立花ゆう、黛慎太郎という男。
「慎太郎お兄さん、がんばれー!!」
控え室のテレビに映った走る慎太郎お兄さんを見て、私は歓声を送る。
すごい……すごいよ! 慎太郎お兄さん。
慎太郎お兄さんは運動神経がそんなに良くないのに、ゆっくりだけど一定のペースを保って折り返し地点の半分くらいまできた。
「すごいね。ゆうちゃん。このペースなら黛お兄さんも朝には戻ってくるかも!」
「うん!」
付き添いできてくれたまいちゃんの言葉に私は頷く。
時刻は夜10時過ぎ、いつもなら寝ている時間だからか自然と瞼が重くなってくる。
ダメダメ、この後、慎太郎お兄さんの再現ドラマがあるんだし、絶対に起きてなきゃ!!
「ゆう、眠たいなら無理しちゃダメだよ」
「わかってるよ、お母さん。でも、これだけは絶対に見なきゃ」
私は自分の両頬を手でパンパンと叩く。
うん、これで少しは目が覚めたかも。
私はまいちゃんやお母さんと一緒に、控え室に設置されたテレビの画面を食い入るように見つめる。
『僕の事は放っておいてくれ!!』
声を荒げる慎太郎お兄さんに、私の体がビクッとする。
再現ドラマの中の慎太郎お兄さんは、綺麗な女の人を振り切ると、どこかに行ってしまった。
『慎ちゃん……』
黛貴代子役って事は、慎太郎お兄さんのお母さんって事だよね。
慎太郎お兄さんみたいな優しい人でも、お母さんに声を荒げたりするんだってびっくりした。
『くそっ……!』
黛慎太郎、14歳……えぇっと、14歳って事は中学生の時の慎太郎お兄さんって事?
慎太郎お兄さんが家を飛び出ると、そこはゆうの知っている日本とは全然違う場所だった。
へ〜、慎太郎お兄さんって、中学生の時にスターズに留学していたんだ。すごいすごい!
『僕ちゃん、こんな時間にどうしたの?』
『ふふっ、お外は寒いでしょ? お姉さん達と体があったかくなる事をしよっか?』
あわあわあわ、おっぱいの大きなお姉さん達が家出をした慎太郎お兄さんににじり寄って行く。
慎太郎お兄さん、早く逃げてー!! 大きいお姉さん達は危険だよー!!
お願い、誰か慎太郎お兄さんを助けて!
『こんなところで何をしている?』
外套を被ったお姉さんが現れて、おっぱいの大きなお姉さん達を追い払ってくれた。
『おいおい、男の子がこんな時間に1人で外を出歩いたら危険だろ』
『助けてくれてありがとうございます。でも……』
慎太郎お兄さんは言葉をつまらせる。
もしかして、慎太郎お兄さんはお家に居辛かったのかな?
『……ここは目立つな。こっちに来い。近くに知り合いの店がある』
外套を被ったお姉さんは、近くの酒場に慎太郎お兄さんを連れて行く。
待って! 慎太郎お兄さん、再現VTRは小早川のお姉さんだからいいけど、そんな簡単にホイホイと女の人について行っちゃダメ!!
お胸の大きなお姉さんに自然と吸い寄せられていくあくあお兄さんの事を叱れなくなっちゃうよ!!
『いらっしゃい……って、その子、どうしたの? もしかして誘拐じゃないでしょうね?』
『人聞きの悪い事を言うな。途中で拾った。外は冷えてるから暖かいミルクでも飲ませてやれ』
カウンターに座った慎太郎お兄さんは、暖かなミルクを飲む。
隣に座ったまいちゃんが、「大人のご本が始まっちゃう」って言ってるけど、何のことだろう?
『で、この子はどこの子なのよ?』
『身なりからして仕立てのいい服を着てるし、いい所の子だろう。それにこの顔は間違いなく日本人だ。おそらく留学に来たのだろう。スターズにはそういうのを世界各国から受け入れてる名門男子校がある』
お姉さんの推測が当たってる事に、慎太郎お兄さんは目を見開く。
『えぇっ!? そんな子がどうしてここに?』
『大方、自分の意思と反して留学させられた事に不満でもあったんじゃないか? それで親と喧嘩して家出したってところかな』
すごいすごい。お姉さん、全部当たってるよ!
