白銀あくあ、花火と言えば……。
散々ワンダーランド内で楽しんだ俺たちは、休憩を兼ねて食事をする事になった。
「いやー、それにしたってこのお店は雰囲気がいいですね」
「そうね」
俺はステージの上からサイバーパンク風のライブレストラン&ジャズバーの中をぐるりと見渡す。
ベリルインワンダーランド内のレストランやカフェなどは俺の意向で、ショーやライブができるようなステージを設置して貰った。
このレストランの客席は280席くらいしかないが、ファンとの距離感が近いのを売りにしている。
「それにほら、ここのレストランの雰囲気と女の子の制服が似合ってないですか!? あっ、ちなみに女の子の衣装は俺がデザインしました」
「体のラインが丸わかりだけどね」
そこがいいんじゃないですか!!
このお店は、俺と天我先輩が悪ノリをしてモジャさんを巻き込んで暴走した末に完成したお店だ。
だって、ワンダーランドの地下にサイバーパンク風のお店とかすごくワクワクするじゃん!!
阿古さんに俺たちの悪事がバレた時はどうしようかと思ったけど、琴乃がプッシュしてくれたおかげでなんとか開店に漕ぎ着ける事ができた。
『あくあさん、何でこんな面白そうな事をやってるのに、私を誘ってくれなかったんですか!?』
『あ、ああ……うん。ごめん』
琴乃も巻き込んだ俺達はさらに悪ノリして、今は阿古さんに内緒で地下勢力の拡大を狙うべくランドが閉園した深夜に拡張工事をしている。当面の目標は地下に水路を引いて、謎の草を栽培する俺達の水耕栽培施設みたいなのを作る事だ。そのために草の専門家でもあり、そこら辺の草研究家の雪白えみり教授にもご協力を頂いている。
ああ、そういえば、えみりから話を聞いたクレアさんが地下に教会を作りましょうって言ってたっけ。それも面白そうだよなと思った。
天我先輩もグラサンかけてリボルバーを手に持った神父をやりたいとか言ってたし、できれば色んな意味で殺意強めの生の太ももが見えるくらいスリットが深いシスターさんとかも欲しいよな。
って、今はそれよりも小雛先輩だ。
俺は小雛先輩のテンションが下がっている事に気がつく。
もしかして、俺とのデートがつまらなくなってしまったのだろうか?
俺は一旦、トークを打ち切ると、小雛先輩に小声で話しかける。
「あれ? 小雛先輩どうかしましたか?」
「どうしましたかじゃないでしょ! 晩ご飯を食べに来た私達が、なんでそのお店でトークショーをしてるのよ!!」
うん……確かに。
俺も普通に周りの歓声に応えてステージの上に登ったけど、よく考えたらステージに登る必要はなかったよな。
これだから俺は……白銀あくあって奴は、煽られたら簡単にステージの上に登っちゃうんですよ。
「もういいわ。お腹空いた。ここでご飯食べる!」
「嘘でしょ!? まぁ、俺もお腹が空いてたから食べながらでいいかな?」
ファンのみんなは「普通に席に座っていいよ」「食事していいんだよ」って声をかけてくれた。
みんな、俺が調子に乗ってステージに上がったせいで、気を遣わせてしまってごめんな。
「で、ここは何がおすすめなのよ?」
「あ、じゃあ、俺が注文しますね!」
俺はサイバーパンク風のラバースーツを着たスタイルのいいお姉さんに声をかけて、小雛先輩に食べてほしい俺が本気で考案した料理を注文していく。
その中でも俺のおすすめはラーメン竹子でバイトマスターを務めるえみりと共同開発がサイバーパンクラーメンだ。
「何これ? 汁がないんだけど!?」
「建設中の水路がまだできない事もあり、ここでは水が貴重です。その設定を生かすべく作れたのが、このラーメン竹子と共同開発した汁なし揚げ麺なんですよ!」
水が貴重だという事は、ラーメンの汁はもちろんのこと、ラーメンの麺を茹でる水もないという事だ。
だからここでは廃油……実際はちゃんとした油だけど、それを使ってラーメンを揚げている。
その揚げ麺とセットで出てくるのが、謎の肉という設定になっている自家製焼豚とごく少量のラーメン汁を凝縮させたテリーヌだ。
