猫山とあ、悔しさを力に変えて。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
僕は大きく息を荒げながら、中継地点に到着する。
きっっっっっつ!
肺活量を増やすためにランニングマシンでトレーニングしてたけど、実際にアスファルトの道を走ると足は痛いし、登り道や下り道やカーブがあって、想定以上にきつかった。
「待ってたぞ。加賀美!」
「いいペースだ!」
「小早……夜影隊長に田島司令! どうしてここに!?」
僕たちのやりとりを見ていた周囲の人達が沸く。
なるほど、中継地点には僕達と関わり合いがある人たちが待ってたりするわけか。
僕は下ろしたフラッグに書かれているファンのみんなからの応援メッセージに視線を落とす。
【とあちゃんの歌にいつも癒されてます!!】
【いつも配信見てます! とあちゃん、頑張って!!】
【とあちゃん、私達はちゃんと裏でとあちゃんが努力してる事を知ってるからね!】
【初めて雑誌で見た時からとあちゃんに憧れてます。どうしてそんなに可愛いの!?】
【とあちゃんの事が好きで、とあちゃんが着てる服は全部買いました!!】
【ヘブンズソードの加賀美がすごく好きです。成長する加賀美がすごくかっこいいなって思いました!】
【可愛くてカッコよくてとあちゃんが私の中で最強です!!】
【スペシャルドラマのとあちゃん、すごく綺麗でドキドキしました!!】
【ライブしてる時の生き生きとしたとあちゃんが大好きです!】
【とあちゃん、あくあ君の事をよろしくね!】
みんな、ありがとう。僕はフラッグを強く抱きしめる。
でも、最後に見た応援メッセージを書いてた人は頼む先が違うよ。
あくあの事はカノンさんか、小雛先輩か、慎太郎に頼んでね。
僕があくあを制御できるとは思わないように。
「頑張れよ。猫山! 気合いだ気合い!! 気合があればなんでもできる!!」
「優希ちゃん……気合いでゴリ押しできるのは森川さんとあくあ君だけよ」
僕は阿部さんの言葉に強く頷く。
でも、こっから先は根性論じゃないけど、気持ちで負けたら最後まで走りきれないと思う。
みんなのおかげで僕が一番距離の短いコースを走ってるんだ。
だから僕は絶対にゴールしなきゃいけない。
「2人とも、ありがとう! 行ってくるよ!!」
「ああ! 応援してるからな!!」
「がんばって!!」
僕は2人に手を振るとゴール地点を目指して走り出す。
ある程度、想定はしていたものの行き道以上に帰り道はきつかった。
やっぱり行き道で体力を温存できなかった事が響いているんだろう。
足が止まりそうになる度に僕は気合を振り絞り、根性で足を前に出す。
一歩でも先に、一歩でもみんなの待っているゴールに向かって。
最後は男としてのプライドに縋ったけど、それでも僕の足はついに止まってしまった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
両膝に手をついた僕は、地面に向かって首を垂れ、口を大きく開けて呼吸した。
足も痛いけど、脇腹がめっちゃ痛い。それを庇って走るせいでフォームが乱れて余計にキツくなっていた。
「とあちゃん、がんばれー!!」
「苦しかったら、一旦休憩しよ!!」
「大丈夫、まだまだ時間はたくさんあるから!!」
一旦ドクターストップがかかった僕は、近くのベンチで休憩する。
情けないな……。僕は呼吸を整えながら、自分の不甲斐なさに泣きそうになった。
でも、涙は流さない。泣いたって何も解決しないし、余計に体力を使うからだ。
悔しいから、悔しいからこそ、まずはしっかりと体力の回復に努める。
それが今の僕にできる唯一の事だ。
どんな時も冷静に、それが僕だから。
僕は頭の中で状況を整理する。きっと天我先輩や慎太郎は僕より先にゴールするだろう。
それにあくあだって絶対にゴールする。だから僕は、あくあがゴールするよりも前に、ゴール地点に行きたい。
「これって休憩しても大丈夫なんだよね? 休憩時間とか制限ある?」
僕は近くに居たスタッフさんにルールの確認をしておく。
