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小雛ゆかり、本当の気持ち。

 あくあと一緒にライブステージに来たら、なぜかあくあ本人が歌う事になった。

 自分でも何を言っているかよくわからないけど、あいつならまぁよくある話よね。

 私はファンの人達と同じように、ステージで歌うあくあに向かって手を振る。

 ふーん。手を振ると、それがペンライトのようになってARで光が表示されるようになってるんだ。

 確かこの中ってすごい数のカメラが設置されてるんだっけ。さっき、あくあが言ってたけど、観客一人一人の動きをサッカーや野球でも使われているホーミングミサイルと同じシステムで追尾しているらしい。

 さっきSNSでここの施設の画像を投稿したら、アヤナちゃんがここでライブしたいって興奮してたのはこれが理由か。


「ほら、みんなも一緒に!」


 あくあはくるりと回転すると、両腕を上げて大きくハートマークを作る。

 すると全ての観客席にARで透過したハートマークがふわふわと飛んできた。

 へぇ、私たちもハートマークを作れば、あいつに送り返せるってわけね。

 私は指先だけを合わせて小さいハートマークを作る。

 するとそのハートマークがあくあの方に向かってふわふわと飛んでいく。

 それを目で追っていた私は、つい最近、阿古っちと話した事を思い出す。

 

『ねぇ、ゆかりって……あくあ君の事をどう思ってるの?』


 何を思ったのか、阿古っちは私に血迷った事を聞いてきた。


『世話のかかる面倒くさいやつ』

『ゆかり……多分、あくあ君に聞いても同じ事をいうと思うよ』


 悪かったわね! 阿古っち以外に言われてたら、多分噛みついてたと思う。物理的に。

 まぁ、自分で言うのもなんだけど、私は世話がかかるし面倒くさい女だと思う。

 私が知る限り白銀あくあって男は、そんな面倒くさそうな女ばかりに好かれる星の下に生まれたんだから仕方ない。


『そうじゃなくってさ。わかるでしょ? 女の子としてどうって話をしてるの!』


 阿古っち、それを言うなら、私があえてその話をはぐらかした事もわかって欲しいかな。

 こういう男女のアレコレが好きな恋愛脳の阿古っちは、目をキラキラさせる。


『言っておくけど、ゆかりがはぐらかそうとした事もわかってるからね。もう何年の付き合いになると思ってるのよ』

『じゃあ、それがわかっててなんで聞くのよ?』


 そこまでわかっているならスルーしておいて欲しい。

 阿古っちはそんな気が利かない女じゃないはずだ。

 その阿古っちが私に対して踏み込んできたって事は、何か私に伝えたい事があるからだと思う。


『私ね。ゆかりはずっと、自分の言いたい事をはっきりと言って、やりたい事をやってるすごい人だって思ってたの。でも……ゆかりって、本当は誰よりも臆病だったんだね』

『そうね。ホラーゲームも苦手だし、お化け嫌いだもん』


 阿古っちは、はぐらかそうとした私をジト目で見つめる。


『まぁ、それで、いいよ。私も無理してゆかりにしゃべって欲しいわけじゃないしね。でも……私はゆかりに後悔だけはしてほしくないから』

『その言葉をそっくり返すわ』


 阿古っちは、自分の感情を……あくあへの想いを封印してベリルの社長として振る舞ってる。

 それが阿古っちなりの覚悟だとわかってるから、私は阿古っちに対して素直になりなさいって言ったりなんてしない。

 ……ううん。少し違うわね。

 私が阿古っちの想いを知ってて、阿古っちが自己犠牲の道を選んだのをわかってて黙っているのは、あいつに……あくあに誰よりも期待しているからだ。


 あくあなら、きっとその事に気がついてるって。


 そして、気がついてて、最後には必ず阿古っちを幸せにしてくれるって。

 

