白銀あくあ、戦力外通告を宣言された男達。
ついにカノンの陣痛が始まった。
そうか、俺もついに父親になるのか……。
ここまでのことを思い出すと、色々と胸の奥から込み上げてくるものがある。
「う〜〜〜っ」
「カノン、大丈夫か!?」
陣痛で苦しむカノンに俺は寄り添う。
くっ、妻であるカノンがこんなにも苦しんでいるのに、俺は側で見守る事しかできないのかよ!!
ああ、俺はなんて無力な男なんだ。
「あ、あくあ……お願い……」
「カノン、何だ!? 俺にできる事があったら、なんでも言ってくれ!」
俺はカノンの手を握り締め返すと、彼女の口元に耳を近づける。
カノンのために何かしてあげたい。その気持ちで一心だった。
「い……いきんでる顔を見られるのとか、声を聞かれるのが恥ずかしいから、あんまり見ないで……」
カノン!?
俺がカノンの手を握りしめて固まっていると、後ろから小雛先輩に背中を突かれる。
「女心よ。わかってあげなさい」
あの小雛先輩に女心がわかるんですか!?
なんて野暮なツッコミはしない。
俺はカノンの手を離すと、ゆっくりと立ち上がってその場を少し離れる。
するとすぐにえみりがカノンの元へと駆けつけた。
「カノン、大丈夫か? お前のママがついてるから安心しろ!」
「いつから、えみり先輩が私のママになったんですか! もう! ううっ」
いつものようにえみりにツッコミを入れるカノンは少しだけ笑みを見せる。
やはりえみりの存在はカノンの中でとても大きいようだ。
えみりに続いて、琴乃と楓の2人もカノンに寄り添う。
気心の知れた3人が側に居るのはカノンにとっても良い事だ。
「カノンさん、ひっひ、ふー、ひっひ、ふー、ですよ!」
「こ、こういう時こそパワーだ。パワー出産でどうにかしろ!」
◀︎パワー出産ってナニ?
若干、楓が出産する時が不安になる。
子供がスポーン! と、飛び出てこなきゃいいけど……。
「しっかりするのよ。カノン! 私がついてるわ!!」
「姉様、ファイト」
ヴィクトリア様とハーちゃんに手を握られたカノンは少しだけ落ち着いた顔を見せる。
それに続いて後見人を務めてくれていたキテラさんや、メアリーお婆ちゃんもカノンに声をかけた。
「聖母になるのです。カノン」
「大丈夫、みんながついてるわ」
俺はカノンから少し離れたところでその様子を見てソワソワする。
すると、小雛先輩が何故かグローブとボールを持って俺に近づいてきた。
「ほら、ここは私達に任せて、あんたはお外でキャッチボールでもしてきてなさい。子供が産まれたら呼びに行ってあげるから」
「は、はひ……」
何も言い返せなかった。だって、ここに居ても俺にできる事が何もないのだもの。
俺は白銀キングダムの病院区画から出ると、独りで壁あてを始めた。
深夜に妻が苦しんでいるというのに、俺は一体何をしてるんだろう。
そんな事を考え始めた頃に、誰かがこちらに近づいてくる気配を感じた。
もしかして、もう産まれたのか!?
俺は足音が聞こえてきた方向に顔を向ける。
「後輩!」
「天我先輩!? どうしてここに!?」
グローブを手に装着した天我先輩が俺にボールを要求する。
まさか、妻が妊娠している時に呑気に独りで壁当てしかできないこの俺と一緒に、キャッチボールをしてくれるんですか!?
くっ! 天我先輩、ありがとうございます!!