「えーと、ルールは時間内にゴールする事。タクシーやバス、電車等の公共機関を使ったりするズルはしない事。この二つだけですね。だから、いくら休憩してもらっても大丈夫ですよ!」
了解、そういう事なら話は早い。
「じゃあ、僕はしばらくここで休憩していくよ。絶対にゴールするためにね」
本当は少しでも回復したら、今すぐにでも走り出したい。
それを我慢してでも、僕は絶対にゴールする事を優先する。
二度目のドクターストップがあったら、走る事を強制的に止められるかもしれない。
多分、慎太郎も天我先輩もその事は十分に把握してるはずだ。
だから次に走り出す時は、絶対にゴールまでノンストップで行かなきゃいけない。
優先順位を見誤るなよ、僕。少しくらいカッコ悪くても、絶対に達成しなきゃいけない目的のためなら僕は全部を捨てられる。
そしてこの悔しい経験を胸に刻め。この悔しさは、きっとこの後の僕の成長つながるから。
「わかった。それじゃあ僕はしっかりと休むよ」
「はい、わかりました!」
僕はスタッフさんに笑顔を向けると、ベンチの上で横になった。
少しでも体力を回復させて、疲労の溜まった身体を治療するために。
そのためには寝るのが一番だ。
僕はタイマーをセットして少しの間、眠りにつく。
それから数時間後。僕はタイマーが鳴るよりも先に目を覚ます。
「んんっ!」
ベンチから体を起こした僕は、体を伸ばして軽くストレッチをする。
うん、いい感じだ。これなら絶対にゴールできる。
僕は日の出を背にして再びゴールに向かって走り出す。
「はぁ、はぁ」
きっと、慎太郎や天我先輩はゴールしてる。
2人とも僕とは違ってすごいから、休憩なんてせずに最後まで一気に走り切ったはずだ。
割り切ったはずなのに、心の奥から悔しさが込み上げてくる。
その悔しさを押し殺して、僕はそれを走る活力に変えて行く。
疲労が回復して痛みが和らいだ事から、僕はそのままノンストップで国民競技場に戻ってくる。
するとトラックの手前で見覚えのある人物が待っていた。
「とあ!」
「お、お母さん!? こんなところでどうしたの!?」
確か裏の控え室で見てるはずじゃ……。
僕はお母さんから説明を受けて納得する。
なるほど、最後は二人三脚なのね。
「母さん、行くよ」
「う、うん!」
僕と母さんはゆっくりと歩き出す。
「とあ、ちゃんとゴールできてえらいね」
「ううん。途中で休憩しちゃったし、やっぱり悔しいよ」
僕は歯を強く噛み締めると、拳にギュッと力を入れる。
自分の選択に後悔はないけど、割り切れるかと言ったら別だ。
俯く僕の頭をお母さんが優しく撫でる。
「そっか。でも、お母さんは普通に嬉しい。ここで見てるみんなだって、きっとそう。だから顔をあげて、みんなに見せてあげて。とあ」
「うん」
お母さんの言うとおりだ。
アイドルの僕がしょげた姿をファンのみんなに見せたらダメだよね。
僕は笑顔を作ると、みんなに向かって手を振る。
「お母さん、ありがとう。あの時、ずっと何も言わずに僕を見守ってくれて」
「信じてたから。とあは強い子だから、絶対に自分で立ち上がるって。でも、本当はお母さんだってスバルみたいに近くで励ましたかったんだよ。だけどスバルが居たから、お母さんはとあが自分から出て来るまで待つ事にしたの」
お母さんは過去の事を思い出して、すこ悲しげな顔を見せる。
「悔しかったなぁ。今のとあと一緒。苦しんでる自分の子供に何もしてあげられなくって、子供が傷ついてるのに無力な自分に何度も腹が立った。だからお母さんはその時の悔しさをエネルギーに変えて、とあが出てきたらいっぱい励まそうって思ったんだよね」
「うん……うん。僕ちゃんと、わかってたよ」
あの時、お母さんとスバル、両方が僕に優しい声をかけ続けていたら、僕は逆にプレッシャーに感じて外に出れなかったかもしれない。
でも、お母さんの料理には優しさがこもってた。僕な好きなメニューばかりだし、記念日や誕生日は大好きなメニューばかりだったよね。
多くの言葉を交わさずとも、お母さんの優しは十分に伝わってたよ。寄り添ってくれるって、ああいう事なんだって思った。
「そっか、そっか……」
お母さんが涙を流す。
やめてよ。そんなの、僕まで泣いちゃうだろ?
