白銀あくあ、最新型施設EARTH。
いつものように俺がリードするデートと違って、グイグイと自分から引っ張ってくれる小雛先輩のデートは俺にとってすごく新鮮だった。
「で、次はどこにいくんです?」
「あそこよ。あの半球体のドーム! 入場した時から気になってたけど、あれ何!?」
ああ、本場ステイツのラスベガスから輸入してきた大型球体LEDヴィジョン施設【EARTH】か。
小雛先輩が指差した方向を見ると、数百万個以上の8KLEDパネルを貼り付けて作られた数百メートル規模の大型球体型ビジョンに、今日の出演者が映されている。
確か内部にも同じように24KのLEDパネルを貼り付けられていて、数十万個のスピーカーが設置されているそうだ。
「近くで見るとやばいわね。これ、いくらかかったのよ?」
「ステイツの業者も噛んでるので、6000億くらいしたって阿古さんが言ってました」
工事費用を聞いた小雛先輩がびっくりした顔をする。
まぁ、普通はそうなりますよね。
でも、阿古さんは世界でトップのエンターテイメント企業を目指す事がファンの期待に答える事だからと、株主や役員を説得してなんとか建築に漕ぎつけた。
「これって、初めてオープンした日にはなかったよね?」
「あの時はまだギリ内装が完成してなかったんですよ」
それもあって、俺もまだあそこでライブした事はない。
今はテスト運営期間で、俺がプロデュースしてる子達や研究生のみんなが使ってるはずだ。
もちろん正式運用ではないので、その情報は表立って公開してない。
偶然この時期にワンダーランドに来た人は運よく、一足先にEARTHのライブを体験できるというわけだ。
ちなみにEARTHは略称で、正式にはEntertainment AR Technology Horizon、ライブエンターテイメントとARテクノロジーが結合する地平線という意味が込められている。
「で、これって、どこから入るの?」
「ああ。それならホテルから行った方が早いですよ。多分、通常の入り口から入ると今はかなり混んでるので……」
俺は小雛先輩を連れて、EARTHの隣に作られた専用のホテルに入る。
水路に囲まれたこのホテルは、他のホテルと違ってワンダーランドの外とEARTHの両方に繋がっており、ワンダーランドを利用しなくてもEARTHのライブのみを楽しむ事ができるように設計されていると聞いた。
「すみません。まだここは開店してなくて……って、あくあ様!?」
スタッフさんは俺の顔を見て驚いた顔をする。
「急に驚かせてごめん。ここの水路が使えるって阿古さんに聞いてたんだけど、まだ開業前だったんだね」
「あ、ああ! はい。確かに使えますよ。ホテルはまだ開業前ですけど、こちらにどうぞ! ちょうど、宿泊客向けのサービスのテストもやってみたかったんですよ」
ラッキー!
俺と小雛先輩はスタッフさんの案内で、ホテルの中にあるゴンドラ乗り場に向かう。
「ちょっと待って。このホテルとあの施設って水路で繋がってるの?」
「みたいですよ」
しかもどうやらゴンドラを運転してくれるのはメリーさんのようだ。
大きなゴンドラの前後にいる2体のメリーさんの可愛さに俺の表情も緩む。
俺は先にゴンドラに飛び乗ると、小雛先輩へと手を伸ばす。
「い、意外と乗るの怖いわね。これ」
「大丈夫ですって。ほら、俺がちゃんと受け止めますから。ね」
「本当の本当に? 水路の中に投げ捨てたりとかしない?」
「はは、いくら相手が小雛先輩でも、水路に落としたりなんてしないですって」
メリーさんは手を伸ばすと小雛先輩が手に持っていた携帯を奪い取る。
あっ、流石に携帯端末を水路に落としちゃまずいよな。メリーさんナイスプレイ!
小雛先輩は少しだけ時間を使うも、勇気を出してゴンドラに向かって飛び乗る。
俺は飛び乗ってきた小雛先輩の体を抱き止めて、少し揺れるゴンドラの上にバランスをとった。
「ナイスジャンプ、小雛先輩」
「あ、あんたもナイスキャッチよ。褒めてあげる」
飛び乗った小雛先輩を見て、様子を見学していたスタッフさん達がヒソヒソ話を始める。
「うーん、やはり、ゴンドラはもうちょっとバランスがあって接地面が多い方がいいですね」
「いや、でもこれはこれでカップル向けに……」
「いやいや、やはりホテルとしては安全面がですね」
「でも、さっきのやりとりは神でしたよ」
「そこは否定しない」
ん? 今なんか写真を撮られたような……ああ、SNS用に写真を撮ってくれたのか。
ありがとうな。メリーさん。
「じーっ」
小雛先輩は疑り深そうな目でメリーさんを見つめる。
あれ? どうかしたんですか?
