天我アキラ、ネバーギブアップ。
「はぁっ、はぁっ」
もうどれくらい走り続けたのだろうか?
ヘブンズソードの撮影に参加してからの我は、過去の弱い自分と決別するために体を鍛え続けてきた。
それなのに今の現状はどうだ。我はまだ折り返し地点にも到達してない。
スタートから2時間過ぎ、ようやく目の前にフラッグが見えてきた。
「天我くーん!!」
「TENGA! TENGA!」
「頑張って、天我先輩!!」
「天我先輩ファイトォー!!」
我は街道に詰めかけたファンのみんなの歓声に応えて手を振る。
きっと後輩ならそうすると思ったからだ。
再び前を向いた我は、フラッグの傍に立っていた見覚えのある2人の存在に気がつく。
「お兄ちゃーん! こっちー!」
「始君、頑張って!!」
ヘブンズソードで共演した南ハルカ、カナの親子を演じた2人だ。
まさかこんな形で彼女達と再会するとは思わなかった。
「はぁっ、はぁっ……2人ともどうしてここに?」
「それはお兄ちゃんをサポートするためだよ!」
「旗を畳むのを手伝います」
我は大きなフラッグを地面に下ろすと、そこに書かれていた文字へと目を通す。
【天我先輩、大好きです! ずっと応援させてください!!】
【私も天我先輩みたいな先輩が欲しいです! BERYLのみんなが羨ましい!!】
【個性豊か過ぎる高校生組の面倒を見られるのは、この世で天我先輩1人だけです!!】
【天我先輩、これからもBERYLのみんなをを引っ張っていってください!!】
【BERYLに天我先輩が入ってくれて本当に良かった。これからも頑張ってください!】
【天我先輩、BERYLに入ってくれてありがとう!】
【目指せアクションスター!! 天我先輩、ずっと、ずっと応援してます!】
【日本から世界のTENGA先輩へ!! 羽ばたけみんなの先輩!!】
【BERYLのみんなが苦しい時には、いつだって天我先輩がいる!!】
【どこまでも走り続けて天我先輩! ファンのみんなは必ずついていくから!】
みんな……みんな!!
ファンの言葉に胸が熱くなった我は、目頭を抑える。
「みんな、お兄ちゃんの事を応援してるんだよ」
「きっと始君なら、天我君ならゴールできるって、みんながそう思ってる」
2人の言葉に我は自らの両頬をビンタして気合を入れた。
思いだせ! 春香ねえに、BERYLを引っ張っていける男になりたいと約束したのは誰だ?
我だろ!! だったら、誰よりも最初にゴール地点に到着しなきゃいけない。それが我の先輩としての役目だ!!
「お兄ちゃん、頑張ってね! 後、半分だよ!」
「私達も応援しているから!!」
2人や公園に居たファンの人達にフラッグを折りたたむのを手伝ってもらう。
それをリュックに入れた我は、折り返し地点の公園から再び国民競技場を目指して走り出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ルームランナーと違って、アスファルトで塗装された道を走り続けるのは足が痛かった。
想定以上の痛みが我の足首を襲う。
「大丈夫ですか!?」
ずっと並走してくれていたマネージャーの垣内さんが我に近寄ってくる。
「大丈夫。少し足首が痛んだだけだ」
「一旦、休憩地点で止まりましょう。怪我の状態によっては、治療してからの方がいいかもしれません」
「……わかった」
2人で休憩地点になる給水所に行くと、我のアクションの指導者でもあるニコさんが待っていた。
「アキラ君、大丈夫!? ほら、ここで靴を脱いで! 怪我をしてる場所を見せて!!」
我は近くにあったベンチに腰掛けると靴とスポーツ用の靴下を脱ぐ。
靴下を脱ぐ時に気がついたが、足の小指と爪の隙間から出血していた。
「アクションのトレーニング中に怪我をしたところか……」
「出血した箇所を応急処置します!」
「すまない。助かる」
どうやら、走った事でこの前怪我したところの傷口が再び開いてしまったみたいだ。
我は自然とそれを庇うように走っていたのだろう。
そのせいで足首を痛めてしまった。
「足首をテーピングで固定しました。これでどうですか?」
「垣内さん、ありがとう。これならいけそうだ」
さっきよりもだいぶマシになってきた。
師匠のニコさんが我の両肩を掴む。
「大丈夫。最後まで自分を信じて! 私達のやってきたトレーニングは絶対に嘘をつかないはずだから!!」
「はいっ!」
ニコさんに気合を入れてもらう。心なしか、さっきよりも更に痛みが引いた気がした。
我は周りに居たファンの声援に応えつつ、再び国民競技場に向かって走り出す。
走る。走る。ただひたすらに走る。
最初は違和感や痛みを感じていた部分が気になっていたが、それも気にならなくなってきた。
『天我先輩、俺と一緒にアイドルグループをやってみないか?』
我がBERYLになる前、後輩にグループ結成を相談された。
本当に我なんかができるのだろうか?
