白銀あくあ、変……身……!
夏休み、俺が撮影をこなさなければいけないのは月9ドラマだけではない。
日曜朝の特撮ドラマ、マスク・ド・ドライバー ヘブンズソード。
今日は、俺が主演を務めるこの特撮ドラマの収録日だった。
「バイクって、こんなにも風が気持ちいいんだね」
俺のバイクの後ろに乗ったとあちゃんは目を輝かせる。
なぜ、とあちゃんが俺のバイクの後ろに乗っているかというと、俺が出演するドライバーの撮影を見学しに来てくれるからだ。ちなみに今日、撮影を見学してくれるのは、とあちゃん以外にも他に二人いる。
俺は、ミラーに映った後ろを走るバイクの姿を確認すると、マイクに装着されたインカムを使って喋りかけた。
「天我先輩、次の交差点、右に回ります」
「うむ」
天我先輩の運転するバイクの後ろには黛が乗っている。
流石に3人乗りはできないので、どうしようかなぁと思っていたところ、優しい天我先輩が我も見学したいとバイクを出してくれたのだ。
「そろそろ着きます」
撮影時間に間に合わせるために、早朝、人のいない街の中をバイクで駆け抜けるのは気持ちがいい。
朝の撮影は苦痛かもと阿古さんやスタッフの人たちからも聞いていたけど、俺はこういう時間が結構好きだし、人のいない時間を走るのはワクワクした。
しばらく走っていると街中でも人気のないところへと出る。目的の撮影現場だ。
俺はバイクを止めると、3人を連れて監督のところへ行く。
「おはようございまーす!」
俺が元気よく挨拶すると、3人も続いた。
「お邪魔します……」
「おはようございます」
「世話になる」
俺たち4人が現れると、事情を知らなかったスタッフさん達は少しびっくりしていたが、事前に撮影の見学を伝えていた監督さんやプロデューサーさんはにこやかな態度で迎えてくれた。
「やぁ、よくきたね、みんな。ゆっくりしていってね!」
監督の本郷弘子さんは、上下ジャージにサンダルという出立ちで、丸めた台本を握った手で腕を組む。
無造作に伸びた髪をヘアゴムでまとめて、メガネの奥の目は血走っていた。
一見するとやべー人にも見えるが、実はそうじゃない。
目の下の隠しきれないほどの隈を見ると、睡眠時間も惜しんで仕事をしているのは誰の目にも明らかであった。
本郷監督はそれほどこの仕事に情熱を傾けているのだろう。
そんな人が作り出す作品に出演することができるなんて俺は幸せ者だ。
「白銀氏、早速だけど、早めに外のシーン撮っちゃおうか。大丈夫? イケる?」
「はい! すぐいけます!!」
俺は更衣室で主人公剣崎の衣装に着替えると、撮影を行う場所へと向かう。
「台本は大丈夫かい?」
「大丈夫です、ちゃんと覚えてきました」
俺は軽く息を吐くと、白銀あくあから主人公の剣崎総司へと自らを変化させる。
誰しもが憧れる絶対的なヒーロー、それが本郷監督が剣崎を演じる俺に望んだオーダーだ。
撮影がスタートすると、止まっていた目の前の景色が動き出す。
「グギャギャギャギャ」
俺の目の前では、怪人たちが街中で暴れ回っている。
こいつらの名前はチジョー、街の秩序を荒らす悪い奴らだ。
「オトコ、ダー、オトコ、ヲ、ダセー」
従来のマスク・ド・ドライバーに登場していたチジョーの目的は、数少なくなった男たちを拉致する事だ。
女性たちはそれを阻止して男性たちを保護するために、SYUKUJYOという機関を作ってチジョーに対抗する。
そこでSYUKUJYOは、チジョーと戦うためにマスクドドライバーシステムを開発した。
過去の作品では、ドライバー適性のある女性達がそのシステムを使ってドライバーに変身して、チジョー達と戦いを繰り広げてきたが、今作はいつもとは違う。女性ではなく変身するのは男の俺だ。
「オンナ、ダー、オンナ、ハ、ヤレー」
度重なるSYUKUJYOの妨害によって、今回のチジョー達は先ずは男性を保護する女性たちを排除することへと目的を変えた。
放送初回となる第一話では、チジョー達が新しいマスクドドライバーの装備を運搬する護送車を襲撃するシーンから始まる。
「くっ……こんな時にドライバーがいたらっ!」
チジョーに抵抗するSYUKUJYOの女性隊員の一人がそう呟く。
部隊は壊滅状態、襲撃に巻き込まれた街を歩く一般市民の女性達は恐怖に震えている。
「せめて……せめて、これだけでも……!」
倒れた女性隊員は、マスクドドライバーの装備が入ったアタッシュケースへと手を伸ばすと解除キーを入力する。
