白銀カノン、眠れない淑女たちに贈る夜の調べ。
私はベッドに入ると、えみり先輩とくくりちゃんのラジオ配信が始まるのをなんとも言えない気持ちで待つ。
本音を言えば楽しみだけど、それ以上にえみり先輩が何を言い出すか不安になる。
そんな事を考えていると、2人がラジオ配信を予定していた時間を迎えた。
『ご機嫌よう、みなさん。本日の番組の司会を担当させていただく皇くくりです』
『ご機嫌よう、みなさん。本番前にあわててお花を摘みに行った、もう1人の司会を担当させていただく雪白えみりです』
『『さぁ、眠れない淑女たちに贈る夜の調べが始まりますよ〜』』
あっ、始まった。
私はちょうどいい具合に音量を調整する。
『いや〜、ついに始まりましたね。玉音放送が』
『ちょっと!? えみりお姉ちゃんはいきなり何を言ってるの!?』
えみり先輩、いきなりスレスレのラインから攻めてくるのやめてもらえますか?
声の向こう側でくくりちゃんの慌てふためく姿が想像できる。
『いや、そもそも番組のタイトルが長すぎるんですよ。もう皇くくりの玉音放送でいいんじゃない? そもそも、眠れない淑女たちに贈る夜の調べってなんなんですか!?』
『だからその名の通り、夜、眠りについたはいいけど、中々眠れない人達にぐっすりと休んでもらえるような癒しのトークを提供するのがこの番組のテーマだって言ったじゃないですか。もしかして、えみりお姉ちゃん、説明聞いてないの!?』
どうせ、お花摘みに行って聞いてなかったんでしょ。
あっ、ほらね! そうだと思った!!
『ぐっすりと眠れるようなトークって言っても、具体的にどういう話をすればいいのかわかんないんだけど……。この配信を聴いてるカノンが、今日、何色の下着を穿いてるかを当てるクイズでもする?』
そんなくだらない事をラジオ配信で全国に向けてしないでよ!!
しかも、ソレどうやって答え合わせるの!?
もおおおおおおおおおおお!
『えーとですね。トークのテーマについては専用フォームやFAXで募集するそうです。なので、配信サイトからコメントで質問投げかけてる人はダメですよ〜。ちゃんと専用フォームから送ってください』
あっ、くくりちゃん、普通にスルーした。
うん、それが絶対に正解だよ。
楓先輩が言ってたけど、えみり先輩のトークを拾うのは基本1割でいいから。
『おっ、もう結構きてるじゃん。どれどれ……あっ、これなんかいいんじゃない?』
『どれですか? あ、できたら読み上げてください』
あっ、私が送ったのが読まれるかも!
私はドキドキした気持ちでラジオに耳を傾ける。
『私はクラスメイトのみんなからもよく落ち着きがないって言われます。どうやったら2人みたいな落ち着いた女性になれますか? ナッツ&ツリーさんからの質問です』
くくりちゃんはわかるけど、えみり先輩が落ち着いた女性? 私はベッドの中で首を傾ける。
もしかしてみんなには幻影というか、謎の靄がかかって理想のえみり先輩が見えているのかな?
『なるほど……。私の場合は、そうですね。今みたいに、会話にワンテンポ入れて遅らせたりする事で、考える時間を作るんです。これは何にしてもそうだけど、あえてワンテンポ遅らせて自分のタイミングを作る事で、落ち着いた感じの印象を相手に見せる事ができるんじゃないでしょうか』
うんうん。私も子供の頃に、そのやり方を勉強させられたよ。
貴族だったり華族だったりする人がゆっくりと喋るのって、基本的にそうした方がいいからなんだよね。
逆にあくあとか小雛ゆかりさんみたいに、ライン超えた発言しても、本当に踏んだらまずいギリギリのラインは超えない範囲で面白い事を即レスできるのは、元からの才能がないと無理だと思う。
これは2人の頭の回転の速さと、言葉の取捨選択が正確で早いからできる事なんだよね。
そう考えると、どっちもできるえみり先輩は物凄くハイブリッドだなぁと思った。
『えみりお姉ちゃんからは、ナッツ&ツリーさんに何かアドバイスがありますか?』
『会話に困った時は無言で微笑みましょう! ソレで大体誤魔化せるし、余裕のある女性に見えます!!』
あー……。確かにえみり先輩って、困った顔で微笑んで誤魔化すの良くやってるよね。
えみり先輩が、こういう小賢しいテクニックをたくさん知ってるのは、今までずっと猫を被ってきたからなんだろうなっていうのがすぐにわかった。
『なるほど……あとは事前に想定できる範囲内の事であれば予め準備しておくとかも良いかもしれませんね。相手が喋ってる時に頭の中で考えをまとめるとか。ナッツ&ツリーさん、参考になりましたでしょうか? よかったら、明日から実践してみてくださいね』
『間違っても国営放送の森川アナウンサーとかを参考にしちゃいけませんよ!』
普通、国営放送のアナウンサーって民放のアナウンサーよりも落ち着いてないとダメなんだけどね。
まぁ、楓先輩はそういう次元でアナウンサーやってないから別に良いのかな。でも、対あくあの時だけは他のアナウンサーの人たちより落ち着いてるんだよね。
『それでは次の質問はFAXにしようかな。名も無き民さんからの質問で、えっと……お二人に質問です。あくあ様について、ここだけの話を教えてください!! だ、そうです』
『うーん、それってプライベートの話? それとも、お仕事に関しての話?』
質問したの絶対に掲示板民でしょ!
