九条よしみ、余計なお節介。
ゆかりが家出をして3年。中学生だったゆかりが高校生になった。
「うう、ゆかりの制服姿、ちゃんと写真に収めなきゃ……!」
入学式の前日、前乗りしてホテルで一泊した私は持ってきた望遠レンズ付きのカメラで愛娘の制服姿を収める。
この日のためにオーダーメイドで受注した望遠レンズを買って本当に良かった。
1000万くらいしたけど、娘のためと思えば安いくらいだと思う。
後ろに居たお母さんが、感動で体を震わせる私をジト目で見つめる。
「そんな無駄金使わなくても、普通に声かけて仲直りすれば好きなだけ近くで写真撮れるわよ」
「もう! お母さん、それができないから、こうやって娘にバレないように写真を撮ってるんじゃないんですか!」
お母さんは私の背後で両手を広げると、「ダメだこりゃ」と呟いた。
むぅ……お母さんはそう言うけど、私とゆかりは会えば口喧嘩をしてしまう。
そういうつもりはないのに、どういうわけか最終的に毎回そうなってしまうせいで娘は家を出て行ってしまった。
確かにお母さんの言うとおり、娘とちゃんと話し合って解決できればそれが一番良いと思う。
でも、話し合った結果、また拗らせて今以上にゆかりとの仲が悪くなってしまったら?
お母さんのところからも出ていって、私の手が届かないところにゆかりが行ってしまったら?
最悪の未来を考えたら、私は一歩を踏み出せずにいた。
「はわわわ、お母さん、ゆかりが映画に出てます! うちの娘が映画に出てます!!」
「知ってるわよ。もう2度目だもの」
お母さん、まだ2回しか見てないんですか!?
私なんて初日の朝4時から並んで、もう30日連続で映画館に来てるのに!?
もちろん初回特典付きのDVDとBDだって予約済みだ。
エキストラの娘が出てるのはワンカットだけしかないけど、初回特典のミニパンフレットにはエキストラも含めた全員の名前がクレジットされている。
購入するのに、私にとっては十分な理由だった。
「はあ……映画館で観なくても、家にくれば普通に会えるのにねぇ」
だ・か・ら! それができないからこうやって映画館で観てるんですよ!!
そんな事、言わなくてもわかってくださいよ。もう!
女優への道を歩き出したゆかりはメキメキと頭角を表し、次第に映画やテレビドラマで主演を張るようになっていく。
私はその度にテレビを録画し、映画館に通い、ゆかりが掲載されている雑誌を買ったり、DVDを買ったりしていました。
「はぁ……役者じゃなくて生のゆかりがみたい」
人って豊かになると贅沢になっちゃうんですね。
女優として活躍した事でゆかりの露出が増えたのは良かったけど、ゆかりはバラエティに出たりするようなタイプの女優じゃなかった。
誰かを演じているゆかりじゃなくて、ゆかり自身が喋ってる姿が見たい。
そう思ってしまいました。
「だから、家に来たら好きなだけ見れるわよ。今、うちに泊まってるから」
だ・か・ら! それができたらこうやってお母さんに言ったりしないでしょ!!
それよりほら、私がお願いした生のゆかりの写真撮ってきてくれたの!? ほら、早く見せて!!
こうして私はお母さんが撮ってきてくれたゆかりの写真で、ゆかり本人に会いたいという欲求を満たしていました。
「お母さん! 誰なんですかこの男は!?」
女優として躍進するゆかりが【優等生な私のお兄様】という月9ドラマに出演する事になりました。
その告知ポスターを見た私は、ゆかりと寄り添う男性の姿を見てびっくりする。
あまりにもびっくりしすぎて、後ろにひっくりかえたまま私は数時間ほど気絶してしまいました。
「誰って、あくあ様でしょ。そんなのもう生まれたばかりの子供でも、インターネットが使えない100歳超えのお婆さんでも知ってるわよ。何? あんたの家ってインターネットが通ってないの?」
「そんなの言われなくても知ってます! あと、インターネットだって通ってるわよ!!」
私が聞きたいのはそういう事じゃない。
あの男嫌いのゆかりが男性と共演してるんですよ!
