白銀あくあ、小雛先輩とデート!?
番組の罰ゲームで小雛先輩とデートをする事になった。
しかし、午前中に入ってたロケが撮影機材のトラブルで、収録が終わるのが遅れてしまう。
小雛先輩には遅れるのがわかった段階ですぐに連絡を入れたけど、待たせてしまっている事には変わりがない。
俺はタクシーを降りると、急いで待ち合わせ場所に行く。
「すみません。遅れました!」
俺が待ち合わせ場所に到着すると、ベリルインワンダーランドの入り口で小雛金剛力士先輩が仁王立ちで待っていた。
これは流石に怒ってるよな……。俺は小雛先輩に怒られるのを覚悟する。
「さぁ、行くわよ!」
あれ? 怒らないんですか?
俺が呆けた顔をしていると、小雛先輩が呆れた顔で軽くため息をつく。
「言っとくけど、撮影機材のトラブルで遅れたからって怒ったりなんてしないわよ。流石にすっぽかされたりしたら怒るけど、常に忙しいあんたが遅れたくらいじゃ誰も怒ったりなんてしないって。むしろ、あんたの場合、途中で誰かを助けてたり、何かの事件を解決してたり、地球の危機をなんか知らないうちにどうにかしてる可能性だってあるんだから、遅れた事くらいで一々文句言ってたら私が疲れるじゃない!」
「あ……はい。ありがとうございます?」
「なんでそこが疑問系なのよ!」
あっ、そっちはちゃんと怒るんだ。
ついに小雛先輩にも甘やかし期がきたのかと思ったけど、単純に怒るポイントが俺の想定とは違うだけだった。
「ほら! それより入り口でぼーっと突っ立ってた邪魔でしょ! 早く行くわよ!!」
そう言って小雛先輩は俺の後ろに回り込むと、両手で俺の背中をグイグイと押していく。
いや、さっき入り口の前で仁王立ちしていた小雛先輩の方が邪魔では? と言いかけたが、遅れてしまった俺が言える事じゃないのでグッと堪えた。
「あっ、その前に写真撮ってSNSにあげるわよ! ほら、こっちにもっと寄って!」
「はいはい。わかってますって」
俺は小雛先輩と顔を寄せ合うと、入り口の前で写真を撮る。
せっかくだからネタで嫌そうな顔でもしておくか。
で、2枚目は満面の笑みを撮ってと……これでいいな。
【あくあ様の顔www】
【ものすごく嫌そうな顔から満面の笑顔きたー!】
【あくあ様、意外と楽しんでるなw】
【白銀カノン:2人ともデート楽しんできてね〜】
【あれ? アヤナちゃんがいない。今日は仕事かな?】
俺はベリルインワンダーランドの入り口で、自分のパスポートを提示する。
それを見た周囲のお客さんが少しだけざわめく。
「あっ、白のパスポートだ。初めて見た」
「確かワンダーランドに住んでる設定の住民達、BERYLのみんなとかカノン様とかキャスト陣は白なんだっけ?」
「いいなー。私もパスポート欲しい。年間パスは瞬殺過ぎた」
「ねね、年間パスポートが薄い緑色で、キャスト用が白いパスポートっていうのはわかったけど、小雛ゆかりの持ってる薄い青色のって何?」
「あれはスタッフ用だよ。ここで働いてる人達が持ってるやつ。多分、小雛ゆかりとか鬼塚アナみたいに、定期的にここで出演したりイベントで協力してる人にも配ってるんじゃないかな」
パスポートを開いた入り口担当のメリーさんが小雛先輩の顔をジッと見つめる。
あれ? いつもは顔パスなのに、なんか様子がおかしいな。
「入国目的はなんや?」
「そんなの観光目的に決まってるじゃない! って、メリーさんが喋った!?」
ど、どういう事だ!?
俺と小雛先輩は驚いてお互いに顔を見合わせる。
「観光目的ぃ? そんな事ないやろ!! 本当はあのお城の中でやらしい事しようとしてるんとちゃうか!? うちの目は誤魔化せへんで!!」
「は、はぁ!? なんで急にそうなるのよ!」
うーん。このメリーさんの声、どこかで聞いた事があるような。
それにこの喋り方、何かが引っ掛かる……。
「くっそー! デモ版の乙女ゲーにベリルインワンダーランドが収録されてないうちへの当てつけか!!」
「デモ版……? 乙女ゲー……? ちょっとあんた、今すぐに顔を取りなさいよ。ここで」
圧を強めた小雛先輩がメリーさんの頭を掴む。
ちょ、ちょ! 小雛先輩、流石にそれはまずいですって!!