慎太郎お兄さんは口を大きく開けてびっくりした顔をした。
『どうして……?』
『少年、人と会う時は相手をじっくりと観察する事だ。身なりを見れば育ちがわかる。言葉の訛りでその人の出身はどこか。歩き方を見れば体の状態がわかる。手を見ればその人が何の仕事をしているかもね。顔の特徴で人種は誤魔化せないし、表情や声の抑揚は感情を読み取る重要な要素だ。そして目は本当の感情を誤魔化せない。それらを注意深く観察すれば、ある程度の情報を得る事はできる』
ほへ〜。やっぱりスターズってすごいんだ。
このお姉さん、私とまいちゃんが見てるスターズの映画に出てくるスパイさんみたいな事を言ってる。
『で、少年。君はどうしたい? 母親からの虐待とかが理由なら、私も手をかそう。丁度、ツテもあるしな』
お姉さんの言葉に慎太郎お兄さんは首を左右に振る。
『違う。母にそんな事をされた事はない。ただ……ただ……』
『ふぅん、なるほどね。反抗期ってわけか』
慎太郎お兄さんみたいな人でも反抗期になったりするんだ。
私は隣に居るお母さんの顔を覗き込む。
大人になったら私もお母さんに反抗的な態度を取ったりするのかな?
うーん、そんなの嫌かも。だって、お母さん、私がそんな事したら悲しむと思うもん。
『それだけじゃない。僕は……僕は、僕自身にも腹が立ってるんだ』
『ほう?』
慎太郎お兄さんが家出をする時に歯を食いしばってた理由がわかった気がした。
やっぱり、慎太郎お兄さんは優しんだね。
あんな態度をお母さんに取っちゃった事に、慎太郎お兄さんも傷ついてるんだって思った。
『面白い、自分自身に腹が立ってると来たか』
外套を被ったお姉さんは慎太郎お兄さんの肩をポンと叩く。
『少年、そういう事なら好きにここを使うといい。ただし、他の客が来るまでの間だけだ。陽が落ちる頃にはちゃんと帰れよ。それが私との約束だ』
『わ、わかった。その……ありがとう』
慎太郎お兄さんは、ペコリと頭を下げる。
それを近くで見ていた酒場のお姉さんが両手を広げて呆れた顔をした。
『勝手に決めてるようで悪いんだけど、ここ、私のお店よ?』
『でかい女が細かい事は気にするなよ。器と体はデカければデカいほどいいって言うだろ?』
ふふっ、そうだよね。控え室で見ていたみんなが声を出して笑う。
これがきっかけで、慎太郎お兄さんは現地の日本人が利用するこの酒場に入り浸るようになる。
あ……なるほど。慎太郎お兄さんが料理できるのって、ここで仕込みを手伝ったりしたからなんだ。
『あの……色々とありがとうございました』
『気にするな。私も十分に楽しかったよ』
そうこうしているうちに、慎太郎お兄さんは留学期間を終え日本に帰国することになった。
慎太郎お兄さんは周囲をキョロキョロする。
あの外套を被っていたお姉さんを探してるのかな?
『あいつなら仕事で他の国に行ってるよ』
『そうですか……』
自分の居場所を作ってくれた事にお礼を言おうとした慎太郎お兄さんは悲しげな顔をする.
『ふふっ、そんな顔をするな。それとあいつから君に伝言だ』
酒場のお姉さんは自分の胸を腕で挟んで持ち上げる。
ま、まさか、今までは油断させるために大人しくしてたってこと!?
大人の時間が来たと喜ぶまいちゃんの隣で私は身構える。
『少年、おっぱいには気をつけろよ。だって』
ほっ、お姉さんがチジョーじゃなくて、ちゃんと優しい人でよかった。
うーん、それとそのセリフ、どこかで聞いた事があるような気がする。
私の気のせいかな?
