小雛ゆかり、おバカな犬ほど可愛い?
「んんーっ! あー、よく寝た」
私は目が覚めると手をあげて体を伸ばす。
思ったより疲れていたのかすぐに寝れたし、朝の目覚めも快調だ。
「お、おはようございます」
ん? ああ、そういえばお布団が一つしかなかったから、あんたと一緒に寝たんだっけ。
私は血走った目をしたあくあを見てギョッとする。
「あんた、その顔どうしたの!?」
「い、いえ、なんでもないです」
いやいや、なんでもない事ないでしょ!
あくあはもそもそとお布団から出ると、朝風呂に行くと言って1人でお風呂に行った。
大丈夫? やたらと前屈みになっていたけど、お腹を壊してるならちゃんと言うのよ!
私はあくあがお風呂に行っている間に、携帯をいじって今日のプランを再確認する。
えーっとまずは電車に乗って山梨から長野県に移動。松本市にある駅から高速バスに乗って岐阜県飛騨高山へ行こうって話だっけ。
そのためにはまず写真をいっぱい撮って、移動や食事のためのお金を貯めなきゃね。
私は部屋を出ると、外で掃除をしていた女将のお婆ちゃんに声をかける。
「おはようございます。いい朝ですね」
「おはようございます。昨日はよく寝れましたか?」
私は笑顔で「ええ、とっても」と答えた。
「もう朝食になさいますか?」
「あっ、その事で相談があるんだけど……」
私はお婆ちゃんに近くで何かできる事がないか聞いてみた。
残念ながら財布の中はもうすっからかんだ。
ヒッチハイクが禁止されているから、何かをして写真を撮らなきゃ私達はここから動けない。
「この辺だとそこの笹子川で釣りをするくらいしか……」
「それよ!」
私はお婆ちゃんから釣具を借りると、お礼を言って自分達の部屋に戻る。
するとお風呂上がりで妙にすっきりとした顔のあくあが立っていた。
「どう、すっきりした?」
「はい、かなりスッキリしました!!」
私はあくあに釣具を借りて来た事を説明する。
「なるほど、俺達で朝食の川魚を釣るわけですね!」
「そうそう。この時期だと鮎釣りできるんだって」
私達は一緒に宿を出ると、笹子川に出て釣りを始める。
って、何その手? えっ? あんたじゃなくて私が釣るの!?
「ほらほら、俺が釣り方を教えてあげますから」
「わ、わかったわよ。私に任せておきなさい!」
あくあは私の後ろに回り込むと、一緒に釣竿を持って釣りを始める。
糸を垂らして少し経つと、ほんの少しだけ釣竿が動いた気がした。
「今の動いたんじゃない!?」
「いや、動いてないっす。小雛先輩が自分で動かしただけっす……」
え? 私?
どうやら自分でも気がつかないうちに、自分で釣竿を動かしていたみたいだ。
私は目を細めて糸を落とした場所に集中すると、鮎が引っかかるのを待つ。
……。
…………。
………………。
あーあ、なんか飽きてきちゃった。
釣りってもっとこう簡単に釣れるんじゃないの?
「ねぇ、釣りって何が面白いの?」
「小雛先輩……急に暴言吐くのやめてもらえます?」
だって、全然釣れる気配がなくてつまらないんだもん!!
「って、小雛先輩、引いてますよ! 早く!」
「わわっ!? ちょ、急にくるなばか!!」
あくあは呆れた顔で私を見る。
何よ! なんか文句あるわけ!?
「小雛先輩……お魚に対して急にくるなって、そんなの言うの小雛先輩だけですよ……」
「別にいいでしょ! ほら、それよりも早く手伝って!!」
あくあが手伝ってくれて、私は生まれて初めて鮎を釣る。
「やったやった!」
ほら、どう!? 小雛先輩すごーいって、褒めてくれたっていいのよ!!
あくあは釣った魚を見せつけながらドヤ顔をする私の隣に立つと、パシャリと写真を撮る。
もしかしてその写真を投稿するつもり?
【月街アヤナ:わっ、ゆかり先輩が釣ったんですか? すごい!】
さすがはアヤナちゃん!