俺は深夜に天我先輩と一緒にキャッチボールを始める。
「えっ? 春香さんもきてるんですか?」
「ああ、むしろ我は春香ねぇのおまけで呼ばれて、小雛ゆかりさんに後輩のキャッチボールに付き合って欲しいと言われてな……」
何でも春香さんが助産師の資格を持っているらしく、女の子達だけで事前に作っていた出産グループチャットで一報を受けて、何か力になれればと慌てて駆けつけてきてくれたそうだ。
ありがとう春香さん、本当にありがとう!! 俺は彼女の優しさに心から感謝する。
俺と天我先輩が黙々とキャッチボールに勤しんでいると、更にそこから2人のメンバーが増えた。
「ねぇ、ところで、なんでキャッチボールなの?」
「僕もわからない」
俺と天我先輩の隣で、とあと慎太郎の2人がキャッチボールを嗜む。
男4人、深夜の四時過ぎに仲良くキャッチボールである。
何を言っているのかわからないけど、俺も何一つこの状況がわかってないので問題ないだろう。
「慎太郎、とあ、2人ともありがとな……」
「気にするなよあくあ! 僕達は親友だろ!」
「まぁ僕達はお母さん達のおまけだけどね」
どうやら出産を経験しているママーズの皆さん方もカノンのために駆けつけてくれたらしい。
かなたさんと貴代子さんの付き添いで来てくれたとあと慎太郎も、深夜にも関わらず俺と一緒にキャッチボールをするために集まってくれた。
くっ! 俺は男同士の熱い絆に涙を流す。
お前ら、ごめんな。BERYLを、いや、ベリルエンターテイメント自体を引っ張っているこの俺が、妻が苦しんでる時に何もできずにキャッチボールなんかしてる無様な姿を見せちまって、本当に申し訳ねぇ!!
「なぁ、孔雀。はじめ。なんで俺達もキャッチボールしてるんだ?」
「聞くな。丸男。キャッチボールに集中しろ」
「わわっ、ボール逸れちゃいました! すみません」
小雛先輩、キャッチボールの相手は1人で十分ですよ。
一体、何人の人に声をかけたんですか!?
「おい、ノブ。何で俺達もここにいるんだ?」
「野球やるには、人数が足りないからだってですってよぉ」
「石蕗さん行きますよ」
「任せろ賀茂橋さん!」
すみませんすみません!!
うちの小雛先輩が混乱して、俺のキャッチボール相手に色んな人に連絡を入れちゃったみたいで、本当にごめんなさい!!
「とあ様とミスターあくあのキャッチボールだと!? おっふ……」
「あっ、理人さん、そっちに行きましたよ」
「任せてください。弾正さんも行きますよ」
「はーい」
小雛先輩、いくらなんでも呼び過ぎです!!
1番から9番に加えて代打に守備固め、中継ぎに抑えに監督まで揃っちゃったじゃないですか!!
俺たちが楽しくキャッチボールをしていると、小雛先輩を先頭にした女性陣が厳しい表情で近づいてきた。
ま、まさか、カノンに何かがあったのか!?
俺たちの間に緊張が走る。
「小雛先輩、どうしたんですか?」
俺の言葉に小雛先輩や後ろにいるインコさん、羽生総理の表情が厳しくなる。
「私たちも一緒よ。こんなにいても邪魔だし意味ないってぇ!!」
俺は小雛先輩に手を伸ばすと、固い握手を交わす。
どうやら戦力外通告を宣言されたのは俺だけじゃなかったようだ。
人数が増えた事もあり、俺達は近くの大きな広場で深夜の四時過ぎから草野球をする事になった。
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関東アクアダイスキーズ
1番 遊撃 白銀あくあ
2番 二塁 猫山とあ
3番 三塁 黛慎太郎
4番 投手 天我アキラ
5番 捕手 小林大悟/モジャさん
6番 一塁 小田信久/ノブさん
7番 左翼 赤海はじめ
8番 中堅 黒蝶孔雀
9番 右翼 山田丸男
監督 雪白弾正
控え 玖珂理人、内海隼人、石蕗宏昌、賀茂橋一至、只野小路
関西アクアイテマエーズ
1番 中堅 樋町スミレ/鞘無インコ
2番 遊撃 加藤イリア
3番 三塁 玖珂レイラ
4番 DH 小雛ゆかり
5番 一塁 雪白美洲
6番 捕手 羽生治世子
7番 左翼 城まろん
8番 右翼 黒上うるは
9番 二塁 月街アヤナ
先発 那月紗奈
監督 天鳥阿古
控え 鷲宮リサ、胡桃ココナ、白銀らぴす、来島ふらん
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オーダー表を見た俺は目を見開く。
相手チームの外野陣が全員デカいだと!?
3人とも長い距離を走ったり、跳んだりしてバルンバルンに揺れるのに、そんなのが許されていいのか!?
って、こんな時にまで何を考えているんだ。俺は!!
