杉田マリ、生徒との距離感。
なし崩し的に白銀との将来を約束した私は悶々とした日々を抱えていた。
「杉田先生おはようございます」
「ああ、おはよう黒上」
白銀には卒業までの間、生徒と教師の関係である事を約束させたものの、私だって教師である前に1人の女性だ。
男性との交際に全く興味がないわけではない。むしろ興味はある!!
「ご機嫌よう。杉田先生」
「おはよう。鷲宮」
黒上、鷲宮……それに、胡桃を含めた3人は既に白銀との交際を開始している。
3人が恙無く白銀との交際と学業を並行してできるように、担任の教師としてしっかりとサポートしていくつもりだ。
「マリちゃんおはよ〜!」
「胡桃、廊下は走るなよ! あと、おはよう!」
……それはそうとして、3人はもう既に交際と開始しているんだよな。
やっぱり白銀とのデートは特別なのだろうか。
あの白銀が2人きりになった時を想像したら……いかんいかん、また悶々してしまうところだった。
『ねぇ、聞いた?』
『何々? 白銀くんの話?』
前にクラスの女子たちが話していた内容を偶然にも聞いた事がある。
『あくあ君ってさ……女の子と2人きりになるとやばいんだって』
『やばいってどういう事!? そもそも、それ、どこ情報よ!?』
いけないとはわかっていても、女としての本能で私は生徒達の話を盗み聞きをしてしまった。
だって、私も一応その……白銀と将来的には交際する事になるんだし。
『カノンさん情報だから間違いないよ。距離感がぐっと近くなって、甘い雰囲気になるんだって』
『えー!? それってカノンさんに対してだけじゃないの!?』
『いやいや、ココナちゃんやリサちゃんを問い詰めても同じ事言ってたよ。うるはちゃんには笑顔で誤魔化されちゃったし、アヤナちゃんには逃げられたけど……』
『アヤナちゃんかわよ!』
2人きりになるとより甘くなるだと!?
ただでさえ、あの攻め攻めの白銀がよりグッと距離が近くなる事を想像したら、顔が真っ赤になりそうだった。
「はあ……」
朝のSHRが終わった私は職員室にある自分の席に座ると、小さくないため息を吐く。
だめだ。切り替えよう。夏休み明けにこんな浮ついた気持ちになるなんて、自分が受け持つクラスの生徒達にも失礼だ。
私は気を紛らせるように、一心不乱に片付けないといけない雑務に手をつけていく。
「ん?」
これは……ああ、黒魔術同好会が学内で怪しげなミサを開いてた件についての苦情か。
確か、うちの生徒である千聖クレアが生徒会と並行して黒魔術同好会に所属していたはずだ。
中学生や高校生の女子は一定数、こういうのにハマっちゃう子がいるんだよな。
後で千聖に話を聞いてみるか。
「で、こっちは……月街のスケジュールか」
白銀と月街の2人は男女のトップアイドルだから、事前に事務所からスケジュールが送られてくる。
黛、猫山を入れた4人とも学業優先だが、ライブツアーなどでは学校を休んで前乗りする事がほとんどだ。
それに合わせて4人にはオンラインでの追加の授業が必要になってくる。
「そういえば……白銀カノンの医師から出産予定日の連絡があったな。ええっと……」
ああ、そうか。確か、事務局に書類を預けたままになったな。
私は席から立ち上がると、預けていた書類を回収するために事務局へと向かう。
その道中に通りかかった……というよりも有事の際を考えて職員室の隣に作られた自分のクラスを横目に確認する。
「ええっと……それじゃあ元気よく手をあげてるあくあクンにお手本を見せてもらおうかな?」
「ハイっ!」
外国語を担当する七星エレナ先生に指名された白銀は元気よく立ち上がる。
白銀は授業態度も真面目だし、テストの点も悪くない。
ただ……何故か警察に厄介になったり停学したりするんだよなぁ……。
私は黒板に書かれた文字へと視線を向ける。
なるほど、初対面の人とのトークか。
白銀は何度かスターズに行ってるし、こう言うのには手慣れていると思う。
「Do you remember me? We met in a dream yesterday, right?」
白銀の言葉を聞いて私はずっこけそうになる。
何が「俺の事を覚えてる? 昨日夢で会ったよね」だ!!
エレナ先生が26歳のハーフでダイナマイトステイツボディだからって、ナチュラルに授業中に口説いてるんじゃない!!
