藤百貨店ネキ、戦争が始まる。
その日はとても穏やかな日だった。
「んん……」
なんだろう? 外がすごく騒がしい。
私はベッドから体を起こすと、パジャマの上からふわもこのカーディガンを羽織る。
こんな深夜に何があったんだろうか?
また、あくあ様かえみり様か楓様かゆかり様あたりが何かをやらかしたんだろうと予測する。
そもそもここ、白銀キングダムで何かあるとしたら、その4人のうち誰かが関与している事が多い。
私は部屋を出ると、人が居そうなに向かって歩き出す。
「ここに自分がいるって事ってまだ慣れないわ……」
このハイソな通路といい自分の住んでいる洒落た部屋といい、従業員専用マンションなのに、まるで松濤の高級な低層レジデンスに住んでるみたな気分になる。
元々、藤百貨店の新宿店や本店で外商として勤務していた私は、白銀キングダムに住んでいるあくあ様のご婦人達専用の御用聞きの1人として白銀キングダム内に住み込みで働く事になった。
「大変よ大変大変!」
「みんなを急いで起こさなきゃ!」
やはり何かがあったみたいだ。
しかもみんなのあの顔……いつものあくあ様達のおふざけとかじゃなさそうね。
私がみんなの会話に混ざろうとした瞬間、聞き慣れない音が私の耳をつんざく。
「これは!?」
「空襲警報か!?」
白銀キングダムの従業員専用マンションの中が急に慌ただしくなる。
まさかどこかの国が戦争を仕掛けてきた!?
いや、羽生総理とあくあ様がこの国に揃ってる今、そんな命知らずな事をやらかすバカなんていないはずだ。
私達がロビーで狼狽えていると、特別なメイド服を着た女性が現れる。
それを見たロビーに居た人達が一斉にピリつく。
あのメイド服を着ているのは、あくあ様に近い専属メイドの証拠だ。
「カノン様の陣痛が始まりました。非常時緊急マニュアル5の3に従って各人は行動を開始してください。繰り返します。カノン様の陣痛が始まりました。非常時緊急マニュアルの……」
た、大変だぁ〜! 掲示板のみんなに教えてあげ……たいけど、教えられない!!
専属メイドさんの言葉に、みんなが一斉に驚きの声をあげるも、それぞれが冷静に行動を開始する。
ここに集められたスタッフ達はそういう優秀な女性ばかりだ。そう、私以外はね。
私は掲示板民特有のキリッとした仕事のできそうな顔でその場を誤魔化しつつ、すぐにロビーから自分の部屋に戻って服を着替える。
その後は、台所にあった捗るが掲示板でお勧めしてたあくあ様のチンチンに似た国産の極太バナナを口の中に突っ込む。もぐもぐ、もぐもぐ……こうなると次にまともに食事できるのはいつかはわからない。お仕事の途中で倒れないためにも、栄養補給はしっかりしておかないとね。
私がバナナを食べ終えると、携帯に電話が入る。あ、本社に居る上司からだ。
「はい、もしもし」
「深夜にすまない。君も知っての通りカノン様の陣痛が始まった。これにより、我が藤百貨店は来るべき御生誕記念セールに備えるためにバースデイプランを発動する事になった。君も新宿店や本店からスクランブルが掛かってもすぐに助っ人に行けるように準備を整えておいてくれ」
私は上司からの言葉に「わかりました」と返事を返す。
嗜み……カノン様の妊娠が発覚した日から、私達藤百貨店はずっと秘密裏にこのXデーのために準備を整えてきた。
そっか、ついに始まるのね。私達の戦いが……!