「プレイボール!」
こうして戦力外を通告された俺達の哀しくも熱い戦いが始まった。
「インコ、ナイス!!」
「いいよいいよ! 盗塁狙ってこー!」
内野安打で出塁したインコさんが一塁から二塁への盗塁を狙う。
地元の小学校でフォーミュラセブンの一人と言われていたインコさんは足が速いんだよな。
「イリア、お前のパワーなら行けるで!」
「イケイケ、イリア! オセオセ、イリア!」
続くイリアさんがホームラン狙いで大振りをしていく。
パワーがあるから簡単にフェンスを超えてしまいそうだ。
しかしここは天我先輩のコースを突く丁寧な投球と、モジャさんの配球でイリアさんをうまく三振に仕留める。
なるほど、イリアさんはパワーがある反面、バットコントロールはあまり良くないようだ。
ただ、イリアさんが空振りしてる間にインコさんが盗塁で二塁に進塁してしまう。
「きたで、日本が誇る大女優クリーンナップや! うちをしっかりホームに帰してや!!」
「うおおおおおおお!」
よく見ると周りに観客が集まってきていた。
どうやら他のスタッフ達もカノンの出産が始まったと聞いてソワソワして眠れないらしい。
「この3人にバラエティで野球やってもらったら、どれくらいの予算がかかるんだろう……」
「この人達、なんでバラエティ番組でもないのに野球やってるんですか?」
「それを言うなら、なんで深夜の四時過ぎに、それもカノン様が出産で大変な時に野球やってるんだろう……」
「おい。普通にテレビで流すか、ネットで配信した方がいいんじゃないか?」
仕方ないだろ!!
俺だって、いや、俺達だって、叶う事ならカノンの側で見守っていたい!!
でもな!! 俺達は球団……じゃなくて、救急団から戦力外を通告されちまったんだよ!!
居たらみんなの邪魔になるんだから草野球するしかないだろ!!
「レイラ、よく繋いだわよ!」
「ナイスだ、レイラくん!」
くっ。観客が増えて挙動不審になった天我先輩の投球が少し乱れて、レイラさんにヒットを許してしまった。
これにより1アウト、1、3塁、ヒット一本で点が入る状況になってしまう。
「あとは4番の私に任せなさい! でっかいホームランを叩き込んでやるわよ!!」
小雛先輩はチャンスの場面にも関わらず緊張する素振りもなく、自然体でバッターボックスに立つ。
さすがは大女優だ。判断も早いがメンタルが強い!
しかし、強いのはメンタルだけだった。
「三振! バッター、アウト!」
「もおおおおおお! なんで変化球なんて投げるのよ! ストレートで勝負しなさいよ!!」
小雛先輩、この状況で全球ストレートを投げる人なんていませんって。
天我先輩とモジャさんの2人で小雛先輩を仕留めた一方で、レイラさんにも盗塁を許してしまう。
これにより状況は2アウト、2、3塁になった。
少し大きめのヒットが出たら、1点どころか2点入ってしまう。
「美洲、頼んだわよ!!」
「美洲様、お願いします!!」
「ああ、任せておけ!」
普通に美洲お母さんを応援する小雛先輩を見てほっこりした気持ちになる。
なんなら、最近は喧嘩してても結構仲良い感じだし、2人とも俺が思っている以上に上手くやってるんだと思う。
「いった!」
「回れ回れ!!」
美洲お母さんは小雛先輩やレイラさんの期待に応えてライト方向に大きなヒットを放つ。
ライトの丸男がすぐにボールを拾って投げるも、インコさんに続いてレイラさんもホームに帰ってくる。
「美洲、あんたやるじゃない!」
「流石です。美洲様!!」
ベンチで小雛先輩とレイラさんの2人がハイタッチして喜ぶ。
さすがだよ。美洲お母さん。それにしてもこの大女優クリーンナップ。小雛先輩以外は普通に打つからやばいな。
これで2アウト2塁。点差は関西アクアイテマエーズが1回の表から2点を先行する形になった。
「総理、男の子相手に本気になっていいんですか!?」
「今日のニュース番組で男子相手に大人気ないって追及されますよ!」
そんな外野の観客からの野次を気にする事もなく、羽生総理が普通にヒットを打つ。
うん、この人なら普通に打つだろうなと思った。
状況は変わらず2アウト2塁だが、関西アクアイテマエーズとの点差は3点に広がってしまう。
「よーし、これで明日の謝罪案件ができたぞ」
「ずるいぞ。総理!」
「謝罪するためにヒット打つな!」
くっ! せめて俺のところに飛んできてくれたらいいのだが、さっきから全然俺のところにボールが飛んでこない。
俺はバッターボックスに立ったまろんさんに念を送る。
「まろん先輩頑張ってー!」
「まろんも続くのよ!」
まろんさんがバットを振った瞬間、目の前の光景がスローモーションになる。
な、なんだ、あの横揺れは!? バット以上のとんでもない凶器だ……。
ゆっくりとした世界の中で、まろんさんの振ったバットがヘロヘロピッチングになった天我先輩のボールを捉える。く、くる!