あくあより全然気が利いてるじゃない!
私はアヤナちゃんのコメントだけ見ると、その後に続く楓やインコ達の余計な事しか書いてないコメントは無視する。
「おっ、釣れた釣れた」
ちょっと!?
苦労してなんとか1匹釣った私と違って、なんであんたは入れ食い状態でポンポン釣れるのよ!!
「これだけあれば十分でしょ。ほら、小雛先輩、一緒に写真撮りましょう」
……なんだろう。なんかすごく負けた感じがして腹が立つ。
私はバケツいっぱいつったあくあをジト目で見つめる。
【雪白えみり:小雛パイセンおちんついて】
【森川楓:いやー、ゆかりは初めての釣りにしては頑張った方だと思うよ】
【鞘無インコ:せやせや! ゆかりも初めてにしてはよくやった方やで】
くっ……! こういう時だけ妙にフォローしてくれるこいつらは一体なんなのよ!!
でも、とりあえずフォローありがと!!
「小雛先輩、何やってんですか? お腹ぺこぺこだから、早く帰りましょうよ」
「わかってるわよ! もーっ、だからあんたは一歩の歩幅がデカすぎるんだってば! 5歳くらいに戻りなさいよ。私が抱っこしてあげるから!!」
「流石にそれは俺でも無理ですって」
私はあくあと一緒に宿に戻ると、お婆ちゃんに釣具を返してお礼を言う。
そのついでにキッチンを借りて、釣ってきた鮎を串焼きにした。
「うわー、美味しそう」
「ほら、小雛先輩、一緒に鮎食べるところ写真撮りましょう。そのために囲炉裏で串焼きにしたんですから」
前回の肉まんもそうだけど、こう言うのが意外と点数稼げるのよね。
私とあくあは鮎の串焼きに一緒にかぶりつくところを写真に撮る。
【白銀カノン:これは飯テロ案件ですね】
【桐花琴乃:日本酒か白米で食べたい……!】
【来島ふらん:小雛先輩、これじゃあラブラブ写真じゃなくてモグモグ写真です】
【ダメだ。お腹空いてきた】
【旅感あっていい!】
【美味しそう……】
ふふふ、そうでしょうそうでしょう。
昨日しっかりと歩いてさっきもちょっと歩いたから、塩分濃いめの鮎の串焼きが体に染みる。
これが晩御飯で、あくあがいなきゃ私だってお酒を飲んでたかもしれない。
「ポイントはどうです?」
「見てみる」
食事が終わった後、私はAIの評価値を確認する。
やった。最初に撮ったのと2枚目で1万近く稼げてるし、さっきのは89%もある。
って、これが89%!? やっぱりこのAIポンコツなんじゃない?
【オナカスイタ……ワタシモ ナニカタベタイ】
あんたAIでしょ!? 何食べるの!? 電気!? それともガソリン!?
いや、ていうか、こいつ絶対に人間でしょ!!