 ふふっ、自分で言うのもなんだけど、この私が男に期待してるなんて本当にどうかしてるわ。


『女の癖に、この僕に指示するのか!?』

『当然でしょ。私は出演者の1人として、私の出てる作品を汚して欲しくないの』


 今までに何人の男性俳優から共演NGをくらったかなんて覚えていない。

 それでも私は言いたい事を言ってやったし、自分の信念を曲げなかった。


『小雛さん、悪いけどこの映画への出演はなかった事にしてもらえるかな?』

『小雛さんさぁ。もっと上手くやってくれないかなあ? 悪いけど、今回はキャンセルさせてもらうわ』

『ふふっ、男性俳優に対して喧嘩売るとか、こいつ絶対にバカでしょ』

『クスクス、自分が雪白美洲か何かと勘違いしてるんじゃない? ちょっと演技が上手いくらいで勘違いしすぎ』


 決まっていたドラマや映画が飛んだ回数は両手で収まりきらないほどだ。

 同じ女優から陰口を叩かれたり、嫌がらせを受けた事なんか数えきれないほどある。

 それでも、私は自分の仕事に妥協をしたくなかった。


『はぁ。相変わらずお前さんは誰に似たのか、跳ねっ返りの強い女だねぇ。でも、自分がやった事が間違ってないと思うなら、胸を張って前を向きな! ゆかり、お前も小雛家の女なら、自分の仕事に……いや、自分が本当に大事に思ってる事に信念を貫けないような情けのない女にだけはなるなよ』


 お婆ちゃんは今でこそあくあにアホになってるけど、容赦なく男を叱れる人だった。

 今だから言えるけど、小雛家の女が跳ねっ返りが強いのは、おおよそお婆ちゃんの影響だと思う。

 それに、こんな私でも評価してくれる人はいた。


『あんた、少しは上手くやりなさいよ。どうせ男性俳優なんて突っ立てるだけなんだから』


 女帝、睦夜星珠。雪白美洲や玖珂レイラが出る前は、彼女が日本を代表する女優の1人として、日本の映画界やドラマ界を牛耳っていた。

 毎回毎回嫌味を言ってくるし、男ばっか食ってるって噂のやつだったけど、私が参考にするほど女優としてのレベルは高い。それに……仕事を無くした私が食っていけるように、ううん、この世界で消えないように仕事を振ったりしてくれたのよね。


『でも……男性が今よりもっと演技ができるようになったら、もっともっとやれる事が増えるじゃない』

『それは理想論だって言ってるの。幸いにも今の日本には、雪白美洲や玖珂レイラみたいな男性役ができるトップレベルの女優が出てきてるんだから、あんたもそれで我慢しておきなさいよ』


 男性と女性の事を書いた作品には名作も多い。

 はなあたやピンクのバラだってそうだ。

 もし……もし、1人でもまともに演技ができる男性俳優が居たら、停滞気味の映画業界やドラマ業界は大きく変わる。

 誰でもいい。誰か1人、私やあんたほどじゃなくていいから、誰か1人でもまともな男性俳優が出てきたら、今を取り巻くこの環境に新しい風が吹く。そうしたら、私たち女優は今よりももっと高く飛べるはずだ。