後輩を……あくあやあくあ達の足を、我が引っ張ってしまうんじゃないか?
そう考えたら、我は簡単に首を縦に振れなかった。
『あくあ……どうして我なんだ? 我がいなくてもお前は1人でだって……』
『……ええ、俺も最初はそう思ってました』
回想の中で我と過去のあくあの目が合う。
『天我先輩、俺はたった1人でも最高のアイドルになる自信があります。でも、天我先輩となら、とあとなら、慎太郎となら、もっと高く飛べる。俺ははなあたで初めて役者デビューして、1人で出来る事には限界があるんだって気がつきました。だから、ヘブンズソードの撮影を4人に協力してもらって気がついたんです。この4人なら全てを飛び越えて、どこまでもいける。そのためには、俺には、俺たちには天我先輩が必要なんです!! だから、俺と、俺達と一緒に世界を変えてくれませんか?』
世界を変えるか……。とんでもない事をいう奴だなと思った。
でも、それでも、後輩なら、白銀あくあなら、それができるんじゃないかなって思ったんだ。
あくあが世界を変えた瞬間、我はどこに居たい?
裏方か? ただのファンか? それとも前みたいに引き篭もるのか?
嫌だ。
我は後輩の、あくあの、あくあ達の隣で同じ景色を見たいと思った。
それに、我もこんな男に、白銀あくあのような強い男になりたい。
この手を取ったら、我も過去の弱い我と決別できるんじゃないかと思った。
『アキラ君。私……ね。高校を卒業したら、結婚するんだ……』
今の我だったらあの時、あの瞬間に、春香ねえの誤魔化した笑顔に! 影が差した事に気がついていた!!
後輩ならきっと、その手を掴んで、「俺にしろよ!」と、そう言ってたと思う。
でも、我は言えなかった。図体ばかりでかくなって、自信がなくて、臆病で、一歩が踏み出せない。
自分が傷つく事が怖くて、我は一番大事な人に辛い思いをさせてしまった。
『……お婆ちゃん』
引きこもっていた時、部屋の外に出たら縁側にお婆ちゃんが座っていた。
何か言われる。そう思ってたけど、お婆ちゃんは我に何も言わなかった。
だから我は聞いたんだ。どうして、何も言わないのかって。
『それは私がアキラの事を信じてるからさ。アキラは優しくていい子だからねぇ』
お婆ちゃんの声がみんなの声と重なる。
『天我先輩、僕はいつだって信じてます!』
『天我先輩なら放っておいても大丈夫。だって、信じてるから』
『心配? 心配なんて必要ないさ。だって、俺達の天我先輩なんだからな』
慎太郎! とあ! あくあ!!
