白銀あくあ、小雛先輩とぶらり2人旅。
小雛先輩がコインランドリーに行っている間、俺はカメラの映ってない脱衣所で天我先輩に電話をかける。
「どうだ? うまくいったか?」
「はい!」
今から遡る事数週間前。
俺は小雛先輩とお母さんの事について、ちゃんとした方の先輩に相談した。
「ってわけなんですよ」
「ふむ、なるほどな」
天我先輩は俺の話を聞いて深く考え込むような仕草を見せる。
俺が天我先輩に小雛先輩の事を相談したのは、同じ先輩だからっていうのもあるけど、周りにいる年上の中で一番相談しやすくて、俺自身が天我先輩の事を頼りにしているからだ。
「後輩、そういう事なら我に任せろ! 何、豪華客船にでも乗った気分で優雅に待っていると良い。ふはーっはっは!」
「先輩! さすがです!!」
俺は嬉しそうにする天我先輩の事をキラキラさせた目で見つめる。
決して、「天我先輩、豪華客船って沈没するじゃないですか」なんて、余計な事を言ってやる気を削いだりなんてしない。
それから数週間後、天我先輩は24時間テレビ中に小雛先輩と賭けをして合法的に罰ゲームをする権利を得た。
「さすがです。天我先輩!」
「だから我に任せておけと言っただろう。後輩!!」
やっぱり天我先輩に相談して正解だった。
俺は少し照れくさそうにすると、天我先輩にお礼をいう。
「天我先輩、ありがとうございます。へへっ、もし、俺にお兄ちゃんがいたら、天我先輩みたいな人がいいな」
「おにいちゃん!?」
両目をカッと見開いた天我先輩は、口をあんぐりさせる。
て、天我先輩? どうかしましたか!?
「後輩……我の事は明日から、お兄ちゃん、と、呼んでくれてもいいんだぞ?」
後ろのキッチンでお湯を沸かせていた春香さんが俺たちの話を聞いて笑顔になる。
「アキラ君、よかったね」
「ああ! 我もついにお兄ちゃんか……」
天我先輩は何かを噛み締めるように天を仰ぐ。
いや、その、改めてそう呼ぶのは恥ずかしいのでちょっと……なんて言えない雰囲気になってきた。
「後輩……せっかくだからお昼ごはん食ってけよ」
「ありがとうございます」
天我先輩と春香さんは何かを期待するような目で俺を見つめる。
わ、わかってますって。
「お、お兄ちゃん」
めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、天我先輩がソファから転げ落ちるほど喜んでくれたからいっか。
それから数日後、俺は天我先輩から企画の内容を聞かされていなかったが、突撃してきたベリベリのスタッフの顔を見て全てを察した。
「それじゃあ、後輩、幸運を祈るぞ!」
「はい。天我先輩!」
俺は天我先輩の電話を切ると、お風呂に入ってガウンを着る。
ふぅ、携帯は小雛先輩が持って行ったし、小雛先輩がコインランドリーから戻ってくるまでライブツアーで披露する新しい振り付けの練習でもするか。
えーと、確かこうがこうで、こう……。
「あんた、何やってんの?」
うぉっ! 声がした方に視線を向けると、コインランドリーから帰ってきた小雛先輩が俺をジト目で見つめていた。
どうやら自分でも時間を忘れるくらいダンスの練習に没頭していたみたいだ。
「ほら、犬にデロデロにされたあんたの服、洗ってきてあげたわよ」
「ありがとうございます!!」
俺は脱衣所に入って服を着替えようとする。
すると小雛先輩が俺の手を掴んでベッドに押し倒した。
きゃー! 襲われるー!!
