小雛ゆかり、浮気裁判。
ベリルインワンダーランドの大広場に、急遽裁判のセットが組み立てられていく。
よくこんなセットが都合よくあったわね……。えっ? 近隣のテレビ局内にあるスタジオから持ってきた?
そういえばこのセット、どこかで見た事がある気がする。
「それでは開廷します! 被告人は前に出てください!!」
裁判官を務める羽生総理の一声であくあが証言台の前に出てくる。
「貴方のお名前はなんと言いますか?」
「白銀あくあです」
「生年月日はいつですか?」
「20XX年12月7日です」
「住所はどこですか?」
「えっと、東京都千代田区の白銀キングダムです」
一瞬、住所なんて言ったらやばいから止めようかと思ったけど、そもそもこいつの住所なんて全国民が知ってるから止める必要なんてないわよね。
「これから被告人の浮気事件について審理を始めます。原告の国選弁護人は起訴状を読み上げてください」
「はいっ!」
手を挙げた楓が元気よく立ち上がる。
なんで、あんたがそっち側なのよ!!
しかもそのスーツはわかるとして、視力が10だか20だかあるあんたにメガネなんていらないでしょ!!
私が総理へと視線を向けると、それに気がついた総理がウインクする。
なるほど……そういう事か。
裁判をするなら原告弁護人は絶対に必要。
故にこちらにとって一番有利な人物を国選弁護人として選んだってことか。
頼むわよ。楓。みんながあんたに期待しているのは、そのポンコツを遺憾なく発揮する事よ!!
「えー、被告人、白銀あくあは、白銀カノン、旧姓カノン・スターズ・ゴッシェナイト、元スターズ王女殿下と結婚する前より、別の女性との間に子供を作っていた疑惑が上がっています!!」
「異議あり!!」
スーツを着たえみりちゃんが立ち上がる。
ちょ、ちょっと、いくらなんでも早すぎない!?
「みなさん、ちょっといいですか?」
赤縁のメガネをくいっとさせたえみりちゃんは、周囲で見守る野次馬達の顔をぐるりと見渡す。
「そもそも我が国、日本では一夫多妻が法的に認められており、第一夫人であり正妻である白銀カノンさんも一夫多妻を了承しています。この時点で、被告人である白銀あくあ氏の浮気自体が問題ないと思われますが、みなさんはどう思われますか? それと楓パイセン、目がいい人がメガネをかけると逆に目が悪くなりますよ」
さっ、さすがよ。えみりちゃん!!
えみりちゃんの言葉に、周囲の野次馬達も同調するような声を上げる。
「んだんだ!」
「うちの嗜……カノン様の心と器は日本海よりでかいんだぞ!」
「そこはせめて太平洋にしてやれよ」
「いや、昔の嗜みちゃん大勝利時代は琵琶湖くらいだったぞ」
「おい! 滋賀県民に喧嘩を売るのはやめろ! それに、嗜みちゃん大勝利なんて言ってた時はそこら辺の水たまりくらいしか煽り耐性なかっただろ」
裁判が始まる前は嫌な予感がしたけど、これなら大丈夫そうね。
確かに隠れて子供を作ってたのを内緒にしてたのは、あいつにしては珍しいと思ったけど……本人も知らなかった風だったし、まだなんとも言えないわね。
この私だって、まぁ、いいかなって思うくらいの時は何度かあったし……って、そうじゃないでしょ!
コホン! 私の事はともかくとして、そういう事だってあり得ると思った。
「異議あり! これが事実であれば、被告人白銀あくあは白銀カノン氏と結婚するよりも前に、第一子を授かっている事になります。日本では、男性との間に強姦以外の方法で、その男性にとって初めての子供を産んだ場合、その第一子と母親にはいくつかの権利が保障されています。また、今回の話によっては、むしろ後から関係を持った白銀カノン氏との関係が浮気になる可能性もあるのではないでしょうか? あと、このメガネは伊達です。少しでも頭が良く見えるようにかけました! それと、お前が眼鏡をかけてるのだって同じ理由だろ!!」
ちょっと、あんた!!
いつもみたいなホゲはどうしたのよ!!
あんたは国営放送でやってるみたいに、目を点にして口を四角に開いてホゲ〜って言ってたらいいの!!