高校に入学した慎太郎お兄さんはついに運命の人と出会う。
『初めましてだな。俺の名前は白銀あくあ、よろしくな!』
あくあお兄さんの登場にまいちゃんも大喜びする。
天我お兄さんの再現VTRもそうだけど、本人が出演している事もあってすごくリアリティがあった。
慎太郎お兄さんとあくあお兄さんの交流に、控え室で見ていた大きなお姉さんたちも盛り上がる。
楓お姉さんとえみりお姉さんは、お腹に赤ちゃんがいるのに、あんなにはしゃいでてもいいのかな?
って、思ってたら、隣に居た琴乃お姉さんに普通に怒られてた。
再現VTRは進み、慎太郎お兄さんがゆうの入院していた病院に訪れる日まで進む。
『よかったら僕と一緒に絵を描かない?』
『う……うん……』
うう……自分の出てる映像を見るなんて緊張するよ。
再現VTRでも使われたこの映像は、実際に録画された映像が織り交ぜられている。
手術を控えていた私はすごく怖くて、中学生の頃の慎太郎お兄さんみたいにお母さんにも当たったりしていた。
『頼む、白銀……ゆうちゃんの事を励ましてやってくれないか』
慎太郎お兄さんは、私を勇気づけるためにあくあお兄さんに頭を下げる。
それを見たあくあお兄さんは首を左右に振って「嫌だ」と答えた。
『黛、お前は……お前は本当にそれでいいのか?』
『っ! い、嫌に決まってるだろ。でも僕は白銀あくあみたいにヒーローじゃないんだ! 僕なんかじゃ白銀あくあにはなれないんだ!!』
いつもは穏やかな慎太郎お兄さんが声を荒げて感情をむき出しする。
それに対してあくあお兄さんもまた感情をむき出しにして正面から慎太郎お兄さんの事を受け止めた。
『なんで俺にならなきゃいけないんだよ! お前は白銀あくあじゃないだろ! 黛慎太郎だろ!!』
『だからその黛慎太郎じゃ誰も救えないんだよ!!』
2人の激しいやり取りにみんなの声が詰まる。
って、カノンお姉さん、えみりお姉さん、楓お姉さん、琴乃お姉さん、すごく泣いてるけど、どうかしたの!?
天我お兄さんの再現VTRの時もそうだったけど、あそこのグループだけ感情の起伏が激しすぎて私みたいな子供でも困惑しそうになる。
『そんなことねえよ!! 黛、お前はもしかしたら知らないのかもしれないけど、俺は黛の……黛慎太郎のいいところをいっぱい知ってる!! いつも周りのことをちゃんとみてたりとか……優しいところとか。何よりも、いつも頑張って何か新しい事に挑戦してる黛の度胸と前向きな気持ちに俺は励まされたし、それを誰よりも近くで見てたから、俺も頑張らなきゃって思ったんだよ!』
ああ、まいちゃんがあくあお兄さんの事が好きなのがちょっぴりわかっちゃうな。
私の近くで見ていた孔雀お兄さんが、あくあお兄さんの姿を見て笑みを溢す。
『この世界でアイドルをやろうと思ったのも、何かに挑戦しようと思ったのも、お前が応援してくれたから、俺だってやってやろうって思ったんだ! 何もできない? 嘘つけよ。お前はもう既に俺を、白銀あくあの事を救ってるんだよ! いいか黛! 俺がお前のヒーローなら、お前は俺のヒーローなんだよ!!』
うんうん……うんうん!!