「まさかインコじゃないでしょうね?」
「チ、チガイマスヨー……」
なんかどこかで聞き覚えのある声だな。
って、そもそもメリーさんは喋っちゃダメでしょ!!
誰が中に入ってるのか知らないけど、そこら辺の設定ちゃんと大事にして!!
「それでは、メリーさん。2人をお願いします」
俺と小雛先輩が乗ったゴンドラはホテルから水路を通って外に出る。
「へぇ、いい感じじゃない。ここだけ見るとまるでスターズに旅行に来たみたい」
「ですね」
確かこの辺はそれぞれが飲食的や物販店などのお店になってるんだっけ。
水路を通ってスターズのような街なみを抜けると、次にお花畑が見えてきた。
「悪くないわね。こういうの、カノンさんとかが好きそう」
「わかります。あと琴乃とかアイもこういうロマンチックなのが結構好きなんですよ」
俺と小雛先輩はお互いに見つめ合うと笑い合った。
その瞬間、ゴンドラのスピードが上がる。
ちょ、ちょ、メリーさん!? 2体のメリーさんが急に鬼のような高速手漕ぎを始めた。
「わわっ、早いって!」
「小雛先輩、喋ってないで俺にしっかり捕まって!」
小柄な小雛先輩が振り落とされないように、俺は小雛先輩の体をギュッと抱きしめる。
お花畑を抜けたゴンドラはそのままEARTHの中に入っていく。
す、すげぇ! EARTHの中にある通路はLEDライトが張り巡らされており、さっきの牧歌的な風景から一変してすごく近未来的な感じだった。
「し、死ぬかと思った……」
「小雛先輩大丈夫ですか?」
目的地に到着した2体のメリーさんは一仕事やり終えたという顔をする。
うーん、なんとなくだけどあの2体の中に入っている人が透けてきたぞ。
「ちょっと、あんたら! 怖かったじゃないの! どうせ中に入ってるのは、楓とイリアでしょ!」
2体のメリーさんは同時に首を左右に振る。
「じゃあ、その頭をもいで中を見せなさいよ! 着ぐるみきててあんな高速手漕ぎができるのあんたらくらいでしょ!!」
「ちょ、ちょ! 小雛先輩、それはダメですって!! みんなが見てますから!!」
俺は必死に小雛先輩を止める。
それを見た周囲の人たちがざわめく。
「ママ〜、小雛ゆかりがメリーさんの首をもごうとしてる〜」
「しっ! 顔を合わせちゃいけません!!」
「やっぱり小雛ゆかりって凶暴だったんだなー」
「あくあ様と小雛ゆかりのデート、今日だったんだ」
「あくあ様も相手があの小雛ゆかりだと大変だよ」
ほら、小雛先輩。こんな事してたら、ますます小雛先輩の好感度が無くなっちゃいますよ!
えっ? 好感度なんて最初からゼロだから、もうこれ以上は下がらないって!? 流石です。小雛先輩。
俺はなんとか小雛先輩をメリーさんから引き剥がした。
「ゆかり、あくあ君に飛びつく時はベッドの上だけにしておけよ」
「いや、そもそも自分から飛びついちゃダメでしょ。あくあ様に飛びついてもらわないと」
「ほら! やっぱりその声、楓とイリアじゃない!! もう!!」
これ以上相手しても埒があかないと思ったのか、小雛先輩は俺を置いて先に進む。
ちょ、ちょ、小雛先輩。デート相手の俺まで置いていかないでくださいよ。
楓とイリ……2体のメリーさんは、俺たちに向かってぶんぶんと手を振って見送ってくれた。
2人とも、パワーがありすぎて腕がもげかけてるぞ。気をつけて!
「何これ!?」
EARTHの中では、メカメリーさん達がスタッフとして働いていた。
さ、流石にこれって見た目だけだよね? えっ? 本当にロボットが歩いてるの?