俺は凄まじい反射神経で横っ飛びすると、本来であればそこを抜けて外野に飛んでいく球をダイレクトでグローブの中に収めた。
「うおおおおおお!」
「きたー!」
「あくあ様、運動神経良すぎでしょ」
「3点差ならまだどうにかなるよ!!」
とにかく塁に出て1点でも多く返していくしかない。
バッターボックスに立った俺は、なつキングに調子を掴ませないように初球から振っていく。
「いったー!」
「二塁打だ!」
「打球音やば!」
確実に一点を取っていくためにホームラン狙いでも良かったが、塁に人をためてプレッシャーをかけつつ繋がる野球をした方がなつキングに対してプレッシャーをかけられると思った。
続くとあがヘルメットを被ってバッターボックスに立つ。
ここでバントを選択したとあのおかげで、俺は三塁に進塁する。
1アウト、三塁、次のバッターは慎太郎だ。
「慎太郎、お前ならできるぞ!!」
「ああ、任せろ親友! 必ずお前を返して見せる!!」
慎太郎……お前、頼もしくなったな!!
外野席から淡島さんや睦夜さんも手を振って慎太郎を応援する。
「うおおおおおおっ!」
慎太郎は粘りのバッティングからポテンヒットを放つ。
センターのインコさんと、レフトのまろんさん、ショートのイリアさんの悪夢トリオが落ちてくるボールに対して、誰がキャッチするかでお見合いしてしまったせいだ。
ホームにヘッドスライディングで帰ってきた俺は、みんなのおかげで一点を返す事に成功する。
「慎太郎、お前ならやってくれるって信じてたぞ!!」
俺の声援に慎太郎は照れくさそうな顔をする。
やっぱり俺の親友はカッケーわ。
「ありがとう後輩達、我も続くぞ!!」
天我先輩は宣言通りにヒットを打つ。
さすがです。天我先輩。チャンスに大振りして三振してたどこかの先輩とは大違いですよ。
これにより1アウト、ランナー1、2塁になった。
ホームランを打てば一打逆転である。
「モジャさんいけー!」
「モジャさんがんば!」
初回から打ち込まれて焦ってきたなつキングを羽生総理が配球と声かけでうまくリードする。
うまく嵌められたモジャさんはゴロを打ってアウトになってしまうが、慎太郎と天我先輩が二塁から三塁、一塁から二塁にそれぞれ進塁した。
「ノブ、頼んだぞ」
「まっかせなさいよぉ!」
ノブさんは持ち前のパワーで無理やり外野に持っていく。
ライトのうるはがなんとかボールを拾って、ぶるんぶるんと揺らしながらホームに返球したが間に合わなかった。
「やったー!」
「同点だ!!」
慎太郎と天我先輩のホームに帰って来た事で俺達、関東アクアダイスキーズは関西アクアイテマエーズに追いついた。
しかも一塁にはノブさんが残ってる。
「はじめ、いけー!」
「お前ならいけるぞ!!」
はじめは気合の入ったバッティングを見せるが、うまくゴロに打ち取られてしまった。
「続けなくてすみません!」
「どんまいどんまい! 気にするな。プロでも毎回打てるやつなんていねーから!」
「うんうん、同点に追いついたんだし、OKでしょ!」
「次、しっかり、締めよう!」
1回裏ですぐに3点を返して追いついた俺達のチームの雰囲気はすごく良かった。
波載った俺達は2回表も8番のうるはと9番のアヤナをフライとゴロで綺麗に打ち取る。
「くっそー! 振ったらあかん球に手出してもうた!!」
ストライク先行でうまくカウントを稼いだ天我先輩とモジャさんは、中から外に逃げていく変化球でインコさんにバットを振らせて三振に仕留めた。
「くっそ、なんでカノン様出産の裏でこんな面白いイベントやってるんだよ!」
「野球ファンの私、普通に面白い試合で困惑中」
「なぁ、これってやっぱり配信した方がいいんじゃね?」
「後で見れなかった人達のために、松葉杖部長が放送用のカメラで録画してたよ」
続く2回の裏、俺達の攻撃は孔雀からはじまる。
1番の俺に確実に打席が回る事を考えたら、なんとかして孔雀と丸男には塁に出て欲しい。
しかし、そうは思惑通りに進まないのが野球だ。
落ち着きを取り戻したなつキングが、圧巻のピッチングで孔雀と丸男の2人を三振に仕留める。
良くない流れだ。だからこそ俺はここで一発を狙いに行った。
「いったあああああああああ!」
「ホームランだ!!」
「あくあ様、東京ラビッツの外野とサード空いてますよ!! 打順は4番の本岡の前か後ろでおなしゃす!!」
「いやいや、あくあ様は東京は東京でもラビッツじゃなくてツバクローズでしょ!! 今ならあくあ様のために全ポジション空けてお待ちしております!!」
「むしろSLBに行こう! ロサンゼルスドヤーズのサードとレフトも空いてますよ!!」
1回の裏ですぐに3点差を追いつき同点になった俺達は、すぐさまに2回の裏で逆転に成功した。
動揺したなつキングは続くとあにボテボテのゴロでヒットを許すも、羽生総理に声をかけられたなつキングはなんとかピッチングをまとめてさっきタイムリーを打った慎太郎を見事に打ち取る。
「よし、みんなでこのリードをしっかり守ろう!」
「「「「「おーっ!」」」」」
3回の表、天我先輩は目の良いイリアさんにフォアボールを与えて出塁させてしまうものの、緩急を織り交ぜた丁寧なピッチングで続くレイラさんをうまく外野フライに仕留める。
これで1アウト1塁。続くバッターは4番の小雛先輩だ。
小雛先輩は打席に入る前にチームのみんなを鼓舞する。
「ほら、みんなもっと声出して! なんとかして根性で追いつくわよ!!」
4番の小雛先輩は先ほどの打席とは違って、大振りせずにコンパクトなバッティングで粘りを見せる。
その粘りに押し負けた天我先輩の失投を、チャンスにドチャクソ強い小雛先輩は見逃さなかった。
「よっしゃー!!」
「追いついたー!」
小雛先輩のタイムリーヒットで関西アクアイテマエーズに追いつかれる。
ていうか、イリアさんはっや! どうやらイリアさんはパワーだけじゃなくてスピードもあるようだ。
一塁から猛ダッシュで二塁、三塁を駆け抜けて爆速でホームに帰ってきた。
「あのさ、フィジカルだけならイリアとここにいないけど森川もプロでやれるくね?」
「だから今のツバクローズなら全ポジション空けて待ってるって言ってるじゃん」
天我先輩は同点に追いつかれるも、力投をしてさっきタイムリーを放った美洲お母さんと羽生総理から立て続けに三振を奪う。
うおおおおおお! 天我先輩かっけー!