混濁した過去の記憶が交錯する。
その中で、幼い自分が母さんに手を引かれて田んぼ道を歩く姿が見えた。
『ねぇ、お母さん、なんで僕の名前はアキラなの?』
『ふふっ、アキラってばいいところに気がついたわね。特別に、アキラには私の好きな言葉を教えてあげる。ネバーギブアップ! 絶対に諦めない!!』
そうだ。我は諦めない!!
たとえ失敗しても、間違ったとしても、諦めたりなんてしないんだ!!
いくら過去を悔やんでも春香ねえの心は救えない。
過去の自分だって変えられない!!
それよりも、今! この瞬間! これからをどうするかだろ!!
「うおおおおおおおおおお!」
我は雄叫びのように、大きな叫び声を上げる。
どれだけの距離を走ったのだろうか。
目の前にスタート地点の国営競技場が見えてきた。
「「「「「TENGA! TENGA! TENGA!」」」」」
「「「「「TENGA! TENGA! TENGA!」」」」」
「「「「「TENGA! TENGA! TENGA!」」」」」
「「「「「TENGA! TENGA! TENGA!」」」」」
「「「「「TENGA! TENGA! TENGA!」」」」」
大きな競技場から我を呼ぶみんなの声が聞こえてくる。
競技場の中に入ると、陸上トラックのところにお婆ちゃんの姿が見えた。
「お婆ちゃん!? ど、どうしてここに?」
「そんなの決まってるじゃないかい。アキラと2人で走るためさ!」
戸惑う我に、お婆ちゃんは一本の紐を差し出す。
そこにはお婆ちゃんやお母さん、春香ねえ、垣内マネ、ニコさん、阿古さん達の言葉が書かれていた。
ここまでたくさん走って、水分なんて全部蒸発してるはずなのに目の奥が熱くなる。
「さぁ、行くよ。アキラ! いっちにー! いっちにー」
「お婆ちゃん、も、もっとゆっくりでもいいんだぞ!」
1年前、母からもう歩けないかもなんて聞いていたのが嘘みたいだ。
お婆ちゃんは二人三脚をした我を引っ張っていく。
「お婆ちゃん……あの時はありがとう」
「あの時? はて、私も年なのか、いつの日の事かねぇ」
お婆ちゃんはとぼけたフリをする。
その優しさが嬉しかった。
「リハビリ、頑張ったんだね」
「ネバーギブアップ! 諦めなければ、なんだってできる! そうだろ? アキラ」
お婆ちゃんは我の顔を見てニヤリと笑う。
はは、ははは、すごいなお婆ちゃんは。我の事なんてなんだってお見通しだ。
100mほど2人でゆっくりと歩いた後に、お婆ちゃんは足を結んでいた紐を解いて、目の前にいた人物に手渡す。
「母さん……」
「よく来たね。アキラ! さすが私の息子だよ!! 宣言通り、ちゃんと1番で帰ってきたじゃないか!!」
我は母と一緒に2人で国民競技場のトラックを歩いていく。
あの時の事を謝りたいのに、思ったように声が出なかった。
すると、その様子を見ていた母さんの方から口を開く。
「すごいね。アキラ。見てよ。これだけの人がアキラの名前を呼んでる。みんな、アキラならできるって信じてたんだよ。本当にアキラはすごいよ。私の自慢の息子だ」
母さんの言葉に我は首を横に振った。
「自慢の息子じゃない。母さんに、我は、俺は……僕は、たくさん迷惑をかけた。それなのに……母さん、あの時は……」
「ストップ、アキラ」
母さんは歩くのを止めると、優しげな表情で我の顔を見つめる。
「私は別に迷惑だなんて思っちゃいないよ。だって、アキラがその分、長く家に居てくれたんだから。むしろ、アキラが辛い時に力になってあげられなくてごめんね」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。母さんが居たから我は……」
言葉を詰まらせた我は、感謝の言葉を口に出した。