私はあくあお兄さんの言葉に強く頷く。
やっぱり、慎太郎お兄さんの事を一番わかってるのはあくあお兄さんだ。
私も慎太郎お兄さんの事が大好きだけど、あくあお兄さんにだけは負けてもいいよ。
『だから……だから、お前はお前だけのヒーローを目指せよ!! 白銀あくあじゃない、黛慎太郎にしかなれないヒーローを目指せばいいじゃないか!!』
あくあお兄さんの言葉に、テレビを見ていた貴代子お姉さんが涙を流す。
『行けよ、黛……いや、慎太郎! あの子に勇気を与えるのは俺じゃない。ましてや他の誰かでもない。黛慎太郎! あの子だって俺じゃない、慎太郎の事を待ってるはずだ!!』
私の隣に居たまいちゃんが呆けた顔でポカンと口を開ける。
「やっぱりあくあ様は剣崎なんだ。剣崎があくあ様なんだ」
うんうん、私はまいちゃんの言葉に無言で頷く。
ヘブンズソードってフィクションじゃなかったんだね。
「そうか、黛慎太郎。そうやってお前は彼に救われたのか……」
孔雀お兄さんは優しげな笑みを浮かべる。
もしかして孔雀お兄さんも、慎太郎お兄さんみたいにあくあお兄さんに救われた事があるのかな?
「あくあ君……」
貴代子お姉さんは涙をハンカチで拭きながら、うっとりした顔で画面を見つめる。
もしかして貴代子お姉さんもあくあお兄さんの事が好きなのかな?
私のお母さんが夜遅くにあくあお兄さんの名前を呟いている時と同じ顔をしていた。
「っぱ、あくあ様なんだよなぁ〜!」
「それな!」
えみりお姉さんと楓お姉さんがハイタッチする。
それ、さっきの再現VTRの時もやってたよ。
「あくあ……」
あ、カノンお姉さんも貴代子お姉さんと同じうっとりとした顔で画面を見ていた。
「お嬢様、メスりたい気持ちはわかりますが堪えてくださいね。出産した後なら好きなだけできますから」
「し、しないもん!」
メスるってどういう意味なんだろう? 私も大人になったらお姉さん達の会話がわかるのかな?
2人の隣で話を聞いていた琴乃お姉さんがさっと顔を横に背けた。
『すまない、白銀……いや、あくあ。目が覚めたよ。僕は……僕は! 白銀あくあじゃない、僕にしか、黛慎太郎にしかなれないヒーローを目指すよ』
『ああ!』
あれ? ヘブンズソードの放送にこんなシーンなんてあったかな?
あ、これ、ヘブンズソードじゃないんだ。
慎太郎お兄さんは、外に出た私を追いかける。
『ほら、あっち』
とあお姉さんが私の出て行った場所を指差す。
『猫山……お前』
『慎太郎、次からは僕の事も、とあって呼んでよね』
こうやって3人は下の名前で呼び合うようになったんだ。
男の子同士のこんな会話、お姉さん達でも見た事がないのか、大歓声と振動で会場が大きく揺れる。
『ありがとう! 行ってくる!!』
『うん!』
病院のバルコニーに出た慎太郎お兄さんと私が向き合う。
うう、恥ずかしいよ。
『お兄ちゃん……ゆう……ね。公園でみんなと追いかけっこしてたの。そしたらね、大きな車が公園の中に突っ込んできて、ゆうの事をひいたの。ゆう痛くて痛くて、いっぱい涙が出たの。そしたら車を運転していたお兄ちゃんが出てきて、ゆうが悪いって、公園で走ってたゆうが悪いって言ったの。ねぇ、お兄ちゃん……ゆう、このまま歩けないほうがいいのかな?』
『そんなわけないだろ!! 僕は、走ってるゆうちゃんの姿が見たい!!』
過去の自分を見て私は顔が赤くなる。
この時の私は自分の事をゆうって呼んでたり、慎太郎お兄さんの事をお兄ちゃんって呼んでたんだよね。
でも、慎太郎お兄さんに子供っぽく見られたくなくって、自分の事を私って呼んだり、お兄ちゃんをお兄さんって呼ぶようになった。
ううっ、少しでも大人に見えるようにって思ってたのに、これじゃあ、みんなにゆうが頑張って背伸びしてるのがバレちゃうよ。
『本当?』
『ああ、本当さ!』
あの時の事を思い出して、ゆうの胸の奥が熱くなる。
『歩行訓練はきっと大変だと思う。気軽に頑張れなんて言えないけど、それでも……それでも頑張ってみないか? いつか、いつの日か、ゆうちゃんがちゃんと走れるようになったら、僕はゆうちゃんと一緒に公園でかけっこがしたい。さっきゆうちゃんが描いた絵みたいに、お日様の下で2人でかけっこをしよう』
『うん、ゆうもお兄ちゃんと一緒にかけっこがしたい。でも……ね、この前、歩行訓練の時に立ちあがろうとしたら、事故の事を思い出しちゃって、怖くて怖くて立ち上がれなかったの……!』
そうだよ。慎太郎お兄ちゃん、あの日の約束、ちゃんと覚えてる?