共演した男優を泣かせた事も数知れず、男性側から共演NGまで出てるあのゆかりが、告知ポスターとはいえ、男性とピッタリと寄り添うなんてどう考えてもおかしいです。
私はすぐにゆかりを預けている越プロの社長に電話をかけました。
「もしかして、事務所の圧力じゃないでしょうね?」
「い、いえ……これは小雛ゆかりさんからの希望でですね」
私は越プロの社長の説明を聞いて納得する。
興味がなかったから知らなかったけど、ゆかりの親友、天鳥阿古さんが代表を務めるベリルエンターテイメントいう事務所に、どうやらこの男性が所属しているらしい。
越プロの社長曰く、ゆかりがこの男性の演技を見て、親友の天鳥阿古さんに今回の共演を持ちかけたそうだ。
もう! いくらあなたの好きな子のためとはいえ、男性と共演するだなんて!!
例のハサミ事件の事もあって心配になる。
学校でゆかりが孤立していた時期も、天鳥阿古さんが居た事でゆかりは救われた。
その男性のせいで、ゆかりと天鳥阿古さんの関係が悪くなったらどうしよう。
私はそれが心配で仕方なかった。
でも、その男性との共演がきっかけで、ゆかりを取り巻く状況が一気に変わってしまう。
『白銀あくあと!』
『小雛ゆかりの!』
『『オールナイトジャパン!!』』
今まで一切バラエティに出なかった娘が、急にテレビやラジオに出るようになったのです。
雑誌だって業務的な番宣以外はしなかったのに、白銀あくあとの共演がきっかけでそれ以外の仕事まで受けるようになりました。
『ところでみなさん一ついいですか。実はさっき楽屋で、今から本番なのでスタンバイしてください。って、スタッフさんが呼びにきてくれたんですよ。その瞬間、席から立ち上がった俺の目の前でお弁当の蓋を開けて、食べようとしている人がいたんです。誰だかわかりますか!?』
『お腹が空いてたんだから仕方ないでしょ。一口くらい食べたっていいじゃない』
男性と普通に会話をするゆかりの声を聞いて、頭が真っ白になりそうでした。
一体、ゆかりに何があったんだろう?
白銀あくあは、それまでの世間が抱いていたゆかりのイメージを一気に変えました。
『小雛先輩、口の横に米粒つけたまま喋らないでくださいよ。前に座ってる俺から丸見えなんですって』
『えっ? どこどこ? ちょっと鏡がないじゃない! あんた、とって』
『あー、もー!! ほら、取りましたよ』
『ん、ありがとう』
なんでよりにもよって映像がないラジオでそんな事するのよ!!
私は机を両手で3回ほど強く叩きました。
『ところで米粒といえば小雛先輩はどのお米が好きですか? 俺は最近だと青森か山形産を好んで使ってますが、定番の新潟や秋田、新品種で伸ばしてきている北海道や宮城も捨てがたい。いや、最近の気候変動で九州や四国、山陰地方で採れたお米も東北と張り合えるくらいの品質を……』
『は? お米なんてどこの食べても美味しいでしょ』
『小雛先輩……日本人と米農家に謝ってください』
『私も日本人なんだけど!? えっ? 全部美味しいじゃダメなの!?』
このラジオの放送があった翌日、スーパーのお米売り場に人だかりができる。
一時期はテレビでお米の高騰化もあり得るのでは? と、囁かれたものの、数年前に羽生総理が食糧の自給率を上げるために減反政策から増反政策へと切り替えた事が功を奏して日本は米不足になる事はなかった。
その一方で白銀あくあが購入した産地のお米のブランド価値が上がり、SNSで彼がどこの米を買ったかの情報が上がる度にその産地の米農家は潤ったという。
白銀あくあという男性は、それに限らずとにかく凄かった。
ビスケット事件、おなす事件、うどん事件と、彼が関わったものは飛ぶように売れていく。
それもこれも、彼が今までの男性とは大きく違っていたからだ。
彼は誰に対しても優しく、彼が現れた事で多くの女性達が満たされ救われていく。
また、彼によって変えられた他の男性達の活躍もあって、男性達も良い方向へと変わっていった。
「ぐぬぬぬぬ!」
私は世間一般の女性達と違って、私以上に娘と仲のいい姿を見せつける白銀あくあに嫉妬していた。
こんなのは八つ当たりだって自分でもわかってる。
むしろ楽しそうなゆかりを見ていると、私は感謝しなきゃいけないって自分でもわかっているわ。
「まぁ、あんたの気持ちはわからなくはないわよ。だって、あんたは娘がこんな世界でも生きやすいように教育しようとしていたのに、あくあ様はそんな世界を一気に変えてしまった。さすがはあくあ様ね! 私やあんた、ゆかりみたいな性格の女の子でも生きやすい世の中を作ってくれたんだもの」