って、流石に二足歩行じゃないか。下にローラーが入っていて、レストランにある配膳ロボットのように決められた動作をAIで制御して動いているみたいだ。
それにしてもこの内装といい、本当に少し未来に飛んできた気持ちになる。
俺と小雛先輩が施設に圧倒されて呆けていると、聞き覚えのある声に話しかけれた。
「VIPのお客様の受付はこちらになります」
「み、みことちゃん!?」
どうしてここにみことちゃんがいるのだろう?
もしかして、ここでバイトしてるのかな?
ん? 待てよ……このおっぱい、俺が知ってるみことちゃんより小さいぞ!?
「も……もしかして、みことちゃんの姉妹とか従姉妹ですか?」
みことちゃんは俺の言葉にびっくりして固まってしまう。
あれ? 違ったかな?
いや、でもこの俺の目が女性のおっぱいのサイズを間違えて記憶するはずがない。
間違いなくこのおっぱいは、俺の知ってるみことパイとは違う。
「ふふっ、流石ですあくあ様。やはり貴方様こそがみことの主人に相応しいと確信を持ちました。みことの事をよろしくお願いしますね」
「あ、はい。任せておいてください!!」
えっと……俺の予想が当たってたって事でいいのかな?
俺はパスポートを見せてチケットを2枚購入する。
「それでは、白銀あくあ様、お連れの小雛ゆかり様、EARTHをお楽しみください」
「「はーい!」」
俺と小雛先輩はお礼を言ってその場を後にする。
あっ、肝心の名前を聞きそびれちゃったな。まぁ、ここには何度も仕事で来る事になるだろうし、また今度でいいか。
「すっご、球体ビジョンはかなりの没入感があるわね」
「ですね。ここでプラネタリウムとかもすごいらしいですよ」
確か夜限定でホテル宿泊客向けにプラネタリウムを上映するって聞いた。
春はとあ、夏は俺、秋は慎太郎、冬は天我先輩がナレーションを担当するらしい。
もう既に慎太郎と天我先輩は収録を終えて、とあと俺の収録は年明けごろになるだろうという話だ。
「ふーん。じゃあ、来年の夏にはみんなで一度泊まりに来ないとね」
「はは、チケット、手配しておきますね」
確か関係者オンリーの報道陣が取材で入る日があったから、その日に席を押さえるようにしておこうか。
それなら一般のお客さんに販売する予定のチケットにも影響がないしな。
「えーっと、私達の席はここみたいよ」
「おっ、いい席ですね」
ヴィジョンから近すぎず、かといって遠すぎず、ちょうどヴィジョン全体に見えるいい場所だ。
俺と小雛先輩は席に座るとライブが始まるのを待つ。
それから十数分後、待ちに待ったEARTHでのライブが始まった。
「きゃあ!」
「あくあ様ー!」
「とっ、とっ、とあーっちゃん!」
「TENGA! TENGA! TENGA!」
「マユシンくーん!!」
大型ヴィジョンに映し出された俺達BERYLのライブ映像にみんなが酔いしれる。
迫力のある映像と音響に満足していると、ARの技術を使って投影された俺達が観客席と観客席の間にある通路を歩いていく。
なるほど、このために席と席の間に広い通路を設けていたのか。
俺達の映像が分身すると、観客席1つにつき1人の俺達が立つ。
「こっ、これって触っていいの?」
「スタッフさんが伸ばした手にタッチするくらいならいいって。ていうか、それがおすすめだって言ってた」
「ま、マジ!?」
「はわわわ! 実体じゃないのに、実体に触ってる気持ちになる」
俺も目の前にいるとあに触れておくか。
心なしか、その前でスルーした天我先輩のARが悲しそうな顔をしているように見えた。
「やばいやばい! 手を繋ぎながら私だけのためだけに歌ってもらってるみたいになる!」
「ふぁ〜。BERYLはまたとんでもないものを作ってしまわれた」
「実体なんて贅沢はいいません! ここに住んでいいですか!?」
「このARの技術だけ売ってほしい。家買うつもりで本気で貯金する!!」
すんすん、すんすん……。
すごいな。とあに顔を近づけたら、ちゃんととあの匂いがした。
って事は、俺のも俺の匂いがするのか?
俺は隣にいる小雛先輩へと視線を向ける。
「ふーん。こうやって改めてあんたの顔見ると……顔だけは整ってるのよね」
「いやいや、ARじゃなくて本物が隣にいるんですから、本物の俺をじっくりと見てくださいよ!!」
反対側の隣でこっちを見ていたお客さんが吹き出す。
ご、ごめんね。せっかくのライブ中なのに、思わず突っ込んじゃった。
「なんでわざわざあんたの顔をじっくり見なきゃいけないのよ。あんたの顔なんていつも見てるのに」
うぉっ!? なんか周囲から地団駄を踏むような音が聞こえてきた。
な、何が起こってるんです!?