俺はエースの背中をポンと叩く。
「すぐに逆転しましょう!」
「ああ、もちろんだとも!」
3回の裏、天我先輩から始まる攻撃は天我先輩が見事に打ち取られるも、モジャさんがヒットを放ち、1アウト1塁になる。
しかし、ノブさんがボール球を振らされて、2アウトに追い込まれてしまった。
「はじめ、いいぞ!」
「よく見た!!」
良くボールを見ていたはじめは、賢くフォアボールを選択して塁に出た。
2アウト1、2塁の状況で後続の孔雀は粘り強くヒットを放って後ろの丸男に繋げる。
状況は2アウト満塁、丸男がバッターボックスに立つ。
ここで丸男がヒットを打つか、押し出しのフォアボールになれば、さっきホームランを打った俺に打順が回ってくる。
「いったか!?」
2アウト、満塁、フルカウントの状況で丸男のバットがなつキングのボールを捉えた。
しかし、ショートを守っていた加藤さんの超反応でヒット性のライナーをダイビングキャッチされてしまう。
「惜しい!!」
「両チーム、ショートだけプロ野球レベルなの草」
「やっぱりあくあ様とイリアの運動神経と身体能力おかしいって」
俺は肩を落として帰ってきた丸男を抱き寄せて鼓舞する。
「すみません。俺が打っていればあくあさんに回ったのに……!」
「大丈夫大丈夫! さっきのはイリアさんがすごかっただけだから。次は打てるぞ!!」
野球の面白いところは、こちらの満塁のチャンスを潰され後に相手が満塁になる事が多々ある事だ。
まろんさん、うるは、アヤナに立て続けにヒットやフォアボールを許した事で、ノーアウト満塁になってしまう。
監督の弾正さんは慌ててタイムを取り、俺達はマウンドに集まる。
「天我先輩、苦しかったら交代してもいいですよ」
「いや、この回だけは最後まで投げさせてくれ。責任は我が取る!」
エースがそういうなら、俺達がやる事はひとつしか無い。
みんなでしっかり守って一つずつ丁寧にアウトを取っていく事を確認し合う。
その結果、1番のインコさん、イリアさん、レイラさんといった強力な上位打線を見事に内野フライ、内野ゴロ、三振に打ち取った。
次の4回裏は俺の打席からか。よし、ここは一発打って同点に追いついておくか。
「おい、総理、卑怯だぞ!」
「嘘だろ!? あいつ、あくあ様に申告敬遠しやがったぞ!!」
「謝罪だ謝罪!」
外野からブーイングが飛ぶが、俺は声を抑えるように観客席にジェスチャーを送る。
申告敬遠も戦略の一つだ。
それと申告敬遠を決めたのは総理じゃなくて阿古さんだと言っておく。まぁ、総理の日頃の行いが悪いからそう見られてるんだろうけどさ……。
続くとあ、慎太郎が粘りのバッティングを見せるものの、なつキングも粘りのある力投で2人を抑える。
「うおおおおお!」
「天我先輩きたー!」
ここで4番の天我先輩がホームランを打って逆転に成功する。
天我先輩、俺は4番に天我先輩がいるから1番を打てるんですよ。
俺は先にホームベースを踏むと、後からやってきた天我先輩とハイタッチする。
「やっぱ、あくあ様の先輩は天我先輩しかいないんだよ!」
「この2人がやっぱりBERYLを引っ張ってるんだなって……」
「ごめん嗜み。もう多分誰も嗜みの出産のこととか忘れてると思う。私も忘れてた」