「何やってんのよ。ほら、こっち向いて」
あ、そういう事ね。
俺は小雛先輩と一緒にベッドの上で写真を撮る。
「ふっふっふ、これは100点間違い無いでしょ!!」
小雛先輩はさっき撮った写真を自信満々な表情でSNSに投稿する。
【月街アヤナ:ゆかり先輩!?】
【桐花琴乃:うーん、ラブラブとはちょっと違う気がします】
【白銀カノン:これはこれであからさま過ぎるんだよね。普通のでいいのに】
【天鳥阿古:ゆかりの事は信頼してるけど……大丈夫だよね?】
思っていた反応とは違ったのか、小雛先輩がコメント欄を見て固まる。
【雪白えみり:小雛先輩、犯罪は良く無いですよ】
【森川楓:ゆかり……お前、早く自首しろよ……】
【鞘無インコ:ゆかり……あくあ君を襲うなんて見損なったで】
どうやらえみり達は写真を見て、俺が小雛先輩に襲われているように見えたらしい。
3人のコメントを見た小雛先輩は、SNSのコメントに対して文句を言いながら何度も地団駄を踏む。
【城まろん:いいなー……】
【加藤イリア:まろん、本音が漏れてるわよ!!】
【さすがはサキュバス系アイドル】
【アイドル界のエえちえちクイーンなだけはある】
【あんな凶器をぶら下げててどすけべじゃないわけがない】
俺はコメント欄を見て何度も頷く。
っと、AI判定までに10分かかるから、俺は今のうちに着替えてくるかな。
俺が脱衣所で服を着替えて出てくると、ちょうどAIの判定も終わったみたいだ。
小雛先輩と俺は、AIの判定結果を見るために画面を覗き込む。
【これはラブラブじゃなくて匂わせです。もう少しラブな感じが出せるように頑張りましょう。45%】
AIの判定を見た小雛先輩の低い沸点がマックスに到達する。
「むっきー! なんでAIにここまで言われなきゃいけないのよ!!」
「小雛先輩、落ち着いて! AIに喧嘩売っても時間の無駄ですって!!」
俺は一旦小雛先輩を落ちつけると冷静に計算する。
1%が100円だから4500円か。
ヒッチハイク禁止だから、とりあえず神奈川県に余裕で移動できるくらいのお金は貯まったかな。
俺は落ち着いた小雛先輩に今後の事を相談する。
「小雛先輩どうします?」
「とりあえず隣の県に移動しましょ。横浜とか、ほら、そういう映えるポイントがたくさんあるんじゃないの? よく知らないけど」
確かに……横浜に行くのなら、みなとみらいまで行って観覧車とか乗ってもいいなと思った。
丁度、今は金曜の夕方、多少混むかもしれないけど時間的には一番映える時間だ。
「うん、あんたにしては悪くないんじゃない。それじゃあ、行くわよ!」
俺と小雛先輩はホテルを出ると、普通に切符を買って電車に乗る。
金曜の夕方だけあって帰宅する人たちで電車がすごく混んでいた。
俺たちの存在に気がついた周囲の人達は、こっちを見てヒソヒソ話を始める。
「あくあ様はともかくとして、小雛ゆかりが電車!?」
「小雛ゆかりが普通の電車に乗ってるのなんか違和感あるわ」
「SNSのトレンドに上がってる例の企画中だよね?」
「なんか写真を頑張って撮ってるより、自然体なこっちの方が恋人っぽくね?」
「しーっ!」
何を話しているのかはわからないけど、視線があった子達には笑顔で応える。
大井から横浜に行く途中で電車が停車すると、ドアが開いて帰宅民が大量に乗り込んできた。
「わわっ!」
「小雛センパーイ!」
ちっちゃい小雛先輩は帰宅民に押されて、電車の奥へと流されそうになる。
俺は咄嗟に小雛先輩の手を掴むと、自分の方へと手繰り寄せて安全な壁際へと追いやった。
「全く、小雛先輩がでかいのは態度だけなんですから、電車が到着するまでは大人しくここにいてくださいよ」
「う、うん、わかった……て、今、どさくさに紛れて態度がでかいって言わなかった!?」
気のせいですよ。俺は小雛先輩から視線を逸らすと、口笛を吹いて誤魔化した。
そんな俺たちの様子を見た人達がまたヒソヒソ話を始める。
「あのさぁ……」
「言わなくてもわかってる」
「壁際で小さくなった小雛ゆかりを守るように、両手を広げて壁ドンでガードするあくあ様……あれ? この写真でいいのでは? 2人の身長差とか、距離感とか、サイズ感とか、私の角度から見ると完璧に見えるんだけど……」
「やっぱり師匠って弟子に似るのね。そこに気が付かない小雛ゆかりも大概ポンコツな気がしてきた」
「SNSより現実の方がラブラブに見える件について」
「しーっ!」
「掲示板民に教えたろ」
俺達は横浜駅で降りると、電車を乗り換えてみなとみらいへと向かう。
2人で1020円か。観覧車の料金が2人で2000円だから、予算的には大丈夫そうだ。
俺と小雛先輩は観覧車のある場所に到着すると、列に並んで自分たちの順番を待つ。
「あ、順番来たわよ。ちょうどいい時間帯じゃない?」
「そうですね。どうせなら横浜の夜景をバックに撮りましょう」
俺と小雛先輩は床をよく見ずに観覧車に乗り込む。
「ちょっと待って! これ、床がシースルーなんだけど!?」
「あ、本当だ。すごいな」
俺は高所でのスタントをやり慣れている事もあって、初めて乗るシースルーの観覧車にテンションが上がる。
しかし、俺と一緒に乗った小雛先輩はそうじゃなかった。
「え? 無理無理、待って待って。ていうか、あんたはストップ! 動くな! 観覧車が揺れるでしょ!!」
あれ? もしかして、小雛先輩って高いところが苦手なんですか?