「異議あり! この眼鏡はただの伊達ではありません。ところでみなさん、ミニスカのパツパツスーツに赤縁メガネかけてる女の人って、よくないですか?」
知るか! ていうか、その異議ありは今一番どうでもいい。
えみりちゃんの言葉に、野次馬達もうんうんと頷く。
ちょっと! なんで訴えられてるあくあまで真剣な顔をして頷いてるのよ!!
こっちはすごく心配して上げてるのに、あんた実は結構余裕あるんでしょ!! 白状しなさい!!
「静粛に!」
裁判官である羽生総理が手に持った木槌、ガベルをコンコンと鳴らせる。
ちょっと! あんただって野次馬達と一緒になって頷いてたじゃない!
あんたはただ、そのガベルをコンコンさせたいだけでしょ! 絶対に!!
「被告人、貴方は本当に浮気したんですか?」
ほら! あんたもはっきりしてないって言いなさいよ!!
今、考えたけど、やっぱりあんたみたいなまっすぐな奴が、女の子に手を出して子供を作っておいて、その子供を放置しておくなんて絶対にありえないもん。
例えみんなが信じてなくても、この私は信じてるからね!!
「裁判官、俺は浮気なんてしていません」
あくあは真剣な顔で裁判官の羽生総理を見つめる。
うんうん、それでいいのよ。あんたは!
「裁判官……浮気というのは、浮ついた気持ちで相手の女の子に手を出す事です。俺はね……女の子に対して常に真剣なんですよ! だから俺が女の子に手を出すなら、浮気じゃなくて本気なんです!!」
「ちょっとぉ!?」
私は思わず声を出して席から立ち上がった。
こいつ、なんで自分から自分の首を絞めてるのよ!?
「流石です。あくあ様!」
「さすがは清純派アイドル。全てが清々し過ぎます!!」
「あ・く・あ! あ・く・あ!」
「これだからあくあ様のファンはやめられねぇんだ!」
「テレビの前の掲示板民はちゃんと録画録音したか!?」
「この空間内で慌ててるの小雛ゆかりしかいなくて草」
「あいつこういうとこ真面目だよな」
あくあは真剣な顔で瞬きひとつせず裁判官の目を見つめる。
もう!! あんたってば、その証言が自分にとって不利になるってわかってないの!?
まぁ、そこがあんたらしくていいと言えばいいけど……って、今はそうじゃないでしょ!
「なるほど……それでは被告人は、最初から彼女に手を出すつもりで近づいたわけなんですか?」
「いえ、残念ながら、自分にはその時の記憶がありません」
あくあは歯を食いしばりながら瞼を閉じると、本当に悔しそうな表情を見せる。
あんた、それ、絶対に行為の記憶がない事に対して悔しがってるでしょ!!
するとここで2人のやり取りを聞いていたえみりちゃんがもう一度手を上げた。
「裁判官、ちょっといいですか?」
「発言を許可します」
えみりちゃんは手元にあるタブレットを操作すると、後ろにある大画面モニターに何かの書類を映し出す。
「みなさん、目の前にあるモニターに映った白銀あくあさんの診断記録を見てください。そこに転倒による記憶障害、また記憶喪失と書かれてあるのが見えるでしょうか? あっ、少し文字が小さいですね。その部分を拡大します」
再びえみりちゃんがタブレットを操作すると、間違えてタブをスライドさせたのか別の画面に切り替わってしまった。
「おっ!」
大型ビジョンの映像を見た私は一瞬で真顔になった。
そこで映像が元の画面に切り替わる。
「すみません。別の資料を開いてしまいました」
今、音声と顔だけしか映ってなかったけど、どっからどう見ても黒蝶議員だったよね?
「被告人弁護の雪白えみりさん。その映像は後で国会に提出するように!」
「はい! わかりました!!」
野次馬達から大きな歓声が沸く。
あーあー、知らない。絶対に羽生総理もえみりちゃんも、後で酷い目に遭うわよ。
ていうか、さっきの絶対にわざとでしょ!!
「えー、改めてこの資料、病院からの正式な診察記録を見ていただければわかるように、今からおよそ1年と9ヶ月前にですね。白銀あくあさんは記憶喪失になっているわけなんです。子供の身長やお顔を見る限り、おそらく年齢は3歳くらいではないでしょうか? つまり、白銀あくあさんに記憶がないというのは事実であり、本人が知らなかったのも当然だと思われます」
「なるほど、よくわかりました」
ごめん。さっきの黒蝶議員の顔が頭にちらついて、何も頭に入ってこない。
えっと、記憶喪失だからあくあにとっても記憶がないって事でいいのかな?