 この広い空を突き抜けて、誰も届かない宇宙の果てにだって飛んでいける。


『私は……自分の信念を曲げないわ』

『なるほどね。まぁ、私みたいに待ちすぎて歳をとりすぎないようにね』


 その時、私は気がついてしまった。

 こいつが私を可愛がってくれたのは、こいつも私と同じだったからだって事に。


『歳をとったっていいじゃない。例え歳をとっても、あんたなら誰とだっていい作品が撮れるはずよ』

『ふふっ、その言葉、あまり期待せずに残りの役者人生の楽しみに取っておくわ』


 私は睦夜星珠のサポートもあって、本気でこの仕事をしている人達に巡り会える事ができた。

 ううん。違う。おそらく睦夜星珠は誰よりも期待していたんだ。

 だから、私と同じように熱を持った人たちに目をかけていたんだと思う。

 その中の1人が、ゆうおにの監督だった。


『問題は男性役のキャスティングだけなのよね。あぁ、誰か良い子がいたらいいんだけど……』


 10代半ばからこの業界に飛び込んで24歳になった私は、変わらない情熱を持ったまま燻っていた。

 世界で活躍する雪白美洲や玖珂レイラがいる一方で、日本の映画ドラマ業界はずっと停滞している。

 小早川優希、淡島千霧……それに、つい最近始まったばかりのはなあたで主演を務める綾藤翠。

 少し前まで新人だった女優達が今まさに飛躍して飛び立とうとしているのに、その中の1人、綾藤翠とはなあたで共演した石蕗宏昌はすごくひどい演技をしていた。


『っと、今日は、はなあたの第二話がある日だった。一応、石蕗くんも候補ではあるのよね』

『嘘でしょ。あんなのが私のお兄様できたら、私、はっ倒す自信しかないわよ』


 そういえば、はなあたの主題歌を歌ってる子ってあのビスケットで話題になった男の子なんだっけ。

 見た目はかっこいいし、声もいい。それに歌もうまかった。

 第一話の石蕗宏昌の演技を見た後だと、ついでにダメもとで、役者でもやって見ない? って言いたくなる。

 まぁ、これで演技までできるなんて、そんな都合のいい話があるわけなんてないけどね。


【ねぇ、そこの君、こんなところでどうしたの?】


 は?

 テレビを見ていた私と監督の顔が固まる。


【へぇ、そうなんだ。でもその彼氏、こんな時間に君を1人にするなんて、ろくな奴じゃないんじゃない?】


 この子、うまい……。ううん、うまいなんて単純な言葉では言い表せないほどだ。

 目の動き、仕草、表情、どこを切り取ってもちゃんと考えて演じているのがわかる。

 原作をしっかりと読み込んで、役に自分を深く落とし込んでないとできない。

 私から見たらまだ改善に余地はあるけど、それでもこいつは……男性だという事を抜きにしても、隣に立っている若手トップ女優の1人である綾藤翠の上を行っている。


『こ……この子上手くない?』


 私は監督の言葉に頷く。

 漫画の原作は意外と難しい。

 なぜなら、元にキャラがあってその上に自分を重ねないといけないからだ。

 何よりも漫画の台詞回しを実際にやると、わざとらしくなって非現実的なものになってしまう。

 でも……こいつは、それを感じさせないほどに自然にそれを落とし込んでいる。

 それも夕迅という非現実的な青少年の魅力を消さずに。


【なぁ、そんな男より俺にしとけよ】


 ええ……ええ! あなたに決めたわ。

 他の誰でもない。私は画面の向こう側にいる貴方に全てを託す事を決めた。


『ゆかり。小雛家の女なら勝負所は見誤るんじゃないわよ。こうと決めたらすぐに動く! 頭で考えてる暇があったら、それよりも早く行動するのよ!!』


 そう言って、お婆ちゃんは馬券を買う列に並んで行ったっけ。

 あの時は白けた顔で見ていたけど、お婆ちゃん、今になってあんたが伝えたかった事はよく理解できたわ。

 あいつが阿古っちの所に所属しているってわかってからは躊躇わなかった。

 すぐに阿古っちに根回しして、監督と2人でプロデューサーを説得してあいつをキャスティングしてもらったわ。

 そうして鳴り物入りで始まったゆうおにの撮影はすごく楽しかった。

 少しヒントを与えたり、お手本を見せたりすると、勉強熱心なあくあやアヤナちゃんは努力して自分なりに吸収して行ってくれる。だから、ついつい私も熱が入ってしまった。


『そうじゃないって言ってるでしょ! これじゃあ全然ダメよ!!』


 そこまで言って、周囲のスタッフがどういう表情をしていたかに気がつく。

 言いすぎてしまったかもしれない。

 でも、司先生の書いてくれた脚本で、このシーンはこの話で1番大事なところだ。

 こいつとなら、妥協しない演技でもっといいシーンが撮れる。

 そう思ったら熱が入りすぎてしまった。


「い、一旦、休憩しましょう!」


 監督の一言に助けられたと思った。

 これであいつが辞めるって言ったらどうしよう。

 昔なら、そんな事を考えた事もなかったのに、それを考えるようになってしまったのは、私も大人になってしまったという事なのだろうか? ううん、違うわね。私はあいつに辞めて欲しくないって思ってたからだ。

 謝ろう。言いすぎたって。そう思った瞬間、私の楽屋を誰かがノックした。


『白銀あくあです。小雛先輩、ちょっといいですか?』

『え、ええ。大丈夫よ』


 怒りを殺したような声、怒っているのかもしれない。最初はそう思った。

 でも、こいつは……あくあはそうじゃなかったのよね。


『お願いします。俺にまだ、まだ何が足りないのか教えてください!!』


 どうして? 貴方は私に怒ってるんじゃないの?