それを揚げ麺の熱で溶かしつつ麺に絡めて食べるのがサイバーパンクラーメンである。
フレンチの要素と中華の要素を取り入れつつ、最後はラーメンに落とし込んだ力作中の力作だ。
なお、水耕施設が完成した際には、この上にセージかフェンネルのハーブを載せてよりフレンチ風にしたいと思ってる。
「見た目はどうかと思ったけど、細麺の揚げ麺とテリーヌが絡み合うとなんともいえない食感でクセになるわね」
「これのミソは揚げ麺とテリーヌをどれくらいかき混ぜるかです。テリーヌが揚げ麺の熱で溶けて、その溶けたテリーヌが揚げ麺を柔らかくするから、硬めが好きな人はあんまり混ぜなくていいし、柔らかめが好きな人はよーく混ぜるのが俺のお勧めですね」
本当は麺の色をゲーミングにする事も考えたけど、わかりやすくサイバーパンクにするよりも、ちゃんと味や見た目の雰囲気にも拘った。
「後、辛いのが好きな人はテーブルの上に置いてある唐辛子かけるとか、カレー粉使ってカレー風アレンジとかもできますよ。なんなら粉チーズもあります。そこはお好みで」
「ふーん。でも、最初に食べるならノーマルの方がいいかも。後、喉乾いたわね。水ないの?」
サイバーパンクラーメンを食べ終えた小雛先輩に水の入ったボトルを渡す。
「ちなみに……小雛先輩、それ一本1000円です」
「ぶっ! げほっ、げほっ……たっっっっっっっっっっか!!」
水が貴重という設定なのだから、もちろん普通の水も高い。
BERYLウォーターと名のついたこのミネラルウォーターは一応はいい水を使っている。
「いくらなんでもボリ過ぎでしょ!?」
「一応、メニュー表にも書いてあるけど、通常の水はこの専用ボトルに入って300円です。これが1000円なのは、水路や水耕栽培施設の寄付金もついてるからなんですよ。ほら、その証拠に、ボトルの側面に俺とこの悪巧みに参加した人たちのサインが入ってるでしょ」
しかもこの瓶の底にはシリアルナンバーが彫ってある。
専用のサイトでこのシリアルナンバーを打ち込み、自分の名前を送信する事で、水路や水耕施設が完成した際には壁に設置される銅板に自分の名前が印字されるというシステムだ。
「ふーん、それならお得かもね。私も名前送っとこ。あ、ついでに越プロの社長の分も買って、倍の値段で売りつけよ。そしたら私の1000円回収できるじゃない! 我ながら名案ね!」
「小雛先輩……」
お金あるんだから、そういうしょうもない事するのやめましょうよ。
越プロの社長なら喜んで買ってくれそうだけど、普通にプレゼントしてあげたらいいじゃないですか。
どうせ小雛先輩だって、俺に負けないくらい迷惑かけてるんですから。
「何よその目。冗談だって! えっ? お客さん達も、本気で私がそうすると思ってるんじゃないでしょうね!?」
話を聞いていたみんながジト目になる。
小雛先輩、これが世間一般の小雛先輩のイメージです。諦めてください。
「嘘に決まってるじゃない。ちゃんとプレゼントするわよ。もう!」
「はは、わかってますって」
俺と小雛先輩は注文した残りのメニューについてもアレコレとトークを交えながら食べていく。
こうして、俺と小雛先輩の突発ディナーショーは大きく盛り上がった。
「おっ、外が暗くなってきましたね」
食事を終え店を出た俺は空を見上げる。
最初は30分くらいの食事のつもりでお店に入ったのに、気がついたら2時間以上もトークしていた。
ベリベリとか、森川楓の部屋ならスタッフさんや司会の楓がうまくコントロールしてくれるけど、今日みたいに止める人がいないとこうなっちゃうのか……。
「ね。ナイトパレード! ナイトパレード見に行きましょ!!」
「はいはい。わかってますって」
小雛先輩は俺の手を掴むと、強引に自分の行きたい方へと引っ張っていく。
全く、この世界に、俺をこんなにも強引に引っ張っていけるのなんて小雛先輩くらいですよ。
俺と小雛先輩は、パレードを見ていたお客さんに紛れる。
「おっ、今日のパレードはゲストのeau de Cologneとらぴす達のミルクディッパーか」
「きゃー、アヤナちゃんかっこいい!!」