ゆうはずっと覚えていたよ。
いつか足が治ったら、ゆうと一緒に走ろうって。
ゆうね。すごくリハビリ頑張ったんだ。
慎太郎お兄ちゃんと一緒に走るために!!
『明日の朝のマスク・ド・ドライバーを見てくれないか? 勇気を出して立ち上がったら報われるってことを、僕はゆうちゃんに知ってほしい。最初の一歩は怖いかもしれないけど、踏み出したその先に何が待っているのか。だから、明日の朝のマスク・ド・ドライバーは剣崎総司じゃない。僕の事を……橘斬鬼の事を見ていて欲しいんだ!』
慎太郎お兄ちゃんの強い言葉に、ゆう達の居る会場が大きく揺れた。
確かにあくあお兄ちゃんはかっこいいよ。でも、でも、やっぱり、ゆうにとってのヒーローは1人だけだもん。
慎太郎お兄ちゃん、ゆう、待ってるからね。絶対に、絶対に、一緒に走ろう。
2人で、お日様の下をいっぱい走ろうね!!
◆◇◆◇◆黒蝶孔雀視点◆◇◆◇◆
「どうやら、疲れて寝ちゃったみたいだな」
「はは、子供は寝る時間だからな。って言ってる俺も眠いんだけど」
お前は寝るな、丸男。
俺と丸男の2人は後ろの方で見ていた少女2人を抱き抱える。
まさか、子供とはいえ、俺が女子を抱っこするなんてな。
「あ、あの、ありがとうございます」
「気にするな。まだあいつが帰ってくるまで時間がある。それまでゆっくり寝かせておこう」
俺は少女の母親を連れて、仮眠室に眠ってしまった少女達を連れて行く。
黛慎太郎……。お前もやるじゃないか。それに、あんなにも熱いやつだなんて思わなかったな。
「それとも、あいつと、白銀あくあと一緒に居たら、俺も熱くなれる日が来るのだろうか?」
想像できないな。そんな事を考えていると、帰り道で隣に居た丸男が吹き出す。
どうやら考えていた事を言葉に出してしまっていたようだ。
「お前ってさ。意外と自分の事になると鈍感だよな」
「は?」
何を言ってるんだ。こいつは……。
俺が口を半開きにすると、丸男が親指を突き立てる。
「アイドルオーディションではお前も十分熱かったぜ。相棒」
「あ、あれは……だな。例外だ」
それにあの時は、俺よりもお前の方が熱かっただろ。
恥ずかしくなった俺は、丸男から顔を逸らす。
「山田さん、ちょっといいですか?」
「はい! 孔雀、ちょっと、行ってくるわ」
少女達を仮眠室に送った帰り道、スタッフさんに呼ばれた丸男が離れていく。
最初は不器用だった丸男も最近は少しずつだが色々できるようになってきた。
いつかは俺よりもなんでもできるようになるかもな。そう思うと笑みが溢れた。
なるほど……子供の成長を見守る親の感情とはこういう事なのかと気付かされる。
「俺が丸男くらい素直だったら……」
そうしたら揚羽も、1人で苦しまなかったかもしれない。
黛慎太郎と違って、俺は本当にどうしようもないやつだ。
何もできなかった自分に今でも腹が立つ。
「あっ」
1人で控え室に帰ると、偶然にも黛貴代子と目があった。
気まずいな。彼女を見ていると、揚羽の事を思い出してしまう。
「……黛慎太郎から避けられてた時、あなたはどういう気分だった?」
何を聞いてるんだ、この馬鹿! 阿呆! すっとこどっこい!!