「べ、別に普通だけど、流石にこれは無理よ無理無理! 逆になんであんたはそんなに平気なのよ」
いや、だって俺、普通に高層ビルでアクションシーンとか撮った事あるし……。
ていうか、小雛先輩もTOKYO SWEEPERに出演した時に一緒に撮ったじゃん。
えっ? あの時は演技中だったから大丈夫だった? なるほど。小雛先輩らしい理由で納得した。
「それより小雛先輩、さっさと写真を撮らないと!」
「だから、無理だってば!!」
仕方ないなぁ。俺は小雛先輩の隣に移動すると、小雛先輩の手から携帯端末を奪う。
「ほら、小雛先輩、もっと外の景色が見えるようにそっちに寄ってくださいよ」
「だから、それが無理だって言ってるでしょ! このあくぽんたん! 唐変木! ポンコツ大魔神!!」
ちょっとぉ!?
小雛先輩の悪口に文句の一つでも言おうかと思ったけど、必死に俺の体にしがみつく小雛先輩を見て勘弁してあげる事にした。
「じゃあ、これでいいか。写真撮りますよ。ほら、笑顔、笑顔!」
「だから、それが無理なんだって!!」
俺は適当に撮った写真をSNSに投稿する。
これで降りた頃には結果がわかってるだろう。
「ね、ねぇ。まだ? もう、目を開いてもいい?」
「いいですよ」
俺の嘘に騙された小雛先輩が薄く目を開ける。
「全然降りてないじゃない。バカー!!」
小雛先輩は文句を言いつつ、ますます俺の体にしがみつく。
正直、俺としては悪くない気分だ。
むしろ多少の罵詈雑言なんかは笑顔で聞き流せるほどに満足している。
「もー! あんたのせいで何度も騙されて目を開けちゃったじゃない!」
「はは、そのおかげで少しは気が紛れたでしょ」
俺はプンスカと怒る小雛先輩を宥めつつもSNSの反応を見る。
【月街アヤナ:必死にしがみついてるゆかり先輩、かわいい!】
【白銀カノン:変に表情作ってないところが自然ぽくていいと思う】
【桐花琴乃:今までで一番距離感がいいと思います】
おっ、いつもは辛いコメント欄も結構好意的な意見が多いな。
これは高ポイントが期待できるんじゃないか?
【雪白えみり:小雛パイセン、今度スカイダイビング行きましょう!】
【森川楓:ゆかり、今度一緒にバンジー行こうぜ!】
【鞘無インコ:えみりちゃんも楓も自分が妊婦だってこと忘れてるやろ?】
インコさん、うちのえみりと楓を止めてくれてありがとう。
2人とも揃って今気づいたみたいな感じで驚いてるけど、自分が妊婦だって事を忘れないでね。
【ふーん、小雛ゆかりにもかわいいところがあるじゃん!】
【小雛ゆかりの涙目は貴重】
【いいけど、小雛ゆかりが怖がってるのが新鮮すぎてそっちの方に目がいっちゃう】
【小雛ゆかりの恐怖がAI判定にどう響くかが焦点だと思う】
【これ、上じゃなくて下で観覧車をバックに撮ってた方がポイント高かったんじゃね?】
【↑しーっ!】
他のコメントも好意的なのが多いのかな?
俺が携帯端末の画面をスクロールさせていると、小雛先輩が俺の腕を掴んでクイクイと引っ張る。
「で、ラブラブ度は何%だったわけ?」
「はいはい、そんなに急かさなくても、今、見ますから」
俺と小雛先輩は顔を並べてAIの評価値を確認する。
【今までで一番良かったです。でも、これ以上を期待して56%にします!】
AIの判定、意外と厳しいな!?