気合いを入れ直した私は、部屋を出て藤百貨店白銀キングダム支店へと向かう。
支店に到着すると、深夜にも関わらずここで働いてる私のチームが全員身だしなみを整えた状態で綺麗に整列していました。
「既にみんなも知っての通り、数時間前にカノン様の陣痛がはじまりました。出産予定時刻は深夜の4時〜5時くらいを予測しています。皆さん、この意味がわかりますか?」
私は集まった部下達の顔をぐるりと見渡す。
どうやら藤百貨店のトップエリートばかりが集められたこの空間の中で、私が言った意味が理解できてない社員はいないようだ。
「カノン様が出産してから数時間後、我が藤百貨店ではその日の朝から世界最速で御生誕記念セールを行います。私を含めた数名のスタッフは、人手が足りない店舗に助っ人として派遣される事が決定しました。今から1人ずつ名前を呼ぶので前に出てきてください」
本音を言うとみんなここに残りたい。
ここに残れば、この後、出産祝いを受け取りに来る白銀キングダム在住の女性陣から、あくあ様やカノン様、そのお子様の事についての話が聞けるのは間違い無いでしょう。
だからこそ、本来であればここに残らなければいけない上司の私が率先して他店舗への派遣に手を挙げました。
他の社員がやりたがらない事をやって、自らが泥を啜る。それが若手の見本となる上司の仕事です。
私は名前を読み上げたスタッフ達に頭を下げる。
「みんな、ごめんなさい。本当はここに残してあげたかったんだけど……」
「気にしないでください。チーフ!」
「チーフ! 御生誕記念セールの興奮が味わえると思ったら、これはこれでアリなんですから」
「そうですよ! スケベそうな顔をした掲示板民共の待機列を見事に捌いてやりましょう!!」
みんな、ありがとう。私は部下の優しい言葉に少しだけ涙ぐむ。
それと、ごめんね。貴女達の上司、そのスケベそうな顔をした掲示板にどっぷり浸かった掲示板民の1人なのよ……。つまりどスケベって奴よね。
「それでは今から出産までの間、ここに残るスタッフは起きて対応に当たってください。私も含めた派遣スタッフは仮眠室内で休憩を取ります。みんな、寝られるうちに寝ておきましょう」
私は仮眠室に入ると、あくあ様のアイマスクを装着して眠りにつく。
それから数時間後、私は館内放送の声に起こされる。
『カノン様ご出産! カノン様ご出産! 子供は元気な男子と女子の双子です!! 母子共に健康! なお、野球は関東アクアフレンズが、関西アクアイテマエーズに14−10で勝利! 9回裏にあくあ様が満塁ホームランを打って勝利に導きました!!』
は? 関東アクアフレンズ? 関西アクアイテマエーズ?
あくあ様が満塁ホームラン!?
えっ? カノン様が大変な時になんで野球なんかやってるの!?
あ……これ、夢かぁ……。
私はベッドに潜り込んでもう一度寝ようとする。
すると部下に叩き起こされて、これは夢じゃなくて現実だと教えられた。
「みんな、留守は頼んだわよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
私は新宿店に向かう。
本店と違って若者が多い新宿店は、まさに歴戦の掲示板民が集う魔境だからだ。
私が新宿店に到着すると、捗るみたいな顔をした人達が既に店の前に並んでいた。
判断が早い!!
この人達、チラシも見てないのに、あくあ様が父親リストに入った段階からここでセールが行われる事を察して、会社に休みを取ってこの周辺でうろついてたでしょ。
過去のあくあ様関連のイベントを乗り越えてきた歴戦の掲示板戦士達が甘く無いという現実を突きつけられる。
やはり、私がここに来て良かった。
私はその人達の横を通ってスタッフ専用の出入り口へと向かう。
「あの店員……多分だけど、藤百貨店ネキじゃねぇか」
「ああ、私達と同じスケベそうな顔をしてる。あれは相当な好きものだぜ」
「私達くらいになると顔を見ただけでそいつの掲示板力がわかるからな」
「そうだな。ちなみに嗜みの掲示板力はたったの5だ」
「なんでや。あいつベテランどころか掲示板エリートやろ!」
なんで私が藤百貨店ネキだってわかるのよ。もう!!