 はっきり言ってあくあの演技は悪くなかった。

 寧ろかなり良かったと思う。

 でも、私が最高のシーンにしたいって我儘のせいで、その演技をふいにした。

 私に頭を下げたあくあは拳を強く握り締める。


『私に怒ってるんじゃないの? はっきり言っていいのよ』

『いいえ! 俺は俺自身に怒ってるんです! 小雛先輩はいつも俺にわかりやすいようにヒントを出してくれているのに……俺は、俺の実力が足りないから、さっきの演技に何が足りないのか、それすらもわかりませんでした。小雛先輩の、みんなの、この作品を見てくれる人の期待に応えたくて、なんとかしようともがいたけど、自分だけじゃどうしようもなくて……だからこうやって、恥を偲んで頭を下げています。お願いします! さっきのシーンに何が足りなかったのかを俺に教えてください!!』


 私も一度だけ……もっといい演技ができる気がして、自分から撮影をカットして睦夜星珠に頭を下げた事がある。その時の自分の姿が目の前のあくあと重なった。


『ねぇ、貴方は、どうしてそこまでするの?』


 どうしても聞かずにはいられなかった。

 だって、そこにこいつの、白銀あくあの本質がある気がしたから。


『小雛先輩……人っていつ死ぬかわからないんですよ。俺はね。死ぬ最後のその時まで、自分が思う最高の自分でありたいんです。それと同じくらい。俺を見た全ての人に、最後に見た白銀あくあが妥協した俺じゃなくて、最高にかっこいい俺でいて欲しいんです。だから、そのためなら、俺はどんな事だってできるし、たとえ何をしてもやれる事は全部やりたいんです!!』


 あくあの真っ直ぐすぎる答えに思わず笑みが溢れた。

 この頃くらいからかな。私はこいつに対して、更に遠慮しなくなっていく。


『あんたってバカでしょ』

『えぇっ!? おかしいな……結構良い事いったつもりなのに……』


 バカだけど嫌いじゃない。


 ううん、違う。


 今、思えば、この時にはもうこいつの事が好きになってたんだと思う。

 男だからとかそんなのがどうでも良くなるくらい、こいつの人としての在り方が好きだった。

 だって、こいつの生き方はあまりにも私に似ているんだもの。


「みんな、今日は来てくれてありがとう!!」


 私はライブを終えたあくあに対して惜しみない拍手を送る。

 突然ステージの上に出たのに、今日も完璧なライブだった。

 ライブを終えた私とあくあは、EARTHの施設を後にする。


「小雛先輩、ど、どうでしたか!?」


 あくあは私に褒めて欲しそうな顔をして、見えない尻尾を振る。

 全くこいつってば、私に対してもずっとカッコつけたままでいなさいよ。

 まぁ、私の前で変にカッコなんてつけたらはっ倒すけどね。

 自分で言うのもなんだけど、こんな矛盾だらけの女に好かれるなんて、あんたが可哀想になってくるわ。


「うん、新しい施設だけあって、いろんな機能があって楽しかったわよ」


 あくあは自分の顔を何度も指差す。

 何よその指は。私があんたのライブパフォーマンスを素直に褒めるわけないじゃない。


「まぁ、良かったんじゃない」

「やったー!」


 全くもう。こんな雑な褒め方でそんなに喜ばなくていいじゃない。


「ほら、喜んでないで、さっさと次に行くわよ。次、次!」


 私はあくあの手を掴むと、次の場所へと引っ張っていく。




 そう、阿古っちの言うとおり、私は素直じゃないのよね。

 いつも私があくあの手を引いてぐいぐいと引っ張っていくのか、私以外の誰もその理由を知らない。

 私があくあの手を引っ張るのは、こうやると自然にあくあと手を繋げるからだ。

 どうして、私があくあの背中をグイグイと押すのか、私以外の誰もその理由を知らない。

 顔が赤くなってしまった時、あくあや周りの人達から自分の表情を隠すためだ。

 本当に私って面倒な女よね。自分でもそう思う。


 でも、こいつの周りって面倒臭い女しか居ないんだし、私1人くらい紛れてたっていいわよね。

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