結構、良い線をいったと思ったけど56か……。あわよくば80、最低でも70は固いと思ってた。
「よし、このAIを開発したやつをとっちめよう」
「だから、小雛先輩は色々と発想が物騒なんですって!」
多分だけど、小雛先輩が怖がってた事でそれを茶化すコメントも多かったから、それを判定したAIの点数が辛めになったんだと思う。
もし、この写真がもっと自然な感じで撮れてたら結構高い数字を出していたんじゃないかな。
「とりあえず近場を移動して、たくさん写真を撮ってあげませんか?」
「そうね。それがいいと思うわ」
俺は小雛先輩と一緒に、道すがら赤煉瓦倉庫や桟橋とかでも写真を撮っていく。
最後に中華街に到着した俺達は、肉まんを一つ買って2人で半分こして食べる。
この写真が反応も評価値も一番良かった。
【こういうのでいいんだよ】
【今までのは一体……】
【やっとラブラブっぽい写真が来て安心した】
【これでそこそこ移動できるんじゃない?】
【無理したら一日で終わりそうだけど、せっかくだからゆっくり旅行してよ】
俺はコメント欄を見ていて画面をスワイプする指を止める。
そうか、そうだよな。せっかく天我先輩が用意してくれた機会なんだから、一気にゴールしちゃうよりもちゃんと旅行が楽しんだ方が先輩だって喜んでくれるよな。
ゴールするのは学校のある月曜の朝までに間に合えばいいし、それならもう少しゆっくりしようと思った。
「やったー! 82%きたー!!」
小雛先輩は俺から奪った携帯端末を手に持ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「小雛先輩、お腹すいたっす」
「よし! じゃあ、ご飯食べにいきましょう! せっかくここまで来たんだから中華でいいでしょ?」
中華の濃いを味を想像しただけでお腹が空いてきた。
そういえば、色々やってて忘れてたけど、もう夜の21時を超えてるのか。
なるほど、俺のお腹だって空くわけだ。
「小雛先輩、俺、天津飯とエビチリと焼き餃子と担々麺が食べたいです」
「あんた……言っておくけど、それ、どれも本物の中華じゃないからね」
嘘……だろ? あっ、これって全部、日本の味覚に合うように日本で生み出された中華料理なんだ。
「ま、いいんじゃない。私も同じの食べたいしね。ほら、さっさと行くわよ」
「うっす!」
俺は小雛先輩とお店に入ると、しっかりと食べて空腹を満たしていく。
2人で食事を終えて店を出た時には22時を超えていた。
「小雛先輩、この後はどうしますか?」
「うーん、さっき予約サイト見たらホテルいっぱいだったから、どうせなら駅で行けるところまで行って泊まらない? 終電まだでしょ?」
確かに、それもいいかもしれないな。
俺と小雛先輩は駅に戻ると、電車に乗り継いで山梨方面へと向かう。
いつも仕事で移動する時は、静岡方面から愛知に移動しちゃうから、たまには違うルートで行ってみようという話になったからだ。
しかし、この選択がとんでもない事態を招いてしまう。
「はぁはぁ、はぁはぁ、やっと着いたわ……。こんな山奥にあるなんて聞いてないんだけど!?」
「仕方ないですよ。空いているところがここしかなかったんですから」
俺と小雛先輩が山梨県にある宿に着いた時は、深夜の1時を過ぎていた。
うーん、こんな時間にチェックインしても申し訳ない気もするけど、24時間チェックイン可能って書いてあったし、それを信じるしかない。
「あくあくあくあ様!?」
「ど、どうも」
俺は卒倒しそうになった民宿を経営しているお婆ちゃんを抱き止める。
危ない危ない。お婆ちゃんは気を確かにすると、俺達を部屋に案内してくれた。
「疲れたでしょう。お風呂が沸いてますから、2人ともどうぞ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。助かるわ」
俺と小雛先輩は荷物を置いてお風呂に入る準備を整えると、2人で浴場へと向かう。
あれ? 入り口が一つしかないんですけど……。
「そりゃそうでしょ。普通は民宿に泊まる男なんていないもん。ほら、ぼーっとしてないで、さっさと入っちゃうわよ」
そ、それって混浴って事ですか!?
俺が入口でモタモタしていると、小雛先輩にグイッと背中を押された。
「全く。何やってんだか。ちゃんとスタッフが水着を用意してくれてるから安心しなさい。ほら、お互いに歩いて結構疲れてるんだから、風邪ひかないようにさっさと入りましょう」
「あ、はい……」
俺と小雛先輩はスタッフの用意してくれた水着に着替えてお風呂に入った。
「はぁ、さっぱりした」
「そっすね……」
さっぱりどころか悶々としたのは俺だけだろうか?
俺と小雛先輩はお風呂から出ると、浴衣に着替えて自分たちの部屋へと戻る。
「ちょっと、なんでお布団が一つしかないのよ!!」
「小雛先輩ストップ! 布団くらいなら自分で敷きますから!」
もう、流石にお婆ちゃんも寝たでしょ。
こんな夜遅くまで待っててくれたんだし、これ以上は迷惑をかけたくない。
俺は押入れを開けると、予備の布団を探す。
あ、あれ? 予備の布団は? えっ? 本当に一個だけ?
「はぁ、仕方ないわね。ほら、早くこっちにきなさい」
えっ? 小雛先輩はさっさと布団に入ると、掛け布団をめくって、早くこっちにくるように手で敷布団をパンパンと叩いて俺を手招きする。
こーれ、確実に寝れません。
お風呂上がりの小雛先輩の良い匂いにひたすら耐え続ける長い長い戦いが始まった。
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