「I haven't seen you.」
「Well, I'm coming to see you this evening and I need to know where you live.」
私は白銀の言葉を聞いて頭を抱える。
白銀はどうしてこんなにもナチュラルに「じゃあ、今晩君に会いにいくから、どこに住んでるか教えて」って聞けるんだ……。
言葉の意味のわかってるペゴニアさんは耐えきれずに吹き出した。
おーい、白銀。お前の斜め後ろにいる白銀カノンと、反対側の斜め後ろにいる月街と、お前の後ろの席に座っている猫山がみんなしてお前をジト目で見つめているぞー。早く気がつけー。
「ふふっ、あくあクンは女性を誘うのがとっても上手なのね。みんなに素晴らしいお手本を見せてくれてありがとう」
「いえいえ。エレナ先生のためなら俺は放課後の資料作成まで手伝いますよ!!」
はぁ、さすがはエレナ先生だ。
星条旗が書かれたビキニが似合いそうな体つきをしてるのに、あの白銀に対してもちゃんと線を引けている。
同じ教師として、いや、1人の女性として見習いたいよ。
「それじゃあ、次はクレアサン!」
「Would you like to pray with me?」
千聖おおおおおおおおお!
実家が教会だからって、ナチュラルに宗教の勧誘をするんじゃない!!
だ……だめだ。急にうちのクラスの生徒達、括弧一部がものすごく不安になってきたぞ。
まさか他の先生達の授業でもご迷惑をかけてないだろうな……。後で一通り授業風景をチェックしておくか。
「oh YES!」
エレナ先生もイエスしちゃダメでしょ!!
まぁ、あっちはスターズ正教の人が多いからそれが当たり前なのかな……。
私はそのまま自分の教室を通り過ぎると、事務局で預けていた書類を受け取った。
「杉田先生、生徒の事は大丈夫なんですが、先生もちゃんと休みを取ってくださいね。ただでさえ夏休みに白銀あくあさんの件で休日出勤してるんですから」
「あ、ああ、そうだったな。忘れてたよ。それじゃあ、白銀の件で出勤した日の代替え休日はこの日で頼む」
ちょうど、授業で使う資料を作成するために纏まったお休みが欲しいと思ってたんだ。
いいタイミングで休みが取れてよかった。
「杉田先生……まさかとは思いますが、休みの日に働かないでくださいね。資料作りとかも業務の一環なんですから、そういう日もちゃんと学校外業務として申請してください。後で先生のクラスの生徒達にチェック入れますよ」
「わ、わかってますよ。は、はは……」
どうしてバレたんだろう……。私は笑顔で誤魔化す。
「あぁ、それと杉田先生って水泳部の顧問の1人でしたよね? まだ、鍵が返却されてないみたいなんですが……」
「わかった。もしかしたら鍵が置きっぱなしになってるかもしれないから見てくるよ」
事務局を後にした私は、プールのある場所に向かう。
うん、普通に鍵が開きっぱなしになってるな。
私は女子更衣室に入ると、ロッカーの一つに鍵が置かれたままになっていたのを見つける。
やれやれ、最後の確認はちゃんとしろと言ったのに、どうやら随分とおっちょこちょいな生徒がいるようだな。
「ん?」
私が更衣室を出て帰ろうとした時、ロッカーの一つに誰かの水着が残っているのを見つける。
やれやれ、誰の忘れ物だ……? 私は手にとってつまみ上げた水着を見て固まってしまう。
「せ、星条旗ビキニ……だと?」
ま、まさか、これはエレナ先生の忘れ物か?
私はエレナ先生の水着を手に持った状態で周りを見渡す。
まだ授業中だし、普通に考えて誰もいるわけないよな……。
私は何を思ったのか、エレナ先生が忘れていった星条旗ビキニに着替える。
「ふ、ふむ……。わ、私もまだまだ捨てたものじゃないな」
普段から運動してるし、我ながら結構いいんじゃないか?
って、そうじゃない!! いくらなんでもこれは授業で使っていい水着じゃないだろ!!
鏡を見て冷静になった私は水着を脱ぐと、元の位置に戻す。
「はぁ、私は一体、何をやってるんだろう……」
プールの鍵を事務局に返した私は、職員室に戻って小さなため息を吐く。
こんなにも集中できてないのは、きっと明日予定されている授業のせいだろう。
私は近くにある時間割に視線を向ける。
【保健】
保健の授業は国の法律でその日の最後の授業にする事と決められている。
授業は男女別の教室で行われるが、女子と違って男子が保健の授業を受ける事はない。
ただ、うちのクラスの白銀、猫山、黛は真面目だから、帰宅せずに個室でビデオ学習を受けている。
白銀は今回もビデオ学習を選択するのだろうか……?
男子の保健の授業は、何もビデオ学習だけじゃない。
今回は夏休みが明けて最初の保健の授業だ。
白銀がどういう選択をするにしろ、私もそれとなりに覚悟を決めておかないとな……。
結局、この日も私は悶々した気持ちを抱えたまま1日を過ごした。
そしてこの後家に帰った私は、今度は眠れずに苦労する事になるがそれはまた別の話である。
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