ナイトパレードは時期ごとにパレードの内容が異なる。
例えば4月には夜桜パレードをするし、夏休み期間中はサマー・ナイトパレードに、10月にはハロウィン・ナイトパレード、12月にはクリスマス・ナイトパレードなど目白押しだ。
ただし、今は開業してからまだそれまで経ってないので、9月いっぱいまではオープニングナイトパレードを実施している。
「へぇ。アヤナちゃんだけじゃなくて、くくりちゃんやスバルちゃんも王子様風衣装なんだ。スバルちゃんはわかるけど……くくりちゃんはどうしてなの?」
「くくりちゃんは歌ってる時の声がかっこいいし、俺としてはそこを活かした表現の幅を広げたいんだよね。何より、高校生でも大人のお姉さんっぽい声も出せるし、あの声で声優やらないのは勿体無いよ」
今のミルクディッパーはライブで、この三つの構成をやりくりしている。
王道で可愛い系の曲を歌う時はらぴす。
元気があって明るい曲を歌う時はスバルたん。
そして、かっこよくて少し大人びた曲を歌う時はくくりちゃん。
いわゆる曲の方向性で、ミルクディッパーはその時その時でセンターを変えている。
くくりちゃんは歌唱力があって歌声もかっこいい事から、コア層のファンの人気が根強い。
近々、えみりと2人で深夜ラジオをやるみたいだから、ますます人気が跳ね上がるだろう。
正直、森川楓の部屋に俺と小雛先輩が初めて出た時と同じくらい、この2人なら面白い事をやってくれるんじゃないかなと期待している。
「ほら、あんた、ぼーっとしてないで写真、写真!」
「わかってますって」
ナイトパレードは自由に撮影可能だ。
とはいえ、せっかく目の前でパレードをしているのにずっと撮影しているのも勿体無い。
俺は一通り写真を撮ると、パレードに集中する。
すると、パレードをしていたまろんさんと目が合う。
まろんさんは俺から少し視線を逸らすと、隣にいた小雛先輩に目で何やら合図を送る。
「あっ! 銀テープだ!」
「やったー! アヤナちゃんの銀テだ!!」
「ちゃんとそれぞれに名前入ってるのいい!」
「あっ、もしかしてらぴすちゃんのファンですか? よかったら私のどうぞー!」
「くくりちゃん様とハーちゃんの二つ手に入れたんだけど、誰か持ってなくて欲しい人いるー?」
ちなみに銀テの中には当たりが紛れていて、それぞれの直筆サインが入ってる。
俺は運が良かったのか、さっきの一回でアヤナの直筆サイン入りの銀テをゲットしてしまった。
ファンのみんなには申し訳ないなと思うけど、俺もアヤナのファンなんだから許して欲しいと思う。
俺は手に持った銀テを広げると、そこに書かれた直筆サインをアヤナに見せつける。
やめてよ。恥ずかしい!
顔を真っ赤にしたアヤナは口パクで俺にそう伝える。
あっ……。せっかく俺がアヤナにしか見えない様にしてたのに、アヤナのリアクションのせいで、パレードを見ていた全員にバレてしまった。
パレードを見ていたファンのみんなが歯茎を見せてニヤニヤしている事に気がついたのか、さらに顔を赤くしたアヤナは隣に居たふらんちゃんに慰めてもらう。
アヤナのこういう自分から墓穴を掘っていくところ、わざとやってるのかと思うくらい可愛いよな。
それと、小学生なのにママみを発揮しつつあるふらんちゃんが末恐ろしくて仕方がない。さすがはeau de Cologneの次期エースだわ。
俺は隣に居た小雛先輩へと視線を向ける。
すると、小雛先輩は手に持った銀テをじっと見つめていた。
「小雛先輩は誰のを拾ったんですか?」
「えっ? あ……まろんのよ」
ん? 今、ほんの少しだけど、挙動不審だったような……。
もしかしてそのまろんさんの直筆サインが入った銀テをゲットしたのだろうか?
はっ!? も、もしや、まろんさんのキスマークが入ってたりとか!?
そういうのがあるかどうか知らないけど、あのサキュバス系アイドルのまろんさんならワンチャンあるかもしれない。俺は疑り深い目で小雛先輩を見つめる。
「な、何よ。普通の銀テだってば! なんでもないわよ!!」
あれー? その割に顔が赤くないですか!?