すると、アタッシュケースが開いて、中に入っていたカブトムシの形をした掌サイズのロボットが空へと飛んでいく。このカブトムシ型ロボットこそ、ドライバーに変身するためのアイテムだ。
「頼む……から! お願い!!」
一縷の希望を賭けて、女性隊員は天へと手を差し伸べる。
もし彼女がドライバーの適性があったならば、カブトムシの機械は彼女のことを選んでいただろう。
しかし無情にもカブトムシの機械は、彼女の手を掠めてどこかへと飛んでいってしまった。
「ココ、マデダ! ケガレナキ、オトメ、ノ、ママ、チレ!!」
「くっ……せめて、死ぬ前に一度でいいから、男性と手を繋ぎたかった……」
絶望的な状態、誰しもが諦めた瞬間、カブトムシが消えた方向から一人の足音が聞こえる。
「ダレダ!!」
俺は手にカブトムシの機械を持って、ゆっくりと、それでいて堂々とした姿でチジョーのいる方向へと向かって歩く。
「オトコォ!?」
俺の姿を見て慌てるチジョー、その一方でSYUKUJYOの女性隊員は悲壮な顔を見せる。
「に、逃げてください! ここは危険です!!」
彼女は最後の力を振り絞り、俺に逃げるようにと声を荒らげた。
しかし俺は、立ち止まらずチジョーの方へと歩き続ける。
「オソエー、ラチダー!」
一人のリーダー格のチジョーの指示で、他のチジョー達がこちらへと向かってきた。
余談だがリーダー格の女性以外は全員、全身タイツを着ている。
「お母さんが言っていた」
俺は立ち止まると天に向かって拳を突き上げる。
「男でも、いつかは戦わなきゃいけない時があるって」
俺は手を大きくぐるりと回して、カブトムシを持った手をベルトの位置に当てる。
ちなみにこの変身ベルトは、元マスク・ド・ドライバーだったおかあさんの形見という設定だ。
「変……身……!」
撮影はそこで一旦カットし、俺はドライバーの衣装へと着替える。
本当はスタントでもいいと言われたけど、アクションシーンがやりたかった俺は、自分でやりたいと監督に申し出た。最初は難しいかと思ったが、監督が責任は私が取るからと言ってそれを認めてくれたのである。だから俺はその期待に応えなければならない。
「オトコダー! オトコダー!」
俺は自らの方に向かってきた、チジョーを一人づつ薙ぎ倒していく。
中の人達はプロ中のプロだから、安心して欲しいと言われたが投げ飛ばす時には流石に少し躊躇する。
でも流石はプロ中のプロ、綺麗に投げられた上で、見事な受け身を取っていた。
「クッ! オトコ、ノ、クセ、ニ!」
全員倒したところでチジョーのボスが向かってきた。
ちなみにこいつはトレンチコートを身に纏った外見をしていて、正式にはロ・シュツ・マーという名前らしい。
「ミロ、コレガ、ワタシ、ダ!」
ロ・シュツ・マーは、トレンチコートのような外套を開いて、中からビームのようなものが飛ばしてくる。
もちろん実際はビームなんて飛んできてないけど、役になりきっていた俺にはそう見えてしまう。
俺はそれを回避すると、ベルトに装着されたカブトムシの角のレバーを反対側へと傾けた。
「ドライバー……キック!」
俺はチジョーに向けて走る。
あらかじめ設置されていたロイター板を踏んで空中に大きくジャンプすると、ロ・シュツ・マーに向かって蹴るように足を前に突き出した。
もちろん実際に蹴るわけではないので、撮影では何もないクッションに向かって俺は着地する。
「グギャァァァアアアアア!」
断末魔を上げ地面に仰向けになって倒れるロ・シュツ・マー。
俺は消滅しかかっているロ・シュツ・マーに近づくと、彼女の体を起こして手を握った。
「ワタシ、ハ……ココ、にいるのに……」
チジョーは元から怪人だったわけではなく、みんな元人間だった女の子達という設定だ。
でも彼女達は男性との辛い思いから怪人へと変貌してしまったのである。
俺の目の前にいるこのロ・シュツ・マーもその一人だ。
こうやって目の前にいるのにも関わらず、男からはいないものとして空気のように扱われた事がきっかけで、その存在を認識してもらおうとロ・シュツ・マーになってしまったのである。
「変身……解除……」
ここでまた撮影をカットし、俺は通常の剣崎の姿へと戻る。
俺は剣崎の姿で、ロ・シュツ・マーの手を強く握りしめた。
「ああ……知ってるさ、君がいたことは、俺が覚えておく……だから……」