俺は自分で自分の事を罵ると、すぐに自分の発言を訂正しようとする。
「すまない。さっきのは……」
「自分の子供に対して何もしてあげられない無力な自分に腹が立ったわ。悔しくて、それでも何もできなくて、どうしていいのかわからなくて……きっと揚羽さんも、似たような事を感じていたと思うわよ」
黛貴代子の言葉にハッとした俺は、彼女の方へと顔を向ける。
「孔雀君は揚羽さんとの事を気にしているのね」
「……ああ」
彼女を通して揚羽の感情を知ろうとした。
その事を黛貴代子に見透かされてしまう。
「私は救われた。シンちゃんとあくあ君に、もちろんシンちゃんを支えてくれた天我君やとあちゃんにも。でもね。それでも、自分が何もできなかった事は今でも悔しいのよ。世の中には自分がどう頑張っても仕方がない事ってあるのかもだけど、それでも私はシンちゃんの親だから。どう接してあげるのが良かったのかなって、今でも悩んでるわ」
そう……だったのか。
今の俺と揚羽の関係は悪くない。でも……今でも揚羽は過去の事を気にしてたりするのだろうか。
それなら俺は……。
「差し入れ持ってきましたー!!」
騒がしい奴がやって来たなと思ったら、うちの国の総理だった。
その後ろからしっかりと監視役としてついてきてる揚羽と目が合う。
「総理、何しにきたんですか?」
「ふふふ、あくあ君が間に合わなかった時は私の土下座でどうにかしようと思ってね」
また、いつものか。
後ろに居た揚羽が「総理はそう簡単に土下座するものじゃありません!」と、説教を始める。
俺はその説教に何度も頷いた。
「総理、何これ?」
「私公認の土下座饅頭です! 政界をクビになったらこれで飯を食って行こうかなって思いまして。えへへ」
饅頭を手に持った小雛ゆかりがジト目になる。わかるぞ。
これだけやらかしててもクビにならない奴が、どうやったらクビになるんだって言ってる顔だ。
俺は回ってきた饅頭を二つ取る。
おい! そんなに気に入りましたか? って、顔をするんじゃない。
これは丸男のだ!!
「孔雀君って黛君と似てるところがあるよね」
「わかる。特定の人物を徹底的に甘やかすところとか!!」
「なるほど、これが黒蝶の血ですか……」
おい、そこのスタッフ! ちゃんと全部聞こえてるぞ!!
白銀あくあを甘やかす黛慎太郎と俺を一緒にするな!! それと黒蝶は関係ないだろ!!
俺が饅頭を食べていると、総理の側にいた揚羽が申し訳なさそうにコソコソと近づいてきた。
おい、そこまで近づいてくるなら、遠慮せずに声をかけたらいいだろ!! 全く!!
「なんだ?」
「え、えっと……その、疲れてないかなと思って」
全く、不器用な人だ。
俺は大きなため息を吐く。それを見た揚羽は、俺に呆れられたのかと思って慌てる様な顔を見せる。
おい、前のポーカーフェイスはどこに行った? 白銀あくあに絆されてからというもののずっとこうだ。
「それくらい、遠慮せずに聞けばいいだろ。俺達は……その、親子なんだから」
「く、孔雀君!」
おい、それくらいで泣くな!
俺はポケットの中に入っていたハンカチを揚羽に渡す。
丸男の面倒を見るために、常にポケットの中にハンカチを5枚ほど入れておいて良かった。
「ふふっ」
おい、やめろ。黛貴代子、そんな目で俺を見るな!!
こいつ、ぱっと見、揚羽と似てる雰囲気だけど、素直で可愛いところのある揚羽と違って意外といい性格してる。
「ま、丸男と打ち合わせしてくる。お……母さんも、疲れたら無理せず仮眠取れよ」
俺は顔を真っ赤にして、その場から逃げ出した。
頼む。白銀あくあ、早く帰ってきてくれ。この面倒な女2人をどうにかできるのは、この世界でただ1人、お前だけだ。
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