新宿店の中に入った私は、御生誕記念セールの開戦に備えて各フロアーの準備を手伝う。
あっ、この御生誕記念お弁当欲しい……。
私はPOPに書かれた内容を見つめる。
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【御生誕記念お弁当】
あくあ様、カノン様のご友人達が考案したメニューが入ってます。
・天我先輩の実家で収穫されたお米を使った筍ご飯。
・黛慎太郎の黛家直伝の和三盆の甘いだし巻き玉子。
・猫山とあの猫も飛びつくほど美味しい鯛の塩焼き。
・雪白えみりの天ぷら盛り合わせ、謎の草天ぷらを添えて。
・森川楓が実際に釣った鰹から作った鰹の削り節が入ったきんぴら。
・桐花琴乃のお母さん直伝の煮炊き物の盛り合わせ。
・月街アヤナが漬けた半月型のお月見沢庵。
・小雛ゆかりの九条家直伝、柏の葉で包んだ京都の草餅。
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うん、絶対に美味しいじゃん。
えっ? スタッフのお弁当分はお昼に食べるように別で確保してるって!?
やったー! 本部の人達が気を利かせてくれたんだと心の中で感謝する。
『開店15分前です。一部の従業員の皆さんは所定の場所にお集まりください』
ついに始まるんだ。
私は身だしなみを整えると、藤百貨店の中でもエースしかつける事が許されないプラチナのネームプレートつける。
「よし、いくか!」
気合いを入れた私は一階に移動して朝礼に参加すると、扉を開けるために入り口に移動する。
うわ、すごい。もう御生誕おめでとうの垂れ幕が降ろされてる。
「皆さん、長らくお待たせしました。只今より藤百貨店新宿店を開店します!! 専用のスタッフが待機列を誘導しますので、ゆっくりとお入りください。それと出口は西側のタクシー乗り場と東側のバス停がある二つだけとなっております! 南側の入り口からは出られません!! お帰りの際はご注意してください!!」
外で並んでいたお客様達からは大きな歓声が沸く。
時間と同時に私が扉を開けて固定させると、歴戦の掲示板民達がチラシを手に持ったままゆっくりと移動する。
すごい。この短期間の間に配られたチラシから、みんな買いたい商品をピックアップして赤ペンで丸をしてる。
まるで競馬や競艇、競輪などの賭場に毎回わざと負けに来ている優しい人達みたいだ。
「すみません。化粧品売り場のこれはどこにありますか!?」
「ご案内致します」
素早く動きつつも恥ずかしくない優雅な所作でお客様を化粧品売り場の一角に案内する。
「こちらが白銀あくあ、カノン様ご夫妻と誕生したお子さん達をイメージしたルームフレグランスのセットになっております」
この商品は香水と違って、自宅で使えるルームフレグランスのセットになってあるのがポイントだ。
普段、香水を使わない人でも使えるようにも買えるように、私の部下の1人と調香師さんが何度も打ち合わせして作った商品らしい。
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【ルームフレグランスセット】
・Dyed in silver white/白銀に染まる
あくあ様に抱きしめられた時の香りを再現するために、奥様方の意見を参考に作られたルームフレグランス。
アンバーグリスのスモーキーで塩っぽい香りに、ムスクの温かな甘い香り、そしてイングリッシュベアーの瑞々しいフルーツの香りが混ざったオスみの強い匂いになっております。
・Princess has a sword/プリンセスに剣を
ヘブンズソードが好きなカノン様をイメージして作られたルームフレグランス。
カノン様をイメージするような華やかなバラとリリーの香りと甘いパチョリの匂いがベース。その一方で、油断をしたら喉元に剣を突きつけられるようなピリリとした刺激的なスパイシーな香りの一面も持っています。
・Son of the sun/太陽の息子
あくあ様、カノン様の双子の男児をイメージした香水。
光り輝くような未来をイメージしたウッディ系の自然の香り。
・Daughter of Promised Victory/約束された勝利の娘
あくあ様、カノン様の双子の女児をイメージした香水。
周りから可愛がられるような子供らしいシャボン系の優しい香り。
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ちょっと待てい!!