メリーさんの中身が見えちゃったら、子供の夢と希望を奪っちゃうじゃないですか!!
ただでさえ、メリーさんが聞き覚えのある関西弁を喋ってる事に周りの人たちも驚いてるんですから!!
「イテテ、そんな強く引っ張ったら首がもげるやろ! 動物虐待や!!」
「はあ!? 何が動物虐待よ! どうせ中に入ってるのはインコでしょ! ふざけた事してないで、さっさと頭を外しなさいよ!!」
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!
俺は慌てて小雛先輩をメリーさんから引き離す。
「小雛先輩ストップ! デート! これ、デートですから!!」
「そんなのわかってるわよ! もう! ほら、アンタも私に首をもがれたくないなら、ふざけてないでさっさと入り口を通しなさいよね!」
イン……メリーさんは、小雛先輩にパスポートを返すと、渋々、入り口のゲートを開ける。
「ゆかり……。美味しい選択肢の前では、確定で野良の小雛ゆかりが飛び出てきて邪魔してくるで。ホテルの寝室では気をつける事や」
「私がその小雛ゆかりなんだけど!?」
俺と周りで見ていた人達は、2人のやりとりに思わず吹き出してしまう。
小雛先輩にこんな絡み方ができるのは、インコさんとか楓くらいだよ。
「もう! 絶対に隠れて撮影してるでしょ!」
入り口のゲートを抜けたところで、小雛先輩がジト目で周囲をキョロキョロする。
「まあまあ。一旦それは忘れて普通に楽しみましょうよ」
「そうね。そんな事を気にしていたら楽しくないし、普通に遊びましょ」
うんうん。俺もそれが一番いいと思う。
小雛先輩は俺の手を引っ張ると、手前のお店をスルーしてズンズンと奥に進んでいく。
「小雛先輩、どこ行くんですか?」
「ヘブンズソードライド!」
ああ、人気のアレね。
小雛先輩が事前に予約を入れてくれたおかげで、俺達はあまり待たずにアトラクションに乗る事ができた。
「それではシートベルトを締めて、この専用ゴーグルを装着してください」
俺と小雛先輩はアトラクションに乗り込むと、言われた通りに専用のヘッドフォン付きゴーグルを頭に装着する。っと、ちゃんとその前にパスポートも言われたところに挿入しておかなきゃな。
ゴーグルを装着して暫くは何も見えなかったが、乗っていたアトラクションが動き出すとゆっくりと目の前が明るくなってきた。
『逃げろ。チジョーだ!』
「えっ? えっ? 何々!?」
目の前の画面と自分の体が上下に揺れる。
どうやら俺達は走ってチジョーから逃げているようだ。
俺は首を振って後ろに視線を向ける。
おおっ! ロ・シュツ・マーとクンカ・クンカーが追いかけてくる姿が見えた。
結構リアルだな。
「ちょっと! あいつら早過ぎでしょ! 追いつかれるじゃない!!」
確かに、このまま捕まったらどうなるんだろう。
そんな事を考えていたら、何かが横からぶつかってきた。
『危ない!』
すごい。振動圧で実際に横から誰かがぶつかってきたような感覚がある。
再び画面が真っ暗になると、瞼が開いて視界が明るくなっていく。
『大丈夫?』
俺を助けてくれたのは、とあが演じるSYUKUJYOの隊員、加賀美だった。
加賀美は手に持った銃でチジョーに応戦する。
とはいえ、生身のとあや隊員達ではチジョーを止める事ができない。
そこに1人の女性が駆けつけてきた。
『加賀美! その人を連れてすぐにここを離れるんだ! 私がサポートする!!』
『夜影隊長! わかりました!!』
アトラクションが再び動き出すと、加賀美と一緒にチジョーから逃げる。
しかし、その途中で新しいチジョー達に襲われて、攻撃を受けた加賀美が倒れてしまった。
「おい! 加賀美! しっかしろ!」
「加賀美! 起きるのよ!!」
開演前に試運転で乗った時とストーリーも変わってるし、機能がグレードアップしてるから初めて乗ったような気分だ。
俺と小雛先輩は完全にヘブンズソードの世界に入り込んで、アトラクションに熱中する。
『加賀美! 加賀美! くっ! そこのお前! 死にたくなかったら銃を手に取れ!』
えっ? 銃!? どこに!?