となると……記憶を失う前のあいつがそこの女性と子供を作ったって事か……。
うーん、記憶を失う前のあいつの事がわからないから、なんとも言えないわね。
「被告人、本当に彼女と出会った記憶はないんですか?」
「はい! この俺が女性との事を忘れるなんて、そんなこと天地がひっくり返ってもありません!!」
だから、なんであんたは悔しそうな顔をしてるのよ!!
もおおおお! 真面目に心配してる私がアホみたいに見えるじゃない!!
「でも、2人が出会ってないと子供は産まれないでしょう! つまりそれは記憶になかったとしても、そういう事をした可能性があるんじゃないですか!?」
「いえ! 俺ならワンチャン、目があっただけでも女の子を妊婦さんにしてしまう可能性があります……!」
そんな事あるか!!
って、なんで誰もそこ突っ込まないのよ!!
もおおおおおおおお!
「裁判官、ちょっといいですか?」
「雪白えみりさん、発言を許可します」
えみりちゃんは再びタブレットを操作して映像再生モードに切り替える。
またさっきみたいな変な映像を流さないでしょうね? 私はえみりちゃに対して、ジトっとした目線で無言のプレッシャーをかけた。
少しして大型ビジョンの映像が切り替わると。首から上が見切れた女性のバストアップ映像が映し出される。
ちょっと! そこの被告人! ビジョンに映った女の子のが大きいからって真剣なフリしてガン見するんじゃない!!
ていうか、あくあじゃないけどこの膨らみ、どこかで見た覚えがあるのよね。
『え? 診察の理由ですか? この前のライブでその……目があったから、一応その、検査が必要かなと思って……。ごめんなさい。私、経験がないから、そういうのよくわからなくって……』
って、この声、琴乃さんじゃない!!
あんた、これが後でバレたら、本気で殺されるわよ!?
映像が琴乃さんから次の人に切り替わる。
『えっ? 高校生って、保護者の許可がないと検査薬を買えないんですか?』
『お嬢様、ここは私がお嬢様の代わりに検査薬を購入しましょう』
『ありがとうペゴニア。って、購入の理由ですか? あ……その、テレビ越しに目があったから、あるかなって』
あんた、めちゃくちゃ目線ズレてるじゃない! 絶対にわざとでしょ!!
そうじゃなくても、どっからどう見てもカノンさんとペゴニアさんだし、なんならペゴニアさんの名前も出てるし……あいつ、確実に死んだわね。
ここで再び映像が切り替わると、想定した通りの人物が出てきた。
『イテテ……腹が痛い。自分、この前のインタビューであくあ様と目があったから休んでいいですか?』
『バカ言ってないで早く病院に行きなさい! 後、貴女がお腹を痛めたのは、生焼けの肉を食ったせいでしょ、このお馬鹿! 何が肉は燻らせるだけよ! 普通にお腹を壊してるじゃない!!』
目隠しもしてない鬼塚アナと楓のバカなやりとりが映し出される。
あいつ、妊婦になっても生焼けの肉食ってないでしょうね。洒落にならないからやめなさいよ。
おバカなインタビュー映像が終わると、えみりちゃんは軽く咳払いする。
「というように、目があっただけでそうなる可能性は否定できません。が……私を含めた多くの女性達はあくあ様と目があったり、匂いを嗅いだり、言葉を交わしたりしましたが、それだけの事ではしませんでした。中にはお腹が膨れた女性も実際に居た女性も居たようですが、お医者様の診断により想像によるものだと認定されています」
だから、そんな事じゃしないって言ってるでしょ!!
「コホン! 話が少し逸れてきたので、ここまでの話の内容を私の方で簡単にまとめてみましょう」
うん、それがいいわよ。
あの2人が弁護人の時点ですぐに話が逸れるもんだもん。
「まず、子供の年齢を考えると、行為があったのはあくあ様の年齢が高校生以下、中学生の時だったと考えられます。そして皆さんも知っての通り、生殖細胞の提出義務は高校生以上の男子に課せられる事から、当時、中学生だった白銀あくあさんの生殖細胞が使われたという可能性もありません。実際に、私の最高権限を特記事例に則って使用し、直ちに記録を開示しましたが、記憶喪失以前の白銀あくあさんから生殖細胞を提供して頂いた記録は見つかりませんでした。えー、この件について白銀結さん、被告人の担当官から新たな証拠の提出があったようです」
軍服に似た搾精担当官の制服に身を包んだ結さんが証言台に立つ。
うん、今までのなんちゃって弁護人とは次元が違う。
彼女があくあのお嫁さんで本当に良かったと思った。
「先ほど秘密裏に子供とあくあ様のDNA鑑定をしたところ、血縁関係はないと証明されました。故に、私は被告人、白銀あくあの無罪を進言します!!」
ほらね!! やっぱりそうじゃない!!