今、初めてまともに商品名を見たけど、嗜……カノン様の娘を勝手に掲示板沼に引き摺り込もうとするな!!
全くもう。めでたいからって浮かれすぎて調子に乗りすぎでしょ……。
「うひひ、嗜みの娘が次の検証班になった時、このルームフレグランスで弄ったろ!」
ん? お客様、いま、何か言いましたか?
私は入り口でお客様に渡したお買い物カードをスキャンすると、既に包まれた商品が入った紙袋を手渡す。
一個ずつ会計をしてるといつまで経っても終わらないので、今回のセールでは、先に商品を渡して特設会場でお買い物カードを渡して会計をするシステムになっている。
お客様は会計が終わると出口を出るための許可証が発行されるので、それをスタッフの待機している出口でスキャンして退店するという仕組みになっているらしい。
「すみません。下着売り場はどこですか?」
「コンシェルジュさん。ベビー用品売り場ってこの階でしたっけ?」
「あ、あの〜。チラシに書かれていたカノン様、あくあ様セレクトの服はどこですか?」
「子供のおもちゃ売り場ってこの上の階ですか?」
お客様に囲まれていっぱいいっぱいになっている新人を見つけた私は、笑顔でお客さんを1人ずつ丁寧に捌いていく。
私も新人の頃だったら、もうこの時点で慌ててたんだろうなあ。
少しはあの頃憧れた先輩達のように私も仕事ができる女性になったのだろうか。
「ありがとうございます。先輩!!」
「いいのいいの。それと、3階が人手たりてないみたいだからヘルプに行ってあげて」
「ハイっ!」
頑張れ新人。私は若い子の背中を優しく押して見届ける。
さてと、次は……。
「すみません。特設ギャラリーってどこにありますか?」
「ご案内しますね。どうぞ」
私は息を吐く暇もないまま、次のお客様を特設ギャラリーに案内する。
ここにはあくあ様とカノン様の子供の誕生を記念した芸術家達の作品が集められているそうだ。
その中でもやはり一番注目されているのが、白銀あくあ画伯が美術の宿題で提出した絵だろう。
私もお客様をご案内するついでにあくあ様の描いた絵をチラ見する。
何これ?
私はお客様の前だというのに、一瞬だけホゲった顔をしそうになった。
「これがあくあ様の書いた絵か〜」
「タイトルは港区で話題のバナナスイーツを食べるメリーさんとえみり、だって」
「ええっ!? これがメリーさん!?」
「これ羊じゃなくてドバイのヤギだろ!」
「このぐへってる顔はえみり様というよりも捗るじゃね?」
「バナナ? え? バナナ?」
「どっからどう見ても、ドバイのヤギと捗るが港区で変な事をしているようにしか見えねぇ」
「なるほど、これが今、SNSを騒がせてる港区の女子がドバイにヤギのミルクを絞りに行ったらってやつか……」
あれ? そんな話だっけ?
それって確か、掲示板でだいぶ前に捗るが言ってた謎のバイト募集に飛びついたらドバイに飛ばされて、そこでいつものようになんやかんやあって子供を助けて、その親の大富豪に気に入られてヤギをプレゼントされたって話だよね。
そういえば、あの時の話に出たヤギってどうなったんだっけ?