あと、この手の質問はすごく多いんだろうなあと思った。
『どうしよう。私、あくあ先輩のお仕事についてはあんまりわかんないかも』
『じゃあ、私があくあ様のお仕事についてのとっておきのマル秘話をするから。くくりはプライベートのあくあ様について話をしたらどうかな?』
あくあのお仕事に関してのとっておきのマル秘話!?
すやすやと寝てる場合じゃない!
私は慌ててベッドから上体を起こす。
『うーん……白銀キングダムに居る時の話ならえみりお姉ちゃんも知ってるだろうし、えみりお姉ちゃんも知らない学校に居る時のあくあ先輩の話とかどうですか?』
『いいね。乙女咲の生徒達は情報のリテラシー高いから、BERYLのメンバーやアヤナちゃんとか、後輩のイリアさんやヒスイちゃん、くくり達が喋らないと、そういう情報が出てこないもんね』
そうなんだよね。
杉田先生もそうだけど、2Aの生徒達はすごくガードが硬い。
2Aにはあくあだけじゃなくて黛くんやとあちゃん、私やアヤナちゃんもいるのに、中で起きた情報が全くと言って良いほど外に漏れない。
普通、高校生の女子なら、もっと自慢したって良いはずだけど、インターネットマスターのこの私がネットを巡回しても、そういう情報が漏れているのは確認できなかったんだよね。ただ、自称同級生の嘘垢が嘘情報を拡散してたので、それだけはちゃんと叩き潰しておいた。
『この前、あくあ先輩がうちのクラスに来たんだけど、多分寝ぼけてたのかな……。私のクラスって、去年まであくあ先輩達が使ってた教室だから、普通にその……前、自分が使ってた場所に多分、着席しちゃったんですよね。それで、その席に座ってた子が後から学校にやってきて固まるっていう』
『あはは! その子には可哀想だけど、あくあ様ってたまに天然でやらかす時あるよね。この前も寝ぼけてたのか、カノンと間違えてヴィクトリア様を溺愛したりとか……』
急に溺愛されてびっくりしたお姉様が物凄く慌てたっけ。
そこまではよかったんだけどね。
カノン……もしかして、おっきくなった? は余計な一言だと思うよ!!
まぁ、寝起きで間違えちゃったから仕方ないんだけどさ!!
『後、うちのクラスにフェアリスの加藤イリアさんが居るんですけど、イリアさんに真剣な顔で小雛先輩の弱点について聞いてましたね』
この前、授業が終わった後にふらっと居なくなった時があるけど、そんな事してたんだ……。
『で、あくあ様は小雛パイセンの弱点を掴めたんですか?』
『ホラーが苦手から、パッと見、ホラーに見えないホラーゲームをチョイスして、2人で一緒にプレイしたらどうって話をしてました』
このラジオ、多分、小雛ゆかりさんも聞いてると思うんだけど、あくあは大丈夫かな?
後で多分、ううん、確定で怒られるよ。
『小雛パイセンのホラーゲームとか、ホラゲー好きのリスナーからすれば需要しかありませんからね。そういえば、その小雛パイセン絡みで一つ。あくあ様と小雛パイセンで恋愛もののドラマか映画やるんじゃないかって話を聞きました』
『えっ!? えみりお姉ちゃん、それラジオ配信で言って大丈夫なやつ!?』
あくあと小雛ゆかりさんで恋愛もの!?