もし、こうなるって未来がわかってたのなら、私はゆかりに対して厳しく躾をしようとは思わなかった。
華族の生まれであるゆかりが、少しでもこの世界で生きやすいように……。
そう願って自らを強く律した私は、娘のゆかりを甘やかしたいのを必死に我慢して、九条家の家長として将来後継者になるであろうゆかりに対して厳しく接してきた。
でも、ゆかりにとっては自らの未来を妨げる九条家自体が邪魔だったのよね。
『ねぇ、本当にいいの?』
『はい。ゆかりの事をよろしくお願いします』
ゆかりが家出をした事で私に躊躇いはなかった。
娘が、ゆかりが幸せになるには、九条の家にいちゃいけない。
だからお母さんに頭を下げて、ゆかりを小雛の籍に入れてもらった。
こうする事で、ゆかりが女優として活動する時に九条は足枷にならない。
もちろん九条の名前を使えば最初から主演女優を当てがわれるかもしれないけど、ゆかりの性格を考えるとそういうのは望んでないという事がわかっていたからだ。
「ねぇ、あくあ様のおかげでゆかりもだいぶ丸くなってきたみたいだし、一度ちゃんと話し合ったらどう?」
「無理よ。今更どうしろっていうの。私は一方的に見てるけど、あの子からしたら10年以上会ってないのよ」
白銀あくあと出会った事で、確かにゆかりは少し、ううん、だいぶ丸くなったと思う。
だから本当は彼に感謝しないといけないのに、私は……。
「あああああああああ!」
初めて会った白銀あくあに嫉妬心から何度も嫌味を言ってしまった。
私はお布団の中で自分の面倒臭い性格を悔やむ。
それなのに、彼は私の愛する娘を、ゆかりをちゃんと約束通りに私に会わせてくれた。
もうそれだけで私にとっては十分だったのに、ゆかりとの13年近くにも及ぶ蟠りまでなくなってしまう。
【九条よしみ:この前はありがとうございました】
【白銀あくあ:いえ、むしろこちらこそあの時は来てくれてありがとうございます!】
【九条よしみ:京都の近くに来たら寄ってくださいね。たくさんお礼しますから】
【白銀あくあ:はは、小雛先輩にはいつもお世話になってますから。気にしないでくださいよ】
【九条よしみ:ダメです。私にできる事があったら、なんでも言ってくださいね。なんでもしますから】
【白銀あくあ:なんでもぉ!? お母さん……なんでもだなんて気軽な言葉を使わない方がいいですよ】
確かにそうね。
いくら華族じゃなくなったと言っても、私は九条家の人間ですもの。
くくり様の一声で華族は解散になったけど、それもつい最近の出来事です。
バックボーンを生かし既に地位を固め資金を蓄えていた華族の家は、華族じゃなくなったとしても政治や経済において今だに強い影響力を持っている。
それこそ藤財閥の藤蘭子や、政権与党で陰のフィクサーを務める藤堂紫苑がいい例だろう。
私はあくあ“様”とのメッセージ交換を終えると、ゆかりに電話をかけた。
『何?』
「そ、その……この前、風邪ひいたって言ってたから」
ゆかりの声を聞いた私は感動で涙を流した。
ああ、この後「そんな事でかけてくるな!」って怒りながら電話を切られたとしても満足です。
でも、ゆかりは電話を切らなかった。
『大丈夫よ。ちょっと2泊3日の旅で疲れが出ただけだから』
「そ、そっか。それならいいんだ」
白銀キングダムには、最高の医療スタッフが揃っているとネットの掲示板に書いてあった。
だから大丈夫だとは思うけど、ただの風邪だって心配です。
それこそ、風邪に見せかけてただの風邪じゃない場合も……も、もしかして、風邪じゃなくて妊娠してたりとか!?
私は慌ててゆかりに探りを入れる。
「ところで、あくあ様とはどうなってるの?」
『あくあ様!?』
しまった。私は軽く咳払いをする。
「お母さんがそう言ってたからうつっちゃっただけよ」
『ふーん。まぁ、いいわ。あくあとは……そうね。最近は特にこれと言って別に何もないけど』
これと言って別に何もない!?
おかしいわね。普通に考えて何もないわけなんてない。
そもそも、ゆかりに対してあんなによくしてくれるなんて、普通の男性に当てはめて考えたらあり得ない話だ。
そう考えると全ての事に対して腑が落ちる。
「なるほど、ところで2人の結婚式はいつなのかしら?」
『2人の結婚式? 誰と誰の?』
んんっ! 誰と誰のだなんて、そんなのあくあ様とゆかりの結婚式に決まってるじゃない!