捗るがどこかの牧場にあげたって言ってたような気がするけど、忘れちゃった。
「はあ、疲れたぁ……」
昼の3時過ぎに私は遅めの昼食を取る。
くっ、黛君がレシピを書いた甘めの卵焼きが五臓六腑に染み渡るわ。
後、姐さんの煮炊きとチンスキの鰹節きんぴらも良い。ホッとする味で心が落ち着く。
それをオカズにして天我先輩の筍ご飯を掻き込む。
『それではもう一度、お昼の映像を振り返りましょうか』
『ええ、そうですね。こういうのはもう何度だって見ても良いですから』
休憩室のテレビにみんなが一斉に視線を向ける。
すると双子の赤ちゃんを抱いたあくあ様とカノン様の様子が映し出された。
へぇ、この辺はスターズ王室の慣習に合わせたのかな。
ていうか、朝の5時過ぎに出産して、お昼の12時に子供を抱いて綺麗な姿で表に出てくるとかカノン様凄すぎ。
私は妊娠も出産もした事ないからわからないけど、妊娠と出産を経験した店員達がすごすぎるって騒いでた。
「普通、ヘロヘロになっちゃうよね」
「ね。とてもじゃないけど、みんなに顔なんて見せられないよ」
「男子には悪いけど、大多数の女性にこれは無理だから」
「スターズ王室っていうか、カノン様達が特別なんだよ」
ふーん、そうなんだ。
私は双子の顔を見て将来が楽しみになる。
ていうか、あくあ様の息子、金髪に青い目じゃん……。
リアル夕迅様の誕生だって掲示板で騒いでそう。私は直ぐに掲示板をチェックする。
うん、やっぱりな。そうだと思ったよ。ちくしょう。私も書き込みたい!!
「んぐっ、んぐっ……ごっくん。はぁ、午後も頑張りますかぁ」
私は小雛ゆかりの柏草餅を頬張ると、補給地から最前線の戦地に復帰する。
忙しく動き回っている内に時刻は19時30分、閉店まで30分を切った。
ここで買い物をしているお客様達も一瞬だけ手を止める。
あ、花火の音だ。そういえば日本全国、至る所で今日の夜は花火を打ち上げるってお昼のニュースで言ってたっけ。多分、明治神宮外苑あたりでやってるんだろうな。
見たかったなあと思っていたら、スタッフの人が気を利かせて店内の大型ビジョンにその映像を映してくれた。
すご、花火だけじゃなくて有明の方じゃあドローンショーとかもやってるんだ。
うちもここから長期的なセールに入るけど、どこもかしこも1ヶ月近くはお祝いが続くんだろうなと思う。
「みんな、閉店まであと30分だから、気合を振り絞って頑張りましょう!」
「「「「「ハイっ!」」」」」
私はバックヤードでヘロヘロになっていた子達に気合を入れる。
ほら、しゃんとして。世界でもトップだと自負している百貨店の社員として、お客様にだらしのない姿を見せてはダメよ。
途中、本店の様子も聞いたけど、やはりあくあ様が一番最初にイベントで来たここは特別なのか、お祝いを兼ねて尋常じゃないくらいの人が集まっていたから、今年入ったばかりの子達はきついだろうなと思った。
でも、これも成長の機会だと思って無理しない範囲で頑張ってほしい。本当にきつい時は、すぐにカバーできる私達先輩がいるしね!