「ぐぬ! ぐぬぬぬ!」
「くっそ羨ましすぎる」
「一般人にこのマウントをして許されるのは検証班と小雛ゆかりだけ」
「とか言って、あいつ、さっき普通にARのあくあ様と手を繋いでたぞ」
「ただのツンデレかよ! 可愛いじゃねぇか!」
あっ、映像と曲が変わった。
するとみんなの目の前で歌っていたARが空を飛び始める。
すごいな。普通のライブじゃできない事をやってくる。
ここで俺がプロデュースするアイドルグループのうちの一つ、ガールズバンド形式のkinetik STARの5人がステージに出てきた。
「みんな。盛り上がってるー!?」
ゴシックロリータ調の衣装を身に纏った彼女達の登場に、観客席から大きな拍手が送られる。
彼女達はBERYLのライブツアーに参加してバックバンドやコーラスを務めてくれた事や、ロックアレンジやパンクアレンジしたBERYLの曲をネットにあげた事などがきっかけになって、BERYLのファンにもすごく人気が出てきた。
今回も彼女達は自分たちの曲じゃなくて、俺達の曲からセレクトして幾つかの曲を演奏する。
俺としては、彼女達のオリジナルの曲もいいのがあるから入れてもいい気がしたけど、あくまでも本運用前のテストだから俺たちの曲で色々と試してるって事かな。
それでもキネティックスターのボーカルの星川澪ちゃんは、俺たちBERYLやえみり、eau de Cologneにも楽曲を提供しているし、彼女はアーティストとしての才能だけならオーディション組の中でもずば抜けていたから、オリジナル曲をやらないのは少し勿体無い気がする。
後でここでのセットリストを決めているモジャさんと少し話してみるか。
「BERYLの全国ライブツアーの話はもう聞いたと思うけど、私たちキネティックスターも残りのライブツアーに帯同する事が決まりました!」
「やったー!」
「当然ですわ!!」
ボーカルの澪ちゃんの発表に、ベース担当の茅野芹香さんが素直に喜ぶ。
その隣でクラスメイトの津島月乃さんのお姉さんであるキーボード担当の香子さんは、さも当然よと言わんばかりの表情を見せる。
でも、こうこお嬢様、余裕たっぷりに扇子を仰ぐ手が震えてますよ。
それに気がついてるファンの人たちがこうこお嬢様に温かな視線を送る。
「正直、私は首だと思ってた」
「みんなが思ってた事を言うなて!!」
いつものように正直に思っている事を話すギター担当の桐原カレンさんに対して、インコさんのご近所さんだったらしいドラム担当の七瀬二乃さんがツッコミを入れる。
ははっ、俺は最初からこのメンツはバックバンドで1年は見るつもりでいたからね。
大きなステージでの場数も増えるし、まだ結成して1年も経ってない今の彼女達には何よりもそういう経験が重要だと思ったからだ。
俺達BERYLは、結成してからすぐ大きなステージばかりだったから、そういう準備する期間があまりなかった。だから初期のステージでは俺がカバーして、とあや慎太郎、天我先輩の魅力を100%引き出せていたかというとそうじゃないと思う。
だからこそ、キネティックスターのみんなは、ちゃんと経験を積んでチーム全体でいいパフォーマンスをできるようになってから活躍の場を広げていってほしい。
すでにボーカルとしても作詞作曲家としてもトップレベルにある澪ちゃんはもどかしいと思ってるかもしれないけど、そこは俺がカバーしてあげられたらと考えている。
BERYLを立ち上げたばかりの俺と、キネティックスターを率いている今の彼女は立場はよく似ているから。
俺は観客の声援に紛れて声を出す。
「もっと自信持てー!」
「って、この声はあくあ様!?」
あっ、気がつかれた。
さすがに男の声は俺しかいないから、よく通るしわかりやすいよな。
俺は隣にいる小雛先輩へと合図を送る。
「せっかくだから、あんたも行ってきなさいよ」
「はい!」
俺は小雛先輩の笑顔に押されて観客席から立つと、大きな声援に包まれてステージに登った。
よーし、ステージに登ったからには、俺もいっぱいサービスしちゃうぞー!
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