もう! 相変わらず察しが悪いんだから!!
「あなたとあくあ様のです」
『はあ!? 私とあいつの結婚式!? きゅ、急に何、寝ぼけた事を言ってんのよ!』
なるほど……この慌てよう。2人は隠れて付き合っているのね。
あくあ様もゆかりも芸能人、それもトップアイドルと日本でナンバーワンの女優だ。
2人が付き合っているのが世間にバレると、きっと大きな騒ぎになるでしょう。
だから、母である私に対しても付き合っている事を打ち明けられないのですね。
ええ、ええ! 察しの悪いあなたと違って、母にはちゃんとわかっていますよ。
「母は寝ぼけてなんかいませんよ。それよりも、ゆかり……貴女、2人の時もあくあ様に同じような態度を取ってるんじゃないでしょうね?」
『ちょっと!? なんで変な方に話が飛ぶのよ!!』
別に母は変な話なんてしていませんよ。
もし、娘のゆかりに至らないところがあったとしたら、母である私が付き添いとして男女の交際について深いサポートしなければいけませんもの。
「はあ、もういいです。今のあなたの反応で全てがわかりました」
『今ので何がわかったというのよ!!』
確かあくあ様は雑誌のインタビューで制服を着ている女性が好きだと言っていました。
幸いにも私は、いつかゆかりと和解した時のために、ゆかりと失った十数年を取り戻すために、ゆかりが学生の時に来ていた制服や体操服、スクール水着を着てもらうために全て取っています。
ゆかりは普通にゴミ出して捨てようとしたけど、お母さんに言って私がきっちりと回収しました。
もちろん、ゆかりが使っていたランドセルや帽子はもちろんのこと、子供服も押し入れの中に大事にしまっています。
第二次性徴が早かったゆかりは、子供の時にはもう今の身長になっていました。
ゆかりはそこで身長はストップしてしまいましたが、そのおかげでゆかりは今でもあの頃の服が着れるはずです。
「後で母が必要なものを送りますからわかっていますね」
『何を送ってくるのか知らないけど、変な物を送ってきたら捨てるわよ!』
それは困りますね。
ああ、そういえば、あくあ様から「小雛先輩に捨てられそうな物を贈る時は、間にクッションを置いて雪白えみりさんに送るといい」って言っていた気がします。
後で私の秘蔵コレクションをまとめて彼女に送っておきましょう。
彼女はゆかりと違って思慮が深く見えるので、きっと全てを察して有効に活用してくれるはずです。
『もう! 訳のわからない電話かけてくるなら切るわよ!』
あっ……。
ゆかりに電話を切られると思ったら、急に寂しい気持ちになってしまう。
『ねぇ……。私に内緒で、しょっちゅうお婆ちゃんとは会ってたんでしょ?』
「え、ええ」
やっぱり嫌だったのかな?
私は電話を手に持ったまま、部屋の中を右往左往する。
『……今度はいつくるのよ?』
「え?」
私はびっくりして電話を落としそうになった。
『だから、今度はいつくるのよって聞いてるの! その……どうせお婆ちゃんに会いに来るなら、こっちにも顔をだしなさいよ』
「ゆかり……」
私は口元に手を当てて涙を流す。
まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
ほ、本当に会いに行っていいの? 私、明日……いや、今から行くけど大丈夫?
『そ、そういう事だから! 今度こそ切るからね!! あ、あん……お母さんも風邪ひかないように、あったかくして寝なさいよ! じゃあね!!』
そう言ってゆかりの電話がぷつりと切れる。
私は涙を拭うと、すぐにお手伝いさん達を呼んで準備を整えてもらった。
せっかくだから、この秘蔵コレクションも雪白えみりさんに渡しておこう。
スクール水着を着たゆかりを見たら、きっとあくあ様だって喜んでくれるはずです。
私が段ボールの蓋にガムテープを貼ってる後ろで、お手伝いさん達は誰が東京に行くかでじゃんけんしていた。
「それじゃあ、行ってくるわ。留守は任せたわね」
「はい……」
私はじゃんけんに負けて落ち込んでいたお手伝いさん達に手を振って家を後にする。
ふふっ、仕方ないから、彼女達のために白銀キングダムのお土産でも買って帰ってあげましょう。
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