丈夫ですよ。

 ワンチャン俺なら幽霊が出てきてもパワーでどうにかできますし、鍛えた筋肉なら物理が効かない相手でも普通に貫通するでしょ。パワー教の教えにそう書いてあったもん。


「あっ、あっ、あっ……」


 ん? 天我先輩ってば、そんな口をパクパクさせてどうしたんですか?

 俺は天我先輩が指差した方へと視線を向ける。

 するとそこにに白いワンピースを着たお姉さんが立っていた。

 もー、只のスタッフさんじゃないですか。

 えっ? 白のワンピースなんか着てるスタッフさんなんていないって?

 確かに……あんな大きくて身長が高いお姉さん、スタッフの中にはいなかったな。

 一度目に焼き付けた膨らみを忘れない事に定評のある俺が、スタッフさんのを忘れる事なんてまずない。


「あのー、どうかしましたか?」

「ぼぼぼ」


 えっ? ボボボーボボ・ボーボボー? なんかどっかで聞いた事あるようなワードだな。

 俺は首を傾ける。


「後輩。アレはきっと八尺様だ!!」

「八尺様だってぇ!?」


 それって少年をたぶらかすお姉さんって事ですか!?

 言われてみたら身長高いし、ワンピース着てるし、大きいし。間違いない! 俺の理想のお姉さんはここにいたんだ。

 涙を流した俺は両手を振り上げてガッツポーズを決める。


「お姉さん、よかったら俺と一緒に人気のないところで夜の散歩でも……」

「こ、後輩!? 馬鹿な事を言ってないで、早くアレを祓ってくれ!! 後輩は晴明だろ!!」


 いや、それを言うなら天我先輩だって道満でしょ。

 テレビの前でこの光景を見てるみんなは、こんなお化けにビビる道満なんて見たくなかったよ!


「仕方ないなぁ。それじゃあ、ここは俺に任せてくださいよ」


 俺は手を合わせて八尺様らしき女性を拝む。


「なんみょーほんげぇー」


 俺は楓が国営放送で唱えていた謎の南無妙阿呆毛経を唱える。

 なんでもこのお経は、幽霊やお化けといった類をホゲラー波で汚染する事ができるらしい。


「ぼぼぼぼぼ!」


 あれ? おかしいな。なんだかちょっと怒ってるように見える。俺の気のせいか?


「後輩!?」

「まぁまぁ、任せておいてくださいよ」


 俺は阿呆毛経典を唱え続ける。

 すると怒った八尺様がすごいスピードでこちらに迫ってきた。

 うわ! 流石にびっくりした俺は自然と両手を前に伸ばす。

 すると俺の両手が向かってきた八尺様に当たった。

 やはりパワー。パワーは全てを解決する。

 パワー教の教えにも書いてあったが、鍛えた筋肉はやはり物理無効すらも貫通するんだ。


「んっ!」


 俺の両手が当たった八尺様らしき女性の表情が変わる。

 おおっ! 効いてる。効いてるぞ!


「あり……がとう……」


 あっ、待って。行かないで俺の理想のお姉さん!!

 俺は天に召されていくおっ……姉さんに手を伸ばす。

 今のは一体なんだったんだろう。俺が女性の立っていた場所を見ると、カードが落ちていた。


「天我先輩やりました! ルームキーです!」

「うおおおおお! やったー!!」


 これでなんとか一部屋は確保できた。幽霊のお姉さん、本当にありがとう!!

 俺と天我先輩の2人は手を合わせて幽霊のお姉さんの成仏を拝んだ。

 不思議体験をした俺と天我先輩は2人でスタート地点に戻って、とあと慎太郎の2人と合流する。


「おかえり。あくあ、天我先輩」

「僕達も頑張ったけど特典のカードキーだけでルームキーは見つからなかったよ」


 マジかよ。ベリベリのスタッフ達が遠くからニヤニヤした顔をする。

 なんとか一枚だけでも拾えて本当に良かった。

 俺は天我先輩と体験した内容をみんなに話す。


「それは間違いなく、この旅館に住み着いて幽霊ですね。こんな事もあろうかと、除霊師のスペシャリストを呼んでおきました。先生、どうぞ!!」


 プロデューサーさんの合図で、真っ赤な海外製のスーパーカーに乗った住職さんの格好をした霊媒師さんが現れた。


「除霊師の伊保無能先生です!」


 俺の隣に居たとあが急にジト目になる。

 とあ、どうかしたのか?


「胡散臭い……」


 いやいや、あのプロデューサーさんが用意した人だぞ!

 きっと大丈夫に決まってるだろ!

 俺達は除霊してくれた伊保さん後ろで手を合わせる。


「エイッ! エイッ! エイヤーッ! はい! これで大丈夫です!! 確実に除霊できました!!」


 いや、そもそも俺に触れられて満たされたお姉さんが天に召した時点でもう幽霊さんは残ってないと思うんだけどね。

 っていう野暮なツッコミをするのも面倒なくらい俺も疲れていた。


「よし、じゃあ、みんなでホテルに帰ろうぜ!」

「うん、僕もお腹ぺこぺこだよー」

「バーベキューが楽しみだな」

「うむ! 風呂も宴会もな!」


 くっ! なんでよりによってマッサージの特典が当たらなかったんだ!

 俺はジト目でこちらを見るとあの隣で悔しがる。


「ほら、あくあもそんなにマッサージして欲しかったら、僕がマッサージしてあげるからさ。ほら、行こ?」

「ああ、そうだな。いくか! 俺も腹減ったしな!!」


 この数日後、俺達がお昼ご飯を食べている時に、ニュースに脱税で捕まった霊媒師さんが映るが、それはまた別の話である。

 ちなみに4人でツインの部屋に泊まった俺達は、じゃんけんで勝ったとあが一つのベッドを占領し、次にジャンケンで勝った慎太郎がソファに布団を敷いて寝て、俺と天我先輩が狭いシングルベッドで一緒に寝るハメになった。

 なお、俺は天我先輩に押し出されて床で寝る事になるが、それもまた別の話である……。はーっくしょん!!


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