そうだ。後輩が、あくあが言っていたよな。謝罪の言葉よりも感謝の言葉をもらった方が良いって。
我と母は交互に感謝の言葉を交わしていく。
気がついた時には涙が止まらなくなっていた。
「ほら、アキラ。涙を拭いて、せっかくの男前が台無しじゃないか。ほら、後、ちょっと、頑張ろう!」
「ああ! ああ!!」
2人でゆっくりとゴール地点に向かって歩き出す。
残り200m……そこで待っていたのは春香ねえだった。
「春香さん、うちのアキラを頼むよ!」
「はい……!」
母さんから紐を受け取った春香ねえは、我との足首に紐を結ぶ。
「さぁ、行こう。アキラ君!」
「春香ねえ……」
少しずつ、ゆっくりと、しっかりと一歩を踏み締めていく。
「アキラ君、私ね……。少しずつだけど良くなっていってるんだ」
その話は先生から聞いた。
夜、寝る前にできそうならハグをする。
一時期はフラッシュバックがひどくて、ハグなんてできなかった。
でも、最近はその症状がかなり治っている。
「アキラ君は過去の事を悔やんだりしてるかもしれないけど、私はこれで良かったと思ってる」
「えっ?」
春香ねえは力強い表情で前を向く。
「確かにいい思い出じゃなかったし、私たちは遠回りしたのかもしれない。それでも私は今が幸せだって、そう思ってるから。それに、過去は変えられなくても、今や未来は変えられる。でしょ?」
やっぱり、春香ねえはすごいな。
辛い事があったのに、それでも過去に区切りをつけて前を向こうとしている。
そんな春香ねえを我はそばで支えたい。いや、支えたいだなんて、自分から一歩を踏み出そうとしている春香ねえに対して失礼だな。寄り添いたいと、そう思った。
「アキラ君、私を幸せにしてくれる? その分、私がアキラ君を幸せにしてみせるから!」
「春香ねえ……俺は今もう十分に幸せだよ。でも、今、以上に俺の事を幸せにしてくれるっていうのなら、今以上に春香ねえの事を幸せにするって約束するよ」
俺たちはお互いに感謝の言葉を口に出す。
それを見た競技場に詰めかけたファン達から我らに対して、温かな言葉をかけられる。
ああ……こんな未来が来るなんて、想像なんてしなかった。
ゴールまで後100m。
我はそこで立ち止まると、春香ねえと我との足を結んでいた紐を解く。
「春香ねえ……」
「わかってるよ。ここでみんなを待っていたいんでしょ?」
ああ、ああ! 俺は春香ねえの言葉に力強く頷く。
トラックコースに1人残った我は、手に持った紐を力強く掲げた。
「我はBERYLのリーダー、天我アキラだ!! だから、我はここでみんなが来るのを待つ!! 必ず4人でゴールするために!!」
我の言葉に大きな歓声が沸く。
それに対してステージに居た小雛ゆかりさんがマイクを手に持つ。
「本当に4人でゴールできると思ってるの?」
「ああ!」
我の言葉に小雛ゆかりさんは片方の口角をニヤリと持ちあげる。
「それじゃあ、天我くん、同じ先輩として私と勝負をしましょう!」
「いいだろう! 我は誰よりも、後輩達の事を信じている!!」
この掛け合いに会場はさらに盛り上がる。
「我は天我アキラ、誰よりも諦めが悪い男だ!! 最後の1秒、いや1秒が過ぎ去った後だって我は諦めない。必ず4人でゴールをする!! 先にゴールで待っててくださいと、そう言ったあくあ、とあ、慎太郎の言葉を我が信じないで誰が信じるんだああああああああ!!」
我の啖呵に会場が揺れる。
そう、お前達のゴールを信じているのは我だけじゃない。
慎太郎、とあ……それに、あくあ!
お前らならきっと出来る!! ネバーギブアップ! 絶対に諦めるなよ。我の自慢の後輩達!!
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