目の前の画面に銃のある位置を示す矢印が表示された。
ええっと、ここか。
って、すげぇ。ちゃんと銃を手に持った感触がある。
そういえば、アトラクションに乗る時に手すりのところに銃があったなと思い出す。
おそらくその映像とVRの映像が一致するように作られているのだろう。
俺は手に銃を持って構える。
……。
…………。
………………くっ! 撃てねぇ!
チジョーも元人間。
しかもみんな望んでチジョーになったわけじゃない。
俺は銃を構えたまま、撃つのをためらう。
「早く倒れなさいよ! えいっ! えいっ!!」
どうやら隣に座ってる小雛先輩は躊躇わずに銃を撃ってるみたいだ。
相変わらずのようで、ホッとした気持ちになるのはなんでだろう。
『どうした!? なぜ撃たない!? 撃たなければお前が死ぬぞ!!』
確かに夜影隊長の言う通りだ。
このままじゃ間違いなく全滅する。それでも俺は銃で撃つ以外の方法を模索してしまう。
銃を撃つのに覚悟が必要なら、撃たない事にも覚悟は必要だ。
俺は撃たない。それは俺が白銀あくあであるのと同時に、剣崎総司でもあるからだ。
例え、誰も見てなかったとしても、剣崎を演じた俺がここで銃を撃つわけにはいかない。
だからと言って、このまま指を咥えて見ているだけでいいのか?
否! 俺ならきっとこの状況でもどうにかできるはずだ!!
「ちょっと剣崎、あんた私の隣でぼーっとしてないで、さっさと変身しなさいよ!」
そうだよ! 俺が剣崎じゃねぇか!!
俺は手を伸ばしてカブトムシが来るのを待つ。
すると俺の目の前に、本当にカブトムシが飛んできた。
うおおおおおおおお! 俺がヘブンズソードだあああああああ!
って、あ、アレ?
通り過ぎていったカブトムシが後ろから来た人物の手に収まる。
『お母さんが言っていた。諦めなければ、必ず希望はある』
それは俺のセリフだろ!!
ぐぬぬぬぬ! 俺は画面の中に居るもう1人の俺に嫉妬する。
『変身っ!』
俺の変身に大きな歓声が沸く。
はいはい。ヘブンズソードヘブンズソード。
いじける俺の目の前で、ヘブンズソードがカッコよくチジョーを撃退していく。
『大丈夫か。よく頑張ったな』
戦いが終わった後、近づいてきた俺に肩を叩かれる。
並行世界にいるもう1人の俺と話してるみたいで、ものすごく変な感覚がした。
『加賀美を守ってくれてありがとう。今日から君もSYUKUJYOの隊員だ』
おおっ、田島司令だ!!
どうやら俺はSYUKUJYOの隊員に就職したらしい。
目の前の映像が切り替わると、再びアトラクションが動き出す。
ここは、SYUKUJYOが保有してる車の中か。
『新しいチジョーが現れた。君たちには今から俺と一緒に現場に向かってもらう』
橘さぁん!!
こっちにゆっくりと近づいてきた橘さんが、俺に視線を向ける。
『君は……新人か。あんまり無茶するんじゃないぞ。危なくなったら直ぐに俺を呼べ。必ず助けに行くから』
そう言ってスーツ姿の橘さんはメガネをクイットさせる。
いいぞ慎太郎。男の俺もちょっとだけキュンって気持ちになったわ。
『さぁ、現場に着いたぞ! みんな行こう!!』
橘さんの後に続いて俺達も車から出る。
この振動とか、耳に聞こえてくる息遣いとかが本当にリアルだな。
現実の世界だと勘違いしそうになる。
『くっ! 救援か!!』
おお! 神代だ!!