涙もろい天我先輩と違って、僕はそんなキャラじゃないのにな。
「おにぃ……お母さん……」
僕達は次のポイントで待っていたスバルと3人で抱き合う。
それを見たみんなから暖かな拍手が送られる。
「スバル。いこっか」
「うん! おにぃ、一緒に行こう」
僕はスバルと一緒に肩を組んで歩き出す。
「スバル、ありがとう。あの時、ずっと僕に声をかけ続けてくれて」
「お礼を言うのは私の方だよ。おにぃ、外に出てきてくれてありがとう。私、おにぃと一緒にこうやって一緒に外に出られただけですごく嬉しいよ」
僕とスバルは顔を見合わせると、お互いに笑い合う。
繭子ちゃんに襲われそうになって、急にお母さんや妹のスバルが怖くなった。
それでも、こうやってまた触れ合えるようになるなんて思ってもいなかったな。
あくあ、ありがとう。あの時、僕の壁をぶち破ってくれて。
「とあちゃん、待ってたわよ〜。それにしても最後の相手が私で良かったのかしら?」
僕はコース上で待っていたノブさんとハグをする。
「当然でしょ。ノブさんのあの写真がなかったら、僕はここにいないんだから」
「あらぁ〜。そう言ってくれると嬉しいわ!」
あの時、勇気を出して外に出て良かった。
ノブさん、本当にありがとう。
「とあちゃん、最近ますますキラキラに輝いてるわよ」
「ふふっ、そうでしょそうでしょ。僕だって、キラキラはあくあにだって負けないんだから!」
ノブさんには本当に色々と相談に乗ってもらってたっけ。
最初に僕の正体に気がついた時もずっと黙っててくれたし、モジャさんやノブさんにはすごく感謝している。
「ほら、モジャもこっちきなさいよ。あんた、天我君の時も恥ずかしがって出てこなかったでしょ!」
「つってもなぁ……」
ノブさんは道の途中でこっちを見ていたモジャさんも巻き込む。
ほらほら、せっかくなんだから2人も僕と一緒に皆んなのところに行こう。
「しゃあねぇなぁ。こう言うのは柄じゃねぇんだが……」
「あら、そんな事言って、裏で私と二人三脚の練習してたのに?」
へー、そうなんだ。
ノブさんに秘密特訓をばらされたモジャさんが顔を赤くする。
2人とも本当にありがとう。僕だけじゃなくて、BERYLのみんなを支えてくれて、本当にありがとう。
「おーい、みんなー!」
僕は先にゴールした2人に向かって手を振る。
「天我先輩! 慎太郎!」
「とあ! 待ってたぞ!」
「よくきたな! 我は絶対に来ると思ってたぞ!!」
みんな、やっぱりゴールせずに待ってたんだね。
もし、僕が最初に到着したら同じ事をするつもりだった。
ふふっ、みんな、考えてる事が同じで僕は思わず笑っちゃう。
「みんな、お待たせ!」
僕たちは3人で抱き合った後に、モジャさんやノブさんとも一緒に肩を組む。
「最後はあくあだけだな」
「待とう。我らがBERYLのエースをな!!」
天我先輩が観客席に向かって両手を振り上げる。
すると観客席から大きなあくあコールが起こった。
よーし、僕もたくさん煽っちゃうぞ!
僕は慎太郎を巻き込んで観客席のあくあコールを煽る。
大型ビジョンに映し出されたあくあを見て、僕は自然と笑みが溢れた。
ああ、やっぱり真剣な顔をしている時のあくあは世界で一番かっこいいな。ちくしょう。
やっぱり君はそうじゃないとね。
白銀あくあに不可能なんてない。
だから、いつかはギャフンと言わせたいと言っていた小雛先輩を、今日は見返してあげなよ。
いつも小雛先輩には負けてるあくあにとって、こんな機会、もう二度とないかもしれないしね。
ま、それでも無理だった時は、僕と慎太郎、天我先輩の3人がいっぱい慰めてあげるからさ!!
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