「終わったー!」
「みんな、お疲れ様。よくやったわ!!」
現場に出ていた支店長が1人ずつに声をかけて労っていく。
さすが、支店長クラスになると朝来た時と同じくらい整ってるわね。
ジャケットにもシワひとつ入ってないし、髪の毛やメイクだって乱れてない。
本当にまるで今来たばかりのようだ。
「帰り、竹子でラーメン食べて帰ろ」
「わかる。コッテリしたいの食べたいよね」
「あんた達、明日もあるんだからニンニクはダメよ!」
「捗るが考案したらしい生誕記念の乙女の大勝利ラーメン食いてぇ」
「何それ!? そんなのあるの!?」
「あぁ、竹子も生誕記念やってるんだ。竹子おばちゃん、あくあ様の電話番号知ってるもんね」
「こりゃあ、竹子も混んで入れなさそう。大人しく焼肉にしようかな」
「だから、明日もあるから匂いがきついのはダメだって言ってるでしょ!」
私はみんなが話してる事に耳を傾けつつ、ロッカールームで身だしなみを整える。
ふぅ、私もどこかで何か食べてから帰ろうかな。
「それじゃあ、みなさん。また、明日」
「お疲れ様です」
「今日はありがとうございました!」
「先輩、明日もお願いします!」
私は藤百貨店新宿店を出ると、大通りを歩いて白銀キングダムを目指す。
直ぐにタクシーを拾っても良かったけど、少しでもお祭り騒ぎの余韻を楽しみたいと思ったから歩く事にした。
テレビでは各局で特番を組んでいるのか、eau de Cologneのみんなが出産を祝うライブをしている映像が大型エキシビジョンに映し出される。
『まことに申し訳ありませんでした!!』
その一方では今朝、野球をしていたらしい総理がテレビでいつものように謝罪をしている姿が別のビジョンに映し出される。うん、全く反省してないよね。
どうやら、その野球も今日のテレビで急遽番組の内容を変更して放送されているらしい。掲示板にそう書いてあった。
白銀キングダムの中にいる誰かが確実に録画してるだろうから、あとで見せてもらおうっと。
「あ」
新宿周辺で適当にご飯を食べようと思ってたのに、気がついたら結構な距離を歩いちゃってたな。
えーっと、こっちの辺に美味しいパスタのお店とかなかったっけ?
私は小道を通って目的のお店に行く。
「あ、あれ?」
道間違えた? いや、あのパスタのお店、私が最後に行ったのって大学生の時だからもう潰れちゃったかも。
東京って入れ替わり激しいから、老舗じゃないと気がついたら違うお店になってる事が多いんだよね。
私はその帰り道に屋台があるのを見つける。
ラーメンの屋台かぁ。さっきみんながラーメン竹子の話してた時から、私も本当は塩気のあるこってりしたのが食べたかったんだよね。うん、やっぱりパスタよりラーメンよラーメン。
私は暖簾をくぐって席に着く。
「あれ? もしかして仕事終わりですか?」
「あ」
あくあくあくあ様ぁ!?
私は隣の席に座っていたあくあ様へと視線を向ける。
「ど、どうしてこんなところに!?」
「ああ、実はさっきまで今後のスケジュールとかの調整の話し合いをしてて、今、ちょうどその帰りなんですよ」
そっか、そうだよね。ライブツアーもあるんだっけ。
中止にしても誰も怒らないと思うけど、あくあ様は絶対にファンを悲しませる事はしないんだろうなと思った。
「もしかして藤百貨店にヘルプに行ってたんですか?」
「はい」
「すみません。俺のせいで忙しくさせちゃって……」
「いえいえ、元はと言えばうちが勝手に乗っかているだけなんで、あ、改めておめでとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
私達はお互いにペコペコと頭を下げる。
「良かったら、俺が奢りますよ。好きなの頼んでください」
「それじゃあ、こっ……この、あっさり味のシンプル夜鳴きそばでお願いします」
こってりを食べようかと思ったけど、明日の事を考えてあっさりにした。
嘘、あくあ様は気にしないだろうけど、あくあ様の横でニンニク臭い女の子になりたくなかっただけです。
時間にして十数分だけど凄く楽しい時間でした。
「それじゃあ、今から白銀キングダムに帰るんですね」
「あ、はい」
「それなら俺のバイクの後ろに乗っていってくださいよ。俺もちょうど帰るんで」
「えっ?」
い、良いんですか?
もしかして私、明日死ぬんじゃないんだろうか?
いや、もうこのままベッドの中で眠りながら死んでしまったとしても幸せかもしれない。
ラーメンを食べ終わった後、私はあくあ様のバイクの後ろに乗せてもらって、白銀キングダムに帰る。
本当に夢みたいな時間だった。
風呂ネキ、読唇術ネキ……もし、私がこのままベッドの上で死んだら骨を拾ってくれ。
私は自分の部屋に入った瞬間、ベッドの上にばたんと倒れ込んでそのまま眠りについた。
さぁ、よく寝て明日からも頑張ろうっと。
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