天我先輩演じる神代は橘と話しながら、チジョーと交戦を続ける。
『橘!』
『ああ、わかってる!』
2人はカッコよくポーズを決めると、ライトニングホッパーとポイズンチャリスに変身した。
俺は首を振ると、瓦礫が崩れて土埃のまう周囲を見渡す。すごいな。少しだけ埃っぽい匂いがするし、視覚や聴覚だけじゃなくて嗅覚にまで訴えかけてくる。
「もー! 倒しても倒してもキリがないじゃない!!」
イテッ! 小雛先輩の持った銃が俺の体に当たる。
お客様ぁー! 銃を手に持ったら左右に大きく振り回さずに、正面の敵に集中してくださいって警告文が出ましたよね!? 全く、小雛先輩の隣が一般人じゃなくて俺でよかったよ。
俺はここでもチジョーに向かって銃を撃たなかった。
その代わりに人がいるところに崩れてくる瓦礫や、人を襲おうとするチジョー達との間の地面に牽制で銃を撃ったりする。
しかし、銃でチジョーを撃たなかったためか。邪魔をされたチジョーが俺の方へと向かってきた。
そのピンチにポイズンチャリスが駆けつける。
『大丈夫か!?』
すごいな。程よい振動圧で、近くに神代の気配を感じるような気がした。
俺は特等席から神代演じる天我先輩のアクションシーンを堪能する。
そこにまた新たな助っ人が駆けつけた。
『加賀美! 我々も加勢するぞ!!』
『はいっ!』
おお! 今度は加賀美と夜影のW変身だ!!
ドライバーが揃ってきた事で、アトラクションに乗っていたみんなが大きく盛り上がる。
しかし、多勢に無勢。徐々に押されてピンチになった俺達は、チジョーに周りを囲まれてしまう。
そしてそのピンチに再び駆けつけたのが、もう1人の俺こと剣崎だった。
「いけー! 剣崎、そこでドライバーキックよ!」
だから、小雛先輩。隣にいる俺にドライバーキックが当たってますって!
アトラクションに乗ったら周囲の人に気を遣いましょうって注意受けましたよね!?
説明してくれたスタッフのお姉さん、小雛先輩の方に視線を固定して喋ってたの気がついてますか!?
『そこの君、俺の後ろに乗れ!!』
うおおおおお! 自分の運転するバイクの後ろに乗るって変な気分だ。
俺はヘブンズソードが運転するバイクの後ろに乗って、チジョー達と戦うヘブンズソードの勇姿を見守る。
ここからはもうお決まりのパターンだ。
いつものように剣崎が剣崎して、チジョーをその苦しみから救う。
『ごめんな。今まで待たせて』
『あ……あ、あ……あ、ありがとう』
どうやらこれで終了みたいだ。
時間にして10分もなかったけど、実際の放送を見たのと同じくらいの満足感がある。
「皆さん、お疲れ様でした。最後に記念品を受け取っていってくださいね」
俺は一緒に降りてきたお客さん達の楽しそうな顔を見て表情を崩す。
「見て見て! あくあ、私のSYUKUJYO隊員証どう!?」
おお! すごい! アトラクションに乗っていた時間の間に、名前まで印字してる。これはやばいな。
どうやらアトラクションに乗る前にパスポートを突っ込んだのは、そこから情報を読み取って隊員証を印刷するためだったようだ。
俺はワクワクした気持ちで自分の隊員証を受け取りに行く。
すると、小雛先輩とは違う色の隊員証を貰った。
「何これ? あ、階級が司令になってる!」
後でスタッフの人に聞いてわかった話だが、どうやらチジョーに向かって銃を撃たなかった事がポイントだったらしい。
やったー!
「ぶーぶー! なんで私が平で、あんたが司令なのよ!!」
「そりゃね。小雛先輩、俺の事、2回くらい殴ってましたもん」
他の人の隊員証も見せてもらったけど、どうやら射撃の上手い人は隊長の隊員証をもらえるみたいだった。
こういうところにこだわってるのが面白なと思う。
「まぁまぁ、それよりも他のところにも行きましょうよ!」
「そうね。じゃあ、写真撮ってさっさと次に行くわよ!」
ベリルインワンダーランドには他にもまだアトラクションや遊べるところがたくさんある。
小雛先輩は俺の手を引くと、また、どこかに向かって俺の体を引っ張っていった。
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