怪人の姿からゆっくりと人の姿へと戻っていくロ・シュツ・マー。
最後は晴れやかな顔で俺に微笑みかける。
「ありが……とう……」
実際の放送では、この後エフェクトと共にゆっくりと彼女は消滅してしまう。
でも撮影はここまでだ。
「はい、カーット!!」
本郷監督の大きな声が撮影現場に響いた。
俺はその残響と共に、余韻を味わうように、ゆっくりと剣崎総司から白銀あくあへと戻っていく。
「もう……最初からクライマックスだよ、これは……!」
振り向くと本郷監督が台本を握りしめたまま、直立不動の状態で涙をドバドバと流していた。
「ありがとう」
最初にそう言ったのは一人のスタッフだった。
「ありがとう!」
「ありがとうっ……!」
「ありがとう!!」
「ありがとうございます!」
何故かドラマは初回放送の撮影にも関わらず、みんなが最終回が終わったかのように立ち上がって拍手をしていた。
俺が困惑していると、見学していた3人が俺の方へと近づいてくる。
「白銀……我、感動……」
天我先輩は普通に泣いていた。
「白銀、すごくよかったよ」
黛もまた涙ぐんでいた。
「あくあ君、僕、感動しちゃった……」
とあちゃんもまた目に涙を溜めていた。
みんな喜んでくれるのはいいけど、少し大袈裟すぎはしないだろうか。
なんだか気恥ずかしい気持ちになった俺が戸惑っていると、本郷監督が俺たちの方に近づいてきた。
「ねぇ……よかったら君たち、特撮ドラマに出てみない?」
「え……?」
本郷監督からの唐突なお誘いに、撮影を見学していたとあちゃんや黛、天我さんは固まってしまう。
「い、嫌なら仕方ないんだけど……ちょ、ちょこーっと、ほら、エキストラみたいな感じでいいからさ。ね、ね? 先っちょだけでいいから、お願いしまぁぁぁあああああす!!」
本郷監督は何の躊躇いもなく土下座する。
そういえば本郷監督は、初めて顔合わせした時も、土下座したままの状態で俺が来るのを待っていた。
仕事を受けてくれた事への感謝の表れを姿勢で示していますとのことだったが、あまりにも強烈な出来事だったのでよく覚えている。後から他のスタッフさんに聞いた話によると、本郷監督は予定時間の3時間前から来て、その状態で固まっていたらしい……。それを聞いた俺は、本郷監督には、逆に気を遣うので次からはやめてくださいねと言った。
「本郷監督、そんなことされたらみんな断りづらいですよ」
俺は3人が断りやすくなるように助け舟を出す。
「そうだな。3人ともすまなかった!! でも! 私のこの熱意は本物なんだ!!」
本郷監督の熱意は凄まじく、ただでさえ熱い夏の気温がさらに上がっているように感じる。
黛は小さく手を上げると、口を開いた。
「監督……その、僕たちは素人なんですけど……」
「何も問題がないっ!! 必要なのはやってみたいと思う熱いハートがあるかどうかだけだ!!」
拳を突き出した本郷監督の瞳はメラメラと燃えていた。
それをみた天我先輩が一歩前に出る。
「我は、協力してもいいぞ」
「て、天我先輩!?」
まさかの返答に俺はたじろぐ。
すると天我先輩に続いて、とあちゃんも一歩前に出た。
「僕も……やっても、いいかな」
「と、とあちゃん!?」
とあちゃんの前向きな言葉に俺がびっくりしていると、黛もそれに続く。
「二人がそういうなら僕もやってみようか」
「ま、黛!? 本当に3人とも大丈夫なのか? 断ってくれてもいいんだぞ?」
俺は確認のために3人に再度尋ねる。
しかし3人は大きく首を縦に振って大丈夫だと言った。
「白銀、僕たちは素人かもしれないが、やれるだけのことはやってみるよ」
「うん。ぼ、僕も、これがきっかけになればイイって思うから」
「我……頑張る。ドライバー、カッコイイ……」
どうやら3人の決意は固いようだ。
正直なところ、気持ちだけじゃ演技はどうにかなるようなものではない。
でも……何かに挑戦したいと言ってる人がいたら、俺はそれがたとえ友達じゃなかったとしても背中を押してあげたいと思った。それに監督だってエキストラでもと言っていたから、出演するシーンも少ないだろうし大丈夫だろう。
「わかった! 俺に協力できることなら協力するよ!! 一緒に頑張ろう!!」
この時の俺は、まだ何も知らなかった。まさか、これがきっかけであんな事になるなんて……。
後に、この国のドラマ史に残る、史上初の視聴率100%という大記録を打ち立てた、伝説の特撮ドラマの撮影が始まった。