結さんの宣言に、周囲の野次馬達から大きな拍手が起こる。
「うおおおおおお!」
「良かった。あくあ様の周りにもポンコツじゃない人がいたんだ!!」
「私は最初からあくあ様の事を信じてましたよ。ええ」
「まぁ、別に浮気してようがしてまいがどっちでもいいんだけどね」
「むしろ、あくあ様にはガンガン浮気してほしい。いや、本気で手を出してほしい」
ふぅ、これで一件落着ね。
ほら、あんたもホゲッとしてないで、結さんにお礼言っておきなさい!
「ちょっと待ってください! 本当に、何もなかったんですか!? ワンチャン、なんかあったりした可能性は本当にないんですか!?」
「なんで、あんたがワンチャンあった事にしたいのよ。このおバカ!!」
もおおおおおおおおお!
本当にこの子はおバカなんだから!!
「あ、あのぉ〜」
原告の母親がおずおずと手を挙げる。
「最初からずっと手を上げてるんですけど……私からもいいですか?」
「どうぞ」
原告の母親は申し訳なさそうな顔で周囲にペコペコしながら、証言台に立つ。
「えっと、その……私の娘があくあ様みたいな理想なパパが欲しいって、常日頃から言ってて……それでその、普通にパパって言っちゃっただけなんです。本当にごめんなさい!!」
なんだぁ。そういう事かぁ。は〜〜〜! 本当にこいつの隠し子いたのかと思って焦ったじゃない。
あ……うん。そういえば、うちに所属してるしぃちゃんもあくあの事をパパって呼んでたわね。
私とした事が焦ってその事を失念していた。
「奥さん、謝らないでください!」
あくあは母親に近づくと、その手をやさしく握りしめる。
あの顔……絶対に碌な事を考えてない顔だわ。
おバカな事を言い出したら、すぐに止めないと……。
「皆さん、もういいんじゃないですか?」
だから、何がいいのよ?
また、もったいぶって、どうせしょうもない事を思いついたんでしょ!
早く言いなさいよ!!
「もう、この世にいる全ての子供は俺の子供でいいんじゃないですか?」
私は両手で顔を覆って頭を抱える。
やっぱり。バカだ、バカだと思ってたけど、究極にバカな事を言い出した。
「わかります。私もこの国のすべての国民を自分の子供のように思っています」
そこ! 裁判官は普通に地上波使って、自分のイメージを向上させようとするな!!
「総理……いえ、裁判官。もう面倒くさいんで、フリーの女の子、いや、希望者はもう全員俺の嫁でいいですか? 俺ならもういつでもこのコスモと結婚して地球を抱く覚悟はできてますから」
あくあの発言に野次馬達が一斉に踊り出す。
ちょっと! 楓とえみりちゃんはもう結婚してるでしょ!!
妊婦なのに、野次馬に混ざって一緒に小躍りしそうになるな!!
後、総理はすぐに腹をしまいなさい!! 総理が地上波で腹躍りをしようとするんじゃないわよ!!
「流石です。あくあ様! つまり、この世にいる全ての女性は俺の女って事ですね!! 素晴らしい結審が出た事で、これにて裁判を閉廷します!!」
もおおおおおおおお!
そんな適当な事を言って! 後で絶対にカノンさんに怒られるわよ!!
私は慌ててテレビカメラを捕まえると、画面の向こう側で裸踊りしているであろうバカどもを睨みつける。
「言っておくけど、これは全部ネタだから! 本気にするんじゃないわよ。バカ!!」
全く、この私に尻拭いなんかさせて。後で本当に感謝しなさいよね!!
私は念を押して地団駄を踏むと、周囲の野次馬どもを威嚇しながら、これもテレビの企画だからと言ってなんとか全てをうやむやにした。
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