やっぱり怪しい……。
「ほら! そんな事よりも今からがパレードのメインでしょ!」
eau de Cologneとミルクディッパーによるコラボステージ。
さっきまで俺たちを見ていた人たちも、パレードの方へと視線が釘付けになる。
そしてライブの締めくくりに合わせて、空に大きな打ち上げ花火が何度も上がった。
俺もみんなと同じように空を見上げて、夜空に煌めく花火の光に酔いしれる。
その時だった。
「えっ?」
俺のほっぺたに何やら柔らかくて気持ちのいいものが触れる。
この感触は記憶にあるぞ。これは……。
俺は脳が処理できないまま、感触があった方向へと視線を向ける。
「小雛先輩……? 今、キ」
「言うな!」
「え? だって、今……」
「だから言うなって言ってるでしょ!」
いやいや、そんな理不尽な!
だって、今、間違いなく小雛先輩が俺のほっぺたにキスしましたよね!?
これはついにデレ期が来ちゃったりとかしたんじゃないですか!?
「ほら、これよこれ。あんた、忘れてるんじゃないでしょうね?」
「あ……」
俺は画面を見てポカンと口を開ける。
【3510:おめでとう。ようやく100%です。いやぁ、子供を持つ親の感情ってこう言う感じなんですね。私も今、腕を組んだまま壁にもたれかかって何度もうんうんと頷いてますよ。この写真は、まごう事なきラブラブ100%です。バックに写ってるお城もロマンティックだし、夜空と花火の演出も特別感が強調されて素晴らしいです!!】
う? うおおおおおおおおおおお!?
つ、ついに100%来たあああああああああ!
絶対に無理だと思っていたラブラブ度100%の達成に俺は喜びを噛み締める。
「さっきのは、これのためだから。ほら、キ……その、した時に写真撮ってるでしょ」
「あっ、本当だ。小雛先輩、ナイス!!」
俺は小雛先輩の両腋を両手で持ち上げて高い高いする。
「ちょっと! 私は子供じゃないわよ! もう!!」
俺が小雛先輩と戯れていると、誰かが俺の着ていたジャケットの裾を引っ張る。
な、なんだなんだ!?
俺は小雛先輩を地面に下ろすと、そちらへと視線を向ける。
すると、小さな女の子が俺の裾を引っ張って、こちらをジッと見つめていた。
「パパ!」
「「パッパァ!?」」
俺と小雛先輩の素っ頓狂な声が重なる。
待って、どういう事!?
「待ちなさい。ひより」
俺はよく状況を理解できないまま、声がした方へと顔を向ける。
するとそこには、俺好みのお胸が大きいお姉さんが立っていた。
「ちょっとあんた! カノンさんに内緒でいつの間に隠し子なんて作ってたわけ!?」
「いやいや、そんな……」
いや、待てよ。そんな事が絶対にないと言い切れるのか……?
ワンチャン、俺なら視線だけでも女の子を孕ませてる可能性がある。
そう考えると100%ないとは言い切れなかった。
「あ、あくあ様に隠し子!?」
「そんな!?」
「これはビッグニュースだぞ!」
「うおおおおおお!」
「明日の聖白新聞の一面だ!!」
こちらの状況に気がついたお客さん達が騒ぎ始める。
これはやばいぞ。まずは一旦、どこかに移動するか?
そんな事を考えていると、こちらに一体のメリーさんが近づいてきた。
「話は聞かせてもらいました」
パレードに参加していたメリーさんの1体が俺と親子の間に入る。
この声……間違い無く総理でしょ!
「今からここで白銀あくあ君の公開浮気裁判をします!!」
「うおおおお!」
「いいぞ。総理!」
「またいつもの悪ノリだ!」
「絶対に楽しんでるだろ。これ!」
いやいや、それよりもなんで総理がメリーさんの中に入ってるんですか!?
するともう1人のメリーさんが近づいてきて俺の肩にポンと手を置く。
「あくあ様、安心してください。この天才弁護人、雪白えみりに全てをお任せください!!」
「なんで、えみりもメリーさんの中に入ってるの!?」
あれ? もしかして、ここにいるメリーさん、全員、俺の知り合いか?
いや、今はそんな事より俺が本当に浮気したかどうかが問題だ。
俺は突如として始まった浮気裁判に頭を悩ませた。
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