続くモジャさんが打ち取られるものの、俺達は4回で点数を6点に伸ばして逆転に成功した。
次の回からは両軍共にピッチャーを交代して、うちのチームのピッチャーだった天我先輩は一塁に移行して、一塁だったノブさんがレフトに回りはじめがDHに移行した事で内野がBERYLの4人で埋まる。
ここからはお互いに継投に次ぐ継投と代打によりシーソーゲームを繰り広げていく。
5回、6回、7回、8回と手に汗を握る熱い戦いが続いた。
「ゆかり、いったれー!」
「ゆかり先輩、頑張ってー!」
9回表、スコアは10対10の同点、2アウト満塁で4番の小雛先輩に打席が回ってきた。
打席に入る手前で小雛先輩はショートを守る俺にバットを向ける。
「あくあ! 勝負よ!!」
「わかりました!」
真剣勝負を希望した小雛先輩に俺も応える。
「ピッチャー、内海隼人に代わりましてショートの白銀あくあが入ります!」
内海さんはそのまま俺が守ってたショートに入る。
一打リードの場面での師弟対決、周囲の観客席からも大きな歓声が沸く。
140km台のストレートをストライクに決めた俺は、フォークやスプリットなどの変化球を投げられるにも関わらず全球ストレートで勝負に出る。
140km台後半、150、150km台前半と徐々にスピードを上げていった俺は155kmのストレートで追い込むと、最後は100マイルのストレートで小雛先輩を三振に仕留めた。
「あくあ様、SLBがあなたを待ってます!!」
「ラビッツでもツバクローズでもドヤーズでも先発の枠空いてまよ!!」
「こうなるのわかってて、それでもあくあ様を指名する小雛ゆかりはやっぱりわかってるわ」
「それに応えて一切手を抜かなかったあくあ様もさすがだよ」
「あ、5時だ。もう朝じゃん」
「みんな少しでいいからカノン様の事を思い出して」
続く攻撃は途中から5番に入った理人さんからだ。
さっきホームランを打った理人さんは途中からピッチャーに入った総理にうまく抑えられるも、続く6番に入った石蕗さんに粘りのバッティングで塁に出る。
7番のはじめもそれに続くが、8番の孔雀は粘った末に三振になった。
2アウト、1、2塁の状況で、満塁時にイリアさんのスーパープレイでアウトになってしまった丸男に打順が回ってくる。
「あくあさん、見ててください。俺が絶対にあくあさんに繋ぎますから!!」
「ああ! 頼んだぞ!!」
俺は丸男の背中を叩いて送り出す。
丸男はその期待に応えて、今度はイリアさんの上を抜く見事なヒットで満塁にした。
ここでピッチャー総理に代わって、ノーコンだが速球の投げられるイリアさんがマウンドに上がる。
「勝負よ。あくあ君!」
「ああ、もちろんだ!!」
イリアさんは90マイル以上の速球を真ん中に放り投げていく。
しかし程よく荒れ球なせいか、思った以上に合わせにくい。
俺はバットを振らされて2ストライクまで追い込まれてしまった。
ここで勝負を決めるイリアさんの豪速球がストライクコースに入ってくる。
「くっ!」
バットがボールに当たる瞬間、これじゃあ詰まってただのフライになってしまうと確信した。
うまくバットコントロールして流すべきか。それともファールにして、次の球で勝負すべきか?