AIなのにやたらと私情が多いし、匙加減の振れ幅が全然論理的じゃないもん。
私が携帯端末にジト目を向けていると、洗い物が終わったあくあが声をかけてきた。
「小雛先輩……どうかしました?」
「なんでもない。ただ、投稿した写真の合計で2万近くあるから飛騨高山まで一気に行けるわよ!」
私はあくあとハイタッチすると、布団を畳んで宿を出る準備をする。
「お婆ちゃん、ありがとね」
「お世話になりました」
「こちらこそ、近くに来たらまた来てくださいね〜」
私とあくあは手を振って宿を後にすると駅まで歩く。
再び駅から電車に乗った私達は甲府市を通り越えて一気に長野県の松本まで進んだ。
本当は観光名所に立ち寄るべきなんだろうけど、飛騨高山に向かうなら1時までにバスに乗らないといけないのよね。
「ね。あんたって全国ツアーで長野に来るんでしょ? せっかくだから、ここで一枚撮っておいた方がいいんじゃない?」
「確かに! それじゃあ、この近所にお城があるみたいなんで一緒に撮りましょう!」
私とあくあはバスが来るまでの時間を利用して、お城をバックに写真を撮る。
【あれ? もしかして、全国ツアーの日付間違えた?】
うん、コメントはこれでいいでしょ。
私はSNSに撮った写真をあげる。
【やったああああああああああああああ!】
【ありがとうございますありがとうございます!】
【本番で来る日をお待ちしています!!】
【あくあ様達が長野県に来るんだって実感が今沸いてきた】
【本当にBERYLのみんなが長野県に来るんだ】
【小雛ゆかり、気が利いてる。こういうところが憎めないし好き】
【あくあ様、妊婦の嫁達に是非とも長野のフルーツを買ってあげてください。特に梨がおすすめです!】
【くっ、我らが地元山梨でもフルーツを買って欲しかった。長野に負けないくらい美味しいのに!】
妊婦のみんなにフルーツか。確かにいいかもね。
私は近くに居たスタッフを手招きする。
「ねぇ。お土産を買う時くらいいいでしょ。私のお財布貸してよ」
「あっ、はい」
私とあくあは駅に戻るついでに近くにあるデパートに立ち寄る。
そこの地下で長野と山梨のフルーツをいくつか注文して、白銀キングダムに配送してもらった。
「小雛先輩、嫁達だけじゃなくてみんなの分までありがとうございます!」
「いいっていいって、どうせ後で私も食べるしね」
それにあそこに住んでたら、家賃も水道光熱費も通信交通費も食費も消耗品費も必要ないからお金が溜まっていく一方なのよね。
だから、カードを使ってドーンと買った。
「す、すげぇ」
「1人で1000万くらい買って行ったぞ」
「外商と支配人が慌てて降りてきて草」
「さすがは大女優、金の使い方の次元が違う」
「白銀キングダムのスタッフの分も入れたらそれくらいかかるかな?」
「ちゃんとスタッフさんの分まで買うとかえらい!」
「くっ! 小雛ゆかりの好感度があがってしまう! 今すぐにでも何かをやらかしてもらって下げないと!!」
ちょっと! 最後のやつ聞こえてるわよ!!
なんで上がった好感度をわざわざ自分で下げなきゃいけないのよ!!
「小雛先輩、そろそろバスに戻らないと」
「そうね。乗り遅れたら夜まで待たなきゃいけないから急ぐわよ!」
私はスタッフにお財布を返すと、バス乗り場に移動する。
高速バスに乗るのなんて何年ぶりだろう。
昔、ありたっけのお金をかき集めて家出をした私は、1人で深夜バスに乗って京都から東京まで上京してきた時の事を思い出した。
「小雛先輩、どうかしました?」
私がバスを前にして少し立ち止まっていると、あくあが心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。
「なんでもない。ただ、ちょっとだけ昔を思い出しただけ。ほら、さっさと乗りましょう」
私はあくあの背中を押すと、飛騨高山行きの高速バスに乗り込む。
ここから大体2時間30分くらいかな? お昼ご飯は朝が少し遅かったから到着後に食べるとして、今は少しでも休んで……って、あんた何してるの?
気がついたら、あくあが前に出てマイクを握りしめていた。
「松本市発、飛騨高山行きのバスにご乗車の皆さん。観光バスガイドを務めるBERYLの白銀あくあです」
ちょっとぉ!? あんた、何やってんのよ!?
朝起きた時、目がギンギンだったし、昨日あんまり寝れてないんじゃないの?
それならこういう時に大人しく寝ておきなさいよ!!
えみりちゃんみたいに変なエンタメ力発揮しなくていいんだってば!
「きゃー!!」
「あくあ様ーーー!」
「私、一生分の運をここで使い切ったのでは?」
「どうやら私は前世で世界を3回くらい救ったらしい」
「全国ツアー当たらなかったから、本気で嬉しい!!」
ちょっと、なんでみんなこっちもチラチラみるのよ!?
あー、もう、わかったってば! 私も前に出たらいいんでしょ!