誰が脚本を書くのか知らないけど、絶対にヒット間違いなしじゃん!!
ていうか、えみり先輩はどこからそういう話を仕入れてくるのよ……。
『大丈夫大丈夫、そういう話があるってだけだから。それと、あくあ様はOKだけど、小雛パイセンは脚本がよければねって濁してるらしいんだよね。私もいくつか脚本を見せてもらったんだけど、志水キスカ先生が書いてた普段はかっこいい極道の姉御が年下の男の子の可愛さに振り回される話とか、白龍先生の親が再婚したらキラキラのアイドルやってる義理の弟が出来ましたって話とかすごくよかったですよ。あっ、司圭先生が書いてたモテない女性主人公が、イケメンなのにヤンデレストーカーのあくあ様に異常なほど執着される話も良かったですね』
よし、全部しよう。
大丈夫。スポンサーならすぐに見つかるから。
私とおばあちゃんと、蘭子さんが一番組ずつ枠を買い取って冠スポンサーになれば全部できるでしょ。
『司先生は相変わらずやばいですね……』
『もう、止まるんじゃねぇぞって感じです』
恋愛ものは需要があるのに供給がすごく少ないジャンルだから、この2人がやればヒット間違いなしだと思う。
それに、普段から対等な関係にあるあくあと小雛ゆかりさんの恋愛ものはいいと思うんだよね。
普通の恋愛ドラマだと、大体は男性が女性に養われる側だけど、この2人なら逆の関係とか対等な関係の恋愛模様が描けるんじゃないかな。
巨匠3人の脚本が明らかになってるのに、小雛ゆかりさんが首を縦に振らないっていうのはそういう事なんだろうなと思った。
『それではどんどんいきましょう。えぇっと……ツノオニさんからの質問で、最近、年齢を重ねてきて時間にも金銭にも余裕ができてきたから自分磨きをする時間が増えました。お二人は自分磨きのためにやってる事はありますか? 男性から魅力的だと思われる女性になるためにはどうしたらいいですか? だそうです』
『いい質問ですね〜』
スターズに居た時、幼い頃から半強制的に習い事をさせられていた私は、そういう意味での自分磨きはあんまり好きじゃないんだよね。だって、自分の時間なんてほとんどないし。好きじゃない事もやらされるんだもん。
ただ、習った事は全部意味があったし、私が王女として恥ずかしくない立ち振る舞いをするのに必要な事だったから、それをさせてくれた事にはすごく感謝してるけどね。
この2人も生まれた環境は私と似てるし、そういう意味じゃ、2人がどう思ってるのかすごく気になるかも。
『正直な話、私はちょっと習い事とか苦手なんですよね。ただでさえ祭祀とか公務で自由な時間がほとんどないのに、余計にそういう時間とか減っちゃうじゃないですか。でも、あくあ先輩のおかげで華族が廃止になって、今はそういう環境から解放されて、自分の時間が増えてすごく嬉しいです。ただ、やっておいて良かったと思う機会も多いので、教えてくれた先生達にはすごく感謝してるし、その時間は自分にとってはすごく有意義でした。ツノオニさんは時間に余裕ができたと言ってるので、その時間の中で自分がやってみたい事をやってみるのがいいんじゃないでしょうか。それか、仕事に活かせそうな事とか……私はお手紙を書く事が多いので、習い事で毛筆とか硬筆をやってたのはすごく良かったですよ』
やっぱり! くくりちゃんも同じだよね。
私はくくりちゃんの言葉に何度も頷いた。
『自分磨きというと習い事って思っちゃう人も多いけど、別に習い事じゃなくて自分磨きってできると思うんですよ』
『例えば?』
くくりちゃんからの質問に、えみり先輩が少しだけ間を置く。
大丈夫かなぁ。えみり先輩が間を置いて改めて話す時って大抵ろくな事を言わないんだよね。
『いいですか? 女性の魅力は、何も外見や外側だけの事じゃありません。ちゃんと内面も磨いてキレイにならないといけないんです』
あー、確かに。
食生活とか睡眠とかを改善して、内面から自分を綺麗にする努力を続けるのはいいと思う。
『私も自分の内面を磨くために、日々、意識してる事があるんですが……皆さんはちゃんと女だって事を意識して生活してますか?』
女である事を意識か……。
そうだよね。そこはすごく重要だと思う。