いや、人生においてチャンスなんてそうない。
俺なら、白銀あくあなら、このチャンスを、たった一球を、仕留め切ってこその白銀あくあだろ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
アキオさんが言っていた。
鍛えた筋肉は俺を裏切らないって。
武器なんて意味ない。結局最後に信じられるのは己の肉体、パワーこそが全てだと!!
俺は強引にパワーだけでイリアさんの快投をフェンスの向こう側へと持っていった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「サヨナラ満塁ホームランだあああああああ!」
「やっぱり最後はあくあ様なんだよな」
「小雛ゆかり達のチームも頑張ったよ」
「いやー、面白かった面白かった」
「だからお前ら、少しはカノン様の事を思い出して……」
俺はホームに帰ってくると、チームメイトのみんなと抱き合って喜ぶ。
その後は、整列して相手のチームに礼をすると、お互いに健闘を称えあう。
いやー、本当にいい試合だった。
そこに血相を変えた揚羽さんが飛び込んでくる
「総理! なんですかこの乱痴気騒ぎは!? って、そんなのはどうでもいいんです! あくあ様、どこにいますか!?」
お、俺? ここにいますよー!!
揚羽さんは俺の顔を見つけると満面の笑顔を見せた。
「う、産まれました! 母子共に健康です!! 双子の赤ちゃんですよ!!」
俺は周囲に居た2人の先輩と顔を見合わせる。
「うおおおおおおおおおお! う、産まれた!」
「こ、後輩落ち着け! 後、おめでとう!」
「そうよ。一旦深呼吸して!! それと、おめでとう!!」
周囲に居た人達が俺に祝福の言葉を投げかけてくれる。
俺はそれに対して感謝の言葉を返した。
「胴上げだ!!」
総理の一言で俺はなぜか両チームから胴上げされる事になった。
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
って、こんな事してる場合じゃねぇ!!
いや、そもそも野球なんかやってる場合じゃなかったんだよ!!
俺は汚れた服を着替えて消毒すると、慌ててカノンの元に駆けつける。
「頑張ったな、カノン!! ありがとう。本当にありがとう!!」
「うん……!」
俺はカノンを労うと、産まれたばかりの子供2人へと視線を向ける。
カノア、アノン、お前達もよく生まれて来てくれた!
俺は少しだけ自分の子供を抱かせてもらうと、感動で涙がこぼれ落ちそうになる。
前世で夢半ばで死んだ俺がまさか家庭を持って、子供まで授かるなんて思っても居なかった。
「みんな、俺、頑張るからな。これからも、もっともっと頑張るから」
「ふふっ、あくあは今以上頑張らなくていいよ。今くらいで十分だから、ね」
そ、そうか?
俺の嫁さん、優しすぎだろ……。
「カノン、本当によく頑張ったな。今はしっかり休んでくれ」
「うん、またあとでね」
俺はカノンをもう一度労うと、その場から離れる。
さてと、記者会見もあるし、これからまた忙しくなるぞ!!
俺は気合を入れると、さっき野球していた仲間達の待っているところへと、この感動を伝えるために戻っていった。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
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