私は前に出るとあくあからマイクを奪う。
「あんた、初めて来る場所なのに、バスガイドなんてできないでしょ!」
「そこは気合いとパワーでどうにかなるって楓が……」
「一番参考にしちゃいけない大人の意見を参考にするな!」
私のツッコミに大きな笑い声が起きる。
マイクを手に持った私は、席に座った人達の顔をぐるりと見渡す。
「逆にみんなに聞きたいわ。ねぇ、あんた達は飛騨高山に行って何すんのよ?」
私は手に持ったマイクを1人づつに向けていく。
「あっ、すみません。私はただ帰宅するだけなんです」
ああ、なるほど、確かにそういうパターンもあるのか。
私は反対側の座席に座った人にマイクを向ける。
「高山の上町とか下町に行こうかなって」
ふーん、なるほどね。
古い街並みがそのまま残ってるんだ。
写真を撮るにはいいポイントかもしれないわね。
私は次々とマイクを向ける。
「神社にお参りに行こうかなと。後ついでにパワースポット巡り!」
「私は鍾乳洞を見に行こうかなって思ってます」
「あっちにいる友達と飛騨牛が食べられるところに行こうって誘われてて」
「廃線の上を自転車で走れるらしくって、すごく楽しみにしてます」
なるほどね。
結構色々といくところはあるみたいね。
「そういえば俺、この前、阿古さんと一緒に赤坂で飛騨牛食べましたよ」
「ああ、あの松茸に飛騨牛巻いてる……って、ちょっと待って! 私、それ初めて知ったんだけど!?」
私を置いて、阿古っちと2人だけで食事したってわけ!?
しかもあのお店、私が良くあんたやアヤナちゃんを連れて行ってるところだよね!?
「ふーーーーーん、そういう事するんだ……」
「あ、いや、その。すみません。行く時に連絡し忘れちゃって……」
あくあは少し気まずそうな顔をする。
私はそれを見て表情を崩した。
「別に怒ってないからいいわよ」
「本当ですか!?」
どうせあんたの事だから、私に連絡したら私がお金払っちゃうから内緒にして行ったんでしょ。
それくらい私だってちゃんとわかってるわよ。
私が驚いたのは、阿古っちがあくあと珍しく2人だけで食事に行った事だ。
阿古っちってば、こいつの事が好きなのに、自分は社長だからって勝手に一線引いてるのよね。
だから2人が一緒に食事したのは、業務的な事からか、仕事のついでかは知らないけど、良い事だと思った。
「ねぇ、あくあ。阿古っちって、結構頑張りすぎるところがあるから、たまにそうやって食事に誘ってあげてね。あんたからの誘いなら阿古っちも断らないだろうし、2人だけだと阿古っちも気が抜けると思うから」
「わかりました! そういう事なら俺に任せてください!!」
はぁ……自分で言うのもなんだけど、私ってなんて有能なんだろう。
阿古っちは、こうやってさりげなくサポートしてあげてる私に感謝してよね!
「ところでバスガイドって歌ったりするんじゃない? あんたもなんか歌ってあげたら?」
私の一言でバスの中が大きく沸く。
「じゃあ、お言葉に甘えて二、三曲歌っちゃっていいですか!?」
いいんじゃない?
あんたの歌ならきっとみんな喜んでくれるわよ。
「せっかくだから小雛先輩も一緒になんか歌いましょうよ」
「仕方ないわね。それじゃあ、あんたとアヤナちゃんのデュエット曲ね」
「やったー!」
全く、そうやって素直に喜ばれるとこっちだって何も言えないじゃない。
私とあくあが歌ったり、トークしたりしていると、あっという間に2時間半が過ぎていった。
「嘘……だろ?」
「もう終わったの?」
「あまりにも濃密すぎて一瞬だったぞ……」
「良い冥土の土産ができたよ。ありがとう」
「運転手さん、よくここまで事故せずに到着したな。私なら脇見してたぞ。すげーよ」
「今日このバスに乗って本当に良かった」
はぁ、疲れた。
でもまぁ、喜んでくれてるみたいだし、こういうのもたまには悪くないか。
「ほら、あくあ、私達も降りるわよ! 私たちもお腹すいたからご飯食べに行きましょ!」
「うっす!」
私はさっき2人でバスガイドしてた時の写真をお客さんに撮ってもらったのをSNSにあげると、お昼ご飯を食べるために2人で街に繰り出した。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://x.com/yuuritohoney