『私なんて需要ないから。もう、20代後半だし、いいよね。そうやって諦めてる全ての女性に言いたい。この世には、あのあくあ様がいるんですよ!! 生きてたら、ワンチャンあるかもしれないって思わしてくれる男の子が無防備に、そこら辺を歩いてるんです!!』
うっ……正論すぎて何も言い返せない。
確かに、あくあって、存在だけでもうほとんどの女性を救ってるよね。
この前も、俺のストライクゾーンはブラックホールより広いって言ってたり、白銀あくあのターゲットにならない女性、この世にいない説って特別検証番組までやってたもん。
『普段からちゃんと自分が女性である事を意識して歩く事が重要なんです。目の前の曲がり角を曲がったら、あくあ様と遭遇してそのまま見初められるかもしれない! この階段を降りたら、あくあ様と運命的な出会をしちゃうかも!? そう考えたら、私達に油断してる暇なんてないんですよ!!』
あー、うん。わかるよ。
もしかしたら、あくあに会えるかもって考えたら、すごく楽しい気持ちになるよね。
気の持ち方ってすごく重要で、メンタルが整ってくるとその影響が良い意味で表情にも出る。
そう考えると、えみり先輩の言ってる事は1番の自分磨きかもしれない。
『だから私は、日頃からずっと女である事を意識して生活しています。ツノオニさんも、明日からはちゃんと自分の内面を意識して生活してみてくださいね』
『なるほど、ありがとうございます。それではこれで最後のお便りになるのかな? ええっと……もう直ぐママになるさんからの質問で、今、妊娠中なんだけど、出産後が心配です。ちゃんとママになっても旦那様は私を愛してくれるでしょうか? 良かったら、何かアドバイスをください。だ、そうですよ』
あっ、私が匿名で送った質問だ。やったー!!
最後に読まれてすごく嬉しい!!
『心配しなくてもあくあ様なら愛してくれるよ。だから、お前は安心して抱かれておけ。カノン!!』
ちょっとぉ!?
わざわざ捨て垢で送ったのに、なんで私だって断定して喋ってるの!?
確かに送ったのは私だけど、なんでわかっちゃうのよ。もおおおおおおおおお!!
『えっ!? これ……カノンさんからのお便りなんですか?』
『いや、知らん。もし、カノンだったら今頃悶絶してそうで面白そうだなと思って、カマかけてみました。てへっ! カノン以外の人からの質問だったらごめんなさい』
てへっ! じゃないでしょ!!
見事に騙されちゃったじゃないのよ。うわああああああああん!
私はベッドの中で悶絶する。
『じゃあ、カノンさんじゃなかったとして、えみりお姉ちゃんはどうするのがいいと思いますか?』
『私も妊娠してるから調べたけど、まずは体型を戻す事じゃないかな』
だよね。私も、出産後のトレーニングメニューとか組んでもらってるし、頑張らなきゃって思う。
あくあはそのままでもいいって言ってくれるかもしれないけど、あくあにそんな姿を見られる私が嫌だもん。
『くくりからは、何かアドバイスがある?』
『……やっぱり、可愛い服を着たりとかして、夫婦だけど彼氏彼女の延長なんだよって感じを出すとか? ごめんなさい。私、まだ高校生になったばかりだし、妊娠した事も誰かと交際した事もないからあんまりいいアドバイスができなくて』
ううん。そんな事ないよ。
夫婦だけど彼氏彼女の延長っていうのはものすごく同意したいもん。
確かに私はママになるけど、いつまで経っても2人の時は結婚前のような雰囲気でいたいなって思ってる。
『それじゃあ、今度のくくりの誕生日には、私からあくあ様の好きそうな服をプレゼントするよ』
『えぇっ!? 本当ですか……?』
『あれ? 嫌だった?』
『嫌……じゃないですけど、私に着こなせるかな……。頑張ります』
ふふっ、えみり先輩はそういうセレクトは上手だから任せておいていいと思うよ。
なんか知らないけど、あくあの好みを的確についてくるのを選んでくるんだよね。
『それでは皆さん、御機嫌よう』
『また、お会いしましょう』
こうして、えみり先輩とくくりちゃんの初めてのラジオ配信が終わった。
一時はどうなるかと思ったけど、特に問題もなくいい感じだったと思う。
私も眠くなってきたので電気を消すと、そのままベッドの中に潜り込んで眠りに落ちた。
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